Fate/Zepia   作:黒山羊

57 / 58
+4days PM6:37 『喜劇終幕』

 唸る剛腕、弾け飛ぶ兵士、突き刺さる槍、吹き出る青い血潮。

 

 アヴェンジャーの影響で魔術を使用しなくなったとはいえ、魔神の肉体はそれ単体で充分に強力であった。

 

 鉤爪の付いた拳が振るわれる度に衝撃波が発生し、まるで風の前の埃のように『王の軍勢』が吹き飛ばされる。

 

 その衝撃波を最前線で可能な限り受け止めているのはセイバー。既に二回頭を潰され、その四肢は最早数えるのも馬鹿らしい程に折れ、ひしゃげ、つぶれてきた。

 

 だが、それでもセイバーは倒れない。

 

 『全て遠き理想郷』の能力の一つ、絶対再生能力。その常時発動型の効果を利用し、セイバーは強引に立ち上がっているのだ。

 

 最早、青い装束は返り血と自らの血でどす黒く変色しているがそれでも尚、セイバーは立ち上がる。その力の源は、彼女の背を護るようにズタボロになりながらも戦い続けていた。

 

 右目を喪いながらも一切鋭利さを失わぬ剣筋。ある時は死体の槍を投げ、剣を振るい、盾で殴りつけ、斧で叩ききる。獅子奮迅と言うに相応しい働きを見せるランスロット。

 

 全身に返り血を浴びながら、ある時は落ちていた兜を蹴り飛ばし、剣をブーメランよろしく投げ飛ばし、槍で高飛びしてドロップキックを放つ腕白少女、モードレット。

 

 何時ものノホホンとした雰囲気を一切見せず、剣に焔の魔術を付加して火焔と刃の暴風と化した正義の騎士、ガウェイン。

 

 生前叶わなかった夢の共闘は、セイバーを奮起させるに留まらず、その勇猛さを伝播させた周囲の戦士達も獰猛な笑みを浮かべて迷うことなく魔神へと突撃していく。

 その狂乱の中で、セイバーは再び聖剣を振りかざし、魔神に挑む。

 

『約束された--』

 

 その輝きはこの場の全ての戦士の願い。

『--勝利の剣ッッッ!!』

 

  我らに、勝利を。

 

 

--------

 

 

 空を駆ける飛竜の背で絶え間なく双槍を振るいつつ、ランサーはかつて無いほどの興奮を感じていた。主君の期待を背負い、一騎当千の強者と共に巨大な怪物と闘う。

 まさしく誰もが夢想する騎士の姿。

 

 生前手に入らなかったそれは、間違い無く彼が切望したモノ。

 

 この瞬間、確かにランサーの願いは叶ったのだ。

 

 紅い旋風が魔神に突き立つ度に、魔神の身体がビクリと痙攣、その隙を突いて間髪入れずに黄の閃光を叩き込む。全魔力を動員してアンリマユの封じ込めに当たっている魔神からすれば、ランサーは不愉快極まりない事だろう。何しろ『破魔の紅薔薇』が魔力を一時的に遮断する影響で未だにアンリマユを封じられず、『必滅の黄薔薇』の与える傷は再生能力が効きにくい。魔神の身からすれば『再生不能』などという事にはならないが、傷の治りが遅いというのは実に不快に感じているに違いあるまい。

 挙げ句の果てに、ランサーに対して攻撃しても結界のようなモノで威力が減衰されて反撃を受けるのだ。

 

 ランサーの持つ双剣『大いなる激情-モラ・ルタ-』と『小さな怒り-ベガ・ルタ-』。その内の『小さな怒り』の常時発動効果は『敵の攻撃の三割を肩代わりする』というものだ。

 

 つまり、100の威力を与えたい場合、142以上の威力を載せた攻撃でなければ、ランサーに期待していたダメージを通すことは出来ないのだ。さらに、双剣の運用法でいう「守りの剣」にあたるそれごとランサーを破壊するとなれば、先程から時折放たれている『約束された勝利の剣』クラスの攻撃を放たねばならないだろう。

 

 そして、守りがあれば攻めもある。

 

 『必滅の黄薔薇』を腰のホルダーに戻したランサーが抜きはなったのは『大いなる激情』。

 

 『小さな怒り』と対をなすその剣は、効果も同じく対となっている。

 

 『小さな怒り』で肩代わりした分の攻撃を纏めて斬撃の威力に上乗せするという効果は単純だが強力だ。

 

 全ての武器を取り戻し、真の意味で現世に再臨した英雄ディルムッド・オディナの右手が裂帛の気合いを以て繰り出される。

 

 その瞬間。人の怒りが小さなストレスを元に爆発する様に、蓄えられた『小さな怒り』は『大いなる激情』と化して放たれた。「『憤怒の一撃-モラ・ルタ-』ッッッ!!」

 放たれた斬撃はスッパリと怪魔の頭から臍までを切り裂き、噴き出す青い血に下で戦う大軍勢が興奮の雄叫びをあげる。

 

 ランサーは、その歓声に答えるように槍をクルリと回すと、再生を始めた怪魔へと再び急降下突撃を開始した。

 

 

--------

 

 

 鳴り響く雷鳴、回転する車輪。空を駆ける『神威の車輪』を駆るライダーは大爆笑していた。その原因は、彼の隣で情けない叫びをあげ、涙と鼻水まみれになりながらも魔神に向かって健気に初級の魔術を放つウェイバーに他ならない。

 

「ガッハッハ!! ウェイバーよ、情けない顔をしとる割には一人前の漢ではないか!! まっこと、余のマスターがお前で良かったぞ」

「グスッ……。情けない面で悪かったな」

「いやいや、泣こうが鼻を垂れようが糞を垂れようが、お前は今戦っとるんだ、誇って良いぞ、ウェイバー」

「糞は垂れてないッッッ!!」

「……この状況でも突っ込めるあたり、マジで大物かもなぁ、お前は。……どうだ、余の臣下にならんか?」

 

 先程から迫る怪魔の触手に突撃し、戦車の横に取り付けられたブレードで以て怪魔を切り裂いていたライダーのその台詞に、ウェイバーは一瞬だけ固まり、すぐに復活して魔術を再開する。

 

「バカ、僕がマスターでお前がサーヴァントだ。誰が臣下になんかなるもんか」

 

 そう言いきったウェイバーに、今度はライダーが固まる番だった。その隙をついて、ウェイバーは小さな追撃を加える。

 

「…………でもまぁ、友達にならなってやっても良いぞ。……一緒にゲームもしたしな」

 

 その言葉に、再起動したライダーはかつて無い大声で呵々大笑した。その声に魔神を含む結界内の全員がチラリと空を仰ぎ見たと言えば、どれほどの大声かが解っていただけるだろうか。

 

「フハハハハハハハハッ!!!! よくぞ言ったな!! ウェイバー、いや、わが友よ!!」

 

 ライダーの笑いに呼応するように、『神威の車輪』はより一層激しく雷鳴を纏い、より一層速度を増して疾走を開始する。その車上で、顔を拭ったウェイバーがライダーに叫んだ。

「おいライダー!? 突撃か?」

「然り!! やはり、ちまちま削るのは性に合わんのでな!!」

「……全く、もう少し考えを巡らせろっての。高度を下げろ!! 下の連中に被害がでないギリギリまで!!」

「む? 何か策でも有るのか?」

「一応な。僕の合図で急上昇しろ」

「相解った。……行くぞ」

「ああ」

 

 へっぽこチビなウェイバーと勇壮な巨漢である征服王。傍目から見れば到底釣り合いがとれない二人は、声の限りと咆哮する。

 

「「Aaaaalalalalalalalalalalalalalalalalalalalalaie!!!!!!」」

 

 疾走する稲妻の砲弾、その手すりに掴まりながら歯を食いしばって掴まりながら、ウェイバーはタイミングを計りつつ、その時を待つ。

 

「今だっ!!」

 

 直進からの急上昇。その結果は、その場の全員が目を見開く光景だった。

 

 魔神の鳩尾にアッパーカットの如くめり込んだ『神威の車輪』はグリグリと腹にめり込んだ後、背中側に貫通した。その際に、あろうことか、怪魔を『浮かせた』のだ。

 

 いくら背中に羽が生えていようと、自我とは別に、それも攻撃によって浮いてしまったその隙を隠すことなど不可能。バランスを崩した巨体に、セイバーやアーチャーの容赦ない攻撃が放たれ、魔神はその肉体の九割を失った。それで殺せるほど魔神は甘くないとはいえ、魔力を削るという意味ではかなりの成果が得られたらしく、魔神の動きは僅かに悪くなってきている。

 

 

 そんな中で、その時は来た。

 

 

 「令呪四画を以て、間桐雁夜が命じる。バーサーカー、全力であの魔神をねじ伏せろ」

「了解だ、雁夜」

 

 響く命令に、答える声。

 

 次の瞬間、ズェピアは右手に構えた『黒い銃身』の引き金を引きつつ、魔神に突撃する。

 

 二回、三回と次々放たれる銃弾は魔神の肉にめり込むとその真髄を発揮する。

 

 エーテルの完全破壊。

 その効力は例え神であろうと逃げられぬ必殺の一撃。その狙いは、魔神。

 

 ではない。

 

 魔神の中で蠢いていたアンリマユは、育ち過ぎたとは言え、サーヴァント。当然その体はエーテルで構成されていた。

 

 サーヴァント、アンリマユの完全破壊。

 第一目標であるその任務の達成を確認したズェピアは、続いて第二目標に移行する。

 

 弾切れした『黒い銃身』をしまい込んだズェピアが次に放ったのは『エーテライト』。魔力で作られたワイヤーの様なそれが、ズェピア諸共魔神の全身を括り付ける。

 

 仕込みは上々。

 

 彼が仕込んだ仕掛けの真骨頂は、まさしく此処からだ。

 

 その最後の仕上げを指示するべく、ズェピアは最高の役者に声をかける。

 

「頼んだよ、英雄王ギルガメッシュ」

「任せるが良い、我が道化よ」

 

 不思議と通るその声を聞いたズェピアは最後にニヤリと笑うと。『固有結界を収縮させた』。

 

 どんどん縮んでいく夜の砂漠。

 

 セイバー達をスルリと通り抜けた闇の境界は、動きを完全に封じられてもがく魔神と微笑むズェピアのみを内に封じて漸く収縮を停止した。

 

「バーサーカー!? 何をするのです!?」

 

 その笑みに言い様が無いほどに不安になったセイバーは『直感』の命じるまま、魔神とズェピアに向けて駆け出すが、どうしても『虚言の夜』に阻まれて近付けない。

 

 それでもなお、魔神を縛り付けるズェピアへと伸ばそうとするその手を阻んだのはいつの間にか隣にやってきていた間桐雁夜だった。悲壮な表情で彼女の手を止める雁夜に、セイバーは疑問を口にせざるをえない。

 

「何故止めるのです、間桐雁夜!? このままでは!!」

「セイバー、これは彼奴が建てた唯一勝てる作戦だ。手を出さないでやって欲しい」

「しかし、あの表情は、まるで……」

 

 --死ぬ覚悟を決めた様な顔ではないか。

 

 そう続けようとするセイバーの背後で、カシャリと『鍵の開く音』がする。

 

 その直後に抜き放たれたそれは、セイバーの言葉を喪わせるに充分だった。 時空を切り裂く風に覆われた螺旋の剣。

 剣という概念すら無かった時代に生まれたそれは、世界を切り裂いた究極の宝具。

 それを振りかざすギルガメッシュが纏っているのは、トーガの様な拵えの、彼からすれば異常に『質素』な服。エルキドゥが変化した姿であるそれは、古代ウルクで彼が着ていた物とそっくり同じものだ。

 

 髪を下ろし、トーガをはためかせるその姿は、人類が夢想する神の姿に他ならない。

 

 その神は、クルリとその宝具、『乖離剣エア』の切っ先を下に向けると、彼の臣下へと恩賞を賜わせた。

 

「ズェピア・エルトナム・オベローンよ、貴様の墓標はこの王が突き立てる剣とするが良い」

 

 その宣言と共に放たれた一撃は正確に砂漠を穿ち、一瞬にして『世界』を崩壊させていく。

 

 割れる大地、陥没する空。圧倒的大破壊を伴って崩れていく『王の軍勢』の中で、『虚言の夜』だけが維持されている。

 

 その中で微笑み続けるズェピアに雁夜が泣そうな顔で笑いかけると同時に、景色は歪み、視界には荒廃した冬木の街だけが広がる。

 

 ギルガメッシュを除いた全ての人員が呆然とするその中で、雁夜はいつの間にか握っていた『黒い銃身』を抱えて、声もなく泣いていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。