Fate/Zepia   作:黒山羊

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+4days PM6:13 『魔神起床』

 セイバーの放った聖剣の光は徐々に薄れ、冬木の街に再び夜の闇が舞い戻る。その中にソレは立っていた。

 

 楕円形の東部から髭のように垂らした無数の触手、朱く燃える瞳、先程までは肥満体型に近かった肉体は筋骨隆々という表現がしっくりと当てはまるようなモノへと進化を果たし、猫のように曲がったその背から生える翼はその巨躯を天空に羽ばたかせるに遜色ない強大なモノへと変じていた。

 そして何よりの変化は、まるで今までのソレが『眠っていた』のではないかと思わせる様な尋常ならざる圧迫感。その総身に魔力を巡らせたソレは最早『怪物』の域を超越し、理外の存在へとその身を昇華していた。

 

 その姿はまさしく『魔神』。

 

 セイバーの放った輝きはさながら寝室に差し込む朝日の様に眠れる神を目覚めさせたのだ。

 

 その威圧に反射的に魔力放出を行い、全力で後方へと退避したセイバーの『直感』は、実に優秀であると言えよう。

 

 セイバーが回避してからコンマ一秒。魔神から放たれた殺戮の波動が進路上のあらゆる存在を撃滅せんとセイバーが先程まで立っていた地点を蒸発させて行ったのだ。

 

 その攻撃に目を見張ったのは何もセイバーだけではない。その場に居る全てのマスターとサーヴァントがたった今放たれた一撃に瞠目した。さもありなん、その一撃は、実に記憶に新しいモノなのだから。

 

 γ線バースト。

 

 英雄王ギルガメッシュが放った宝具の一撃を、この魔神はそっくりそのまま規模を拡張して放ってみせたのだ。

 

 宝具の模倣をその身一つでこなしてみせるその様に、驚愕するなと言う方が理不尽というものだろう。

 

 人間に限らず、あらゆる生物は驚愕を感じる瞬間、全身の筋肉が収縮する事による硬直状態に陥る。反射的に筋肉を硬化させその身を守ろうとする本能が働くためだ。

 

 だが、その硬化の中で動く影が三つ。

 

 『アルティメット・ワン』とはそういう『モノ』だと知っていたズェピア、『神殺し』の逸話を持つギルガメッシュ。そして、『精神と行動が分離』している衛宮切嗣である。

 お互いに現在動ける人員を瞬時に把握した彼らはアイコンタクトと手信号で素早く意思を交わし、残りの人員の『硬直が解けるまでの時間』を稼ぐべく迅速に行動を開始する。

 

 その中で最初に動いた切嗣が腰に装備したポーチから手早く取り出したそれはジョイスティックに携帯電話と最新式の小型液晶ディスプレイが連結された奇妙な装置。切嗣がそれを手早く操作すると、排気音と共に巨大なタンクローリーがアクセル全開で川縁に向かって爆走する。

 

 直線道路を狙って配置した事もあり、遠隔操作装置を搭載した暴走車両は既にメーターを振り切る程の速度に到達。ハンドリングなど到底不可能なレベルになっている。

 

 その前方。川まで数メートルという位置に、ズェピアはスタンバイを完了していた。

 

 突撃するタンクローリー、待ち構えるズェピア。

 

 両者が交錯した次の瞬間発生した現象は漫画の様に馬鹿馬鹿しい光景だった。衝突の瞬間。ズェピアはタンクローリーのバンパーを掴むと同時に全力で持ち上げ、丁度巴投げの要領で後ろに倒れ込みつつ車体の進行方向を仰角45度へと強制変更。ズェピアの筋力と元々の加速という二つのエネルギーを得て飛翔したタンクローリーは月夜を駆けて魔神クトゥルフへと飛来する。当然、甘んじて受けるはずもなく腕を伸ばして防御する魔神のその腕は、突如として地に墜ちた。

 

 上空のヴィマーナから放たれた、ギルガメッシュによる斬撃が、正確無比にその肩を斬り飛ばしたのだ。

 

 ギルガメッシュの右手に握られたその剣の銘は『カラドボルグ』。一振りで三つの小山を切り裂いた逸話を持つその剣は、視界に移る範囲全てを切り裂くことが出来る遠隔斬撃能力を持つ魔剣だ。

 

 が、この宝具には欠点が一つ。持ち主の筋力値で能力が左右される点である。その威力は累乗される様に増加し、仮に筋力EXの筋肉達磨が振るえば視界全てにエクスカリバーを放つような化け物じみた威力と化すが、筋力Cのサーヴァントが振るえば精々10メートル斬撃を飛ばすのが限度だ。筋力Eともなれば、ただのよく切れる剣である。

 

 現在、防御を優先した装備で固めているギルガメッシュの筋力値はBのまま。この数値では精々斬撃を狙った標的に100メートル飛ばす程度の真似しか出来ないが、それでもこの場で使う分には十分に強力である。

 

 

 

 切り落とされた腕は既に再生しているが、最早防御不可能な懐にまで飛び込んだタンクローリー。それを起爆させたのは、切嗣が放った84ミリ無反動砲『カールグスタフM2』の砲弾だった。

 対戦車戦にも用いられるその砲弾の爆風で飛散するタンクローリー。それからまき散らされるのは、ガソリンではない。 工業用98パーセント濃硫酸。環境への配慮など一切無しにまき散らされた30トンに及ぶその薬品は川に落ちては強酸性を示し、反応熱により煮えたぎった硫酸蒸気を撒き散らす。更に直接魔神へと降りかかった濃硫酸はその体表に付着した水分子と急激に反応し、高熱と皮膚の炭化で魔神の動きを停止させる。

 

 軽くこの世の地獄であると言えるその状況が完成する頃には全ての陣営が再びその動きを取り戻していた。

 

 それを見て取ったギルガメッシュは川の流れによって流出する硫酸へと、爪の先程の骨に似た塊を落とす。彼が所蔵するユニコーンの角の欠片。万能薬として名高いそれは流出する硫酸を無毒化し、海へと至る頃には寧ろ元の水質以上であると言って良い程まで浄化していた。

 

 最後までキチンと作戦の始末をするその姿に一切の慢心はなく、所蔵する宝物を惜しみなく投入して戦う様はまさしく神話の再現と言えよう。

 

 その姿に触発されたのか、次に行動したのは川縁で迫り来る無数の怪魔と交戦していた遠坂時臣である。

 

「ロード・エルメロイ。魔力回路に余裕はありますかな?」

 

 そう問いかける時臣の声に、ピクリと反応したケイネスは一瞬思考を巡らせた後、正確に返答を返す。以前の彼であれば見栄を張ったかも知れないが、ランサーから教え込まれた『戦場に置ける情報共有の重要性』をしっかと記憶している今の彼にはそんな愚かな選択肢は浮かびすらしなかった。

 

「……簡単な中級魔術ならば行使可能だ。それ以上は礼装の駆動に支障をきたしかねないのでね」

「成る程、では小規模な竜巻を起こすことは?」

「怪魔共を取り囲むだけならば造作もない。……だが、威力は保障しかねるな」

「その点は私が。……火属性一つしか持ち得ぬ非才ですが、それのみを今まで研鑽して来ましたので」

 

 時臣の言葉に、彼が何を為そうとしているのかを悟ったケイネスは思わず笑みを浮かべた。成る程確かに風と火は切っても切れぬほど相性が良い。風は炎を強め、火は上昇気流を発生させる。その二属性を放つのが、天才ケイネスと秀才遠坂時臣であるならば、最早その威力は推して知るべしといったところだ。

 二人が詠唱を始めたのは全く同時。響き合う詠唱と満ち溢れる魔力は、『待機』を命じられ、ライダーと共に出番を待っていたウェイバーに、ある意味で絶望を与えた。自身とは格の違う高位魔術師二名による合成魔術師の威力を推定し、その実力差を正確に推し量った故の絶望。

 

 だが、それよりも大きくウェイバーの心を揺さぶったのは強敵を前にした『興奮』だった。人の身でその域まで至った二人の魔術師への憧憬と尊敬。鳥肌が止まらぬほどの興奮は脳内麻薬をとめどなく溢れさせ、その頬を朱く染める。

 

 そんな彼の眼前で、遂にその魔術は完成した。

 

「----焼き尽くせ」

「----吹き荒れよ」

 

 起動のキーワードと共に出現したのは天と地を繋ぐ焔の柱。風の魔力で編まれた緻密な螺旋を駆け上がる焔は天に登る竜のようにも見える。その色は青白く、火焔を生み出した術者の技量を否応無しに感じさせる。その威力は怪魔の群を一瞬で灰燼に帰す程のモノであるにも関わらず、それは一種の芸術とも言える美しさを持っていた。

「ほう、時臣の奴め、なかなかどうしてやりおる。……であれば、詰めの甘さは少々大目に見てやろうではないか」

 

 立ち上がった焔を一瞥し、そう言ってニヤリと笑ったギルガメッシュは金色の小型宝具を魔神に向けて発射する。固定ダメージを与えるという地味ながら便利な宝具『ヴァジュラ』。その一撃でもって『時臣に向きかけた』魔神の意識を強引に自身へと向けさせた英雄王は、魔神との戦闘をより一層激化させる。穿ち合う波動の嵐と宝具の雨。ヴィマーナはそのあちこちに被弾し、ギルガメッシュ自身も宝具で防御したとはいえ少なくない数の波動を受けている。

 その戦闘の傍ら、右手方面ではセイバーが鉤爪と拳撃の嵐を必死の形相で凌ぎ、左手方面ではランサーがソニックブームと共に振るわれる豪腕に四苦八苦しながらもどうにかチマチマと『必滅の黄薔薇』による呪いの一撃を加えている。

 

 そんな状況でありながら、当の魔神は眠たげな目を触手でこすり、セイバーやランサーへの攻撃のついでに時々尻を掻いている。

 そんな片手間である攻撃すらサーヴァントで辛うじて対処できるレベル。

 

 

 

 その状態でさえ、三大騎士を以てしても辛うじて拮抗していると言える魔神の戦い。

 

 そんな中で間の抜けた『ポヒーン』と言う音と共に、周囲に音声が響きわたる。

 

「三大騎士の消耗が激化。これより戦闘要員をスイッチする」

 

 拡声器越しに響く切嗣の声。

 

 その声が告げる符丁は、新たな戦局の到来を告げていた。

 


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