Fate/Zepia   作:黒山羊

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+3days PM8:57 『衛宮切嗣』

 機械油のツンとした匂いと、何かを擦る音。戦場の香りが漂うその中に、セイバー陣営の全戦力が集結していた。

 

 エクスカリバーを念入りに磨くセイバー、コンテンダーをオーバーホールする切嗣、鏡面のようになるまで鎧を磨くガウェイン、篭手のリベットを調整するモードレット、何故かデカいスコップを入念に整備するランスロット。主義、主張、戦闘スタイル。その全てが異なる五人の戦士にある唯一の共通点。

 

『戦争は準備が全てであり、準備がいかに完全であったかが即ち勝敗である』

 

 その信念だけは、全員がプロフェッショナルとして共有していた。だが、勿論それ以外に共通点が無いわけではない。例えば、ランスロットと切嗣。比較的思考が似通っている二人は、整備の傍ら戦闘談義に花を咲かせていた。

 

「潜入と破壊工作が最小被害で最大効率を…………」

「ゲリラ戦において竹槍を如何に活用するかが勝敗を…………」

「スコップ接近戦最強説に対する銃剣擁護論は……」

 

 エトセトラ、エトセトラ。山盛りの外道戦術論にセイバーはツッコミを入れたかったが、今回は外道のキャスターが相手。であれば毒を以て毒を制すの精神も仕方がないかと無理矢理納得して妥協している。

 

 そんな中、果敢にも会話に乱入したのはモードレットだった。

 

「やっぱり、近接格闘におけるナイフの有用性は不動だよな」

「原始的な分ステルス性が高いし、達人はワンアクションで全て終わらせるからね」

「……片手にマイクロUZI、片手にスコップ」

「「最強すぎる」」

 

 

 スコップ教の信者が拡大しているが、まぁ、それも仕方がないと言える。

 

 ホームセンターで土木用の金属製剣先スコップ、通称ケンスコを見たランスロットとモードレットの邪道騎士コンビが「これがあればブリテン無双だった」と言う程度にはスコップは便利である。斬る、突く、殴る、穴を掘る、地面に突き立てて簡易テントの支柱に使う、フライパンの代用に使う。パッと見ただけでこれだけの使用法が2人の脳裏に去来したのだから、興奮してしまったのもご愛嬌だろう。

 

 流石に衝動買いしたランスロットは、セイバーとガウェインにツッコミを受けたが、二人を相手にスコップで大立ち回りを演じて打ち勝つというスコップ適性を発揮してしまった為にセイバーとガウェインも強くはツッコミを入れられなくなった。

 どんな武器でも扱える男にどんな武器にもなり得る道具を握らせたのだから、その強さも当然なのかも知れないが。

 

 因みにそのスコップ、悪乗りしたアイリスフィールが『強化』の術式を組み込んだせいで最早ちょっとした礼装である。丸めた新聞紙を鉄パイプ並に強化できる術式を組み込まれたスチール製のスコップ。その強度は言わずもがなだ。

 

「……しかし、王よ」

「何です? サー・ガウェイン?」

「ランスロットのあの強さは何だったのでしょうか? 正直、アロンダイトより戦いにくかったのですが」

「……確かに」

 

 そう言ってガウェインの言葉に苦笑するセイバー。

 

 その原因は、スコップの形状にある。柄の後ろにある三角形の輪を持って扱う以上、その部分は関節のように稼働する。ランスロットはその動きを活用し、戦闘を行っていたのだ。言わば、ランスロットの右腕を1メートル延長した挙げ句関節を一つ増やした様なもの。その上、スコップはハルバードと似た性能の武器なのだ。訳の分からない挙動をする上に斧としても槍としても使える武器。実に厄介極まりなかった。

 それに引き換え、アロンダイトは破壊不可避とはいえ、形はシンプルな長剣である。騎士らしい騎士であるガウェインからすれば、そちらの方が戦いやすかったのだろう。

 

 そう言って説明するセイバーに、ガウェインは自身も苦笑いを返した。

 

「確かにあの挙動をするハルバード相手に剣では分が悪いですね」

「えぇ、しかし、遠距離から攻撃できるパイクやスピアならば対抗可能でしょう」

「遠距離攻撃機能付きのスコップなら僕が持っているけどね」

 

 そう言ってセイバーに茶々を入れたのは切嗣。どうやら彼の礼装の整備は終わったらしく、「確かこの辺りに……」などと言って武器が収納してある木箱を漁っている。

「あぁ、あった。これがそうだ。37mm軽迫撃砲」

「……確かにスコップですね。しかし、砲なのですか、コレは?」

 

 疑問を口にするガウェインにの目の前で切嗣は手早くスコップを変形させ、簡易の迫撃砲を作ってみせる。

 

「おぉ!? カッケー!!」

「あぁ、モードレットは合体変形とか好きでしたね」

「漢の浪漫だからな!!」

「……女だろう、お前」

「ランスはいちいち揚げ足取るなよぅ」

 

 バカな事を言い合う騎士トリオだが、セイバーはそんな些事より気になることがあった。

 

「切嗣、貴方が自分から私に話を振るのは珍しいと思うのですが、どうしたのです?」

「あぁ、ちょっと話があってね」

「成る程、雑談から入って話を膨らませようと言うわけですか。……まともなコミュニケーション出来るんですね、切嗣」

「お嫁さんが居るんだ、会話力ぐらいあるさ。……さて」

 

 セイバーと軽い冗談を交わしてから、切嗣はその雰囲気を改める。

 

「僕が何も言わなくても此処に集まっている以上、君達も想定済みだとは思うけどね。……僕の読みでは明日が正念場だ」

「えぇ。遠坂も市民を逃がしたようですし、間違いないでしょう」

「僕もアイリを避難させたしね」

 

 そう言う切嗣の台詞で、セイバーはアイリスフィールの不在に初めて気づいた。つい先程までこの城にいた彼女をどこにどうやって避難させたというのかと視線で問うセイバーに切嗣は真面目な様子で答える。

「ジオフロント、と言うのは聖杯からの知識にあるかい?」

「地下都市……ですか?」

「その通り。その極小版を、間桐陣営が作ったらしいんだよ。……つまり、アイリは今間桐の工房にいる訳だ」

「……彼等は私からしても信用に足るとは思えます。しかし、貴方がそんな根拠で行動したとは思えないのですが?」

「『自己強制証文』を使ったからね。此方の要求はアイリスフィールの保護、彼方は対価として久宇舞弥の引き取りを願った。……実質、此方が一方的に得した状況だね」

「ふむ、実にお人好しの彼等らしいですね。……で、舞弥はどこに居るのです?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡すジェスチャーをするセイバー。その背後のドアを開き、人が入ってくる。その気配に振り返ったセイバーはある違和感に気付いた。

 

 其処にいたのは確かに久宇舞弥だが、彼女の目が、紅いのだ。

 

「……吸血鬼化、ですか?」

「……お久しぶりです、セイバー。生憎、私は死徒ではありません。……改造人間ではありますが」

 

 そう答える舞弥の台詞を引き継いで、切嗣が話し始める。

 

「此方に帰ることを知った舞弥が、彼らに頼み込んだらしくてね。……錬金術をフル活用した魔術サイボーグ。下級の死徒なら圧倒できるパワーとエーテライトによる神経回路の高速化、眼球の魔眼化、エーテライト反応炉による半永久駆動がウリらしい」

「……そんな事をして舞弥は大丈夫なのですか? バーサーカーが如何に天才とはいえ、流石にそれは、ヒトを止めることなのですよ?」

「……お気遣い有り難う御座います。ですが、私が望んだ事ですので。……今までの無力な私では今回の戦闘に耐えられないと思われます。……故に、私は自己改造を選択しました」

「……どうして其処まで?」

「私は、自身を切嗣の武器だと考えています。武器の使命は強くあることですから。……まぁ、私の我が儘が無かったとは言えません。私は其処のコンテンダーに嫉妬していましたから」

「銃に……嫉妬?」

 

 舞弥が放つ言葉に、セイバーは首を捻る。自身を武器だと割り切るその精神も気になったが、何より、彼女の口から聞いた『銃に嫉妬していた』という台詞がセイバーには気にかかったのだ。

 

「……私は武器です。武器である以上、切嗣が最も頼みにする武器足り得たかったのです。……つまり、私は切嗣の『秘密兵器』になりたかったのですよ」

 

 その回答は、正に『武器故の感情』なのだろう。

 

 その瞳に一種の信念を見たセイバーはこれ以上の問答は無意味と悟り、切嗣に向き直った。騎士には騎士の道があるように、武器には武器の道があるのだと理解して。

「……話は済んだみたいだね。さて、セイバー。今回、遠坂のお陰で周囲を気にせず戦える。故に、僕はこれを君に返すよ。これで君は『エクスカリバーを放てる』ハズだ」

「……っ!? これは……」

 

 その輝きを忘れたことはない。

 

 セイバーがかつて持っていた究極宝具『全て遠き理想郷』。アハト翁に発掘され、アイリスフィールに搭載され、切嗣に託された『宝具の現物』。

 

 それが今、時を越えて所有者の手に帰ったのだ。

 

「君からすれば勝手な話だけれど、その鞘はアイリスフィールに持たせていたんだ。……彼女を傷つけたくはなかった。だが、黙っていてすまない、セイバー」

「……構いません。貴方がそうした気持ちも分かりますから。……しかし、私にこれを返したという事は」

「あぁ」

 

 セイバーの言葉に切嗣は立ち上がり、セイバーの瞳を正面から見据える。

 

「……僕は再び正義の味方を目指すよ、セイバー。……父を殺し、母を殺し、幾千の人を殺めた僕が、そうなれるのかは解らないけれど。改めて考えたんだ。……聖杯でヒトは救えない。……ヒトを救えるのはヒトしかいない。…………だから僕は、人類全ての為に死ぬまで戦う。彼等から悪と罵られても、外道と蔑まれても。この冬木での戦争を、人類最後の戦争にするために。僕は悪を切り、思いを継いでいくよ」

 

 魂を吐き出すような言葉はゆっくりと、切嗣の口から放たれた。正義に裏切られ、正義に絶望し、それでも、正義を目指す。

 正義の味方、衛宮切嗣は今此処に完成した。

 

 その姿に、セイバーは暫し瞑目し、エクスカリバーを床に突き立てる。

 

「----問おう、貴方が私のマスターか」

「あぁ、僕は衛宮切嗣。正義の味方だ。----告げる。 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に。聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら。我に従え。ならばこの命運、汝が剣に預けよう」

「セイバーの名に懸け誓いを受ける。 貴方を我が主として認めよう、衛宮切嗣」

 

 斯くして、今此処に漸く契約は成立した。

 

 第四次聖杯戦争における『セイバー陣営』は今此処に成立した。

 

 すれ違う歯車は噛み合い、契約のラインは魔力を迸らせ、竜の心臓で増幅された魔力は、『全て遠き理想郷』を通じてセイバーの左手を蘇らせる。

 

 完全となった騎士は夜の帳の彼方を見据える。

 

 迫り来る、終わりに向けて。

 


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