「ねぇ、旦那」
「何でしょうリュウノスケ?」
「なんだってこんな山奥に引っ越したの?」
「リュウノスケ。あの拠点は感づかれたかも知れないのですよ。フランス軍元帥の勘です」
「おぉ!! なんかクールだね、元帥の勘って!!」
そんな風にわいわいと騒ぐのは現在冬木をお騒がせ中の愉快な殺人コンビ、キャスター陣営である。
「で、旦那。あの馬鹿でかい洞窟の魔力がいるって言ってたよね? 使えそう?」
「えぇ、問題ありません。我々はあれを用いて、より強い冒涜の儀式をしなくてはなりますまい。そうですね、リュウノスケ!!」
「旦那ってとことん神様が嫌いだよねー」
龍之介がそう呟いた瞬間、キャスターは吼えるように語り始める。
「そうですとも。神は決して我々を救わず、我々を罰しない! かつて私が積み重ねた八年におよぶ悪行は神ならぬ人の強欲によって罰せられ、千の幼子は救済されることなく悲鳴と嘆きを我が城で叫び続けるのみ!! この世に神など居ないのですよリュウノスケッッ!」
そう言って吼えるキャスターの声を龍之介は慟哭の様に感じていた。裁かれたいがためにこの世で悪徳を犯し続けた男に、神はいかなる裁きも与えなかったのだ。その嘆き、その悲しみは到底推し量れるものではない。
だが龍之介は敢えて否定の言葉を投げかける。いや、彼の唯一の信条に基づき、否定しなくてはならない。芸術家である彼が感じた神様は確かに居るのだから。
「旦那。神様は居るよ」
そう呟く龍之介の顔をキャスターは息を呑んで見つめる。純朴で忠実な自らのマスターが確固とした信念の下に口を開いたのを感じたのだ。
「何故です? リュウノスケ? この信仰の薄い極東の島で生まれた貴方が何故そう思うのです?」
「旦那。人間のハラワタや血がなんであんなに色彩豊かなのか分かる? どうして、この世はこんなに伏線だらけなんだ? 黄金比とか円周率とかマヤの予言とか伏線以外の何物なんだろう? ……そう考えたことはない?」 そう言って龍之介は大気越しに世界を抱き締めんとするように両手をめいいっぱい広げる。
「こんなに愉快でイカレた世界!! 悪も善も、狂気も愛も全てが溢れたワンダーランド!! こんな舞台、誰かが脚本書いてないとあり得ねぇ!! きっと誰かが書いてるんだ。登場人物50億の大河ドラマを書いてる飛び切りなエンターテイナーがいるんだよ。そんな奴を形容するにはやっぱり、そりゃあもう、神様としか言えないでしょ?」
キャスターは彼の言葉を吟味するかの如く暫し無言で虚空を見据えてから、再び龍之介を見据えて、神父に相談する敬虔な信徒の如く低く厳粛な声で問い掛ける。
「……では、リュウノスケ。果たして神は、人間を愛しているのでしょうか?」
その問いに龍之介は一切の迷い無く即答で返す。
「もう、そりゃ、若干キモいぐらいにぞっこんだよ旦那。だって、この世界の脚本を45億年不眠不休の年中無休で書き続けてるんだ、愛がないとやってられないでしょ。きっと神様はこの脚本をノリノリのラリラリで書いてんだと思うよ。愛と勇気に感動して、愁嘆場にはガン泣きして、恐怖と絶望はホラー映画気分で股ぐらをいきり勃たせて目ぇ剥いてんのさ」
龍之介はそこで一旦言葉を切り、一呼吸の後に結論を告げた。
「神はこの世の全てを愛してるんだよ。正義、勇気、愛、希望。そんなポジティブな展開はもちろん大好きだ。でもそれと同じぐらいに悪や絶望、恐怖に憎悪。そんなネガティブな展開も愛してるんだよ。でなけりゃあ、生き物ごとにご丁寧にハラワタの色を変えるなんて手間の掛かる事するはずがねぇ。……だから、旦那。この世は神様の愛に満ち溢れてるよ」
そう告げる龍之介の声をキャスターは神の創りたもうた一片の聖句に聞き入る聖者のような静粛さでもって受け止め、その顔を静かな至福に満ち溢れさせる。
「心服いたしました、龍之介。我がマスターよ。この時代、最早信心も神意も無い最果ての地、そう思っていましたが、貴方のような聖人に相まみえることが出来るとは……」
「いや、そんな。照れくさいよ」
「しかし…………貴方の宗教観に拠るならば、我が涜神も茶番なのでしょうか?」
「いやいや、神様は一流のエンターテイナーだよ? 汚れ役もしっかりばっちりこなしてみせるってもんさ。だから旦那の強烈なツッコミには大喜びでボケを返してくれると思うよ?」
そう返答されたジル・ド・レェは最早愉快極まるというように腹を抱えて哄笑する。
「涜神も! 礼賛も! 貴方にとっては同じ崇拝であると言うのですね!! あぁ、なんと深遠な哲学でしょうか? 遍く万人を愛玩人形とする神もまた道化とは……成る程! ならばその悪辣極まりない趣向も頷ける!!」
ひとしきり笑ったキャスターは、ギラリとその双眸に狂気的な情熱の焔を灯す。
「宜しい! ならば一際鮮やかな絶望と慟哭でもって、神の庭を染め上げてやろうではありませんか!! リュウノスケ!! 天上の演出家に我らの描く最高級のクールを届けますぞ!!」
「また何かすげえ事やるんだね!? 旦那ッッ!」
そう言って嬉々として笑う龍之介とキャスター。彼らの笑い声は地下の洞窟で反響し、劇場を満たす観客の声の如く空間を満たす。
だがそれが『手に負えない何か』を目覚めさせたのだと気付かなかったのが彼等の命運を確定させる。
突如として洞窟内に迸った黒い泥の奔流は、気付く隙すら与えずに、キャスターと龍之介を飲み込んだ。
後には、黒い光を放つ魔法陣--大聖杯が残るのみである。