Fate/Zepia   作:黒山羊

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ちょっぴり長めです。


+2days PM7:00 『英傑之宴』

 日が沈み、月が昇る頃。冬木教会にある結婚式用の会場を借りて『聖杯奪還同盟』の締結が行われていた。

 

 

--------

 

 

「では、此度集った各陣営は冬木教会監督役が聖杯の浄化を確認するまで、同盟陣営との戦闘を、一切行わず、聖杯浄化の為に尽力する事。それを破った際、マスターであるご自身を殺害するように令呪を持ってサーヴァントに命じて頂きたい。もちろん、この誓約に使用した令呪は監督役の私が補填させていただき、更に新たな令呪一画を『聖杯浄化協力』の対価として贈呈させていただく」

 

 そう、厳粛に告げる言峰璃正神父。その行為が指すのは『今回の同盟は一度結べば最後、破れない』という事実。まともな思考を持つ魔術師ならば、暫し迷う筈のそれ。メリットとデメリットで言えば、メリットが勝っているとはいえ、そのデメリットは無視できない。サーヴァントに条件付きとはいえ自分を殺せと命令しなければならないのだから。

 

 だが、この宣言直後に右手の甲を光らせた者が二人。

 

 そもそもの提案側である間桐雁夜、及び遠坂時臣である。

 

「間桐雁夜が令呪を以てズェピア・エルトナム・オベローンに命ずる。私が聖杯浄化前に同盟陣営に自発的な攻撃行為を行った場合、私を殺害せよ」

「遠坂時臣が令呪を以て奉る。英雄王よ、私が聖杯浄化が成る前に同盟陣営に自発的に攻撃した際、私の首を切り落として頂きたい」

「ふん、聞くだけ聞いておいてやる。我の手を煩わせるなよ、時臣」

「了解したよ雁夜。君が不義理を行った際は私が飲み干してあげよう」

 

 その後素早く、二人の手に令呪二画が補填される。その光景に反応し、次に動いたのはウェイバー・ベルベットだった。

 

「あぁ、もう!! ライダー!! お前に令呪を以て命ずるっ!! 僕が聖杯浄化より前に同盟相手に自分から攻撃しようとしたら僕を殺せっ!! ……痛くないように頼む」

「ガッハッハ!! よう言うたぞウェイバー!! 最後の注釈が締まらんとはいえ、おぬしも一丁前の男子ではないか!! 良いぞ、このイスカンダルがその命、必ず果たそう!!」

 

 蛮勇とでも言うべきウェイバーの行動に遂に決心が着いたのか、それとも今まで損得勘定に忙しかったのか。残るケイネスと切嗣も漸く令呪に意識を乗せる。

 

「衛宮切嗣が令呪を以てセイバーに命じる。聖杯の浄化が確認される前に僕が同盟陣営を攻撃したら、僕を殺せ」

「令呪を以て命じる。ランサーよ、私が聖杯浄化以前に同盟相手を自発的に攻撃した際、その『必滅の黄薔薇』を以て我が心臓を貫け」

「……フィオナ騎士団、双槍の騎士、輝く貌のディルムッドの名に掛けて、我が主の誇りのため、その時は我が槍を以て御命令を実行致します」

「切嗣、あなたの珍しく見せた誠意、私が無駄にはしない。一切の私利私欲を捨て、あなたの介錯を務めよう」

 

 その返答と共にウェイバー、ケイネス、切嗣にも補填令呪二画が行き渡った所で、言峰璃正神父は一つ頷いてから発言する。

「此処に盟約は成った。…………ではこれからは同盟陣営同士の情報交換と作戦立案の為の時間としていただこう。……間桐家が食事の手配を行ってくれた為、喉を潤し、腹を満たしながら存分に語ってくれたまえ」

 

 その言葉と同時に、机の上に料理が出現する。テーブルクロスに編み込まれた受信術式と厨房の送信術式からなる物質転送魔術。単純だが、人手が足りない現状では便利な魔術である。

 

 さて、まず現れたのはボトルとグラス、そしてカナッペ。グラスの中にあるのは黄金に輝く、甘い香りのするお酒。ケルト神話の時代よりアイルランドに伝わるこれは勿論ランサーにちなんだ物だ。

 

「バーサーカー。この酒は、ミードか?」

「流石にランサー君はすぐ分かったようだね。ミードとは日本語にすれば蜂蜜酒と呼ばれる酒だ。その中でもコレは複数の魔術的工程でポーションとしての特性を付与した『黄金の蜂蜜酒』と呼ばれるモノだね。で、前菜として用意したのはキャスターに因んだフランス風フォアグラステーキとバニラアイスのカナッペ。甘さとしょっぱさ、熱いものと冷たいもの。対照的な取り合わせだが、恐れることなく一口で食べてくれたまえ。生ハムメロンに匹敵する夢のマリアージュだと自負している」

 その言葉を聞き、全員がグラスに口を付ける。次の瞬間、酒精が口内で香りと共に花開き、一瞬で味覚を覚醒させる。その、鋭敏になった舌で味わう一品目。滑らかなフォアグラのクリーミーさをバニラアイスがより強化し、その上で砂糖の甘味と岩塩の塩味、そして肉汁の旨味が染み込んだ薄切りフランスパンが全てを包み込む。

 

 酒嫌いのウェイバーでさえ旨いと思える酒と、一口だけで完成された前菜に皆が舌鼓を打ち、胃が次なる美味を求めて活動を始める。

 

「……ふん、酒も摘みも、どうにか我が喰うに足る物を用意したようだな吸血鬼?」

「君がくれる及第点は、本職ではない私には過ぎたモノだよギルガメッシュ」

「いや、誇るが良い。趣味もこの域に達すれば既に一つの技といえる。何より、あえて一口分しか用意しない事で腹を刺激し、空腹をかきたてる。それによって此処までの美味を喰ってなお次への期待感を抱かせるとは流石よな?」

 

 そう言ってニヤリと笑うギルガメッシュは御満悦らしく、グラスの中身を景気良く飲み干してから問いを投げる。

 

「雑種共よ。この食事を手掛けた我が道化に免じて、我と語らう栄誉を授けよう。貴様等は、聖杯に何を願う?」

 

 その問いを聞くと共にすぐさま答えを返したのは、やはり王を名乗る者の一人。征服王イスカンダルである。

 

「確かに食とは語らいと共に在るべきモノ。ならば余も答えねばなるまい。余の願いはこの料理を作った男と同様よ。即ち、受肉こそ我が願いだ」

「ほう、征服ではなく受肉を願うか、雑種よ? お前が言うのだ。『身の程を弁えて質素な願いを叶える』などという殊勝な考えではないのだろうな?」

「然り。我が征服は我が肉体によって成されるべきモノ。杯に世界を取らせて何が楽しいのだ?」

 

 そう言いながらライダーはグラスを使わずに蜂蜜酒をラッパ飲みする。作法も何もない飲み方だが、それでも様になるのが王の風格という奴なのだろう。

 

「成る程、その気骨は認めてやらんでもない。だが、我の配下で無い者にそう易々と財宝を下賜する気はないのでな。故に貴様が我の許に下ると言うならば、杯の一つや二つ程度いつでもくれてやる」「……ハッハッハ、それはできん相談だわな。しかしなぁ、ギルガメッシュ。その言い分なら別段聖杯が欲しいって訳じゃあないんだろう? なんで聖杯戦争に参加したんだ?」

 ライダーのその問いに、ギルガメッシュは鼻を鳴らしてから答えを返す。

 

「我は人類最古の英雄王、ギルガメッシュ。我が蔵にはあらゆる宝具、あらゆる宝物の原点を所蔵しておる。故に、全ての宝はその起源を我が蔵へと遡る事が出来るのだ。であれば、宝である聖杯もまたその出自を我が蔵に起因させるのは当然よな?」

「まぁ、そりゃそうかもしれんが……」

「ならば、我が財を手に取るに相応しいと思えん雑種を我が手ずから処断するのになんの問題もあるまい。……そうよな、我は今気分が良い。証拠の品を見せてやる故、しばし待て雑種共」

 

 そう言ってギルガメッシュは手のひらの上に、宝具を射出する時と同様の揺らぎを生み出し、一冊の辞書のような物を取り出してパラパラとページを繰り始める。

 

「あぁ、吸血鬼よ。しばし時間がかかる故、次の料理を出して構わんぞ。我が許す」

 ギルガメッシュのその声に合わせてズェピアが指を鳴らす。と、テーブルに湯気を立てるスープが入った深皿が出現する。

 

「近くの養鶏場で購入した地鶏を使ったモロヘイヤと地鶏のスープだ。言うまでもなく、私の故郷、エジプトに因んだ料理だね」

 

 紹介を終えたズェピアが口を噤むと、全員が一口スープを啜る。その中で切嗣がボソッと言葉を漏らした。

 

「……ご飯が欲しくなるな」

「それも予想済みだとも」

 

 更にパチリと指を鳴らすズェピア。次の瞬間、テーブルには暖かいバターライスが乗った皿が追加されていた。

 

「マナー的には大問題だが、私はあえてスープとライスを混ぜて食べることを提案させて頂こう。スープだけでも美味しく、ライスだけでも美味しく、そして合わせてリゾット状にしても美味しいように味付けしてある。日本料理の『ひつまぶし』に通じる所もあると言えよう」

「ふむ、組み合わせて味を変える料理ですか。初めて食べましたが実に美味しいですバーサーカー」

「そう言って頂ければ重畳だ、セイバー君。……時に、君の願いは何か教えて貰っても良いかね?」

「私の願いですか。私の願いは故郷の救済。聖杯を以て我がブリテンの滅びの運命を変える事です」

 

 毅然として言い放ったセイバーに、ライダーが困惑した表情で言葉を返す。

 

「なぁ騎士王? お前は歴史を変えると言ったが、それはお前の時代、お前の治世を生きた全ての臣民への侮辱ではないのか?」

「……滅びを良しとするのは武人のみ。民草の願いは救済そのものだ。正しき治世、正しき統制こそ彼らの望みに他ならない」

「うぅむ、どうにも余には理解できんなぁ。理想に殉じ、正しさの奴隷となる王など、民草を救うだけの装置でしかないではないか。救われただけの連中の末路は悲惨だぞ? それを良く知るのは他でもないお前自身だろう、騎士王よ?」

「…………私は」

 

 セイバーは何か言い返さねばならぬと思いながらも言葉を紡げない。脳裏に飛来するあのカムランの丘が彼女の思考を妨害する。と、その時。セイバーに声をかけたのは意外にも、未だ目録を繰るギルガメッシュであった。

 

「セイバーよ、貴様は正しい。……その華奢な姿では到底背負い切れぬ正義という責を自ら背負おうとするその姿はなかなか希少な馬鹿者だ。……誇るが良い、我が寵愛に値する程の希少性だぞそれは」

「……貴様、私を愚弄するのか!?」

 

 ギルガメッシュの微笑に憤懣やるかたないというように言い返すセイバー。

 

 そんな一触即発の空気を壊したのはそもそも最初に問うた側であるズェピアであった。

「ふむ。どうにも君達は『王』ばかり気にして政治形態を考慮に入れていないようだね。国によって必要な王は異なるのだよ?」

「む、なにが言いたいのだ? バーサーカーよ」

「ふむ。ではまずライダー君の場合、政治形態は独裁政治。この場合、王とは強いリーダーシップとカリスマを持ち、果断に富み、民の欲望を背負って国を運営するべきモノだ。彼の政治形態に置いて王は国であり、民の羨望の的である事が望ましい」

「ほう、分かっておるではないか! それこそ王と言うものよ」

 

 そう言ってニカリと笑うライダーだが、ズェピアはいやいや、言うようにと首を振る。

 

「その決断はまだ早いぞライダー君。次はギルガメッシュの場合だ。彼も独裁政権だが、彼の場合は司法、立法、行政のみならず宗教、経済、戦争、この全てを彼だけで全てこなした化け物だ。彼は最高裁判官であり、生きた憲法であり、政治の支配者であり、崇め奉られる神であり、最大の消費者であり、そして万軍に匹敵する最終兵器でもある。まぁ、言うなればギルガメッシュさえ居れば全て片付く国だ。彼が王なのは最も優れた存在であるからに他ならない」

「吸血鬼よ、当たり前の事を繰り返すでない。我が至高の存在であるのは当然であろう?」

「まぁ、否定はしないとも。…………さて、セイバー君」

 

 そう言ってセイバーに向き直るズェピア。その視線をセイバーはしっかりと迎え撃つ。

 

「君の場合、政治形態は円卓による議会制だろう? 君の国では円卓の騎士が民草の為に尽力し、君はその中心である大黒柱として、あるいは象徴としての王であれと望まれたのだ。故に、清く正しく美しい君こそがブリテンの王であるのは間違いなく最善だろう。だがね、セイバー君。初心を見失うのは良くないよ?」

「私が初心を見失っていると?」

「うむ。君が議会制政治の国で王であった以上、『歴史をねじ曲げ、ブリテンを存続させる』事に対する採決を円卓の騎士に要請する必要があるのでは無いだろうか。故に君の願いは『円卓の騎士全員と相談した上ででた結論を実現させる』というもので在るべきだと思うのだが、どうかね?」

 

 そう穏やかに問うズェピアの声をセイバーは瞑目しながら反芻する。成る程確かに円卓とは『皆が対等である』ように願った故に生み出されたものだ。その円卓の騎士たちと時に相談し、時に論争して国を動かしてきたのがアルトリア・ペンドラゴンの治世であったのではなかったか。

 

「それは…………確かにそうかも知れません。私の独断専行が彼らの意見を踏みにじって良い訳がない。まずは円卓に問うてみるとします。ありがとう、バーサーカー。確かに私は理想に追われて騎士王たる自分を見失っていたようだ」

 そう返すセイバーに、うむと頷いてからズェピアは彼の結論を述べる。

 

「王道とはこのように王と国によって異なる。故にその在り方は固有であり、比べられるモノではない。それを比べるというのは、1キログラムと1メートルのどちらが優れているかを論じるようなものではないかね?」

「成る程。まぁ、確かにそうだわな。すまんな騎士王、余計な事を言うたようだ。余と貴様では国も民も全てが異なる。ならば比べるのは間違いであった」

「いや、私も危うく間違いを犯すところだったのは同じだ。気にするな征服王」

 

 ライダーの詫びを受け入れたセイバー。彼らがお互いに笑みを浮かべると時を同じくして、ギルガメッシュが目録を蔵にしまい、黄金の杯を取り出した。

 

「おい雑種共。やはり聖杯の原点も我が蔵にあったようだぞ?」

 

 そう言ってギルガメッシュが掲げる杯には確かに夥しいという言葉でも足りぬ程に魔力が溢れ、妖しげな輝きに満ちていた。今まで主の横で静かに食事をしていたランサーでさえ、思わず息を飲み、マスター連中は目を見張って椅子から腰を浮かす程のそれを持つギルガメッシュはニヤリと口を歪めて、言葉を紡ぐ。

 

「取り出すだけと言うのも芸のない事だが、我にはいまいち使いようがないのよな」

「む、ギルガメッシュよ。ならば余の願いをだな」

「戯け。我と我が臣民以外に我が財を使う権利はないと申したであろうが。この財は連発可能だが、叶える願いはそう大した物ではない。我が名を覚えていない程度の宝だぞ? ……そうよな。貴様の受肉は可能ではあるが、赤子になる」

「あぁ、そりゃあ駄目だなぁ」

「魔力タンクとしては優秀なのだがな。……ふむ。仕舞うか」

 

 そう言ってすんなり直してからギルガメッシュはふとズェピアに目をやる。

 

「吸血鬼よ、次の品目はまだか?」

「いや、君達の王の格がどうこうでタイミングを見失ったのだがね? で、早く終わらせようと口を挟んだら今度は聖杯の原点を鑑賞し始めただろう?」

「ふむ、特に許せ」

「……一応は臣下なのだから我慢するとしようか。……次はギルガメッシュに因んだ料理だ」

「む、我の番か」

「流石にメソポタミア料理はレシピが見つからなかったので、チグリス川流域に伝わる焼き魚『マスグーフ』を用意した。使用した魚は鯉だ。鯉のあらいとして生で食べられるぐらい臭みが少ないものを使用した。魚本来の旨味を全面に押し出す料理なので鮮度と品質には拘っている」

 

 テーブルに切り分ける為のナイフと共に現れた、開きにされた大きな鯉の丸焼き一匹。とだけ言えばシンプルな料理である。が、シンプルな料理程、その調理には細心の注意と丁寧な素材の厳選が求められる。ステーキ然り、刺身然り、一流と三流では雲泥の差が生じるのがシンプルな料理の特徴であると言えるだろう。

 

 今回、いち早く手を付けたのは最も上座に座るギルガメッシュ。優雅かつ手慣れた所作で魚の身を平等に切り分けて分配し、その上で自らが一番先に頬張る。その目は真剣そのものであり、自身に因んだ料理には一切のミスを赦さん、とでも言うようなオーラに自然と彼以外の参列者の視線はその反応を伺うべく彼に注目する。

 

 瞑目しつつ咀嚼し、舌全体で料理を検分する英雄王に、流石のズェピアも額に一滴の汗を浮かべざるを得ない。

 

 何とも言えない沈黙。

 

 それを破ったギルガメッシュの声は、怒声や罵声ではなく、穏やかな笑いだった。その表情はこの戦争中で彼が浮かべた笑みの中でも異質。最古の英雄の風格を見せ付けるような高貴さに溢れる笑みである。

 

「ふ、吸血鬼よ。一つでも気に喰わぬ所が有ればその首切り落とすつもりであったが、なかなかどうして美味ではないか。誉めて遣わす。今後も励むが良い」

「そんなに旨いのか? どれ、余も一口。おぉ、すげぇなこれは……!」

 

 歯ごたえ、柔らかさ、火の通り具合、そのどれもが一級品。これが取り分けるべき食材で在るべき事すら忘れて丸々一匹平らげてしまいそうな極上の逸品である。

 征服王の感嘆の声を聞くその他の面々も口に笑みを浮かべてそれを頬張る。無表情が売りの切嗣と冷徹なケイネスでさえ優しげな微笑みを浮かべているあたり、人を笑顔にするには旨い料理が一番だという俗説は真理らしい。

「この一匹が焼けるまでに10匹弱がスタッフの晩御飯行きになっているからね。これで駄目なら本当に死ぬ他無い状況だった。首の皮一枚繋がったのは僥倖だ」

「スタッフとは誰だバーサーカー?」

「聖堂教会聖杯戦争隠蔽班の皆さんだよ、ランサー君。影の功労者たる彼等に差し入れて来たのだ。栄養剤片手に日夜働く彼等のお陰で我々は戦闘出来ているのだし、差し入れぐらいしてもバチは当たるまい」

「それは良い心がけだな。失敗とは言うが、喰うには支障ないのだろう?」

「焼き具合などが微妙にしくじっただけだから充分に美味しいはずだ。安心したまえ」

「ふむ、これも丁寧で実に美味しいですバーサーカー。……ブリテンにも魚は居たのですが、何故我々はあんなに雑な調理をしていたのか……」

「戦乱の世では仕方ないだろう、セイバー君。食に贅沢になるには平和な世が必要だからね」

 

 そう答えつつ、ズェピアは次なる料理を呼び出す。手頃なサイズのボウルに盛られたサラダ。コレが四品目目のようだ。

 

「シリア風パセリサラダ『タッブーレ』。アサシンにちなんだ料理だ。パセリは付け合わせのイメージが強いが、シリアではこの様に野菜としてサラダにする。パセリの香りで魚の味を舌からぬぐい去り、次の肉料理に挑んでくれたまえ。このコースは肉と魚の二つの料理をメインに据えているからね」

「オリーブオイルとパセリの香りが良いわね、これ」

「気が合うわねアインツベルン。パセリをサラダにするなんて考えもしなかったけど、パセリって美味しいのね」

 

 女性陣はどうやらお気に召したらしく、アイリスフィールとソラウの何気ない会話が行われる。一度話し始めれば止まらなくなるのが女性の特徴らしく、二人はキャイキャイとお喋りなど始めているあたり、別に三人も集めずとも『女三人寄れば姦しい』は適応されるようだ。

 

 だが男性陣はサラダで口をリセットしたその先に期待が向く。肉料理を期待してしまうのはやはり男子の性なのだろうか。

 

 残るモチーフは二つ。セイバーか、それともライダーか。即ち、イギリス料理か、マケドニア料理かとも言える。

「おやおや、男性陣とセイバー君は随分肉料理を楽しみにしているようだね?」

「騎士たる者は体が資本。なればこそ肉は重要だ。そうですね、ランサー?」

「然り。フィオナ騎士団では狩りの獲物の調理は必須技能だった。肉はそのまま筋肉となる為、騎士としての肉体を研くためには重要な物だからだ」

 

 そう言って何やら理由付けを始めるランサーとセイバーだが、『お肉食べたい』という内心がだだ漏れである。

 

「では、最後二品目は同時に提供するとしようか。マケドニア料理の『プレスカヴィッツァ』とイギリスのデザート『桃のシェリートライフル』だ」

 

 ズェピアがそう言うと同時にテーブルの上から空になった皿が消え失せ、ワイングラスに盛り付けられた華やかなデザートとハンバーグに似た肉料理が出現する。まぁ、イギリスが料理ではなくデザート担当なのはイギリス人たるウェイバー、ソラウ、ケイネスには分かっていた事だ。デザートと紅茶だけはイギリスの物でも美味なのだ。デザートと紅茶だけは。

 

「プレスカヴィッツァか、懐かしいのう」

「征服王、ハンバーグとは違うのか?」

「うむ。プレスカヴィッツァにはパン粉が入っておらんのよ。それにスパイスを効かせた味付けも特徴よな。……うむ、旨いっ!!」

「あぁもう。ライダー! 口が肉汁まみれだぞ!? こっち向け!!」

 

 そう言ってライダーの口元をナプキンで拭っているウェイバー、マイ箸という有る意味反則な道具で日本人らしく食べている雁夜、優雅に切り分けて食べている時臣、セイバーと二人揃ってモキュモキュと幸せそうに頬張っている切嗣と、それを見守るアイリスフィール。そして、ケイネスの為にハンバーグを切り分けるランサーと、そんな主従を見て内心テンション急上昇なソラウ。

 

 そんな中、いち早く食べ終えたセイバーは桃のシェリートライフルへと食指を伸ばす。シェリー酒を染み込ませたスポンジ生地の上にクリームと共にカットされた桃のシラップ漬けとミントが乗ったそれは花のような見た目を裏切らない華やかな甘味でセイバーに多幸感をもたらす。

 

「ふふふ、菓子ではイギリスも劣りませんね。菓子では」

「確かに美味よな。我が道化の腕も存分に影響しているのは事実だが」

 

 そんな会話が自然と交わされるようなテーブルに最早諍いの種は見られない。

 

 

 

 

 かくして、聖杯奪還戦争は穏やかにその幕を開けたのであった。


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