大量の怪魔が絶え間なくセイバー達に襲いかかり、切断され、串刺しにされ、引きちぎられて、また再生する。
そんな中でズェピアの一撃入魂の攻撃が放たれたのは怪魔の波が途絶えたその一瞬。
ズェピアの姿が一瞬だけ「ブレた」直後。彼の口があり得ない程開き、彼とキャスターの間にいた怪魔のことごとくが喰われた。いや、「飲まれた」。
その機を見逃すほど騎士達は甘くない。
「バーサーカーが何をしたかは解らんが、今だランサー!!」
「言われるまでもないっ!!」
「いくぞ、『風王鉄槌』ッ!!!!」
セイバーが放つ空気の砲弾。それはその射線上に居たミイラ状態から蘇生したばかりの怪魔を薙払い、キャスターへと迫る。だが、本命はそれ自体ではない。
空気や水などの流体中で物体が高速移動する際、その背後には負圧が発生する。例えば、風呂場で手を思い切り動かした時に手の後ろで水面がへこむのがそれだ。
さて、では、へこんだ水面は次の瞬間どうなるのか。
手から見てそのへこみより更に後方にある水が猛スピードで流れ込むことで「元に戻ろうとする」のだ。この時、手が進む方向と同じ向きへと水の流れが発生する。
ならば当然『風王鉄槌』の背後には「それを追い掛ける」風の流れが存在する事になり。
それを背で受けて加速したランサーは一時的とはいえステータスにしてA+++の速度を獲得していた。当然、キャスターがそれに満足に反応できる訳が無く、精々とっさに「手に持つ物」で防御するのが精一杯。
そしてそれはランサーことディルムッド・オディナを前にして決して「盾にしてはならない」物だった。
「抉れッ!! 『破魔の紅薔薇』ッッ!!!!」
駆け抜けざまに斬りつけられる紅の閃光。魔術を無効化するその槍はキャスターが盾にした本の表紙を裂き、その『召喚魔術』を完璧に無効化する。となれば当然、魔力供給を絶たれた怪魔はその肉体を維持できなくなり、穢らわしい粘液へと成り果てた。
「キサマ、貴様、キサマ貴様キサマキサマキサマァァァァッッ!!!!」
「フッ、我ら三人が力を合わせればざっとこんなものというわけだ」
そう言って油断無くキャスターを見据えるランサーとその黄金の宝剣を構えるセイバー。そして口元の血を拭い、爪をギャシャリと摺り合わせるバーサーカー。
まさに一撃による逆転劇。数の差は完膚無きまでに覆され、人質も奪われ、圧倒的に不利なその状況。だがしかし、セイバー達がキャスターを追い詰めたのは一瞬の事。
『旦那ッ!! 危ないなら、逃げてくれッ!!』
キャスターへと届いた存在へ訴えかける絶対命令。たまたま水晶玉で今回の戦いを見ていた龍之介の心からの応援は果たして「令呪の命令」となってキャスターへと働きかける。次の瞬間、キャスターの身体から膨大な魔力が噴き出した。
「ふむ、まだ何か隠していたのかね?」
「フフフ、助かりましたよ龍之介。…………ジャンヌ、そうまで拒まれるのでしたら次回は更に陰惨で残酷な催しを準備させていただきましょう。……それでは、私はこれにて失礼致しますぞ」
「待てッ!! 逃げるな外道がッ!!」
追いすがるセイバーより先にキャスターの姿は薄れ、一瞬にしてそこから消失する。雁夜とズェピアがこの森に来る前に話していたとおり令呪はマスターとサーヴァントの魔力を合計した魔力で可能な奇跡ならば実現可能だ。
そしてその実現可能な奇跡の中には「瞬間移動」も含まれている。ただ、それだけの事。
確かにキャスター陣営の令呪を一画奪ったのは十分な戦果だろう。だと言うのにキャスターを逃がしたセイバーの顔色は悪い。
「……奴をしとめられなかった」
「そう気負うなセイバー君。取り敢えず其処の子供達は救えたと喜んだ方が気が楽というものだよ」
「何故、貴方はそう落ち着いて居られるのですか、バーサーカー」
「ふむ、まぁ『悪は必ず滅びる』からだと言えるだろうね」
「そんなモノは根拠がない。希望的観測でしかないではないですか!!」
そう言ってズェピアに詰め寄るセイバー。キャスターを逃がしてしまったという怒りからついつい語気が荒くなる彼女に、ズェピアはニコリと、セイバーが知っている「誰か」に似た雰囲気で笑う。
「滅びるとも。何しろ私は『正義の味方』なのだから」
その答えに、セイバーはふと記憶の奥を擽られたように感じた。
確か、つい最近、誰かから同じように『正義の味方』という単語を聞かなかっただろうか。
そう考えて出た答えは、セイバーの口を突いて出る。
「切嗣…………?」
--僕はね、『正義の味方』になりたいんだ--
確かに、彼はそう言っていなかったか?ならば、彼は切嗣の理解者足り得るのではないか?
思わぬところで自身のマスターと歩み寄るきっかけを得たセイバーは、怒りも忘れてしばし呆然とする。
そして、その名を呼ばれたセイバーのマスターは、アインツベルン城のサロンで水晶玉を前に、非常に複雑な表情を浮かべているのだった。