暫く時間は経過し、礼装の回収と人形の設置を終えて、ケイネスがソラウと自身に認識阻害の魔術を掛けた頃。
フロントからホテル全体で小火が発生していると連絡があった。
まさしくランサーが危惧していた事態の一つであるそれに、ケイネスは「やはり訊いておいて良かった」と内心で呟き、速やかに階段を下る。常人ならば三十二階から地下一階まで一気に降りるのは決して容易い事ではない。しかし、ケイネスは常人ではなく優れた魔術師であった。
「--強化-- Starkung!!」
走りながらシングルアクションで強化を自身に掛けるとソラウを横抱き、俗に言うお姫様抱っこの形で抱え、凄まじい速度で階段を数段飛ばしに降りる、というか、減速しながら落下していた。
「きゃあっ!?」
「済まないソラウ!! 時間がないのだ!!」「主!! 後一階です!!」
ランサーの呼び掛けに答えてケイネスは自身の最高傑作『月霊髄液』を発動。ほぼ全ての衝撃を殺して地下駐車場に降り立ち、手近な車を『月霊髄液』でこじ開けて礼装を詰め込み、乗車する。
「どうするのケイネス!? 私達は車なんて操縦出来ないわよ!?」
「……大丈夫だ、私に任せてくれソラウ。『月霊髄液』!!」
そう吠えたケイネスは自動車のタイヤを月霊髄液でコーティングし、地を滑らせる事で車を操縦せずに車を動かし、見事地下駐車場から脱出を遂げた。
予備の拠点として準備していた廃墟に向かうケイネス達の背後で、冬木ハイアットホテルは爆音と共に地に沈む。
何とか脱出が間に合った事にケイネスはホッと溜め息を吐きつつ今後の事を考える。
「……私以上の天才、アトラス院長ズェピア、それに遠坂時臣とそのサーヴァント。加えて元代行者言峰綺礼。……いずれも強豪。……特にズェピア・エルトナム・オベローン。彼はマズい」
今回のホテル爆破で最悪の事態を想定する事を学んだケイネスは、ある一つの事柄に思い至っていた。
それが真実だった場合、非常にマズい。ただでさえ強力なバーサーカー、ズェピア。
もし、彼の宝具たり得る武器があるならば、該当する可能性がある宝具クラスの礼装は一つ。
すなわち。
「……アトラス七大兵器『黒い銃身』。歴代エルトナムの誰かが造った化け物礼装。……こればかりはもはや彼が制作者でない事を祈るほかないか」
思わず口から漏れた独り言に反応したのはソラウだ。
「黒い銃身?」
「あぁ、時計塔の講師なら殆どの者が知っている、アトラスの究極兵器の一つだ。錬金術で造られた大型拳銃型礼装。……効果は『エーテルに対する絶対破壊』。……つまり、サーヴァントだろうが神だろうが、接触しただけでエーテルで活動する全ての物を破壊する礼装だ」
「……そんな!?」
「まぁ、彼がサーヴァントである以上宝具では無いと思いたいが、対策はしておく必要があるだろう。……アトラスの錬金術師は兵器を造らせれば右に出る者はないからね」
ソラウにそう答えつつ、ケイネスは考えを巡らせる。対策する仮想敵は強大であるに越したことはないと判断しての事だ。
エーテルを破壊する礼装である以上、魔術では防御出来ない。更に、ランサーでも攻撃されるとマズい。ならば、対処は一つ。防御せずに避ける。
と、なれば。
「閃いたよ、銃弾を避ける方法を」
そう言ってケイネスは微笑む。初めてぶつかった壁。だが壁は高いほど乗り越えた時の感動も一入だろう。
不敵に微笑むケイネスを乗せた車は、夜の冬木を駆けていった。
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一方その頃。ズェピア達四人組は冬木ハイアットホテルを観察出来る位置にあった建設中のビルにて、発破解体を鑑賞した感想をヒソヒソと話していた。
何故ヒソヒソなのかと言えば、とある嫌がらせの為に隠れているからなのだが。
「なかなかの迫力でしたね」
「あれはしっかりと計算しなければ出来ない職人技なのだが、上手くやったようだね」「衛宮切嗣……。成功に安堵している状態から一気に不利になったときの奴はどんな顔をするのか……」
「我の宝具で壊した方が速いが、彼処まで綺麗に壊すとはな。雑種は雑種なりに日進月歩しているのか」
そんな会話をしている彼等の耳は、離れた所で発生した機械越しの声を正確に捉えた。
タイミングは今しかあるまい。
そんな考えを綺麗に一致させた4人は、暇つぶしを中断し、抜き足差し足忍び足で音源へと近付いて行った。
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『舞弥、状況終了だ』
その声に、ホッと弛緩したのが悪かったのだろうか?
そんな後悔を胸に抱く久宇舞弥。彼女は今、非常に追い詰められていた。
囲まれているのだ。
何に囲まれているかはわからないが兎に角囲まれている!!
ああ、今、何かが通り過ぎなかったか!? 名状しがたい何かの影が!!
逃げ出そうとするが身体はピンで止められた昆虫標本の様に動かない。余りのプレッシャーに本能が屈したのだ。
ドロリと粘り着くような圧力はいつの間にか異界に迷い込んだと錯覚する程の物。冒涜的な波動とも言える無形の圧力が舞弥を押しつぶさんと取り囲む。
どれほど時間が経っただろう。一分一秒が一世紀程に感じられた。そんな時に、不意にプレッシャーがかき消える。
奴らはどこかに行ったのだ!!
そう考えて出口へ駆け出す舞弥の肩を誰かが掴む。
ゆっくりと振り返った舞弥の視界。其処にいたのは「イイ笑顔」の言峰綺礼とニヤニヤ笑うギルガメッシュ、微笑むズェピア。
そして『ドッキリ大成功!!』とマジックで書いたダンボールを持ったアサシンだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
何かもう色々と限界だった舞弥がその場に崩れ落ちたのを誰も責められまい。
あぁ、背後に! 背後に!