Fate/Zepia   作:黒山羊

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+1days AM0:32 『神童開眼』

 さて、視点は変わり、冬木ハイアットホテル三十二階。フロアを丸々貸し切って造られた手製の魔術工房にて、ケイネスは紅茶片手に読書に励んでいた。本のタイトルは『英語で読むケルト神話シリーズ「ダーマッドとグラーニャ」』である。

 

 神童と言われるだけはあり、その本をかなりの速度で読み進めるケイネス。彼がこんな事をしているのは倉庫街の一件が切っ掛けだった。

 

 ディルムッドの経歴でケイネスが知る内容は実に少ないと自覚したのだ。それを自覚したのはバーサーカーことズェピアの一言だった。

 

--この戦争に出る事自体が目的である英霊がいる--

 

 その発言の際、確かにズェピアはディルムッドを見つめていたのだ!!

 マスターである自分でさえ知らぬ事を敵のサーヴァントが知っている。そのサーヴァントがディルムッドと同時期の英霊ならばまだ納得も出来た。だが、バーサーカーは精々五百年前の英霊。しかもエジプト人。ディルムッドとの接点など無いはずなのに、何故!?

 

 そこまで考えて、ケイネスはふと気付いた。自分がディルムッドの伝承を全くと言って良いほど知らないことに。

 

 その事に気付いてからのケイネスの行動は実に迅速だった。書店でディルムッドに関する本を何冊か購入し、今の今まで読みふけっていたのだ。

 

 

 そして今、ケイネスは泣いていた。自分の境遇とディルムッドの境遇。人生を呪いと制約にねじ曲げられたディルムッドと、政略結婚という事実からなかなかソラウに振り向いて貰えないケイネス。その違いは大きいが、その本質はよく似ていた。

 すなわち、二人とも意味こそ違うが女性に振り回された人生を送っているのだ。

 

 その事に思い至ったケイネスは本を置きテーブルの上で何かの魔術を行使し始める。

 

 それから十分後。ケイネスはランサーを呼び出していた。

 

 

「……出て来いランサー」

「お側に。……主? 目が赤いですが、泣いておられたのですか?」

「……少々目が疲れただけだ。……さてランサー。今夜はご苦労だった。誉れ高きディルムッド・オディナの双槍存分に見せて貰った」

「恐縮であります我が主よ」

 

 ランサーの声にうむ、と頷いたケイネスは一つ咳払いをしてから口を開く。

 

「利き腕ではないにせよセイバーの左手に癒えぬ傷を負わせ、セイバーを追い詰めたその腕前、流石は私のサーヴァントだ。まぁ途中で乱入が二度もあったのは予想外だが、今夜の戦果は上々とは行かずとも中々良いモノだった。……ついては、褒美を取らせようと思う。……受け取れ」

 

 そう言ってケイネスがランサーに渡したのは赤い石のような物がはめ込まれた小さい槍の形のピアスだった。

 

「……有り難き幸せ!!」

「うむ。……それは、お前を召喚する際に使用した『本物のゲイ・ジャルグの欠片』を埋め込んだ魔術礼装だ。……お前は生前呪いに苦しんでいたらしいな」

「はい、確かに私には生まれつきの呪いが…………主!? まさか!?」

「そうだ、それには所謂魔眼封じ……そうだな、お前の場合その魔貌を封じ、その効果をキャンセルする効果がある。……大した礼装ではないが、この私が褒美を取らせたのだ。以後も励めよ」

「はっ!! 必ずや!! 必ずや我が主に聖杯を捧げまする!!」

 

 語気を強くして子供の様にはしゃぐランサーに、何故か見ているケイネスが恥ずかしさを感じ、ゴホンとまた咳払いをしてランサーに言葉を掛ける。

 

「私に仕えるならもう少し落ち着きを持てランサー。……時にランサーよ。お前は生前攻め立てるフィンの軍勢を何度も撃退した武勲がある。……その点で言えば、私は……ッ。非常に、非常に遺憾だが、お前に劣るだろう。……私には実戦経験がない」 ケイネスは血を吐くような顔で言う。

 彼は冷静な状態ならば間違いなく神童と言われるだけの実力を有している。それ故に、自身の欠点もまた熟知していた。

 

 やれば何でも出来る。それは裏を返せば「やったことがない事は出来ない」ということになる。

 

 そして、ケイネスはつい先程の倉庫街で自分を遥かに越える天才を見て、その事から目を背け天狗になった自分から目覚めたのだ。

 

 故に今のケイネスには驕りも慢心も存在しない。そして、この聖杯戦争を正しく理解している。

 

 これは魔術師同士の決闘などではない。裏をかき、外法を用い、寝込みを襲う正真正銘の『戦争』だ。

 

 そもそも『アサシン』などという不意打ち専門のクラスがある時点で気付くべきだったが、大事に至る前に気付けたのは僥倖と言えるだろう。

 

 そしてケイネスは戦闘の専門家たるランサーに問うてみる事にしたのだった。

 

「今回の聖杯戦争、何か私が見落とした点は無いか?」

 

 その問いにランサーは暫し黙考した後、口を開く。

 

「……恐れながら、一つ御座います」

「何だ? ……どんな事でも良い。考えを述べよ」

「この拠点ですが、我々が生きていた時代の櫓に似ております。……櫓を攻略する手は2つ。……火矢を射掛ける事と、土台に戦車や暴れ牛などを突撃させ根本から押し倒す方法。そして、それらのどれに対する対策も今のままでは足りませぬ。……誠に恐れ多い事ですが、この拠点を引き払い、密かに脱出を図る事を具申させて戴きます」

 

 ランサーの発言は論理に破綻が無く、間違ってもいない。

 

 そう判断したからにはケイネスの行動は速い。慣れた手付きで内線電話を操ると、別室に控えるソラウに電話を掛ける。

 

『あらケイネス? どうしたの?』

「ソラウ、済まない。この拠点が危険である可能性が出て来た。礼装を回収して地下の駐車場から脱出する」

『随分と急じゃない』

「……君を死なせたくないんだ、頼むソラウ」

『はいはい、分かったわよ。じゃあ、準備もあるし切るわね』

「ああ、なるべく急いで欲しい。では」

『ええ、すぐに合流するわ』

 

 

 そう言って電話が切れたことを確認し、ケイネスはランサーに向き直る。

「手を貸せランサー! 今から影武者代わりの人形を残して拠点を引き払う!!」

「はっ!!」

 

 ケイネスより下賜されたピアスを付けたランサーと、慢心を棄てたケイネス。

 

 一歩歩み寄った彼等は、戦う漢の顔付きをしていた。

 


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