幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
大賢者八雲紫は今日も元気です(ヤケクソ)
もう夏に入ろうかというこのジメジメした季節。何もしなくても不快感が募るあまり好ましくない季節であるが、私の額から流れ落ちる汗の主たる原因はそれではない。我が愛しき八雲邸に蔓延するなんとも言えない居心地の悪さのせいだ。
発生源は机に突っ伏す天子さんと、それを背後から監視する藍。互いに向けられる不満と敵意が尋常じゃないですわ。ちなみに私はそんなギスギス空間に取り残された憐れな家主、もとい仲介人である。
賢者会議後、不貞腐れたまま天界に帰ろうとした天子さんだったが、なんと門前払いをくらったらしい。
総領事曰く「映えある特使に任命してやったんだから責務を全うするまで帰ってくるな。緋想の剣はくれてやるわ」とのこと。そして追い出された挙句、コンタクトの一切を遮断された。
唯一の連絡手段は定期的に降りてくる遣いの永江衣玖さん(ちゃっかり生きてた)のみに限定され、路頭に迷ってしまったのだ。
これもしかしてだけど、厄介払いというやつでは? 緋想の剣とかいうのは手切金。
そんな経緯があって天子さんの幻想郷での地盤作りが達成されるまでウチに住んでもらう事になったのだ。諸々の発端は私のせいだしね、正直天子さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだったからそのくらいはしてあげなきゃって思ったの。
結果、藍がブチギレました。
穀潰しの危険人物なんぞ我が家に置けるかと猛反対。しかし天子さんの非暴力宣言と私の懇願もあってか、なんとか宥める事に成功した。
ただ一室を貸し与えるにも穀潰しの居候ではダメだという事で、家事をやらせてみたのよね。結果、皿は木っ端微塵、フローリングは剥がれ落ち、湯船は砕けた。そう天子さんは超絶力の強い箱入り娘さんなのだ!
そして今に至る。
無理やり働かされて不満ありありな天子さんと、我が家を破壊されご立腹な藍。そしてそのギスギスに巻き込まれた八雲紫の図である。
どうしてこうなった。
「紫様、よろしいですか」
「はい」
藍の言葉に従って別室へ移る。
「本当にあの馬鹿を此処に置いておくのですか?」
「そうね……貴女の言わんとしたい事は勿論分かります。しかし私の意向で彼女を振り回してしまった以上、お帰りいただくのは少々忍びないわ」
「紫様の寛大な御心には感心するばかりです。ですがそれで紫様にご不便をかけるのなら私としては到底看過できません。この調子では二日と家が持ちませんよ」
「うーん、でもねぇ。マヨヒガに案内するのは」
「無いです。橙に馬鹿の相手は手に余ります」
「でしょう?」
天子さんって凄く優秀なんだけど、一般常識的な範囲ではかなりポンコツっぽいのよね。しかもコミュ力が天元突破してる癖して藍のような理詰めタイプとは恐ろしいほど相性が悪い……!
確かに藍の言う通り、このままでは我が家の財産が破壊され尽くされかねない。しかし天子さんは逸材なのだ! 逃すには惜しい!
「取り敢えず彼女には私から話を通しておくわ。その間申し訳ないけど妖怪の山方面の結界の管理を代わりにお願いしてもいいかしら? これからは天狗と連携していくわけだし、顔合わせも兼ねてね」
「かしこまりました。ついでに買い物も済ませて参ります。……奴が乱心した際はすぐに駆け付けますのでご安心を」
はぁい、と適当に返事する。あの人格者である天子さんに限ってそんな事は決して無いだろうが、心配性の藍を安心させるためよ。
藍の出発を見送るとすぐに天子さんの下へ。相も変わらず机に突っ伏しているその隣に腰掛ける。
「藍がごめんなさいね。でもあの子も悪気があって強く当たってる訳じゃないの」
「まあ躾がなってないのは頂けないけど、別に紫に謝ってもらわなきゃいけないもんでもないわ。ていうか今はそんな事よりも!」
天子さんが力強くちゃぶ台を叩く。木っ端微塵になったのは言うまでもないだろう。
「とっても暇なんだけど! 幻想郷に来たら大忙しの日々になると思ってたのにまだ家事しかやってない! 一体いつになったら賢者になれそうなんだ?」
「時流を見て、としか言いようがないですわ。当然私からは引き続き貴女を推薦し続けますので、来るべき時までどうかゆったり過ごしてくださいな」
「いいや駄目だ! もう十分ゆっくりした!」
「あと数日もすれば自由に幻想郷を歩き回れるようになる筈ですわ。はたてを始めとして様々な者が取り計らってくれています」
「なら待つ」
まあ主にやってるのは霊夢の説得なんですけどね!
霊夢と天子さんって一度も会った事ない筈なのにヤケに当たりが強いのよね。なんか自分の家族や部下と盟友がバチバチなの凄く辛いわね。足利尊氏さんの気持ちがよく分かる今日この頃である。
けど天子さんも暇で暇で仕方ないでしょう。軟禁状態で鬱憤が溜まっているせいで家事が荒っぽいのだろう。できるだけ穏便な形で彼女の意向に沿えるといいんだけども。
……ヨシ! ここは伝家の宝刀の出番ね!
「ところで何か欲しい物があれば申し付けてくださいな。何でも、というわけにはいきませんが私の能力が許す限りであればご用意いたしますわ」
八雲流懐柔術奥義、物釣りッ!
数多の幻想少女達を懐柔してきた一撃必殺の奥義である。一部からの受けはあまり良くないけど抜群の安定性を誇るわ! 金銀石油なんでもござれよ。
私の言葉に天子さんは少し考えると、あっけらかんに言い放った。
「胸」
「へ?」
「胸よ胸。大きくして」
予想だにしなかった要求に思わず変な声が出た。天子さんの指差す先を見て、澄ました顔を見て、もう一度その部位を見る。
『胸』って鳥の胸肉とかそういう話じゃないわよね? 女性が言う胸って、つまりそういうこと? おっぱい……ってコト!?
改めて天子さんの身体を観察してみると、確かにグラマーという訳ではない。そう、スレンダーというやつである。霊夢……いや魔理沙と同じくらいかしら。
なるほどそうきたかぁ。うーん。
何時ぞやのルーミアみたいに概念的な物を要求してくるよりかはいくらかマシ……なのかしら? 現物といえば現物ですし。
「これはまた、何というか意外な」
「幻想郷やら賢者やらはもう内定済みでしょ? 他に欲しい物なんて特に無いし、それならここを大きくしてもらおうと思って」
えっと、豊胸手術代と名医を用意すればいいのかしら? よしなるほど完全に理解したわ。
なら取り敢えずモロッコにスキマを繋いで……いやメスも注射針も通らないわよね。八意永琳にやらせればいけるかもだけど信用できないし。
頭を捻りながらそんな事を考えると、見かねたのか天子さんが肩をポンっと叩く。
「紫ってさ、隙間妖怪なんでしょ?」
「ええその通りですわ」
「境界を司る妖怪って聞いてるぞ」
誰から聞いたんだろ。藍からかな?
と思ったら天子さんが座布団の下から取り出したのはみんな大好き幻想郷縁起。ペラペラと流暢な指使いでページを捲り、ヤ行項目のトップを指し示す。
「生と死の境界、夢と現の境界、人と妖の境界……なんか色々なモノを操れるって書いてあった。つまりほら、そういうのもいけるって事じゃないのか?」
えッ、豊と貧の境界なんてあるんですか!? (スキマ妖怪並みの感想)
そもそも幻想郷縁起って一応私が監修してるけど、それでも阿求の主観による大袈裟な表現多いから、ちょっと……ねえ?
取り敢えず『その願いは叶えられない。私の力を大きく超えている』とお決まりテンプレートで返そうと思ったのだが、天子さんからの期待に満ちた眼差しで喉に詰まってしまう。
わ、分からない……!
「ほたてや小鬼もお前のこと沢山褒めてたからな。幻想郷一の実力者なんだ、この程度朝飯前なんでしょう?」
「さ、さあ? どうかしらね」
「勿体ぶらなくていいわ! さあやって!」
身体を大の字に広げて「ばっちこい!」と目を瞑った天子さん。その私への謎の信頼感はなんなのかしらね。僅かに生まれた作戦タイムで何とかして対案を模索するが、何も思い付かない。
こうなったら一か八か
くぅ……そもそも胸の大きさで悩む気持ち自体が分からないのよ! おっぱいって放っておいても大きくなるもんじゃないの? 天子さんだって身体の年齢的にまだまだ成長の余地があるはずなのに。
私のを分けてあげたいくらいね! くそぅ!
瞬間、大賢者八雲紫に電流走る。
そうよ。
服の下にスキマを開いてブツを収納。そしてスキマの出口を天子さんの服の下に繋いであげれば! あら不思議、起伏が皆無だった平原に素晴らしい双丘が誕生した!
服のサイズが合ってないせいでかなり苦しいが、まあ仕方ないわよね。
「ん、んんっ? ……おぉ!」
「取り急ぎ用意した形になりますが、如何かしら?」
天子さん、まさかの大はしゃぎ。飛び跳ねたり揉みしだいたりして感触を楽しんでいる。大変喜んでいただけたようで何よりですわ。
変な声が出そうになるのを抑えて私もにっこり笑顔を浮かべる。
「うん悪くないわね。それにしてもこれは、凄いな。自分の足が見えないし、服だってはち切れそう。……感覚がないから作り物? 胸の豊かな女は肩が凝るというけど特に負担もないしね。けど普通に人間の肌のような感触だし、本物なのか?」
「あまり乱暴に扱わないでくださいね。一応デリケートな部分になりますので」
「あっ、これ紫のか!?」
私の胸があった場所を見てカラクリに気付いたようだ。流石は天子さん、頭の回転が早いわね……!
すると喜びが一転、不服そうに言い寄ってきた。
「あのねえ。人の胸をお裾分けしてもらってこの私が喜ぶと思うのか?」
「ごめんなさいね。しかし私にできるのはこれが限界ですわ。やめに致しますか?」
「……もう少しこのままでいいわ」
眉間に皺を寄せつつも、口の端がニヨニヨしてる。そんなに嬉しかったのかしら。
という訳で私は天子さんの機嫌を取り戻すことに成功したのだ! やったわね!
しかし
「何をされているのですか紫様ッ!」
「……」
「まあまあそんな気にするなよ」
「黙れ貴様挽き殺すぞ」
藍にガチギレされて正座しながら涙目になる私、相も変わらずニヨニヨしながら宥める天子さん、とんでもない形相で殺気を飛ばす藍。
地獄。地獄よこれは。
「紫様、御身を大切にされてください。多少無茶には目を瞑りますが、それは駄目です許されません。今すぐ元に戻しましょう」
「いやこれはまだ貸してもらうぞ」
「貴様……!」
「別にいいじゃない。日頃からぶら下げてるんじゃ有り難みも分からんだろうし。なんならお前のを紫に貸してやればいいだろう」
若干の間が生じた。凄く居心地悪いですわ。
「……いやそれなら私のを使えばいいだろうが」
「却下ね。獣の胸に頼るほど私は下賎な存在ではない」
「本来なら私だって願い下げだ。貴様のくだらん願いになど付き合っていられるか」
「くだらないだと!? ぐぬぬ、その物言い許せないわ!」
「それはこっちの台詞だっ! いいから返せ!」
「ふん、力尽くで奪ってみろ!」
売り言葉に買い言葉の激しい応酬の果てに、ついに戦端が開かれた。それはあまりに惨憺たる争いだったと後に八雲紫は語ることでしょう(未来予知)
互いの胸を鷲掴みにして激しく罵り合い、一歩踏み込めば即座に殺し合いが始まりかねない一触即発な状況。
あまりの恐怖と藍に鷲掴みにされた胸の安否に気が気じゃないわ! 取り敢えず死んだ目で二人の間に割って入り仲裁を試みるのだった。
結果として天子さんは私へ胸を返還し、更に不貞腐れてしまった。一方藍は藍であまりの怒りにはしたない真似をしてしまったと猛省し、自室に閉じこもっている。はしたない真似ってもしかして私の胸を掴んだ事かしら。
なんにせよ火種は燻ったままである。
ちなみに二人を止めた拍子に両指の骨が粉々に砕けたのはここだけの秘密よ。バレたらまた話が拗れかねない状況だったしね。
私は一人、怪我の処置をしつつ溢れ出る涙を抑えるのだった。
余談だが、後日地霊殿から見舞いの品が届いた。
*◆*
「──なんて事があったのよ」
「そうか」
そう短く呟くと、神奈子は天を仰いだ。
日と場所が変わって此処は守矢神社──の跡地に建てられた仮設住居。今回の騒動の顛末と、私の指がぐにゃぐにゃになった経緯を説明したところだ。
守矢神社も今回で3回目の倒壊という事で、神奈子も早苗も変に慣れちゃっているようで、逞しく次の建立予定を話し合っているみたい。強い。
まあ今は天狗と河童の争いがないし、両種族からの支援を受けられるだろうからかなり早く再建できるでしょうね。崩落した土壌についても後日天子さんが復元予定だし、最近の幻想郷において唯一と言っていいほどの『良い事』である。
余談だが、天狗と河童の講和が成った際、内容が有利だったのもあって河童達には概ね好意的に受け入れられたのだが、
天狗が落ち着いた今、次なる脅威は河童である。イタチごっこな気もするけど締め付けは必要かもしれないのよね。そういった面で守矢神社には楔としての役割を期待しているわ。八雲(藍)の目が行き届いている事を示せれば迂闊な事は控えてくれないものかと、切に願っている。
まあそんくらいで自重するなら幻想郷がこんなに荒れるはずないか!
「それで、用はそれだけじゃないんだろう? むしろ次が本命のように思えるが」
「ふふ……流石は神奈子、お見通しのようですわね。というのも本日こういった催しがあるようでして、貴女達に参加を要請したいのです」
「ほうどれどれ」
スキマから紙束を取り出し手渡す。
これは賢者勧誘でレミリアの下を訪れた時渡された例の招待状である。ほらアイツ曰く「月への旅行日程を大々的に宣伝するパーティー」ってやつ。謎の昏睡期間のせいでバタバタ準備を進めている次第である。
内容は兎も角として多分美味しいご飯とかいっぱい食べられるでしょうし、新参の二人が幻想郷の面々と仲良くなるチャンスだからね!
「なるほど吸血鬼のパーティーか。さてどうしようかね」
「あ、私は行きますよお師匠様!」
台所の方でこっそり話を聞いていたのだろう、早苗の元気な声がする。まあ早苗は多分来るだろうと思ってたわ。
神奈子も神奈子で行きたい気持ちは山々なのだろうが、乱暴者のレミリアが主催のパーティーだから警戒してるんでしょうね! 分かるわその気持ち!
「一応私や霊夢も参加しますので下手な真似はさせません。早苗や貴女の安全は保証いたしますわ」
霊夢と藍の目が黒いうちは例えレミリアといえど好き勝手はできないだろう。私? 私は……ほら、スケープゴートだから(白目)
「それは助かるな。では行かせてもらおう」
「とっても楽しみです! オシャレして行きますね!」
「多分人妖問わず色々な連中が来ますのでそこまで気負わなくても大丈夫よ。あと送迎は私がしますので一緒に紅魔館まで行きましょうね」
「紫さん、私達も行くわ!」
「幻想郷に豊穣の神在りと示すには良い機会よ!」
秋姉妹(居候)が現れた!
なんでもいざ野良神に戻ると妖怪の山の殆どが他の妖怪達の領域になってて野宿もままならない状態だったらしい。よって引き続き守矢神社に転がり込んだんだとか。幸薄姉妹のハードラックは幻想郷でも健在なのね……。
そして私は言いにくそうに言うのだ。
「……貴女達の招待状は貰ってないわね」
「「……」」
「まあ人数が少し増えようがレミリアは気にしないでしょうし、何食わぬ顔で料理を食べてる分には問題ないと思うわ。気になるようだったら私から予め参加させて貰えるように話を通しておくけど」
「いやそれ居た堪れないやつだから」
秋姉妹の残留が決定した!
「それじゃ穣子さん、静葉さん。お留守番お願いしますね! ちゃんと美味しい物持って帰って来ますので待っててください」
「はーいお気をつけてー」
「いっぱい楽しんで来てねー」
なんだかんだで快く送り出してくれる秋姉妹は気持ちの良い神様よね。ただちゃんとタッパーを早苗に持参させたのはちゃっかりしてると思う。
普通、貴族のパーティーでそんな事したらキレられそうだけどレミリアだから問題ないわね! よし私も詰めるわ!
早苗は最初良い感じの正装をチョイスしたらしいのだが、ちょっと幻想郷では浮きすぎてたので巫女服をお勧めしておいた。コスプレ集団の中にカジュアルな格好で混ざってたら疎外感半端ないしね。
代わりに神奈子の普段着? は幻想郷の水準でも別ベクトルで浮いてしまうので良い感じにキャストオフしてもらったわ。
正門は顔見知り連中でごった返しており、下手すると喧嘩を売られかねないと判断して裏口に回る事にした。ロングシエスタをキメている門番さんに一言かけていざ紅魔館へ! 悪魔城への初訪問に滾っている早苗を引っ張りつつ先導する。
レミリアったらかなり気合を入れているようで、廊下の至る所に欧州の調度品やベタな飾り付けが施されている。時々ドングリやらきのみやらが置かれてるのは妖精メイドの仕業だろう。
「ここの館主さんは独特なセンスをお持ちみたいですね。貴族の感性は分からないです。外観はザ・ヨーロッパって感じなのに」
「まあレミリアは欧州の各地を統治してたらしいですし、多分文化センスが闇鍋状態になっているんでしょうね」
「確かに、あまり趣味が良いとは言えないね」
外の世界での魔境といえばやはり日本がぶっちぎりなんだけど、欧州は欧州でかなり酷いことになってたらしいわね。主に何処ぞのガキンチョ吸血鬼のせいで。中華と合わせて三大魔境と呼ばれていた時代が懐かしいわね。二度とそんな時代が来ないよう祈るばかりである。
まあ欧州に関してはレミリアが幻想郷に移ったおかげで今は平和そのものだろう。少しは感謝してほしいものですわね!
大広間ではビュッフェスタイルでの会食が既に始まっていた。やたら目立つお立ち台のような所でレミリアがマイク片手に演説を行なっているようだが、誰一人として聞いておらず、思い思いに好きな物をかき込んでいる。マナーもへったくれもないわね……!
さて私達はどうするべきかと所在なさげに佇んでいると、早苗は知り合いを見かけたとの事で駆けて行ってしまった。小傘の素っ頓狂な声が何処からか聞こえてきたが無視しましょう。
「取り敢えず私は霊夢達と合流しますが、
「こんな様子だが一応立食パーティーだからな。まず早苗と一緒に主催者へ挨拶に行ってくるよ。紫は紫で楽しんでおくれ」
「分かったわ。また後でね」
流石は神奈子、ビュッフェスタイルのマナーを熟知しているようだ。そう彼女の言う通り『会場に入ったらまず主催者に挨拶』は鉄則である。私も本当なら一番にレミリアの下へ挨拶に行くんだけど、今のアイツに関わるのはウザ絡みされそうだからね。取り敢えず熱りが冷めるまで時間を潰そうと言うわけだ。
守矢一家と別れ霊夢や藍を探すが、どうにも見当たらない。まだ到着していないようね。
確か霊夢は霖之助さんを引きずって来るって言ってたっけ。藍には天子さんと橙を連れてくるよう頼んでるし、それで遅れてるんだろう。
そういえば幽々子の姿も見えないわね。美食に目がないあの子にしては珍しい。
うーんあと気楽に絡める人妖といえば萃香なんだけど、正直こういう食事の場ではあまり近づきたくない。ほら今もドリンクコーナーで大暴れしてるし。
えーっと、他に近くに居て関わりがあるのはチルノ、レティ・ホワイトロック、赤蛮奇、風見幽香、八意永琳、リグル、ミスティア、プリズムリバー三姉妹、今泉影狼、河城にとり、ルーミア、上白沢慧音、四季映姫、文くらいか。
あの、やっぱり帰ってもいいかしら?
健全な会話を交わせる奴が一人もいないし、そもそも命の危険が伴う。特に危険なのが三悪(幽香永琳映姫)ね。アイツらに絡まれたら命は無いと思った方がいいだろう。チルノやルーミアが相対的にマシだと思えるのは本当にまずいと思うわ。
ていうかレミリア見境無さすぎじゃない?
三悪の視界に入らないよう移動を開始。物陰に隠れるようしゃがんで料理を摘むことにした。
まさかこの私ともあろう者がビュッフェでこんな惨めな思いをするなんてね……! パリピの招待に乗ってはいけない! とても重要な事を学んだわ。
連中の様子を窺いつつスキマで料理を失敬した。うん、とっても美味しいけど地べたに座っての食事だから落ち着かない……!
いや今は余計な事を考えず料理に舌鼓を打つ事に集中しましょう。恥も意識しなければどうって事ないわ! これ名言ね。
「あらあら随分変わった楽しみ方をしているのね。楽でよさそうだけど」
「幽々子!」
救世主! 救世主様が降臨なされたわ! 歓喜のあまりフォークを床に落としてしまいメイドに睨まれたがそんな事どうだっていい! これで孤独で惨めなビュッフェともおさらばよ!
慌てて立ち上がり、にっこり笑顔で握手! 周りに私の存在が露見したが幽々子と一緒なのでノー問題ね。妖夢やその後ろにいる玉兎には「何やってんだコイツ」って感じの目で見られてたけど無視するわ。
「遅かったわね。貴女ならいの一番に楽しんでるものかと思ってたけど?」
「それがね、鈴仙が行きたくないって駄々をこねてたのよー。紫に会いたくないんですって」
「ちょ、当人の前で言わなくても良くないですか!?」
鈴仙……ああ捕虜の兎がそんな名前だったっけ。もっと長かったような気がしないでもない。
まあ私も別に好き好んで玉兎なんかと会いたくないしね。相性が悪いなら関わらないに越した事はないのだ。うんうん。
ていうか捕虜をパーティー会場に連れてくる幽々子には参ってしまうわね! 一応八意永琳との接触は禁止してあるんだけども。
まあ来てしまったものは仕方ない。幽々子はあんまり当てにならないだろうから、妖夢にそれとなく「捕虜の取り扱いには気をつけてね?」と言うに留めた。
「そういえば、今日のメインイベントには間に合ってるかしら?」
「メイン? ああ月への侵攻がどうとかって話ね。今のところはまだレミリアの自慢トークみたいだからまだ始まってないと思うわ」
「はぁ!? 侵攻って、何それ!?」
「えっと……私も初耳です」
ぶったまげる玉兎に困惑気味の妖夢。どうやら白玉楼の情報伝達は壊滅しているようだ。幽々子が意図的に情報を遮断していたのかもしれないけどね。どんな思惑があるのかは知らない。
ていうか月への侵攻決起会みたいなパーティーに元月の民を無理やり参加させるのかなり非人道的なのでは? 私は訝しんだ。レミリアは見せしめ程度にしか考えて無さそうだけど。
「で、紫としてはどうなの? 第二次月面戦争には賛成なのかしら」
「当然大反対。あそこと関わっても百害あって一利無しなんだもの。そもそも勝ったところで特段得るものがあるようには思えないわ」
「前回の首謀者とは思えない言葉ね」
私の切実な思いもクスクスと笑われるだけだった。あと私は首謀者じゃないからね。なんか知らないうちに巻き込まれただけの哀れな一般妖怪である。
今思えばあのあたりから私の苦難の日々が幕を開けたのよ。それ以前のことが全く思い出せなくなるくらい壮絶な毎日が!
そう、確か幽々子と
「ふん、卑しき地上の妖怪が月に勝とうなんてどだい無理な話よ。せいぜい身の程を知るといいわ。そもそも辿り着けるのかすら分からないけど!」
「そんなに月の人達は強いんですか?」
「当たり前よ。
「へえー凄いんですねぇ」
長い髪をかき上げてそんな事を宣う玉兎さん。月ageと自己アピールを兼ねる様はまさにプロね。またそれを真摯に受け止めているのか、それとも流しているのかよく分からない返答でお茶を濁す妖夢も流石だ。
ただ玉兎の言葉はあまり誇張されたものでもないっぽいのよね。忌々しきかの綿月姉妹は多分永琳と同程度の実力があるんでしょう。レミリア率いる紅魔勢もかなり強いけど、流石に月と殺し合うには些か難しいのではなかろうか。まあ私が助力したところで何も変わらないし、是非とも諦めてもらいたい。
と、周りを見ると随分参加者も増えたようで、会場の喧騒はより大きくなっている。
よく見ると藍達も来てたんだけど、毎度の如く天子さんと喧嘩になっているようだったし、騒ぎを聞き付けて十六夜咲夜まで参戦し始めたので見て見ぬふりをした。橙なら……橙ならなんとかしてくれるはず……!
また一際目を引いたのが車椅子で登場した魔理沙と、それを押す霊夢である。その痛々しい姿に一瞬場がざわめいて、視線が一斉に幽香に向けられた。なお当の本人は知らんぷり。原因は明白のようですね!
いや、はい……私にも責任があるわね。曲がりなりにも魔理沙をけしかけてしまったのは私の失策だ。ちょっと間を置いて謝りにいきましょう。
なるほどね、霊夢が苛々してた理由がやっと分かったわ。
なお霖之助さんの姿は何処にも見当たらないので説得に失敗したようだ。まあどうせ来ても浮くだけだし、それが良いと思うけどね(辛辣)
魔理沙に話題を取られてしまった事を危惧したのか、レミリアが大きく咳払いして注目を集めようとしている。流石に無視され過ぎてて可哀想になってきたので周りにそれとなく「静かにね?」と呼びかけてあげたわ。
あくまで今夜の主役はレミリアですし。
「 やっと静かになりやがったわね……。さて、場も十分温まってきた頃合いだろうし、そろそろメインイベントの時間とさせてもらうわ」
盛り上げ役の妖精メイドがわーきゃーぎゃーてーと騒ぎまくっている。ただただ五月蝿いだけだと思うのは私だけではあるまい。
レミリアは両翼をはためかせ、仰々しい口上を述べた。
「闇に浮かぶ煌々とした黄金の箱舟。光も闇もなく、宵闇を制す為に欲する神秘的で穢れなき大地。地上の皆はそれを『理想郷』だと呼ぶ」
「人間も妖怪も、地上の有象無象はアレを無意識に追い求めている。だから皆は宙を見上げて、月を愛で、酒で月を呑んだ気でいる」
「私はそれが気に食わないのだ。彼処から私を見下ろし嘲笑っている連中が居るのだと考えると、腹が煮え繰りかえる思いだ。月とは誰が為にあるのか」
「そう、私の為だ! 夜の帝王たるこの私の手中に収めてこその存在よ!」
──ふざけんなー!
──引っ込めコウモリー!
一瞬の静寂のち、各方々から盛大なブーイングがぶち撒けられた。月は妖怪にとって大切なものだから、それを当然のように我が物として扱ったレミリアに苛ついたのだ。
不満6割呆れ3割虚無1割ってところね。ちなみに私は呆れ側。
「どれだけ徒に吠えようが物が手中に無い限り無駄なことよ。月を不法占拠する連中を最初に追い出した者こそ、月の王に相応しいと思わないかしら? だから今回、このビッグプロジェクトが始動するに至った!」
合図とともにみんなの手元に数枚の紙が置かれていた。冷血メイドが例の能力で用意したのだろう。
勿論、私の分だけ用意されてなかったので幽々子に見せてもらうことになった。陰湿なイジメの実態ですわね……!
「侵攻計画は以下の通りよ。私が作った(パチュリー作)三段ロケットで月を目指す。当然彼方からの激しい抵抗が予想されるけど、そこは強行突破で切り拓く」
「その抵抗が一番の問題なのでは?」
「よくぞ聞いてくれたわ紫。経験者の貴女ならそう言ってくれると思っていたわ」
うわっ、小声で呟いたのに拾われた!
そういえばデビルイヤーは地獄耳でしたわね。迂闊な失言には注意しなきゃ。
「紫の言う通りよ。詳しい組織図から戦力比まで
ブーイングが一転してどよめきに変わる。
「分かりやすく言えば、私のロケットに同乗する権利ね。主に月の軍勢と戦う役目を募集するわ。血に飢えた奴ほど大歓迎よ」
血に飢えた者は沸いた。
故郷を想う者は顔を顰めた。
平和を愛する私はお腹を押さえた。
「ただロケットには当然定員があるし、そんな大勢引き連れてもカッコ悪い。だから少数精鋭足り得る者を数名選ぶ。『
『レミリア! レミリア! レミリア!』
「腕に覚えのある奴は名乗り出なさい。勝ち残れた者にのみ栄光を授ける」
会場は挙手する者で溢れかえり、それをつぶさにメイドが記録していく。一方の少数派であろう何人かは憂うばかりである。
修羅連中が湧き上がっているのは優勝賞品もそうだが、それのみが原因では無い。何気に幻想郷史において初めての『最強』を賭けた公式的な戦いとのことで、血潮が滾っているのだろう。傍迷惑な話よマジで。
月侵攻なんて私の関わらない範囲であれば幾らでもやっていいけど、幻想郷を巻き込むな! それ幻想郷が滅ぶやつよ! 割とマジで!
そりゃ私だって本音を言うと誰が最強なのかは気になるわ! だけどね、その代償がデカすぎる! 此処に居る連中全員が殺し合いを始めたらどうなると思う? まあ間違いなく幻想郷は物理的に終わるわ。
それを分かっているのだろう極少数は自然と身の振り方を考えるもので、はしゃいでる天子さんを突き飛ばし藍が駆けてくる。
「紫様、此度の一件どうされますか?」
「……あくまでレミリアの一存による決定だから私にどうこうできるものではないわ。しかし私達の立場からしても何らかの対処は必要かしらね」
指を咥えて滅びを見ている訳にはいかないわ! 何としても回避しなくては!
しかし我々平和派と戦闘狂共がぶつかっても本末転倒である。それはそれで幻想郷が滅ぶ! ついでに私が死ぬ!
ここは藍を神輿にバトルジャンキー共を牽制しつつ、レミリアを説得するしかあるまい。全ては藍の双肩と私の口先にかかっている……!
「藍。此度の平定、貴女にお願いしても良いかしら?」
「かしこまりました万事おまかせを。月侵攻計画と幻想郷最強の称号は【八雲】のものであると改めて示してまいります」
「……ん?」
「月征服は紫様の悲願である事は重々承知しております。主導は須く紫様の手によるものでなければなりませんからね。レミリアに抜け駆けなどさせませぬ」
「……しばし貴女に暇を出します」
「紫様!?」
擬態型だッ! 危なかった、今までのように何の考えもなしに藍に任せていたら死んでしまうところだった。忘れてたけど藍ったら重度の
取り敢えず錯乱する藍の対応を橙に任せて、私はレミリアの下へ単身小走りで詰め寄った。
「相変わらず貴女の行動力には感嘆するばかりですわ」
「何言ってるのまだ準備段階でしょ? 本番はこれからよ。幻想郷の盟主として、この戦争を勝利へと導く適切な人選を行わなきゃね」
「その事ですけども、少々宜しいかしら?」
「へぇ、いいわよ。咲夜ー! 準備お願いねー!」
あら、どうやらメイドに準備を丸投げして私との話に集中してくれるようだ。なんか変なところで律儀なのが気持ち悪いのよねぇ。
「お忙しい中ごめんなさいね。先ほど貴女から考案された『幻想郷最強云々』についてだけど、一度再考してくれないかしら?」
「残念ながら開催は決定事項よ」
ちょっとだけムッとなったレミリアを頑張って宥める。機嫌を損ねて殺されちゃ堪らないので、かなり言葉を選びながらね。
頭ごなしにレミリアの計画を否定しても同意は得られないだろう。むしろ反感によって話が一気に拗れる可能性を孕んでいる。何より藍が当てにならないし!
故に、大会の方向性を殺し合いから違うものに変更させるのだ。それがいい。
「月への侵攻──結構。選抜メンバーの選考大会──大いに結構。しかし果たして力に秀でた者を募ったところで十全の勝利を得られるのかしら?」
「クックック……かつての敗残兵である貴様からの意見、耳を傾けるに値すると思ったが。強者は必要無いと、そう言いたいようね」
「強者は貴女で事足りていると先程も申していたでしょう。完全勝利とは力で全てを捩じ伏せるものではない。相手を心身共に屈服させてこそでしょう」
「まあ当然ね」
「……あと、あくまで私の予想なのだけど、貴女別に本気で月を狙っている訳じゃないのでしょう?」
「どうしてそう思うの?」
緋色の相貌が私を睥睨する。心の臓を握り潰すような強者の圧力。今のところレミリアに私を殺す気がない事は分かっているのだが、どうしても身構えてしまいそうになる心を必死に抑えつけた。
大丈夫、根拠はあるわ。
「本気だったら紅魔館以外の妖怪や、それこそ八意永琳に頼る筈ないもの。勿論、私に話を振る筈もない。さっさと自分達だけで月に行って、その結果をパーティーなりで宣伝するのが本来の貴女ではなくて?」
「ふふ、お前はそう思うか紫」
「たかが10年程の付き合い、されど10年ですわ。紅魔館の事はよく分かっているつもりよ」
レミリア・スカーレットは『流れ』を愉しむ妖怪。自らが成長を放棄した不変の存在故だろうか、身の回りの変化を望んでいる節がある。
要するに一つの物事に本腰入れて精一杯楽しむが、それはあくまで目的の為でなく、経緯と手段を面白おかしく観察する為だと言える。
今回の月侵攻に関してもそうだ。多分月を制圧できてもレミリアの事だ、都に自分の像でも建てさせてさっさと退散するに決まっている。むしろレミリアのメインはその過程にあると見たわ。
ただ長く幻想郷に居座っているように、この見立てに例外が存在するのは当然だが、少なくとも今回については従来通りの動機でしょう。
つまり、私にできる事は──。
「そこで提案だけども、選考基準を『強さ』ではなく『美しさ』に変更してみては? 蛮族を引き連れるよりは気品があり、教養のある者で構成する方が後々貴女にとっても都合が宜しいかと思いますが」
「ほう? 思いの外考えさせられる意見ね」
「第二次月面戦争ともなれば幻想郷縁起に纏められるのは間違いないでしょう。情報戦──とまでは申しませんが、後の世に語られるレミリア・スカーレットのビジョンを飾り立てるにはちょうど良いのではないかしら?」
「そういう意味での『心身の屈服』か。なるほどね、随分と上手く誘導してくれるじゃない。……面白い、それでいくわ」
「受け入れて貰えて幸いですわ」
っしゃあ交渉成功! あの暴君蝙蝠を見事宥めてやったわ! 何より藍を頼らず独力で偉業を成し遂げた事への達成感が凄い。私もまだまだ捨てたもんじゃないわね。
それじゃ私はさっさと退散して食事に戻ろう。軽く会釈してその場を離れようとしたその瞬間、超スピードで接近したレミリアが私の肩に腕を回し耳元で囁く。
「お前がルール発案者なんだ、協力して貰うわよ」
「る、ルール?」
「あら分かりにくいかしら? 私は寛大だからね、何時ぞやの礼を返してやるって言ってるの。せいぜい上手く利用しなさい」
柔和な笑顔を浮かべている筈なのに、顳顬に拳銃を突き付けられている気分だ。
怯える私を解放したレミリアは、受付従事中のメイドが持っていたマイクを奪い取り、再び大衆へと演説を殴りつけた。
「催しに参加する全員にお知らせよ。戦闘形式についてだけど、少々趣向を変えてみるわ。それに伴い紅魔杯の名称も一部変更する」
一瞬の静寂後、レミリアは手元にスペルカードを召喚する。そして凄絶に宣言するのだ。
「『幻想郷弾幕コンテスト 紅魔杯』──スペルカードルールを軸とした演技、決闘、殺し合いにて最強を決める! さあ貴様らの美とやらを見せてみなさい!」
あ、結局殺し合いなの。
まさかのグリウサ先取り?です。
初期案としてゆかりんの反対もなく天下一武道会で最強を決定しようと考えてましたが、ゆかりんが必死こいて制定したスペルカードルールの存在が完全に有耶無耶になってしまうためおぜう様が一肌脱いでくれました。
レミリア的には殺し合いを眺めるのもいいけど、審査員気取りで下市民の貧相な芸術に点数をつける方が面白いんじゃね?と思っている様子。
今回やけに登場キャラが多いのは今回が儚月抄のレミリアパーティー回にあたるイベントだからですね。
なお住吉ロケットの名前は既に決まっている模様。もしもゆかりんに無理やり考案させてたら『河童 シャチ
あとゆかりんと天子のおっぱいスワップに関しては、幻マジ着想前時点からやる事が既に決定していた珍しいネタだったり。
実はさとりとお燐もパーティーに参加してますが、ゆかりんに絡まれるのを嫌って隠れてます。地べたに座ってビュッフェを堪能してるみたいです。
似た者同士か???