幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
私は感動していた。
これまでの苦楽がまるで走馬灯のように脳内を駆け巡り、例えようのない感情が胸の奥から凄まじい勢いで吹き出してくる。
数百年にも及ぶ重責からようやく解放されると考えるだけで涙が出るわ。よく頑張ったわね私……! これからは薔薇色リジッドパラダイスよ!
堂々たる宣言をかましてくれた後任の比那名居天子さんに惜しみのない拍手を送りつつ、この数時間を振り返った。散々な目覚めではあったが、その後はまさに私の妖生黄金期と言わんばかりのラッキー展開ばかりだった。
天界の遣いさんと共に幻想郷上空を漂っていたのが最後の記憶。足元が眩く発光したかと思ったら視界が真っ暗になって、次に目が覚めたのが何故か天狗の居住区(新設)の一室だったのよね。
パニックで挙動不審になる私。変な声上げながらぶっ倒れる天狗の皆様。妖怪の山は一気に恐慌状態に陥ったわ。人の顔見ただけで悲鳴を上げるなんて失礼しちゃうわよね! まったく!
で、私が目を覚ました隣で桃を齧っていたのが何を隠そう天子さんなのである。駆け付けた文やはたて(後から天魔だと聞いてマジで吃驚した)から事情を聞いたところ、なんと彼女はレミリアにさとり、萃香、勇儀と幻想郷の名だたる猛者を相手にし大立ち回りを演じたという。しかし流石にダメージを受けてしまった為、墜落していた所をたまたま通りかかった天狗一派が回収。こうして看護やら面倒を見ていたらしい。
戦闘の理由は時間が無かったので詳しく聞かなかったが、はたての天子さんへの態度を見て大体察した。天界からの推薦でいち早く幻想郷に到着した天子さんは、再侵略を企むレミリアを前にして義憤を抑えられず戦闘に発展。それに釣られてやって来たお祭り大好きな鬼達や悪の枢軸さとりまでもを相手にし、幻想郷を守ってくれたのだろう。
あとどうやらその過程で妖怪の山が吹っ飛んでしまったらしいが被害者である天狗は「いいよ別に。寧ろサンキュー」とか言ってたのでノー問題とのこと。哨戒白狼天狗の椛さんが微妙な顔をしていたのが気になったが、天魔がそう言うならそうなんだろう。
ちなみに肝心の私がどのようにして白狼天狗の哨戒網を掻い潜り、何故居住区の奥深くに居たのかというと……いやホントなんででしょうね? 最初の目撃者は天子さんで、何もないところから突然現れたとのこと。
原因は未だに分からないが、多分スキマがなんかバグったんだと自分の中で結論付けた。だってそのくらいしか考えつかないんだもん。ついでに検証しようにもスキマが使えなかったので、この時AIBOが
とまあそんな感じの事情聴取を受けた後、念の為という事で天狗の皆様の監視の下、比那名居天子さんの賢者面接が開始されたのだ。あまりにも急だったけど、今日が私の告知した賢者会議の日だって事を聞かされてテンパっちゃってね! ちなみにはたては身支度を既に整えていたらしく、天狗の正式な装束を身に纏っていた。確かによくよく観察するといつもの天魔と瓜二つだったわね。顔が若干違うような気もするが気のせいでしょう。
っと、話が逸れちゃった。それでバタバタ始まった天子さんの面接なんだけど、これが私の審査基準にクリティカルジャストミート! 強さは証明済みで知識は素晴らしく豊富。なにより『誰も悲しむことなく、誰も苦しむことなく、誰も退屈することのない美しい桃源郷を作りたい』という願いが私と合致した!
これこそ私が求めていたあるべき賢者像だったのだ! 誰にでも分け隔てなく接する姿は人徳者そのものである。
それからはもう一発合格! 私の後任をお願いしたい旨を伝えると、二つ返事で了承してくれた。天子さんもノリノリみたいだったし良い事づくめだ。
天魔──なんかそんな物々しい呼び方するのもアレだし、もうはたてでいいや。はたては積極的に賛成してくれるし、文は気持ち悪い笑顔を貼り付けながら情報交換の促進に努めてくれるしで全てがトントン拍子に進んでいった。
そうそう。天狗の連中も話してみると中々話が分かるみたいで、特にはたてなんかは私の考えに深い理解を示してくれてるみたいで嬉しかったわね。そういえば天界でも色々言ってたっけ? あの時はただの亡命天狗だとばかり思ってたのに、まさか天魔だったとは……。正直今でも疑ってたり。
兎に角、長年いがみ合ってきた私たちだけど、ちゃんと腹を割って話せば分かり合えるんだって気付けたのは大きいわね! 椛さんからは何故か避けられてるけど!
とまあ、そんな事が諸々あって今に至る。
天子さんとの談合に熱中してしまい会議に遅刻してしまうミスはあったものの、事情を予め把握していたのだろう藍とAIBOのファインプレーによって事なきを得た。
ホントありがとね!
【……】
あら応答してくれない。んーAIBOったらどうも活動時間短めっぽいし疲れちゃったのかな? 代用してるメリーちゃんボディは貧弱だしね、仕方ない。
取り敢えず私は私で天子さんのヨイショに徹しましょう。やっぱりこういうのって初動が大切だと思うのよね!
「天子は総領事の令嬢で、天界に二人といない逸材とのお墨付きを彼方より頂いております。かの天統べる龍神ですら一目置いているとか。そして私自身、彼女の才覚は幻想郷を纏める上で必要不可欠であると判断いたしました」
「私自身幻想郷の惨状には思う所があるわ。我が盟友ほた──天魔から内情を聞いた時、居ても立っても居られなくなった。だからこうして行動を起こしたのよ。そして蓋を開けてみれば鬼に蝙蝠に陰湿な奴! あんな奴らが好き放題してるんじゃ確かに難儀するでしょうね。しかし私が来たからにはもう好き勝手は許さない!」
そうだそうだ! 一言一句同意したい!
喝采を挙げたい気持ちを抑えつつ最後の一押しを模索する。もう一つ何か材料があれば納得いく手応えが得られるような気がした。
私とはたては言葉を尽くした。あと必要なのは鶴の一声とも言うべき賛同。オッキーナ、華扇、正邪ちゃんのうち誰かが天子さんを支持してくれれば良いのだ。
幸いにもオッキーナと華扇は普段から仲良くしている間柄であり、正邪ちゃんは私に辞任を勧めてくれた義士である。快く頷いてくれるだろうという確信があった。
ところがどっこい、全員一言も発さず私を睨みつけるだけ。ちょっとあんまりな対応に流石の私も眉を顰めた。
「どうやら何か異論があるようですね? どうぞ、申してみてくださいな。そうね……華扇、どうかしら?」
少し考えて回答役に華扇を指名した。
というのも、華扇の立ち位置は筆頭賢者の中でも極稀な例外を除いて中立的なもの。故に、彼女の意向が大勢に影響を及ぼす事は必至であり、彼女の同意さえ得られれば望む結論を手繰り寄せたも同然なのである。私の意見に反対する事も過去に当然あったけど、最後には私寄りの結論を用意してくれるから信頼してる!
あと何だかんだで華扇って穏健派だから、荒波を立てない軟着陸のプロなのよね!
そんな期待を込めて、華扇を見遣る。
「……貴女の考えは分かりました。なるほど確かに、それは名案やもしれません」
でっしょー流石は華扇! 分かってるぅ!
「ただし、その『名案』が貴女だけでなく幻想郷にとって益となるのか。その点で考えると話にならない。なんとまあ、実に見縊られたものだ。恥ずかしげもなく言えたものだ。虚仮にできたものだ」
えっ、なんでビキッてるの?
怖過ぎでしょ。
「その天人の危うさは
「あら手厳しい。しかし困ったわねぇ、私は賢者を続けるつもりはございませんし、天子を認めないとあっては代わりを用意できる筈もなく……」
凄まじい剣幕で捲し立てる華扇に恐れ慄きつつも、なんとか意思表示を行う。ここで変に話が拗れちゃうと面倒臭い事になるから反対しないでって感じに!
ていうか天子さんの何が不満なのよ! 意味分かんないだけど!
「であれば私から提案できる事は三つ。先程の発言を撤回し賢者を続けるか、他の候補を改めて選定するか……私を殺して強行するか。好きなのを選ぶといい」
「物騒なのは好きじゃないわねぇ」
なんか急に殺し合いを提案された件について。何故幻想郷の住民は唐突に血を求めるのか理解しかねるわ。私は辛い! 耐えられない! だから辞めたい!
そもそも私と華扇が相手になる筈ないでしょうが! 華扇の戦闘力は幻想郷でも10本の指に入るとまで言われてるのよ!? (オッキーナ談)
3番目はまず無いと考えて、2番目については今猛スピードで候補を探してるんだけど全くヒットしない! ていうか天子さんに申し訳が立たないじゃん!
1番目……1番目……。やだやだやだ! 私は絶対に賢者辞めるんだもん!
【そんなに辞めたいなら藍に任せればいいじゃない。間違ってもあの浅ましい天人よりは遥かに適任でしょう】
おっとAIBOから的確なアドバイス。私もそれが最適解だと思うわ。しかしながら藍にはいの一番に頼んで断られてるのよね。我が儘で賢者の後任をお願いしてるわけだし、乗り気じゃない相手に押し付けるのは無いわよね。
【あのね、あの子は式なのよ? 持て余すようならちゃんと命令して、無理矢理やらせなさい。それがどうしても嫌なら苦渋を我慢して賢者を続けなさい】
いやぁそれはちょっと……。ただでさえ藍にはいっぱい迷惑かけちゃってるし、命令だなんてとてもとても。
ちらりと藍を見遣ると、困ったような表情で見返してくる。くっ、無理よ私には……!
あっそうだ。AIBOが実体化して天子さんの後見になってくれれば万事解決じゃない? 私が辞めると言った手前、賢者に居座るのはアレだけど、補佐役ならオッケーよね。ほら貴女めっちゃ頭良いし、みんなを論破して天子さんのこと認めさせてくれないかしら?
ねねっいいでしょAIBO!
【そんなに殺されたいの?】
ひゅいっ!?
常に淡々と理知的な事を語るだけだったAIBOが初めて言葉に怒気を滲ませた。なんでそんなに天子さんの事が嫌いなの……?
ていうかさっきから天子さん総ディスりで困惑するわ。良い子だし強いし賢いのに何がダメだって言うのよ!
ちっとも応答してくれなくなったAIBOに愛想を尽かしつつ、何を考えるでもなく目を瞑る。考えるフリをして時間稼ぎ。まずは冷静さを取り戻しましょう。心を燃やせ! 頭は冷やせ!
と、室内に鈍い破砕音が響く。
吃驚しながら音のした方を見ると、天子さんの脚が床を貫通していた。その場で地団駄を踏んだようだ。額には青筋が浮かんでいる。
「さっきから黙って聞いてれば好き放題言ってくれるわね。ならば私からも言わせて貰おう。この『賢者』という括りは誰の発案で、どういった経緯で、どういう役割を期待されて誕生したのか……無論、分からない者はこの場に居るまいね?」
「て、天子。約束通り荒事は駄目だからね!」
「安心しなさい、私からは積極的に仕掛けないわ。だから
賢者就任を祝福される筈だったのに、何かの手違いで散々言われていた天子さん。この仕打ちにとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのかもしれない。
教養、篤徳ともに秀でた天子さんなら何時ぞやかの藍みたいに暴れ出す事はないだろうけど、機嫌を損ねて天界に帰られちゃ大変! 天子さんの行動に色めき立つ者たちを強く睨み付ける。『ちょっとくらい話を聞いてあげましょう?』の意を込めてね。
「この数日間で歴史の勉強は済ませたわ。文とほたてがしっかり教えてくれた。此処にいる連中が何故『賢者』という仰々しい名前の要職に就いているのか。……まず一つに、紫が幻想郷の枠組みを決める上で参画をどうしても求めざるを得なかったから。これが初期のメンバーでしょ?」
要するに幻想郷に組み込む予定の土地を縄張りにしていた妖怪若しくは土地神だったり、あと著名な種族の長とかね。阿礼の一族も然り。
当初は藍とオッキーナ主導で従わない者は武力を用いて強制退去させようって話だったみたいだったけど、勿論ストップさせたわ。乱世に淘汰される弱者を救済する為の理想郷なのに荒事は駄目でしょって話!
なおそんな初期メンバーの皆様の殆どは吸血鬼異変の時に不慮の事故で死んじゃって、結局空いた土地は他の賢者が接収して勝手に差配してたわね。何故レミリアが賢者達の間で長く恐怖の対象として認識されているのか、分かっていただけたかしら?
「次に追加として選ばれたのは、確か大した格もない癖にデカイ顔と腕っ節だけ持ってた奴らね。さっきから偉そうなツラしてるそこの仙人もその一人だって聞いてるけど? 私を僻んでいるのか知らんが、仙人なら精進せい! 位無きを患えず、所以を患えよ!」
「えっと、予め言っておくけど、腕っ節がどうとか言ってたのは私じゃなくて文だから。あと天子、もうちょっと抑えて?」
(これが仙人の目指す
乱闘の開始かと一瞬だけ身構えたが、煽られた当人である華扇が大したリアクションを取らなかったので事なきを得た。華扇って煽り耐性が低いと思ってたんだけど、意外と忍耐強いのね。あーヒヤヒヤした。
ちなみに華扇は私直々のスカウト枠ね。暴虐極める天魔とてゐに対抗すべく腕っ節を期待して賢者に招き入れたのだ。就任に至るまでのプロセスは正邪ちゃんと同じ。
つまるところ、あんまり挑発しないでね?
そんな私の胸中も知らず天子さんは畳み掛ける。
「少々話が脱線したわね。即ちこの『賢者』とは、発案から誕生の経緯、任命に至るまで、全て八雲紫ただ一人の意向によって運用されてきたモノ。私が何を言わんとしたいか、賢き者達なら分かってくれたかしら?」
「自らの正統性を紫に委ねるのは良いが、それは少し傲慢が過ぎるな。私がこの席に居る意味も少し考慮してくれると助かるが?」
「つまりアンタが居なければ万事解決って訳ね?」
揺らめくケミカルライトをオッキーナへと突き付ける天子さん。
騒めく聴衆、テンパる私。
「そうだな。その通りだ。もっとも、さとり妖怪如きに屈服した天人様に遅れを取るつもりはさらさら無いがね」
「あはは! よしッ決闘しましょう。私が勝ったらアンタの席に私が座る。もし私が負けたらアンタの言う事全部何でも聞いてやるわ」
「……うむ、それもいいな。よしやろう」
「はいストーップ!!!」
はたてが無理やり話に割り込み、今にも斬りかからんとしていた天子さんを藍と共に羽交い締めにする。また、そんなドタバタを他所に私も私でオッキーナに詰め寄って自制を要求していた。側に座っていた正邪ちゃんも慌てた様子で取り成してくれた。
ふぅ、危ない危ない。危うく幻想郷流挨拶に発展してしまうところだった。幻想郷の風土をよく学んでいる証左ではあるが、天子さんにはそこら辺も改革して欲しいと思ってるから後でよく言い聞かせておきましょう。そもそもオッキーナは仲間側だしね。
「アッハッハ冗談だ。私は新参を試すのが大好きでな。許せ天人様」
「ふーん酷くつまらない冗談ね。許してやるけど、もう今後やらない方がいいぞ、それ」
「……まあ良い良い。それと勘違いして欲しくないのだが、私は紫の辞任に反対している訳ではない。むしろ紫の状況を鑑みてその判断も致し方ない、とすら考えている。お前の素質には疑問があるがな」
のそのそと御簾の中に戻りながらオッキーナはさらっとそんな事を言う。それはつまり、私の賢者辞任を支持してくれるって意味よね?
やったやった! オッキーナ大好き! 彼女からの賛同が非常に大きな意味を持つのは言うまでもない。しかも今回は天魔であるはたての支持まで貰ってるからね。盟友である阿求の賛成票も考慮するなら、もはや私の辞任は内定したと断言しても良いだろう。
仮に正邪ちゃんと華扇が反対しても多数決で私の勝ちである。
「ではその言葉を以って私の退任が正式に認可された、という事で宜しいですね?」
ひとまず私が賢者を続けるという選択肢を潰し、後任選びに議題のリソースを集中させよう、という意図を示す。このままじゃ堂々巡りですものね。
まあこれは建前で、さっさと私の立場だけでも明確にしておきたかったのよ。つまり結果がどうなろうが取り敢えず私の自由の身だけは保証させておこうって話。展開が怪しくなってきたら「私は賢者ではないので失礼する」って言って退室すればいいしね!
賢者の皆様もこんなに職務を嫌がっているへっぽこ妖怪に要職を与えてて良いものかと考えてる頃だろう。
周囲を一瞥し、大きく頷く。
「ではこれにて──」
「紫様、少々お待ちを」
思わずズッコケそうになった。
待ったを入れたのは言わずもがな我が式。神妙な面持ちで此方を窺っている。ちょっぴり責めるように藍を見据えて、何事かと先を促した。
「申し訳ございません。いつ言い出すべきかと時を見計らっていましたが……此度の辞任の件について、再考すべしとの要請を受けておりまして」
「再考ねぇ。はて何処のどなたから?」
「此方の方々です」
そう言って収納用のスキマが開かれる。すると雪崩を打つ群衆のように紙束が落ちてきた。一瞬幻想郷の民草による嘆願書かと思い背筋が凍ったが、どうやら違ったようだ。一つの束で一人からのモノであるとのこと。
そこまで大人数からのモノではなさそうだが……なんだろう、厚さやら筆跡やらで凄まじい圧を感じる。何人か変なの仕込んでないかしら。
「まずレミリア・スカーレットより此方の書簡です」
いきなりラスボスは無しにしない?
ちなみに内容を要約すると『吸血鬼異変の際の停戦協定はあくまで
「続いて古明地さとりからの物です」
まあアイツの名前がある事は正直予感できてたのであまり驚かない。ただ書簡の厚さが半端じゃねえですわ……!? 羊紙皮数百枚の圧が凄まじい。
これまた大胆に要約すると『逃げるな腰抜け』である。筆圧に込められた怨みが時間の境界を越えて私の精神力を存分に削り取ってくれた。
「次に西行寺幽々子、伊吹萃香の両名より」
正直現時点でもオーバーキルに近いのだが、藍は大して気にせず、しかし僅かな顰めっ面で淡々と述べ続ける。鬼ッ! 鬼がいるわ!
なお内容は『お前が仕事辞めるんなら私らも辞めるわ。幽霊の管理とか幻想郷の復興とかその他諸々頑張ってね。あと毎日宴会しような!』とのこと。ついに堤防が決壊し、スキマの中に吐いた。
「また異例中の異例ですが、博麗の巫女からも
「内容は?」
「『辞めたら殺す』と。一文のみ添えられています」
嘆願……?
藍の口上は止まらない。
四季映姫、河城にとり、多々良小傘etc……と。幻想郷に対して並ならぬ影響力を持つ者たちからの脅迫脅迫アンド脅迫! 中には神奈子や早苗からの物もあってたまげたわ。
ていうか何でみんな示し合わせたかのようにこんな量を用意できてるの!? 勢力の垣根を越えるこの規模は流石におかしい。
これは誰かが主導になって手引きしたとしか思えないわ。一番にさとりの顔が思い浮かんだんだけど、よくよく考えたらあの引き篭もり地底陰キャにこんな企画力がある筈もなく。
いやちょっと待って。
ま、まさか!?
私の視線に気付いた藍が、気不味そうに目を逸らした。
お前か、藍!
「──以上になります。それでは我が主人の賢者辞任の可否を皆様に問わせていただきます。賛成の方は挙手を」
半ば恐喝とも取れる藍の声音に対抗するように、私は手を挙げた。長年の悲願をここで諦めてなるものですか! 最後の望みを賭けて周囲を見る。
手を挙げていたのはオッキーナと正邪ちゃんだけ。盟友である筈の阿求やはたては微動だにしなかった。他の賢者の皆々様は目を合わせる事すらない。
……。
「次に、反対の方」
私の続投が決定した瞬間だった。
その後、他に話し合う事として妖怪の山の今後が議題に上がり、それについてはたてが説明を行った。
なんでも妖怪の山が崩落した際に山中に埋まっていた大量の神代鉱物が発見されたらしく、それを元手に河童との対等な通商を開始する予定で、得られた資金は復興とこれまでの賠償に充てていくとのことだ。
また従来の非協力的な態度を改めるとし、幻想郷の円滑な運営を手助けしていくとまで宣誓している。
そして、私はそんな議場を不貞腐れながら眺めていた。もうどうでも良いやって感じね。天狗との融和が為ったのはめでたいんだけど、先程の一件でモチベーションが壊滅した私の機嫌を回復するには至らない。
さっきので分かった事がある。
やはり私の職務上での仲間はオッキーナと正邪ちゃんしかいないのだ。いざという時、私を助けてくれるのはこの二人だけなのだと思い知らされた。
まあ確かに阿求や華扇はビジネスパートナーって感じだし、藍は時々暴走しちゃうし、パワハラも酷いし。でもまさかあんなにそっぽを向かれるとは思わなかった! 悲しいったらありゃしない!
悲嘆に暮れながら今日何度目かのため息を吐く。すると藍から念話が飛んできた。
私が飽き飽きしてるのに気付いたのか、そろそろ会議を切り上げましょうか? と提案してくれた。私のメインイベントが潰れてしまった以上、ここから先は消化試合も同然だしね。それで構わないと口を尖らせながら伝えた。
「……それでは時も頃合いかと存じます。本日はこれまでにいたしとうございますが、宜しいでしょうか?」
『異議なし』
みんな疲れてるか面倒臭いから早く帰りたいんでしょうね。ここだけは満場一致だった。かくいう私もそうである。
さて帰ろ帰ろ。不貞寝してまた明日から頑張らなきゃ。いやその前にはたてともう少し話を詰めておいた方が良いかしら? あと萃香にお礼を言っておかなきゃいけないし、それに霊夢と早苗に連絡を入れておかないとね。他にも忘れてるだけで重要な案件があったような気がする。
やる事が多いわね……どれから取り掛かったものかしら……。
「ねぇ、もしかして私のこと忘れてない?」
「滅相もないですわ」
取り敢えず、この捨てられた子犬のような目をしている天人様をどうにかするところから始めないといけませんわね(遠い目)
◆*◆
八雲紫は完全敗北を喫した。望む結果を得られなかったどころか、外部勢力や傘下からの突き上げに屈するというあるまじき醜態を晒したのだ。残されたのは僅かな政治的混乱と何も変わらない幻想郷の支配体制だけ。
以降、筆頭賢者達は各々の動きをこれまで以上に注視するようになり幻想郷に硬直が齎された。隠岐奈と青蛾の読み通り、小康状態に突入したのだ。
しかし、この期間を安寧と見る愚者は殆ど居なかった。最早衝突は避けられぬ事を悟った。
紫が狙っていたのは賢者辞任ではないと見るのが当然であろう。あくまで表向きは権威失墜を装い、内実では自身の力が盤石である事を内外に示したのだ。
仮に八雲紫という巨魁の星を排除するならば、どれだけの勢力が反発するのか。どれだけの停滞を覚悟しなければならないのか。それがハッキリした。
さらに最大の政敵であった天魔との蜜月、比那名居天子という新たなる武力。これらのお披露目の場でしかなかったのだ。いざとなれば紫が強行的な手段を厭わない姿勢を顕示したのも大きい。
これが後に幻想郷最大最悪の異変へと繋がっていく。
今回のMVPは間違いなく藍様。
流れで落選しちゃった天子ちゃんはもっと文句言っていいと思う。ゆかりんとなにやら意気投合してましたが、この関係はいつまで続くのやら?
そして妖怪の山、壊滅的な被害を受けましたが悪い事ばかりではなく、某坑道の鉱石がガンガン出てきて逆に経済では潤っている様子。もしかしたら現地で有力な山師を見つける事ができたのかもしれませんね(レッツディガップ‼︎)
体制が一新された割に大して影響がなさそうなのは、旧体制が余程アレだったのか、文椛が優秀過ぎるのか……はたまた誰かがテコ入れしているのか。
次回『揺れる胸』
幻想郷に民主化の嵐到来す!アナタが代表に選ぶのは……
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いや、票いらないです……。八雲紫
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永遠の勝ち組愉快犯!摩多羅隠岐奈
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多分恐らく清廉潔白!茨木華扇
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ハッピーなりたきゃ票寄越せ!因幡てゐ
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みんなを笑顔に……!姫海棠はたて
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政権打倒!革命上等!稀神正邪
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殉職濃厚!寿命任期縛り!稗田阿求
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幻想郷を、ぶっ壊す!比那名居天子