幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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華麗なる勇退

『青娥殿、ここはひとつ協定を結ぼうではないか。それこそ遥か太古に結んだあの盟約のようにな。悪い話ではあるまい』

 

 千年と数百年ぶりに再会したかつての顔見知り……或いは政敵。少し見ない間に随分と尊大な態度を取るようになったものだと思いつつ、その強烈な存在感に惹かれそうになる自分を律し、吐かれた言葉の裏を吟味していた。

 

 

 霍青娥は欲深い仙人である。自らの欲求には常に正直であり、目的の為なら外道の術を行使することも厭わない。その名は中華全土に知れ渡り、事件ある所にあの魔性ありと言わしめるほどだった。

 天下の知る女であった青娥であるが、その半生は孤独である。深い繋がりを持とうとせず、山の中に隠れて暮らしてきた。まあ仙人としては当たり前の事だが、こと霍青娥の生活としては疑問に思う。

 

 簡単な話、そこらの俗物に興味がないのだ。

 

 天下に人はごまんと居る。しかし、この邪仙に比肩し得る存在は極々限られていた。少なくとも当時世界の中心であった中華にはほぼ皆無である。

 霍青娥は強い者が好きだった。故にその者に取り入り自分の存在を英傑の人生に刻み込むのが何よりの快楽であったのだ。

 そんな彼女にとって、中華などもはや取るに足らぬ世界。西暦500年代頃に中華を乱す九尾の狐に取り入ろうとした事もあったが、話の通じる相手ではなかった為スルー。強大ではあるが自分に依存しない相手など青娥の眼中に入る存在ではなかった。

 

 やがて青娥は海を渡り、島国へ。

 その国は、地獄であった。

 しかしこの邪仙にとっては極楽浄土以外の何物でもなかった。

 

 まさに人材の宝庫。人、妖、神……それぞれが互いを滅する為に総力を尽くし、或いは覇権のため同族同士で殺し合っていた。

 修羅の国である。怨鬼の跋扈する魔境。

 青娥は喜びに打ち震えた。

 

 そしてその時に邂逅した数多の輝き。

 人間だけでも物部一族、蘇我一族、渡来人という大陸のあぶれ者達……平均が頗る高い。修羅に身を置くだけで人間とはここまで至る事ができるのかと感心する時すらもあった。

 だが中にはいるのだ。それらをぶっちぎりで超越した『突然変異』とも呼べる、()()()()()()()()()()が。

 

 その中でも一際目を引いたのが、豊聡耳皇子(とよさとみみのみこ)という高貴な者であった。魔境であった日出ずる国を統べるに相応しい存在。

 海千山千の者共が暗躍する宮廷を席巻し、修羅の蔓延る土地を類い稀なる政治手腕で統治し、そのカリスマ性は一目見ただけでどんな曲者をも心酔させる。彼女こそ、日ノ本の英雄であった。

 

 そして青娥も分かったのだ。

 豊聡耳皇子こそ、自分が導くに相応しい、導くに足る傑物なのであると。

 やがて青娥は皇子に取り入り、道教を修めさせることに成功する。自らは傑物の師匠というポジションを確固たるものとし、今後にまで響いてくる深い爪痕を日本史に残していく。

 

 ただそんな青娥にもいくつかの懸念があった。それは自らの敵となり得る存在──政敵であった。皇子に取り入ろうとするのは自分だけではなかった。皇子の部下は総じて優秀であり、彼女らもまた傑物と呼ぶに足る者共。そんな彼女らは青娥の魂胆を見透かしていたのだろう、一向に警戒を緩める事はない。要するに嫌われていたのだ。それこそ、皇子の愛馬からも後脚で蹴られるほどに。

 特に水面下での駆け引きが熾烈だったのが、秦河勝という皇子の側近。武力、政治ともに強かであり、皇子からの信任もある。

 

 今となってはかつての駆け引きなど取るに足らないものだと青娥は思う。例えるなら子供のじゃれあいである。青娥にとっても、河勝にとっても戯れでしかなかったのだ。

 2人は実のところ頗るウマがあった、との記録すら残っている。真偽は定かではないが、ただ単に憎しみ合っていたわけではなさそうと言うのが周囲の見解である。

 

 そんな2人が千年以上の時を超えて再会したのだ。豊聡耳神子の復活を目指していた多忙な時期に、まさかの人物による訪問。流石の青娥もこれには苦笑いであった。

 そして冒頭に戻る。

 

 

 何故彼女が存命であるのか、ついでに何故そこまで存在が捻じ曲がっているのか、青娥の興味は尽きない。生憎と河勝、改め摩多羅隠岐奈には自らの心を動かすに足る魅力があったとは言い難いが、それでも強大であることには変わりない。取り入るにはうってつけの存在と言える。

 また、そんな邪仙の内心さえも秘神はお見通しであった。

 

『今でこそ互いに立場が変わってしまったが、立身前の大義は何も変わらぬ。太子様の御前にて結んだ誓い、今こそ果たすべきだろう?』

『ええ確かに誓いましたわね。しかし豊聡耳様は未だこの世に無く、貴女ももはや河勝様ではない。あんな誓いなんて現時点では無効ですわ』

『いやいやあの時の誓いを守れと言っているのではない。ふふ、実は協力して欲しい事があってな。お前にとっても悪い話ではない』

 

 誓いと言うが『永遠の忠誠』などといったチープなものではない。ただ『互いに潰し合わず、皆で協力します』という、神子の名の下での相互不可侵の盟約に似たものであった。

 つまり隠岐奈などという神とそんな盟約を結んだ覚えはない、と言ってしまえばそんな盟約など気にする必要もないだろう。河勝時代の傾向からして、彼女の下に就けば使い潰されるのは明白であり、青娥としては真っ平御免であった。なおこの邪仙もその同類であるのはご愛嬌である。

 

『何か成したい事があるならお一人でやってくださいまし。お話だけは聞きますけど……いや、それとも豊聡耳様に関する事なのですか?』

『半分正解だ。……お前、八雲紫とは既に接触しているだろう?』

『ええ。あまり好ましく思われてはいないようですけど、面識はございますわ。……紫様を潰すのに協力しろと?』

『ほぼ正解』

 

 随分と大きな話だと思った。

 今思えば青娥がこの島国にやって来た目的の一つには、噂に聞く妖怪の賢者を一目見ておくというものがあった。途中豊聡耳神子という英雄を見出しそちらにかかりきりになってしまい、その後も人間社会に溶け込み続けた為、賢者の捜索はしばらく経った後となってしまったが。

 

 八雲紫への第一印象は『模範解答のような100点』である。なるほど、豊聡耳神子が人間の王ならば、彼女はさしずめ妖怪の王か。これは間違いなく大物であると、青娥は早速ゴマをすった。

 ただどうにも不自然な感覚が拭えなかった。100点である事は確かなのだが、偽造されているかのような、表面上では捉えきれない何かがあるような気がしてならなかった。

 

 なんにせよ、八雲紫に取り入ろうとすれど敵対する気は毛頭なかった。彼女自身もそうだが、周りに控える者たちも総じて強大。間違っても単独で相手できるような存在ではない。

 いや、正確に言うなら費用対効果が見合わないのだ。無理と断言するのは別問題とするべきであろう。

 

『その話、聞かなかった事にしましょうか』

『待て、よく考えてみろ。あの妖怪が太子様の復活を望むと思うかね? 日本史最高の為政者の復活など、幻想郷の支配体制に致命的な打撃となり得る異変だ。賢者たちにとっては悪夢でしかない。よって太子様の復活に際しては彼奴らを一度打破する必要があるのだ』

 

 その言葉には青娥も眉を顰める。

 ただ、怪訝に思ったのは紫が神子の復活を妨害してくる事ではない。そんな事は最初から想定済みだ。驚いたのはその後。隠岐奈が賢者という枠組みから完全に逸脱している事である。

 まさか、摩多羅隠岐奈は幻想郷の賢者というポストよりも、秦河勝という嘗ての一面を優先しているのだろうか? いや、この秘神にそんな見上げた志が存在するのかは甚だ疑問だ。

 

 ……恐らく、摩多羅隠岐奈にとって一番の最優先事項とは八雲紫の打破に関わる事なのだろう。だからこうして布石の一つとして無理にでも神子の復活に向けて、自分を巻き込もうとしている。

 

『私はお前をその気にさせる為、こうしてわざわざ来てやったのだ。お前無しの計画を練る気など毛頭ない』

『それはそれは、大層なご評価を』

『そうだな……紫の死体はお前に譲ろうか? 加えて今ある死体のいずれかに面白い機能を与えてやってもいいぞ。ふふ、なんなら賢者のポストでも用意してやろうか?』

『私の事を火車か何かと勘違いされてるようですわね? それに此度の件、報酬では動けませんわ。何しろ相手が相手……相応のプランを用意せねば豊聡耳様の復活どころか我々の首まで繋がっているかどうかさえ危うくなる』

 

 目先の報酬では私は動かない事など分かっているだろうに、と青娥は笑顔の裏で毒を吐く。この邪仙、運良く数千年も生き延びた訳ではない。

 にやにやと笑みを絶やさない隠岐奈は、腰掛けていた椅子に深く坐り直す。そして勿体つけるように再び語り出す。

 

『プラン、ねぇ。そうだな、プランはある。勿論、事を成した際の報酬も用意しよう。太子様の復活とは別にな』

『……』

 

 互いに笑みを崩さない。

 

『だがお前の心を動かすに足ると判断したのはプランの精巧さでも、華美な報酬でもない……"今回の事"を成す意味だよ』

『意味……ですか』

『私の目的は、そう! 世界平和だ!』

『出て行ってくださいまし』

『戯言と受け取らないでくれ。私は大マジだ』

 

 その割には随分と楽しそうじゃないかと訝しみつつ、事の内容を聞いてみる。それからだ、青蛾が積極的に動くようになったのは。

 

 世界を守るなどといった高尚な目的では決してない。彼女を突き動かしたのはもっと本能的で、快楽的なものだった。

 

 

 

 そして今に至る。

 後戸の世界に招待された青蛾は椅子に腰掛け、目の前の秘神に向き合った。ついさっきまで他の誰かが居たようで、若干肌寒く感じた。

 

「幻想郷では随分と面白い事が起こっていたみたいですわね。介入しなくてよろしかったのですか? 殆ど敵方が対応してましたけれども」

「問題ない。元々あの不良天人(比那名居天子)の扱いは蓬莱山輝夜からの情報を元に古明地さとりが請け負う話だったからな。言わば外れクジよ。寧ろ山が崩れてくれて私個人としては万々歳だ」

 

 そのスタンスは幻想郷の賢者としてどうなのかと疑問を呈したくなるが敢えて黙っておく。摩多羅隠岐奈に対してそれは余りに不毛だ。

 

「紫様としてはどうでしょうね」

「今回の件であいつに出来る事は限られている。そもそも最近は色んな実力者に面会するなどして不穏な動きを見せていたからな。万が一を考えてもあいつを幻想郷の復興で縛り付けられるのは非常に有益だろう」

「なるほど。ところで今は何を?」

「知らん。設置していたバックドアはいつの間にか取り外されてしまったし、情報も全く入ってこない。何故か天界に向かったと聞いてから行方不明だ」

「しかし明日は紫様が指定した賢者会議の日。流石にその時までには姿を現す筈ですわ。……下手すれば明日、全てに決着を付ける事になるのでしょう?」

「誰も望まぬ結末だな」

 

 格好を崩しつつ、嫌な顔で呟いた。隠岐奈が言った通り、明日全面戦争が始まってしまうのならば、それは両陣営どちらにとっても不都合なのである。是非とも回避したい事柄だ。

 しかしその決行の有無を決めるのは、さとりでも隠岐奈でもない。他ならぬ八雲紫その人なのだ。奴の言葉通りに受け取るなら賢者大粛清が行われる訳だが、どうにも裏があるような気がしてならない。というより隠岐奈にはある種の確信すらあった。

 

「明日を乗り切ればしばらく小康状態が続くだろう。それまでの辛抱よ」

「随分弱気ですわね。古明地さとりの力を見て怖気づいたりしてませんこと?」

「ハッハッハまさか。奴が前線まで出張ってくる事は無かろう。今回は例外中の例外、これ以降は滅多な事では地底から出てこんさ。まあ、奴が動けないように手は打つし、仮に死合った場合でも万が一にも負けはない」

「あら自信満々。失礼致しましたわ」

「分かれば宜しい。それにお前達が警戒すべきはさとりよりも、あの『もう一人の紫』の方だ。アレは結構手が早いし積極的な介入を好む。好戦的で情報もかなり保有しているからな」

 

 俗に言う『紫擬き』だが、アレは全てを見通す策士ヅラしている癖して、鷹派の傾向が強い。事前に比那名居天子を消しておく事を提案していたとも聞くし、強硬策で隠岐奈陣営を一人ずつ始末していく可能性すらある。戦闘力も侮り難い。

 一方、青蛾はというと、視線を宙に揺蕩わせて左右に指を振る。

 

「どっちの紫様ですか?」

「どっちって……あっちの方に決まっているだろう」

「ああそっちの方。そういえばあの偽紫様は何なのでしょうかね? ツギハギだらけだと思えば今は童女の姿。かなり不安定な事は分かるのですけど」

「ふむ……?」

 

 此奴、いつからその領域にまで目を光らせていたのか、と。鋭い相貌を更に細め邪仙を見遣る。そして隠岐奈は自らの思案を自ら吟味し、結果、あまり気の進まない様子で答えた。

 

「教えても良いが他言無用だぞ?」

「承りましたわ」

 

 己の身体に呪を打ち込み堅固な縛りとする。隠岐奈の意には逆らわない旨を表明するにはうってつけの手段だ。情報を得るには安いものだ。

 ここまでされては隠岐奈としても変に誤魔化すわけにはいかない。呆れた顔をしつつ、あっさりとその正体を告げる。

 

「ありゃ私の娘だよ」

「……お腹を痛めて産んだ訳ではないのでしょう?」

「うぅむ、実は案外そうでもないらしくてな。血は繋がっていないが腹は痛めたというか……兎に角、曲がりなりにも私の手を介して生まれた存在だ。娘と称して遜色ないのは確かだな」

「つまり──偽紫様が()()()()()()()()()()()が眉唾ではなく事実だとするなら、あの方は今の河勝様でなく、未来の河勝様が生み出したものである、と。なるほど、そう考えれば妙に表現に困ってるのも納得いきますわね。今の自分と将来の自分なんて似て非なる物ですもの」

「おいおい待て待て。お前、その未来云々の話を何処で聞いたんだ?」

「あら、知られて困る情報でございましたか?」

(此奴……)

 

 邪仙の智略、或いは情報収集能力に舌を巻きながら、思わず切捨て時を吟味する。そして首を振った。限られた情報を敢えて小出しにして、自分にちょっかいを掛けようとしているだけか。魂胆はお見通しだ。

 あまり出過ぎた真似はするなと忠告(威圧)しつつ、疑問の続きを促す。

 

「正直、彼女が河勝様の娘なのかについてはあまり興味がありません。それよりも『未来からやって来た』──私の疑問はこの一点のみです」

「目的ではなく手段が聞きたいのだろう?」

「その通りですわ」

 

 青蛾は身を乗り出した。

 それもその筈で、時を遡るという行為は隠岐奈や青蛾を以ってしても生半可な覚悟では到達し得ぬ事象であり、恐らく今現在でそれを容易に為せる者は世界に一人としていない。

 唯一その片鱗を掴みかけているのは時空を操る能力を持つ十六夜咲夜と、チルノとかいう木っ端妖精。八意永琳も確かそうだったか。

 しかし咲夜はそっちの方向に能力ツリーを伸ばす気は無いようだし、チルノの『マイナスK』は毛色が違い過ぎ尚且つ本人の資質(頭脳)もありアレ以上の発展は見込めないと断言できる。さらに永琳については蓬莱山輝夜の助力ありきでの話になるので割愛。

 

 それだけ偽紫の状況は特殊なのだ。

 

「言っただろう? 我々が目指す世界平和において最大の障壁。それを逆手に取ったのだ。自らの意思を遥かなる境界の先へ残す為、別な私をも利用し、付き従う忠臣を犠牲にし、己が創り上げた世界を捨て石に、奴は時を越え得るモノに種を植え付けたのだ」

「人ではなくモノ、でございますか」

「部品に、だよ。──時に時に青蛾殿は【宇佐見菫子】をご存知だったかな?」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 覚悟を以って臨まねばならぬと承知していた。

 これから一体何が起きるのか、予測不可能。皆目見当がつかない。いつものように特に進展も無くなあなあで流れてしまうのか、それとも破滅へのカウントダウンが明滅するのか。

 阿求は深く息を吐いた。

 

 マヨヒガの一室。普段なら設営や案内に奔走している八雲の式達の姿は見えず、賢者の集まりも大分鈍い。聞いたところによるとかなりの人数が前日までに辞退を申し出たとのことだ。

 賢明だと阿求は思った。

 

 八雲紫が指定した日はあっさりと訪れた。今日に至るまで何度も慧音や小兎姫を始めとする里の重鎮達と協議を交わし、無力な人間の行き着く先をなるべく良いものにしようと努力した。

 しかし結論はやはり、八雲紫次第になってしまう。

 彼女の一存によって多くの者達の運命が容易く掻き乱されてしまうのだ。今に始まった話ではないが、やはりこの立場の弱さは如何ともし難い。

 

(賢者粛清……まさかその対象に私が含まれているとは思わないが、それでも実施の規模によっては大きな動乱の火種になる)

 

 自分の命なんかどうでもよい。百年後あたりにはまた転生できるし、仮に輪廻を断ち切られ無明の闇に閉じ込められたとしても、より多くの人間が幸せを享受できるならそれで構わない。

 だがこれ以上、里の人々に不幸を齎すのは駄目だ。蹂躙は決して許してはならない。

 

 身動ぎ一つせず固まっている阿求を見かねて、慧音はその肩を優しく叩いた。それだけで阿求は救われる思いだ。

 

「……ありがとうございます慧音さん」

「一人で使命を背負い込まないようにしよう。私にも半分分けておいてくれ」

「ふふ、お言葉に甘えます。……荒事じゃ何の役にも立てませんしね」

「どうだろうな。この場においては、貴女も私もそう大差ないと思うよ」

 

 もしも最悪の事態として、八雲紫もしくは摩多羅隠岐奈が武力を以って制圧に乗り出せば阿求などその余波で死んでしまう事は想像に難くない。ならば慧音の役目は護衛の名の通り、彼女を何としてでも里に帰らせる事。逆に言えばそれくらいしか出来そうにない。

 警戒し過ぎかと言えばそうでもない。阿求の他に座している賢者達も一様に緊張感を募らせている。かの最高賢者の一角である茨木華扇とて例外ではない。静かに、あくまで冷静に流れを見極めようとしている。その実、身体から立ち昇る鬼気は阿求にも目視できるほどだった。戦闘を想定している何よりの証拠だ。稀神正邪も同じで、深く目を瞑り思案に耽けている。頭の中であらゆる事態に備えてシミュレートしているのだろうか。

 

 いつもと全く変わらないのは隠岐奈くらいだろう。もっとも御簾に隠されていて表情を窺い知ることはできないが。

 

 ふと、慧音が呟く。

 

「妙だな。大体最後に現れる(遅刻常習犯の)八雲紫は兎も角、八雲藍や橙が一度も姿を見せていない。もうすぐ時間だというのに」

「来てないというなら、天魔もそうですね。……例の事件の影響でしょうか。我々の知らないところで何やら厄介ごとが起きているのやも知れません」

 

 天魔に至っては生死すら分かっていない状況である。妖怪の山社会が排他的な性質であるとはいえ、各々の安否すら不明であるのは異常事態だ。

 ただでさえ深刻な状況だというのに余計なイレギュラーを増やさないでほしい。そう切に思う阿求と慧音だった。

 

 

 その後も紫は一向に姿を見せず、刻一刻と時は過ぎていき、ついに約束の時間を迎える。発端となった紫が不在という特異的な状況に場は慌ただしくなり始めた。

 すると何食わぬ顔で藍が現れ、一同に向かい深く頭を下げ陳謝する。

 

「皆々様には大変ご不便をおかけして申し訳ございません。我が主人の到着まで今しばらくお待ちください」

「何か不都合が?」

「いえ、私のスケジュール調整に不備があっただけの事。紫様は滞りなく準備を進められております」

 

 華扇の言葉に澄ました顔で返答する。藍が嘘を吐いているのは全員分かっていたが、それをわざわざ追求する者は居なかった。

 敢えて交渉の場に遅れる事で敵方へ圧を与える外交テクニックがあるとは聞くものの、果たしてそれが紫の真意なのか。

 

「……到着されたようです。──橙!」

 

 呼び掛けに応じて襖がススス、と開かれる。橙はあらかじめ室外で待機していたようだ。そして現れたのは八雲紫……なのだが、その姿を見て賢者達の間に動揺が走る。阿求は思わず二度見してしまった。

 

(姿が幼い……!? これは、どういう狙いなの?)

 

 少女というには幼すぎる姿。童女と称すべき姿は、八雲紫というパーツに似通ってこそいるが、見る者に違和感を抱かせるに足るものだった。確かにそっくりそのまま紫を幼くすればこうなるのだろうが、普段から纏っている威圧感が緩和されるどころか更に増しているようにすら感じた。

 身体の至る所に黒々とした空間が這っており、まるで欠損した部位を補うかのように蠢いている。

 

 一方でその当事者はというと、周囲の困惑を意に介さず悠々と上座まで歩を進める。そして淑やかに腰を下ろした。

 

「では始めましょうか。此度の件は長丁場になるでしょうし、時間が惜しい」

 

 遅れた事も、幼い姿の事も追求は許さない。そう暗に示していた。

 間違いなく遅れて来た者の言う言葉ではないが、誰も突っ込めない。いつもなら噛み付いたり茶化すであろう最高賢者の面々も今日に限っては静かだ。唯一、華扇だけが呆れたように目を伏せていた。

 

 よく見ると八雲の式達の表情も、心なしか強張っているように見える。彼女らをして目の前の紫は望むべくして現れた存在ではないという事。

 こうして天魔不在での賢者会議が開始される。

 

 一番に話を切り出したのは勿論、此度の騒動を生み出した張本人たるスキマ妖怪。

 

「まず初めに、私が決断に踏み切った理由をお伝えします。前回はあまり丁寧に説明していませんでしたね。なので改めて、私の口からより詳しく」

 

 どこか他人事のように聞こえる口上が続く。

 

「まず結論を申しますと、私は幻想郷の現行支配体制を良しとはしません。むしろ悪しきものと断じましょう。この数百年の間に起きた出来事を一つずつ見返しましたが、これら全ての悲劇は統治機構の脆弱さに起因したもの。よって現状維持は看過できない、と結論付けた次第ですわ」

「……随分な言い様ですね。その脆弱な組織の長が誰なのかお忘れでは?」

「その通り。新参なのによく勉強しているのね」

 

 思わず苦言を呈した正邪に笑い掛ける。あまりに無機質で感情を含まない笑み。心臓を寸断されたかのような動悸がする。

 正邪はこの笑みを知っている。この八雲紫に会ったことがある。その二点にようやく確証が持てた。

 

「殺すか殺されるかの世界ですもの。当然ながら強き者にしかリーダーは務まらない。だから私が長を務めてきました。幻想郷を差配するに最も相応しい妖怪である、この私が」

「……」

「いまさらその事に異議を立てる必要はないでしょう。しかし幻想郷の現状はあまりに醜い。本来の役割を果たせていない。私が居てなぜ組織は脆弱なのか? なぜ相次ぐ異変や反乱に対応できないのか?」

 

「私の意を解さず謀反を企てる者が後を立たないからです。幻想郷の支配者たる私への挑戦とは、即ち幻想郷への叛逆。許される道理は本来なら微塵も存在しない。……とはいえ、それにも関わらず甘い対応を続けていた私にも非があります。そのせいで因幡てゐ如きに脅かされ、天魔如きをのさばらせる結果となってしまった。期待し過ぎた私が愚かでした」

 

 隆盛を極めたが八雲紫に逆らってしまい没落を決定付けてしまった二人の賢者。てゐと天魔の名を出した意味は明白である。

 てゐは永夜異変の際に月勢力(八意永琳)を炙り出された挙句、紫の手直々に潰された。天魔はつい先日、天から飛来した恐怖の大魔王によって妖怪の山諸共打ち砕かれた。全ては八雲紫に逆らってしまったが為に。

 

(あの巨大な要石はやはり紫さんの差し金……!? 元より粛清対象だった天狗を我々への見せしめにしたのか! 何という……あまりにも……)

 

 阿求は震え上がる我が身を押さえ付けた。こんな強行策を取るような妖怪だったのかと、改めて彼女へえも言われぬ畏れを抱いた。

 紫に対して警戒を解いた事など阿礼の時代を通しても一瞬たりともなかった。しかしビジネスパートナーとしての付き合い込みで、紫という存在を少しでも理解した気になっていた。誤りだ。紫は心奥を覗き込む事すら許されない、とても恐ろしい妖怪だ。

 

 最高位の五賢者なら八雲紫に対抗できるなどと、あまりに甘い見積もりであったことを痛感した。元から紫一強だったのだ。ただ彼女の気紛れで権力が分散され、結果五賢者という枠組みができただけ。

 因幡てゐも、天魔も、茨木華扇も、稀神正邪も、摩多羅隠岐奈も。そして稗田阿求も。紫からしてみれば掃いて捨てる塵芥に過ぎない存在なのか? 

 

「おめでとう紫。これで反乱の芽は摘み終えたな。賢者は一丸となり幻想郷の運営により一層邁進する事が出来る。組織の一員として礼を言おう」

 

 大多数が八雲紫の圧に呑まれている中、やはりこの秘神だけは変わらない。飄々と祝辞を述べ、元より紫とスタンスを共にしていた事を仄めかす上っ面だけの言葉。互いの張り付けた笑顔が苛烈に交錯する。

 幻想郷No. 1とNo.2。ここでの駆け引きが今後の幻想郷、引いては自分達の命運を決するものになると、賢者達は無意識に感じ取っていた。

 

「悪くない。組織を一枚岩に統一するに越した事はなかろう。しかし──悪くはないが、なんだかなあ」

「あら異論があって?」

「お前の思想の下に組織を統制するのは些か窮屈が過ぎると思うのだよ。幻想郷の発展と維持は各々の個性と欲望による爆発力で培われてきた。誰が支配者なのかを改めて認知させるのは良い案だと思うが……もう少しこう何というか、手心というか」

「痛くなければ覚えないわ」

 

 一切茶化しの無い返答に隠岐奈は肩を竦める。

 

「ならば何が窮屈なのだ。前に言ってたろう?」

「前……ああ、確かに言いました。賢者職に窮屈さを感じると、確かに。そうですね……あれはそのままの意味ですわ。無能な働き者は必要ないでしょう?」

「天魔とその取り巻きが消えて随分と席が空いたというのに、まだ減らすのか。せっかく一丸になって頑張ろうと直々に締めくくったばかりなのに」

「可笑しな話ね。一丸になるのは当たり前。貴女の面子や体裁なんてどうでも良いわ」

 

 徐ろに扇子を隠岐奈へ、次に正邪と差し向ける。残された反紫急先鋒の二人。

 僅かな動作で周囲の緊張感が最高潮に達した。

 全員が悟った。争いは避けられない。紫は明確に二人は敵なのだと意思表明したのだ。

 天下静謐への望みは絶たれた。八雲紫は妥協を許さなかったのだ。腹に蟲を飼ったままでは煩わしいと、極当然の不快感を取り除きにかかった。腹を裂き、夥しい出血を強いられようとも。

 

 やれやれと。隠岐奈は深いため息。気怠げに御簾から這い出てくる。

 狼狽を即座に引っ込め、正邪は腹を据えた。怯えるイツメン(わかかげ)に目線で合図を送った。

 

 慧音が阿求の手を握る。口を耳に近付け、周りに気取られぬよう早口に伝える。

 

「この場から離れてくれ。留まるのは危険だ」

「し、しかし」

「紫が動き出した後では命を保障できない! 私が代理として残っておくから、早く!」

 

 現に観念した者達は臨戦態勢を整えており、いつもなら仲介に入る筈の華扇でさえ、無理を悟りその身から鬼気を吹き上がらせた。どちらの側に付くかは判断が付かないが戦闘を決心している。

 稗田阿求は人間達にとっての宝である。何に代えても"次"へと繋ぐために生かさなければならない。大丈夫だ。自分(慧音)が倒れても、妹紅がいる。

 

 と、部屋中に狂気を含んだ笑いが響く。

 面倒臭げな雰囲気が一変、満面の笑みで隠岐奈は紫の害意を受け入れた。この展開は望むところではないが、それはそれでまた良しの精神である。子供をあやす機会とでも思って多めに見てやろう。

 

「アッハッハッハ! ()()()で殺されては敵わんな!」

「戦争は起きないって言ってた割には準備万端ではないですか。私を騙したんですか?」

「いやぁすまない正邪殿、読み違えた。ここまで勝手な奴だとは思っていなかった」

 

「ふふ……それでは布告いたしましょう。『賢者八雲紫の名において命ず。今ここに賢者の任を解き──」

 

 

 

 

「いよぉし! まだ会議やってる! 良かったぁ」

「ギリギリセーフみたいね」

 

 阿求が席を立ち、隠岐奈がバックドアを開き、正邪が懐から小槌を取り出し、藍と橙が重心を前に移し、紫が空間を裂いた、その瞬間だった。

 

 襖を勢いよく開け放ち約2名がバタバタと入室。周りに平謝りしながら前に進み出る。

 先程までの身を切るような緊張感はどこへやら。全員が絶句して矛を下ろした。

 

 現れたのは粛清された筈の天魔。そして、たった今粛清を執行しようとしていた八雲紫その妖怪であった。オマケにこちらはいつもの淑女姿。

 

「皆様、お待たせいたしました。招集人でありながら遅れてしまい申し訳ございません。少々用が立て込んでおりま……して……」

 

 慣れた様子で謝罪を口にしていた紫だったが、自分の席に座っている童女を見て硬直する。対して童女側は平静を保ちつつも若干顔を引き攣らせた。

 場の全員が例外なく混乱に陥った。この状況を完璧に把握できている者が誰一人として居なかったからだ。八雲紫が二人居るのもそうだし、普段仏頂面の天魔がニコニコ笑顔で紫と仲良く入室してきたのも意味が分からない。

 

 暫くの静寂。硬直した空間。

 しかしいち早く混乱から抜け出し、独自に解へと辿り着いた者がいた。それは意外と言うべきか当然と言うべきか、八雲紫(淑女)本人であった。

 

「なるほどそういう事。ふふ……これなら謝る必要は無かったわね。ご苦労様、あとは私がやるから戻ってくれていいわよ」

「……不本意ではあるけど、事此処に至ってはそれしか方法がないわね」

 

 観念したように紫(童女)は呟き、自らが手に掛けようとした者共に向かって一礼。そして煙のように宙へと掻き消えてしまった。この一連の流れで後から来た紫こそがオリジナルである事を賢者達は察した。

 恐らく、あの童女姿の紫は何らかの事情で会議に間に合わなくなってしまった紫が用意した式神か、或いは分身なのだろう。

 かの八雲紫である。今更分裂しようが若返ろうが何も不思議ではない。また彼女の意図を汲み取るのは容易ではないため各々早々に諦めた。

 

 それに相手がいつもの紫に戻ったからといって油断できる筈もなく。先程までの言葉は全てオリジナルの意思を代弁したものに過ぎないのは当然の事と認識しておかなければならない。

 火種は未だに轟々と燃え盛っている。

 

 と、そんな周りからの熱を感じ取った紫は、それとなく藍の耳へと口を寄せる。

 

藍、藍。どこまで話進んだの? 

幻想郷の運営に支障を与える賢者の解任を宣言するところまで

そんなに? 結構進めてたのね

まあ……はい

 

「……ふふ、どうやら一番大切な時に間に合ったようですね。急いだ甲斐があったというものです。それでは改めて布告いたしましょう」

 

 仕切り直しとばかりに、改まった態度でそんな事を宣う紫。如何なる内容であろうと先程の様子からしてロクでもない事は確かである。皆一様に唾を飲み時を待つ。

 勿体ぶるような僅かな間を置いて、紫は言い放った。

 

「先刻申した通り今日を以って私、八雲紫の賢者職並びに他権益の全てを(幻想郷)にお還し致したく存じます。引いては賢者の皆々様にその旨を了承していただきたく」

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

「あの、すみません。もう一度言ってくれませんか? 上手く聞き取れなくて」

 

 恐る恐る手を挙げたのは阿求。普段はたかが人間と蔑んでいる一部賢者もこの時ばかりは阿求を心の中で称賛した。よくぞ言ってくれたと。

 実際のところ、阿求は一文字余さずしっかりと聞き取っていた。聞き返したのは紫の言い間違いを期待しての事だった。

 

 そんな淡い希望は即座に打ち砕かれる。

 

「賢者を辞めようと思います。正直に申しますと色々限界を感じておりまして、今のままではこの組織が立ち行かなくなると判断し、今回の決断に至りました。大変身勝手である事は承知の上ですが──」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんでそんな急に……。賢者の人数を減らすって、貴女が辞めるって意味だったんですか!?」

「……? 解釈としては相違無いかと。それに急も何も、前回の会議の際に申し上げておいた通り、私自身が幻想郷の争いを招いているという正邪の言葉が正しいと判断し実行したまでですわ。ね?」

(? ……?? ……?)

 

 急に話を振られて困惑するしか無い。突拍子のない発言の理由を自分に押し付けられるほど迷惑な事はない。せめてもの抵抗と腹立たしげに睨んだ。

 何度目かの沈黙を振り切るように、続いて華扇から問いが飛ぶ。彼女も彼女で紫の言葉を計りかねていた。

 

「先程貴女が申していた通り、幻想郷運営の要は貴女でしょう。それが急に辞任すると言い張られては我々もリアクションの取りようがない。こういう事は然るべきメンバーを交えて綿密に議論すべきでしょう」

「それについては申し訳なかったわ。この1週間で事前の調整をあらかた済ませておく予定でしたが、急遽対応すべき事案が浮上したもので」

 

 華扇と紫の関係は深く、相互利益に基づく協力体制を構築していただけに、今回の申し出に対し受け入れ難い姿勢を示した。しかし紫は陳謝するに留まり代わりに『事案』を持ち出した。これが妖怪の山での一件を指す事は明白であり、即ち天魔との関係を匂わせるものであった。

 大した動揺もなくニコニコ柔和な笑みを浮かべている天魔の様子を見るに、彼女とだけ何らかの話し合いを済ませてあるのが容易に窺い知れた。

 

「紫ってばこれから色々と忙しくなるみたいだし、こういう役割分担も必要だと思うんだよねえ。うんうん」

 

 したり顔でこんな事まで言っている始末だ。

 

 妖怪の山壊滅は紫と天魔による策謀。そんな仮説が現実味を帯びてきた。

 もし仮に、天魔が天狗存続の為に八雲派閥への転向を謀り、反対する古参の部下や旧来の勢力を紫の助力で一斉粛清したのだとしたら。そして紫はその見返りとして天狗への権力移譲を企んでいるのだとしたら。

 水と油のような二人がそんな緊密な連携を取れるのかと聞かれれば疑問を抱かざるを得ないが、権謀術数を極め互いに鎬を削った二人だからこそ、対局を見据え、利害をすり合わせ、果てに手を結んだのかもしれない。

 

 当然、八雲紫が賢者の座から退いたところでその影響力に陰りは殆どないだろう。問題は紫がぶら下げた『力』を誰が手にするか。

 その相手が天魔、阿求、若しくは藍であったなら、幻想郷の勢力図が一変する事態は避けられない。

 

「……よし分かった。仮にお前が一線から退くとしよう。ならば当然後任を決めねばなるまいな? それこそ因幡てゐが失脚した時のようにスムーズな引き継ぎを求めたいものだが」

「ええ、流石は隠岐奈ね。私もその事について考えていました。皆々様からの信任により誇りある役目を引き受けて参りましたが、それを改めて何方かにお願いしたいと思っております。勿論、隠岐奈の言うようになるべく混乱少なめに」

「ふむ、どうやらアテがあるようだな。ここに居る誰かに任せるつもりか?」

「……頼もしい限りですが、これ以上皆様にご負担を掛けるわけにはいきません。ただでさえてゐの件でご助力いただいたんですもの」

 

 その尻拭いに特に貢献してくれた天邪鬼へと嘘偽りのない笑みを向ける。

 正邪はドン引きした。

 

「ほう、そうか。ではこの場には居ない『部外者』がお前の後任という事になるが、我々が納得できる人選なのだろうな?」

「勿論。私と思想を共にし、私以上の知識と武力を持つ者に後を託します。至らぬ点もあるやもしれませんがそこは私や藍で支えていこうかと。皆様にもどうか寛大な指導をお願いできれば」

 

 取り敢えずの危機は去ったという事で会議は沈静化し、代わりに八雲紫の後任なる人物の浮上により果たしてそれは誰なのかと、一部の者は興味を隠しきれなくなっていた。

 なお八雲主従の反応もまた様々で、機嫌良さげな紫とは対照的に藍は何かを察したのか顔を青褪めさせ、橙も心配そうに主人達を何度も覗き見ている。

 

「ああそれと、流石に皆様の信任無くして勝手に賢者に据えるのも如何なものかとは存じますが、既に天魔からは承知とのお言葉を頂いております」

「うん。私も最初は吃驚したけど、ちょっと目を瞑れば普通に良い奴だからさ、みんなで支えてあげればどうにかなると思うわ。よろしくね」

「……失礼ですが、お二人はそこまで仲が良くなかったかと思うんですけど」

「それはほら。雨降って地固まるって感じ」

「ええ。刎頸の友ですわ」

 

 なお降ったのは雨ではなく岩石であり、地は砕けて旧地獄に達している。また刎頸の交わりと言いつつ互いに首を飛ばす手伝いをしているのはご愛嬌である。だがやはり、あの一件で二人が結束したのは間違いない。

 

「さて、そろそろ頃合いかと思います。その当事者には既に待機してもらってますので、正邪の時と同じようにスキマでこの場にご招待しようかと」

 

 許可を求めるように周りを見渡す。ひとまずその者を見てみない事には何も始まらないので、全員が頷き行動を促した。

 宙を裂いた先はお馴染みの黒々とした虚無の空間。

 

 と、件の人物が堂々たる立ち振る舞いで現れる。気品、所作共にしっかりしているものの、その身から溢れ出る傲慢さを打ち消すには全く足りていない。

 荒事禁止の議場にて帯刀を見せびらかし、自らをさも高貴な者であると主張するように極光を表す虹色の飾りが煌びやかに彼女を取り囲む。

 

 その第一声は聞く者全てを慄かせた。

 

 

「下界の皆々ご機嫌よう! 私の名前は比那名居天子! 脆弱な者共からの忸怩たる願いを受けて天より顕現せし天人である! 以後よろしくッ!」

 

 

 ──パチパチ……

 

 紫と天魔。二人だけの熱烈な拍手は沈黙の支配する議場によく響いた。




藍「さとりのせいで紫様が一向に見つからないんだが!? くっ……こうなったら代役を立てるしかあるまい! ヘルプ偽紫様!」

AIBO「仕方ないわねぇ。取り敢えず賢者辞めるとか論外だし、今後幻想郷の運営が捗りやすいよう色々やっておいてあげましょう。まずね幻想郷支配がザル過ぎ。役立たずはみんなクビね」

賢者一同「やべぇよやべぇよ…」
藍「やべぇよやべぇよ…」

ゆかりん「あ、遅れてすみませーん! AIBO繋ぎありがとサンキュー!」
AIBO「は?」

ゆかりん「私、賢者辞めます! 私 is 役立たず!」
賢者一同「は?」
天魔「私は良いと思う」
オッキーナ「いや草」

ゆかりん「後任はこの子ね」
てんこ「やってやんよ!」
天魔「私は良いと思う」
AIBO「もう寝るわ」


もう少しだけ揉めて悲壮天完結です。ゆかりんは果たして賢者を辞める事ができるのか
次話は明後日か明々後日……近いうちに投稿予定です

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