幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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一話目。明日も投稿予定です


八雲紫は考えない

 

 ……えー、不肖ながらこの八雲紫。宣言させていただきたいことがございます。

 

 飽きた。

 

 藍と萃香には悪いけどマジで飽きた。言い出しっぺになって本当に悪いけどガチで飽きた! 

 

 どこを見渡しても雲と木と土ばかり。代わり映えの無い風景を延々と眺めているだけで、何の進展もない時間が川のように流れていく。多分実際の経過時間はそこまで多く無いと思うんだけど、あくまで感覚的な問題ね。一種の拷問に近い。

 しかも今下界じゃテロが起きてるんでしょ? 帰った後幻想郷がどうなってるか考えただけで気が気じゃ無い! 恐ろしいわ! 

 目の前に流れる風景と、齎されている限定的な情報のギャップが激しすぎてこれもまたストレスの一因だ。天界ってトイレ無いのかしら(ソワソワ

 

 ちなみになぜ我が愛しき八雲邸に帰らず、今もまだ天界の地べたに正座しているのかと言うと、要するに待ち惚けを食らってるのよね。

 ひとまず当初の目的だけでも果たそうと思って、天界のお偉いさんに会う為に一際目立つデカイ御屋敷に駆け込んでアポを取ろうとしたんだけど、彼方は何故か私と会おうとしてくれないのよね。萃香の悪評の所為かもしれない。

 その後、暫くの交渉の末に『遣いを送るので伝言を言い渡してくれればその内容の返答だけする』という結果に落ち着いた。まどろっこしいわね……! 

 

 それからというものの、派遣される遣いを介して焦ったい交渉を長々とやっている訳だ。会ってくれればすぐ終わる話なのに天界のお偉いさんはそこら辺分からないのかしら? 天人に期待すべきではないかもしれない。

 遣いの人も最低限の話だけでちっとも話してくれないし、面白くなーい! イライラするわー! 

 

 あ、ちなみに私がこんなに荒れてるのは幻想郷のゴタゴタや天界側の対応だけが原因じゃない。先ほど邂逅した奇妙な鴉天狗の所為でもあるのだ! 

 あの子、どうも妖怪の山から逃げ出して来た脱走兵みたいなんだけど、もうすぐ賢者職から解き放たれて自由になる私に向かって「お前が羨ましい。お前のようになりたい」とか言い出したのよ。これってつまり「お前はいいよな。勝手に賢者を辞めてもお咎めなしだもんな」って事を言いたいのよね? 

 

 気持ちは分かる。上下関係の厳しい天狗社会に嫌気が差すのも無理ない話でしょう。全てを投げ出して逃亡、大いによろしい。

 しかーし! お前と一緒にするな! 

 いいかしら? 私は決して無責任に自らの責務を放棄したわけではないのだ! 今すぐにでも投げ出したい気持ちを抑えてこうして後任を探してるのもその一環! ここ重要!!! 

 残される者達のその後を鑑みた行動である事は言うまでもない! 天狗の仲間達を準備無しに見捨てたあの鴉天狗とは違うのだ! 

 

 そう、私はただのクズでは無い! 言うなれば比較的マシな方のクズ! そこら辺間違えられると困りますわね。ぷんぷん。

 ただ私の喝に鴉天狗の彼女は大いに感銘を受けたらしく、しっかり心を入れ替えてくれたわ。素直で良い子だったわよね、幻想郷における貴重な人材である。若干情緒不安定だった気もするけど。廃棄処分とばかりに投げ渡したサイリウム(ケミカルライト)に対しても喜んでたし、悪い妖怪ではなかったのだろう。プリズムリバーのコンサートの時にでも使うと良いかもね。

 

 ……それにしてもあのサイリウムはなんだったんでしょうね? 萃香が暴れ回ってた時にちょうど飛んできて私の頭に直撃しやがったんだけど。

 まあ別に貴重な物でもなさそうだったし、さっさと譲って正解だったわね。

 

 

 さてさて、なんて事をグダグダと心の中で愚痴ってたら再び遣いの人がやって来た。この人も大変よね、無駄に何度も行ったり来たりさせられて。

 

「御苦労様。それで、彼方は何と?」

「此方側から提示する唯一の条件を認めていただけるのであれば天人派遣の件、認めると。当然幻想郷と名居家による取り決めでありますので、騒動はこれにて落着。(かみ)の都の余計な仲介はありません」

「そう。長い回り道でしたが、ようやく当初の目的が果たせそうで安心しましたわ」

 

 ていうかそんなに揉める事かしら? ただ「此方の選定に見合う天人が居たら是非とも派遣してくださいねー。見返りは勿論用意しますー」ってだけの話なのに。

 もっとも、私や萃香への対応を見る限り天人達にはあまり期待はできそうに無いかも。ほらなんていうか、賢者ならもっと条理から外れるくらい色々ぶっ飛んでてくれないと!(ド偏見)

 

 ちなみになんだけど、聞くところによると天界って月の都とズブズブの関係らしくてね、それで幻想郷への対応がいまいち歯切れ悪かったりしたのかも。まあ見たところ天人からは月人特有の嫌らしさがあんまり感じられない……気がするからオーケー! 変に勘繰ってまた話を拗らせるのも面倒臭いし、さっさと用件を済ませて帰りましょ! 

 

「ではその条件とやらをお聞かせ願えますか?」

「というのも、その派遣する天人の事です。八雲様からの御所望は『才智に溢れ、力が強く、革新的な思想に秀でた優秀な天人』という風にお聞きしておりますが、一名該当がございまして、その者を推薦したい事が一つ。逆に言えば、その者以外に八雲様の要望に応えられる者は天界におりません」

 

 遣いからの言葉を受けて私は満足げに頷く。なんら問題ない事である。むしろ私がやるべき事を天界側が請け負ってくれるのだから、渡りに船というものだ。

 まあその一人が賢者たり得る資格を有していなければ今回の話は無かったことになるけどね。また新しい場所で賢者候補探しをしなければならない。うーん、あと探すとしたら地底とか地獄とか……六道の境界を越えてみるのもいいかもしれないわね! 畜生道、修羅道、餓鬼道その他諸々って強い奴多そうよね。

 

 っと、思考が逸れちゃった。

 

「何故天界の人材を欲したのか、八雲様の真意は敢えて問わないとの事です。寧ろ今を機に互いの立場をハッキリさせた方がよろしいとの判断を優先し、此度の決定となりした。その天人──身分としては総領事様の令嬢になりますが、まあ無駄に万能なので幻想郷と天界の友好の証としてなんなりと煮るなり焼くなりお使いください」

「ふむ、幻想郷は全てを受け入れます。当然その方が何者であろうが能力があれば構いませんが、どうも腑に落ちないですわね。天界に二人と居ないほど優秀な方ならもっと重宝して然るべきでは?」

「幻想郷、引いては八雲様との友好の証です故。致し方ないとの結論です」

 

 ふーむ、天人の考える事はよく分からないわねぇ。まあそんなに推してくるならよっぽど優秀なんでしょう。けどねぇ、煮るなり焼くなりは流石に冗談だとしても、表現としてちょっとばかしオーバーよね? まるで人質を差し出させているみたいじゃないの。

 まあ幻想郷と天界じゃ風習も文化も違うだろうし、あっちではこういうのが一般的なのかもしれない。平和そうなのに意外よねー。

 

 

 ひとまず話は纏まったので遣いの人と一緒に下界へと向かう。どうやらその優秀な天人さんは一足先に幻想郷に向かっているらしい。そんなに乗り気なのかしら? 意欲は十分、と……(メモメモ

 その間、遣いの人がペラペラと(くだん)の天人のプロフィールを語ってくれた。名前は比那名居天子。先にも述べた通り天界有数の名家の令嬢で、幼少期になんか難しい名前の本を暗記したとか、新しい事には目が無いフロンティア精神満々の少女だとか、かの龍神に一目置かれているとか、まあ色々。言ってる事の半分くらい意味が分からなかったのは秘密よ。ただまあ無知を晒す訳にもいかないので空気を読んで適当に相槌を返している。

 

 聞く分には超優良人材のように思えるが、やっぱりこの目で見てみない事には始まらない。とんでもない地雷だったらちゃんと弾かないといけないし! 賢者の資格足り得る少女だったら良いんだけどなぁ。 

 

 と、分厚い雲が途切れて眼下に陸地が広がる。漸く幻想郷に帰ってきたのだ。

 しかし天界に行く前とかなり風景が変わっている。詳しく言うと妖怪の山あたり。…………想像の数百倍はとんでもない事になってた。

 遣いの人もこれにはドン引きしてる。ま、まずいわね……これでは天界に「幻想郷は野蛮」という風評被害が広まりかねないわ! 下手したら天子さんの派遣を止められちゃうかも。上手く誤魔化さなくては! 

 

「──とまあ、幻想郷は御覧の通り自然豊かな地でございます。あのように今も活発にマグマを噴き出しているような活火山から密竹林、砂漠など変化のバリエーションに富んでいますわ。恐らくダーウィンも真っ青でしょう」

「なるほど。天界にはこれといった変化がございませんので新鮮ですね」

 

 遣いの言葉に思わず軽くガッツポーズ! ナイス私! 即興でこんなアドリブこなしちゃう私ってやっぱり凄い! これぞ大賢者八雲紫の弁論術よっ! 

 超絶有能ファインプレーの炸裂に深く安堵し汗を拭う。それにて一件落着という事で、先に幻想郷に来ているであろう天子さんと合流────。

 

「お待ちください八雲様。……何やら()()()()()()()ですね。これも幻想郷特有の風土でしょうか?」

「はて、空気?」

 

 遣いさんが奇妙な事を言い出したのでそれとなく目を凝らす。んー……別にいつも通りじゃないかしら。まあ天界に比べたら流石に空気が幾らか濁ってるとは思うけど、幻想郷のそれだって悪くはないわよ? 

 私は遣いさんに幻想郷の空気の安全性をアピールすべく思いっきり息を吸い込む。そして思いっきりむせた。ていうか吐いた。

 

 不ッ味ッッッ!?!!? 

 澄み渡っていた筈の幻想郷がいつの間にか汚染されている!? ていうかどんどん目の前が真っ赤になっていくわ!? 

 最初はこの異常な空気による目の充血が原因かと思ったが、それが見当違いである事にはすぐに気付いた。これ、紅霧だわ!!! 

 

「けほけほ……これは──」

「異常事態でしょうか?」

「……いえ、これも幻想郷の風物詩のようなものですわ。げほっ、春に大陸より流れてくる黄砂やスモッグと同じようなものです」

「なるほど」

 

 勿論嘘である。この霧が人為的に発生したモノであるのは明らかだ。何より、幻想郷はとある異変で一度これを経験している。

 

 こんなクッソ汚い霧を幻想郷に撒き散らす迷惑野郎なんて一人しかいないわ! やりやがったわねガキンチョパリピ蝙蝠がぁ……! 

 幻想郷が大規模テロで揺れてる今こそ再侵略の絶好の機会ってわけね! 月侵略を私に告げたのは本来の計画を隠す為のカモフラージュだったってことか。

 この大賢者八雲紫ともあろう者があんな小童に謀られるとは一生の不覚ですわ。ぐぬぬ、くやしーっ! あいつ絶対後で霊夢にボコってもらうんだから! 今度はもう庇ってあげないもんね! 

 

 てか死ぬ! この霧、特に上層に溜まるよう操作されているようで、ちょうど私と遣いさんの居る地点は紅霧のホットスポット! 汗とか口から込み上げるモノで大変見苦しくなる前に避難しましょう! 

 口鼻をハンカチで覆い遣いの人に身振り手振りでジェスチャーを送る。取り敢えずもう一度雲の上に避難しようと。有難い事に遣いの人も空気を読んでくれたらしく、頷いて共に上昇する。雲の上は無風状態だからね、霧が到達する事はないだろう。そもそもレミリアの狙いは幻想郷だろうし。

 

 くそぅ、次から次に厄介ごとばっか! どうしてよりにもよってこのタイミングなのよ……後もう少しで賢者を辞退できそうな、この時に! 

 呪ってやるわ! 運命! 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「とても有益な時間を過ごせたわ。今度はウチにいらっしゃいな、存分に歓待してあげる。フランも喜ぶしね」

「ええ、お言葉に甘えて。数日後のパーティには是非とも参加させていただきます。ああ、ウチの子達も受け入れてくれてくれるんですね。ありがとうございますね」

「クク……抜け目ないわね」

 

 紅魔の主人と地底の支配者は互いに微笑み合い、約束を交わす。レミリアは約束の結末が分かるし、さとりは相手の本心が分かる。故に、ただの口約束でも二人の間では決して違われることの無い強固な縛りである。

 

 

 事の発端はフランドールがレミリアへ持って来た手紙だ。それは噂に聞くさとり妖怪からの茶会の誘い。丁寧に綴られた文面からは相手の性格がよく感じ取れた。

 ──めっちゃ嫌な奴だコイツ。

 

 普段のレミリアならばそんな手紙など一笑に付し、咲夜に命じて紙切れを暖炉に放り込み、パチュリーと美鈴に危険人物2名の監視を任せ、悪魔の号令の下に地底を滅ぼしてやるところ。

 しかし今回はそうはならなかった。理由は簡単、レミリアは既にさとりのことを知っていたからだ。むしろ、漸く自分に向けて誘いを掛けてくれたかと、喜んでいたまである。

 

 そんなわけで着々と進めていた月侵攻決起パーティーの準備を美鈴と永琳、幽香に全て押し付け、咲夜とともに地底へと急行する事になる。客人や罪人であろうがお構いなしだ。

 また通常、幻想郷から地底へ向かう際は妖怪の山の麓にぽっかり空いている洞穴へ入るのがオーソドックスであるが、最近は山が騒がしく要らぬ騒ぎを引き起こすであろう事を考慮し、紅魔館の庭から地面を掘り進めて地霊殿直通の道を開通したのだった。(真下に地霊殿がある事は紅霧異変の際に把握済み)

 

 一方のさとりは実際に目の当たりにしたレミリアがほぼ紫とフランドールのイメージ通りである事に少しばかりの衝撃を覚えつつ、それでもなんだかんだで快く迎え入れた。そもそも地上の妖怪が地底に侵入するのは協定違反だがそれでもなんだかんだで快く歓待した。

 頭のネジが外れた傍若無人な連中を日々応対テンプレートに沿って相手しているさとりにとって、愉快でエキゾチックな登場を見せてくれたレミリアは頗る新鮮であり、寧ろ好感を覚えるまであったとかなんとか。

 

 その後は何の変哲もない妹談義を行い、その片手間に互いの情報を交換。それらを踏まえて、とある取り決めを結ぶに至る。

 

 レミリアとさとりが交わした約定は極めてシンプル。

 要するに、摩多羅隠岐奈と争う事で時間や労力を消費する訳にはいかない。己の部下や協力者に対応させ、さとりとレミリア自身は力を蓄えるべき、というもの。

 最悪、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が存在する以上、それに抗う力を持つ限られた者たちは万が一に備えなければならない。

 

 細かいようで大雑把な取り決めだが、これがレミリアとさとりを繋ぐ上で重要なのだ。紅魔館や地霊殿といった勢力間での親善ではなく、あくまで個人的な友誼を結ぶものになる。

 

 と、屋敷が数度大きく揺れる。ステンドグラスは粉砕され、床のタイルに亀裂が走る。煩わしくて堪らないと、レミリアは鼻を鳴らす。どうせ何処ぞの土人が身分を弁えず暴れているのだろうと推測した。

 幻想郷では日常茶飯事といえど、一々諍いに巻き込まれては日が暮れてしまう。それにここは地底、統治者は古明地さとりであり、仕置きの如何は彼女次第。レミリアがわざわざ手を下す必要はあるまい。

 

「見送りはロビーまでで十分よ。互いにまだ命があれば、また会う機会はあるわ」

「物騒ですね。私ってそんな死にそうに見える?」

「他の連中の2割増しくらいにはね。予言でもしてあげようか。10年後の自分がどうなってるか、気になるでしょう?」

「いいえ別に。そもそも別な私の末路は輝夜さんから聞いてますし、貴女の心から聞こえて来る内容だけで大体分かります。それに、貴女が予言なんて陳腐な言葉を使うのは適当な事を言う時だけでしょう」

「お前、5年以内に多分死ぬよ」

「話聞いてます? 聞いてないですね」

 

 ケラケラ笑うレミリアに鼻で笑うさとり。二人の関係は前述した通りそれなりに良かったりするのだが、従者達がそうはいかないのが幻想郷の常である。犬と猫が牽制し合っているのもまた笑いの種だ。

 と、徐ろにさとりは頭を下げた。その相手はレミリアではなく傍らに控える咲夜。急な態度に咲夜は訝しむように目で問い掛ける。

 

「レミリアと同時に貴女にも礼を言いたい。大変興味深い話が聞けました」

「話、話……ああ、収縮する時間(デフレーションワールド)についての。有益な物になったのなら何よりですが、あくまで仮説です。そもそもそれを考察したのは私ではなくパチュリー様ですし」

「その仮説も十六夜咲夜が存在しなければ立証し得ない。(うつつ)に生きる同一の人間が層を隔てず存在する状況を作り出すなんて、とても稀有な例なのですよ」

 

 過去と未来を圧縮し、全く同じ物体を召喚する咲夜の一芸。普段はナイフなど変哲の無い日用品に対して使っているが、一度だけ己自身に発動した事がある。

 春雪異変の際、白玉楼にて魂魄妖夢と対峙した時だ。半人半霊の剣士が放った斬撃は咲夜の命を捉え、そのまま絶命寸前に追い込まれた。故にデフレーションワールドを使わざるを得なかったのだ。その結果、現在進行形で咲夜が使用している肉体は、本来並行世界に存在している筈の肉体である。

 そして前回の肉体はと言うと、気付かないうちに消えてしまっていた。異変が佳境を迎えていた為、深く考える暇がなかった。

 

 後日、パチュリーにその出来事を相談したところ、彼女はいつものように気怠げに髪をかき上げつつ、しかし強い口調でこう言った。

 

『自分に対してその"能力"は二度と使わない方がいいわよ。下手すれば貴女どころかレミィや私まで消し飛びかねない事態になる』

『対消滅、というものですか? しかしお嬢様とパチュリー様にまで何故影響が出るのでしょう? 私だけで完結するものでは』

『そんな単純な話じゃない。禁忌を犯す事の意味を理解できないほど貴女は愚かでは無いと思うけど? ──レミィにも言える事よ、因果を乱す行為は謹みなさい。世の摂理に反するなら相応の代償と歪みを負う。禁忌の存在が大きければそれだけ影響力は増大し、やがては──』

 

()()()()()()わよ」

 

 想起が無理矢理断ち切られた。思考に耽ってしまった己を律しつつ、咲夜は頭を横に振った。そうだ、パチュリーとの会話の時もこのような形でレミリアが乗っかってきたのだ。

 レミリアがそう言うのならば、そうなのだろう。これでその話題は終わりだ。

 

「そう、()()()()()()。歪みは強力な修正を受けて、時間を先へと運び続ける。寧ろ幻想郷の猛者の方々はその歪みを器用かつ無自覚に使いこなしている始末。それで一々世界が滅びていては身体が持ちません」

「仮に咲夜が消滅しようと、それに私が巻き込まれようと運命は緩やかに流れていくだけよ。ああ勿論、そんな運命はお断りだからちゃんと私達に先がある未来を選択させてもらってるわよ。帰ったらまたチェックしてあげる」

「お恥ずかしい限り……」

 

 結局そういう未来も有るのだろう。「迂闊な事はできないな……」なんて事を今更考える咲夜だったが、ほんの少しの違和感を覚えた。言葉の割にレミリアとさとりの表情が硬いのだ。

 

「与太話が過ぎた。こんな話で時間を潰しても仕方あるまいよ。帰るわよ咲夜」

「道中良からぬ輩に絡まれないようお気をつけて」

「躾がなってないわね古明地。地底の連中は格の違いが判らないほどに愚かなのかしら。暗がりの中で這い蹲る下賤の民は目が退化して私ほど高貴なる者のオーラすらも識別できないと?」

「いえ……地底というか、空の上から」

「上? 地底で空ってどういう──うべっ」

 

 ちょうど真上を向いた瞬間だった。エントランスの壁をぶち破り、凄まじい勢いそのままに飛来した碧色の弾丸がレミリアを巻き込んで諸共地霊殿を貫く。

 けたたましい轟音とともに館そのものが傾いた。

 

「助けないんですね」

「てっきりお嬢様なら既に把握済みなものかと。あっ、そういえばここ最近ずっと能力を制限してたわね。失念してました」

「貴女も案外いい性格してますよね」

 

 咲夜なりの意思表示というか、仕返しというか。なんにせよ微笑ましい関係のようで何よりだとさとりは思う。

 

 一方で当人のレミリアはうつ伏せにめり込んでおり、さらに例の飛来物に下敷きにされていた。その正体は勿論と言うべきか比那名居天子であり、頬が青白く腫れ上がっている。だがそれ自体は大して気にしていないようで、服の土埃を払いつつ、レミリアを踏み台にして立ち上がる。

 

「はてさて、また随分と飛ばされたわね。ここが地底の端かしら? うーん、あっちまで戻るのも面倒だし、こっちに来るまで待ってようかな。──あっ、お邪魔してるわ。家を壊しちゃって悪いわね」

「本当に悪いと思ってるならせめて態度で見せてくれませんかね……」

 

 尊大にふんぞり返る不良天人の態度に、さしものさとりも僅かな不快感を見せる。なお心の中では本当に曲がりなりにも『悪い』と思っているようなので、余計にタチが悪い。

 天子が地底で暴れている事は少し前から把握していたが、その時点ではレミリアとの対話の方が優先順位が高いと判断して目を瞑っていた。ただその判断は間違いだったかもしれないと、ほんの少しだけ後悔する。

 

『比那名居天子を野放しにするのは危険。今のうちに消しましょう』なんて事を大真面目な様子で常々言っていた紫擬きが妙に懐かしくなった。これでは彼女を否定することができないではないか。

 ざっと観察しただけでも能力、思想共に危険過ぎる。

 

「幻想郷のトップを探しているんですね。残念ですが地底で燻っていてもあの人を見つける事はできませんよ」

「なんで知ってるのよ気味が悪いわね。しかし話が早くて助かるのも事実! さあ幻想郷で一番強くて偉い奴を呼ぶといい!」

「は? 呼ぶわけないでしょう、ただでさえ面倒臭い状況なのに……。それより貴女、もう生きて日は拝めないかもしれませんよ?」

 

 脅し文句などではなく、本音から出た言葉。現状を冷静に鑑みれば天子のそれは正しく詰み寸前であり、彼女の取れる選択肢は時が経つごとに加速度的に消滅している。現にたった今、さとりの隣に萃香が妖霧から萃まり元の形へと成った。あと幾分かすれば地上から異変解決者の面々や賢者の手の者は勿論、騒ぎを聞き付けた交戦的な地底妖怪達も大挙して殺到するだろう。

 袋叩き不可避である。

 

「貴女にしては遅かったですね、萃香さん」

「ふん、私を侮るなよ。勇儀の奴を相手するのに少し手間取ってただけだ! ったく、負けの一つや二つではしゃいじゃってさ!」

「あらら、杯からお酒を溢してしまったのですか。ルールの上でとはいえ勇儀さんを負かすとは……今日は本当に忙しい」

 

 豪快に笑う勇儀の姿が想起される。自分を打ち負かす存在に久々に出会えて非常に満足したようだ。また、そんな彼女に関してうだうだ言う萃香であるが、吸血鬼異変の際、これまた自分をルール上で負かした美鈴に酷く感銘を受けていたりする。ここ最近立て続けに負けを体験できた故の慣れだろうか。

 

 何にせよ、萃香の到着により天子が生還できる可能性は限りなく低下した。天子の足下でプルプル震えている吸血鬼の王女もまた我慢の限界だろう。

 

 此処でなら確実に天子を消す事ができる。彼女の胸の内から読み取れる『秘策(緋想の剣)』については、彼女自身その力を完全に把握しきれていないので未知数ではあるが、自分(さとり)が対応すれば何ら問題はない。

 殺せる。だが本当にそれで良いのだろうか。一つの分岐点となる選択肢が己の手の内に転がり込んできた事で、さとりに迷いが生じる。レミリアが素直に能力を行使してくれれば迷う必要も無かっただろうに。

 

(迷うな。私は無意識に最善を目指そうとしてしまう癖がある。それで前回も、摩多羅隠岐奈にしてやられた。味方にできる可能性に賭けてしまったから、今こうして泥沼に陥っている)

 

 事実、隠岐奈や輝夜を地霊殿に招待したあの時彼女(隠岐奈)を説得して手を結ぶ事ができていれば、らしくもなく謀略を巡らせる必要はなかったのだ。全てが上手く運ぶ最善の可能性は確かに存在していた。だがそうはならず、利害の相違が幻想郷を二つに割る程の対立となって、最大の障害としてさとりの前に横たわる。

 可能性と自らの幸運を過信しすぎた結果が、最悪の失態に繋がった。

 天子で同じ失敗を犯すわけにはいかない。

 

「さて、比那名居天子。これは最後通牒になりますが……今すぐ踵を返して天界へ帰りなさい。これ以上の命の保証はできかねます」

「名前出身諸々なんで知ってるのよ。きっしょ!」

「天界は貴女の出身地じゃないでしょう?」

「ふむ、腕ずくで黙らせるしかないわね」

 

 煽りが刺さる刺さる。表面上は余裕そうに取り繕っているものの、内心かなり堪えているようで、怒りの炎で煮えたぎっている。

 天子の精神性は幻想郷の面々と比べてもかなり強固な方である。故に僅かな隙を突かれると大いに動揺するのは人の常というものか。

 

 そしてそれは彼女の足元にいる吸血鬼も同様なわけで。

 さとりに意識を向け過ぎたのだろう、不意に放たれた真下からの一撃に身体が大きく跳ねる。天井へと達するほぼ同時に高密度の妖力弾が天子へと殺到、立ち昇る紅蓮の爆炎となり地霊殿どころか旧地獄を覆う地盤そのものを吹き飛ばしかねない破壊を一身へと放ち続ける。

 怒り心頭に発するとはこの事だ。

 

「舐めた真似してくれたじゃない……。私をここまでコケにしたのは貴様で12人目よ巫山戯やがって……!」

「うふっ」

「おい今お前(さとり)笑ったな?」

 

 顔をぶかぶかの袖で覆い隠しつつ首を横に振るさとり。なお肩が小刻みに震えていた。自分の隣で「ひいふうみぃ」と、指を折り曲げる従者と合わせてレミリアをさらにイラつかせる。

 神槍(グングニル)の矛先を危うく二人に向けかけたが、理性を働かせて無理やり衝動を抑え込む。まずは比那名居天子の誅殺からだ。

 

「どうやら地上まで飛んでっちまったみたいだねぇ。どうするよレミリア。地上はまだ太陽が照ってるが、お前も追いかけるかい?」

「当然。太陽なんか障害にすらならない、10秒あれば幻想郷を再び紅霧で包み込んでやるわ。むしろ奴の始末は私がやる。酒臭い呑んだくれは大人しく地底で酔い潰れてなさい」

「それがそうはいかないんだよなぁ。紫からの頼まれごとだし、鬼として最低限の顔は立たせなきゃなんないからさ」

「ふーん、またアイツか」

 

 最低限の会話後、二人は紅白の霧となり地上へと流れていく。続いて咲夜もさとりに会釈し後を追いかけるようにその場を去った。

 残されたのはさとりと燐、そして怖がって館の隅に隠れているペット達だけ。

 

「お燐。私は地上に向かうから、貴女は館の後片付けと、地上に出ようとする妖怪達を押し留めなさい。土蜘蛛(黒谷ヤマメ)なんかを野放しにした日には後が酷くなる」

「御命令とあればそのように。……あとさっきから何故かお空が見当たらないので、探したいんですけど、まあその、人手が……」

「ゾンビフェアリーの使役を許可する。そうね、ついでに数日ばかり館を空けようと思うから、代理の執務もお願いね」

「うげっ」

 

 ペットの気持ちが分からぬ主人ではない。しかし事態が事態、半ば押し付けるようにして、古明地さとりもまた忌み嫌った地上へと向かうのだ。

 




長くお待たせした割に後半が何やらとっ散らかってますが、幻マジの世界観を語る上で結構大切な事だったりするので回想にパチュリーまで出張ってもらいました。
要点としては
・同じ世界線に二人同じ人が存在するのはアウト!禁忌だよ!
・禁忌だけど世界自体はなんだかんだ何事もなく前に進んでいく。因果やらテコ入れやら記憶の層やらで上手く歪みが修正されるらしい。その過程で禁忌を犯した当人に悪影響が及んでもそれは運命の一部。罪を受け入れよう!
・何事も起きない。


※虹龍洞は潰れました。

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