幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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反省してます()


東方トリプルハーミット(後)*

「えーっと、どこに仕舞ってたっけ」

 

 天界にその名轟くとまで言わしめた貴重な品々を乱雑に放り投げ、宝物庫を見るも無残な姿に変えていくじゃじゃ馬天人。

 これだけで比那名居家が数回破産しそうな額が吹っ飛んでいるのだが、天子の認識としては祭事だかなんだかに使ってる変なモノ。古めかしい、つまらないといった程度のものであり、壊してしまおうが大した損失ではない。

 

 それよりも目的の物である。アレがあれば色々と派手なことがバンバンできるようになり、はたての説得も恙無く成功を収めることができよう。なんたってあんなにカッコいいんだもの、アレに心を揺り動かされない者がいるはずがない。

 

「おかしいわねぇ。使用人の誰かにそれとなく聞いてみようかしら。いやでもなぁ。警戒されてるかなぁ」

 

 というのも実は天子、少し前にその例のブツを勝手に持ち出して遊び呆けていたことがある。その結果として龍神様の怒りを買ってしまう事になり、比那名居家は各面々に頭を下げる羽目になったのだ。

 本来であれば天界から追放されかねない大失態。一同大いに肝を冷やしたものだが、天子のあまりの危険度を再認識した天界の重鎮達は刺激せぬよう軽い謹慎程度で赦した、という経緯がある。なおそれでも天子は不服だった模様。

 

 まあつまりそういう事があったので使用人は多分ありかを教えてくれないだろう。もしかしたらこの宝物庫から移されている可能性すらある。

 

 その後もしばらく漁ってみたものの、見つかる気配はない。飽きっぽい天子にたった一振りの剣をこれ以上探す気力はなかった。

 

「仕方ないわね。一旦ほたてのところに戻って策の練り直しとしましょう」

 

 ため息一つ吐き出して、宝物庫からいそいそと退室する天子。周りに気づかれないよう神経を研ぎ澄ませ、ゆっくりと慎重に、はたての隠れている物置へと向かおうと歩みを進める。

 だがそれは思わぬ形で中断されることになった。

 

『お前さん、えらく頑丈だね? 霊力も申し分ない』

 

 突如耳元を通り過ぎる聞き覚えのない声。こそばゆさに顔を顰めると、煩わしそうに腕を振るう。感触はないが、何かが在ったのは分かる。

 声は聞こえないが、代わりに外の喧騒が数分前より幾分か増している。先ほどの声の主が少なくとも原因の一端を担っているのは明らかだろう。

 

「いいわね! 話題が連鎖していくこの感じ! 非常に善い!」

 

 これもまた日頃の行いの賜物だろうと一人勝手に納得し、壁を蹴り破って外へと飛び出す。そこかしこに魔力を伴った霧が蔓延しており、何人かの天人がバタバタと何かから逃げるように宙を泳いでいる。日頃惰眠を貪っている連中が慌てている姿は珍しいと同時にスカッとする。

 なにより興味を惹いたのは彼等を慌てふためかせているその存在である。まるで単細胞生物のように分裂し、数を増やしながら愉快げな様子で追い立てている。

 

 と、目の前の霧がギュッと凝縮され、固体となり、形作られる。そして頭から生え出ている二本の長い鋭角に気付いた。太古より人間と相対してきた最強の存在の証に。

 

 天子は自分でも口の端が大きく吊り上がる様を感じていた。そうだ、自分はこういうのを待ち侘びていたのだ。

 

「さっきぶりー。ふふ、どうやら天界にも面白そうなのがいるみたいだね。さっきのはどうやったの? 霧の私が一気に消滅しちゃったんだけど」

「あら? 耳元で騒めく羽虫を追い払うのに特別な方法が必要かしら。甚だ疑問である!」

「んー……気概やよし。紫はどう思うか知らないけど、私としては合格だ。後は、多少荒波に揉まれても壊れない程度の頑丈さかな」

 

 天界の澄んだ空気を一瞬で澱ませるほどの濃密な妖力。そのあまりの密度に周囲が歪んで見える。

 準備運動のつもりだろうか。鬼が肩を回し腕を振り払うと、空圧だけで地面が抉れ飛ぶ。太古より数多の衝撃を弾いてきた天界の土壌すらも、この鬼の前では無力ということか。

 

 面白い。

 げに、面白い! 

 

「それで遙々天界まで何の用でしょう? 来客の予定は生憎聞いていなくて」

「幻想郷に人を萃めにきたのさ。うちのトップの選考基準を満たせる程の狂った天人をね」

「なら全員連れて行けばいい。ここの者はみんな狂っているから」

「ほう、なるほど。お前さんは程よく狂えてるみたいじゃないか」

 

 胸内から込み上げる衝動。

 この時点で二人の戦闘は成立したようなものだ。

 

「天に仇なす化外の妖よ。お前の目的がどうであれ手段が『それ』であるならば。この比那名居天子、お前を討ち取らねばなるまいよ!」

「いいねェ。幻想郷の外にも探せば居るもんだ! 蛮勇極めし天人よ、私に挑んでその力を示してみせろ!」

 

 天界の為、友の為。

 互いに建前の大義名分を吐き捨てた。

 

 ここからは快楽のぶつけ合いだ。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「──で、なんで天狗がこんな所にいるのさ」

「あばばば」

 

 一方その頃、はたては面食らっていた。天子の帰りを待っていたところ、現れたのはかつての上司であり、天狗にとって永遠の恐怖の象徴。

 久しぶりに外部の者と接した事も相まり、はたてはパニックに陥っていた。長年の影武者生活の賜物か顔にはほぼ出なかったものの、隠しきれない恐怖が口から泡となって溢れ出している。天魔というガワに包まれていた時の安心感が急に恋しく思えた。確かに窮屈さや鬱憤は無視できないほどの苦痛ではあったものの、はたてを守る為の一種の防護服であった事も事実。

 

 約800年ぶりに身一つで外界に身を委ねた挙句、一番最初に相見えた相手が伊吹萃香なのだ。それは些か酷が過ぎるというものだろう。

 

「うーん? 私たちどっかで会ったことあったっけ。最近新しい顔を覚えることが多くてねぇ。旧いのはどんどん薄れちまうからいけないや。お前は私のこと知ってる?」

「知りません初対面ですお命勘弁!」

「おっ、なんか懐かしい感じ」

 

 この妙に鬱陶しい反応で、目の前の天狗には自分に関する情報があることを確信した。それにこの風貌、何故か記憶に引っかかる。

 なんにせよ面白そうな奴は全員しょっぴくに限る。ひとまず鎖で拘束して、紫や射命丸あたりにでも顔見分させてみようかと。

 

 己の手足を拘束する超重量の鉄の縄。莫大な質量を誇るそれでさえも鬼の剛力の前には紙切れ同然。容易く手首で操ってみせながら、不気味な風切り音を残し、はたてへ向けて投擲する。

 寸分違わぬ精度で烏天狗の象徴とも言える黒翼へと迫るが、はたてはこれを回避してみせた。腰が引けており不格好な回避ではあったものの、萃香の鬼縛術から逃れる事は至難の技である。それを成し遂げただけではたての動体視力が常人ならざるモノである事が見て取れる。不格好だが。

 

「へえ、やるじゃん。これを躱せるのなんて、天狗に3人といないだろうに。目がいいのかな? それとも持ち前のスピードかな?」

「まぐれっ! こんなの偶々ですってぇ!」

「私の技が『偶々』躱せる程度のものと、そう言いたいのか?」

「滅相もないです!」

 

 理不尽の嵐にべそをかきつつある自分の顔。いつもならお馴染みのポーカーフェイスに徹することもできただろうが、久々の自由に浮かれ天子に警戒の壁を壊されてしまった為か上手く制御できない。心の余裕がはたての数少ない武器を瞬く間に錆び付かせてしまったのだ。

 

 遊戯を愉しむかのように鉄を振り上げ、はたてを追い詰めんと連続して投擲する。超質量の物体が鼻先や衣服を掠めながら眼前を通り過ぎていく。すんでのところで避けても、物体の衝撃までは躱すことができない。ソニックブームに上下左右揉みくちゃにされながら、時世に翻弄され続けた自分の惨めな妖生を振り返った。

 

 椛や文のように確固たる意思と立ち位置を確立できていれば、多少はマシな妖生を送れたのかもしれないと、何度目か分からない後悔を募らせる。

 

 

 

 はたては名家の出身だった。

 天魔と血の繋がりが近く、さらに天狗が永年待ち望んでいた『特別な力を持つ存在』であったため、幼い頃から管理された環境下で育ってきた。次期天魔候補として、同じく特別であった文とともに英才的な教育を受けたのだ。

 なお椛は身分の関係で二人と同じ教育を受けることはなかったが、彼女もまた特別。自然と惹かれあったというべきか、合間を縫ってはよく3人で過ごしていたような記憶がある。

 

 3人に共通していたのは自らの理不尽な環境下に憤る心、そして天狗以外の種族とも仲良くしていかねばならないという協調路線だった。それは特に文が顕著であり、椛は同意こそしていたものの完全に納得はしない、そんなスタンス。なおはたてはその中間、つまりどっちつかずだった。

 

 文と椛はたびたび何かに付けては言い争っており、その度にはたてが仲介に入った。基本的に強引な気質である文と椛だが、はたての言う事は何故かよく聞いた。天然物の善性を持っていたはたてをあまり困らせたくなかったのかもしれない。そんな彼女も時々文とは喧嘩する事はあったが、最後には仲直り。基本、3人は仲良しだった。

 

 はたてが名家の出身であったこともあり、(暴れ烏)(猛犬)を手懐けたとして組織からの評価も高い、そんな3人組だった。天狗の未来を担う3人に対して、天魔も時折気に掛けていたという。

 組織に対して反感を燻らせていた3人だが、天狗という種族である事には確かな誇りを感じており、故に天狗を全盛期へと導いた天魔は憧れだった。

 

 あの頃の文は自分のやりたい事を為すため組織の重鎮或いは天魔を目指していたし、椛は天狗を守る盾となる事を望んで研鑽を重ねていた。はたても漠然とみんなの役に立つ事がしたいと思っていた。

 実際、組織の見立てでは次期天魔は文かはたてになるだろうと考えられていたようだ。実力、家柄ともに申し分ない。強いて言うなら実力面や知略では文の方が何歩か上手だったのだが、家の品格では射命丸よりも姫海棠の方が上だった。また天魔の血族である事もあり、はたては体格顔立ちと天魔に似通っていた。故に自然と求心力も集まり易くなるだろうと目されていた。

 

 3人の夢の原型にはやはり天魔の影響があった。全ては天狗(仲間)を守る為に。魑魅魍魎の跋扈するこの理不尽な世界を最大限に生きていく為に。

 

 だが妖怪の山の覇権争いが激化し、天狗がなりふり構わない行動を始めると、3人の運命は大きく歪んでいく事になる。

 さとり妖怪が族滅の憂き目に遭ったその日から、文は組織と距離を取るようになった。単独行動・命令無視が増え、時に組織からは利敵行為とも取られかねないような行動すらしていた。

 物事には目敏く反応し、的確な判断を下す文がまさかと、はたても大いに驚いたものだ。この時点で文は天魔候補から外され、はたての一強となる。

 

 椛も自らの行いに日々疑問を呈しながらの、苦悩に満ちた日々を送っていた。だが憧れを疑いたくない気持ちが強かったのだろう。最終的には目を覆いながら、剣と盾を構え続けた。

 

 自分は如何だろうか。

 そう、確か哀れに思ったはず。生まれつきの念写能力で山に住む妖怪の暮らしを秘密裏に覗き見ていたはたてにとって、天狗の手で殺されていった者達は確かに生きていた。自分たちと同じように精一杯、頑張って生きていたのだ。

 天狗のみんなは何も知らないだけなんだ。だから争いを止めないんだ。そう信じてやまなかった。自分があの妖怪たちの実情を広く伝えられれば何かが変わるんじゃないかと、妄信すらしていた。文もそれに近い事を考えていたようで、将来は互いに新聞屋となりダブルスポイラーとして競い合おうと誓い合ったりもした。

 故に、悲しかった。だが、実感に乏しかった。

 

 常に前線に出ていた椛や、たびたび管理から抜け出していた文はそういった妖怪たちと直に触れ合い、友誼を結んだりしていた。だからああして悲しみに暮れているのだ。

 

 自分は如何だろうか。

 勝手に哀れんでいただけだ。何もできなかった。

 世界が恐ろしくて仕方がない。伝聞だけで自分に齎される耳を覆いたくなるような惨状から目を背けるしかなかった。

 沢山の思想、沢山のリアリティ、沢山の謀略。何も感じ取らないまま自らの心を埋め尽くす虚像の群れを恐れ、引き籠り続けたのだ。

 

 椛から「天魔が殺された」と、そんな報告が齎され、仕方なしに代役として自分が立てられてからもそれは変わらなかった。

 姫海棠はたてはこの日を以て死亡した事になり、天魔へと挿げ替わった。

 念写能力の応用で脳内の虚像を身に纏い、上層部の意のままに発言し、都合が悪くなれば黙秘を貫き、八雲紫と延々対立し続けるだけの仕事。

 

 天魔という殻に篭り続け、一人天狗の心情改善に努める文や、安全保障を一身に担い続ける椛の優しさに甘えているだけ。

 親友の心が自分から離れていっているのを強く感じる。だがそれでも自分の意思を持てず、周りに流されるまま、贖罪の言葉を呟くことしかできない。

 

 自分は善い天狗などではない。

 目先の楽ばかりを追い求め、何一つ行動を起こす事ができないただのクズだ。

 その点、はたては八雲紫が羨ましかった。

 佇まいや貫禄はさる事ながら、賢者として皆を導こうとするその気高き思想。そしてそれを最も容易く実行し、成し遂げていく行動力。全てが羨望の的だ。

 彼女から学べば自分も強くなれるかもしれないと考え、一時期はその行動を逐一念写して観察していたこともあるくらいだ。

 

 ……一部。()()()()()だけ、おかしな部分も見受けられたが、大半は大いに参考になったと思う。いや、むしろその()()()()()()はたてにとって大きな励みになったと付け加えておこう。

 

 表面上では八雲紫に敵対的な事を口にしつつも、内心では天狗をどうにかして欲しい。そしてあわよくば自分をこの残酷な世界から救い出して欲しいと、心の奥底では願っていたのかもしれない。

 

 だが講和会議(八雲紫の引退)の件があり、その願いも潰えた。若干の失望はやがて絶望となってはたての心を埋め尽くし、さらには椛からの発破や、自らの胸に急に込み上げてきた叛骨心もあり、ついに行動を起こすに至ったのだ。

 もはや手段と目的は逆転した。天狗の暴走を止める為に新聞記者になるはずが、それしか逃げ出すための動機を作れなかった為に、無意識のうちに手段を目的として据えていた。

 

「私は新聞記者になるんだ。文の『文々。新聞』みたいな新聞を書くんだ」

 

 そんな事を上の空のように呟きながら、天界に逃れた。自棄に陥っている面もあっただろう。事実、せめて文と椛に最大限迷惑を掛けない形での幕引きがベストだろうとは考えていた。

 

 だが天子に出会った。彼女ははたてに新たな道を示したのだ。大きな決断を伴う方法ではあるが、天狗を救うかもしれない方法を。

 ようやく芽生えかけた希望。汚泥に塗れた自分の道のりに咲いた、数少ない蓮の花。摘み取るわけにはいかない。

 

 昔のように笑いたい。

 ただそれだけ──たったそれだけの願い! 

 

 

 

「う、うおあああぁっ!!」

「うわ」

 

 自身を中心に暴風を発生させ、鎖の返りを撹乱。怒涛の攻撃に乱れが生じたのを見逃すはたてではない。僅かな隙間を縫うように高速飛行し、萃香の目線を一気に振り切る。

 烏天狗は元来疾い妖怪。その烏天狗であるはたてが遅いはずもなく、むしろ妖怪の山では悠々No.2を名乗れるほどの速さの持ち主だった。はたて自身は速さに自信など微塵も感じていないが、それは比較対象(射命丸 文)が悪かっただけ。

 萃香の虚を突くには十分過ぎるほどの速さは備わっている。

 

 暴風に乗ったはたての速度は亜光速に達し、回転力と共に一撃の威力を大いに高める一助となる。放つは全てを刈り取るジェノサイドカッター。

 音を置き去りにした一撃は空間ごと萃香の頭ごと首を抉る。はたてを基点に円月状のソニックブームが辺りを両断。天界の遥か彼方の空までもを消し飛ばす。

 

 首から上を失った萃香の身体はぺたんと膝を付き、そのまま霧となって消えた。

 

「は、はは……どうよ文。私だって、やろうと思えばできるもんでしょ……?」

 

 数百年ぶりの負荷もさることながら、かの伊吹萃香の顔を蹴り飛ばしてしまったことへの精神的負担は凄まじく、身体の震えが止まらない。

 はたては知っているのだ。いま自分が消し飛ばした萃香は分身の一体に過ぎず、当の本体にはほんの少しの痛みに過ぎない事を。

 

 これから起こる出来事をすでに予見していたが故の恐怖。だが動かずにはいられなかった。

 

「やるねえ天狗。私の残機を一つ減らすなんて凄いことだよ。誇るといい」

「きょ、恐縮の至り……」

 

 当然のように現れる追加の分身。しかも今度は五体用意されていて、念入りにはたてを取り囲む形で陣取っている。この数と位置では先ほどのように萃香の目視を振り切ることはできまい。

 萃香達は分身を消されたことなど全く気にした様子もなく、ただただ面白い玩具を見つけたことへの喜色の笑みだけを浮かべていた。

 

「ますます興味が湧いた! 私は強い奴が大好きだ!」

「天狗であるお前さんを賢者にはできないだろうが、このまま放置するには惜しい。だからなんとしても紫の元に連れて行く!」

「喜べ天狗。お前は今日から百鬼夜行の仲間入りだ」

 

「いやほんと、勘弁してください……」

 

 悲痛な叫びも鬼には届かず、問答無用とジリジリ距離を詰めていく。まるで怪鳥(けちょう)捕物(とりもの)のようだな、なんて事が頭をよぎる。

 もし文ならば、この絶体絶命の窮地でも、いつもの飄々とした態度で容易く切り抜けてしまうのだろう。もし椛ならば、その身の精魂尽き果てるまで、咆哮をあげながら戦い抜くだろう。

 

 少しでもあの二人のように、どうか。

 なけなしでもいい。奮い立つほどの決意を──。

 

 

「無礼至極! 失礼千万! 私の客人に手を出すとは良い度胸であるッ!」

 

 飛来した人の頭ほどの大きさの石礫が萃香を押し潰し、天界の遥か下へと沈み込ませる。分身体たちは石礫の発する振動エネルギーの前に形を保つことができず、粉々に霧散していく。

 異常を感じ取ったのだろう、即座に新たな分身体が出現するも、それは数秒と経たずに繰り出された天子の拳によって、元の妖霧へと叩き潰された。

 

 耐久力は著しく脆くなっているとはいえ、その他諸々は全て伊吹萃香である。それを天子は、尽く一撃で粉砕していた。

 

「悪いわねほたて! 遅くなった!」

「……つっよ」

 

 天子の予想外の強さに唖然とするしかなかった。確かに並ならぬ霊力は感じていたし、幻想郷を制圧するなどという大口を叩く程度の実力はあるんだろうと見積もってはいた。だが、これは──。

 

「こりゃとんだ掘り出し物だ」

「天界なんかにこんなのが居たなんて」

「前までは居なかったろう?」

 

「ほうお前、今回以外も天界に来たことがあるのか。何を隠そうちょっと前まで謹慎中だったからな! 何も知らずノコノコと喧嘩を売りに来てしまったことを後悔するが良いッ」

 

 再び生成された萃香の群れが天子に殺到する。質と数、それぞれを兼ね備えた暴力の嵐だった。もしはたてがあの中に居たのなら、ミンチどころの話じゃないだろう。骨のひとかけらすら残してはくれまい。

 

 結論から言うと、それらは悉く天子の身に纏う【鎧】によって返り討ちになった。

 鎧袖一触とはまさにこの事で、萃香だったモノが辺りに散乱し、霧となって空気に爆ぜていく。朦々と立ち込める妖霧をバックに天子は腕を振り上げた。

 

「爾触れること能わず! 地上で鍛え直すといいッ」

 

 天人とは元来頑丈な生き物である。仙桃を食らうだけで鋼の身体が手に入る、それが生きとし生ける者の中で最も高貴な天人にのみ赦された特権だ。

 だが天子のそれを通常の天人と比べるのはあまりにも烏滸がまし過ぎるだろう。

 天子の表皮──【鎧】はありとあらゆる矛をへし折る。古豪という言葉すら生温い鬼の拳を跳ね返してしまうのだ。あまりにも硬すぎた。

 

「ふん、しぶといわね。いくら潰しても次から次に……面倒臭いったらありゃしない。なあほたて、こいつがお前の言ってた山を牛耳ってる腐った奴か?」

「えっと……元ね。ずっと昔に地底に潜っちゃったはずなのに、最近戻ってきたとかなんとか。あと私はたてね」

「ほう──なら、こいつにも一抹の責任くらいはあるわけね。で、どうなの? こいつは幻想郷においてどの程度の立ち位置の奴なの? 強い方なの?」

「強いなんてものじゃない! 最強クラスよ!?」

 

 思わず目を剥きそうになった。伊吹萃香の強さなど疑いようもない。自分が幼い頃から山のみならず妖怪のトップをひた走り続けてきた生ける伝説である。

 拳を交えたにも関わらずそんな事を言ってのけるその胆力に驚きを隠せない。だがその一方で天子の感性を徐々に理解しつつある自分もいた。

 天子は萃香と同時に、自分を測りかねているのだ。先の発言を鑑みると、自分が頂点である事に対しては疑いを微塵も抱いていないようなのだが、それでも動きの一つ一つが身体能力に対して僅かに緩慢に見えた。

 

 萃香の分身群を一蹴する程の強さを持った天人。しかし、自分の実力は真に把握できていない──。

 危険すぎる。

 

「こいつで強い方なのね。あはは、なら分かったでしょう? 幻想郷なんて私の手にかかれば一瞬で制圧できちゃうってことが!」

「いや、でも……」

「えーっ、まだ心配なの? 中々頑固ねぇ。やっぱり緋想の剣を見せるのが手っ取り──」

 

「おうおう、私を前にして談笑するなんて良い度胸じゃないか。それになんだって? 幻想郷を制圧するだと?」

 

 豪腕が宙を叩く。

 

「笑わせるな。この伊吹萃香様にできなかったことを、戯れを勝負だと勘違いしている天人小娘如きに成せる訳があるまいて」

 

 天子の懐に滑り込んだ妖霧が質量を持ち、軽々とその身を天へと突き上げる。カハッ、と。肺の空気が僅かな吐瀉物とともに天子の口から漏れ出た。

 並みの妖怪ならこの時点で即死しても大量のお釣りが来る。だが鬼は容赦しない。

 即座に実体化し天子の腹に馬乗りになると、顔面に勢いよく拳を振り下ろす。天地が引き裂かれ、鉄板をへし折るような音が天界に響き渡る。

 

「ほれどうしたよ。こんなんじゃ幻想郷の新参蝙蝠すら倒せやしないよ?」

「こんの……!」

「おっと」

 

 天子の繰り出した拳は容易く受け止められた。

 

「実体! ということは、本体ってわけね」

「ご名答! お前の存在に我らが指導者サマが大いに期待を寄せているのさ。私の分身を一蹴できたのはいいアピールだったよ」

「ふぅん。アピールね……?」

 

 湧き上がる激情を一旦堪えて、自分に跨るふざけた鬼の真意を探る。気になったのは『指導者』というワード。思えばこいつはたびたび自分は何者かに指示されている事を仄かしていたようにも思える。

 これほどの妖怪を顎で使役するほどの者が幻想郷を牛耳っているのか? なるほどそれがほたての言っていた敵かと、天子は一人納得した。

 

 ならばこの程度の鬼に構っている場合ではないようだ。

 にやりと、太々しい笑みを湛える。

 

「ほたて! ちょっと頼まれてくれるかしら?」

「はたてね! 言っとくけど助太刀は嫌よ!?」

「必要ないわね! とある失せ物を探して欲しいだけよ。お前念写が使えるんでしょう? その失せ物の名前は『緋想の剣』」

 

 そこまで言い切ると、上半身を持ち上げ萃香の胸ぐらを掴み上げる。

 

「私は先に幻想郷に行ってるわ! 頼んだわよほたて!」

「んぅ? お前さん何を──ッ!?!!?」

 

 刹那、萃香と天子は超重力に押し潰され、天界からロスト。要石の土壌を破壊し、真っ逆さまに巨大な質量とともに落下していく。

 その正体は天子が即座に生み出せるものでは最大級となる要石。自分ごと萃香を巻き込み、最悪の形で幻想郷を目指す。

 

 こんなものが幻想郷に落下すればタダじゃ済まないに決まってる。下手すれば地上の生物全てが死滅しかねないほどのエネルギーが無制御に暴れ回るだろう。

 そこまで分かっててこんな攻略法を思いついたのなら、とんでもない事である。真相はどうであれ、比那名居天子の狂気を見誤ったか、と。萃香は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

 

「あっはっはー! 天地開闢のエネルギー、とくと堪能あれってやつよ!」

「んなぁ、無茶苦茶しやがってぇ! お前これ、洒落になんないだろおお!?」

 

 昔は幻想郷の破壊を目論んだ事もある萃香だが、今となっては守護者の一人である。なんとか幻想郷へのダメージを軽減しようと要石を空中に留めんとする。

 だが、そんな萃香の努力は徒労に終わった。

 

「ブッ潰れろぉおおおおおお!!!」

 

 着弾地点は──何の因果か、妖怪の山。中腹外れにある守谷神社のちょうど真上だった。なお早苗と神奈子は()()()()人里に布教活動に出ていたため、この時守谷神社は無人だったそうな。

 音を置き去りにした巨大要石は守谷神社をどころかその周りすらもを押し潰し、貫き、微塵に破壊する。さらに着弾しても勢いは収まる事を知らず、山肌を突き抜け、ついにはマグマ溜まりに達した──。

 

 要石の真価とは、大地に挿すことで地震を鎮めることにある。しかしそれに伴う副産物というべきか、再度要石が引き抜かれた際には、とてつも無いエネルギーを放出し、地底プレートの動きを待たずして地震を発生させるのだ。

 

 不幸だったのは、天子の巨大要石がマグマ溜まりすらも突き抜けて、幻想郷の地下に広がる旧地獄世界にまで到達してしまった事である。

 要石の地震エネルギーはマグマ溜まりに残り、地底へと突き抜けた時点で放出。

 結果マグマ溜まりはエネルギーの飽和を迎え全方向へ噴火──即ち、妖怪の山全域を飲み込む大爆発を起こした。

 

 

 

 なお、後に事の顛末を聞いた八雲紫は、その場に崩れ落ちたという。

 

 




口調が安定しない天子。これは緋想天と憑依華を反復横飛びしてますね……
まあ天子自身も人前でどういうキャラでやっていこうか試行錯誤中なのだと解釈してます

はたてに関しては原作よりもかなり気弱かつ内向的になってます。早苗さんと同じく環境さえ整えてあげればすぐにはっちゃけ出すと思われ
能力は念写であり、本来なら他人の撮った写真を横取りするようなものですが、幻葬狂仕様になると、自らの脳にあるビジョンをそのまま現像することができたり、第三者の眼をレンズに見立ててそこから念写できたりと結構多彩

なお本編中にもあった通り、はたてはちょくちょくゆかりんの事を念写してます。時々ゆかりんが何もない空間に向かって「貴様、見ているなッ」とDIOみたいなことを言ってた時などですね。なおトイレの中まで盗s……念写してますので、嘔吐タイムなんかも地味に把握済み


今回チラッと話に出てきた龍神について。原作幻想郷では存続そのものに関わっているほどのビッグネームですが、今作幻想郷では御察しの通り関わっていません。むしろ関わりを閉ざしてます。触れたくないんでしょうね(白目)
実は遠い昔に『大百足』という妖怪に敗北してたりしてます。そしてその大百足の主人はリグル・ナイトバグさんです。はい解散


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