幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
幻想郷は変革の時を迎えようとしていた。
八雲紫による唐突な宣言が変革の引き金になったのは確かだが、自ずと歪みは拡大し、拡散し、やがて限界を超えてひしゃげていたことだろう。
新たな勢力の参入、八雲紫の元に一極化されていく権限、急速に色を失っていく旧来の者共。潮流ともいうべき時代の変遷は、もはや避けられない。
変化に追いつかぬ者は淘汰されるのが世の常。生き残る為にはそれ相応の『努力』が必要となろうが、それ以前の問題を抱えた者たちもいる。
それが天狗……妖怪の山の覇者達であった。
統治制度や技術はともかくとして、思想があまりにも太古に取り残されていたのだ。その未開さに摩多羅隠岐奈などは「800年周回遅れ」と彼らを揶揄した。
だが存外、それで成り立っていたのも事実で、幻想郷の一大勢力として名を馳せる事ができたのは、その『未開さ』のおかげでもあった。
天魔一極主義──それが天狗の歪み。
既に存在しない虚像を神輿とした苦肉の策。当初はあくまで時間稼ぎの為の処置だったはずなのだ。時間が経てば徐々に新体制へと移行する為の繋ぎ。
誤算は、天魔の影響力が死してなお根強かった事、そして影武者の精度があまりにも高過ぎた事だった。
上層部への報告を終えた犬走椛は、難しい顔のまま警備部の屯所へ戻り、部下達へ無理難題といえる指令を課していた。
その内容とは、天狗領外へ逃げ出した裏切り者を捜索し、生きたまま連れ戻す事。そしてその際一切の狼藉は禁止、各勢力を刺激しないよう穏便に協力を要請し、なんとしても任務を遂行する事。
河童との内戦が終結したばかりで、妖怪の山の情勢は今なお不安定である。幻想郷の各勢力の動きも活発化している。その矢先にそんな指令を出された白狼天狗は憤慨した。その矛先は目の前の椛ではなく、上層部に対してだ。かねてよりの不満も合わせて噴出した形になる。
「犬走隊長! 上層部は正気とは思えません!」
「たった一人の逃亡兵の為に何故そこまでのリソースを割かねばならないのですか!? 今すぐ命令を撤回させるべきです!」
「……気持ちは分かります。正直、私にも思うところがあるのは確かです。しかし、我々が任務を怠れば天狗は真の凋落を迎えてしまう。それだけは何としても避けなくてはなりません」
あくまで現場の妖怪である椛には、部下の白狼天狗達の想いが痛いほど伝わっていた。彼等は何も知らされず上の言いなりにならざるを得ない立場であり、殉職の割合も他の部署に比べ段違いに高い。
それでも白狼天狗には誇りがあった。天狗という一括りの種族、それだけが白狼天狗を山に繋ぎ止めている鎖なのだ。
だが今回の指令はそれをも破壊しかねない。各勢力の内情を表立って嗅ぎ回るのだ。それを穏便に済ませようというのだから、右に左へと謙るほかあるまい。
風見鶏な烏天狗はまだいい。あいつらにとって謙る事など朝飯前だろう。だが、誇りを重んじる白狼天狗には何にも代えがたい仕打ちといえる。
適材適所とは程遠い、明らかな編成ミスだ。だが天狗社会は下位の奉仕によって成り立っているトップダウン方式。そもそもの話、白狼天狗が動かなければ何も始まらないのだ。
「私の千里眼では見つからない……それ即ち何者かの妨害が入っています。故に、あなた達の力を貸して欲しい」
椛は勢いよく頭を下げる。勢いに負けた狼耳がへたりと垂れ下がった。
「私の不甲斐なさを許してください」
「や、やめてください犬走隊長。私たちはこれっぽっちも貴女を恨んでません。……恨むべきは奴らと、隙間妖怪!」
「気持ちは分かりますが、反感は彼方からの疑念に繋がります。我々の本懐を忘れてはなりません。いいですね?」
声を潜めて、しかし力強く部下を咎めた。
犬走椛は忍耐を重んじる天狗である。今はまだ雌伏の時であると、そう諭すのだった。
その後、白狼天狗は数組に分かれて幻想郷に各自散っていく。担当地域はくじ引きで決定したのだが、人里を引き当てたグループが喜びに打ち震え、逆に紅魔館を引き当ててしまったグループが阿鼻叫喚の嵐に包まれたのは言うまでもない。
なお椛は八雲担当である。
各班を見送りつつ、椛は思案に耽けた。実は今回の指令の真意について、椛は全てを知る立場にあった。上層部が必死になっている意味も理解できる。
だが正直なところ、椛の心には迷いが溢れていた。
件の彼女が妖怪の山から逃げ出したという報告を聞いた時、驚き、怒り、後悔と同時に『嬉しさ』があった。ようやくあの束縛から逃れてくれたのかと安堵すらした。
講和会議での一幕。
皆が一様に八雲紫を非難している時、椛の怒りは別へと向いていた。自分が守るべき対象へと鬱憤をぶつけていたのだ。
歯痒かった。
彼女の脆弱な決断力さえ改善できていれば、同胞は死なずに済んだのかもしれないと。
若しくは凋落とは無縁な繁栄の中で、名誉ある死を迎える事ができたのではないかと。
好ましく思っていたはずの彼女に向けて憎しみすら抱きかけた。筋違いなのは百も承知。彼女は紛れもない被害者である。だが椛の行き場のない怒りの矛先としては、彼女が適任すぎた。
……もし彼女を、はたてを見つけたのだとしても、連れ戻す事はないだろう。もう二度と妖怪の山に足を踏み入れて欲しくない。部下達には悪いが、この一件は自分と文で揉み消すつもりだ。
はたてへの怨みが原因ではない。天魔という存在に徹底的に向いてないはたてを救い出すための処置。故に、講和会議の場でつい発してしまった自分の恨み節で逃げ出してくれたのなら、ありがたいことだ。
『どうかお幸せに』と。
椛は願うことしかできない。
在りし日の過去、そしてかつての友を思う。
「3人ならどんな困難だって飛び越えていける」──そんな事を言ったのは誰だったか。文か、はたてか、椛か……はたまた天魔か。
今となっては叶わぬ夢。
文は天狗を見捨て、はたては天狗に囚われ、椛は天狗に従った。あの時、全てを捨てて3人で逃げ出していればどんなに良かったか。
だが椛には天狗を見捨てる事などできなかった。
破滅の引き金は自分が引いたのだから。
天狗が最盛期を迎え──同時に終焉を迎えたあの日。
椛はこの
自分達の憧れだった天魔が、殺される瞬間を。
天狗の夢が崩壊し、天狗以外の皆が祝福するだろうあの出来事。それは今も椛の心を雁字搦めに拘束している。
*◆*
「美味しいなぁ、美味しいなぁ! こんなに瑞々しくて甘い桃食べた事ないわ!」
「ふぅん。随分と貧相な暮らしをしてきたのね」
「そーそー。本当に貧相」
満面の笑みで桃を頬張る最中、余計な一言もついでに添えられる。天人による自然体な上から目線の発言。しかし、当の天狗は気にした様子もなく、首肯しながら桃を貪った。
比那名居天子はそうかそうかと相槌を打つ。
さぞ涙無しには語れない惨めな生活を送っていたのだろうと、らしくもなく同情していた。
ひょんなことから幻想郷より流れてきた天狗を匿うことになった天子。もし彼女が他の天人に見つかっていたのなら、今頃秘密裏に処理されているか、地上に送り返されていただろう。やはり自分は幸福な星の下に生まれているのだと実感する。
匿った理由は簡単、面白そうだからだ。
些細な刺激ですら貴重な天界に話題を提供してくれる天狗の存在は、天子にとって万金に値する。
だが現状としては、匿うと言うよりは隠していると言うべきか。ひとまず比那名居家の物置に隠しているが、そう長くは保たないだろう。さて如何したものかと思案する最中の事だった。
「しっかし聞けば聞くほど面白そうな場所ねぇ、幻想郷。色んな意味で酷い」
「ええ本当に酷いの! 命が軽すぎる!」
憤慨する天狗──姫海棠はたてを眺めながら、天子はまだ見ぬ幻想郷に想いを馳せる。争いに満ちた修羅の世界……懐かしき化外の地。
天人へと自らの存在を昇華してより一度と振るわれる事のなかった我が全力を、お披露目するのに最適な庭かもしれない。
欲しいなぁ、と。思わず呟く。
「ん、欲しい? あっ、桃ね。ごめんごめんお腹ぺこぺこだったから思わずがっついちゃった。一人で食べるよりも二人で食べた方が美味しいに決まってるもんね」
「そう桃が欲しい……って違うわ! 桃なんかとっくの昔に食べ飽きちゃったわよ。此処、桃しかないんですもの」
なんて事を言いつつも、はたてから桃を受け取って端を齧る。確かに、二人で食べる方が美味しいのは同感である。
「──で、そういうわけなんだけど天界案内して」
「何がそういうわけなのかは知らないけど、いいよ別に」
「やったやった。なんだ、頭に桃乗せてるくせに良いやつじゃん」
「え、何? なんで私ケンカ売られてんの?」
ちょっぴりムッとしたが所詮は下の民。腹を立てるまでには至らない。
それよりも、天界の案内を反射的に承諾してしまった直後に現状を思い出す。そういえば匿っている最中だった。
天子は少し頭を捻って策を練る。
よし、こうしよう。
「けどね、天界なんてとこにわざわざ見るようなものはないのよ」
「へ?」
「地上と大して変わらないわ」
「えー?」
「違うのは住んでるのが天人だってことくらいよ。あ、あと桃くらい」
「何で?」
「分からないわ。気になるんなら、そこら辺の奴に聞いてくればいい。どうせ皆、これでいいんだって言うんでしょうけど」
「どういうこと?」
探究心の強いはたては矢継ぎ早に問いを投げつける。それに対し、天子は自らの鬱憤を多少込めて語る。
「さぁね。もう一度聞けば、修行が足りないから分からないんだって言われてお終いよ。ほら、こんなつまらないところ観光したってしょうがないでしょ? ここにあるもののほとんどは地上にもあるわ。ただ地上にはあって天界には無いものはいっぱいある。みんないらないって捨てちゃったのよ」
「ふぅん? なんだか熱がないというか、つまらない人たちね」
変化を恐れる気持ちは分からないでもないが、不変を甘んじて受け入れてしまっては生物として決定的なモノが欠落しているに等しい。
また、はたてとしては何気ない論評のような発言だったのだが、天子はあくまでそれを『肯定』として捉えた。
この世界に飛び込んで以来、初めて貰えた『肯定』──自らの正当性を認めてくれたような気がして、天子の頬が緩む。
「そう、そうなのよ! あんた話が分かるじゃない! ここのやつらなんて、日がな一日、詩とか詠ってるだけなのよ」
「えー? たぎる冒険譚とか、未知を既知に落とし込む興奮は?」
「すでに満ち足りてるのに、これ以上何を求めるというの? もうお腹いっぱいってことよ。──ね、つまらないでしょ?」
「はっきり言ってクソね!」
さらに笑みが深くなる。なかなか見所のある妖怪の登場に、天子は満足げに頷いた。ぬらりくらりと全てを肯定してくれるはたては、天子の自尊心を満たすにはうってつけの存在といえる。
「天界は私のような高貴な者が住むにはうってつけだけど、肝心の天人連中は根が腐ってる。あいつらはどうにもならないわ」
「あっ、天界自体は好きなの?」
「そうそう。なんのしがらみも無ければ、あんな奴らすぐに追い出してやるのになぁ」
「追い出す……」
気を大きくした天子は、桃にちょっぴり齧り付きながらそんなことを宣う。
戦力的には十分可能だろう。天人全員の内情を正確に把握しているわけではないが、相手になりそうな奴なんて多分殆どいない。片手間に制圧できてしまう。
新参の天人としての面目もあり、これまで幾度となく行動を自制してきた天子だが、はたてに思いの丈を打ち明けることで、ついにと言うべきか、箍が外れつつあった。
さらにはそんな物騒な思いすらもはたては諌めるどころか全肯定するものだから、増長はさらに顕著なものへとなっていく。
ツッコミ役不在の恐ろしさである。
と、ここで天子に電流が奔る。
「ねぇ、お話を聞く限り、お前を虐げていた幻想郷の妖怪──特に山の連中はろくでなしという事だったな?」
「ええ。そうだけど」
「ふむ……ならそんな連中は消してしまうべきよね?」
「そ、それはちょっと」
初めて天子の言葉に難色を示す。基本血生臭い事は嫌いなのだ、どれだけ相手が腐っていようとも、流石に粛清だとか、仇討ちなどという発想は出てこない。
「なにも殺すべきとか、そういうのを言ってるんじゃないのよ。そういう連中は幻想郷から追い出すべきじゃ無いかって、提案してるの」
「言うのは簡単だけどね、ウチにだって色々しがらみがあるの」
「そうよ。お前も私もしがらみに縛られ過ぎている。そしてそれを打破するには自らの力では困難だと言えるわ。そこでよ! 私達がそれぞれの敵をすり替えたらどうなると思う?」
天子が言いたいのは、つまりこういう事だ。
天界の堕落した屑ども、幻想郷に巣食う屑ども。これらを思い入れのある地から排除するのは天子とはたてにとっての悲願であるが、共に立場や身内へのしがらみ等あって実行に移せない。
ここで重要になるのは、2人の思惑が合致している事。互いに協力体制を築く地盤が整っている事にある。
天子の語った作戦内容を一部抜粋すると、まず、天子自ら直々に幻想郷へと降臨し、地上の民の解放という大義名分で支配者層を武力で一掃する。
次に幻想郷の統治機構をはたてに一任し、幻想郷の気に入らない妖怪たちを天界に送り込み、戦いを誘発させる。なおその間自分は悠々と高みの見物。
最後に、ほどよいところで仲裁に入り、戦争を起こした責任を取らせて、気に入らない連中を何処ぞに追い出してしまえばいい!
天子は、にひひとほくそ笑んだ!
なお、はたては完全な無表情。目は死んでいた。
「というわけで歓びなさい
「え、なに? ツッコミ待ち?」
争いは嫌だと先ほど明言したばかりじゃないか。ははーん、さては私の話なんてろくに聞いちゃいないわね? あー慣れてる慣れてる。いつもの事だし。
なんてことを思いながらも、ダークサイドに沈みつつある思考をなんとか切り替える。伊達に数百年間
そう、姫海棠はたては賢者である。
とはいっても実権があるわけではなく、能力によって形成した偽りの姿で上座に構え、天狗上層部の意のままに発言し、それ以外の時は沈黙を貫くだけの、お飾り賢者であった。
だがついにというべきか、そんな生活にとうとう嫌気がさし、全てを捨てて天界に逃げてきたのだ。なのに何故再び仮初の支配者を望まなければならないのか……理解に苦しむというのが率直な感想だ。
「あのね、私は新聞記者になりたいの。幻想郷の王になんてなりたくないわ」
「新聞記者?」
「そ。この偽りに満ちた世界に真実をお届けするのよ! みんなを笑顔にするような最強で最高な記事を書くの!」
「あーはいはい。悪いけどその夢はあまりお勧めしないわね。ゴシップは智にあらず、興味だけでは新聞は社会にとって負の働きを為すわ」
「お遊びじゃないわ! 本気よ!」
ふぅむ、と。天子は考え込む。
なかなか決心は固いと見える。しかし『天魔』という適度な権威と適度な火種を抱えた虚飾の姿は、幻想郷の統治における名分としては申し分ない。遊び場を手早く確保するにははたての協力が必要不可欠だ。
「大丈夫よ、お前は上で踏ん反り返ってればいいの。時間は嫌でも余るからその間に新聞でも何でも書けばいい。改革は私がやってあげるから」
「うーん……」
結局今と変わらぬ傀儡の身。しかし、天子はなるべく此方の事情に寄り添ってくれるようだし、新聞も好きに書いていいと言う。
正直なところ、このじゃじゃ馬天人が八雲紫や摩多羅隠岐奈、茨木華扇に勝てるかどうかはかなり怪しい。返り討ちに遭った挙句、実情はどうであれ背後にはたてが裏に居た事が知れれば大変な事になる。文や椛だって巻き込まれるかもしれない。
だけど──。
泥土の如き絶望に幾年間も囚われていたはたてにとって、天子の申し出に甘美な響きを感じたのは確かだった。そして、その僅かな隙を天子は見逃さなかった。
「悪かったわね、話があまりにも性急過ぎた。何も結果を示さずしてこんな話に乗ってくれるわけがないわよね」
ふふん、と自信満々に笑う。
「私は己の力に疑問を持った事なんて生涯において一度もない。この拳一つで地上を征する事だってできるはずよ。でも──もっと分かりやすい示威的な物があって然るべきかもしれないわね。ちょっと待ってなさい、面白い物持ってきてあげるから!」
そう告げるや否や、物置からバタバタと飛び出していく。そのあまりの慌ただしさは予期せぬ天災──まるで台風、というよりは地震のような女だなと、はたては桃にかぶり付きながら思うのだった。
やっぱり甘い。とっても甘い。
世間様もこんくらい甘ければ良いのになと。
*◆*
「けど流石に毎日は『ない』わよねぇ」
「まあね。……友と飲む酒の肴にゃ持ってこいだけど、
そんな事を悠長に話しながら桃に噛り付く。口の中を満たす甘みと華やかな桃の香り、そして眼前に咲き誇る満開の桃の花。
実に優雅なひと時ね。こんな生活を好きな時に堪能できるっていうのも、案外悪い話じゃないかもしれない。けど流石に毎日はないわー、っていうハナシ。
カラカラと笑いながら御機嫌な様子で酒を煽る萃香と会話に花を咲かせつつ、私は次なるプランの為に策謀を巡らせていた。
今回、私がわざわざ
実は天人とのファーストコンタクトには成功してるのよね。天界に足を踏み入れた瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げちゃったけど。
アレか、やっぱり萃香は天界においてもかなり名が知られていて、なおかつ恐れられていると。流石としか言いようがないわね!
けどこんな様子じゃ萃香に対抗できるほどの力を持った天人は居なさそうねぇ。まあ仕方ない、当初の予定通り内面重視でいきましょう。
「取り敢えず、天界で一番の有力者に会うわ。まずは私たちの意志を伝えなきゃね。そこで貴女に折り入って頼みがあるのだけど……」
「そんなの知らないよ。お酒飲んだら帰ってるだけだもん。そもそも天人連中になんて興味ないし」
「あらそう」
なんてこったい。あっ、そういえば萃香って興味のない相手にはとことん冷たかったわね。反省反省!
こういう事なら無理にでも藍に来てもらった方が良かったかな……。いやけどなー、最近の藍ってなんか怖いしなー! やっぱりナシで!
そう考えるともしかして今回の同行者で適任なのって文だったりするかもしれないわね。情報通だし、天狗でありながらほぼ中立な立場だし! なお制御はできない模様。
まあ無い物ねだりをしても仕方ないし、今ある手段を活かして頑張っていかないとね!
「萃香。貴女の人を見定める能力には私も一目置いてるわ。だから貴女にも後任賢者の選定を手伝って欲しいの。私なんかよりもとびっきり優秀な賢者を是非とも貴女の手で選んで頂戴」
「むぅ……やっぱりやめにしないかい? 現状の何が不満だって言うのさ」
「全てよ。私は幻想郷を創った一人として、そしてこれから去りゆく賢者の一人として、より良い幻想郷を創らなきゃならない義務があるのよ」
真摯に答えたつもりだった。しかし萃香は目を細めながら何かを訴えかけるように私を見据えている。「違うそうじゃない」とでも言いたげね!
どうやら彼女自身としては不服みたい。まあ、イエスウーマンの私が上に居た方が好き勝手できるものね。納得納得。
「一応探してみるけどさぁ……もしロクな奴が居なかったらちゃんと続投してくれよ? 今の幻想郷はとっても居心地が良いんだ。なんたってお前さんが丹精込めて作った理想郷だからね」
「あらそう。ふふ、そう言っていただけると管理人冥利に尽きますわ。……じゃあ、お願いね?」
話半分程度に聞き流しつつ、やや強引にお願いする。萃香はね、横暴なところがあるしあんまり万人受けする性格では無いと思うんだけど、なんだかんだ健気だし本質的には結構優しいのよ。鬼だけど。
あとでいっぱいお礼しなきゃね……。
萃香が軽く念じると、彼女の身体から妖力の霧が吹き出る。あの水蒸気ひとつひとつが萃香本体である。
過去には霊夢たちを大いに苦しめた『密と疎を操る能力』だが、探索・情報収集・索敵という分野においても非常に有益だ。
これならあっという間にこのだだっ広い天界から傑物を探し出すことだろう。なんだかんだ萃香も萃香で人材コレクターな側面があるからね。こういう作業には案外向いてたり。
霧が十分に散っていたのを確認した後、萃香はやり遂げた顔でどっかりと腰を落ち着ける。……ちょっと地面が揺れたわね。天界って頑丈だわー(棒)
「そんじゃ、面白いのが見つかるまで続きといこうじゃないか。私はまだまだお前と話し足りないよ!」
「そ、そう」
なんで私なんかと酒飲みながら駄弁るのがそんなに楽しいのかしら……? ほんと物好きよねぇ、萃香も藍も。ああ、あと幽々子。
霊夢とかさとりとかの反応の方がまだ納得できる部分があるわ。むしろホッとするまである。いや、あっちはあっちで勘弁願いたいけれども!
「ははは、そうか。お前が賢者を辞めてくれれば毎日でもこうやって酒を酌み交わすことができるんだね。悪いことばかりじゃないな」
「えぇ……」
賢者辞めたら毎日萃香と酒盛り!?
……胃と腸だけじゃなくて肝臓までイカれちゃいそう。また一つ覚悟を決めねばならない事が増えてしまったようだ。
世界はやっぱり私に優しくないのね……。
せめて良い人材だけでも見つかりますように、と。私は天に向かって拝むことしかできなかった。
──天、此処だったわ……。