幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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巫女巫女シスターズ(前)

「裏目に出たわね」

 

 まるで分かっていたかのように、彼女は淡々と呟く。因幡てゐ、ドレミー、そして私。全員が落胆を隠せずにいた。

 想定外の出血を強いられた今回の出来事は、結果的に摩多羅隠岐奈の考えを補強する形になってしまったからだ。つまり、私の敗北。

 

 だが他に取れる手段は無かった。今回の一手は最善に違いなかったのだ。

 それでもダメだった。最善を尽くしても事態は容易に私達の想像を大きく越えて、紫さんを蝕んでいる。

 

「60年目の異変──幻想郷の結界が最も曖昧になる日。それに伴う最悪を避けるには、紫さんに結界外に居てもらう必要がありました。そしてほとぼりが冷めた後、幻想郷に帰還してもらう……何処にも落ち度はなかったと断言できます。洩矢諏訪子の暴走は想定内、霍青娥の出現も想定内……」

「だけどやっぱり、想定外はいつだって紫か。まったく、嫌になっちゃうね」

 

 てゐがテーブルに足を投げ出した。はしたない事だが、それだけ彼女の心情は負に満ちていた。とどのつまり、この現実に呆れている。仮にこの場に蓬莱山輝夜が居てくれたのなら、多少なりともこの空気も緩和されていただろう。しかし彼女は此処に無く、彼女の役割を担える者も居ない。

 唯一何も感じていない──いや、何も感じる事のできない『擬きさん』は話を進めるタイミングを伺っている。彼女にしてみればこの時間ですら無為に過ごすのが惜しいのだろう。

 

「ドレミー。紫さんの制御は貴女にかかっている。今後、今回のような事は決して無いようにしなければならないわ」

「面目無いです」

「だけど外的な妨害を受ければ現状維持も難しいだろうさ。どうするよ? 紫を守る手段を充実させるか、それとも紫に仇なす懸念材料を一つ残らず消し去るか。どっちを優先するにしても並大抵のことじゃない」

 

 てゐの言葉に一同頷く。

 私たちはこれまでその二つを同時並行で進めてきた。対摩多羅隠岐奈を念頭にした協力体制の構築は不可欠だったのだ。

 互いの戦力は着実に出揃いつつある。いわばこの闘いは盤上の遊戯みたいなものである。手持ちの駒を如何に動かし、相手に対してどれだけ多くの実利をもぎ取るかを競うゲーム。

 

 今回は互いに持ち駒を増やす事に専念し、その片手間で紫さんへのちょっかいと防衛という二局面の争いがあった。総力戦には程遠いが、それでも一つ一つの結果が後の結末に大きな影響を及ぼすだろう大事な戦い。

 故に今回の出来事は痛恨の一手と言える。先述した通り、万全を期した備えだったのだ。それを破綻させられたのだから、堪ったものではない。何より『擬きさん』の面子が丸潰れだ。

 

 擬きさんは涼しい顔で場の全員の様子を睥睨しているが、相手の考えている事が分かる私にはそれがまた違ったように見える。

 今回の事で一番焦っているのは間違いなく彼女なのだから。

 

「【私】が意識を失った際、私は何の問題もなく身体の全権を手にした。春雪異変や永夜異変の時となんら変わらない成り代わりだったわ」

 

 それは皆が認めるところだ。

 流石は八雲紫を(かたど)った存在というべきか、呪を撒き散らす諏訪子を圧倒したその強さは見事と言うほかない。

 だが問題はその後だった。

 

「為すすべもなく追い出されたわね。なんの予兆もないまま放り出され、術式は霧散した。しかも【私】はその事に気付いていない。存在すら認知していない。厄介ねぇ」

 

 今回の事件。攻めを担当したのが私であるのなら、さしずめ擬きさんが担当したのは守り。不測の事態に備えた紫さんへの防波堤。これが万全であったはずなのに。

 ただし、摩多羅隠岐奈に先を行かれているわけでは無いと思う。そもそもあのような事態は隠岐奈にとっても望むところではないはず。我々とは用いる手段が違うだけで、目指す未来は双方共に一致しているのだ。

 一番恐ろしいのは当事者である紫さんだ。あの人は何をしでかすか、私を以ってしても分かったもんじゃない。

 

 まあなんにせよ、大きな方針転換は必要ね。

 

「藍さんに協力を要請しています。これからはさらに積極的に紫さんの守護と行動の制限に邁進するでしょう」

「けどあの子の何よりの優先順位は【私】ですわ。【私】が駄々をこねれば、十中八九折れるわよ?」

 

 藍さんは優秀だが、八雲紫関連には悉く無力、もとい無能である。忠誠心が高いのは良いことだが、それが良い方向に作用しているか否かについては十数分の審議が必要だ。

 だが何にせよ、擬きさんの言う通り、藍さん一人だけによる防衛体制は危険かつ不安である。よって対策は用意する。

 

「それに霊夢さんと私、ドレミーを加え、紫さんの動向を見守ることとしましょう。

「おっ、それじゃあ私は休みかな?」

貴女(てゐ)は連絡役と八意永琳の懐柔です。此方側ではなくていいので、なんとしても彼女を幻想郷側に引き込んでください」

「……姫さまに頼んでおくれよ」

 

 心底嫌そうな顔をされた。その気持ちは分からないでもないが、永琳と対等に騙し合いのできる妖怪などてゐくらいなものだろう。あと輝夜の力を借りるのは最後の一押しの時に留めたい。彼女なら永琳を御する事は容易だろうが、それでは従来のままである。

 永琳にはなんとしても幻想郷に服属してもらわねばならない。……最悪、隠岐奈の陣営に入ってしまってもいい。スタンス的にはあっちの方が永琳には合うだろう。今は月の都という括りから永琳を切り離すのが先決だ。

 

 私が紫さんを庇護する以上、永琳と道を共にするのはかなり難しいと思う。月の都から向けられている紫さんへの殺意は尋常ではない。

 てゐによる懐柔は半ばダメ元での試み。それほどまでに難しい。だがてゐの能力なら……そう願わずにはいられない。

 

「まあいいよ。それじゃあ私の謹慎はこれで終わりって事だね?」

「ええ。それでよろしいですよね? 擬きさん」

「ふふ……構わないわ」

 

 ()()()からの言質を取った。これにより今日を以ってして、てゐへの制裁は終了した。紫さんには悪いが、こちらもなりふり構っていられる余裕はない。強権的にやらせてもらおう。

 永琳、鈴仙、輝夜への制裁は解かれていない。永遠亭の面子の中で唯一てゐが動ける状態。裏切りが容易な状況ではあるが、心を見る限りそのような兆候はない。むしろてゐはあの日からずっと積極的だ。自らの平穏を壊されたくないのだ。

 利己的ではあるが、逆に信用できる。

 

「擬きさん、貴女は今のうちに力を蓄えてください。間違っても貴女が消滅するという事態は避けなくてはなりません」

「そうしたいのは山々。だけどもそのような暇はありません。……そろそろ奴がちょっかいをかけてくる頃ですわ」

「奴──比那名居天子ですか」

 

 かの天人と直接会ったことは一度もない。擬きさんの中にある記録を見ることとなって、初めて知った存在である。

 確かに彼女はかなり厄介。オマケに八雲紫との相性は最悪に近いだろう。擬きさんや輝夜から伺った限り、二人はいつもいがみ合ってたそうだ。

 

「あの方は夢の世界でもかなりの暴れん坊でしてね、ほとほと手を焼いていますよ。あまりにも身勝手すぎるのです」

「まったくですわ。あの天人ほど短慮で愚かしく鬱陶しい者はそうそう居ません。いっそのこと始末してしまった方が……」

「天界まで敵に回す気ですか?」

 

 天子への嫌味で意気投合するドレミーと擬きさんに釘を刺しておく。ただでさえ周りが敵だらけだというのにこれ以上懸念事項を増やさないでほしい。

 ……擬きさんに至ってはそれらを鑑みても、やはり今のうちに天子を始末しておく方が相対的にメリットが大きいと考えているようだ。貴女どんだけあの天人が嫌いなんですか……。

 

「もういいでしょう。その話はまた今度です」

 

 はぁ……まあ大体の話し合いは終わったし、今日はお開きにしましょうか。お燐を呼んで部屋の片付けを頼もうと席を立つ。だがそれは遮られた。

 てゐが剣呑な視線を向けている。

 

「そろそろ種明かししてくれてもいいんじゃない? いい加減お前のその立ち位置が気になって仕方がないんだよねぇ」

「気になる……私がですか。はて、立ち位置と言われましても、幻想郷を憂いているだけでは理由になりませんか?」

「ならないね。幻想郷を真に憂うなら、そんな立ち回りは決してしない筈だ。お前さん、心理戦は得意のようだが嘘をつくのは苦手みたいだね」

 

 やはり嫌な兎だ。人の嫌がるポイントを正確に熟知している。

 腐っても元筆頭賢者か。

 

 確かにそうだ。

 私に幻想郷を想う気持ちなんて皆無に等しい。なんならさっさと滅びてしまえとも──いや、これはもう昔の話だ。しかし良い感情は未だに持てていない。結構図太く生きているつもりの私だが、意外と根に持つ方なのかもしれないわね。

 

 なるほど、嘘をつく理由にはならないか。

 

「私が紫さんを護ろうとする理由。それはですね……私が嫌だからです。彼女を助ける事にメリットなんて何もないですよ。ただただ、感情の赴くままに紫さんを扱っている」

「彼女が傷付けられる様を見るのは耐えられないし、自らの業に囚われている彼女を考えるだけで憂鬱な気分になる」

「私は彼女に死んでほしくない……だからどんなに傷付いても、どんなに紫さんから嫌われても──善い方向に彼女を進ませてあげたいのです」

 

「知りたいのはその心に至った経緯と理由ですわ。大方の予想はできますけど、できれば貴女の口から聞きたいわね」

「同じく。心を知るすべを持たない私にも分かるよう、丁寧に教えてちょうだいな」

 

 この人たちときたら……私の知られたくない領域に容易く上がり込んでこようとする。いやまあ私が言えた立場ではないですけどね。

 さてどうしたものか。大体の内情を知っているドレミーは配慮を示してくれているが、擬きさんとてゐは私からの情報公開を望んでいる。

 この先二人と連携したいのなら、私から誠意を見せる必要があるか。

 

 ……私は慌てない。

 ゆっくりと、落ち着いて話そう。

 

「紫さん、そして八雲紫には其々に大恩があります。彼女らは──私の心と、妹の存在に『意味』を与えてくれたのです」

 

 私の言葉にてゐは眉を顰める。

 

「妹……? 詳しくは知らないけど、確かお前の妹はもう……いや、聞くまい。それよりも、これはまた、曖昧な言い回しだね」

「こうとしか表現できないんですよ。他の言葉ではどうしてもチープ、または尊大な物言いになってしまう」

 

 私自身、この胸中にある心の真実をどう捉えたものか決めあぐねている。滑稽ですね、人の心は解るのに自分の心は解らないなんて。

 それは決して綺麗なものではないけれど、醜く爛れたものではない。こいしもそれを望んでいたと私は強く信じている。──信じたいのです。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 私は布団の中で震えていた。全く制御の効かない身体を抑え込みながら、必死に自分を落ち着かせていた。

 寒いわけじゃないの、むしろ暑い。もうすぐ夏に入ろうかという梅雨時に寒さなんて感じるわけがないわ。この震えは恐怖によるものだ。

 

 そしてその恐怖の対象である藍はと言うと、私の隣でぐっすりお休み中。すうすう寝息を立てながら私の右腕をがっちりホールド。ほらね? 動けないでしょ? いくら腕を抜こうとしても微動だにしやしねぇわ! 

 いやホント助けて……これ藍が寝返りうったら右腕捻じ曲がるわよ? いやむしろ千切られるんじゃ……? ヤバい、震えが止まらない! 

 

 私の頭を埋め尽くしているのはこの意味不明な現状への恐怖と疑問だった。そもそもこの状況に陥った経緯からして謎なのだ。

 いや確かに藍には沢山の苦労をかけたと思う。何も言わずに幻想郷のあれこれを丸投げしちゃったし、藍と最後に交わした言葉はなんか良い感じだった癖に私は外の世界に逃げ出しちゃったし、なんか色々な面倒事を幻想郷に持ってきちゃったし……。

 いや流石に今回の私はクズ過ぎるのではと自問自答したわね。まあ結論としては『AIBOが全部悪い!』に落ち着いたけど。

 

 さて話を戻して、真相はともかく私自身、藍には悪いことをしたと思ってるのよ。だから説教は甘んじて受け入れたし、もし仮に藍が鞭打ち100回の罰を望んだのなら私はその身を差し出す他ないと思っていたわ。多分いざとなったらギャン泣きしながら命乞いするだろうけどね! ……あれ、私って主人よね? ……まあいっか。

 

 そんな無駄な覚悟を決めながら藍の有難いお言葉を聞き流していたのだが、その後に告げられた内容が斜め上だった。

 

『宜しいですか? これより先、紫様お一人での行動、また結界外への外出は極力控えていただきたく存じます。外に用事がある時は私か橙が対応致しましょう。兎に角、我々の手の届く範囲にいて欲しいのです』

『軟禁、ってことかしら』

『そのような仰々しいものではございません。せめて警護役として我々を御用立ていただきたいのです。全ては紫様の御身を案じての事にございます。……それともやはり、お一人の方が紫様は──』

『いや、そういう事じゃなくて……はぁ、分かったわ。そのようにお願いしてもいいかしら?』

 

 少しばかり投げやり風味にこう言ってしまったのよ。藍は笑みを浮かべて「かしこまりました」とこうべを垂れる。

 それからというもの、藍は一瞬たりとも私から離れなかった。それこそ文字通りぴったりと。ご飯の時も日向ぼっこの時も、仕事中もお風呂の時も、そして今この時も! とにかく付いてくる! ニコニコ楽しそうに傍に佇む姿は何というか……ちょっと変じゃない? 

 

 まだ幻想郷に帰って来て初日なんだけど……もしかしてこれがずっと続くんだろうか? そしてこれは遠回しな藍からの嫌がらせなのかしら。

 それとなく「近くない?」って聞いても「警護のためです致し方ありません」って返答ばっかりだし、やけに嬉しそうなのも気になる。この半年で藍の身に何かが起こったのは明白。これはAIBO招集案件ですわ! どうせあの人が何かしたのよ! 

 しかしさっきからいくら虚空に呼びかけても応答なし。うんともすんとも言わねぇわ畜生!!! 無視してやがるわね……! 

 

 くっ、なんとか藍の手から逃れたいが独力では到底無理だ。ならば誰かの助けを借りたいが、残念なことに連絡手段がない。あと早苗にいくら念話を飛ばしても全く応答しない。AIBOみたいに着信拒否してるわけじゃないだろうし、十中八九何者かからの妨害が入ってるわね。

 早苗は無理……ていうかそもそもあの子の力じゃ藍をどうにかできるとは思えない。藍を窘める事ができそうな人物といえば……霊夢と橙、あとオッキーナぐらいか。

 さらにその中でも一番可能性があるのは橙ね。あの子が少し苦言を呈してくれれば藍も冷静になってくれるはずだ! 

 

 よし、橙が来てくれるまでの辛抱……! 

 カモンサモン橙! 貴女が私の──幻想郷の救世主となるのよ! 

 

 

 ……結論として、事態は悪化した。

 橙は窘めるどころか藍に同調し、二人揃って私の側から離れなくなってしまった。隙が無さすぎて困っちゃうわね。

 ここは八雲邸。又の名を座敷牢である。

 

 

 このまま畳の上で一生を終えるのかと軽く絶望していた私だったが、うだうだ腐ってても仕方がないのでこの軟禁状態のまま職務を執り行う事にした。といっても外出許可が出てないのでデスクワークばかりだけどね。

 藍から報告書を受け取ってそれの決裁を回したり、色々ないざこざの仲介を買って出たりとか、まあ比較的平和な仕事ね。ただ一日中座りっぱなしなものだから背骨とか腰とかが痛むのなんの……! 

 そんな私の様子を見かねてか藍や橙がマッサージを勧めてくるが、もちろん断りを入れる。見え見えの罠に引っかかるほど私は馬鹿じゃないのだ。

 

「ねぇ藍?」

「はいなんでしょうか紫様」

「私が外の世界に行く前の約束、覚えてる?」

「忘れるはずがございません。私と紫様の繋がり、今もしかと胸の内に」

 

 そう、あの誓いの為に私は目指さねばならないのだ。藍の理想の八雲紫という別次元の存在を……! 

 だけど強く優しく美しい八雲紫はデスクワークなんかしないと思うのよね。身体も鈍っていくばかりでこのままじゃ理想からかけ離れていくだけだと思うんだけど……藍はそのあたりどう考えてるんだろうか? 

 

「貴女が望むのならば、私は甘んじて今の境遇を甘受しましょう……貴女の理想の八雲紫はこれでいいのかしら?」

「……っ」

「藍?」

「──ええ、このままでいいのです。幻想郷の平和は保たれています。今、急いで貴女様が強くなる必要は無いのです。ゆっくりと進んでいきましょう、私はいつまでも、ずっとお待ちしますから。例え、全てが終わった後でも……」

 

 一瞬、言葉に詰まったように見えた。

 だがその後は一つずつの言葉を噛み締めるように、私の肩をがっちり掴みながら言い聞かせてくる。ごめん、ちょっと怖い。

 藍の真意は分からないけれども、この様子だと自分の意見を曲げる事は無さそうに見えるわ。彼女ったら思い込みが激しいところがあるからね……私への妄想とかがその最たる例。

 

 なんにせよ今のままではお外に出られない事は確定みたいだし、少しでも藍に媚を売るべく仕事に邁進するわ! 

 今日中に全ての報告書に目を通しておきましょう! 私はできるキャリアウーマン八雲紫! いざ──! 

 スペルカードルール普及における対案……これは却下。

 草の根ネットワーク予算増……何に予算を使うのかはよく分からないけど、取り敢えず決裁。

 幽明結界改修案……決裁決裁。

 八雲紫弾劾決議案……いやなんで私に回すの? ああ、そういうことか、私に不満がある事を知らしめたいわけね。なるほど納得したわ。賢者を辞めさせてくれるなら望むところである。決裁。

 太陽の畑再生計画……あれ? なんで太陽の畑吹っ飛んでるの?? 

 

「ねえ藍。本当に幻想郷に異常はなかったの?」

「はい全くもって」

 

 なるほど、彼女からしてみればこの程度なら幻想郷の日常茶飯事ってわけね。って、んなわけあるかい決裁決裁!!! 

 

 

 そんなこんなで一週間ほど経った頃転機が訪れる。我が愛娘である霊夢からのお呼び出しがかかったのだ! 

 これを期に藍に対して独りでの外出を宣言。当然のように大反対されたけど、そもそも警護なら霊夢がいれば安心だし、橙が藍の奇行にようやく疑問を持ち始め訝しむような視線を向けるようになったのを受けてか、渋々ながらではあるけど外出の許可が下りたのだった。やったね。

 

 ていうか藍ったら私に付きっ切りで色々と業務が滞ってたみたいなのよね。その対応にいよいよ限界が生じたっていうのもあるみたい。

 無尽蔵の式分身を操ることのできるザ・パーフェクトの藍がまさか……なんて思ったんだけど、そういえばここ最近の藍はどういうわけか精彩を欠いていたと思う。全てを犠牲にしてでも私から目を離さないという鬼気迫るものを感じたわね。やっぱり嫌われちゃったのかしら? 

 

 まあ何にせよこれでようやく外に出られる! 霊夢様様ですわ! 何故か消沈している藍を尻目に私はルンルン気分で計画を練っていた。

 一応主な問題──妖怪の山との和解(物理)とか、各勢力への私の帰還報告とかは藍が大体やってくれたみたいだけど、早苗の扱いだったりの細かい部分は私が調整しないといけないわ。博麗神社に行くついでに済ませちゃいましょう。

 

「それじゃあ行ってくるわね藍。まあその……何事もほどほどにね?」

「行ってらっしゃいませ」

 

 仏頂面で口をへの字に曲げながらそんな事を言う藍。自分は納得してないぞって感じね。本当にどうしちゃったのかしら……霊夢にそれとなく相談することにしましょう。

 あと橙、そんな捨てられた猫みたいな目で私を見ないで欲しい。こんな状態の藍を押し付けちゃって悪いとは思ってるけどさ! 

 

 突き刺さる視線を背中に受けながらスキマを開く。能力が使えるということはAIBOが私の中に居るか既に消滅しちゃってる証である。あの変な存在が何も無しに消滅するはずもないし、どうせ私の中で私をせせら嗤ってるのだろう。許せんよなぁ! 

 

 

 と、そんな感じでむしゃくしゃしながらスキマを潜り、やってきました博麗神社。いつものように寂れた社が私を迎えてくれたが、旧守矢神社を見た後だとこれでも十分立派に見えるわね。ずぼらな霊夢でも一応の維持管理は恙無くやってるし、神社として機能してるだけマシと言うべきなのだろうか。

 

 だけど今日はやけに境内が綺麗に整ってるわね。こんなに最近は雨続きだったからてっきり泥とか雑草が散乱しているものかと思ってたけど……霊夢がもしかして自主的にやったのかしら。

 だとしたらとっても喜ばしく、そして嬉しいことですわ! 成長したわね霊夢……! 今日はいっぱい褒めてあげましょう。

 

 先ほどまでのむしゃくしゃは何処へやら、にこにこ上機嫌に土間に上がり、部屋の障子を開け放つ。スキマでそのまま上がり込んだら怒られるからね、礼儀正しく玄関からのお邪魔よ。霊夢とは実に約230日ぶりの再会となるからね、第一印象大事! 

 

「ハァイ霊夢。久しぶ──」

 

「あっ、お師匠様! お久しぶりです!」

「えっと……早苗?」

 

 居間には二人。霊夢と早苗が卓袱台を挟んで座っていた。赤と緑の対比が実に映えている。

 いつものように怠そうな目で台に頬杖をついている霊夢と、屈託のない笑顔で手を振る早苗。まさかの組み合わせに流石の私もビックリ仰天ですわ。

 状況を飲み込めず膠着する私に霊夢が「はよ座れ」と催促する。あっ、これはかなり不機嫌ですわね。

 

 取り敢えず適当に霊夢と早苗のちょうど中間あたりに座した。

 

こいつ(早苗)は私が呼んだわ。一応あんたのおかげで顔見知りだしね」

「霊夢さんったら乱暴なんですよ。守矢神社に来るなり『何も言わずに付いて来い』なんて言うんですもん! そもそも初対面の時だって──」

「それはあんたらが厄介ごと持ち込んで来たからでしょうが!」

 

 えっ、もしかして貴女たち仲が悪かったりするの? 同じ巫女なんだし仲良くしましょう。ね? 

 ひとまず仲介のつもりで二人の間を取り持ちつつ早苗を見遣る。

 

「改めまして、一週間ぶりですねお師匠様! 全然連絡がつかないものですから凄く心配してたんですよ、私」

「此方でも色々あってね……ごめんなさい」

「私はもっと久し振りなんだけど? ねぇ?」

 

 霊夢さん、その物騒なオーラちょっと抑えましょう。ほら家がなんかミシミシいってるし! よし、ここは素直に謝りましょうそうしましょう。

 

「本当にごめんなさいね。もっと早く戻るつもりだったんだけど、思った以上に事が難航してしまったわ。貴女と藍にはとても迷惑をかけた」

「へぇ、難航してたの。遊んでたの間違いじゃないなくて?」

「なんでこっちを見るんですか」

 

 早苗と私を交互に見ながらそんな事を言う霊夢。なんで浮気を詰られてるみたいな状況になってるんだろう……。

 あと二人とも、仲良く! 仲良くお願いね? 

 

「聞きたいことは山ほどあるわ。……この際、仕事を私と藍に押し付けて何処ぞで遊び呆けてたのはどうでもいい。一番聞きたいのはこいつ(早苗)と山の神社のことよ」

「だーかーら、私はお師匠様の一番弟子なんですって。別におかしな話ではないじゃないですか」

「あんたは黙ってなさい」

「黙りません。お師匠様には神奈子様と諏訪子様、そして私の為に尽力していただいたんです。その事で責められてるなら、私に言ってください」

「……何も知らないくせに、あんたにこいつの何が分かるの?」

「貴女に私達の何が分かるっていうんですか!」

 

「やめなさい。二人とも落ち着いて」

 

 何故だか取っ組み合いの喧嘩になりそうな雰囲気だったので慌てて二人を宥める。ちなみにもし取っ組み合いに発展してたら早苗の命が危ないからね、私も必死よ。

 たく……なんでこんな事になっちゃったのかしら。私が部屋に入って来るまでは二人とも結構仲の良さそうな感じだったのに。

 多分博麗神社の参道が綺麗だったのは早苗が掃除を手伝ってくれたからなんでしょうね。潰れかけの守矢神社をなんとか独りで維持していた早苗の巫女力は高い。

 

 まあつまるところ、今の険悪ムードは私のせいですね、はい。

 ど、どうしましょ……。

 

「まずこれは藍経由で聞いたかもしれないけど、私と妖怪の山は昔から少々険悪な仲でね、しかも最近は不穏な雰囲気があったわ。その対策として守矢神社を呼び寄せたの」

「あっそう。それでなんで遅くなったの?」

「それは私に幻想郷の住人となるに足る資質が無かったからです」

 

 早苗が身を乗り出す。

 

「かれこれ数ヶ月かかってしまいましたが、今こうしてこの場に居るのは全てお師匠様のおかげです。しかし私のせいで時間がかかってしまったのも事実。責めるなら私を責めてください! そう、一番弟子である私を!!!」

 

 弁解になってませんよ早苗さん。ていうかむしろ煽ってない? ねぇ? 

 いやまさかこんな事でキレたりはしないだろうと、霊夢の方を伺う。ところがどっこい、紅白の巫女がさらに赤くなっていた。これはまずい! 

 

 しかし流石は霊夢。顳顬を抑えて平常心を取り戻している。そう、博麗の巫女たるものこの程度でキレたりはしないのだ。

 

「……一つ断っておくけど、私は帰りが遅くなった事とか、一番弟子がどうとかって事で怒ってるんじゃないのよ。そんな馬鹿馬鹿しいことで妬いたりするはずがない」

「まあ、それはそうでしょうね」

 

 霊夢の機嫌をとるように相槌を打つ。すると何故だか霊夢の目つきがさらに鋭くなってしまった。なんで……? 

 

「私が一番不愉快に思ってるのはね、なんでこのタイミングで巫女と神社を新しく幻想郷に呼び込んだのかって事よ。──私の代わりに魔理沙を見繕ってたけど、それが失敗したからかしら?」

「魔理沙? あの子に何の関係が?」

「惚けても無駄よ。幽香にあいつをけしかけたのは紫、あんたでしょ」

 

 魔理沙? 幽香? 

 いまいちピンとこないわね。霊夢の代わりっていうのも意味不明だわ。

 ……あっ、もしかして出発前に魔理沙に「霊夢よりも先に異変解決しちゃいなさい!」って感じのメンタルケアをやったんだけど、それのことかしら。

 60年目の決められた異変、アレを首謀者のいない楽な異変だと見込んで、鬱気味だった魔理沙に解決を依頼した。自信を取り戻してくれればと思っての思案だったわ。

 

 なるほどね、その過程で魔理沙は花の異変ということで幽香が首謀者だと決め付けてしまった。そしてボコボコにされちゃったと。藍からの報告にはそんな話は無かったけど、まあ結構穏便に済んだんでしょうね。だから報告するまでもないと判断したんでしょう。

 そんでもって霊夢は私が自分じゃなく魔理沙を頼ったことを妬いてると。

 魔理沙が失敗したことで霊夢は一安心。だけど次にやって来た早苗が自分の役割を今度こそ取ってしまうんじゃないかと思って警戒してたのね。

 

 なんだ単純なことじゃないの。

 

「ふふ……安心なさい霊夢。貴女には貴女の役割がある。もちろん早苗にも、魔理沙にもね。……貴女には本来の役割をしっかりと全うしてほしいの。だから他の物事に気を取られないよう代わりを務めるに足る人物が必要だった」

 

 つまり幻想郷のリーサルウェポンとしての役割ね! いくら霊夢と言えども身一つでは対応に限界がある。ならば他の細々とした事は私や早苗で補えばいいわ! あー、魔理沙は……まあ霊夢の相棒役ということで。

 

「貴女は博麗の巫女なのよ。代わりなんているはずのない、幻想郷を守るための大事な大事な私の巫女──」

「……介入してこないでよ。博麗の巫女としての在り方に口出しはしないって約束だったじゃない」

「介入じゃないわね。強いて言うなら、補助ですわ。私は脆弱な灯火……貴女が危ない道を選ばない為の道標にしかなれないんだから」

 

 そんな私の完璧な弁解の言葉に、霊夢は納得──しなかった。「あっそう」とだけ言い、立ち上がる。瞳には深い失望が湛えられていた。

 えっ、私なんか間違えちゃいました? 

 

「いいわよ。あんたがそういうつもりなら、私はそれに従ってやるわ。……あくまで私の意思でね」

 

 それだけ言うと、霊夢は外に出て行ってしまった。残された私と早苗は何が起きたのか理解できず、呆然と顔を見合わせるだけである。

 ほんと年頃の女の子って難しいわー! 

 

「どうしたんでしょうか霊夢さん……。お師匠様もしかして無意識のうちに地雷を踏み抜いちゃったんじゃ?」

「否定はしないけど多分貴女も相当よ」

 

 早苗はむしろ地雷原の上でタップダンスを踊ってるまであるわね。

 予想なんだけど、早苗と霊夢の相性って時と場合によって両極端だと思うのよ。まあ、霊夢はああ見えて結構面倒見がいいし、なんだかんだ早苗とは程よい付き合いができるとは思うわ。定期的に踏み抜く地雷がどう作用するかは知らないけど。

 私? 私と霊夢は両想いだからノー問題よ。

 

「いいかしら早苗。一つお願いがあるの」

「あっはい。何でしょう?」

 

 畏まった私の態度に首を傾げる。願いはとても些細な事、二人の未来を輝かしく照らして欲しいという私の想い。

 

「できれば霊夢と仲良くしてあげてね」

「仲良く……ですか」

「あの子知り合いは多いんだけど、こと人間の友人に関しては驚くほど少ないの。博麗の巫女という役職が彼女から人間を遠ざけてしまった」

 

 もちろんその責任の一端は私にある。彼女の運命を決定付けたのは他ならぬ私、過酷な世界を背負わせたのは私なのだ。孤独は感じていないだろうけど、それがまた彼女の危うさを助長している。

 常々どうにかしてあげたいと思っていた。しかし魔理沙もメイドも此方側の世界に近すぎる。かと言って阿求では人間に近すぎる。そういった意味では早苗はうってつけの人材と言える。

 

「私の責任を貴女に押し付けているようで申し訳なく思うわ。けど同じ巫女としてどうか……支えてあげて欲しい」

「大丈夫ですよお師匠様。私、霊夢さんのこと嫌いじゃないですから。いや、むしろ憧れるまでありますね! 妖怪を退治する最強の巫女なんて最高じゃないですか! 私たち仲良くやっていけますよ! きっと!」

「そ、そう。……けど貴女達、さっきまで言い争ってたじゃない」

「あーあれはー……まあ、そうですね。そういう時もありますよ。人間なんだもの」

 

 さなを。

 なるほど……『人間だから』ねぇ。確かにそれは私には分かるはずもない感覚でしょう。だって私はスキマ妖怪、人間ではない。

 私がどんなに彼女達の事を想い、考えても、人間と妖怪という構造的な隔たりを越えることはできないのか。人間のイデアと妖怪のイデア……異なるイデアに属する者の感情は完璧には推し量れない。所詮は人の心を知らぬ妖、ってわけね。

 やだ、今日の私ってセンシティブ! 

 

 そんな私の考えを知ってか知らずか、早苗が徐ろに立ち上がり、声を張り上げる。おお、早苗が燃えている! 変なスイッチが入っちゃったかしら? もはや恒例となりつつあるわね。

 

「安心してください! この東風谷早苗にはお師匠様にとって一石二鳥となり得る名案があります!」

 

 やけに自信満々なのが逆に怪しいわ。

 

「ちなみに、どういう案なのかしら?」

「私が妖怪退治をやります! そう、霊夢さんが幻想郷の巫女を、私が最強の巫女を担うのです! もちろん妖怪退治のイロハは霊夢さんから学びますとも! ──いけますよお師匠様!」

 

 いけませんよ早苗さん。

 

「いや、あのね早苗……」

「そうと決まれば早速実行に移しましょう! いざ──霊夢さーん! 妖怪退治のやり方教えてくださーいっ!」

 

 制止の言葉は届かない。障子を勢いよく開け放つと、けたたましい音を立てながら境内へと駆けていった。しばらくして外から「巫山戯んな!」って霊夢の声が聞こえた。

 まったく、早苗ったら突拍子の無い事を……。最近妖怪が見えるようになった少女に霊夢の代わりが務まるわけがない。

 

 ……だけど好都合ではあるわね。霊夢の妖怪退治を見れば早苗も妖怪の恐ろしさと幻想郷の厳しさが身に染みて分かるだろう。ついでに二人で行動する間に仲良くなってくれれば……! なるほど、そういう意味で『一石二鳥』なのね! 

 ふふ、早苗も中々やるわね。

 

 外の様子を伺うと、霊夢が巫女袖にしがみ付く早苗を文字通り振り回していた。傍ではあうんがオロオロしながら霊夢を宥めている。なんというか、こんな光景を見ると改めて幻想郷に帰ってきたって実感が湧いてくるわ。悪い意味でね! 

 邪魔するのもいけないし、私は「あんまり無茶しないようにね」と声をかけてスキマに潜る。「おい待て逃げるな」と霊夢の怒声が聞こえてくるけど気にしない。そろそろ華扇が来る頃だろうし、後は彼女に一任しよう。華扇の方が私なんかよりよっぽど師匠やってるしね。

 

 がんば霊夢! 




詳しく描写はしていませんが、霊夢と早苗はゆかりん謹慎中に結構交流してました。早苗は兎も角、霊夢は霊夢で自分以外の巫女に色々と興味を持ったのでしょうね。悪い意味で(意味深)

そしてついに名前だけ登場したあの天人!最近ゆかりんの胃に優しいイベントしか起きてないような気がするのです。そろそろ休憩時間を終わらせてあげなきゃ……!

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