幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
どうか依存してくれるな。
神様――もし貴女が存在しているのなら――私の言葉をどこかで聞いているのなら――どうか私の願いを叶えてください。
私は独りではない……アナタ様も共にいる事をどうか証明してください。
私が
*◆*
モリヤーランド閉園。
燦々と陽光を降り注がせていた日は西の山に暮れ、暗黒に染まる夜空にポツンと星が浮かぶ。もし文明の光が無ければ、あの孤独な黒海は光り輝く星屑の大河となるのだろうか。
やっぱり幻想郷とは大違いね。
広大な諏訪湖のほとりに腰を下ろし、何処かに在る我が古巣へと哀愁を募らせていた。帰りたくはないけどいざ長期的に離れるとちょっと寂しくなってくる……。
霊夢と藍は大丈夫かなぁ。ちゃんと幻想郷の平和を守っててくれてるかしら。……AIBOが余計な事をしてないかも心配だ。
まっ、私なんかが心配しても仕方ないか! あの子達は私なんかよりもとびっきり優秀だし、オッキーナや華扇だっているんだもの!
私は私のことに集中しましょう。
ひとまず守矢神社の社から出てすぐに、諏訪子の子孫らしい東風谷早苗ちゃんの元へと向かった。どうやらモリヤーランドのオーナー名義は早苗ちゃんのものになっているようだ。
つまるところ支配人。なるほど仕事にありつけた秋姉妹の頭が上がらない訳だ。
彼女と必要最低限の事を話した後、園地が閉まってから詳しい話をしよう、という流れになった。取り敢えず一安心ね。
その間、ちょっとだけ早苗ちゃんの仕事を観察してみたんだけど、彼女も彼女で多忙なスケジュールに追われていた。っていうか遊園地を三人で回してるって普通に考えて頭おかしい。
見世物であるカナちゃん&スワちゃんによるドタバタ劇の際には司会のお姉さん役までやってて、とても健気だ。どこぞの巫女にも見せてやりたいわね!
ただこのショーはドタバタ中のアクシデント(カナちゃんの頭がまたもや吹っ飛んだ)により子供達には不評だった。ただ大きいお友達たちにはかなり好評だったみたいで。
プ◯キュアと同じ原理かしら?(無知)
それにしてもあの東風谷早苗こと早苗ちゃんは、諏訪子の言う通り一般人をほぼ下回る水準の霊力しか有していないようだ。彼女のようなか弱い少女を幻想郷に連れて行っても、果たしてそれが幸せに繋がるのか……。
はっきり言って私の二の舞よね。
諏訪子と神奈子の件もあるし早苗自身が望むなら幻想郷に招待することもやむなしなんだけど、その為にはまず根本的な部分を知ってもらわなきゃならない。……さてどうやって『幻想の存在』を信じてもらおうか。
スキマや弾幕を見せてあげるのを考えたが、諏訪の神を認知できない彼女にはたして私如きの妖力で構成された像が見えるかしら。
幻想郷の連中くらいの妖力で塗り固めたモノならなんとか早苗にも見えるかもしれないけど、その前に私と一緒にぶっ倒れそう。
……ん? 何かを見落としてるような――。
――と、腰から振動が伝わった。
これは先程、早苗から貰った物だ。ちょっと時代遅れなトランシーバーだけど、通話に限れば携帯電話とそこまで変わらないわ。
取り敢えずでましょうか。
「はいもしもし?」
『あっ紫さん。早苗様からそろそろ園内に来てくれて大丈夫と言伝を』
「分かったわ。すぐ向かいます」
今のは秋姉妹の……多分静葉の方。正直なところ確信は持てない。まあ、別にどっちでもいいんですけどね。
ていうか早苗"様"ねぇ。
それは神様としてどうなんだろうか。
さてさて、それではゆったり向かうとしましょうか。スキマ移動が出来なくなった当初は不便で仕方なかったけど、今では歩くのがちょっとした楽しみになりつつある。
ふふ、超健康妖怪のゆかりんですわ! てゐも「健康志向が長生きの秘訣」とか言ってたし、大変よろしい! まあ信憑性は半々だけどね。
しんと静まり返った園内を闊歩する。近代の古さによる雰囲気と、鉄臭い匂いが相成ってとても不気味。実に小傘なんかが好みそうな感じね。
そんなことを考えてたら、妖怪のくせして少し怖くなってきたので足早に事務所の方に向かった。事務所は守矢神社の離れに位置しているみたいだ。またあの雑木林に行かなきゃなんないのか……流石にげんなりしますわ。
しばらく歩いてると、木々の間からちぎれちぎれな灯が垣間見える。どうやら早苗が直接出迎えに来てくれたようだ。
しかしここで早苗、何故か私を素通りしてしまう。しっかりと私へ懐中電灯を向けたはずなのに。目が悪かったりするかしら?
「こっちよ東風谷さん」
「へ? うわぁっ、急に出てこないでくださいよ! びっくりしたじゃないですか!」
大袈裟に仰け反った。
昼間もそんな感じじゃなかった? 貴女。
「急にも何も最初から……」
「もしかして貴女って幽霊だったりしませんか……? 急に現れるし、風貌もなんか……浮世離れしてるような気がしますし……」
「幽霊の友人はいますけど私は幽霊ではございませんわ。生憎、私が生きていると証明する手段はないですけども」
「はぁ、そうですか。では中へどうぞ」
幽霊の友人あたりから早苗の目が胡散臭いものを見るかのようなものになってしまった。うーん、辛い! スキマが使えたら今すぐ幽々子か妖夢を連れてくるんだけどねぇ。
取り敢えず立ち話もなんだと事務所の中へ。デスクには字で埋め尽くされた書類の山が乱雑に積み上げられている。
随分とこじんまりしているわね。ひとまず備え付けられたソファへと腰を下ろし、向かいに座った早苗をしっかりと見据える。
交渉は眼力、これ基本ね!
「さて、まずは改めまして自己紹介を。私の名前は八雲紫。幻想郷という場所の管理人をやっている者ですわ」
「幻想郷……聞いたことない……。失礼ですけど、どこの国の出身ですか?」
「貴女と同じよ(多分)」
「そうは見えませんけど……?」
早苗は私の髪や瞳を一瞥しながらそう問いかける。やっぱ私って外人に見えたりするのかしら? 日本人っぽく無いなー、とは自分でも思ってるけど。
ていうか幻想郷って色々とカラフルだからそういう感覚が麻痺しちゃうのよね。レミリアたちを始めとして外国の連中も結構いるし。
そういう意味では早苗は幻想郷住人としての条件をクリアしているとも言える。清楚な緑髪はレアよ!
幽香? 四季映姫? アレは違う。断じて違う!
「えっと、紫さんは本殿の方に何か用があったみたいですけど、何をしてたんでしょうか。その……私は色々あって止めなかったんですが」
「その件だけど、貴女巫女なんですって?」
「は、はあ。一応やらせてもらってます」
というかその格好を見れば一目瞭然だけどね。ただ脇出しスタイルが全国的なものだったとは知らなかった。変態とか言っちゃってごめんなさいね霖之助さん。帰ったら謝りましょう。
「実は私の娘は貴女と同じ巫女でして、この界隈には少しばかり詳しかったりしますわ。まああくまで並の人より、ですけど」
「巫女の!? しかし、私の他にはもう数える程度しか居ないと聞き及んでいるのですが……もしかして有名な方ですか?」
「いいえ。片田舎の幻想郷の巫女だから全然有名じゃないわ。彼女ったら自分の仕事には熱心な癖して、巫女の仕事はおざなりでねぇ。貴女の爪の垢でも飲ませてあげたいわ」
「私はそんな……」
謙遜している早苗だけど、彼女が守矢神社存続のためにどれだけ奔走していたかは二柱より聞いている。巫女としての心構えは多分霊夢より上っぽい。
そんな彼女だからこそ、本来捧げられなきゃならない沢山の言葉がある。
「信仰とは何か。ご存知かしら?」
「えっ、珍しい言葉をご存知なんですね。ああ、詳しいと仰ってましたっけ。随分と昔に死語となったらしいですが、意味は確か――」
「端的に言えば"神様を信じる事"ですわ」
早苗の疑心が鋭利なものになっていくのを感じる。口でこそ言わないが、目で「何が言いたいのか?」と訴えかけている。
一呼吸置いて話を進める。
「巫女とは神に仕える者の事です。強いて言えば、それ以上でもそれ以下の存在では無い。神など誰も信じないこのご時世に、巫女の身でいるなんて……相当な覚悟が必要だったでしょう」
「……どういう――」
「二柱は貴女にとても感謝していたわよ」
私の言葉がきっかけだったのだろう。東風谷早苗の一挙一動全てが静止した。
そして大きくて綺麗な瞳が右往左往と泳いだ後、さらに大きく見開かれる。……よく見ると、彼女の指先が震えていた。
互いに無言のまま、しばらくの睨み合い。
言葉の真偽を確かめようとする懐疑的な早苗の視線と、ただ真っ直ぐに見つめる私の視線。その二つが交錯する。
「見えるん、ですか?」
「ええ」
なんて事ないように、あっけらかんと答えた。
「……話せるんですか?」
「ええ。貴女のことから昔の話まで、とってもおしゃべりな神様よ」
握り締める力でスカートの裾に皺が広がっていく。まるで込み上げてくる激情を必死に内へと抑え込むかのように。
「私のことは……なんと……?」
「――『私たちに尽くしてくれている、大切な愛娘』だと、言っていましたわ」
「……っ!」
やるせないわね。
彼女の姿を見ているだけで心が苦しくなる。
「神様は、居るんですね……? 私に聞こえている声は本物で……私は異常者なんかじゃなくて……確かに、存在しているんですね……?」
「――……ええ」
早苗の顔が崩れる。震える口は、自分の唇を噛み締めていた。
そして私から背を向け、勢いよくドアを開け放ち事務所から出て行ってしまった。……色々と思うことがあったんだろう。
あの二柱から聞いた話によると、早苗は数年前に両親を亡くしたらしい。酷い交通事故だったみたいで、力の弱まっていた諏訪子と神奈子では早苗を救うのが精一杯だったそうだ。
それ以降、身寄りのなくなった早苗の、唯一の心の拠り所は実在するかも分からない声だけの"神様"という、不定実な存在だった。
諏訪子の子孫である故の美しい翡翠色の髪、そして退廃し続ける宗教の巫女。この二つの要素が早苗から世界を切り離してしまったようだ。
考えれば考えるほど、可哀想な子よ。
せめて諏訪子と神奈子の存在を確信できればまだ救いはあったのに、それすらもままならなかったなんてね……。
これは何とかしてあげなきゃなるまい。霊夢と同じくらいの年の巫女さんが苦しんでいるのをみすみす見逃すわけにはいかないわ!
フラン以来となるゆかりんメンタルクリニックの時間が来たわねこれは!
少しして早苗が戻ってきた。
すみません、と丁寧に謝りながら何もない風を気丈に装っている。だけど赤くなっている眼は誤魔化せないわよ。
「神様のことを共有できる人にお会いできたのは初めてで……取り乱しちゃいました。ありがとうございます紫さん。嘘でも嬉しいです」
「私は何もしてませんわ。……むしろ、これからするつもりでして、その為にこの諏訪の地にやってきたのです」
そう、ここからが本題だ。
如何に彼女と諏訪子と神奈子が抱えている問題を解決するか、その手腕が問われている。下手を踏むわけにはいかないわ。
「先程、私は貴女に『
「へ?」
神という話題を共有できた事もあってか、真剣な表情をしていた早苗だったが、私の言葉に素っ頓狂な声をあげた。
「実は私……妖怪なのですわ」
「よ、よよよよ妖怪!? 妖怪って、あの頭から針飛ばしたり下駄を投げつけたりしてくるアレですよね!?」
「そうそう。ただ鬼太郎には会った事ないわねぇ」
ちなみにそんな知り合いもいない。
「妖怪って……本気で言ってるんですか? あんなのフィクションの産物で、本当に実在するわけが……ありえません」
「けど神は存在するんでしょう? その時点でこの世界の【常識】は撃ち破られたようなものですわ。神も妖怪も……奇跡もあるのよ、早苗」
「それは……」
言葉に詰まる早苗。
不思議な話よね。幽霊はみんな信じるのに、妖怪や神は信じないなんて。
自分の生死に直結するものでないと、幻想の存在を認識するのは難しいのかもしれない。特に、現代の外の世界の人間は。
「幻想郷の管理をしていると言ったでしょう? その幻想郷とはこの世界で忘れ去られた者や、普通に生きる事を諦めた者が行き着く場所です。そして、ここの神様は実に幻想郷に適している。是非とも、こちらで暮らして欲しいと思い、こうして訪ねて来ました」
「えっ、神様を連れて行っちゃうんですか!? そ、そんな……」
「けどね、二柱は『早苗も一緒じゃないと無理』とのことで。貴女をこの世界に残して行くことが心配で仕方がないみたいなのよ」
震える手で口を覆う。
早苗の目がまたもや潤みだした。とことん巫女泣かせな神様たちである。
彼女が落ち着くまで待っていると、やがてぽつぽつと語り始めた。
「正直、信じきれないんです。神様のことを言い当てたのは凄いと思いますけど、流石にあまりにも話が……。証拠があればまだ……」
「証拠ねぇ。けど貴女には見えないものばかりでしょうし……あっ、これなんてどうでしょう」
スキマから写真を取り出した。どうやら早苗にはなんの脈絡もなく現れたように見えたらしく、目を白黒させていた。まあこの程度ならそこら辺のマジシャンでも出来そうなことだ。
この写真はちょくちょく文から失敬しているもので、幻想少女の日常を切り取った私御用達の宝物である。
「写真越しなら見えるかと思ったのだけれど……どうでしょう?」
「これは……見えません。これも、見えない。あっ、この金髪の方は見えますよ!」
「ああ、魔理沙ね。彼女は星を扱う魔法使いよ。……ふむ、ならこの子はどう? 私が育ててた『巫女』なんだけれど。貴女と同じ、ね」
「例の巫女ですか!」
早苗は目を輝かせながら写真を覗き込む。しかし、やがては消沈してしまい、脳天の若葉みたいなアホ毛?がくたびれてしまった。
「見えません……。あっ、この人は?」
「この子は阿求。人里のリーダーで、幻想郷の見聞記を纏めてもらってるわ」
引き続き興味津々な様子で写真を眺める早苗。ただ、彼女の可視には範囲があって、どうやら人間以外は見えないらしい。藍やルーミア、幽々子は完全にスルーだった。
……かと思いきや、霊夢や咲夜もまた見えなかったようなので、あっという間に法則が崩れてしまった……。あの子達が人間ではない可能性もあるかもしれないが、流石にそれは、ねぇ?
「むむっ、この子はどういう人なのでしょう? 可笑しな傘を持ってますけど……とっても可愛いですね!」
「ああこの子は多々良小傘って名前で、唐傘の妖怪よ。……って、見えたの?」
「はい、何故かこの子だけ。妖怪っていうのはこんなにキュートな方たちばかりなのですか? もっとおどろおどろしいモノを想像していたのですが……」
んー……なんで小傘なんだろう?
やっぱりランダムなのかしら。幻想郷に帰ったら河童に苦情を入れましょう。
ていうか! よりにもよって小傘って……! なんでこんな妖怪の中でも異端中の異端を引き当てちゃうのかなぁ!!
「どうだった? 写真の子たちは」
「正直に言いますと、コスプレしてるようにしか見えませんでした。もっと何かありませんか!」
「難しいわねぇ。ちょっと此方にも不具合がありまして、貴女を幻想郷に連れて行くことも満足にできないのです。貴女が幻想郷に来る覚悟を決めてくれれば、二柱の神と協力して道を開けそうではあるけれど、今は闇雲になけなしの力を使わせるわけにもいきません」
「つまり私の判断次第、と……」
難しそうな表情を浮かべる。
早苗の反応は当たり前だ。今まで幻想を疑っていた人間が常識を書き換えるのはとても難しいことだろう。神の声を聞いていた早苗だからこそ、まだ話が通じるのだ。
「……私は、まだ信じきれません。今も神様からの声が聞こえるのですが、それすらもまだ幻聴だと疑っているくらいです」
「――そう。それもまた仕方のないことですわ」
冷静になって考えてみたら私って詐欺師と思われてもしょうがないわね。警察に通報されなくなっただけマシになったんだろうか。
「やはり、百聞は一見に如かずと言いますか……一目神様の姿を見ることができれば、私は紫さんの言うことを全て信じます。私だって信じたいのです! 幻想郷だろうが世界の果てだろうが、何処にだって行きますよ!」
「ん……」
とどのつまり?
「紫さん――いえ、紫先生!」
「……ん?」
「私に不思議な力を授けてください! 空を飛んだり魔法が使えたりなんて、そんな力は欲しません! 貴女のような隔世を見通す目が欲しいんです!」
「んん?」
変な方向に話が……。
「まず何をすればいいですか!? 私、昔からイメージトレーニングとは得意だったんです! 何か力を解放するコツとか!!」
「ちょっと待ちましょう?」
「あと先ほどは要らないとは言いましたが、やはりできるなら空を飛んでみたいです! 魔法も使いたいです! メドローアいいですよね! 極大消滅呪文メドローア!!」
そんなもん使えてるなら苦労してないわちくしょうめ!! ていうか多分幻想郷の連中には効きませんわ極大消滅呪文メドローア!
覚えるなら逃走用のルーラ一択ですわ!!
……あっ、ルーラ使えたわ私(絶望)
「正直に言うわね。確かに私は霊夢――巫女を育てたことがありますわ。そして彼女は見事に大成しました。しかし、それはあの子の才能による部分が大きかった事を明言しておくわ」
この世の中には才能で成り立っている事象が多々ある。努力ではどうにもできない領域とは確実に存在するのだ。
……それでも上を目指す事を辞められないのが、人間としての
早苗に才能はない。それはあの諏訪子からのお墨付きだ。私もそう思うし、早苗自身も、その事に関しては理解しているはず。
霊夢の領域なんて到底無理な話で、妖怪や神を普通に見ることができるレベルすら到達できるかは分からない。これだけの環境が整っていながら才能が開花しなかったあたりから推測すると、かなり厳しいと思う。
だが彼女の煌めく瞳の裏には、どうしようもないほどの悲壮な感情と、幻想を手にする決意が垣間見える。
決意に漲る人間が生み出す爆発力とは、時に計り知れないものがある。早苗には、その可能性を見出すに足る決意がある!
これは大変教え甲斐のある生徒になるだろう。
まあだけども、そもそも私は巫女の先生をやるなんて一言も言ってないんですけどね! 指導方法なんかとっくの昔に忘れたわ!
悪いけど、私に彼女を教えることは……難しい。むしろこういうのは諏訪子や神奈子の方がよく知り得ているのでは?
「貴女の力を開花させるのは大変良い案だと思いますわ。ただ残念だけど、私は人に教授できるほど自分の技量が高くありません。他を当たって――」
「嘘ですね!」
謎の即答だった。
「私が言うのもなんですけど、紫先生が身に纏う雰囲気は何かが違うんです。初対面の時から只者ではないと思ってました!」
「えぇ……(困惑)」
高評価を付けてくれるのはありがたいんだけど、真偽としてはどうなのそれ。私をおだてようって魂胆かしら?
私、そんなに軽い女じゃなくてよ!
「申し訳ないけど、私はそこまで言われるほどの存在ではありませんわ。それに、"先生"というのは些かむず痒さを感じるわね……」
「先生はダメですか? なら……"師匠"とか」
「師匠……?」
この時、私の脳裏にとある日の情景が迸る。
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「おししょー様! よーむはこのままでは終われません! もう一度だけ、手合わせをお願いします!」
「うむ……よかろう」
花の芽が膨らむ春先。うたた寝してしまいそうな春の陽射しの中、白玉楼でのとある一幕。互いに竹刀を持ち、激しい打ち合いを繰り広げる幼い妖夢と妖忌を見ながら、縁側で幽々子と談笑しながら茶を啜っていた時の事だ。
私はふと、言葉を漏らした。
「お師匠様……なんとも甘美な響きね。師となり後進を育てる身にとって、その名で弟子に持て囃されるのは嬉しいものがあるでしょう。それで弟子が大成した時なんて、ねぇ」
「そういえば紫はそういう事をしたりしないのかしら? 私はあの二人を見てるだけでお腹いっぱいだけど、貴女は興味があるんでしょう?」
「教えることなんて何も無いし、そもそも対象が居ないわ。前提からして不可能よ」
幽々子の問いに素っ気なく返した。
すると彼女は解せない様子で首を傾げながら、茶菓子に手を伸ばした。
「藍ちゃんが居るじゃない。それに私だって、貴女に教わりたいことがあるもの」
「貴女も藍も、何故今更……。ちなみに聞くけど、私から教わりたい事って?」
「その怖い顔の仕方」
誠に心外であった。
そんな感じで師匠というものに憧れつつ日々を過ごしているうちにその機会がやってきた。色々あって霊夢を娘として育てることが決定したのだ。
博麗の巫女としての鍛錬を監督し始める、まさに初日のことだった。私は白玉楼での一幕を思い出し、とある事を考えたのだ。
「ねえ霊夢♡」
「ん」
「これより修行中、私のことは"師匠"と呼ぶように。いいかしら?」
「……やだ」
私の目論見は秒で塵と消えた。
ちなみにこの後めちゃくちゃ夢想封印されてめちゃくちゃ酷い目に遭った。
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師匠……師匠かぁ。
やっぱり良いものですわ、この響きは。
ま、まあ? 早苗の才能を開花させることが私の目的への一番の近道ですし? こんなにも彼女から懇願されると断りにくいですし?
これは、やるしかないでしょう!
「――分かりました。そこまで言うなら私も一肌脱ぐことにしましょう。守矢の神には礼になったこともありますし」
「ほ、本当ですか!?」
はてさてこの決断が吉と出るか凶と出るか。なんにせよ早苗を拉致るよりも神という存在を確信させる方が楽よね! 早苗の望まない形は諏訪子から反感を買う可能性だってあるわけだし。
ふふん、
ただ保険はかけておきましょう。
「先ほども言った通り、全てが上手くいくとは限らない。 待ち受けるのは残酷な結果なのかもしれない……それでも、貴女はこの道を歩むと決心できるのかしら?」
「構いません! 道を照らしてくれるのなら、私は絶対に諦めませんから! だけど、もし最後まで私に何も見えなかったら……その時は、引きずってでも神様を幻想郷に連れて行ってあげてください 」
やだ、健気! これは責任重大ね。
さあそうと決まれば早速修行に取り掛かりましょう! まずは霊力を感知させる事からですわ!
「ではこれより修行を――」
「あっもう遅い時間ですので私は寝ますね。紫お師匠様も、秋さん達と相部屋になりますけど一応部屋は用意できますので、是非いらしてください」
ん??
「いや、えっと……」
「明日から新学期なんですよねー。今日の疲れも残ってるし、寝坊しちゃわないように気を付けないといけません! それではお休みなさいー」
「お、お休みなさい」
早苗は私の制止を聞くこともなくパタパタと部屋から出て行ってしまった。そっか、新学期か……新学期なら仕方ないかな。
ま、まあ初日から無理をしてもアレだしね! 遊園地業務に加えて色々と衝撃的な事を聞いて疲れてただろうし、今日はゆっくりさせてあげましょう。
ただ私の気合だけが空回りしているような……気のせいかしら……。
むぅ、恐るべしゆとり世代!
……あれ、ちょっと待って?
私、何か大変なこと見落としてない?
*◆*
「んー……」
「どうかしたの? 諏訪子。ようやく起死回生になり得る美味い話が転がり込んできたのに、そんな難しそうな顔してさ」
「いやぁなんだかねぇ」
紫と早苗が話を終え、彼女が扉の向こうへ消えるのを見送った後、それを見守っていた諏訪子は唸るようにこうべを垂れた。頭を覆う帽子のような物体が若干ずれ下がる。
神奈子からすれば、相方のこの態度は理解し難い。
何を危惧する必要があるのかと本気で思ってしまうほど、八雲紫との話は『美味い話』だったというのに。
「この土地から離れる事は一つの選択としてずっと前から決めていたじゃないか。まあ、最悪の選択として、だけどね」
「あっ、いやいやそっちじゃないよ」
「ん? なら早苗の事か?」
「そりゃ早苗は早苗で心配だけどさぁ……いま一番頭に引っかかってるのは紫についてだよ。なんか変だと思わなかった?」
諏訪子の言葉に神奈子は首を傾げた。
確かにあの妖怪と諏訪子が話している時は最大の警戒を抱きつつ、八雲紫という存在を観察していた。姿を消していたのにはそういう意味合いがあった。
諏訪子と旧知の仲といえど、相対するまであの妖怪への心証は最悪だった。伝聞のみではあるが、やってきた事のスケールが自分たちと負けず劣らず……下手すればそれ以上。
さらに言えば紫は神々の没落の一因を担っている。それだけ彼女の影響力は大きかった。それを警戒するな、など無理な話だ。
だが、神奈子の懸念は良い意味で裏切られた。確かに色々と不気味で胡散臭く、妖しい妖怪ではあったものの、敵意やこちらを見下す・値踏みするような視線は全く感じなかった。
紫は真摯だった。
全てを信じるのは危険ではあるけれど、彼女の悉くを否定するのは間違いであると認識改める程度には心証が回復した。
一方で諏訪子はと言うと、ひたすらに考え込んでいた。果たして自分の胸中を覆うこの違和感を如何するべきか……。
ひとまず相方に吐露してみる。
「紫ってさ、よく笑ってたんだ。喜びを共有する時、そして相手を威圧する時……そんでもって自分も朗らかに笑う。そんな奴だった」
「……?」
「だけどあいつには絶対に揺るがない芯の強さと、心の奥に秘めていた冷徹さがあった。それらを全部ひっくるめて、八雲紫だ」
神奈子は下唇に指を当てる。
相方の言う事が真実ならば、それはこれまでの神奈子の紫への認識の全てを覆す材料になる。決め手は、やはり違和感。
「笑い、悲しみ、怒る。……温厚で冷酷。絵に描いたような正直者だけど嘘を平気で吐く。弱きを助け強きを挫くが、全てを見下す恐ろしさもあった」
「なんだいそれは。八雲紫はそんなに不安定な妖怪だったのか?」
「いや、逆に言えばそれほどまでに完璧な妖怪だったんだ。だから私は久し振りに会う紫が
だが、紫は諏訪子の予想を大きく裏切った。
「アレは紫という皮を被り直した紫ね。一見で与える印象は巧妙にも昔の紫の黒い部分そのまま。だがその実、内面への関心を打ち切らせる抗い難い魅力も外包している。まるで、紫自身がそう設計しているのかのように」
「……演技か?」
「どうだかね。だけど、私も紫の申し出自体には賛成さ。くく……あの面白さはやっぱり昔っから変わってない。私にゃそれだけで十分さ」
八雲紫は果たして消えゆく神の救世主となるか、それとも滅びの引導を渡す死神となるか。当事者ではあるが、大変興味深い。
自分の愛娘である早苗への対応も含めて、紫がどのような道を創り出すのか……二柱は確信に似た予感を感じていた。
師匠運に恵まれない早苗さんと、弟子運に恵まれないゆかりんであった。
・早苗→諏訪子&神奈子
世界で最も大切な方。存在するのかもしれないし、存在しないのかもしれない。もしも存在しないのなら、幻聴が聞こえる私は異常者ってこと……?
・早苗→ゆかりん
胡散臭いけど只者ではなさそうな人……もしかしたら妖怪。藁にもすがる思いで頼ってるけど、やっぱり胡散臭い。そもそもなんで貴女自称妖怪のくせに私の目に見えてるんですかね??
・早苗→秋姉妹
おもしろ外人。えっ、神様? まさかぁ(笑)