幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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↓ラスボスっぽい人っぽい神様


霧雨魔理沙の憂鬱

「ふっふっふ、喜べ二童子。この度お前たちに新たな仲間が加わるかもしれん」

「「わー」」

 

 満面の笑みで仰々しく言い放った隠岐奈に、配下の二童子はこれまた満面の笑みで大きな拍手を送る。……その割には声に活力が無いが。

 見る人が見れば実に悪辣かつ悪趣味な現場だと言わざるを得ないだろう。だが此処は『後戸の国』であり、彼女ら三人以外に生命は存在しない。

 

「では、我々はこれより三童子になる、ということなんですね。いやー楽しみだなぁ」

「んー……まあ、そうだな! そういう事だ! お前たち仲良くするんだぞ」

「「はーい」」

 

 一つ補足しよう。

 摩多羅神の部下たる資格は丁礼田と爾子田のみ。それ以外があるはずがなく、童子に三人目など存在するはずがないのである。

 つまり、今回新しく童子を加えるのなら、丁礼田か爾子田に空きを作らなければならないのだ。……お役御免になった元人間の末路など、断じてロクなものではない。

 

 

「名前は霧雨魔理沙という。聞いたことくらいはあるだろう? その魔理沙だ」

「お師匠様。確かその霧雨魔理沙は異変解決の専門家で有名な人ですよね。それを我らの仲間に加えるという事は、つまり……幻想郷の自浄能力を削ぎ落とすって事ですか?」

 

 爾子田里乃は聡い。

 魔理沙のような何者の手も付いていない個人勢力は無理に他勢力へ引き入れると、幻想郷のパワーバランスにかなりの歪みをきたす可能性があり、言うなれば一種の緩衝地帯である。

 特に彼女ほどの影響力のある人間、さらには異変解決者という大事な存在を自勢力に引き入れるのは、下手すれば紫や霊夢の強い反感を買ってしまう恐れもあり、あまり賢い判断では無いだろう。

 

 そう、普通なら。

 残念なことに、この秘神は普通ではない。

 

「むしろ私が霧雨魔理沙という人間の中で最も価値を見出したのがその点だ。奴を取れば紫とその背後に潜む連中には大きな痛手となる。まあ、実力も私が少し弄れば申し分ないし問題ない」

「へーお師匠様は幻想郷に喧嘩を売るために新たな童子を加えるのかぁ。すごいなぁ、僕には真似できないなぁ」

「舞よ、これは幻想郷を守る為、だ。なぜ幻想郷を作った私が幻想郷に喧嘩を売らねばならん。おかしな話だろう。言うなればこれは自衛の一環よ」

「戦争屋はいっつもそんなこと言いますよね」

 

 そして犠牲になるのはいつの時代も関係ない第三者なのである。だがそんな些細な倫理観など隠岐奈には不要なものだ。

 

 この幻想郷において最も大切なのは『誇るべき真なる志』ではなく、『紛う事なき底無しの狂気』であることは疑いようもない。

 隠岐奈のその政治理念と統治理念には、かつて日の本を治めた最高の為政者すら完全に同意している。

 彼女ほどの存在になれば、余計な感情の起伏は無駄なものでしかない。

 

「もしかして、今回の件って地底で話し合われた内容が関係してます? 確か交渉が決裂したとかなんか言ってたじゃないですか」

「はっはっは。無駄に賢いなお前たち。ああそうとも、最終的な到達点は同じだが、我々は袂を別つことになった。何故だか分かるか?」

「聡明でなに考えてるのかも分かんないお師匠様の考えることなんて、僕たちには皆目見当もつきませんね」

「お師匠様がまた喧嘩を売ったのでは?」

「ふん、お前たちの私に対する悪辣なイメージの方が問題だな」

 

 隠岐奈は二童子へ呆れたように吐き捨てると、椅子に深く座り直した。そして心底馬鹿にしたような声音で高らかに告げるのだ。

 

「奴らは甘い。全てを望むことでしか未来を語る事ができんのだ。そんなもの、身の丈も分からぬ半端者の戯言に過ぎん。紫とてそれは同じだ」

「けど紫様は言うこと全部成してるじゃないですか。それでも半端者なんです?」

「ああ、あいつこそ一番中途半端な奴さ。失敗した事がないだって? そんな事はない! 奴は既に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだからな。今も、昔も……変わらない奴だ」

 

 紫を想う感情は一枚岩ではない。ありとあらゆる感情が隠岐奈には揃っている。その中でも一際に大きかったのが、喪失感だ。

 けれど、それでも構わないと思っている。

 

 仮に万人の命と幻想郷を天秤に測るなら、隠岐奈は迷わず幻想郷を選択するだろう。如何なる犠牲を賭してでも幻想郷の存続という道を選ぶ。

 それが摩多羅隠岐奈の賢者としての心構えだ。

 

「あんな方法で紫を制御できるものか。徹底的に対策しなければ奴の心に触れる事すら叶わんだろうさ。……その上で博麗の巫女と古明地さとりは邪魔な存在になる。いや、紫と関係する者全てが障害となるだろう」

「やっぱ幻想郷に喧嘩売ってるじゃないですか」

「そうでもないさ、もう既に根回しは済んでいるからな。ふふ、稀神正邪の登場が物事を加速させた。もう終わりへと近づいているのだ。言わば霧雨魔理沙を我らの元へ引き込むのは『トドメ』だ」

 

 隠岐奈は笑みを深める。

 口ではこう仰々しく言ったものの、彼女の考えはさらに深い。もし今回の籠絡が失敗に終わったとしても、それはそれでまた一興。

 それに、隠岐奈がさとりと決裂したのには方向性の違い以外にももう一つ理由があった。その理由は実にくだらない。

 彼女のペットの中に魔理沙と似たような負を抱えている妖怪を見つけ、その妖怪を我が物にしようとしたからだ。

 

 隠岐奈は人の所有物にちょっかいを掛けるのが大好きな性分であり、里乃と舞もその産物の成れの果てである。

 結局、その妖怪も魔理沙も勧誘には『失敗した』が、それもまた一興、一興。

 

『警告するわ摩多羅隠岐奈。貴女は二度とお空にも紫さんにも近付くな。次は……然るべき報復を受けてもらう』

 

 あの時(古明地さとり)も。

 

 

『断るぜ。私は……普通の魔法使いで、十分だ。アンタはお呼びじゃない』

 

 あの時(霧雨魔理沙)も。

 

 

『河勝、そなたの欲は酷く歪んでいる。何故そうも多面的な思考へと自分を追い込もうとするのだ。……救いようのない人間とは、正しくそなたのような哀しき者の事を言うのだろうな』

 

 あの時(豊聡耳神子)も。

 

 

『隠岐奈……貴女は絶対的なバランサーとなるでしょうね。とても頼もしいわ。だけど、一番大切な事を内に秘匿してる限り貴女は何もできない。そのことをどうか覚えてて』

 

 あの時も────。

 本当に、本当に……望んだ通りの反応をしてくれる。これが楽しくて堪らない。

 

 生けとし生きる者らは等しくして"性質"という名の鎖に縛られている。高尚な理念などというものは後天的に形成されるものであり、それの作られるきっかけこそ、人が生まれて一番に持っている"性質"というモノに他ならない。

 環境など二の次である。何故なら、性質が環境を呼び寄せるのだから。

 

 ならば摩多羅隠岐奈はどうだろうか?

 

 答えは、無い。

 存在し得ない。

 性質など、無限にあって、全く無い。

 

 彼女にとって万物の理とは、全てが正しく、全てが誤りである。完璧な正解など存在しないし、不正解もまた然り。

 楽しければ、楽しくない。悲しければ、悲しくない。あやふやにも程がある。

 

 幻想郷を守る?

 単なる気まぐれの娯楽に過ぎないのかもしれないし、胸の内に芽生えた"正の心"がそうさせるのかもしれない。

 本質なんて無いのだから、何を疑うものか。

 

 紫を殺すか生かすか?

 そんなもの時の運だ。自分が殺そうと思えば殺すし、生かそうと思えば【解決法】を模索する。歪み、滅亡、再生……勝手にするといいだろう。どっちに転ぼうが隠岐奈は紫を愛し、憎み、慈しむ。

 

 そもそも自分が何を思って行動しているのか、自分の趣味嗜好が何に依存しているのかもあやふやで、もしかしたら隠岐奈の知らない秘匿された存在が彼女の中に潜んでいるのかもしれない。そしてそれが知らぬまに自分を操っているのだとしたら──。

 

 だがそんな不安定な存在でも構わないだろうと、隠岐奈は考えている。

 秘神とはそういうものなのだ。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 数日開かれることのなかった木製の扉が、鯖鉄の音を鳴らしながら開いた。魔法の森のジメジメとした空気も、今の魔理沙にとっては爽快なものに思えた。

 

 ふと、路端に咲いている花々に目を向ける。季節外れに生命を謳歌していたのは紫陽花。雨が降る季節でもないのに、ご苦労なことだ。

 もしこれが何者かによる仕業なのだとしたら、それはとても残酷なことだろう。草花といえど生え出た故の目的というものがある。それを歪めるのは大層業あることではないのだろうか。

 だが自然現象だというなら、これはただの自然淘汰だ。自らの生命の理由を全うできずに枯れる事だけが定められた哀しき存在だ。

 

 っと、魔理沙は頬を叩いた。若干ナイーブな思考に取り憑かれていたようだ。

 普段ならそこら辺に生えている草花のことなど気にもしないのに……これは悪い傾向だ。

 

 

「……っし。行くか!」

 

 自らを奮い立たせるように地を強く蹴って箒に腰掛け、かつて憧れだった宙へと浮かぶ。晴れ晴れとした春空が延々と山端まで広がっており、それを眺めると澄んだ気持ちになる。

 

 初心に戻ることを心がけている魔理沙にとっては良い出だしと言えるだろう。

 

「さて、どうするかな。……さっさとこんな異変なんか解決しちまって、今日中には終わらせたいんだが……」

 

 脳裏に蘇るのはあのおかしな賢者の話。

 何故か風貌や声質、さらには話の内容まで細かくは思い出せないのだが、ロクでもない話を聞かされた覚えだけはある。

 そして彼方からの申し出を断った事も。

 

 できれば奴の顔はもう見たくない。どうやら紫と同じ空間操作能力を有しているようで、魔理沙に隠岐奈の訪問を止める手段は今のところ無いが、訪問する為の口実を予め潰す事ならできるだろう。

 それにもう引き篭もりは懲り懲りだ。

 

「人里は、もうアテがない。アリスは居ないし、霊夢には頼れない。なら……紅魔館にでも行ってみるか。困った時の紅魔館だ」

 

 当主のレミリアからすれば遺憾な話ではあるだろうが、紅魔館には人材から資材、財力など一通りなんでも揃っているので、何かと魔理沙のような者たちには重宝されている。

 

 そうと決まれば即行動。魔理沙が力を込めると箒は文字通り『ほうき星』となり空を翔ける。幻想郷で二番目に速いと自負している事だけはあるだろう。

 

 

 紅い館が見えるまで数秒もかからなかった。

 門前ではいつもの美鈴と、珍しくフランドールが屯っていた。美鈴と同じような中華服を着込んだ元吸血少女は型もあったもんじゃない変な動きを繰り返している。太極拳の練習だろうか?

 

 

「よう門番、それにフラン。何してんだ?」

「あら魔理沙久しぶりー! 今はね、朝の運動をしているのよ。うーん日光を浴びながらの体操は気持ちいいね!」

「体操ではないんですけどね……あはは」

 

 元気いっぱいのフランドールを視界の端に、美鈴は困ったように笑う。まったく、つくづく吸血鬼を辞めている少女である。

 日光どころか、フランドールの知識が及ぶ範囲ではいかなる手段でも彼女には干渉できないのだから、もはや吸血鬼というよりは別の何か。

 

 フランドールは間違いなく道を踏み外した部類の妖怪だろう。彼女ほど禁忌を犯した存在はそう多くはあるまい。

 だが今の彼女からはその外れてしまった道筋をなんとか手探りで探しているような気概を感じる。その結果、前は浮かべる事などなかった真の笑顔を取り戻すことができている。

 

 魔理沙とは大違いだ。

 

「久しぶりなところ悪いんだが、館の中に入れさせてもらっても大丈夫か? パチュリーとレミリアに用があってな」

「残念ですけど今日も入館禁止ですよ。こちらもちょいとばかし忙しくてですね」

「……私にゃそうは見えんがな」

 

 いつもと変わらない営業スマイルを浮かべる美鈴に対し、魔理沙は怪訝な表情を隠そうともしなかった。というか門前でこんな事をやっているのだから、ハタからは忙しそうには見えない。

 そろそろレミリアのへそ曲がりも治った頃じゃ無いかと推測していたのだが、こうも長く続いているのであれば想定外だ。

 

「レミリアはまだ荒れてるのか?」

「いえいえ、いつも通りですよ。それにアレはただの照れ隠しですからね。紫さんとは嫌でも顔を合わせたくなかったみたいで……」

「今のお姉様はクソ雑魚蝙蝠で面白くないわ。会っても仕方ないよ」

 

 辛辣である。

 

「私が見てない時に何かあったのかもしれんな。まあ、入らないなら仕方がない……無理やり押し通らせてもらおうか!」

「あー、ちょっと待ってください。多分今日中には事が動くと思うので、やめにしてもらえませんか? 咲夜さんが帰ってくる頃にはまたいつも通りの紅魔館に戻ると思いますので」

「戦いたいなら私と弾幕ごっこしようよ!」

「……いや、今日は急いでるんでな。すまんがまたの機会にしてくれ」

 

 意気揚々とミニ八卦炉を構えたのだが、出鼻を挫かれてしまった。

 前回二人と戦った時は魔理沙優位で終わったのだから、正確には決着は付いていない。それでも勝てる算段が有ったからこそ、比較的強い決心を持って挑む事ができたのだが。

 

 いや、むしろ強者であるフランとの戦闘を避ける事ができたのはとても幸運だったのではなかろうか。今の自分に勝てる保証は……。

 と、魔理沙は思考を固まらせた。

 

(なんで私は戦う相手を選んでるんだ?)

 

 以前の自分ならこんな思考をする筈がない。つまり、自分はもうあの頃とは変わってしまっているのだ。それが魔理沙にはとても恐ろしく思える。

 行き場のない憤りを押さえつけるように箒の柄を握りしめた。

 

「な、なぁ美鈴。私と始めて会った時の事を覚えてるか? 紅霧異変の時にさ」

「ええ勿論。私からすればつい先週の出来事のように思えてしまうくらい、鮮明に覚えてますとも。それがなにか?」

「お前、私の事を試してただろ? だから、どう思ったか聞かせて欲しいんだ。正直な感想で十分だから……頼む」

 

 一瞬だけ惚けたように固まった美鈴だったが、なんだそんな事かと笑顔で答える。ただし、言葉を慎重に選びながら。

 

「中々の手練れだと思いましたよ。そもそも貴女が私の悪戯に完封されてしまうような人間だったらこの館には入れていません。まあ、咲夜さんとお嬢様に良い刺激になってくれればと、淡い期待を抱いての独断行動です。……どうやら魔理沙さんは私の指示した方向とは逆向きに進んじゃったみたいですけど?」

「もしかして根に持ってたか?」

「いいえ別に」

 

 その結果、パチュリーやフランドールと戦闘する羽目になってしまった事を思い出す。だが結果的には良い方向に進んでくれた。

 魔理沙も美鈴も、それだけで十分なのだ。

 

「えっなになに? 魔理沙と初めて殺し合った時? うーんそうねぇ」

「聞いてないぜ」

「あの時の魔理沙は凄みがあったわ。ギンギラギンに眩しい貴女を木っ端微塵にしてやりたかったんだけどなぁ。まあ、今は興味ないけど」

 

 それは願ってもない話だが、なんだか複雑な気持ちだ。思わずため息が溢れる。

 

「あっ、だけどアレはノーカンだよね。あの時の魔理沙は魔理沙だけど、あの時の私は私じゃない。あの状態で勝ち誇っても何も楽しくないもの!」

「妹様……」

「だからさ、今度はありのままのフランドールと戦ってよ、魔理沙!」

 

 心配そうに見守る美鈴をフランドールは手で制す。これも彼女なりの決意の表し方だ。

 幸いにも紫とさとりが道筋を整えてくれた。

 いつか戻ってくるかもしれない在りし日の姿。日光、流水、銀、そして負の感情……弱点は多いけれど、万全の感情で生きていたあの頃のフランドール。

 夢の世界の自分にも胸を張れるような、そんな自分を取り戻す覚悟がフランドールにはあった。魔理沙はそれを薄々と理解する。

 

「……一度得た力を失くすのは辛くないか?」

「うーん……上手く言えないけど、『失くす』っていうのは無くなっただけってことじゃないと思う。何て言えばいいのかしら」

 

 力を失うということは確かな喪失だろう。

 しかしそれ以上にフランドールには得るものがあるのだ。言うなれば、過去を除く全てが手に入る。それが魔理沙にはとても羨ましく感じる。

 

 だが逆もまた然り。フランドールの決断には大きなリスクが伴っている。

 けれどそれでもフランなら、そして彼女を見守っている者たちなら、それを乗り越えることができるのではなかろうか。

 そう信じずにはいられない。

 

 フランと美鈴の言葉に少しの嬉しさを感じた。

 大きな黒帽子のつばを深く下げると、魔理沙は逃げるように箒へ跨る。

 

「……悪いな邪魔した。ちなみに、咲夜は何処に行ったか分かるか?」

「さあ? 西の方に飛んで行ったことしか。……その目的は聞かないんですね」

「十中八九、この異変の事だろ」

「んー、まあ無関係ではないので半分正解としましょう。それではご機嫌よう魔理沙さん。『病は気から』……ですよ」

 

 何気ない最後の言葉に思わず箒から滑り落ちそうになった。あんな言い方をするのかと、魔理沙は大きなため息を吐いた。

 文字通り『気を使う程度』の門番には全て筒抜けだったのだろうか。なんにせよ恥ずかしいものだ。

 

 

 

 

「はぁ……調子狂うなぁ。結局パチュリーどころかレミリアにも会えなかったし。仕方ない、アリスに……って、居ないんだったな。どうするか……」

 

「はいはいはいはいお困りのようじゃないですか魔理沙さん! こんな時は幻想郷最速の情報通、射命丸文に要相談っ!!」

「お前の登場でまさかホッとする日が来るとは夢にも思ってなかったぜ」

「あやや、それは照れますねぇ」

 

 右往左往していたのもあるのだろうが、自分のトップスピードに易々と付いて来るこの烏天狗とは、実のところ魔理沙はあまり会いたくないと思っている。霊夢風に言わせれば「居なくていい時に居て、居て欲しい時に居ない」……そんな奴だ。

 

 だが今回ばかりは文のようなこういう陽気なキャラの登場は、沈んでいる気持ちを無理やり引き上げてくれるので、魔理沙にとっては救われたような気分だろう。

 

「いやーやっと本格的にこの異変を解決しようとしている方が現れてくれて助かりましたよ。そろそろ購買者も飽きてくる頃ですし」

「結局新聞のネタかよ。まあいいや、それよりもその口振りって事は……霊夢はまだ動いていないんだな?」

「ええ。今日は神社の麓で変な妖怪に扱かれて変な事やってましたよ。近寄ろうとしても変な仙人に阻まれてしまいますし、何をやってるのやら」

「『変な』ってのが気になるがまだ動いてないんなら好都合だな。咲夜とかも動いてるらしいが成果はない感じか」

 

 霊夢が変な事に巻き込まれているのはいつも通りである。大して気に留める理由もないだろう。それよりも今の魔理沙にとってはこの異変を誰が最初に解決するか、それしか関心がなかった。

 文はつまらなそうに組んでいた腕を空にぶらぶら揺蕩わせた。

 

「咲夜さんは知りませんが一応何人かは解決に乗り出してますよ。しかし妖夢さんは見当違い、名前の長い兎さんも期待はできませんね。互いに潰しあってますもん」

 

 白玉楼の主、幽々子の元に送られた鈴仙は何やら難しい立ち位置にいるようだ。魔理沙は対して彼女の事を知らないが、それなりに腕の立つ事は知っている。あと妖夢といがみ合っている事も。

 まあ、今は大して興味もないしどうでもいい。

 

「他は……せいぜいチルノさんとその愉快な仲間たちぐらいですかね」

「なるほど分かった。つまり私はそんなに出遅れてないようだな」

「そういうことです。貴女に本格的に動いてもらうのは私にとって最大の悲願でした。異変を解決できるのは魔理沙さんしかいません!」

 

 見え見えのおだて方だ。見方によっては魔理沙のことを舐め腐っているなによりの証左。あっちもそれが分かった上でやっているんだろうし、文はどこまでもブン屋だってことだろう。

 やはり気に入らない。

 

「……そんで、なんかこの異変に対するアテとかはあるのか?」

「あやや〜それが私にはサッパリですよ〜」

「わざとらしい嘘をつくな…」

 

 報道する自由と対を為す報道しない自由というやつだろう。マスゴミとは自分勝手かつ己を善と仮定するので厄介なものだ。天狗という尊大な種族にはぴったりなのだろうが、魔理沙たち一般市民からすればたまったものではない。

 文は悪戯っぽく笑う。

 

「私は知りませんけど、怪しい人たちなら何人でも居るではないですか! 季節という境を操ることのできる八雲紫、最近僻地に隔離された八意永琳、土壌そのものに影響を与える地底勢力!」

「お前たちもだぜ山の厄介者」

 

 魔理沙の一言はガン無視。

 それよりも文の言いたいのはこの名前。

 

「そして、四季のフラワーマスター風見幽香。一番に彼女を疑わずして誰を疑いますか? むしろ私が異変解決者ならばいの一番に彼女の元へ向かいますがねぇ。不思議なものですよ」

「……」

「そうですとも。何人かはもう幽香さんの元に行ったのです。そしてその悉くが戦闘に発展し、惨敗しました。あの人は強過ぎるのです」

「残ってるのは私と霊夢だけって言いたげだな」

「まさにその通りですよ」

 

 脳裏をよぎるのは破壊を撒き散らす規格外の化け物。放たれる熱線はありとあらゆる物を一瞬で蒸発させ無と帰す閃光。悠々と全てを見下し続ける彼女の姿は強者そのものだった。

 過去に戦った時は為すすべもなく蹂躙され、魅魔と霊夢が駆けなければ……あの夢幻の世界へと消失していただろう。アレもまた苦々しい思い出だ。

 

 魔理沙だって分かっている。仮に幽香がこの異変に微塵にも関わっていなくとも、話を聞ければ必ず有益な情報を手に入れることができることぐらい。

 紅魔館や人里、霖之助の元を尋ねなくてももっと早く解決することのできる方法はあったのだ。魔理沙が気付かないはずがない。

 

 それでも幽香の元へ行くのを恐れたのは、一重に彼女の圧倒的な暴力の前に敗北する事を恐れたからである。好戦的なアイツのことだ、ただ話を聞くだけでも面倒な展開に拗れていくのは火を見るよりも明らか。

 もう二度と負けたくないと心に決めたのにわざわざ幽香に戦いを挑む馬鹿がどこに居るのか。それほどまでに、強大だった。

 

 だがそれは……霧雨魔理沙のする事じゃない。

 

「行くぜ私は。幽香のとこへ」

「あやや、これはまた急な決心で。しかし私は魔理沙さんのその勇気を尊重しますよ! それこそ人間が持つべき輝きというものでしょう」

「勇気、ねぇ。蛮勇にならなきゃいいがな」

 

 自虐げに呟く。

 

「そんでお前は幽香の場所を知ってんだろ? 私を煽るくらいなんだからな」

「それが途中で見失っちゃったんですよ。そこまで速い動きをする妖怪だとは思っていませんでしたので不覚を取りました。けど、彼女の場所を知ってそうな人物なら知ってますよ」

 

 

 

 

「あっ、居ましたよ! ほらあそこ!」

「全然違う場所じゃねーか! 何が無名の丘だ。……って、あれは……」

 

 文の指定した無名の丘にて可愛らしい人形からの攻撃を受けた。それをなんとか躱し文を悪態つきながら移動している最中のことだった。

 長い畦道を歩く人影を見つける。それこそ文が話した件の人物であり、彼女は魔理沙の予想だにしていない人物と共に居た。

 いや、というより────。

 

「見つけたぜ八意永琳!」

「……あの夜に見た顔ね。何か?」

「ちょっと用件があってな。いやそれよりも、お前がおぶっているそいつは……」

 

 永琳に背負われているのは魔理沙も文も見知った顔だった。紅魔館の瀟洒なメイド、十六夜咲夜その人だ。意識はない。

 よく見ると二人の服装はボロボロで所々に切り傷がある。つまり、つい先程までこの二人は戦闘を行っていたのだろう。

 

「お前、咲夜を殺したのか…?」

「しないわよそんなこと。一応医者ですし、無闇矢鱈に人の命を奪ったりはしません。……八雲紫だけが例外だっただけよ」

 

 途中で自分の言葉と異変時の行動が矛盾していた事に気が付き渋々付け加える。そもそも永琳は医者である前に月人であり、"死"という穢れには潜在的な嫌悪感を抱いているのだ。

 ……逆に言えばそんな永琳が、紫やそれを守ろうとする者達を殺そうとしていたのにはそれだけの理由と想いがある、という証左になるのか。

 

 それにしても魔理沙にとっては永琳と咲夜という組み合わせは異質だった。何故そう感じたのかと言うと、二人が織り成す違和感がまるで自然なもののように纏わり付いているからだ。

 はて、と首を傾げる。

 

 一方で文は特ダネの臭いを感じ取っていた。

 

「それで、咲夜さんを担いで何処へ? 彼女に手を出したのなら紅魔館の方々が黙ってないと思いますが……。そもそも前回の件も、ねぇ?」

「私からは仕掛けてないんだけどね。まあ仕方ないので、色々と挨拶も兼ねて紅魔館とやらをこのまま尋ねてみようと思ってるわ。どうやら監視役の方も自由行動中みたいですし」

「もし暴れる事になったらちゃんと私を呼んでくださいね? お願いしますよ?」

 

 永琳は面倒臭そうに文の言葉を聞き流した。どうやら考え方そのものを変えたわけではないらしいが、それなりに身を弁えるようにしたようだ。

 期せずして紫と輝夜の目論見どおり、といったところだろうか。

 なお幽香が責務を全うしていない事についてはスルーすることにした。

 

 だが魔理沙にはそれらの件は殆ど関係ない。

 今、彼女が探しているのは永琳でなく、彼女の監視役である妖怪なのだから。

 

「……幽香は何処に居る?」

「あら彼女を探しに来たの? 物好きな人間だこと。わざわざアレと会いたがるなんて」

「だから人間の取材はやめられないんですよ! 生きる姿も死にゆく姿も美しいっ!」

 

 何やら饒舌に語っている文ついては、薬師と魔法使い共にガン無視と決め込んだ。

 永夜異変の時よりも剣呑な雰囲気を放っている魔理沙を見るに、幽香への用件とは穏やかなものではない事は一目瞭然。

 永琳にしてみれば、無謀というほかない。

 

「貴女の能力を正確には測れていないので私からはあまり強く言えないけど……勝てないわよ多分。それどころかうどんげやこの十六夜咲夜にだって……」

「ストップストーップ!! 幽香さんの恐ろしさは幻想郷在住の我々が一番よく知ってますとも! いま魔理沙さんが欲しているのは『居場所』だけなのです! 此方を怖気付かせるような情報はいりません。そうですよね魔理沙さん?」

「幽香より先にお前からやってやろうか?」

 

 文の魂胆は見え見えだ。

 忠告により魔理沙の戦意が萎えてしまうのを危惧したから、こうやって無理やり話の流れを変えようとしたのだろう。ブン屋は汚い。

 

 ……もっとも、怖気付いていないと言えば嘘になってしまうが。

 

「私も何処に行くかは聞いていないわ。そもそも幻想郷を自由に歩けないんだもの、知る由がないわ。ただ、メディスンが『幽香は花がいっぱい咲いてる所によく居る』って言ってたわね。幻想郷にはそんな場所があるんじゃなくて?」

 

 魔境と化した幻想郷にて花がたくさん咲いている場所などかなり限られてくる。

 かつては幻想郷の西南部には花畑を含む肥沃な草原地帯が広がっていたらしいが、現在は吸血鬼異変の際の美鈴と萃香による戦闘の影響で荒廃してしまっている。なんとも傍迷惑な話だ。

 

 さて、花……というより植物の楽園ならば確かに幻想郷には存在している。確か今は向日葵がこれでもかと咲き誇っていたはず。

 名前は『太陽の畑』

 幽香が如何にも好みそうな場所である。

 

 

 

 

 黄金の絨毯が幻想郷の大地に見渡す限り敷き詰められていた。恐らく、ここが幻想郷にてもっとも生命力の集中している場所だ。

 あまりにも偏りすぎている。生命の苛烈な奔流が罪となり、本来その対極に位置する"死"を呼び込んでいるのだ。それはまるで、幻想郷が彼女に呼応しているかのように。

 

 意味なく繰り返される尊き生命の流転。

 生え出た花々は一瞬の命を謳歌し、一瞬で朽ち果てる。その死骸を糧に次なる花が生と死を踏み越えて誕生する。

 これが浄土の者が地上を嫌う理由。

 穢れだ。

 

 

 と、ぐるぐる八方を回転していた向日葵の花弁が一斉に一つの方向を指し示した。

 集合体恐怖症の人間なら卒倒しかねない光景。健常な人間もそれを好むはずがなく、向日葵は魔力の焔に飲み込まれた。

 

 燃える向日葵を魔理沙は踏み越える。

 

「……相変わらず楽しそうにやるもんだなお前は。それが今の遊び道具か?」

「咎めても止めるつもりはないわよ。大量虐殺も娯楽のうち……人間、植物、妖怪、虫けら……何が違うというのかしら?」

 

 本当に何も変わっていない。

 容姿や妖力の形質が多少変わろうと、風見幽香という妖怪が持つ異常な価値観と存在感は決して変化するはずがない。

 

 数多の死の上に立つ彼女は振り向きざまに()を振りかぶった。水平上に生きていた花たちは一斉にその生命活動を停止させる。

 そして、幽美に嗤うのだ。

 

「酷い面構えだこと。もう魔法への酔いは覚めたみたいね。つまらない力でしょ」

「……」

「慣れは人間にとって一番の毒。先があるなんて思い込んでるから勝手に絶望していくのよ。阿呆らしいったらないわ」

 

 不気味なルビライトの瞳が揺らめく。魔理沙は既に臨戦態勢に入っているが、幽香はそのそぶりを全く見せない。

 だが趨勢はどうだろうか。

 ミニ八卦炉を掴む掌がカタカタ震える。

 

「異変について話すことは何も無いわ。私と貴女が再び出会った……これがそんな陳腐な出来事の始まりで済むと思って?」

「……っだろうな。こうなる事は分かってた。勿論、腹は括ってるぜ」

「の割には、随分と威勢が弱いわね。昔の無鉄砲な馬鹿が良いんだけど……私と殺り合うのにもっと理由が欲しい? 異変解決なんてチープなものより」

 

 どこぞの巫女に聞かれたら面倒臭い事態に発展しそうな言い様だ。しかし、幽香の嗜虐的な笑みの裏には何か得体の知れない不気味さが混在している。まるで秘密を勿体つける子供のように。

 何故か動悸が早くなる。

 

 と、何か思い付いたのだろう幽香は更に笑みを深めた。そしてそれは、魔理沙に対する一番の挑発だった。

 

()()()()()について教えてあげるわ。何も知らないんでしょ? アイツのこと」

「な……ッお前、知ってるのか!? 魅魔様が……まだ幻想郷に居る……?」

「あはは、面白いくらい動揺するわねぇ」

 

 魔理沙は胸を押さえた。

 こんなところで、しかもまさか幽香に教えてもらうとは夢にも思っていなかった。

 彼女を探すのはもう半ば諦めていたから。

 

 魅魔……懐かしい響きだ。今は何処で何を……。

 

 

 

「殺したわ。私がね」

 

「────は?」

「木っ端微塵よ。そうねえ、確か吸血鬼異変のすぐ後くらいだったかしら。実に呆気ない、悪霊にはあつらえ向きの最期だったわ」

 

 頭が冷える。

 

 嘘だ。嘘に決まっている。

 いくら幽香が相手だったとしても魅魔が遅れを取るはずがない。ありえない。

 だがあっけらかんと言い放った割に、幽香の眼は据わっていて、真に迫るものがあった。花妖怪の鳴りを潜めていた妖力が、こんこんと爆発的に膨れ上がる。

 

 本気だ。

 この花妖怪は本気で言っている。

 

 解放された力が縦軸に迸り、空を裂き土を崩す。天地を崩落させる規格外の暴力が今、魔理沙へと一点に向けられる。

 

「さあ、師の仇である私を憎みなさい。逃避なんてしてたらあっという間に殺すわよ」

「なっ、あ──!?」

 

 追いつかない思考が無理やり収束する。気付いた時には既に遅かった。

 眼前を埋め尽くす白滅の光。

 為すすべもなく魔理沙は破滅に飲まれた。

 

 脳裏で魅魔の笑顔が浮かび、散り散りに消えた。

 

 

 




 
永琳「あの子の母です、多分」
レミ「知ってた」フンス!
永琳「でしょうね(知ってた)」
レミ「あ"?」ビキィ

美鈴(修羅場!)
パチェ(修羅場…)
フラン(修羅場だ!!)
咲夜「Z Z Z……」


咲夜さんに自分の出自を知ってもらうことで今後の展開に繋げていくぅ! ジャックザリッパー説も好きです。
ていうか咲夜さんの対戦相手がいっつもヤベェ奴らばっかで流石に気の毒になってきました。つまり妖夢は癒し……。



??「誰も来ない……説教したい……」

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