幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
はっきり言いましょう。私に軍を率いる将としての才はないわ。多分。
もし私のパラメーターを数値化したのなら、一条兼定さんの半分くらいの値になるはず。あら、分かりにくい? なら武力の無い呂布でいいや。
取り敢えずへっぽこってことよ。
ほら何ていうか……私って武官タイプじゃないから。本来なら裏方でこそこそやるような陰険文官タイプの妖怪なのよね。
つまり、私に出せる指示なんて「好きにしてくれ」以外にないのだ。世に有名な「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する」ってやつね!
あー、だからと言ってもまるっきり全部が無能ってわけじゃないのよ?
孫子の兵法だってきっちり頭に入ってるんだから! 『三十六計逃げるに如かず』ってホント出来た言葉だと思うわ! 座右の銘候補ぶっちぎりね。
……それは孫子じゃないですって? ふ、ふーん? ゆかりんその時代に生まれてないからよく分かんないなぁ(目逸らし)
話を戻すけど……まあ、要するにこの状況においては無能にならざるを得ないの。戦略家と戦術家は別物だからね、仕方ないわ!
だから私は、せめて一人くらいは頭の回る統率者を連れてくるべきだったと後悔するのだ。
だってこのメンバーって上下関係が存在しないから、絶対に他からの指示じゃ動かない。一応総大将は私ってことになるけど、こんなザマだし?
その手の経験がありそうな数少ない識者である萃香や文はニタニタ笑うばっかで協力の素振りすら見せないし……やんぬるかな…!
おっと、スキマに隠れましょう。
別空間に逃げることでチルノの無差別全体攻撃を回避した。十数秒後に外に出てみると景色は一変して氷雪が辺りを覆い尽くしている。凍りついた竹林が針みたいで、八寒地獄の様相だ。
業を煮やしたチルノの一撃だったわけだが、悲しいことに兎たちには全く通じないのよね。あいつらの装備の水準がちょっとおかしいの。
小山程度なら一発で突き崩せそうな河童の砲弾を受けても全くの無傷! 射線上に入っただけで相手に人体発火もたらすガード不可の攻撃なんてそれなんてクソゲーよこんちくしょう!
というかそれ月の装備よね? 同じ兎ではあるけどなんであんたらが装備してるの!? ……もしかして…てゐは月と繋がっている?
いや、まさかね……。
てか今のチルノの攻撃でこっち側に被害がががが……!
「ちょ、チルノぉ! 今の攻撃で虫たちが半分死んだじゃん! 秋の虫は寒さに弱いのに!」
「アタイの周りに近づくのが悪いのよ! 冬眠させたくないなら帰るのね」
「んなこと言ってもさぁ」
リグルの言う通りだ。空間を渡る私は兎も角、生身の妖怪ではもはや逃亡も許されない状況に追い込まれているのである。
八方から徐々に兎が距離を詰めている。手に携えている謎ビーム砲の銃口はいたるところから私達へと向けられている。
これが伝説の包囲殲滅とかいうやつかしら。こんなに綺麗に決まるものなの……?
しかも包囲殲滅だけでもまずいのに、私たちが一箇所に集まっているという現状もかなりまずい要因の一つなのだ。理由は先ほどのチルノを見ても分かる通り。
破壊の規模が大きすぎる故に、一々の攻撃がどうしても同士討ちの形になってしまう。思い出して欲しいんだけど、なんで私が吸血鬼異変の時に戦力をチーム分けさせたのかというとね、こういうことなのよね。
チルノは先ほどの通りだし、プリズムリバーやミスティアだってそうだ。
彼女らのように音で相手に影響を及ぼす能力を持つ存在は、窮地を打開するに足る希望。だって幾ら防御力が高くても音は防げないから、イミフ装備の兎たちに確実なダメージを与えることができる。所謂デバフ要員ね。
けど致命的な問題がある。それは私たちにまでその音が届いてしまうことだ。さっきから鬱になったり興奮したり目が見えなくなったりで大変よ! やはりリリカは癒しなのね……。
わかさぎ姫は最初こそメイルストロームばりの衝水を放って凄まじい活躍を見せていたが、今は水を使い果たして私の近くで干からびている。
やる気があるのは嬉しいことだけど、やっぱ貴女は湖から出るべきじゃないと思うの、うん。あとで湖にスキマを繋いで放り込んであげましょう。
そもそもここは陸上。戦闘面でわかさぎ姫には正直あまり期待していなかった。勿論、その状態でも私より断然強いけどね?
うーん……取締役の彼女を仲間に引き入れれば草の根ネットワークが丸ごと味方してくれるものだと思って勧誘したんだけど、読みが甘かったかしら。
河童の機甲師団は突出しすぎてもう連携は取れそうにないわ。というか結構な数がトラップに引っかかって装甲を損傷させている。落とし穴の下に竹槍とか古典的ながら殺意満々よぉ!
うーん、ベトナムかな?
そう、迷いの竹林は因幡てゐの庭! 竹林のトラップマスターの異名を持つあいつにとっちゃこの程度想定済みということか……!
結局のところ、こちらに無害な戦闘を行っているのはリグルとルーミア、アリスや大妖精といった器用な戦い方が出来る子たちだけだった。
魔理沙は悔しそうにちっちゃい弾幕を放っている。マスパ撃ったら私が吹っ飛んじゃうからね、自重してもらってるわ。ごめんね。
えっ、私は戦力にならないのかって? もぉ言わせないでよ恥ずかしい!
っていうかさあ……。
「貴女たちは動かないのかしら? 力を貸してくれると相当助かるのだけれど……」
全く動く気配を見せない人たちにそれとなく聞いてみた。写真を撮ったり酒を煽ったり、変な視線でこっちを睨んだり意味の分からないことを喚いてたりとクセの強い方々ばっかりだが……。
「煩いわ裏切り者っ! 儂は貴様の軍門に降ったのではない……ご主人様を保護でき次第すぐに神社に帰らせてもらう!」
「急に喋るようになったわね貴方」
「好き好んで貴様と喋りたいわけがなかろう! 一言一句腹立たしい奴じゃ……!」
一目散に喚き立てたのはクソ亀さんだった。貴女は勝手に付いてきただけでしょうに……。まず戦力として数えていいのかどうかすら。
それにえっと、玄爺だっけ? 霊夢のことをとやかく言うのは気に入らないわねぇ。霊夢の親はこの八雲紫ただ一人! 二人も必要ないのよ!
ええ。耄碌じいさんの妄言には耳を貸さないようにしましょう。無視が一番!
さてその一方で親友はというと。
「私が動いちゃつまんないだろう? それともなんだ、この辺り一帯全てを圧縮してみる?」
「おとなしくしててくれると助かるわ」
「はっはっは! 安心しな、こいつらが負けそうになったら適当に助けてやるからさ」
う、うん。実のところ萃香のおかげで今もこの混沌空間に踏み止まることができてるわ。主に精神的な意味でね。
敵の時は恐ろしいが、味方となるとここまで頼りになる存在はそうそうないわ。
萃香に本気を出されてもろくなことにならないんだから、今のままでいてもらった方がいいわね! うん萃香ナイスよ!
さてと……あのマスゴミは放っておいて、あと戦闘に参加していないのは五人。
といってもそのうち三人の人呼んで光の三妖精は怠けているのではなく、私が動かないようにと指示しているから大人しくしているのだ。本来なら真っ先に暴れ出すタイプでしょうねこの子たち。
消音、気配察知、陰行と能力が便利なので側に控えてもらっているわけだが、やはり妖精なだけあって制御が難しい。今は適当にお菓子をばら撒いて言う事を聞いてもらっているけど、すぐに飽きられてしまうかも。
残る二人の片割れは私が今は暴れないでと懇願した。名前は……確か幽谷響子だっけ。夜雀のミスティアと組んで幻想郷を喧騒郷にしてしまう困ったちゃんだ。
彼女は音を反射させる能力を持っているわけだが、もしこれを使用したとしよう。待っているのは敵味方関係ない阿鼻叫喚である。しかもこの場にはプリズムリバーがいるからなおさら。
今は不貞腐れて眠たそうにしている。うーん……なんだかなぁ。
問題はあとの一人。
ルーミアが連れてきたんだけど、何か怖い。情緒不安定というか、天然の気狂いを患っている妖怪のようだ。……いやこれは幽霊かしら?
プリズムリバーに似た力を持っているようなのだが、ぱっと見ではこちらの方が遥かに凶悪そうだ。どうも分別が付いていない? あの子の近くには萃香ですら近づきたがらないし、この軍団の中でも腫れ物みたいな扱いね。
……オッケー。言いたいことは分かるわ。
私は彼女たちの力を全く引き出せていない。
集まってくれたみんなは基礎能力もさる事ながら、それぞれ尖った能力を持っている。それらを完璧に統率し、団結させることができれば萃香やレミリアにも勝ててしまうかもしれないほどだ。
それがこの体たらく……そう、全部私のせいだってことは分かってる。
『はーい侵犯をただちに止めて降伏しなさーい。いま投降された方には特別捕虜として高待遇のもてなしを用意してまーす』
ぐちゃぐちゃの思考の中に千切れ声が割り込んだ。どうやらあちら側からの拡声器による投降勧告のようだ。あいつら勝った気でいやがるわね!
強い結束が存在しない私たちにこういう手はよく効く。やっぱ妖怪兎は弱みへの漬け込み方が上手いわね。
するとこっちの陣営から様々な声が飛び出す。
「菓子と美味しいお茶はあるのかしら!?」
「んーご飯は?」
『山のように用意してまーす』
「いいじゃない! あっちに行きましょうよサニー。こっち側に居ても楽しくないし」
「うーん…」
「み、水……」
『ありまーす』
「インタビューは?」
『受けまーす』
「かき氷は!?」
『えっ? ──……多分ありまーす』
「決まりね! もう飽きちゃったし向こうに行こっか大ちゃん」
「え、えぇ……」
待て待て慌てるな。これはウ詐欺の罠だ。
ホイホイ付いて行けば体をバラされて臓器を売られてしまうわよ! しかも妖精なんてコンテニューするもんだから取り放題……ウゲェ。
「騙されないように。連中はそう易々と他者に施しを与えるような妖怪では──っ!」
「おっと危ない!」
私の声を聞きつけてか間髪入れずに飛んできたレーザーを、萃香が玄爺を持ち上げ盾にすることでなんとか防げた。
……もしまともにアレに当たっていれば今頃私は破裂してバラバラになってただろう。まさに九死に一生を得た……!
「助かったわ…面倒かけてごめんなさいね」
「友の首はそう易々と獲らせやしないよ。お前はいつも通りドンと構えてればいいのさ」
「おのれ……よりにもよってお主の盾にされるとは…! この玄爺屈辱ぞ…!」
ありがとう萃香とクソ亀さん。やっぱり持つべきものは親友とメイン盾よね!
てかクソ亀さんったら中々耐久力が高いじゃない。霊夢のお目付役を妄言自称するだけのことはあるわね。まあ、それでも私は認めないけど。
ていうか三妖精は何してるのよ! えっと、音を消すのは誰だったかしら? まあ誰でもいいわ。しっかり仕事してもらわないと困るわね。
一方、三妖精は金髪をロールした妖精に寄ってたかって罵倒していた。うーん……やっぱ妖精に頼りすぎるのはいけないわ。チルノ然り。
……さてと。
そろそろ頃合いかしらね? 戦線は未だ安定していないけどこのメンバーなら十分過ぎるほどに時間を稼いでくれる。近くに萃香がいれば安全だってこともさっき分かったことだしね。
取り敢えず意識を集中させる為にスキマを椅子代わりにしつつ目を閉じる。
俗に言う瞑想のようなものだ。精神を研ぎ澄ますことで幽かな繋がりを辿る。
こんなだだっ広い迷いの竹林でどのように藍と霊夢を探そうと思っていたのかだけど、それがいま私が為そうとしている方法だ。
曲がりなりにも藍は私の式神。つまり主従としての妖力の繋がりがあるわけだ。それを辿れば自ずと藍の元へ辿り着くことができるという寸法よ!
ただ問題があって、私の感知能力が低すぎるせいで藍が一定範囲に入っていないと存在すら感知できないという重大な欠陥があるのだ。おかげで迷いの竹林の外からじゃ藍を見つけることはできなかった。よってこのメンバーたちによる無理矢理強行が始まったといわけだ。
藍や橙なら一瞬で私を見つけてしまうらしいので、私が如何に肩身狭い思いをしているか分かっていただけたかしら?
さあレッツ瞑想。あの子たちは何処へ……。
ぐむむ、一里圏内にはいなさそう。ならばもうちょっと範囲を広げて……! 感知能力じゅうべえだぁぁぁぁ!!
いたた頭が割れるっ! 情報が多すぎてへっぽこROMが焼き切れるぅぅ!
だが屈するわけにはいかない。取り敢えずそこらへんに落ちていたチルノの氷を額に押し付けつつ瞑想を続ける。
「なにやってんの? こんな周りがゴタゴタしてる時に一人休憩しちゃって」
「きゅ、休憩してるように見えるのかしら…!?」
混濁する思考の中、邪魔が入った。
こんな必死こいてやってるのにそんなこと言われちゃたまんないわ。
私の瞑想を邪魔した奴の顔を薄目開けて確認する。それは見知った顔だった。
あれ? あれれ……。
「……てゐ?」
「正解!」
その瞬間だった、空気の圧がてゐの居た場所を跡形もなく吹き飛ばす。
空圧の正体は萃香の拳圧による衝撃だった。だが勿論と言うべきか、てゐは初めから分かっていたかのように簡単に躱してみせた。
萃香は首を傾げる。
「おかしいな……気付けなかった。お前みたいな邪悪な奴が領域に入ればすぐにでも分かると思うんだけど……」
「言ってくれるねえ古枝の敗北者」
な、なんでてゐがこんな所に!? 大将は奥の方で引っ込んでなきゃダメでしょ!?
王手王取り……リアル無双ゲーじゃないの! まさかのリアル川中島っ!
ええい三妖精は何をしているの!
と、抗議を申し立てようと彼女らの方へ視線を向けると、現在絶賛発掘作業中だった。
「チルノのやつ見境いがなさすぎるわ。スターを凍らせちゃうなんて」
「こういうのっていつもは
あー、はい。なるほどね。
取り敢えずこの至近距離は危険すぎる! すぐにスキマを開いて逃走経路を……!
だが、スキマを開いた瞬間に私は違和感に気が付いた。特に理由があるわけでもない、嫌な感覚。ふとてゐの方を見ると、ちょうど萃香が殴りかかっている時だった。
てゐが萃香の拳を足場にこちらへ跳躍したのと、私が結界を展開したのはほぼ同じタイミングだったろう。しかしスピードが違いすぎる。
てゐの水平蹴りがロクに形のなってない結界ごと私の体を持ち上げる。そして勢いそのままにスキマへシュゥゥゥーッ!!
超☆エキサぐへぇ!!
復帰する間にてゐがスキマ空間に侵入。即座に周囲をへんな呪術で封鎖し、二重の隔絶された結界を作り出した。
こ、これは……。
「お前の能力上、差し迫る脅威が眼前に現れたならまず逃走経路を確保することは目に見えてる。だから利用させてもらった」
「……そう言い切れるものでは」
「長く生きてきた私は知ってるのさ。お前みたいな奴は案外臆病者なんだってね」
案外とは一体……?
「さて、晴れて賢者相対まで漕ぎ着けたわけだけど。流石の紫殿も想定外の展開かな?」
「それはもう……この状況が現実かどうか判らなくなるほどに狼狽してるわ」
「私にとっちゃそうは見えないのが問題なのよ。もう少し面白いリアクションをしてくれないものかねぇ。まっ、あんたにゃ無理か」
失礼な。今も内心ガタブルで服の下じゃ嫌な汗が流れてるわよこんちくしょう! まさか無理矢理自分の土俵で孤立させられてあんたと一騎打ちなんて、予測できるもんですか!
もぉ、この兎ほんと嫌い!
「まさか陰湿な万年イモリケーションの兎が華の一騎打ちとはねぇ。元来の貴女ならそんな”無駄な”判断はしなかったはず、つまり何らかの心境の変化があったみたいね。今回の異変の件といい、らしくないわ 因幡帝」
私の言葉にてゐは若干の反応を見せた。だが不敵な態度は変わることなし。
いつものように小馬鹿にした様子で言葉を続ける。
「お前が引き連れてきた連中は確かに脅威だ。だけどそれよりもお前を野放しにしておく方が遥かに予測できないからねえ。なら私が餌になってお前を抑え込んでしまえばいい」
謎の高評価ありがとう。だがその判断は愚かだと言わざるを得ないだろう。ここで私を殺してしまえばこの戦いは終了だとでも?
まさか。
将棋じゃあるまいし。
「私は連れてきた全員にこう指示しているわ。『各々の判断で好き勝手やってくれ』…と。私を倒したところでこの状況を打開する策には到底及ばない。……これが最後通牒よてゐ。無条件降伏を受け入れなさい。貴女たちの力は十二分に思い知った。悪いようにはしないわ」
「なに勝った気になってんのさ。どうひっくり返ったところで私たちには決して敵わないよ。例え隠岐奈が来ようが天魔が来ようが、鬼が出ようが神が出ようが……私を殺そうが、ね」
交渉決裂ってことでいいのかしら? ここらで終わらせるのがベストな形だと思うんだけどなぁ。勿論、互いにとってのね。
てゐが例えどれだけの兵器技術を持っていようとこの趨勢は覆らないだろう。幻想郷の妖怪のヤバさは貴女だってよく分かっているでしょうに……。
だからね? 不毛な争いは避けるに越したことはないのよ。変な意地を張ってるならさっさと素直になればいいのよ。
てか止めてくれないと困る。私が死ぬ。
「さてやろうか紫。私は戦闘タイプじゃなくてねぇ、あんたの攻撃が一撃でも当たれば簡単に殺せてしまうだろうさ。私のことが邪魔だったんでしょ? 大義名分に加えてこんな千載一遇のチャンス……逃しちゃいけない」
などと口では言っているもののそんな簡単にいくはずがない。なにせ相手はあのてゐだ。戦闘力の高さはよく分からないけど、萃香との攻防を見れば決して低くないことが見て取れる。
まず奴の能力が厄介なのだ、これはあくまで持論なんだけど、変にぼやかされている能力ほど面倒臭い傾向にあると思う。(あくまで自己申請)
例として一番分かりやすいのは霊夢ね。空を飛ぶ詐欺っていうのよアレは!
幸運をもたらす能力……字面はとてもハピネスなんだけれども、実情はドロドロだ。てゐの能力は別名『不幸をなすりつける程度の能力』と呼ばれている。
富を望むなら、彼女は自然にそれを与えることができる。だが富なんてものは自然発生するものじゃない。何かの犠牲あってこそだ。
彼女が生き残ることを望むなら、その敵対者に降りかかるのはてゐが生き残るための”偶然”……。
あくまで副産物。だがてゐと敵対するにおいて一番恐ろしいのがこれである。
ね? 戦いたくないでしょ?
これじゃ私の奥の手に引っかかるかどうかも怪しいわね……。決まれば確実にてゐを倒……いや、殺すことができるんでしょうけど。
やっぱり最善はこの戦闘を避けること!
「私は守る為に今回打って出たわ。貴女と殺し合うなんて本来望むことじゃないのに」
「ふーん……式と巫女か」
「なら貴女は何を望まんが為に行動を起こしたの? 私たちが共に在り続けることのできる志と足り得ないのかしら?」
なるべく彼女の情に訴えかける言葉を投げかけてみた。実はあまり期待していない苦肉の懐柔だった。血も涙もない因幡帝がこんな弱腰交渉に乗るものか。
だが意外にもてゐは口に手を当てて思考を始めた。ゆっくりと結論を導き出そうとしているようだ。
「──……同じだよ、あんたも私も。やっぱ幻想郷を巻き込むにゃちょっと弱い理由だなぁ。守る為なんて、くだんない」
……本心なのだろうか。
「意外ね。自分の利にならないことには絶対に手を出さなかった貴女がそんなことを言うなんて。守りたいのは、貴女と同じ妖怪兎かしら? どうも同族には甘いところがあるようですし」
「厳密にゃ同族ではないさ。だけど守ってやりたいと思う程度には……ね。そしてそいつを生かすことはあんたとの共存に一致しない。だから……──」
てゐは小さく微笑むと、人参のアクセサリーを握りしめる。そして言った。
「──ここで死んでちょうだい」
「……うっ!?」
胸に激しい痛みが走った。
視界の隅で確認すると、導師服が穿たれた跡があった。そしてじんわりと円型に赤い染みが広がっている。
これは銃痕……!? だけど銃声なんて……!
「月はあんたを殺すことに躍起になってたみたいだよ? そしてウチにまでこんな面白い兵器が流れてきた」
即座に視線を戻すが、もう遅い。てゐは眼前で重そうな杵を私に向かって振りかぶっていた。一瞬たりとも目を離すべきではなかった。
スキマ、結界、間に合わ……っ。
死……!
「馬鹿じゃないの?」
西瓜を叩き割るような快音は聞こえてこなかった。その代わりに私を小馬鹿にするような、呆れる我が娘の声がした。
きつく瞑った目を恐る恐る開けると、目の前には静止した顔面に迫る杵。驚嘆するてゐの表情。そして紅白の背中。
「わざわざこんな前線までしゃしゃり出てきて、こんな雑魚に追い詰められるなんて。いつもの威勢はどうしたの? だらしないわね、紫」
「貴女はかっこいいわよ、霊夢」
ふん、とそっぽを向かれたけれど、とても嬉しかった。霊夢の頼もしさへの安心感で今にも涙が溢れ出しそうだ。
ただの安心感じゃない。二重の安心感だ。
「私が仕留め損ねた……? そんなまさか」
「その前に自分の身を案じたらどうなんだ? クソ兎……!」
霊夢がいるということは彼女もいるということ。固まるてゐの背後で藍が冷たく彼女を見下ろしていた。よく見ると首筋に苦無を当てられているようだ。
勝った! なんという華麗なる大逆転!
うふふ、今宵の勝利の美酒はさぞ美味いでしょう!
っと、その前に……。
「藍、霊夢……貴女達が来てくれなければ正直危なかった。本当にありがとう」
傷口を抑えながら二人に惜しみない感謝の言葉を贈る。本当なら土下座でも何でもしたいところなんだけど、傷口が痛くてね。
霊夢が結界を解いて近づいてくる。藍もまたスキマから丈夫そうなロープを取り出しててゐを縛り上げると急いで駆け寄ってきた。
「紫様っ! その傷は───」
「心配しなくても大丈夫。直接当たれば危なかったけど……私にはこれがあったわ」
私は手に握った携帯電話を二人に見せた。
これは橙と会話するためにスキマからわざわざ取り寄せたものである。それを紐で括って首から掛けていたが為に、心臓を狙った一撃を防ぐことが……いや、逸らすことができた。
実に幸運だったわ。
しかし未だにてゐの攻撃方法が謎だった。銃弾によるものなのは間違いないだろうが、銃声を耳で拾うことができなかったのだ。
それどころかてゐは予備モーションの一つも見せることなく私を攻撃した。つまり、いまこの状況でも攻撃手段を持ち合わせている可能性がある。
藍がてゐの襟を掴んで持ち上げた。身長差でてゐは宙ぶらりんである。
「貴様一体、紫様に何をしたッ!」
「ぐ、うぅ……大したことじゃ、ないよ。紫を追い詰めたのは、月の執念だ。お前を殺したいが為に奴さんたちはある兵器を開発した」
「月の? そういや
霊夢の言葉に心が重くなった。私が売ったんじゃないんです……いやほんと。
それにしてもやはり月とてゐは何らかの形で繋がっているようだ。これは由々しき事態……幻想郷の賢者ともあろう者が癒着していたとは…!
「その兵器の性能を簡単に説明するなら、『異次元から弾丸を飛ばす』能力を持った銃。つまり八雲紫に銃弾を届かせる為に作られた武器だよ」
てゐはわざとらしくペラペラと兵器の詳細を語ると、惚けたように首を傾げる。
「だけども失敗した。私の観点から見て物事が失敗するなんてことは実に半万年ぶりだ。はてさてどのような小細工を弄してくれたのかねえ?」
「お前のような奴の能力など紫様に通用するはずがなかろう。この状況のどこがお前にとっての幸運と言える?」
藍が勝ち誇った笑みを浮かべる……が、反対に霊夢の眉がピクリと動いた。私もなんとなーく嫌なものを感じ取った。
するりとなんの前触れなくてゐを縛っていたロープが下に落ちる。藍が縛ったのだから、相当がんじがらめにされていたはずなのに。
「ほら、幸運だ。私は正常運転さ」
二人が追撃の構えを取った時にはもう遅かった。
妖力が吹き荒れると同時にてゐは足元に展開された結界とスキマ空間を破壊し、外へと脱出した。ご丁寧に中指を立てながらね。
藍はなんとも煮え切らない様子で悔しがっていたが、私としてはこれで一安心だ。
「頑丈なロープを用意しておいたのですが……なんという失態……!」
「気にしなくていいわ、てゐを捕まえるのは並大抵のことじゃないでしょうから。それよりも今は合流できたことを喜ぶべきね」
藍と霊夢を助けに来たつもりが逆に助けられた件について。やっぱ私って締まらないなぁ。
まあなんにせよ結果オーライ! これにて私たちの目的は達成されたわ!
「それにしても何で紫がこんな所に来てるのよ? 今日は私たちに全部任せたって藍から聞いてたんだけど」
「私が信用できなかったのでしょうか…?」
うん? あー……なるほど。あの時に話が噛み違ってたのね。私はてっきり藍が月見会場の設営に奔走してるとばかり……。
つまり異変に気付けなかった私が無能なばかりにこんな面倒臭いことになっちゃったのか。なんという間抜け! なんという無能!
「許してちょうだい、私が愚かだったわ。……貴女達のことになると周りが見えなくなってしまうみたいね。今回ばかりは反省しなきゃ」
「……い、いえ。そのような事は……」
「いい機会よ存分に反省させましょう。そもそもこいつのスタンスが気に入らないのよ。どうも今も危なかったみたいだし」
申し訳ねぇ、申し訳ねぇ、と平謝り。それでも私の立つ瀬はなくて、正直辛い。
完膚なきまでの辛辣な言葉……全て霊夢の言う通りだ。それよりも心配そうな顔で私を見る藍に申し訳ねぇ。せめて罵倒して……。
さて、安全は確保できたので改めて二人と話し合ってみると色々なことが判った。
藍と霊夢が私の元に来れた理由だが、逆探知の技術を使ったんだと。私が藍を探していることに二人が気付いてくれたから首の皮一枚繋がったわけね。
だが二人もかなり忙しかったそうで、かれこれ数時間は兎隊に囲まれての戦闘を行っていたそうだ。だから逆探知に気付けたは良いものの駆けつけるまでに時間がかかってしまったらしい。
そしてこれが一番驚いた情報。
なんとレミリアとあのメイドが藍と霊夢よりも先に竹林に殴り込んで、見事敗北したという。そして現在奴らの本拠地で監禁中とな。
いやいやいや、何やってんの…? あいつともあろう者がこんな簡単に捕まっちゃうの?
何か引っかかる。だけど今の私にあいつらを心配するほどの余裕はない! てか私ごときに心配されるのもあいつらにとっては心外だろう。
なお私の方から状況を説明すると、霊夢からボロクソ言われた。私が妖怪に頼ったのが気に入らないんだって。
藍も難しい顔をしていた。
こりゃ「もう約束しちゃったから博麗神社に妖精を3匹と変な幽霊を1匹住まわせてあげてね♡」なんて言ったら殴り殺されかねないわ……!
『対スキマ妖怪専用機関砲』
通称『清蘭砲』と言われてるとかなんとか。なんで地上にまで技術が流れているのかは……話す機会あるのかな……。
今話におけるてゐの幸運一覧
・無傷。
・部下に殉職者なし。
・萃香のやる気がなかった。
・スターがチルノに凍らされたおかげで気付かれずにゆかりんへと接近できた。
・ゆかりんが計画通りの動きをする。
・部下に「適当に撃っておけ」と指示した銃弾が偶々ゆかりんにヒットする。
・霊夢&藍に反撃を食らわなかった。
・ロープがなぜか弛む。
・ゆかりんが生き残る?
突然ですが作者はゆかりんが使うオカルトはきさらぎ駅なんじゃないかなって思ってました。てけてけはぶっちゃけ分からなかった!
ちなみに星ちゃんは寺生まれのTさんなんじゃないかなーって。
「善良な一般市民の皆さん御機嫌よう。紅色のノクターナルデビル、レミリア・スカーレットよ。竹林の兎たちに捕まってからかれこれそちらの時間で二ヶ月が経過したわ。わざと捕まったとはいえ流石に堪えるわね。
一緒に捕まってる咲夜の様子もなんか時が経つごとに変になってきてるし、いい加減私も思いっきり羽を伸ばしたいわ。
ていうか貴方たち……今回の物語で私が噛ませになるなんて思ってるんじゃないでしょうね? ふふ、そんな事は万が一にもありえない事を明言しておこう。運命を操ることのできる他ならない私直々に保証させてもらうわ。
……まあ、実のところそうならないためにこうしてわざわざ面倒な役を買ってやってるのよ。勘のいい者は察しなさい」