幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
夢の様な、奇妙な時間だった。
何時もと変わらない竹林なんだけど、あの時ばかりは何故か見知らぬ土地に居るような異質の孤独感があった。
寂しくてまるで暗闇の海に突き落とされたような、そんな錯覚を感じた。
元々私は孤独だ。もはやそんなことを意識するのは滅多に無くなったし、これが私の罪の形なんだろうと全てを受け入れることにした。
なのに、変だ。
数百年ぶりに日の目を見た私の感情が、妙に昂ぶっていた。普段なにが起きようと動じない私の心が震えていたのだ。
混乱する頭を抑えながら考えた。こんなことになってしまっている大元の理由は何なのかと。
……明白だった。
目の前の女だ。
成長が止まってしまった私の身体よりも少しだけ大きい、見たことのない少女。
月に溶け込む姿は、浮世と現世の狭間を思わせた。
私は彼女に「お前は何の妖怪だ?」と尋ねた。
すると彼女は肩を震わせるほど大きな笑い声を上げて、私の言葉を一蹴したのだ。
おかしな事を言った覚えはない。笑われる筋合いなんてあるはずがないよ。
少しして彼女は語った。どうも私を嘲笑っていたのではなく、自分の置かれた状況が心底面白くてたまらない、といった感じだったみたい。
感触を確かめるように身体を動かす。そして月の光に手のひらを翳した。
『そうなのね。ありがとう、貴女のおかげで此処がどういう場所なのかよく知ることができたわ。なるほど……そういう感じなのね』
『……訳のわからん奴だな。それにしてもお前、ひょっとして人間か?』
『勿論よ。おかしな人ね、人間以外に選択肢なんてあるはずないじゃない。ていうか貴女の方が人間かどうか怪しいくらいよ』
そりゃそうだって納得してしまった。
私は一応自分のことを人間だと思っているが、周りからはその限りじゃないだろう。
彼女の反応は大多数のそれだ。
瞳の奥に見え隠れする不安もそう……私がおかしな動きをすればすぐに逃げ出せるよう心構えをしている。
気丈なのか臆病なのかハッキリすればいいのに。
ハァ……私は思っちまったんだ。
このまま逃すのは損だって。
久々の孤独感は堪えるものがあったんだ。今の私からすれば情けないこと極まりない選択だったと言えるが、少なくともその時の私は……な。
『なあ、少し話でもしないか?』
『それはとても魅力的な提案ね。だけど私には、時間が限られてると思うの。そうね……せめてあの月が降るまでには───』
『夜は始まったばかりだ。それなら少しくらい世間話に付き合ってくれ。頼むよ』
彼女は困ったように愛想笑いを浮かべると、了承の意を示してくれた。
私は嬉々として言った。
『ありがとな。私は藤原妹紅、このあたりで妖怪退治をしてる』
『……妖怪、ねぇ』
期待と不安の入り混じるその表情。私にはどういうものなのか理解できない。
だが同時に一つだけ分かったことがある。
こいつは、憧れているんだ。
私にとっては日常的なナニカに。
私はそれを愛おしく。
危険で残酷なことだと思っている。
*◇*
「……大体の経緯は把握できたわ。だけどそれでも今の状況が奇怪であることには変わりないわね。全く納得ができない」
「貴女だけじゃないわ。私としても───……なんっていうか、ねえ?」
「はぁ……此処に来て紫の本性がやっと垣間見えた気がするわ」
アリスは気怠げに頭を抑える。紫のことを他の者たちより”ほんの少しだけ”知っている彼女だからこその苦悩でもあった。
しかも原因はそれだけじゃなくて。
隣で大声を上げている『暫定パートナー』もまた、アリスの頭痛要因である。
「おまえ今まで雲隠れしてた癖にぬけぬけと出てきやがって! どういう魂胆だ?」
「ち、違うのです! あたいだってあんたがここ居るって分かってれば、こんな所には来てないのです! か、河童の皆さんお助けたもぉ〜!」
「盟友さー、そのくらいにしといてあげなよ」
「そーそー。里香は小心者なんだから」
魔理沙に襟首掴まれて振り回されているのは、アリスも紫も見たことがない少女だった。
茶髪の前髪ぱっつんで、赤いリボンによって結われた三つ編みがとてもチャーミング。目はとろーんとしていてどこか頼りない。
そのため背中で靡く赤いマントが相当なギャップを生み出している。
「同じ釜の飯を食べた仲間じゃないですかぁ! 許してくださいなのです!」
「別に怒ってなんかないぜ。ただ手紙の一通も寄越さないで失踪してたのが気にくわんだけだ。お前……何処で何してたんだ?」
「あ、あれ……魔理沙口調変わった?」
魔理沙と少女──里香は師匠を共にする仲だった。しかし二人の専攻分野は全く違っていて、師匠に学んでいた事は一つも共有していなかった。
だがそれでも、精進を共にしてきた間柄。
決別してよりそれなりに長い年月が経ったが、顔を忘れる事はない。
なお里香は最初魔理沙に気付けなかったようだ。これには仕方ない部分があるにはある。
「あたいはいま河童の元で楽しくやっているのです。最初は色々とあたりが強かったけど、今じゃ頼れる工芸仲間なのです」
「そう、里香がウチに来てから河童のテクノロジーは大幅な進化を遂げたのさ! ただまあ……戦車製造の出費が痛いんだけどね」
流石のにとりもトホホ顏。
里香の本職は戦車技師である。といっても只の技師ではなく、魔法技術を混交する魔具製作の第一人者であった。
しかし技術を高めると共に徐々に拗れてしまった里香は大多数の魔法使いが遵守する暗黙の方針を逆行。魔理沙たちと袂を分かった。
師匠の元を出奔した当初は人里に居着く予定だった里香だが、想定外なことに人里では全くと言って戦車の供給が存在しなかったのだ。それどころか、むしろ煙たがられるまであった。
自分の作った戦車や『バケバケ』に興味を示してくれるのはぼっち仲間の理香子や鈴奈庵のお嬢ちゃんだけ。人里にて孤立した里香は、奇行を訝しんだ自警団によってついには摘み出されてしまった。
失意に堕ちた里香は半べそかきながら山へと隠れた。そして作り上げた戦車軍団によって幻想郷の破壊を目論んでいたその時に、にとりの手によって拾われることになったのだ。
その話を聞いて魔理沙とアリスは呆れ果てた。にとりは腕を組んで何度も頷いた。そして紫は隠れていた地雷少女の出現に腹を痛めた。
この場に来ているという事は、協力者である事の何よりの証ではあるのだが、里香という少女の人柄に紫は一抹の不安を抱くのであった。
「そいやお前の代名詞とも言える戦車は何処だ? アレがないと役に立たんだろう?」
「癪に触る言い方なのです……! 私とて魔術を嗜む者の端くれ、空間転送魔法くらいならお手の物なのです! あんまりあたいを舐めるな魔理沙!」
「空間転送魔法って初歩中の初歩だぜ。少なくとも私たちの師匠流ならな」
「せ、専門外なんだから仕方ない。ええい! こうなったらあたいの最新鋭戦車軍団を見て恐れ慄くがいいのです! ──……えっとぉ、もうおっぱじめちゃってもいいんですかね?」
里香の視線は我らが賢者様に注がれる。
紫は薄く笑いを浮かべると扇子で口元を隠す。そして時々所在無さげに竹を見つめたりして時を稼ぎつつ機を計っているようだった。
そろそろ始まるか、と。周りが一斉に紫へと意識を集中させた。本人からすれば胃をそのまま掴まれたような感覚だろう。
紫が一言。「始め」とだけ言えば、この妖魔の軍勢は一気呵成に竹林を蹂躙せんと動き始めるだろう。全ては紫の御心のまま。
だから、中々切り出せない。
「───」
まだ表立った戦闘は一度も起きていない。進行を中止して引き返すなら今だ。
命じてしまえばもう後には退けない。自分が地に這い蹲るかてゐが負けを認めるか、二つに一つ。迷うことはないとばかり思っていた……しかしいざとなるとちょっと腰が引けてしまう。
ヘタレな自分を叱咤しつつ周りの冷たい視線に身を縮こませた。やはり荷が重い。
「……やっぱりあと少し待ちましょ───」
「よっしゃあ一本橋いくぞォォォォッ! 全員アタイの後に続けぇぇ!!」
「一番槍だよチルノちゃん」
チルノが突出した。それに続いてリグルとミスティアが「もう面倒臭いし、行こうか」と顔を見合わせて、一気に加速する、
そして全員締まりなく勝手に進撃を開始するのであった。統率なんてあったもんじゃない。
なんとも居た堪れない様子で立ち尽くす紫に萃香が肩を叩く。
「はは、ドンマイドンマイ。けどまあこんなもんでいいんじゃないかね。この光景こそ、この軍団の本質をありありと映し出したものだろ?」
「……まあ別にいいのよ。こんなこと気にしてちゃ幻想郷の賢者なんて務まりませんわ」
「あやや……」
「やっぱ賢者ってロクな仕事じゃねーな」なんて思いながら、萃香と文は若干同情するのだった。かつて賢者という立場に就かされそうになったこの二人だからこそ、分かる部分があったりもする。
さて、早速バラバラに行動し始めた妖魔夜行の面々は各々が思う方向にどんどん進んでいく。当然のことながら連携とはおおよそほど遠い。
組織として機能するのは河童の一団くらいであった。もっとも河童は河童で紫の手綱を離れて独自の作戦を立てていたが。
「前線は機甲師団に任せて、他は後ろに下がって待っててもらおうか。まずは敵が構築してるだろう防衛線を突破力で打ち抜くわ。ふっふっふ……電撃戦の真髄をお見せするのです」
「よっし、転送開始!」
にとりの合図に合わせて二人の河童が図式の様な機械文字の描かれたシートを広げる。そして妖力エクストラクターによって抽出された妖力をパイプから妖力波としてシートに吹きかける。
文字は妖しげに瞬き、図面から濃い妖力と魔力が噴き上がる。やがてそれらは固形化され、『二機』として迷いの竹林に爆誕した。
「見よっ、これがかつて博麗の巫女を窮地に陥れた戦車の改良版! 『ふらわ〜戦車EX』なのです! 人里程度なら一台で制圧できる戦闘力を秘めていると、あたいは敢えて明言します!」
「ふーん……霊夢を窮地、ねぇ?」
「魔理沙は黙って!」
人里制圧……流石にそりゃ無理があるんじゃない? と紫は思ったが、確かに里香が調子に乗るほどにこの戦車は強固であることを感じ取った。
二台に続いて河童は次々にふらわ〜戦車を召喚する。そしてそれに搭乗して本格的な侵攻を開始するのだった。
なるほど、なんだか戦争っぽい。戦車が竹林を薙ぎ倒して行進する姿や、パリが燃えそうなフレーズを口ずさみたくなるほどに圧巻だ。
てゐ側に対してかなりの圧力になるだろう。
「ふむ悪くないね。なんとか実戦投入まで漕ぎ着けれたのは大きな収穫だ。そんじゃ私はデータ収集に勤しむとして、指揮はどうする?」
「当然目標はただ一つ。逝くなのです……じゃなくて、征くなのです!」
「ねえ魔理沙。さっき里香が言ってた『霊夢を窮地に陥れた』って本当なのかしら?」
「あれなら嘘だ。二回やって二回とも完膚なきまでに叩き潰されてるぜ」
「雑魚じゃん」
鬼の容赦ないツッコミに魔理沙も如何ともし難い表情で首を傾げた。
「里香というか、一般的な魔法使いに言えることなんだが、あいつらは奥の手を隠し持っててもそれを使おうとはしないんだよな。出すのはせいぜいその一歩手前くらいだ」
全力を出して負けてしまえば、もう後はない。プライドの高い魔法使いにとって完全な”敗北”とは、死に近いと言っても過言ではないのかもしれない。
現にアリスは”物心ついて”からは本気を出したことは一度もないし、パチュリーだってそうだ。常に全力直球の魔理沙の方がおかしい。
もっとも里香は厳密には魔法使いではないのだが……心持ちや流儀は魔理沙よりも純粋な魔法使いに近い。故にその真髄をよく心得てる。
「切り札は先に見せるな。見せるならさらに奥の手を持て……ってやつだな。余程のことがなかった限り、今の里香には昔の奥の手すら常套手段に過ぎなかったりするかもしないぜ」
魔法使いはせせこましいとでも言いたげな様子で肩を竦める萃香。だがその一方で紫はそれなりの共感を覚えていた。
魔理沙の言葉は高水準での駆け引きでの話。しかしそれらの心得は弱者にとってかなり役に立つものだ。別視点からの強みと言える。
弱者から放たれる想定外の一撃は時には天に巣食う龍すら殺してしまうことがある。世に言うジャイアントキリング。
紫にとっての切り札と言えば、霊夢や藍がそれに当たるだろう。だがその二人とて万能ではなく、例えば彼女たちの手が回らなくなった時なんかには自ら戦わねばならぬ時がいずれはくるはず。
今回の異変においての切り札は霊夢と藍の二人ではなく、後から此処に来てくれるだろう橙と愉快な仲間たちの方。
そしてその裏に隠してある奥の手は───。
「……使わないに越したことはないわ」
───禁じ手だ。
アレを使えば敵対する相手を必ず倒すことができるだろう。しかしその後、紫はこれまでにない多大な代償を払うことになる。
何百年分にも及ぶ莫大な妖力と大切な財産。その二つを失わなければならない。
藍と橙にだってどれほどの影響を及ぼすか分かったものではない。
言葉通り、使わないに越したことはないのだ。
だから紫は
通じることのない携帯電話を握りながら。
*◆*
頭上に浮かぶ月は全く動いていない。故に詳しい時間経過を知ることはできなかったが、かなりの時間を浪費しているのは嫌でも分かった。
橙は死に物狂いで猛攻をかけていた。
何度も慧音に向かって行っては弾き飛ばされ、その度に浅くない傷を負う。
そしてその傷に少しでも注意を向ければ、違和感なく四肢のいずれかが欠陥してしまう。恐ろしいのは自分がその欠陥に気付けないことだ。
知らぬ間に自分のベストからは程遠い状態での戦闘を強いられてしまうのだから。
戦闘用の式に行動を委ねている橙だからまだマシな方なのであって、もし生身の体だったなら勝負にすらなりはしない。
ぱっと見派手ではないが人里の守護の為ならどんな手段も厭わない。上白沢慧音は堅実な立ち回りを好む
「ガハッ……うぐぅぅ……! まだ、まだぁ!! 止まる、もんかァァァ!!」
「いい加減しつこいぞッ!」
消えた左腕を気にする素振りもなく慧音に飛び掛かる。最初こそ橙のスピードに翻弄されかけた慧音だが、四肢の一つが欠損しバランスを崩した今の橙なら視界に捉えることなど訳もない。
大振りに繰り出された爪の一閃を霊力のオーラで弾き返した。剣にも盾にも玉にもなる霊力操作の応用術である。
地面に叩きつけられた橙だが、怯むことなく衝撃をバネに再び慧音へと挑む。
全く以って、変わり芸のない。
「性懲りもなく……」
またもや慧音の身体を重圧な霊力が覆い隠す。今度は先ほどよりも多めに霊力を分散し、橙へのカウンターを狙う。攻守一体の構え。
だが橙もやられるばかりではなかった。
橙は只の式神ではない。学習し、尚且つ際限なく成長する式神なのだ。
橙の姿がブレた。
「ッ! これは──」
「上だよおバカさん!」
ハッとし見上げる。橙は慧音の眼を振り切って頭上を回転していた。
橙に限った話ではなく、主人である藍もそうなのだがこの二人、回転しながらの飛行が凄まじく速い。
さらに妖力の塊である尻尾を発動機としている為、妖獣としての格を高めて大きさや数を増やせばどんどんスピードが増すというオマケ付きだ。
「もらっ──ッ!」
「甘い」
振り下ろされた爪よりも速く慧音の霊力が橙を貫いた。が、吐き出されたのは血ではなく濃密な妖力だった。強力な呪術となって自由を奪う。
不動陰陽縛り。
突撃した橙は陽動に過ぎない。この一連の全ては慧音を欺く為の奸計だった。
本命は
咄嗟の式複写でもう一人の橙を作り出し、本体はその背後へ。そして即座に分身に跳躍させる。そうすることで慧音の注意を頭上に逸らして、自らが慧音の土手っ腹に一撃を与える算段。
スピードに秀でる橙渾身の作戦。
よって奸計は為った。
「これで、どうだあぁッ!!」
一撃は、届き得なかった。
慧音は手首を掴み、取り乱した様子もなく橙を見下ろす。まるで全てお見通しと言わんばかりに。
「そんな──っ!?」
「悪くない作戦だ。咄嗟にこれだけのことをやってのけるのは並のことじゃない」
光が身体を貫いた。
膝から崩れ落ちる。何故自分が地面に這い蹲ったのか分からないまま意識が暗転しようとしている。それを必死に橙は堪えていた。
「だがな、一つ補足してやろう橙。──お前のその技、受けたのは初めてではないんだ」
その言葉を聞いてようやく理解した。
またか、と。
「お前はさっきから
初見こそ慧音に手痛い一撃を与えることができた。
しかし彼女は半妖。今でこそ人間としての形態を保っているがその治癒力は並大抵のものじゃない。その傷はもう視認できない程度に回復している。
「お前の失敗は……奥の手をひけらかすのが早すぎたこと。まあ、未熟さだな」
「そんなこと、知ってるもん……!」
「ならもう諦めるんだ。お前ほどの妖獣に手加減なんて無粋なことはできない。それに私とてお前の主人やその主人を相手どるのはごめんなんだからな」
慧音の目的はあくまで人里への侵入を防ぐこと。橙を叩きのめすことではない。
橙が引いてくれさえすればそれでいいのだ。
「ここは双方鉾を収めよう。紫には後から私が謝りに行く……それでいいじゃないか」
「後が存在する保証はないよ…! これは紫さまが明日を迎える為の戦いなんだから!」
傷付いた体に鞭打って立ち上がる橙。もはや歴史を食べる能力すら使う必要のないほどに疲弊していた。しかし、目は未だ死ぬ気配を見せない。
慧音は哀しげに眉を顰めた。
「そうか……。それなら最後までやるしかないな。私にも退けぬ一線がある」
再び眼が据わる。かえってそれがいい。下手に同情されるよりもよっぽどやりやすい。
橙は全ての妖力を脚へと集中させた。自分のトップスピードで仕留めるつもりだ。
小細工を弄すよりこっちの方が自分の性分に合っているような気がした。「短絡すぎる」と藍からは怒られてしまうかもしれないが。
慧音を覆う霊力の盾。アレを突破できない限り勝機は存在し得ない。それもただ破壊するのではなく、時間をかけずにだ。手間を取れば即座のカウンターで身体を貫かれてしまうだろう。
つまり、勝負は一瞬の一撃のみ。
「───ッッッッ!!」
爆心地は橙の足元。
踏み込むたびに地面が砕け残骸が弾け飛び、迸る妖力が慧音の空間を引き裂いた。
慧音が反応する間も無く橙はみるみる近づき、渾身の力で拳を振り被る。
「うぐッ!? が……ハッ……!?」
そして一撃が障壁を容易く貫き、衝撃が慧音を打ちのめした。空中で一回転、その後地面を何度かリバウンドして慧音は地に倒れ伏した。
静寂が辺りを支配する。
「……え? え、ええぇぇ!? なにこれ……なんで私に突然こんなパワーが……?」
よくよく意識を向けてみれば満身創痍だった自分の身体が全快している。そして奥からこんこんと込み上げる得体の知れない力。
これは自分の力ではない。
勝利を喜ぶ余裕はなかった。
「あっはっは、やったね橙。ハラハラしたけど結果オーライ、これで第一関門は突破だよ」
困惑する橙の背後から声がかかる。
扉の開く音がして着地音。振り向いた先に居たのは風折烏帽子を被り、右手に笹を携えた見覚えのある童子だった。
「……舞だっけ?」
「そう、君と同じで幻想郷の賢者を上司に持つ丁礼田舞さ。何度か顔合わせしたことあるでしょ? 相方の里乃も一応バックドアに待機してるよ」
妙な動きをしながら近づいてくる舞から距離を取る。あまり橙の心証は良くなかった。
「あっ、もしかして僕がこの戦いに手を出したこと怒ってる?」
「いや別に。サポートは嬉しいです。ただ変な人には近寄りなくないから」
「あはは……」
自分たちの異常さは他でもない自分たちが一番よく知っている。だから否定もできず、舞は曖昧に笑って誤魔化すのだった。
『後ろで踊る事で生命力を引き出す程度の能力』によって力を限界まで引き上げられた橙の前には慧音の障壁など無いに等しかった。
さらに橙の移動中に能力が発動したため途中でスピードが一変し、一種のフェイントとなったことで慧音の対応が遅れたのも勝因の一つだ。
「けどなんで私に味方したの? 隠岐奈さまは『八雲には味方しない』って言ってたのに」
「いやいやそれは相手が因幡てゐに限る場合さ。人里勢力との戦闘なんて想定外だったんでしょ? なら助けなきゃ。紫様とは仲良くやってかなきゃね」
「ぐっ……うぅ。お前、舞か……?」
呻き声を上げながら慧音が問い掛ける。
それに対して舞は戯けるように肩を竦めた。
「そうだけど、なにかな?」
「お前、本当に記憶を失ってしまったのか……? 私のことを、覚えていないのか……?」
「ああ君のことは知ってるよ。賢者会議で何度か会ったよね。覚えてる覚えてる」
慧音は口を開きかけて、閉ざした。これ以上話しても何も得られるものが無いと判断したのだろう。悔しそうに拳を握りしめた。
一方で舞は興味無さげに首を傾げると、橙の方に向き直った。
「さてと、それじゃ役目は終えたし僕は後戸の国に戻るとするよ。あー……僕が君を助けたことは紫様に報告しておいてくれたら嬉しいな」
「分かった! 助けてくれてありがとう」
「どういたしまして! ……そうそう、なんで里乃が出てこなかったのかというとね、君の精神力は強化する必要が無かったからだよ。あんな状況で決意を抱き続けるなんて、僕にはできないな」
嘘偽りの無い確かな賞賛。
だが橙にとっては本意無い結末だったわけで、悔しそうに目を伏せる。
割り切るべきなのだ。今は自分の心情よりも紫へ届ける結果が必要だから。
「がんばれがんばれ!」と励ましながら舞は踊るようにバックドアへ消えた。
いつの間にか慧音が作り出していた空間も消えて、目の前には人里が広がっている。
橙は当初の目的を達成するべく、歩みを進めることにした。
奥の手をすぐに使っちゃうのはダメ。だけど奥の手を温存しすぎるのもダメ。
なら奥の手なんてもう持たなきゃいいんじゃないかな?(暴論)
旧作キャラ出したいなぁ。あっ、そういや戦車技師おったやんけ!
というわけで里香チャン登場。魔理沙とは同じ封魔録繋がりということで。
なお奥の手云々は幽☆遊☆白書の蔵馬より。ボカァ初期とそれ以降の飛影は別人、または別人格だと思ってました。飛影はそんなこと言わない
橙と藍の力の差は尻尾の大きさと数による体積差を見て分かる通り、数百倍近くあるんじゃないかな。が、がんばれ橙!
というかお〜い、誰か魅魔様の行方を知らんか?