幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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今回の話でI.Qが9下がりました


お⑨ と や⑨も と、ときどき⑨

 滑りまくる思考と透明な知識で、チルノはひたすら考えることに徹していた。

 妖精、ましてやチルノらしからぬ行動と言える暴挙に妖精界隈は騒ついた。

 

 あたいが最強なのは間違いない。だが、ここ最近の戦績はあまり芳しくないのが現状だ。

 魔法使いに巫女、門番、メイド、そして鬼。一度も触れることができずに負けてしまうこともしばしばあって、黒星続き。

 

 何かがおかしいぞ。

 大妖精は「チルノちゃんは強いよ最強だよ!」と毎日言ってくれるが、最強ってのはそんな安っぽいものだったかと疑問を持つようになった。

 一番強いはずのあたいが何故負けてるんだろうと。負けたら最強じゃないんじゃないか?

 

 大きな矛盾。それを解決すべくチルノは頭を捻ってなんとか答えへ至ろうとする。

 

 考え、考え抜いた。

 チルノの様子を不自然に思った大妖精からいくら病院に行こうと言われても、無視して考え続けた。大妖精は落ち込んだ。

 

 やがて自らを氷の中に閉じ込め、全ての感覚をシャットアウト。チルノは無為自然に遊び、大いなる流れに身と意識を任せた。

 その期間たるや、まさかの三日。あのチルノが三日も氷の中に閉じ籠っていたのだ。

 

 そしてとうとう、答えに辿り着く。

 これこそが真理。

 

 

「負けたのは全部たまたまだわ! 格上のあたいが油断してただけだ!」

 

 チルノは妖精の王たる故の”慢心”という結論に行き着いたのだ。大妖精はいつもと変わらぬ姿にほっと胸を撫で下ろした。

 

 さて、敗北の原因を完璧に把握したチルノであったが、肝心な原因の克服方法を一切考えていなかったことに気づく。

「危うくまた負けるところだった!」と、チルノは自らを諌めた。最強の身でありながら自らを省みる事ができるのは最強たる証拠だ。

 

 取り敢えず、新たに考えなければならない事が出来てしまった。

 しかしチルノはもう頭を使いたくなかった。これ以上酷使してしまえば天才的な頭脳に異常をきたしてしまうだろう。

 やはり頭脳戦は性に合わん事を改めて確認。

 

 普通の妖精ならここらで全てをすっぱり忘れて遊び始める。だがチルノは賢かった。

 自分を最強と位置づけながらも、他人の力を借りる事を躊躇しないのだ。

 

 何故かチルノには広い人脈が存在する。そこんじょそこらの妖精から幻想郷を小指で破壊するような妖怪まで、幅広く顔見知りである。やはり最強か。

 チルノはちっぽけな頭の脳内メモリを検索する。ズバリ、今抱えている問題に的確なアドバイスを出してくれるであろう人物の顔を思い出すのだ。

 

 傲慢、最強に近い、すぐ油断する。

 これらのキーワードから導き出されたのは──やっぱりあいつしかいなかった。

 

 

「ねー幽香。お前ってよく油断するよな!」

「……あ?」

 

 幻想郷の表の御意見番(非公式)こと風見幽香は、突然の氷精に如雨露を地面に投げ捨てた。

 よくもまあ…ここまで完璧なチョイスができるものだと、チルノは内心ほくそ笑む。

 なお大妖精は震えながら遠くから観察中。

 

妖精(害虫)如きが急に何よ。完全な滅びってもんを体験したくなったのかしら?」

「それは興味あるわね! だけどそれはまた今度で、今日は慢心ってヤツを克服する方法を教えてもらいに来たんだ! さあ教えろっ!」

「なんでこんな面倒くさいのが私の所に来るかな……。こういうのは普通あのスキマ妖怪の役割ってもんでしょうが」

「紫は胡散臭いからナシ! 幽香は嘘なんて吐かないでしょ? ほら完璧!」

 

 呆れというよりは脱力。馬鹿な相手は殺気を飛ばしても気付かれないもんだからわざわざ対応しなきゃならないのが面倒だ。

 しかもその相手がチルノなら尚更。今日は運が悪かったのだと思って諦めるほかあるまい。

 

 だがそもそも、初めて二人が出会った時、最初に突っかかってきたのは幽香の方だった。

 面白そうな妖精だったので、ちょっとちょっかいをかけてやろうと軽い気持ちで手を出した。その結果、こんな面倒臭い知り合いが誕生するとは夢にも思わなかった。いや、夢では思っていた。

 

「そもそも慢心ってなんなのか分かってる? 間違っても妖精が使っていい言葉ではないわね」

「……? ……?? あたいは最強だよ?」

「あっそう」

 

 実力者──即ち、幻想郷のパワーバランスにおいて上位に位置する存在。

 そんな連中が幽香を前にして堂々と「我最強」など言おうものならば、彼女は喜んでその言葉を訂正させんと滾るだろう。

 だが相手はチルノで──雑魚、有象無象、妖精。相手にする方が馬鹿馬鹿しい。……少しくらいは光る物があると思っているけれど、所詮はその程度。

 

 無視してれば帰るだろうと、幽香は視線を外して花の水やりを再開した。無関心こそが最も大きな拒絶だから。

 しかし、チルノのブレインは沈黙を相槌と判断した。このくらい図太くないと妖精なんて生き物はやってられない!

 

「なんかおかしいの。前までならみんなあたいと戦っているうちに降参してたんだ。けど最近はあっという間に負けちゃうことが多くて……」

「──」

 

 無視。

 

「色々試してみたりもしたよ。相手を追いかける”ちょーこおど”な技まで開発したわ。時間だって何度でも巻き戻した。文に言われた通り速さ勝負もやったし、レティに言われた通りあたいの氷をもっと冷たくした。けど勝てない」

「──」

 

 無視。

 

「……みんなあたいのことを雑魚って言って虐めるんだ。あたいよりも弱いくせに、最近ちょっとだけ勝ってるだけのくせに……」

 

「──……」

 

 無視。

 

「ここに来るまでだってさ、この前幽香に教えてもらったレーザーを試したんだけど、魔理沙に一蹴されちゃったの。そしたらあいつ『幽香なんかに教えてもらった似非レーザーにこのマスタースパークが云々かんぬん』って……」

「──…は?」

 

 無視、はできなかった。

 

 幽香が気まぐれに教えたチルノ専用レーザー──名付けてフローズンスパーク。

 構造は妖精が使えるだけあってとても単純で、断続的に冷凍光線を浴びせることによる氷の呪縛を刻み付けるだけの簡単な技。

 幽香に言わせればただ冷たいだけの光だが、取り敢えず実用できる範囲内にまでは仕上げさせた代物だった。強いかどうかは兎も角として。

 

 それを、魔理沙が?

 よりにもよってマスタースパーク?

 

 ……気にくわない。

 

 魔法の森に向かってレーザーを今にでも放ってやろうと思ったが、なんとか理性で抑えつける。……まだその時期じゃない。

 だが野放しにできる案件でもない。

 

 自分が力でねじ伏せるのは簡単だ。あの程度の魔法使いなら指2本で事足りる。

 しかし相手はあの魔法使いの弟子。ならば、最も屈辱的な方法で叩き潰してやりたい。それも直接的ではなく、間接的な方法で。

 

 例えば、格下だと思って見下している妖精の手によって、無様な姿で地べたに這いつくばる事になったり、とか。

 

「……いいわ。最強になれる方法を教えてあげる。特別大サービスよ」

「えっ? いや、あたいったらもう最強だからいいや。そんなことよりも油断を無くす方法を教えてくれよ!」

「んなもの強くなれば関係ない。油断なんて強者の余裕に過ぎないわ」

「へー」

 

 言っている意味が解っていないだろうチルノの頭を、幽香が鷲掴みする。

 その様子を見ていた大妖精はチルノの頭が紙風船のように潰れる姿を幻視した。

 

「なんで頭を撫でるんだ?」

「最強にする為よ。じっとしてなさい」

 

 瞬間、チルノの体内に暴れ狂う魔力が唐突に出現する。花畑はあっという間に氷雪舞う荒野へと変貌し、身体から放たれる波動が天候を冬のそれへと変える。

 あまりに突発的すぎて訳の分からないチルノ。だが自分が凄まじい力を手に入れたのはゆっくりと理解した。最強がさらに最強になってしまった。

 

「お、おおぉおぉぉ!!? やっべぇ力だわ! これなら誰にも負ける気がしない! なんか知らんけど幽香ありがとう! そしてあたいの氷のサビになれ!」

「ちょっと落ち着きましょうか。それが仮初めの力だってことくらい馬鹿でも把握できるでしょう?」

 

 幽香はチルノに魔力を注入しただけで、潜在能力を解放したとかそんなご都合主義な能力を使ったのではない。極簡単な仕組みだ。

 ──実のところ、そんな芸当もできたりするのだが、何処ぞのスキマ妖怪から「能力も髪色もナメック星人」と言われて以来あまり気が乗らないとかなんとか。

 

「私が貴女に渡したのは極僅かな魔力。しかしそれを誤魔化して張りぼてにしているわ。これで一撃のみ、最高のフローズンスパークが撃てるはず」

「えー全部凍らせたいよー」

「つべこべ言わない。取り敢えず、貴女は今から魔理沙にレーザーをぶち込んでくるのよ。確実に仕留めなさい……いいわね?」

「使われるのは気に入らないけど魔理沙はもっと気に入らないからいいよ!」

 

 チルノの言葉に幽香は満足げに頷いた。なんと建設的な交渉であろうか。

 ”馬鹿と妖精は使いよう”とはこの事だろう。

 

 

 1発限りのフローズンスパークを幽香より託されたチルノは一時帰宅し、大妖精を交えての作戦タイムに入った。「真正面から戦っては不利になる」との大妖精の助言を受け入れた形だ。

 強大な力を手に入れた後でもしっかりと策を練るチルノこそ、真の最強だ!

 

「それじゃあ私が魔理沙さんを家の外まで誘き出すから、チルノちゃんは隙を見て攻撃するっていうのはどうかな? 私だったらその……ほら、レーザー躱せるから」

「うーん……なんかなぁ。あたいが求めてるのはこーゆーのじゃなくてさ、血に汗が吹き出す熱い……戦いっていうかさぁ」

「けど魔理沙さんを倒せなきゃ一回休みじゃ済まないよ……。幽香さんの目……アレ完全に怒ってた。今度こそ首を捩じ切られちゃうかもしれない。いや、そもそもレティさんにあまり近づくなって言われてたのになんでチルノちゃんは───」

「大ちゃんは真面目だなぁ」

 

 そう、真面目。妖精らしからぬ性質。

 チルノの右腕としてならば、この異端とも言える性格は最大のアドバンテージとなる。そのことは大妖精も重々承知している事実。

 しかし、チルノとしては少し物足りない。妖精らしい、今を輝く熱に欠けてしまう。

 

 どうせなら瞬間最大風速の面白さを求めなければ。今ある命を如何に燃やし尽くすのか……それがチルノにとって一番大切なことだった。

 

 

「──……やめにしよう大ちゃん。今あたいが手に入れたこの力を魔理沙なんかに使うのは勿体無いよ。もっと、たくさんの喜びを残せるような最高の使い道を考えていこう」

「け、けどそれじゃ幽香さんが……」

「幽香がどうしたっ! あたいは最強だ!」

 

 魔理沙なんぞ油断しなければ倒せる。霊夢だって多分なんとかなる!

 今ならなんでもできそうなほどに満ちているこの全能感を無視することはできない。

 使うなら何時もの自分ではギリギリ勝てないかもしれないぐらいの妖怪に使った方がいい。上でふんぞり返っているヤツを倒せば妖精の天下が近いことを幻想郷に知らしめることができる。

 

「今日こそ赤い館を攻略するのがいいかな? それとも霊夢と魔理沙が一緒にいる時を狙って一投落石もいいね!」

「一石二鳥かな?」

 

 そうとも言う。

 取り敢えず、チルノは魔法使いの冷凍保存などという花魔人の使いパシリに甘んじるつもりは現時点では全くなくなっていた。

 己の力は己が望むがままに使うべきだ。

 

 紅魔館、博麗神社、白玉楼、人里、妖怪の山、太陽の畑、迷いの竹林……──何処を凍らせても楽しいことになりそう。

 けど、最後に行き着くのは──。

 

「……決めたよ大ちゃん」

「え?」

「あたい、八雲紫を倒す!」

「え、ええぇぇぇ!?」

 

 やっぱりこれだった。

 実のところ、チルノは紫については偉い妖怪くらいにしか知らない。

 霧の湖を取り仕切っている身として(大妖精と一緒に)話すこともあるが、言っている言葉の意味が全く理解できないのでちょっと苦手なのだ。

 

 どーせあれでしょ? よく判らない事言って判ってるフリしてるだけでしょ? チルノには判る。なぜなら天才無敵の妖精だから。

 胡散臭げに笑って頭の良さ気なツラをしているのがチルノは気にくわない。そしてそれに騙されている周りのみんなには呆れている。

 

 だけどもチルノは知っていた。霧の湖が紅い霧に包まれた時、レミリアとフランドールの喧嘩に八雲紫が割って入ったのを。

 そしてよく判らない事を言って場を収めてしまったのだ。凄いと思うと共に、悔しく思った。だってその時、チルノは吸血鬼たちよりも格下の門番に踏みつけられていたのだから。

 

 つまり、チルノが決意したのはちょっと遠回しなリベンジ。そして、最強の名を揺るぎなきモノにする為の果てなき挑戦であった。

 

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「……と、それでこんな状況だと」

「──!」

「馬鹿ですね。勿論、両方ですよ」

 

 地霊殿の主人、古明地さとりは目の前に堂々と鎮座する氷塊に向けて──いや、正しくはその氷塊の中に閉じ込められた私に向けて話しかけていた。

 

 ハーイわたし紫! いま氷の中にいるの!

 

 氷塊に閉じ込められている体は微動だにしない。細胞の全てに渡って停止しているのだろうから当たり前である。

 だけど意識はあって、まさに蛇の生殺し状態。さとりを恨めしげに睨むぐらいしかできることがないの。辛い……。

 

 経緯はこうだ。

 さとりとの会談を控えた今朝、私はチルノの家へ向かった。

 なんでわざわざあの危険な妖精の家に出向いたのかというと、いくらか氷を用意してもらおうと思ったのよね。だって旧地獄の暑さは堪えるから。

 その結果、私が氷になりましたとさ。

 

 出会い頭の瞬間冷凍レーザーを躱す術など、私にあるはずがない。弱い者いじめはいけないと思うの私! しかもこの氷なんか変だし!

 どうやらさとりからの(陰湿な)説明によると、今回の冷凍レーザーには幽香が一枚噛んでいたらしいわね。絶対に許さないわ……!

 

 ついでに運悪く今日は藍が一緒じゃなかったのも事態が深刻化してしまったさらなる一因ね。ん? あの子は何をしてるのかって?

 マヨヒガで橙と踊りの練習をしてるそうよ。賢者会議で余興に出すんだって。ちなみにその踊りの内容についてはノーコメントね。

 ……藍ったら橙が絡むとどうも馬鹿になるような気がするのよねぇ。親バカってヤツ?

 

「紫さんってすぐ思考がズレますよね。もうちょっと今の状況について考えたらどうです? いやまあ興味深い話ではありますけど」

 

 さとりからの言葉で我に帰った。そうよまずは経緯を振り返らないと!

 

 さて、チルノによる奇襲を受けた私は、なす術なく氷像と化してしまった。

 このまま面白半分に砕かれてしまうのかと思ったけど、チルノはそれで満足したのか私を自宅に置いたまま出かけてしまった。

 ……そして長い時間が経った。私の絶望感による相乗効果でそりゃもう何年も経ったくらいに辛かった。気分はさながらド○クエ5の主人公である。

 

 だがそんな私を救い出してくれたのは、なんとさとりのペットである火焔猫燐その猫だった。最初は私の仮死体を拾いに来たのかと思った。

 しかし彼女は私を猫車に乗せるとそのまま地底へと疾走。こうして地霊殿の客間──さとりの目の前に投げ出された訳である。

 さとり……まさか、貴女が私を助けるよう指示をしたというの……?

 

「そういうことです。見て見ぬ振りをしても良かったのですが、少しだけ憐れに思いまして。まあ、助けたからにはしっかり感謝してくださいね?」

 

 あ……うん。あんがと。

 素直に感謝の気持ちを抱きたいのに、そうはさせてくれないのがこのさとりクオリティか。やっぱりえげつねぇです。

 

「紫さん……私に会談を振ってきたのは貴女ですよね? それで集合時間は何時でしたっけ? そう、3時です。で、今何時だと思います? 5時ですよ5時。貴女と違って私は多忙なんですよねぇ……朝から晩までスケジュールでいっぱい。地底の管理人は楽じゃないのですよ。だけど他ならぬ紫さんからの頼みということで多少無理してこの時間を設けたわけです。で、2時間遅れとはどう責任を取ってくれるおつもりなのでしょうか? 私、聞きたいです。ああ、貴女の命なんてくだらないお詫びは要りませんからそのつもりで」

 

 そうそうこれこれ。これこそが真のさとりクオリティだったわ。もう泣いちゃいそうなんだけど。

 

「その状態じゃ涙も出ないでしょうに。さてどうやって解凍しますかね……。お燐のスペルカードで溶けるかしら?」

「どうでしょうね……やってみます?」

 

 ちょっ、ヤメヤメロォ!

 私が炭になる姿を幻視したわちくしょう! いやけどこの氷……溶けるの? なーんか普通の氷とは違うような、そんな気がする。

 それでも炎は怖いからやめてね!

 

「要求が多すぎます。厚顔無恥も甚だしい……私をこれ以上失望させないでください」

 

 痛いのはやめてって言ってるだけじゃない! なんだってそんなこと言うのかな!?

 もうやだー! 霊夢でも藍でも……誰でもいいから助けてぇぇ! 精神リョナされるぅぅ!!

 

「ここは地底、貴女を助けに来る人なんて誰も居ませんよ。殺したいと思っているのは多数いるみたいですけどね。例えばうちのペットとか」

 

 ギギギ、と火車に焦点を変える。

 彼女は嫌な笑顔で私のことを見据えていた。同じ化け猫でも橙のモノとは全く別種に当たる禍々しい笑み。もしかして貴女のことなんですかねそれって。

 死体収集とか死体加工とかマジ基地な趣味を持っているだけでは飽き足らず、私に対して殺意まで持ち合わせてるとか完璧すぎやしません?

 もうやだおうちに帰りたい。

 

「帰しませんよ。まだ何も話してないじゃないですか。私の過密なスケジュールを無駄にするなと、先程言ったばかりでしょう」

 

 突然、さとりは手のひらを氷に押し付けた。するとみるみるうちにさとりの腕が凍りついて、凍傷になった肉が裂けていく。

 な、何やってるの?

 

 と瞬間、私は束縛から逃れて地面に叩きつけられた。顔を思いっきり打ったので涙が出ちゃう。鼻血は出てないみたいだけど。

 

「いたた……。いったい何が?」

「理解する必要はありません。どうせ貴女の生ゴミみたいな頭脳じゃ理解できないでしょうし、説明するだけ無駄というものです。貴女はただ私に感謝していればいい」

 

 あの……私、一応賢者って呼ばれてるんですよ。賢い者って書くんです。

 けどさとりの言う通り、何が起きたのか少しも理解できないのは確か。あれだけ厄介そうな雰囲気を醸し出していた氷が一瞬で消えちゃうんだもの、すごく難しい理論を応用した技なのでしょう。

 

 しかしその代償と言わんばかりに、さとりの腕に走る凍傷は酷かった。

 壊死してしまった腕はだらんと垂れ下がり、動く気配を見せない。これが、私を助けた対価なの? ……なんかとてもいたたまれない。

 

 だがさとりの目は驚くほど冷めている。

 大したことないように、いつもの様子で私を見下していた。私に心配されるのが気に入らないのだろうか。

 

「そう、気に入らないのです。紫さんなんかに心配されるなんて、屈辱の極みですよ。こんなものすぐに治りますから、気にせずどうぞ」

「……とは言ってもねぇ」

 

 だってそれ絶対痛いと思うんだけど。私だったらのたうちまわってギャン泣きしてるわ。

 さとりには痛覚というものが無いのか……それともただ痩せ我慢してるだけなのか。私には判りかねるが、もし後者だとしたら私に弱みを見せるのがどんだけ嫌なんだって話よね。

 

「そんなに私の腕が気になりますか? なんなら触ってみます?」

「やめておくわ」

 

 さとりが凍りついた腕を私に突き出したので慌てて仰け反った。やっぱ余裕がありそう。

 ちなみにさとりの腕が気になるかについてだが、じつは元々から彼女の腕には少し興味があった。あの服の短い裾で指しか出てないって、ちょっと腕が短すぎるような気がするの。

 

「言いたいことがあるならはっきり言ってくださいよ。ブチ殺しますから」

 

 全部聞こえてるくせに白々しい。取り敢えずその腕はどうにかした方がいいんじゃないかしら? さとりはすぐ治るって言ってたけれども。

 さとりはジト目で私を睨む。

 

「私の腕がそんなに目障りですか。それではさっさと治してきますので待っていてください。くれぐれも、私が見ていないからと言って余計な事はしないように……分かりましたね?」

 

 アッハイ。

 私に釘を刺したさとりは火車とともに部屋を出た。……もしかして腕を死体のモノと交換するつもりなのだろうか? やべぇ、やっぱ地霊殿って「こ ん な と こ ろ」だわ。闇が凝縮されてやがる!

 

 とまあさとりがどんな姿になって出てくるのか、気になって落ち着かない。

 ちょっと残されたお付きのペットとお話でもして気を紛らわせようかしら。

 

 彼女は何を考えているのか分からない、無の表情で虚空を眺めている。

 

「もしもし、少しいいかしら?」

「…………なに?」

 

 暗っ!?

 あれれおかしいわね。この妖怪が楽しそうに火車と話している光景を何度も見たもんだから、明るい性格だと思ってたんだけど。

 背中に在る立派な黒羽からして化けガラスかしら? どこかおバカな感じもするし。

 

「こうして話すのは初めてよね。私は八雲紫、地上の賢者ですわ。以後よしなに」

「……誰だろう。全然思い出せないなぁ。金髪は見分けがつかないよ」

「そ、そう。それならこれから覚えてくれると嬉しいわね。ところで貴女の名前は?」

「お燐とさとり様早く帰ってこないかなぁ」

 

 こいつかなりの曲者……! ナチュラルに私のことを無視しやがったわ!

 いや、ハナから眼中に無かったのかも。思考が切り替わったとでも言うべきか。

 

 ちょっと気まずいが興味が湧いた。

 

「貴女もさとりのペットなのでしょう? ちょっと気になることがあって……」

「誰? 知らない人とは話すなってさとり様から言われてるんだけど」

 

 あっ、やっぱり話が通じない勢かな。

 地霊殿ってやばい奴ら多すぎない? 唯一の良心であるこいしちゃんは見当たらないし、こわいわー旧地獄こわいわー!

 

「知らない人ではないんじゃないかしら。ほら時々すれ違ったりしたでしょう?」

「……あっ思い出したよ。ごめんね」

 

 良かった。この子は(地霊殿の中では)そこまでやばい妖怪ではなさそうだ。

 ちゃんと謝ってくれたし好感が持てる。

 

「けど珍しいなぁ。いつも橋の上に立ってるんじゃないの?」

「……そっちじゃない」

 

 前言撤回、やっぱりやばいよ。この子私を橋姫と勘違いしてやがった!

 そんなに似てないでしょ? 共通点って金髪ぐらいじゃないかしら?

 

「なーんだ変なの。じゃあ知らない人が私に何のよう? さとり様から──」

「知らない人とは話すなって言われてるのね。世間話くらいならセーフだと思うわよ?」

 

 幻想郷でも類を見ないほどの鳥頭……! チルノあたりと合わせたらどんな化学反応を起こすのか想像もつかないわね。凄く気になるわ。

 そんな私の内心とは裏腹に、彼女は変わらない様子でぼーっとしている。時々自分の髪の毛先を弄ったりしながら。

 

 うむむ……ここまでくると何が何でも話したくなってきたわ。せめてこの子の名前だけでも!

 

「もう一度自己紹介するわね。私の名前は八雲紫。そして貴女の名前は?」

 

 彼女は訝しんで私を見る。

 

「……うつ──……お空って呼んでいいよ。地霊殿のみんなは私をそうやって呼んでる」

 

 お空、か。聞く限りこれはあだ名っぽいわね。つまり本名までは教えないと。

 まあ会話に進展が生まれたし結果オーライね! 大きな達成感を感じるわ!

 

 それにしても最初の「うつ」とはいったい何だったのかしら? ……鬱? 鬱かぁ。うん、鬱は辛いわよねぇ。

 気持ちはよーく分かるわ。沈んじゃったら自力で上がるのは至難の技だもの。

 私はね、そういう時はとにかく無理やり明るく取り繕うのよね。周り騙して自分を騙すのだ。そしたらいつの間にか鬱どころじゃなくなってる。

 ……だってそうしないと藍から「そんな顔するな」って言われるんだもん。

 

「お空ね。それではお空……貴女に聞きたいことがあるのだけれど」

「……変なことじゃなかったらいいよ」

「なら当たり障りのないことを聞きますわ。こいしちゃんはいま何をしているの?」

 

 帰りに少し顔を出していこうと思ってるんだけど、神出鬼没のこいしちゃんの居場所を、自力で掴むのはとても難しい。

 なんかふと消えてるような気がするのよね。気のせいだと思うけど。

 

 お空は私の顔を一瞥した後、ゆっくりと首をかしげる。解せない、と言った感じだ。

 

「こいし……? 誰だっけそれ」

「主人の妹を忘れちゃ流石にいけないと思うわよ? 少しでも思い出してみて?」

 

 さとりは判るのにこいしちゃんは判らないって、正気を疑うわよ。あんな強烈な姿を一度見れば二度と忘れないでしょ?

 むむ……私は鳥頭を舐めていたのかもしれない。

 

 

「ほら薄黄緑色の髪の毛で黒い帽子を被ってて、元気溌剌の可愛いさとり妖怪よ」

「……さとり様に妹なんていないと思う。私は見たことないし、さとり様やお燐からそんな話を聞いたことも多分ないよ」

 

 ダメかー。そっか。

 ならば仕方ない。さとりに聞くしかないわね。ついでにペットの躾について詰ってやろっと! 別に藍と橙をペット呼ばわりするつもりはないけど、うちの従者はみんな優秀だからね。

 率直に言って自慢したい。

 

 お空も鬱ならこいしちゃんに慰めて貰えばいいのに……。灯台下暗しってヤツかな?

 

「貴女もさとりのペットたるもの、従者として地霊殿で毎日暮らしてるんでしょう? 貴女が何に悩んでいるのかは知らないけど、少し周りを見渡せば一人の天使が見つかるはずよ。彼女の存在は貴女にとってとても意義のある……」

 

「──ストップ。勝手な事はするな、と言ってたはずですが……いったい誰の許しを得て私のペットと話してるんですか? 理解能力が無いんですかね? 馬鹿なんですかね? しかも()()()まで出して……あの子が腐るでしょう。やめてください。ほんとマジで」

 

 ひゅいっ!?

 背中から吹き抜ける暴言の嵐に肩をビクつかせた。立っていたのは勿論さとりで、少し遅れて扉から火車と……ドレミーが現れた。

 ちなみに腕の怪我は微塵も無くなっている。

 

「お空も知らない人とは話しちゃダメよ。特にこの人は最低最悪の妖怪なんだから、これからは目も合わせないように」

「はーい」

「……お燐。お空と外へ」

「了解です。ほらお空 行くよ」

 

 蔑んだ目で私を見る火車と、彼女に手を引かれる無垢なお空。

 まるで私が変質者みたいな扱いね。いい加減にしない? もう泣く一歩手前なのよ私。何が悲しくてこんな仕打ちを受けねばならないのか。

 

 二人が扉の奥に消えると、さとりは気怠げに息を吐き出した。

 へー貴女でも疲れってあるのね。

 

「ふふ、誰のせいだと思います? 貴女ですよ貴女。何が悲しくて貴女のお守りなんてしなきゃならないんでしょうね」

 

 嫌味たらしく言われた。このさとりの言い方もムカつくけど、それよりも隣でうんうん頷いているドレミーにムカついた。

 この二人……人を煽ることに関しては一級品の才能があるんじゃないかと思う。

 

「さてそれでは本題に……と、その前に。まさか貴女とお空が話すとは思っていませんでしたからね。それを踏まえた上で、今更ですが紫さんに幾つか注意事項があります。地霊殿で活動する上で留意していただきたい」

「それはまた……。なるべく失礼のないように過ごしているつもりでしたけど、何か不手際が?」

「一つ、お燐を除くペットの前でこいしの名前を出さないこと。一つ、お空を傷つけるようなことは決して言わないこと。この二つだけです」

 

 理解し難い注意事項だった。

 こいしちゃん云々もお空云々も個人に関わることだ。あの二人は地霊殿のデリケートプライバシーなのかしら?

 それにしても内容が変だ。名前を出すな? 傷つけるな? お空の方はまだ分かるわ。だって鬱だものね。元気なかったし。

 けどこいしちゃんは本当に意味が分からない。なぜ隠す必要があるのか。そもそも否応なしに顔を会わせるでしょう?

 

「我が家は複雑なのです。まあ、こいしの方は自己完結させちゃってるからまだ別にいいんですが……お空はダメです。他でもないあの子が壊れてしまう」

「……?」

「あの子は弱いのです。比喩的な意味ではなく、そのままの意味で。そしてそれが原因で心に大きなコンプレックスを抱えている。理想と現実の偏差に心を痛めている。……紫さんなら分かるんじゃないですか? 何でもできてしまう仲間や家族に劣等感を感じてしまう、その気持ちが」

 

 私は何を言うでもなく、さとりから目が離せなかった。私を罵倒する以外でここまで饒舌に語るさとりは初めて見た。

 そっか……そう考えるとお空と私って結構似た者同士だったのね。その心境たるや、痛いほど分かってしまう。

 

 魔境地霊殿で「普通」は辛いわよね。頭の中は結構変わってらっしゃるみたいだけど。

 

「センチメンタルというわけではないんですがね……まあ、この話はもういいでしょう。それでは本題に入りましょうか。こうしてわざわざ彼女を連れてきたことですし」

 

 そっか、ドレミーを連れて来たってことは、私の目的を全て把握してるってことよね。周到というか、いやに効率的というか……。

 さとりはどこまで心を覗いてるのかしらね。表層だけでは留まらないと思う。

 いま思えば私が氷漬けになっていることをどうやって知ったのかも謎。

 未だよく分からない妖怪だ。

 

 

「言われるがまま来てみましたが、今更このドレミー・スイートに何の用でしょう? 紫さん。敗者を嘲笑いに来るような性分ではないと思っていましたが?」

「現実世界で会うのは初めてかしら。……随分と変わったみたいね。窶れた?」

「そりゃ窶れますよ。天性の能力を封じられて妖力すら使うこともできない。おまけに心の隅々まで筒抜けなんですからね。下手な監禁の方がマシでしょう」

 

 目の下に隈、ずり下がった帽子。生気のない眼にボサボサの髪。

 まさか夢の住民であるドレミーが睡眠不足を体験する羽目になるとは……世も末か。

 さとりってやっぱ怖いわ。

 

 ふとさとりを見ると、私に向かってガッツポーズをしていた。いやどういう意味よそれ。

 

「それでは答えあわせといきましょうか。ドレミーと稀神サグメが何を企んでいたのか、紫さんをどうしようとしていたのかを」

「……ええ」

 

 さとりは淡々と語り始める。

 

「紫さん。貴女は春雪異変の後、何が起きていたのかを知らないようですが……それはまあ面倒な事が起きていました。なおその事についての具体的な詳細は避けさせてもらいます。本題はそれについてではありませんから」

 

 面倒な事って……あの意識が暗転した時? あの間に何か起こってたの?

 まあいいや。興味ないし。

 

「その間、紫さんの力が弱まった一瞬の隙を突いたのがこの二人だった。彼女たちは貴女の体を夢の世界に封印し、代わりの素体に夢の姿を用意して、精神の入れ物としたのです」

 

「目的は『八雲紫』の無力化。貴女の存在が月の民にとってはよっぽど邪魔なのでしょうね。そして、計画はほぼ完遂されていた」

 

「貴女の力の殆どは失われ、八雲紫ではなく別の存在として確立されようとしていた。誰も貴女が紫さんだとは気づけなかったでしょう? 当たり前です。容姿以前の問題なのですから」

 

「しかし彼女らは欲をかいた。その結果、僅かな綻びから貴女は夢の世界に帰還し、貴女を起点にフランとこいしが突入できた。運が良かったですね」

 

 あーなるほどね。全然わからん。

 専門用語が多すぎない?

 

「二度も説明しません。取り敢えず月の都が全部悪いという事です」

「なるほど。分かりやすいわね」

 

 いつまで因縁つけてくるんですかねあの連中は……。私なんかよりも消さなきゃならない妖怪なんて星の数ほどいるでしょうに。

 あの世界の住人は根本的な思考回路が私たち地上人とは異なっている。連中の狂ったインディビジュアリティーを私が理解できるはずがない。

 

「さとりの言ったことは真実でいいのかしら? ドレミー」

「……ええ。一応は」

 

 あっさりドレミーは認めた。けどあの顔……私を煽る時の表情だ。何を考えているのやら。

 まだ何か隠しているのは明白。しかしさとりがそれを話す様子はない。当事者である私に話せないことなんてあるの?

 

 さとりは私の問いに答えない。

 

「これが前回の異変の裏で起こった全貌です。ふむ、なぜ私が貴女に力を貸したのか気になりますか? ……私がデレた? んなものあるわけがないでしょう。名誉毀損で訴えますよ。──実は我々地底勢力とドレミーは長い敵対状態になっていました。互いの顔もしらないまま、ね」

「全く利のない争いでしたね。貴女方はロクな吉夢を見る事が出来ず、私は貴女の妨害に踊らされ続けた。その間に力をつける事ができたのは私でもさとりでもなく、月の都と幻想郷だけだった」

 

 つまり、月の都と幻想郷(私)だけの争いがいつの間にかさとりとドレミーに飛び火していたってこと? うーん、幻想郷情勢は複雑怪奇。

 ……頼ってくれても良かったのよ? 直接介入はできなくとも、現状を知ることができていればもっといい方向に持っていけたかもしれないわ。

 

 だがさとりは鼻で笑って私の想いを却下した。

 

「紫さんは勿論ですが、地上の方々は頼りになりませんからね。現に為す術なくドレミーの影響下に囚われていたでしょう? 私が彼女を抑えていなければ、月の都は何時でも夢の世界を通じて幻想郷に攻め入ることができたのです」

「もっとも、月の上層部としては穢土を攻めるのは消極的だったみたいですけどね。貴女一人を始末するのが一番ベストな形でした。千載一遇のチャンスだったのに、残念です」

 

 ドレミーったら遠慮なしね! 貴女ってそんなズケズケ言うタイプだったの?

 それにしてもさとりに幻想郷の一員っていう自覚があったことに驚きだ。なにせ場所柄ゆえに、地底は幻想郷に非ずと唱える者は少なくない。

 一応だけど幻想郷に入ってるのよね、旧地獄って。相互の出来事が互いに大きく影響してくるから枠組みに含んでるの。

 

「というか私とこいしって幻想郷出身ですからね? 妖怪の山に住んでたんですが……知らなかったんですね。あっそうですか」

 

 初耳すぎて驚いたわ。

 えっ、妖怪の山に住んでたの!? うそぉ……あのさとりが山暮らし……?

 グググ、その光景が全然想起できない!

 

「しないでよろしい。そして私は幻想郷の為にドレミーと争っていたのでありません。……知ってます? 私って幻想郷のことを結構恨んでるんですよね。今はもう違いますが、昔は滅んでしまえとも──いや、滅ぼしてしまおうと思ったことだってあります。ふふ、その気になれば1時間もかかりませんよ? ……私が急に恐ろしくなってきましたか。正直でいいですね。それが地底の妖怪……これが地底の支配者なのですよ」

 

 いや……私が怖いのはそれを表情も変えずに淡々と話し続けるさとりの不気味さだ。

 本当にこいしちゃんとは対照的ね。

 

 クク、とドレミーが笑いを漏らした。それと同時にぴたりとさとりの口が止まる。

 そして咳払いを一つ。

 

「私としたことが話しすぎてしまった。チッ、今言ったことは全部忘れてくださいね」

 

 露骨な舌打ちいただきましたちくしょう。

 

 

 

「……さて、これで話は終わりですね。それではお帰り願いましょうか。ただでさえ今日は貴女のせいでスケジュールが無茶苦茶なのに、これ以上時間を浪費するわけにはいきません」

「待って。まだ一つだけ……」

「ダメです」

 

 有無を言わせぬさとりの態度。まるで私にもうこれ以上何も喋らせたくないような、そんな感じ。意味がわからない。

 これは日を改めて………いや後回しはいけないわ。絶対に今、ドレミーに聞かなきゃならない。

 

 私はさとりを半ば無視しながらドレミーを見据える。ドレミーはいつものにやけ顏を浮かべながら私の言葉を待っている。

 

「紫さん。今日はもう帰って──」

「ドレミー……最近おかしな夢を毎日見るわ。やけに生々しい夢をね。そしてその夢を見始めたのは私が元の姿に戻った時期、つまり貴女が夢の世界から引きずり出された時期と合致するわ」

「……ほう、興味深いですね。詳しく聞かせてもらえますか?」

 

「紫さん」

 

 さとりが私の腕を掴んで無理やり席から立たせた。しかし、私は構わず続ける。

 

「一人の女の子とひたすら向かい合うだけの、他は何もない奇怪な夢。けどその女の子には2パターンあって、一人は目がない私と同じくらいの背格好の少女。もう一人は10にも満たない(よわい)の少女。……どっちも私は見覚えがないわ」

「変わった夢ですねぇ。その二人は受け答えができるのですか?」

「幼い方の少女はできるわ」

 

「夢なんて不確かなものを気にしてる暇があったら帰って仕事をしてください。ほら、紫さん……紫さん!」

 

 さとりが耳元で声を上げているが、私は答えない。ごめんなさいね、でも今は夢の正体をとにかく知りたいから。

 

「分かるのね、ドレミー」

「ふふ、ええまあ」

 

 ドレミーは胡散臭く微笑む。

 

「私はこの通り、夢を弄くれる状態ではありませんから、その夢は正しく貴女の潜在意識によるものです。つまり、本来貴女が見るべきであった夢が噓偽りなく現れたモノなのでしょう。例えば貴女がよく想うことだったり、貴女の満たされることなく彷徨っていたアンビションが──」

 

 

「やめろ」

 

 ……ピシッ、と。

 

 瞬間、背筋に悪寒が走る。たった3文字の何てことない言葉。それだけで私もドレミーも、会話を中断せざるを得なくなった。

 殺気ではないけれど、負の激情が私を押し潰さんと容赦なく浴びせ掛かる。

 ドレミーも飄々とした態度を消して、一筋の汗を垂らしながら口を噤んだ。

 

 絶対零度の視線。いつもの蔑視が生易しく見えるほどのドス黒いナニカ。

 根源的な恐怖が胸の内から込み上げて、吐き気となり私を襲う。

 

 

「いい加減にしなさい。……私は、帰れと言いましたよ? 紫さん」

 

 

 さとりの声音はいつもと変わらない。だけど私は、彼女の目を見ることはできなかった。

 呪詛の類いではないけれど、それは確かな呪いの言葉。私の想いも決意も、全てをへし折り屈服させる強大な力。

 震えながらスキマを開く。

 

「お邪魔……しましたわ」

 

「……紫さん」

 

 私がスキマに片足を突っ込んだ、その時だった。今までの雰囲気が嘘だったかのように、優しく私を呼ぶ声がする。

 振り向くと、さとりから丸められた羊紙皮を投げ渡された。それは何時ぞやかの時のように。

 

 ……中身を確認する事もなく私はスキマに入り、地霊殿を後にした。

 さとりからの言葉を背中に受けながら。

 

「またいらしてくださいね」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 紫がスキマに潜るのを見届け、さとりは静かに椅子に座り込んだ。覇気なく俯く。

 心地の悪い雰囲気が辺りを包んだ。

 

 暫くしてさとりは大きく息を吸う。

 そして机を殴った。

 綺麗に真っ二つになる机だったモノ。予見していたのであろうドレミーは、高そうなティーカップを予め手に持って保護していた。

 

「……無理するのね。そんな張りぼてで取り繕うのはお薦めできないわ」

「うるさい」

 

 パンッ、とドレミーの持っていたティーカップが弾け飛び、破片も残さず塵になる。

 サードアイの眼力、それだけで。

 

「小細工を幾ら弄そうと無理でしょう。こんなせせこましい事までしてご苦労様ですがね」

 

 ドレミーは顔を拭う。するとみるみるうちに隈や汚れは消えていき、何も変わらない何時もの顔へ。ボディペイントの類いだったのだろうか。

 とは言え流石に能力は封じられたままなので、下手なことはできない。

 

「今日の貴女の態度で真相がだいたい分かったわ。ずっと謎だった貴女の行動も、こうして考えれば全部合致する。随分と遠回りな計画よねぇ。これを数百年地道に続けてきたのなら賞賛に値するわ」

「……ッ!! ……!……」

 

 三つの目がドレミーを睨む。

 だけど、先ほどまでの力は、もうさとりには残っていなかった。

 

 




「はーいこいしだよっ! 地霊殿でのお話なのに私が出てこないって変なのー。私は何をしてたのかって? 紅魔館に遊びに行ってたの!
そういえばチルノは幽香にとても褒められたらしいわ! ゆかりんを氷漬けにできて大満足なんだって。めでたしめでたしだね! 氷漬けかぁ……それもいいね。保存がきくし! けどうちって暑いのよねぇ。やっぱ無理かな。

さて次回はなんかお偉いさん達がお話しするみたい。みんなで寄ってたかってゆかりんをいじめるんだって! 酷いなぁいいぞもっとやれ!

……さてと、早くお姉ちゃんを慰めに行かないと。お姉ちゃんったらすぐに無茶するからさ。これじゃ何も変わんないのにね♪」

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