幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
八雲の巣──Surface story
幻想郷は今日も血気盛ん。
猫の手も借りたいとはこの事で、橙や式分身をフル稼働しても対応が追いつかない。
地面に手を置き、地脈の流れを感じ取ってみたが、どうにも上手くいってないみたいで。再び調整を開始せねばなるまい。
全く……萃香の奴がぐちゃぐちゃにしたものを私が修復するのはこれで何回目だろうか。いい加減にして欲しいものだ。
また、異変が残していった爪痕はなにも物理的な被害だけではない。
幻想郷の各地で妖怪の不満が募り、人里では人間たちがありもしない噂に一喜一憂───滅亡論や陰謀論が囁かれている。一年に三回も発生した大異変のせいで、精神が疲弊しているのだろう。
さらには各地できな臭い運動が起こりつつある。そうだな、この運動は外の世界ではレコンキスタと呼ばれている類いのものだったか?
もっともこれについては別賢者の担当部署なので私たち八雲にはあまり関係のない話だ。
八雲の管理地域は博麗神社と狭間の世界──レコンキスタなど起こる余地もない。
とまあ、このような感じでかなりの問題が幻想郷で浮上している。
その中でも特に注意しなければならないのは、各大勢力の動向であるわけだが、不気味にも静観から動く気配は一切ない。
紅魔館あたりは侵攻を始めるかと警戒していたのだが、どうやら事前に紫様が根回しをしていたようで、逆に治安維持に努めている様子でさえある。これだからあの方には頭が上がらない。
忙しすぎて目が回りそう。
だけど、全然辛くない。むしろこの疲労感が心地よくさえ思えてしまう。
八雲の式として働けるという事実だけで、家に帰れば当たり前のように紫様が待っていてくれているだけで、私の胸はいっぱいなんだ。
「───うわーまっずいわ。ハチミツなんかよりもずーっとまずい。癖になりそう」
「……?」
ふと木陰を見ると、一匹の妖怪が寝そべりながらこちらを見ていた。
黒い服に明るい髪──確かルーミアといったか? 霊夢とも戦った闇を操る妖怪だ。
あの類の妖怪が言う事は大抵が深い意味を持たない。相手を惑わせようとしているか、何も考えずに言葉を発しているかのどちらかだ。
大して気にとめる必要もない。
「悪いが忙しいんでね。クレームならまた後日に受け付けるから今日は消えろ」
「どーせクレームをつけようにも届ける手段がないってオチでしょ? 幻想郷は私たちみたいな弱小妖怪の為にあるのに、可笑しな話よね」
「……どの口がそれを言う」
こいつの異常性は吸血鬼異変の時から把握している。戦闘能力は湖の妖精とどっこいかそれ以下なのだが、成り立ちと経緯があまりにも不吉。
紫様もそれ故にか奴をそれとなく危険視しているようだ。霊夢に注意喚起を行うまであった。
ルーミアは真っ赤な口腔を覗かせた。
「大変だったね主人がいなくて。その間の貴女の闇はとっても美味しかったわ」
「……残念だが、私の心は貴様なんぞに付け込まれるほど隙間だらけではない。餌が欲しいなら他を当たれ」
「ふふん、確かに隙間はないね。だけどその代わりにスパイシーがない。貴女の闇を私の闇と呼ぶべきか、私をもってして悩ませる。だからマズイ」
「有象無象の妖怪が口を利いたかと思えばこれか。紫様の御心のままに従う私に闇などあるものか。……もういいだろう、私は行く」
私はルーミアに背を向けた。
取り合うだけ無駄だと分かっていたのに時間を潰してしまったのは私の落ち度か。
だが……私の抱く感情を
「なんにせよ、中途半端が一番やらしいってことよね。暗いから闇、明るいから光って、それずっと昔から言われてることだから」
「はぁ……なんなんだお前は」
振り返るともうルーミアはいなかった。深い影が地面に根を下ろしているだけ。
結局のところ何を言いたかったのか、理解に苦しむ。もしも戒めのつもりなら結構なことだ。
だが───。
「紫様の為なら私は闇にでも光にでもなるさ。例え道化と罵られようが関係ない」
これに尽きるというものだ。
そこら辺の妖怪と私に根本的な差はない。
ただ欲に忠実で、醜く自分勝手に生きる。虚偽と罪に塗れて地を這い蹲っている。
決定的な違いは力でもなく、知恵でもなく───紫様と共に在れたことだけ。
それだけでいい。
屋敷に帰ってすぐに紫様の安否を確認した。
どうやらまだ寝室でお眠りになっているようだ。襖越しに静かな吐息が聞こえる。
紫様は身体の異常を夢の主人と戦った際に再発した「持病」だと仰っていたが、それだけでないことに私はすぐ気が付いた。
式としての繋がりで主人の健康状態の殆どが分かってしまうのだ。
ただ、ひどく疲弊されているようではあった。夜中には時折痛みを堪える声が漏れることさえある。その度に紫様の元へ駆けつけても、「心配はいらない」と平静を装っている。
私の目は例え暗闇の中でも紫様の額に浮かぶ玉の雫を見逃さない。明らかに無理をしている。
閑寂な空間に紫様の息遣いと私の握り締めた布擦れの音だけが耳に吸い込まれていく。
夢の主人との戦闘がどれほど苛烈なものだったのか。私には知る由もないが、その余波は幻想郷に夢遊病という形になって表れている。
霊夢にはその訳を話しているとはいえ、確かにこれは異変認定されてもおかしくない規模ではある。……だが、あくまでこの夢遊病は副産物なのだ。
紫様は何処で何をしていらしたのか、全く語ろうとしない。深い憂いを湛えた瞳で私を見つめるだけ。
聞かれたくない、ということなのだろう。紫様が拒まれるのなら私にこれ以上踏み入る権利があるはずもなく、ただその時、共に戦えなかったことへの後悔だけが募った。
萃香の異変の際、直前に式が憑いたのは、紫様が私に救難信号を送っていたからなのかもしれない。なのに私は呑気に萃香と戯れて……!
このままじゃダメだ、といつもながらに思う。いくら修練を積もうと先が見えないもどかしさ。いつの頃か、紫様に追いつくことは諦めてしまった。
紫様と共に歩むのに私の実力が明らかに不足しているのは誰が見ても明らか。これでは春雪異変の時の失態を繰り返しかねない。
と、私の思考は侵入者の感知によって中断された。この空間を誰かが踏み荒らしている。
その正体は一瞬で分かった。
「ゆっかりぃ! 一緒にお酒のもー」
萃香だ。
不法侵入の挙句にこの狼藉。紫様の友人でなければ今すぐにでも叩き潰してやるんだがな。
「バカ言うな。紫様は療養中だと何回言えば分かる。地底の呑んだくれと飲んでろ」
「なんだとぉ!」
赤い顔をさらに真っ赤にしてつかみ掛かって来た。酔っ払いの相手は面倒臭い。
「約束を、約束を破るのか!?」
「つい先日一緒に飲まれていただろうに。わざわざ疲労した身体に鞭打って無理に付き合われた紫様の懇意を、無下にするつもりかお前は。というかさっさと博麗神社の再建に戻れ阿呆」
「一回酒を飲み交わしたくらいで鬼が満足するわけないだろ! 少なくとも三日三晩は付き合ってもらわなきゃね」
「もう一度言う。帰れ」
「イヤだね!」
──よろしい、ならば力ずくでいこう。
紫様のお世話のために式分身を一体残し、私ごと萃香をスキマ空間のさらなる奥へと飲み込む。
幻想郷にダメージを与えたくない時の常套手段だ。
「おろろ? 今日は珍しく相手をしてくれるんだね。どうゆう風の吹き回しかな?」
「言って聞かない小鬼に少し躾を施してやろうと思っただけさ。そうだな……素手のみでの格闘はどうだ? 鬼の剛力とやらを見せてみろ」
対等なルールを提案すれば萃香は余程のことがない限りはそれを受け入れるだろう。
能力を使用しての戦闘は私たちの領域になると泥沼化し易いからな。夕飯の支度の為に時間を取るわけにはいかん。手際よく済ませよう。
「ははぁん……お前けっこう溜まってるな?」
萃香の見透かしたような視線。
まあ半分正解だ。否定はしない。
「……いいよ。お前さんにも迷惑をかけたからね、余興に付き合ってあげる。ふふ、お前って案外我慢が利かないもんな」
「などという割には随分と乗り気だな。私はあくまで仕事の一環なんだが?」
「はは、ずっと前から肉弾戦ではどちらが上か確かめてみたかったんだよ。勇儀を唸らせた九尾の体術──見せてみろっ!」
そう宣言するや萃香は私に殴り掛かる。
全く、地底に居た連中はすぐこれだ。
暴力と恫喝が幅を効かせる地下世界の常識は我々には害にしかならない。強い奴が偉いのなら少しは紫様の言う事を聞いたらどうなのかと。
普通、鬼などといった脳筋と戦う際は、妖術を組み合わせた搦め手を駆使するのが私のやり方だ。はっきり言って正面から拳を交えるのは相当骨が折れるし、何より面倒臭いから。
だが今回は敢えて私の嫌う戦い方でやってみよう。全く合理的でない脳筋のバトルスタイルで。そして萃香を倒す。
もっとも、その結果はあまり芳しいものではなかった。どうも鈍りきってるようだ。
体が思うように動かない。
心技体、全てが足りなかった。
膝をつく私を見下ろしながら萃香は得意げに笑う。
「ふふん、ようやくお前も紫を目指す事にしたのか? だからこうやって私と
「さあ、どうだかな」
「霊夢に感化されちゃったかー。あいつは無意識に紫のステージへ手を掛けようとしているもんな。そりゃ嫉妬するのも当然さ」
何時も呑んだくれてるくせに、何故か人の内心を観る事には優れているこの鬼だ。
人の激情を引き出す方法や、絶望をより深く演出する事のできる言葉運びを熟知している。しかもその言葉の殆どがでまかせではなく真実。
厄介な事この上ない。
その点で萃香はいい基準になる相手だったから、わざわざ時間を削ってまで萃香と殴り合ったのだ。今の私の力を測っておきたかった。
「まあいい線いってるんじゃない? 少なくとも弱くはないね。ただお前さん紫の式になってから呪術系の技ばかり強化してたろう? それじゃ私たちみたいな
「そうか……仕方ない」
昔はもっと無茶苦茶な動きができていたと思うんだが───そうだな、私は紫様の式になった時に牙と爪を自らへし折った。
八雲の式としての格を汚さないためには気品を求める必要があったから。とてもじゃないがあんな野蛮な戦い方はもう出来ない。
強さを求めた事なんてほとんど無い。ただ現状に甘え続けた、その結果がこれか。
呪術を弄すばかりでは限界がある。
紫様は少なくとも指で私を弾き飛ばすほどの力を持っていらっしゃるのだ。
こんなものでは……。
「──最近ずっと考えている。私は果たして紫様の式神に相応しいのかどうか」
気づけば私はほんの少しだけ弱さを萃香に吐露してしまった。
正直、自分でもらしくないと思う。
だが
「ふーん……相応しいかどうかは分からないけど、お前で力不足だったら適任なんてこの世に存在しやしないんじゃないかな。私だったらあいつの式なんてゴメンだね」
「式になるってのも悪いものじゃないさ。ただ私が最適任ではないだけで。──もしかしたらお前の方が私なんかより紫様の式に向いてるのかもね」
「き、気持ちの悪い事言うなよー! あいつとは友人であってそういう関係は望まない!」
「ふざけて言ってみただけだよ。そう本気にするな」
萃香は結構本気で嫌がっていた。友としての関係を大切にしてるんだろう。
紫様と友、か。──私には想像がつかないな。
出会った時からずっと慕い続けてきたから。
……だけど、私と紫様の関係に名前が付いた頃の、それは。多分、少なくとも私の中では────『親子』だった。
「……らーん? そろそろ帰らないと霊夢に殴られるんだけど、まだ帰っちゃダメ? 紫との面会は今日のところは諦めるからさ」
「ああ……すまない。今スキマを開く」
「ずっと言ってるけどさ、お前は固すぎるんだよ。今の生活が楽しいんなら気に病む必要なんて、ねぇ? 気楽に生きなきゃ損じゃない?」
萃香はそうとだけ言うと博麗神社と繋げたスキマの中に消えていった。
……鬼にこんなことを言われるあたり、もう私はダメかもしれない。
家に帰ると式分身が紫様の様子を教えてくれた。どうやら順調に回復されているようで、明日にでも仕事を開始することを仰っていたようだ。
そして、メリーという妖怪への面会はそれとなく断られた、と。
紫様が拒絶なさるなら仕方あるまい。一度彼女とは話してみたかったんだがな。
それと見捨てたことを謝らなければ。紫様と縁の深い妖怪だとはつゆ知らず……。
いや、落ち込んでいる場合ではない。
紫様の御快調を祝すのだから夕食は豪華に作らねば。──……そうだ、橙も呼ぼうか。
あの子もこの数ヶ月の間かなり頑張ってくれた。身の丈に合わない仕事を一生懸命こなしてくれたんだ、少しは労ってもバチは当たるまい。
ならば今日のメニューは海鮮とヘルニア対策の食材で作ろう。あと油揚げ。
紫様……喜んでくれたら嬉しいなぁ。
しかしどうも心なしか冷蔵庫の中身が減っているような気がする。だがまさか紫様がつまみ食いをなさるはずもないし……多分 気のせいだろう。
夕飯を作りながら念話で橙を呼ぶと、あの子はすぐにすっ飛んできた。元気なのは良いことね。
それにしても幻想郷内での品不足が深刻だ。海がないので海鮮がないのは当たり前なんだが、農作物にかなりの被害が出ている。
紅い毒霧に長い冬、そして萃香によって乱された重力場の影響であることは一目瞭然。これは人里が荒れるのも無理ないな。
と、しばらくして紫様が起床され寝室から出てきた。いつ見てもお美しい姿だ。
不安定だった妖力もすっかり安定して、何時もの力を抑えた状態を保たれている。
橙は喜んで駆け寄り、紫様に抱き着こうとして踏み止まった。まあ、気持ちは分かるが紫様への配慮をちゃんと考えなければな。
だが橙も紫様に会えなくて相当寂しかったんだろう。私も橙がいなければ……。
「本当はもっと豪勢な物を作りたかったのですが……どうも最近幻想郷では品不足が続いてるようで、外の世界にまで出向いてもこの程度しか……」
「ほんと、料理が上手くなったわねぇ貴女」
泣いてもいいだろうか。
紫様からありがたいお褒めのお言葉をいただいた。感激のあまり油揚げを取る箸がすすむすすむ。
「そう言えば橙が立派に務めを果たしてたって藍から聞いてるわ。ありがとう、橙」
「い、いえ……まだまだ至らないことばかりで藍様にもたくさん迷惑を……」
「何を言う。むしろ迷惑をかけたのは私の方だった。お前が居なければ正直どのような事態になっていたか。私は鼻が高いよ」
あの時点で紫様の代役として橙を立てられたのは本当に大きかった。
私にもそれなりの発言権はあったものの、元来のそれに比べれば小さなものだ。
八雲としての席に座れるのは橙しかいなかった。そして橙はあの一癖も二癖もある賢者たちから退くことなく、紫様の権益を守り続けたのだ。
紫様は優しい笑みを浮かべた。
「ふふ……貴女たちがいれば幻想郷も安泰ね。けど分かったでしょう? 私の替えなんて案外簡単に効くものなのよ。──……もしも私が今度こそ帰ってこれなかった時は、貴女たちが───」
「イヤです!」
橙が箸を置いた。
「もうあんな想いをするのは懲り懲りです。こんなに切なくなるなら賢者になんて……!」
「橙ッ!」
「いえ、怒らなくていいわ。今のは私の言葉が悪かったわね。ごめんなさい 橙」
紫様の言葉に対して一言目で拒絶するのは褒められた事じゃない。
だが正直、その件については私も橙と同意見だ。
「紫様。我々に貴女の代わりなんて務まりません。どうかこれからも末長くこの幻想郷をお護りください。もちろん私も橙も、精一杯フォローさせていただきますので」
「……ありがとう 藍」
紫様は嬉しそうに、そしてどこか寂しげに笑った。
さて、そろそろ今日のお勤めも終わりかな。
紫様は今 風呂に入られているが、上がられればすぐに就寝なさるだろう。
それとともに私の1日も終わりだ。
「藍さま! 今日のご飯とっても美味しかったです! それに紫さまともいっぱい話ができてとっても楽しかったです!」
「それはよかった。私もお前を呼んだ甲斐があったよ。……今からマヨヒガに帰るの?」
「はい。……寂しいけど」
寂しい、か。
「泊まっていってもいいよ? ただうちには布団が二つしかないから私と一緒に寝ることになるけど、それでもいいなら」
「……お言葉に甘えていいですか?」
若干遠慮しつつ、橙は上目遣いでそう言った。
橙とは紫様がいない間ずっと一緒に寝てたからなぁ。なんだかんだで離れ離れは寂しかったのか。……可愛いやつだよお前は。
取り敢えず橙がこの家に泊まるからには、紫様からの許可を得ねばならない。
なので風呂上がりに聞いてみると、紫様は快く了承してくれた。それどころか白玉楼まで行ってもう一つ布団を借りてくるとまで。
もちろん私が行くと提言したのだが、紫様は「幽々子と二人で話したい事があるしそのついでよ」とだけ言ってスキマに潜ってしまった。
紫様がそう言われるのならば仕方ない。
莫逆の友である二人だ。私が居ては満足にできない話もややあるだろう。
ご足労をかけることは申し訳なく思うが、やはり一番に優先すべきなのは紫様の意思とご意向である。……できるだけ頼って欲しいとは思っているけど。
紫様と幽々子様の会話の長さは、その時その時によって両極端だ。
一言二言と数秒のアイコンタクトで終わってしまうこともあれば、第三者には及びもつかない言葉の応酬を数時間に渡って繰り広げることもある。
さて今日はどの程度のものか──。
「ただいま」
早い方だったようだ。
先ほど出て行かれてからまだ5分も経ってない。だがその割には少々げんなりされているような? 一体何があったのだろう。
「どこかお疲れのようですが……一体何が?」
「……布団を借りることができなかったわ。だからその……三人でっていうのは……どう?」
「えっ?」
「あっ、嫌ならそれでいいのよそれで。うん。さすがに二組の布団に三人じゃ狭いもの。そう、貴女たちが「嫌だ」と言ってくれさえすれば私は何処にでも行くから」
やけに慌てた様子でこう仰ったのだが、なんと言葉を返せば良いのやら、身を固まらせて紫様を見つめることしかできない。
まさか紫様はなんらかの問答を私たちに投げかけているのだろうか?
すると視界の端で橙が勢いよく手を挙げた。
「私は良いと思います! 賛成です!」
「こ、こら橙」
「……そう。それじゃあ藍は?」
困った。
非常に困った。
紫様と橙から向けられる期待の視線が辛い。
まだ橙の期待の正体は判るのだ。それは純粋な好意から成るものだろう。
だが紫様は……どうなんだこれは? 私にどういう回答をお望みになられているんだ?
そりゃあ、私としても反対する理由などあるはずがない。寧ろ、是非も無しだ。
しかし私の欲望を吐露することが適当な回答と言い切って良いのだろうか。
式としての在り方に最も適する返答は──。
「藍。遠慮する必要はないのよ。貴女が思い、望むがままの答えを私は欲しているのだから。さあ、正直に答えてちょうだい?」
「紫様……」
爛々と輝く紫様の深い瞳に魅入られた。
否応なしに引き込まれてしまう。
ああ──……そんな事を仰られては、もう返すことのできる回答など一つしかないではございませんか。
貴女は、意地悪なお方だ。
そして私たちは川の字に寝転んだ。
中心は勿論、紫様。少しばかり狭く感じるが、この密着状態が心地よい。ちなみに九尾は最大まで縮小させているので支障にはならない。
最初のうちは色々と楽しげな話をしていた橙と紫様も、少しすると眠りにつかれたようで、今は穏やかな寝息だけが聞こえてくる。
私もそろそろ寝たいのだけれど……ひとつ、現在進行形でとある問題が発生していてどうもにも眠れない。
さっきからあの日の───紫様に初めて心を開いたあの夜が何度も脳裏で想起する。
淡い幼少期の記憶だが、今でもはっきり覚えている。
あの日に初めて、私は心に触れたんだ。
紫様の顔を覗き込んだ。
昔と何ひとつ変わらない、お美しい姿だ。まるで永遠が其処に切り取られたような……逆に何が変わったかを聞かれた方が難しいまである。
なんというか、幸せだ。
幸福感に身を任せてそのまま寝てしまおうとした、その時だった。
紫様の閉じた瞳から、涙が溢れたのだ。
「……っ…紫様?」
問いかけても返事はない。
だけど涙はどんどん流れて、小さな嗚咽交じりの寝息が閑寂な空間に吸い込まれていく。
そのお姿はとても儚げで、今にも紫様が何処かに消えていってしまいそうで──。
「紫様! 紫様っ!!」
「───……藍?」
何処にも行かぬよう、私は強く抱き締めた。
紫様を起こしてしまった。だけど私は必死で、とても恐れていて。
「何処にも行っちゃダメですよ。……約束したじゃないですか。ずっと一緒だって」
「───」
離さない。もう二度と離されたくない。
紫様はしばらくキョトンとされていたが、やがて涙を拭うと小さな小さな笑みを浮かべた。
「大丈夫、大丈夫よ藍。ちゃんと覚えてる」
紫様が私の頭を撫でる。
「ごめんなさいね。私って弱いから……約束を守ることもできないの。だけどせめて……せめて貴女には……───」
消え入るように言葉が途切れて、紫様の腕が力をなくして布団に落ちる。
まさか! と思ったが、どうやら再び眠りに戻られただけのようだ。
いつもと──昔と変わらぬお姿だが、どうしても今日この時だけは、紫様がとても弱々しく見えた。
この数ヶ月、かつての姿を取り戻してからずっと考え続けてきた。
紫様の下で生きる事の意味を、私が為さねばならぬ事の在り方を。
いつか体験した長い別離の悲しみ。
今も想起するだけで身が引き裂かれるように辛くなる。意味なく生き続け、光を追い求め続けたかつての醜き──今とまるで変わらぬ自分。
情けない限りだと、そう思う。
だけど……その醜さが私なのだ。
紫様がいなくては私の在る意味はことごとく失われる。あの方がいて、初めて八雲藍が産声を上げるんだから。
依存とでも、狂信とでも好きに呼ぶがいい。
私がこの数ヶ月で気づいたのはこの数少ない不変の事実のみだ。
紫様がいればいい。
それだけで私は何にでもなれる。
貴女と共に歩む為なら、私はもう、何をも厭わない。
「たとえ全てを捨てても──この手だけは……もう絶対に離さない」
嬉しい!
強くなりたい!
病むぜオラッ! の藍様による三段進化。けどこれってヤンデレではないんだよなぁ。ひとつ言うならこれも八雲紫の仕業だろう。
次はゆかりん視点
この章では色々なフラグ()をゆかりんに回収していってもらう話になりそう
あとなんでおっきーな様は趣味悪底辺MMDerになってるの? としあきの考えることはよくわからないんだぞ俺
まあ何はともあれ、幽霊が大っ嫌いになった1ヶ月でした。今度出てきたらとっちめてやる