幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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カラカサクエスト─そして伝説へ…─

「そこの妖怪。足を止めようか?」

 

 逃げれませんでした。まあ知ってたけど。あれね、大魔王からは逃げられない!ってやつ。

 ドスを効かせた萃香の声に私の足は即停止し、回れ右をして彼女に向き合った。

 

 萃香の顔は返り血と酔いで真っ赤だ。誰の返り血かは、彼女の後ろを見ればすぐに分かる。十中八九、私の愛しい霊夢のものだろう。

 なんで霊夢と萃香がここまでの戦闘を……いや、それよりもいくら萃香が相手だからって、あの霊夢が負けちゃうなんて…! し、死んでないわよね…?

 もしかしたら、私の思っていた幻想郷のパワーバランスよりも、実情はさらに歪だったのかもしれない。私はてっきり霊夢が余裕で最強だと……。

 

 

「……参拝客かい? 悪いが、神社はこの通り無くなってしまった。今日のところは帰ってちょうだい。まだ私たちの(こと)は終わってないんでねぇ」

 

「ひっ……」

 

 攻撃的な萃香の気迫に言いようもない恐怖が込み上げてくる。私は小傘の背中に隠れた。

 あんな萃香初めて見た。

 いつもにやけながらふらついている萃香がこんな表情を見せるなんて……。いったい何があったの? 何が萃香をここまで駆り立て………

 

 

 

 ============

 

 

『はっはっ…そうこなくちゃ。伊吹萃香の名にかけて誓おう、私が萃めて主催する宴会で紫が私と酒を酌み交わせば、私は絶対に暴れない! しかし、万が一にでも約束が破られた場合……私はこの鬼の剛力と能力で幻想郷が壊滅に追いやられるまで暴れまくる!』

 

 

 ============

 

 

 

 あっ、あぁ……。

 原因、もしかして()

 そんなまさか、私のせいでこんな大惨事になっちゃったの!? 幻想郷を護り育む役目を負っていたこの私が……なんたる失態っ!

 

 ……けどまあ、よくよく考えてみるとこれって防ぎようないよね? 強いて言うなら紫ボディを行方不明にしたどっかの誰かさんが悪い。次点で私を嵌めた藍と幽々子が悪い。私は悪くない!

 というわけでこの件について私は無関係です! そもそも私は八雲紫じゃないから! ギリシャ生まれのメリーちゃんだから!

 

 取り敢えず萃香を霊夢から引き離そう。どうも気が立ってるみたいだから慎重に。

 

 

「あ、あのその……えっとなんていうか」

 

「巫女は殺させないわ! これ以上わちきの得意先を潰してなるもんか!」

 

「あん?」

 

「ひっ! ごめんなさいごめんなさい!」

 

 亀裂の入った石畳の上で土下座しながら懇願する。紫ボディならまだしもメリーボディじゃ彼女と対等な交渉を行えるはずがない。私は所詮新参の弱小妖怪という設定。しかし萃香は古代より生きる最強の一角を占める鬼なのだ。このくらいへり下らないと流石に不敬になると思う。

 誇り? んなもん800年くらい前に捨てたわ!

 

 

「なんだお前さんたちまだ帰ってなかったのか。残念だが、巫女はこのまま私が連れて行く。今日が幻想郷最期の日なんだ……博麗は不要だろう?」

 

 霊夢を連れて行って何をする気なんだろう。……酔っ払い、昏睡……あーだめだめ! 私の娘を萃香に任せるわけにはいきません!

 なんとか萃香に考え直してもらわないと。

 私の持ち得る交渉手段は『説得』のみ。この圧倒的窮地を覆せるか否かの決め手は───萃香をいかに丸め込めるかに掛かっている。あと何故かやる気満々な小傘が怖い。

 

 

「だけど、それじゃ幻想郷の全てを敵に回すことになるわ! 人里に妖怪の山、もしかしたら紅魔館とか白玉楼とかも! わた……八雲紫の式神たちだって黙ってないはず!」

 

「ふん、それが私の狙いさ。全てを敵に回し、尚且つ勝利する。これほど単純で簡単な制圧方法はないね。それに紅い館と白玉楼にはすでに喧嘩を売ってるし、賽はすでに宙にある」

 

「えぇ……」

 

 もう手遅れだった。しかもトップクラスに面倒臭い勢力によりにもよって。

 下手な異変よりよっぽど危険だわ。しかも初手で異変解決者の霊夢を降してる。……まさか幻想郷終幕の日がやって来たの?

 

 ま、まだだ! 萃香がレミリアと幽々子に謝れば活路が開けるはず。冷静になることを心がけてくれれば事態は収束できる! 萃香はちゃらんぽらんだけど決して頭が悪いわけではないし!

 

 

「い、一時の感情に流されて自分や周りを破滅に追いやるのは……」

 

「なに? 一時の感情だと……? この私がそんなものに動かされてこんなことをやっていると思っているのかっ!! 私は友との誓いをただ守り通すだけだ。──…言葉には気を付けるんだね」

 

「ひいぃぃ!」

 

 これは裏目に出てしまった。ますます機嫌を悪くした萃香が凄まじい妖力を私たちへとぶつける。正直今すぐトイレに行って吐きたいです。メリーになって以来久しく感じてなかった腹痛が容赦なく胃腸を攻め立てる。つらい。

 ていうかね、一般妖怪の私が鬼のイカれた美学なんて知るわけがないじゃない。約束を大切にしてるのは分かるけど限度がある。いや本当は約束を破る人が一番悪いんだけどね。

 

 

 すると足踏みする私を見かねたのか、小傘が「メリーは下がってていいよ。あとはわちきに任せてね」とだけ言うと、やけに胸を張って前に進み出た。で、でかい……じゃなくて! ぶっちゃけ嫌な予感しかしない。

 小傘の挑発的行動に萃香の意識がこちらに集中する。ひとまず霊夢は安心か。

 

 

「ほう。あくまで私の邪魔をするか。驚かすことしか能のない付喪神如きがねぇ」

 

「ふふ、今日はメリーを驚かせて久々にお腹がいっぱいだから、驚かすこと以外にも色々と出来ちゃうかも。例えば鬼退治とか、ね」

 

 小傘ぁ!?

 それは勇気ではない、無謀! 萃香に挑発だなんて自殺行為以外の何物でもないわ! 現に萃香の眉がピクリと動いた。あれは確実に頭にきてるわ! 小傘、貴女と友人になれて楽しかったわさようなら!

 

 ……けど、なんで小傘はこんなに自信満々なんだろう。まさか秘策があるの?

 

 

「……ふぅん? それな大層な言葉だ。───そういえばお前、どこかで見たことがあったかな? えーと、そう、あれは吸血鬼どもがやって来た時だったか? ……なるほどね、やけに私に対して威勢がいいと思えば紫の関係者か」

 

「そうだよ。わちきはあなたのことなんて忘れちゃったけどね!」

 

「だめよ小傘! 鬼に手を出しちゃダメ! (余波で私が)死んじゃう!!」

 

 ていうより手を出された瞬間こっちの死亡が確定する。小傘が実際どこまでやれるのかは分からないが、まあかなりの実力者であることは知っているわ。一見するとめちゃくちゃ弱く見えるけど。

 しかしそれでも流石に萃香はあかんでしょう。付喪神と鬼なんて元々の格が違い過ぎる! それこそ何か一発逆転の秘策でもない限りは。

 

 

「大丈夫だよ、わちきはメリーも巫女も死なせたりしない」

 

「けど相手はあの鬼なのよ!? 貴女が対抗できるとはとても……!」

 

「それよりもメリーはわちきが戦っている間に巫女と一緒に逃げて。ふふ、勝てなくてもなんとか時間ぐらいは稼いで見せるから」

 

「こ、小傘……!」

 

 舌を少しだけ出して戯けてみせる小傘に私は胸を打たれた。彼女から発せられていたのは紛れもない主人公の風格だった。

 なによ、めちゃくちゃカッコいいじゃない! 不覚にも胸がトゥンクしてしまったわ。

 

 ……なんだろう今の小傘ならやってくれそうな気がする。今の彼女なら幻想郷を救ってくれそうな、そんな希望を感じるの!

 

 

 ……託しましょう、幻想郷の未来を!

 

 

「分かったわ。だけどお願い、絶対に生きて帰ってくるのよ。……私は待ってるから」

 

「心配しなくても大丈夫! すぐに後ろから追いつくよ。──……さて、どこからでもかかってきていいわ。倒される覚悟があるならね」

 

 力強く応えた小傘は茄子傘を折り畳んで剣のように持ち替える。溢れ出る闘志が妖力となって空気に立ち込めている。控えめに言ってカッコいい!

 できればこのまま小傘の雄姿をその目に焼き付けておきたい。だけどそれは小傘の行為を無為にしてしまうわ。

 さあ、私は今のうちに霊夢を回収して避難してましょう! 大丈夫、萃香は小傘が止めてくれる!

 

 

 

 

 

「うーん……威勢やよし。だが……」

 

「驚天動地の唐傘お化け、多々良小傘いざ参る! くらえ、驚雨『ゲリラ台ふ───ウぶッ!?」

 

 

 霊夢の下に辿り着くと同時だった。鈍い音と衝撃音、そしてカエルを踏み潰したような声とともに視界の隅で小傘が吹っ飛んだ。

 醒めた目で拳を見つめる萃香、木を何本かへし折ったのちに仰向けにぶっ倒れる小傘、呆気に取られみるみるうちに青ざめる(メリー)

 

 ──幻想郷の希望は堕ちた。

 

 ていうか少し考えれば分かってたよね。

 小傘が萃香に勝てるわけがないじゃないの! どこに希望があったのよ!?

 

 

「……やっぱり威勢だけか。まあ、いくら紫の関係者と言っても古臭い古傘じゃあねぇ。時代に取り残された妖怪の末路ってところかな?」

 

「な、なんと……わちきが、時代遅れともうすか……。む、無念……」

 

 小傘は目をぐるぐる回しながら意識を手放した。握られていた茄子傘が根元からぽっきり折れてしまっているが……死んではないんじゃないかな?

 

 これは、小傘が弱かったのか萃香が強過ぎたのか。私に知る由はないが一つだけ言えることがある。前者であっても後者であっても残念すぎる……!

 

 ていうかもう小傘を心配している余裕がない。希望であった小傘が陥落した今、萃香の意識は私に向けられる。

 

 

「で、お前さんはどうする。この唐傘のように無謀な勝負を挑んでみるかね?」

 

「いえいえ降伏! 降伏します!」

 

「うんそれが普通だ。賢明な判断だよ。それじゃそこを退いて博麗霊夢をこっちに渡してちょうだい」

 

「えっ……いやそれはちょっと……。ていうか勝負はもう着いたんだから見逃してあげても……いいんじゃないですかね…?」

 

「いいや、博麗霊夢には重要な役割がある。見逃すわけにはいかないね。……というか、なぜそこまで頑なに巫女を守ろうとする? 見たところ新参の妖怪だろうお前さんが、巫女を守る筋合いはないと思うんだが」

 

 萃香の問いはもっともだ。しかし、私にはその筋合いがあるわ。何故なら霊夢は私のかわいい最愛の娘だから。

 

 ……だけど、メリーとしてなら……八雲紫を捨てた私としてなら、正直この子を見捨てるのが一番正しい判断だと思う。

 

 まず第一に私は萃香と戦うどころか、戦闘能力すら持ち合わせていないのだ。スキマが使えればまだやりようはいくらでもあったんだろうけど、今やそれもなし。逃げるという選択肢すらない。

 打開策は小傘の敗北で消滅、助けに来てくれる仲間もいない。残された道は……───。

 

 

「……その通りよ。私はこの子と面識はない。助ける理由だってありはしないわ。それに心と体だってめちゃくちゃ弱いし、取り柄は可愛いことだけ。小傘みたいに貴女と戦う勇気だってない」

 

「へえ。なら───」

 

 

 だけど……!

 

 

「だけど後悔はしたくないわ! 私は人が喪われる瞬間なんて絶対に見たくないんだから! ……この子を喪うくらいなら、私も一緒に死ぬわ!」

 

 みすみす霊夢を見殺しにして堪りますか! 私が死ぬ以外で唐突な別れなんて許さない!

 だがそんな私の決意も萃香にしてみればちっぽけなもので。解せない、といった様子で肩を竦めた。ジワリ、と境界が歪む。

 

 

「……お前さんも威勢だけはいいね。よし、そんなに巫女と一緒がいいんなら、どちらとも攫ってやろう。果たしてお前を助けに来る奴はいるかな?」

 

 萃香はそう言うと伊吹瓢を煽り、霧になった。間もなく私の体は萃香に包まれ、霊夢ともども何処かに攫われてしまうんだろう。昔から萃香が十八番にしてきたお家芸である。

 

 だけど、私だって考え無しに萃香との対立を決めたんじゃない。とっても細くて頼りない道筋だけど、この状況をなんとかする方法……ていうより、なんとかなるかもしれない賭けがある。

 

 

 私は妖怪。隙間妖怪っていう一人一種族の妖怪だ。まあ、この名称は私以外に隙間妖怪なんて見たことないから勝手に私が名乗ってたのを「御阿礼の子」がこれまた勝手に「幻想郷縁起」に載せたから広く広まっているのだ。

 話を戻すが、私を隙間妖怪と呼ぶ所以は、ひとえにスキマと呼ばれるどこでも通り抜けフープを操ることが出来るからなの。スキマは【私の正面にしか配置することができない】が、代わりに【その出口(時には入り口)を好きな場所に作り出す】ことが出来る。

 ……何故か藍は私以上にスキマを使いこなしてるけどね。その件に関しての話は割愛。

 

 私はこのスキマ能力をいつも逃走経路として使ってきたわ。私の妖生と運命はスキマとともにあったと言っても過言ではない。

 だけどさっきも言った通り、メリーになってからスキマは使えなくなっている。いくら力を込めてもうんともすんともなりゃしない。けど、メリーの状態で使えない道理はないのよ。だってスキマの生成には妖力を必要としないから。

 どれだけ私が退化したとしても、この体は隙間妖怪としての形を保っているはず。まさか違う種族にジョブチェンジしたわけではあるまい。

 この体でもスキマを使うことが出来るはずなのよ。今日に至るまで面倒臭くて出そうとする努力を行ってなかったけど。

 

 

 スキマ空間の中に閉じ籠っても萃香は多分追ってくる。だけど距離を取れれば誰か他の有力者に会えるまでの時間は稼げるはず。例えば魔理沙なら絶対に私と霊夢を助けれてくれる! スキマを作り出し、尚且つそれに飛び込めれば私も霊夢も助かるのよ。

 

 つまり、私は自分の爆発力に賭けたわけ。窮地に追いやられた私が土壇場で本来の力を取り戻す……ドラマチックかつヒロイックな展開でしょ?

 しかし私に爆発力、またの名を主人公補正なるものが働いてなければ……私と霊夢は幻想郷から美しく残酷に住ねってしまう。その時点で私は確実にゲームオーバー。ていうかスキマを開くことができても飛び込む前に萃香に捕まればゲームオーバー。ついでに私が八雲紫であることがばれてしまう。

 

 全身全霊で八雲紫時代の感覚へと身体を引き戻す。無意識に行っていた能力発動を意識的に行うのだ。辺りに満ちている萃香の気配を頭から振り払うように目の前を凝視する。

 

 

「逃げないのか。何か隠し玉でも用意してると思ったんだがねぇ」

 

 気配がさらに強まった。もう時間がない。

 

 お願いスキマよ、開いて頂戴!

 私の異能(チカラ)……目覚めろ! 目覚めて! 目覚めてくださいお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてスキマは───開いた。

 

 

 

 だが、これは()()()()()()()()()

 開かれたスキマから二つの人影が飛び出し、一人がいつの間にか実体化している萃香の拘束鎖を打ち払い、もう一人が膨大な妖力を纏った一撃を叩きつける。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 苦悶の声が響くと同時に地面が陥没する。そこには萃香がめり込んでいた。忌々しげに立ち塞がった二人を睨みつける。

 

 二本の尻尾と九本の尻尾。

 今まで何度も私を救ってくれた二人。久々に見た大きな背中に熱いものが込み上げる。安堵からか力が抜けて霊夢の横に座り込んでしまった。

 

 

 

「……何故スキマが使えたんだ。お前さんは、紫の式じゃなくなっていたはず。まさか紫がわざわざ式を張り直しにお前の元に来たわけじゃあるまい?」

 

「さあな、私にも分からん。紫様の考えなど私には到底予測できないよ。……だがたった今、紫様の意思の元に【八雲藍】は復活した。つまり、紫様はこう言いたいんだろう───」

 

 

 彼女が腕を振るうと新たなスキマが生成され、それに私と霊夢を抱えた橙が飛び込む。

 景色が移りゆく中、藍の言葉が聞こえる。

 

「───『目の前で暴れているバカな子鬼を止めろ』ってね。……流石においたが過ぎたよ、萃香。紫様の留守中に幻想郷を壊されてなるもんか」

 

 




候補には『鬼と傘と九尾と呪われしゆかりん』とかもあったり。しかし伝説が伝説なので伝説です

次回「die()怨悔(宴会)作戦」
──ゆかりんは一時の涙を見る

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