幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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三局亡我郷*

「────ッ!!?」

 

「うひゃあ!?」

 

 藍の9本の尻尾が逆立った。

 動物の毛が逆立つことは、極度の興奮状態にあることを示す。それは九尾の式である藍でも同じことであって、藍は目を見開き紫が消えていった庭先の方向を凝視する。

 そのただならぬ様子に幽々子は眉を顰め、妖夢はそのあまりのボリュームに吃驚して飛び上がった。

 

「紫様の妖力が消えた……だと……!?」

 

「……あら言われてみれば」

 

 ゆったりと答えたものの、幽々子もそのことに並ならぬ違和感を覚えた。

 彼女たちの感知網であれば、幻想郷のどこに行こうと天災妖怪から一人の人間に至るまでその位置情報を認知することができる。

 だがそれですらも紫の妖力を感じれないということは、紫が幻想郷から消えてしまったことを意味する。しかしなぜこのタイミングで消えたのか……それが問題だ。

 

「外の世界にでも行ったのかしら?紫も急よねぇ」

 

「……いえ、紫様は白玉楼にいます。妖力を感じることはできませんが、確かに式の繋がりを感じるのです。……どんどん薄れていますが」

 

「紫は妖力の制御が得意でしょう?いなくなった風を装って私たちを困らせようとしてるんじゃないかしら。妖夢を脅かそうと後ろにぴったりくっついてるのかもよ?」

 

「や、やめてくださいよそういうのは……。私耐性ないんですからね!」

 

 明るいやり取りをする幽々子と妖夢だったが、それでも藍の気は晴れなかった。

 やがて決心して立ち上がる。

 当の紫からは「付いてくるな」と言われたが、やはり何かがおかしい。

 式にとって一番の優先事項は主君の命令を遂行することである。しかしその主君に命の危険が迫っている場合は別だ。己の存在意義に反してでも救いに行かなくてはならない。

 

 一気に紫がいた場所まで駆け出そうとした───その時だった。

 

「────ッ!藍さん危ない!!」

 

 時空の歪みが生じた。

 時間が吹き飛ばされ、藍は勢い余って庭先に着地する。そして元々藍が居た場所には、火花を散らせながら刃と刃をつばぜり合う妖夢と咲夜の姿があった。

 

 妖夢は長刀の楼観剣を押し付け叩き斬らんとし、咲夜はそれを苦ともせずナイフ二本で斬撃を抑える。互いに一歩も譲らず、金属の擦れる音だけが白玉楼に響く。

 

 不覚というほかあるまい。藍は顔を(しか)めた。

 いくら相手が時を操る力を持っているとはいえ、目先のことにとらわれすぎて遅れをとってしまった。もちろんナイフに刺されたからといってどうにかなるわけではないが、咲夜を見抜けなかったことが問題なのだ。

 

 藍が復帰し、幽々子が扇子を閉じて立ち上がる。状況の不利を悟った咲夜は妖夢とのつばぜり合いを中止して距離を取った。

 三対一。オマケにうち全員が幻想郷トップクラスの実力者ときた。咲夜は少々早計だったか、と反省し、異変の黒幕たちへとナイフを向ける。

 

「一番乗りはメイドか。これは意外だったな」

 

「途中で雪女に会わなかったらもっと早かったわよ。まったく……倒すのに数年かかっちゃったわ。お嬢様のお声が懐かしいものです」

 

「それは難儀だったわねぇ」

 

 よく見ると咲夜の風貌は酷いものだった。メイド服やフリルはボロボロ、体中のいたるところに痣や切り傷が浮かび上がっている。

 赤いマフラーだけがそれらから逃れ、新品同様の状態を保っていた。

 まさに満身創痍一歩手前。どれほどの激戦だったのかを無言のうちに伝えていた。

 

「それで……そんな状態で私たちと一戦交える気か?手負いだからといって手加減するほど、私は甘くないぞ?」

 

「こんな怪我大したことないわね。……八雲紫がいないみたいだけど、まさか逃げたわけじゃないでしょう?どこに隠れているの?」

 

「紫様がお前如きに手を煩わせるまでもないということだ」

 

 藍は体中に莫大な妖力を張り巡らせ、式を己自身で書き換えることによってさらなる力を生み出してゆく。しかし、それは幽々子によって遮られた。

 

「藍ちゃん。貴女は紫が居た場所へ行ってちょうだいな。気になってちゃ戦いにならないでしょ?このメイドの相手は妖夢で十分よ」

 

 幽々子の言葉に応えるように妖夢は勢いよく頷き、背に下げている得物をもう一本引き抜いた。魂魄流剣術の基本の型、二刀流である。

 先ほどの攻防で咲夜の時止めを看破せしめた妖夢は、普通に考えて彼女と相性が良い。妖夢に任せるのが最適解というものだ。

 

「……申し訳ありません幽々子様。妖夢、すまないが頼んだぞ」

 

「任せてください!幽々子様も危ないので離れていてくださいね。それでは……さあ来いメイド!楼観剣と白楼剣を握った私に、切れぬものなどなんにもないっ!」

 

「嘘つきね。『ザ・ワールド』──時よ止まれ」

 

 十八番の時止めを発動し、まず一番にその場からの離脱を図っていた藍に狙いを定める。そして藍を仕留めた次に幽々子を───とはいかなかった。

 

 踏み出した先の空間が抉れ、斬撃が咲夜の世界を蹂躙する。咄嗟にナイフを振るい相殺させるが、咲夜の表情は優れない。

 

「……もう専売特許って考えはやめた方がいいのかしら。ここまで入り込まれると怒る気力も湧かないわ」

 

 霊夢にレティ、そして完全にというわけではなさそうだが妖夢まで。

 絶対無比と信じ続けてきた自分の能力が幻想郷に来てから息つく暇なしに容赦なく破られた。霊夢に破られた時はかなり落ち込んだものだが、いい加減慣れてしまった自分に咲夜は内心苦笑した。

 

 妖夢の方に視線を向けるが、まったくと言っていいほど妖夢は動かない。彼女は例外なく能力の支配下に置かれているようだ。

 ただ違うのは……

 

「貴女、見ているわね?──時は動き出す」

 

 妖夢の瞳が咲夜を追って動いていることである。

 さらに剣を振らずして至る場所から斬撃が飛び出す。そのあまりの制圧力の前には、時間を止めていてもラチがあかなかった。

 

 時が動き出すと同時に藍はその場から搔き消え、幽々子は空気に溶けて姿を消す。こうして、縁側で咲夜と妖夢が睨み合うという構図が完成した。

 静寂に包まれた空間は完全な無音状態になり、互いの息遣いや桜が地面に触れた音まで耳に入る。

 そして、その静寂をまず最初に破ったのは感心した様子を見せる妖夢だった。

 

「それだけの傷を負いながらそれだけの動きができるんですね。立ち振る舞いも武人としては一級品、まったくとんでもない人と巡り会えたものね」

 

「武人じゃないわ、メイドよ」

 

 幼少期の頃に美鈴から武術の稽古をつけてもらったことを思い出しながら、咲夜はあっけらかんと答えた。そしてそう答えつつも、虎視眈眈と妖夢の隙を探る。勿論、全くそれらは見受けられない。

 咲夜としてはすぐにでも勝負を決めたいのだが、いかんせん相性が悪すぎる。これでは迅速に勝つどころか戦闘の離脱も困難だ。

 

 とはいえ、咲夜はすでに妖夢の行っている攻撃のタネを暴きつつあった。

 付け込む隙は容易にある。

 

「……クロックアップ」

 

 咲夜の時は加速する。

 そのあまりの速さに残像は実体を生み出し、光の帯状に繋がってゆく。

 光速一歩手前のスピードは咲夜自身に少なくない負担をかけるが、その弱点を克服するためにあの時(紅霧異変)よりまた一から鍛え直したのだ。

 お嬢様が変化を拒まれるのなら、自分が変わるほかない。これまでのように護られるのではなく、護るために。

 

「速い……!だが、見えないわけではない!見えてさえいれば私はどんなものでも斬ってみせよう!……人符『現世斬』ッ!!」

 

 妖夢が太刀を振るうと同時に時空は歪み、訪れるはずだった結果が飛躍する。

 

 雨を斬れるようになるまでには30年、空気を斬れるようになるまでには50年。そして、時を斬れるようになるまでには200年掛かると言う。

 妖夢はそう祖父から教わってきた。

 

 だが妖夢が”空”を斬るのに要した年月は、わずか10年。そして”時”を斬るまでに要した年月は、たったの20年。

 鬼才、天才、どの言葉を取ってしても妖夢のソレを表現する言葉はない。

 

「つあッ!!」

 

「う、くぅ……!」

 

 妖夢の楼観剣による一閃が、光速で動く咲夜の腿の薄皮を切り裂いた。

 咄嗟のことでバランスを崩した咲夜は、追撃を防ごうといつもの癖で時を止めようとするが、先ほどの”時”への介入を思い出し慌てて妖夢との間の空間を引き延ばした。

 しかし空を斬る妖夢に距離など関係ない。空を斬り裂いて間を詰め、勢いそのままに咲夜へと肘鉄。咲夜は瀟洒に掌で肘を掴むが、小柄な体からは想像もできないほどの重い衝撃が体を駆け巡り、勢いを殺すことができずに桜の木をへし折りながら吹っ飛んだ。

 

 

 ただ時間を斬り、空間を斬るだけであれば咲夜も十分対応可能だ。

 だが妖夢の戦闘力が現時点で咲夜を上回っているのは、必然のことであり、また実際には到底不可能なことである。

 

 妖夢は達人を超えた遥か高みに達しても、なお精進を重ね続けた。

 それは彼女の上昇志向ゆえの結果でもあったが、同時に言えることは”比較対象”が悪かったのだ。

 なにせ周りにいたのはそんな自分より数段強い祖父に、底が全く見えない主人だけなのだから。彼、彼女に追いつこうと思えば並大抵の努力では足りない。

 よって妖夢の自己評価は一貫して”半人前”。

 だがそのおかげで、妖夢はこうして一級品の化け物メイド相手に一歩も引くことなく相見えることができる。

 

「私もまだまだ未熟ってわけね……。本当に考えさせられるわ、幻想郷って場所は」

 

 パンパン、とメイド服についた埃を払いながら立ち上がる。

 咲夜はまだ余力をたっぷり残しているように見える。だが実際には若干……いや、かなり疲労を蓄積させていた。

 先ほどの一撃もそうだが、一番の要因はレティとの戦闘にある。

 レティの力は幻想郷でもかなり強い部類に入る。さらに現在の季節は冬、レティがもっとも力を発揮できる時期である。はっきり言って、その力は咲夜を大きく上回る。つまり、格上。

 そんな彼女を曲がり技を使って打倒したのだ。代償はもちろん大きい。

 

「あぁ怠い。今すぐにでも休みたいものだわ……。だけどお嬢様の命令だから仕方ないわね。さっさと終わらせるしかない」

 

「主人に忠実なのはいいことです。だけど酷い主人だ……その命令の所為で貴女は冥界暮らしになっちゃうんですから、ねぇっ!」

 

 須臾を斬り裂く。

 時間が跳び、空間が消える。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

「なんなんだ……これは……」

 

 藍は唖然としてその場に立ち尽くした。

 目の前には肥大化を続ける一本の大木。花を付けるはずのなかったそれは、徐々に蕾を開花させ桜としての姿を取り戻そうとしている。

 

 花を付けるのはいいのだ。それがこの春集めの最終的な目的なのだから。

 だが、()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことは計画になかったはずだ。

 オマケに凄まじい勢いで西行妖の妖力が膨れ上がっている。この調子では直に藍の妖力ですらも追い越してしまうだろう。

 藍の妖力を超える。つまりその力を完全な破壊に向ければ、幻想郷どころか太平洋とユーラシア大陸を吹き飛ばしかねないほどの規模だ。

 

 完全なイレギュラー。そしてそれらに対処すべきはずだった自分には、全く策が思い浮かばない。

 頼みの綱である主人の紫は行方不明。……キャパシティオーバーだった。

 

「くそ、こっちの対処が先か?……いや、紫様の捜索の方が優先に決まっている!……ここに居られるはずなのだが……」

 

 辺りを見回し、自らの感知網をさらに狭めることで精度を向上させ紫の居場所を探るが、どうにも居場所が解らない。

 ふと、失踪した紫と膨張する西行妖との関係を予想し、マジマジと観察する。

 

 次々と開花を開始する花々、膨らみを増してゆく幹に根、枝々。そして僅かに紫の妖気が感じられる。だが姿はどこに見えない。

 

 

 

「───紫様、一体どこにいらっしゃるのですか……?まさか私を試しておられるのですか……?私は、こんなに心配で、心配で……」

 

「ヒャッハーッ!!おうおう何が居るんだってぇ〜?私にも聞かせろよぉ!!」

 

 閑寂な桜の庭に響く喧しい声、そして飛来したのは大量の星型弾幕。

 慌てて避けつつ視線を向けると、そこにはとても興奮して息遣いの荒い魔理沙と、箒にぶら下がり顔を下に向けブツブツと陰気に何かを呟くアリスの姿があった。

 イレギュラーの二連続に藍の逆恨みとも言える怒りのポルテージが急浮上する。

 

「……悪いがお前らに構っている暇はない。暫くおとなしくしててもら ────」

 

「なーに言ってんだぜ狐ぇ!こんなに桜が咲いてるのに宴なしってのはちょいとばかし殺生じゃないか!?」

 

「なにを言ってるんだお前は……」

 

「取り敢えず余興はお前だ!一発ぐらい弾幕でぶん殴らせろ!」

 

「なにを言ってるんだお前は!?」

 

 まったく話にならない。

 どこか錯乱しているように見える魔理沙から視線を外し、次にその隣で項垂れるアリスへと注目する。

 藍はアリスとは会ったことがなかったが、まあ今の魔理沙よりかは幾分マシだろうとタカをくくって話しかけようとした。

 しかし……

 

「……桜……良いわよね桜……。小さい頃から綺麗なお花が大好きだった。そうねぇ、ルイズ姉さんと一緒によくお花畑まで見に行ったわぁ。その中でもとりわけ満開の桜が好きだった……。みんなで一緒に桜の下でご飯とか食べたっけなぁ。うふ、うふふ……魔理沙たちがやって来た時に全部焼け落ちちゃった……うふふふ。だから幻想郷に来た当初は花見を楽しみにしてたわぁ……。だけど、春になっても誰も誘いに来てくれなかった。紫も、魔理沙も、霊夢も……いや、誰も私の家に来てくれなかった。……うふふ、私は孤高の魔法使い。幻想郷一の孤独な魔法使い……」

 

 アリスもまた異常だった。

 虚ろな表情でうわ言のように言葉を呟いている。目からは光が消え、一見すれば廃人の様相……というよりもはや廃人である。

 

「あっ……大きな桜の木。あんな綺麗な桜の下で死ねたら、幸せだろうなぁ……」

 

「おっ?アリスお前死ぬのか!?死ぬな死ぬな生きてりゃ何か良いことがあるって!魔女に寿命はないのになんで人生諦めちまうんだ!ネバーギブアップだぜアリス!立てよ、立ち上がれよぉぉ!!」

 

 煩い。おまけに邪魔だ。

 こんな連中と一緒ではおちおち紫の捜索も開始することができない。

 

「……はぁ、冰釋(解呪)

 

 見てられなくなった藍がそれぞれの術式を即座に構築し、魔理沙には鎮静剤、アリスには抗鬱剤として叩きつける。

 効き目はすぐに現れ、瞳孔が開きかけていた魔理沙は平静を取り戻し、鬱で沈んでいたアリスは生きる希望を取り戻した。

 

「……いやー恐ろしい騒霊だったぜ。あの演奏を聴いてからの記憶が全然ない」

 

「なにかとんでもないことを言ってたような気がする……。気のせいよね?」

 

「そろそろ話いいか?」

 

 これでようやく本題に入れる。戦いもしないうちから疲労が溜まる藍だった。

 八雲紫一番の部下である八雲藍の登場とあって、魔理沙とアリスは気を取り直して油断なく構える。

 彼女がいるということは八雲紫にも、黒幕にも近いということだろう。

 

「一応礼は言っておくぜ。だが、だからと言って起こした異変を見逃すわけにはいかないな。後ろの木も変に荒ぶって……いや、それはいい。紫と黒幕を出してもらおうか」

 

「私は紫を出してくれればそれでいいのよ。出してくれさえすれば敵対の意思はない。それで……紫は何処なの?」

 

 こっちが知りたい、というのが藍の率直な想いである。彼女たちの要求に応えることはできない。

 だがここで紫がいないことによる弱みを握られるのはまずい。不穏分子は自らの手で処理すると先ほど決めたばかりだ。

 

「紫様を出せ……だと?自惚れるんじゃない。たかが魔法をかじった程度の人間と、妖怪崩れの魔女に紫様の相手など務まるわけがないだろう。ふっ、笑わせてくれる。……思い上がった愚か者どもには罰を与えてやろう」

 

 式札を投擲して地面へと叩きつける。

 接した地面より太極図が広がり、ぐるぐると中心を軸に回り出す。そして淡い光の輝きとともにポンッ、と煙が上がった。

 飛び出したのは二又の化け猫、橙。霊夢に叩きのめされてからずっとマヨヒガでの待機だったが、やっとの登場だ。

 

「あれ、もう春集めはいいんですか?まだそれなりに春が残ってますけど……」

 

「まずはこっちからだよ。少しばかり手がかかりそうだからね、橙の力を借りたい」

 

「……!わ、私の力を!?そうですか、そうなんですね!分かりました!」

 

 藍の言葉によりやる気は十分。放出された妖力波が舞い散る桜を巻き上げる。

 それに呼応し藍も妖力波を垂れ流し、凄まじい重圧が辺りを支配する。冥界の一部が陥没しつつあった。

 これが、大妖怪。これが八雲の式たる力。

 

「気をつけなさい魔理沙。あいつら、パチュリーと小悪魔のコンビよりも力量が上よ。吸血鬼異変の時、パチュリーたちに勝ってる」

 

「私はあの二人が相手でも勝てる自信があるぜ。お前さんが足手纏いにならない限りはな。そこんところどうなんだ?」

 

「愚問ね。本気を出さなくても事足りるわ」

 

 アリスを中心に転送魔法陣が大量生成され、まばゆい光を放つ。一つの魔法陣につき約20体の人形が出現し、アリスが指一本を動かすたびに整然と規律ある半自律行動を開始する。

 一体一体の体躯は極めて小柄だ。しかしその規模はまさに一個師団、そして戦闘力は一人一個師団レベル。戦争とは数であり、質である。それを幻想郷でもっとも体現する存在が、アリスという都会派魔法使いなのだ。

 相棒の上海と蓬莱を召喚していないということは、まだ余力を大いに残していることを暗示させる。タダでは決して本気を出さないスタンスは未だに変わらない。

 

 戦力数の差は歴然だった。しかしそれを見過ごす藍ではない。

 すぐさま袖下より何十枚もの式札を投擲し、高速の九字切りによって術式を書き込む。やがてそれらは実態を伴って現れた。

 大地を埋め尽くす藍、藍、藍。その光景に魔理沙は顔を引きつらせた。

 

 式神とは組まれた数式によるプログラムによって動いている。藍と橙は少々特殊なケースにあたるが、プログラムが占める重要度はかなり高い。

 つまりその複雑怪奇な数式を式札に組み込めば、そのプログラム通りの式神が生成できるのだ。もっともそれには想像を絶するような高度な技術が必要であるし、一枚の生成には多大な労力と時間を割かなくてはならない。

 しかし藍はこれら1ダース単位を一瞬の間に行ってしまう。こうして自分を複数体生み出すのが藍の得意技だ。

 

「さあ目には目を……数には数を、質には質を、火力には火力を。お前たちが得意としている分野を私と橙でいとも簡単に乗り越えてやる!私たちはそこらへんの妖獣とは桁が違くてよ、色々と」

 

 

 

 *◇*

 

 

 ……らしくない。

 初めて異変解決で挫折しかけた。いくら飛んでも異変元へ辿り着けなかった。

 あいつが敵に回っただけでこんなに動揺しちゃうなんて、博麗の巫女が聞いて呆れるわね。私の心はこんなにも脆弱なものだったのかしら。

 

 魔理沙とアリスは先に行ってしまった。騒霊どもの影響を受けていたみたいで、二人ともどこか様子がおかしかったわね。私は何も感じなかったけど。……いや、感じることができなかったけど。

 黒色の騒霊はアリスに、色の薄い騒霊は魔理沙に色々していたけど、逆に墓穴を掘った感じね。仮にも魔法使いな連中だし、精神面への攻撃には耐性があったんだろう。逆に言えば精神に弱点を置いている妖怪に対しては一方的な相性を誇るのがあの騒霊たちなのか。

 私の相手をした赤色の騒霊は何をしてるのかよく分からなかったわね。正直言って拍子抜けだったわ。まあ、手間がかからないことはいいことよ。

 

 ……そろそろ異変の黒幕も近いか。そして、そのすぐ近くには恐らく紫がいる。

 

 紫との敵対っていうケースは何度か考えたことがある。私は博麗の巫女、そして紫は妖怪の賢者。今は協力体制が敷かれていてもいつどんなきっかけで決裂するかは分からない。

 紫のことは一応信頼はしているわ。あいつとはなんだかんだで付き合いは長いもの。一番最初の記憶を振り返ってみても浮かぶのは紫の顔ばかりだ。次に魔理沙、藍、橙と続く。小さい頃は紫のことを母と疑ってやまなかった。

 

 だけど……紫の方はどうなのか分からない。紫の考えていることが全然分からないの。

 もしかしたら紫は私のことを幻想郷を動かす上での一つの道具にしか思っていないのかもしれない。そうじゃないって信じたいけど、やっぱりその疑念を完全には拭い切ることはできなかった。

 

 ……はぁ、変ね。いつもの私ならこんなこと考えないはず。なんだかんだで騒霊どもから何らかの影響を受けてるのかしら。

 これからが本番だっていうのに……。

 

 

 

 

「……っ」

 

 ────来たか、幻想郷中を大混乱に導いてくれた元凶の大馬鹿野郎が。

 遠くの空からこちらに近づいてくる一つの人影。そして、その影に群がる大量の何か。

 ──蝶。それは桃色で淡く輝く神秘の華蝶。その美しさはきっと、芸術を理解出来たなら言葉にならない程のものなのかもしれないわね。私はそういうのよく分からないけど。

 その人影はやがて私にも肉眼ではっきりと確認出来るようになる。桃髪を携えた大和美人、大人と少女の境界を揺らがせる美の女性。

 そして、彼女から立ち昇る圧倒的なまでのプレッシャー。成程、コイツが元凶か。間違いなく紫やレミリアクラスだ。

 

「まずはようこそ生き人の巫女。私の名は西行寺幽々子、冥界を管理する立場にある者として貴女たちのご来界を心よりの歓迎を申し上げますわ」

 

「御託や前置きはどうでも良いのよ、この元凶。あんたのおかげでウチの神社の桜が一本も咲かないじゃないの」

 

「あら、桜ならここにいくらでも咲き乱れてますわ。お花見がしたいのならどうぞご自由に。冥界の桜は何処よりも美しいと評判よ。しかも今年は西行妖が咲き誇る。最高のお花見になるわ」

 

「私は顕界の春を愉しみたいのよ。こんな死臭漂う場所はお呼びじゃないわ」

 

 私の言葉に、元凶はくすくすと微笑みを浮かべるばかり。なんか調子が狂う奴ね。得体のしれないというか、掴み難い。どこぞのスキマ妖怪に似た雰囲気だ。

 睨みつける私の視線に、元凶の女は口元を隠していた扇子を閉じ、瞳を閉じて口を開く。

 

「せっかく私の最高の友人が協力してくれているというのに、はいどうぞというわけにはいかないわね」

 

「最高の友人?……ああ、そうか。あんたが紫を誑かしたのね」

 

「違うわ。彼女は自分の意思で私への協力を申し出てくれた。多分、貴女との対決も辞さないつもりだったのよ」

 

「紫が幻想郷の害になることを手伝うわけがない。あいつが軽はずみにあんたなんかにつくはずないわ」

 

「フフッ…貴女に紫の何が分かるのかしら?たった10数年、紫の庇護下で生きてきただけの滑稽な巫女が偉そうにねぇ」

 

 何が言いたいんだ?この亡霊は。

 どうにも気にくわない奴だ。ここまで私を苛々させた奴はかなり久方ぶりよ。

 紫の優先順位なんて知らない。紫の親友って名乗ってるこの亡霊と私、どっちの方が大切かだなんて、どうでも良い。

 紫が私を試しているのなら、それを突破した上であいつをブン殴る。もし紫が暴走しているのなら、私があいつをブン殴ってやめさせる。

 

「話はそれくらいにしましょ。結局勝った方が全てよ。私が勝てば幻想郷に春は訪れ、あんたが勝てば冬が続く。単純明快ね」

 

「……そう、それでいい。いつの世も純粋な目的こそが美しく映えるわ」

 

 再び閉じた扇子を口元で大きく開き、私達を見据えながら口を開く。それと同時に亡霊の周りがぼやぼやとぶれ始めた。

 これは────ッ!?

 

「『夢想天生』!!」

 

 スペル発動とともに濃厚な死の気配が消え去った。あとコンマ数秒でも遅れていれば……恐らく命はなかった。

 強力な、呪いに似た何かだ。

 

「成る程、それが噂の夢想天生ね。……見聞に違わぬ圧倒的な力、これは骨が折れそうねぇ」

 

「無理よ。私の夢想天生は絶対無敵、どんな手段をもってしても私に干渉することはできない。空気を掴めないことと同じ」

 

「そう、確かにこれは破れそうにないわね。だけどやられる気もさらさらしないわ。貴女はその力を使って私から逃げ惑うことしかできないのだから。死は空をも殺してしまうかもしれない。……死蝶に捕らわれてしまわぬように、精々必死に逃げ回りなさい。不格好な演舞でも、命を掛けたものならば力強く煌めく明星となるでしょう。──さあ、舞を始めましょうか。少しでも美しく、少しでも優雅に。私の描く弾幕が、どうか最愛の友の心を少しでも胸打つモノとなるように」

 

 喋り終えるや、幽々子は圧倒的な量の弾幕を私に向けて展開する。何て圧倒的な物量、これが冥界の主の力なのか。

 ハッ、上等よ。その人を舐め腐ってる増長した鼻っ柱、全力で叩き潰してやる。こいつをぼっこぼこにした後で、この異変に関係してるっぽい紫も一緒にシメる。

 冥界の管理人だかなんだか知らないけれど、幻想郷の春は私のものよ。神社で花見をする為にも、さっさと春を返してもらうわよ!

 

「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」

 

「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう少し……もう少しで貴女に逢える。

 

 待ってて、すぐに迎えに行くから……。

 

 

 

 

 




ゆかりん出なかったなぁ。
アリスは吸血鬼異変時、遠隔魔法で戦闘を盗み見てました。歌って踊れる可愛い魔法使いはやっぱり違うぜ!


みんなもできる!咲夜の世界入門方法!

霊夢→勘
レティ→「私の世界よ」
妖夢→あーこれつまりだねぇ……

「フェムトわかりやすく言うと須臾。須臾とは生き物が認識できない僅かな時のことよ。時間とは、認識できない時が無数に積み重なってできています。時間の最小単位である須臾が認識できないから時間は連続に見えるけど本当は短い時が組み合わさってできているの。組紐も1本の紐のようだけど本当は細い紐が組み合わさっているもの。認識できない細さの繊維で組まれた組紐は限りなく連続した物質に見えるでしょう。そのとき紐から余計な物がなくなり最強の強度を誇るさらには余計な穢れもつかなくなるのです。この紐をさらに組み合わせて太い縄にすることで決して腐らない縄ができる。その縄は遥か昔から不浄な者の出入りを禁じるために使われてきたのよ」

……っていう豊姫様の3ページにおよぶありがたいお言葉にある通り、時間とは須臾が無数に重ねてできています。その須臾のつながりを断つことによって時間の断続性を妨害し結果へ行き着かせるというなんともいえないこれ作者も言ってることよくわかってねぇなって感じの論理です。
ほら、あれだ……キングク○ムゾン!


タイトル変えようか迷ってます。理由はひとえに長いから!けど今更変えるかい?っていうね……うん。
けど別にいい案があるわけでもないので……どうなんだろうね。

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