幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
「春ですよー! 春ですよー!」
「……春よねぇ」
春の暖かな空気に包まれて久々の快眠を味わった私は、桜の木々と戯れる春告精の元気なはしゃぎ声にポツリと言葉を漏らした。
いつもは幽霊が浮遊しているせいで年がら年中肌寒い日が続く白玉楼だけど、今日はお日柄も良くてポカポカ陽気だ。春の力は実に偉大だなぁって改めて思ったわ。
白玉楼は最高よ。
家は広い、ご飯は美味しい。幻想郷の生活水準とは比べものにならないほどの贅沢さだ。
幽々子の意外な優しさにも触れることができたし、こんなことなら八雲家倒壊事件の時にサバイバルなんかしないでさっさと白玉楼に居候させて貰えば良かったわ。あっ、トラウマがががが!!
と、そこへ私が起きたのを見計らってか、藍がやってきてススス……と襖を開いた。
もしも私が起きるまで待っていてくれたのなら、何時もの事ながら非常に申し訳ない。
「おはようございます紫様。朝食の準備ができましたので幽々子様が呼んできて欲しいと。時が悪ければ少し待っていただくよう言ってきますが」
「いえ、すぐに行くわ」
藍の報告を聞いてすぐに着替えを開始する。
食事の時間を待たせるというのは、幽々子に対して絶対にやっちゃいけない行為ベスト5に入るのよ。機嫌を損ねさせれば何をしでかすかも予測がつかない、なんとも厄介な友人である。
ちなみにだけど他にやっちゃいけないのはお菓子の横取りとか、ご飯を粗末に扱ったりとか……って全部食べ物関係じゃないの。
そんなことを思いながら急いで紫色のドレスを着る。そしてなんかありがたカリスマ感溢れる手袋と、可愛らしい靴下を着用。
これで優雅な春服ゆかりんの誕生よ!
昨日までは導師服だったけど、今は春だからね。ようやくの衣替えだ。
「さて、それじゃあ行きましょうか。貴女も朝ごはんはまだでしょう?」
「勿論です」
藍は絶対に私より早くご飯を食べようとしない。
なんでも、主人を差し置いてご飯を先に食べるのは不敬に当たるとかなんとか。私からは「お、おう……うん……」ぐらいしか言えないわ。
開けた回廊を歩きながら花吹雪く庭先に視線を移すと、妖夢が庭師としての務めを果たしている光景があった。彼女が楼観剣を一振りするたびに植え込みの無駄枝は散り散りに消滅してゆく。
以前までならそんな光景に怯える以外のリアクションをとってこなかった私だが、今日はヤケにカッコよく見えた。そうよね、彼女は敵じゃない。今や私の心強い仲間だ!
すると妖夢の凄技にほっこりしている私に藍が話しかけてきた。
「あっそういえば、例の案件を『文々。新聞』が大きく取り上げてましたよ。おかげで幻想郷中に事が広まってしまいましたが……計画では今日中に全てを邪魔を入れられる前に終える事が出来そうなので、問題はありませんけどね」
「へえ、文の新聞が? それは……結構意外ね。自分に利のあることしか積極的に行動しようとしないあの子がそんな記事を?」
いつから見られてたんだろう、全く気づかなかったわ。文のスピードを私の肉眼で捉えれるわけがないから永遠の謎になりそうね。
それにしても、ボランティアのことを取り上げたところで大した反響は呼べないと思うんだけど……そこんところは大丈夫なのかしら?
あの性悪ブン屋のことだから何かしらの利があると思ってるんだろうけど。
……あっ、霊夢にボランティアのことがバレたらマズイじゃん! 手出し無用とか昨日言われたばっかなのに、これはマズイ! 後でめちゃくちゃ怒られそうじゃない!
取り敢えず記事を確認してみないことには何も始まらないわね。【広がるボランティアの輪 八雲紫の素晴らしき活動声明】みたいな内容ならワンチャン霊夢も納得してくれるかもしれない。してくれるといいなぁ!!
「『文々。新聞』を持っているかしら?」
「ここに」
藍はスキマから新聞を取り出すと、私に手渡してくれた。彼女へのお礼をほどほどに、ゆっくりと新聞へと目を通す。
なになに……?
【激震!八雲紫 春雪異変に加担】
……んん”?
疲れ目かしら……うまく文字が見えないわ。老眼とか言った奴はブチ殺す。
目を擦ってからもう一度新聞を見た。
【激震!八雲紫 春雪異変に加担】
……えっと、いつから日本語ってこんなに難しくなったのかしら。新聞に書かれてる意味が全く分からないわ。
待て待て、まずは落ち着くのよ八雲紫。深く息を吸ってひっひっふぅ。
よし、もう一度。
【激震!八雲紫 春雪異変に加担】
「……」
「えっと、紫様?」
くぁwせdrftgyふじこlp!?
あばばばばばばばばばばばば!?
アイエエエ!? クロマク!? クロマクナンデエエェェェエエッ!!?
「取り乱したわ」
「はあ……左様でございますか」
私はちょいとばかり怯えやすい性質でね。錯乱しそうになると心の中で思う存分叫んで、心を落ち着けるようにしてるのよ。
いやしかしこれは……とんでもない誤報だ。こんな根も葉もない情報を幻想郷に拡散するなんて……そこまで腐ったか、射命丸文!
てかなんで藍はそんなに落ち着いてるの?
いつもの藍なら「野郎オブクラッシャーッ!!」とか叫びながら文のもとに飛んでいきそうなもんだけど。
「貴女はこの記事を見てどう思う?」
「ブン屋にしては真実をありのまま書いている珍しい記事だなぁ、と思います。連中も毎日このくらいしっかりと新聞を作ってくれればいいのですが」
───はいぃ?
お前は一体なにを言ってるんだ? とてもじゃないが正気とは思えない。冗談にしてもタチが悪すぎる?
まさか、こうなることを事前に知っていたとでもいうの!? そんな馬鹿な……。
もしかして、この子ブン屋とグルになって私を嵌めようとしてるんじゃ……!? ついに私を見限ってたりして。いつ見捨てられても可笑しくないと思ってた。だけどこんなタイミングで……!?
もしそうだったら私完全に詰んでるんだけど。……いや、私にはまだ幽々子と妖夢がいるわ! 幽々子になんとか助けてもらってこの窮地を脱するのよ!
「この部屋で幽々子様がお待ちしております」
藍の細かな一挙一動にビクビクしながら、彼女が指し示した部屋へと滑り込む。
そこには用意された大量の朝食を前にした幽々子が、優雅な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
マイフレンド! マイベストフレンド幽々子! 私を助けて! 庇って! 匿って!
なんとか藍に気づかれないようにそれとなく現状を伝えたかったんだけど、幽々子はそんな私の切なる思いに気づくことなく、手招きして目線で座ることを促す。
目が据わっていてとても怖いので、ひとまずは素直にその場へ座ることにした。ご機嫌は……あまり良さそうに見えない。
少しばかり朝食を待たせたのが悪かったのかしら……? なるべく急いで来たんだけど。
「もう待ちくたびれたわ。せっかく今日は妖夢に腕をふるってもらったのに、あともう少しで一番美味しいタイミングを逃すところだったのよ?」
へえ、妖夢がこの朝食を作ってくれたのね。これは……匂いだけでもとても美味しいことが分かるわ。より取り見取りの品々が、机の上で所狭しとひしめき合っている。
あの子ったら色々と不器用なのに手先だけは器用なのよねぇ……って、そんなこと言ってる場合じゃない!
「ごめんなさいね。けどあと少しだけ朝食は待ってちょうだい? 先に話さなきゃならないことがあるの」
私の言葉にピクリと幽々子の眉がヒクついた。だんだんと彼女の顔を覆う影が深く、濃くなってきているような気がする。
あわ、わわ……『大魔神』西行寺幽々子様がお怒りになられてるわ!どうか怒りをお鎮めください! ご慈悲をちょうだいくださいまし!
ガタガタと何に対してか祈祷していると、その思いが神仏もしくは幽々子に届いたのか、徐々に黒いものが引いていった。
「……はあ。しょうがないわねぇ……それで話っていうのはなに?」
幽々子の聞き分けが良くて助かったわ。レミリアだったら完全にアウトだった!
取り敢えずそれとなく訴えかけないと。
「これ、幻想郷の天狗が書いてる三流新聞なんだけど、どうも私たちのことが載ってるみたいよ?散々に書かれてるけど」
「ふぅん……どれどれ?」
後方に佇む藍を警戒しながら恐る恐る幽々子へ『文々。新聞』を渡す。
せっかく幻想郷のために頑張っているのにこんな記事の書かれ方をすれば、流石の幽々子だって怒るはず! 幽々子が相手となれば藍も文も迂闊には手を出せないだろうし、最高のストッパーだわ!
しかし、私の期待はすぐさま裏切られた。
「あら、いい新聞じゃない。ちゃんと事実が述べられてるし、購読者の興味を惹くべき部分は多少大袈裟な脚色で面白おかしく表現している。幻想郷には随分と腕のいい新聞記者がいるみたいねぇ。今度幽霊用の新聞でも作ってもらおうかしら」
「えぇ……(困惑)」
幽々子さん、一体なにをおっしゃっておられる?こんな捏造新聞を事実って……冗談にしても笑えないわよ! ええ、全く!
見損なったわ!貴女の株がリーマンショックよ!
……ちょっと待って。
……グルか?まさか幽々子もグルなのか!?
「……この異変云々含めた全てが真実であると、貴女はそう言うの?」
「当たり前でしょ?」
ヒイィィィィ!? この幽霊悪びれた素振りも見せずにさらっと言いやがったわ!
ていうか黒幕って貴女なの!? ボランティアとか言っておきながら!?(言ってない)
ということは、昨日のやり取りは全部……幽々子と藍の手のひらの上……!?
罠だ! これは罠だ! 幽々子と藍とブン屋が私を陥れるために仕組んだ罠だ!
私にいい顔を見せることで油断させて……一気に仕留めようって魂胆なわけ?
……いや違う、彼女たちは私を社会的に殺そうとしているのね!
そして自分が起こした異変の件を私に全てなすりつけて、霊夢に始末させる。そうして私が社会的かつ物理的に死んだことによって空くことになる賢者のポストに収まる……こういうわけかこんちくしょう!
霊夢なら見逃してくれるかも!なんて考えたりもしたが、昨日の神社での様子を思い出して考えを改めた。あの子の博麗の巫女としての心構えは、私が思っている以上に完璧だった。
おそらく幻想郷のためだったら私でも殺してみせることだろう。……悲しい。
よってレミリア並みの耐久力がない限り、彼女の制裁を乗り切ることは不可能。耐え切れる藍と幽々子は悠々と生き残ることができるというわけだ。
……やられた。
何か裏があるんじゃないかなー? とは思っていたけど、こんな壮大で残忍な計画を立てていたなんて……!
だけどこれが解ったところで私にはどうすることもできない。
彼女たちの企みに気付けたところで、私にはそれを阻止する力はないのだから。
どうしようもない失望と脱力感を感じる。
「残念よ……まさかここまでの争いごとに発展してしまうなんてね。私は……信じていたのに、なんて残酷なのかしら」
「そうね。だけど私が選んだのはそういう道なのよ。だけどそのリスクを犯してでもやらなきゃいけないと、そう思ったの」
私の皮肉めいた言葉に幽々子があっけらかんと返す。決意は固いようですねぇ!
それにしてもどうすればいいんだろう。私の超優秀な頭脳をフル回転させても大してロクな案がちっとも思い浮かばない。
逃げる→絶対無理
決死戦→「命とは投げ捨てるもの」
命乞い→死亡フラグ乙
諦める→最適解
ポルナレフも真っ青なほどに酷すぎる選択肢だった。慈悲なき事実ね。
……ここまでかしら。
「私の分の朝食はいらないわ。それよりも少しだけ外を歩かせてちょうだい。……(私を殺すまでに)まだ時間はあるでしょう?」
幽々子の返事を待つことなく私は立ち上がると、庭先に向けて歩みを進める。藍が後ろから付いてこようとしたが、その場に残らせた。
逃げるつもりなんて毛頭ないわ。逃げきれないことは私が一番よく解ってる。
庭に出ると妖夢とすれ違った。
あっちは私を見て何か言おうとしていたが、途中で言葉を飲み込んだ。
……どうせ貴女も私を殺そうとしてるんでしょ?一時でも貴女たちを信用した私が馬鹿だったわ。
桜が敷き詰められた薄紅色一色の絨毯を踏みしめ、感慨に耽ながら今までの妖生を一つずつ思い出してゆく。
辛かった日、辛かった日、辛かった日、辛かった日、楽しかった日、辛かった日、辛かった日。その全てが確かに今まで私が歩んできた時間なのね。だけどそれも今日で終わり、か……。
嫌だぁ……死にたくないよぉ……。
こんなところで終わりだなんてあんまりよぉ!私、まだまだしたいことがたくさんある!食べたいものだって、知りたいことだってたくさん……たくさん……っ!
なのに、親友と式に嵌められて娘に殺される……。リアル四面楚歌なんて体験したくなかった!
「どうしてこんなことに……死にたくないわよぉ……!嫌、嫌よぉ……!」
庭に生えている一本の大きな木に寄りかかって、咽び泣いた。
春が満ちるこの白玉楼で唯一桜をつけていないその大木は、滲む視界に柔らかな光が反射して、なんだかとても優しい感じがした。
「ひぐっ……ふえぇ……誰か、助けてぇ……」
*◇*
「咲夜。止められた季節の時を、貴女の手で今再び動かしなさい。そして紫のやつに一杯食わしてやること。いいかしら?」
「──心得ました。この十六夜咲夜、必ずや相応の結果をご覧にいれましょう」
今日一番のお嬢様からの呼び出し。
私は時を止めて、厨房からティーセットを取り出した後にお嬢様の元へと向かった。
時間的に雪を見ながらのモーニングティーかと思ったのだが、告げられたのは異変の解決を命じる言葉だった。
これまでお嬢様は「異変が鬱陶しい」等のことは言われていたが、一度もその解決を命じたことはなかった。
私に一言お申し付けくだされば、たった1日ですべてを終わらせることができるのに、お嬢様は頑なに異変を観察し続けていた。少し前に八雲紫が訪ねてきたことに何か関係があったのかもしれない。
現に今日の『文々。』とかいう新聞の第一見出しは八雲紫の異変への加担を報じるものだった。
……どっちにしろお嬢様が命じられたのだ。すぐに動かねばなるまい。
「申し訳ございませんが、ほんの少しだけお暇をいただきます。それでは────」
「……あぁそうよ、一つだけ言っておくわ」
時を止めるよりも早く、お嬢様が私の目の前へ回り込まれた。そして人差し指を立てて、それを交互に揺らされる。
「今回の異変は貴女にとって中々面白い結果になりそうよ?万が一解決できなくても私は咎めたりしないから、貴女のすべてを出してきなさい」
「……万が一などございませんよ。それよりも、それは能力をお使いに?」
「いいえ、能力は使ってないわ。だけどなんとなく解るのよ」
やはりお嬢様は能力をお使いになられない……か。そのことにどうしても気持ちが揺らいでしまう。
前回の一件以来、お嬢様が能力を使用なさる機会が極端に減った。最近ではまったくと言っていいほど、お嬢様は運命を見られなくなった。
いや、それだけではない。
お嬢様は───変わられてしまった。
「……それでは、行って参ります」
「そう……行ってらっしゃい」
心に渦巻いた疑念を振り払うようにお嬢様へと出立を告げ、時を止めるとテラスから飛び出した。
……らしくない。
なぜ私はこうも大きく揺れている?
お嬢様への絶対的な忠信が揺らいだわけではない。だけど
みんなが新たな生活を始める中、私だけがどうしても変われずにいる。
パチュリー様は毎日のように泥棒が来るようになって少々お疲れ気味のようだが、前に比べてギスギスした鋭い感じがなくなったように思う。
お嬢様と妹様は和解してからというもの、これまでの失った時間を埋めるように互いに親しまれている。
紅魔館で変わってないのは私と美鈴くらいだろうか……。
いや、違う。美鈴はなにも変わる必要がないんだ。だから苦しまずにいられる。
紅魔館は確実に良い方向へと進んでいる。だけど……私はそれを望んでいないのか? 殺伐としたあの空間が私の世界なのか?
何がメイド長だ。
こんな愚かで、淺ましい醜態をさらし続ける私に、一体何の価値があるのだろう。お嬢様はこんな十六夜咲夜など……っ!
……少し頭を冷やそう。今回の異変はその分、ちょうど良かったかもしれない。
視界は白一色に染まり、隅で紅いマフラーが吹雪に晒されヒラリとたなびく。
……美鈴が編んでくれたものだ。正直寒さは相当堪えるから助かるわ。
と、視界にマフラー以外に赤が見える。その隣には黒がいくつか浮かんでいた。
あの色には見覚えがある。ここ最近頻繁に目にするその色は、巫女のトレードマークだ。となるとその周りに浮いている黒色は魔理沙か。もう一つの黒色は知らない。
彼女たちを無視するべきか、話しかけるべきかで少しだけ迷ったが……よくよく考えてみれば勇んで出かけたことはいいものの私には情報が足りない。
八雲紫と異変の首謀者が冥界というところに居るということは判っているが、場所及び行き方が不明だ。ここはその手の先駆者である彼女たちに少しだけでも話を聞くべきだろう。
近づくと彼方も私に気づいたようで、霊夢は不愛想にこちらを見るとお札を構え、魔理沙は笑顔を浮かべて手を振った。
その傍らではぐったりとした天狗が霊夢に胸ぐらを掴まれている。確か、例の『文々。新聞』を書いてる天狗だったと思う。恐喝現場かしら?
「ごきげんよう。今日は異変解決日和ね」
「ええそうね。そしてこんな今日に外をうろついているあんたが怪しいわ。異変を手伝いにでも行くつもり?」
「逆よ、逆。今日は起こす側じゃなくて解決する側なの、私。ああ、私の行く手を阻むつもりなら異変に加担してるって見なすわよ?」
ちょっとした脅しのつもりで言ってやった。まあ半分は本当だけど。
すると霊夢は目に見えて怒りを露わにし、こちらへ暴力的な霊力を浴びせかけてきた。……本当にやる気なのかしら?
ならば先手必勝と、時を止めて一気に勝負を決めようとしたのだがその直前に魔理沙が仲介に入る。
「まあ待て待て、こんなところで道草を食ってる場合じゃないだろ?まず一番にしなきゃならんことがあるはずだぜ」
「そうね。まず一番にこのメイドを冥土に送ってあげないと。異変を解決したがってるんなら黒幕の元にも行けて一石二鳥でしょ」
「あら その言葉そっくりそのまま貴女に返してあげるわ。そんでもって神にアーメンとでも言いに行けばいい。巫女ってそういうもんでしょう?」
私の言葉に霊夢は首を傾げた。……宗教が違ったかしら?皮肉が伝わらなくて残念。無神論者なものでね。
「ちょっと
「それを得るために貴女たちに話しかけたのよ、あいにく今しがた館を出たばかりでして。もしかして貴女たちも?」
「まあな。だから文を締め上げて吐かせようとしたんだが……霊夢が不動陰陽縛をやり過ぎちまってこの有様だ。いくらやっても起きやしない」
魔理沙との会話はスムーズでいいわね。これで
しかしここで新聞を書いた本人に会えたのは幸運だったわね。これで一気に黒幕と八雲紫の元に辿り着ける。
「ならもう容赦なくやっちゃうしか……」
「うっかり死なれても困る。……ってかこれ生きてんのか?」
確かによく観察してみると天狗はピクリとも動いていない。ていうか生気をまったく感じなかった。
試しに口に手を当ててみたが、天狗は息をしていない。同時に脈もない。
これは……
「死体───じゃないわね。良く出来た人形よ、これ」
「「はあ?」」
私の言葉に二人は素っ頓狂な声を上げると、天狗人形を凝視する。そして霊夢は額に手を当てて気怠げに息を吐き出し、魔理沙は「たはは……」と苦笑した。
「アイツ……いつの間にすり替えたんだ? まさか手を離したわけじゃないだろ?」
「当たり前よ。取っ捕まえてからずっと掴んでたわ」
どうやら二人は天狗に一杯食わされたようね。けど魔理沙は兎も角、霊夢を欺いたのはそれなりに驚いた。あの烏天狗はそんなに凄かったのね。速いとは思ってたけど時を止めれば関係ないし。
よくよく見てみると天狗人形は若干ニヤけているように見える。率直に言ってうざい顔だ。今にもヒュンヒュン首を揺らして煽ってきそうなほどに。
「はぁ……調子が狂うわ、ホント。どいつもこいつも私のことをコケにしてるのかしら。『夢想封印』」
霊夢は天狗人形を空へと投げると、霊力弾で粉々に破壊してしまった。人形の出来栄えは良かったので少しばかり勿体無い。
しかしこれで振り出しに戻ってしまった。この二人からもこれ以上の情報は見込めそうにない。……瀟洒じゃないけど一度紅魔館に戻って、パチュリー様から話を聞くしかなさそうね。
「私はパチュリー様に冥界についての知識をお借りすることにするわ。……貴女たちも一緒に来る?」
「いやいいわ。なんだか本調子じゃないけどいずれは辿り着けると思うから」
「あー……私もパスだ。ちょっと昨日やらかしちまってパチュリーに殺されかけてるからな。他の
なんとなく断られるだろうとは思っていたが案の定だった。私も別に二人に付いて来て欲しくていったわけじゃないからなんとも思わない。最終的な目的が共通しているとはいえ、私たちが力を合わせる理由にはなりえないから。
力を持ちすぎた者というのは、それゆえに増大した自尊心によって協調性を著しく欠く。……それこそお嬢様のような強烈な魅力を持つ存在の下につかない限りはね。
この二人はそのようなのとは遠くかけ離れているタイプだろう。
つまり私も同じ穴の狢ってわけ。
その後、霊夢は別れの言葉もほどほどに白銀のカーテンへと消えていった。
あの巫女ならば、大した時間もかけずにいずれは八雲紫の元へと辿り着くだろう。あの驚異的なまでの勘ならばそれが可能だ。
……彼女に先を越され、おめおめと紅魔館へ帰ることだけはなんとしても避けなければなるまい。なんせお嬢様の面子にも関わってくる。
一方の魔理沙は、パチュリー様以外の魔女に話を聞くべく何処かへ飛んでいった。
彼女ほどの魔法使いが意見を仰ぐ魔女……。心当たりがないこともないが、才知・思慮・分別に長けた人物であることは想像に難くない。魔理沙もそう長くない時間で冥界へと到るだろう。
二人を見送った後、私も時を止めて行動を開始した。速さという点ではあの二人の追従は許さない。霊夢と魔理沙には悪いが、異変を解決するのは私だ。
あと──体感的に──数十秒すれば紅魔館に着く。そして一気に冥界へ────。
「あらあらそこの頭のおかしいメイドさん。こんな寒い日に何処へお出かけするのかしら? 是非お聞かせ願いたいものだわー」
「ッ………!」
私の世界に響いた凍てつく声音。その間延びした一音一句が心を締め付ける。
熱い、ドロドロした何かを感じる。
この声を聞いたのは10年ぶりだ。そして、今の今まで一時も忘れたことはない。
この妖怪に負けて、八雲紫に負けてから全てが始まり、狂い始めた。新しい紅魔館はそこから始まって、私はただ一人取り残されたのだ。
「あの時の……妖怪……」
「あら、どこかで会ったかしら? ごめんなさいねー忘れっぽいものでして」
妖怪は当たり前のように止まった時の中を動き、ふざけたことをのたまう。その一挙一動に対して確かな悪意を感じる。
間延びした口調と暖かそうな藍色の防寒具。そしてそれらと全く釣り合わない底冷えする絶対零度の眼光。その全てが10年前のままだ。
……案外平静を保てている。一周回って無心になれたのか、それとも私が単に思考能力を失っているだけなのか。
「ああ思い出したわー! 貴女あの紅い家のメイドでしょ! お久しぶりねぇ、元気にしてた? いや、相当元気そうね」
「……おかげさまで」
そう言う彼女はかなり生き生きしてるように見える。安直にその理由に仮説を立てるなら、冬だから……だろうか。
今朝の新聞が出るまではこいつがこの異変の黒幕だと睨んでいた。どうも違うみたいだけど、大方異変を解決させないために妨害にでも来たのかしら。
「話しかけてくれたところ悪いけど、さっさと目の前から失せてくれないかしら。貴女を見てるとどうも心がざわつくの」
「ふふ……変わってないのね。落ち着いてるように見えるけど実際はただ疲れてるだけ。結局まだまだ本質を見つけきれてないみたいだし、全然成長してないわー。やっぱり所詮は落ちぶれた吸血鬼一派のしがない人間、この
こいつ、煽ってるわね。
そして最も効果的だ。現に私は抑えきれなくなっている。残念だが、私にここまでの激情を瀟洒に受け流せる技量はない。相手がこの女であれば尚更だ。
「……そうね。やっぱり貴女が黒幕ね。容赦しないわよ」
「ふふ、私は黒幕だけど普通よ? 大好きなお嬢様の言葉を理由にして私怨を晴らすなんて、中々成長してるじゃない。嬉しいわー」
そんなふざけたことをほざくと、妖怪は虚空へと手を翳す。そして掌を握ると、仰々しい音を立てて私の世界は崩れ去った。
同時に凄まじい吹雪が吹き荒れ、体を激しく打つ。……この程度の冷気であれば問題はない。私の世界の方がもっと冷たい。
「さて、私もわざわざそんなことで貴女の世界にお邪魔させてもらったわけじゃないわ。ちゃんとした目的があるのよ」
「そんなことって……どんなことか意味が判らなかったわ。ただ私とお嬢様を侮辱しただけでしょ? ──ああ、目的はなんとなく分かるわ」
「へえ?言ってみて」
「異変を解決させたくないんでしょ? 寒い妖怪が冬を好むのは当然だもの」
「正解!」
にこりと妖怪は笑みを浮かべ、猛然と荒れ狂う吹雪を爆発的に拡散した。
それとともに至る所で局地的な時空の歪みが生じている。こいつは幻想郷を滅ぼすつもりなのかしらね。
「さあ私は異変への協力を宣言するわ。止めれるものなら止めてみなさい!」
……こいつ、まさか私とお嬢様の会話を聞いていたのかしら。口上がその内容を踏まえた上での言葉にしか聞こえない。まったく八雲紫といい、こういう胡散臭くて面倒臭い妖怪はどうも苦手だ。
しかし───同時にいい機会でもあると思う。
彼女に勝てば、私は変われるのだろうか。過去の私を超えることができるのだろうか。
「……『
「──へぇ?」
私が紅魔館の住人であるために、お嬢様の従者であるために。
……私が、十六夜咲夜であるために。
ゆかりん17位。約束された順位きたな……!
作者?もちろん一押しは入れさせてもらいましたよ!……ふとちゃんに。
だって可愛いんだもん!ベストカップル一押しはゆかれいむだけどな!らんちぇんにも入れたぜ!抗鬱薬おじさんに一票入れたのは秘密だ!
これからもゆかりんが十代を保ち続けられますように。南無南無。
さて、人気投票の話はいったん置いといて本編の話をちょっとだけ。
レティ様は寒さを感じる場所ならどこにでも出現できます。つまり我々は今、レティ様に包まれているというわけだ!ちなみにチルノは霊夢と魔理沙に蹴散らされました。
次回から話は加速するかもしれない。
たくさんの評価ありがたいです。めちゃんこ励まされております。リアル鬱な作者には何よりもの生きる活力!いやあ これなら世界の終わりも怖くない!