幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
とある烏天狗の文花帖
これは葉月の季より幻想郷を牛耳る呼び声高きスキマ妖怪を見かけたついでに、なんとなく記録した手帳である。
以後、彼女を見かけるたびに追加で書き込んでいこうと思う。
なお本人、及びその式からのプライバシー確認はとっていないので御内密に。まあ、私以外に見るヤツなんていないと思うけど念のため。
……椛、もしこの手帳を見ているのなら今すぐ千里眼を中止して回れ右をするのが賢明よ。私はすでに貴女の後ろにいるかもしれない。
葉月 上旬
早朝、とある取材を兼ねて妖怪の山はずれの34地区の上空を飛行中、川辺に佇む八雲紫(年齢不詳)を発見。
普通ならば不法侵入未遂でしょっぴくところであるが、八雲紫は特別な権限により無断での妖怪の山への進入を許可されているのでお咎めなし。
うちの上司の情けなさに頭が痛くなる事実である。あいつらに椛の度胸が一厘でもあれば大分違ってくるだろうに……おっと、愚痴が。
八雲紫といえば言わずと知れた幻想郷の胡散臭い大賢者。プロフィールの大部分が闇に覆われており、出自もその能力も不明。また一部情報が意図的に葬られた痕跡も見つかっている。
そんな八雲紫だが、幻想郷一有名な妖怪は?とインタビューすれば、人妖問わず誰もが一番に彼女の名前を挙げるだろう。私でも八雲紫の名を挙げる。
良くも悪くも、八雲紫は幻想郷においてかなり目立っている。賢者としての名声もそうであるが、悪目立ち的な側面も持ち合わせているのが特徴だ。
つまり、色々と胡散臭いということ。それだけに私のジャーナリスト魂は大いに刺激される。一見非の打ち所がないように見える彼女も隠し事の一つや二つはあるはずだ。
以前に何度か突撃インタビューを敢行したこともあるけど、それら全ては周りのガードによって阻害されてきた。
確か……最初は式の八雲藍による妨害を受けて失敗。またある時はその式の化け猫ちゃんに食いつかれて失敗、宴会時にはあの萃香様に絡まれて失敗、唯一フリーになる地底訪問時にはさとり妖怪に妨害されて失敗……書いておいてなんだけどこの結果には流石にプライドが傷ついたわ。
普通に個人として話す分には大丈夫みたいなんだけど、プライベートの話になった瞬間に誰かしらが飛んでくる。やはりマスコミに聞かれては不都合なことがあるのだろう。うん、そうに違いない!
考えているうちに、彼女がなぜこんなところにいるのか気になった。あの胡散臭さの下に一体何を隠しているのかが無性に知りたくなった。
……インタビューでなければセーフだろう。しばらく観察に興じてみる。
八雲紫は何をするでもなく立っていた。
こんな真夏の蒸し暑い真昼間から日光浴をしているのだろうか?いや、彼女に限ってこんな無防備な姿をこんなところで呑気に晒すわけがない。恐らくよからぬことでも企んでいるのだろう……恐ろしい妖怪である。
ふむ、全く内心が読めない。流石は幻想郷の賢者といったところか。
なんてことを漠然と考えながら観察を続けていたのだが、ここで事態が急変した。
風の質が一気に変質したのだ。嫌らしい空気がだんだんとこっちに近づいてきている。
こんな当てられただけで妖怪を殺せるような殺気を飛ばす存在なんて、この幻想郷でもかなり限られてくる。
まあ、この暴力的な気配と嫌な感じは……十中八九風見幽香だろう。
風見幽香はそれなりの速さで飛んでくるや否や、八雲紫へと殴りかかった。しかし八雲紫は別段慌てた様子もなくスキマを開いてそれを受け止めた。
そしてあたりを剣呑な空気が包み込み、このまま大妖怪同士による抗争に発展するかと思われた。私としてはネタ的な意味ではできるだけ大規模にどんぱち始めてくれたほうが嬉しい。ただし山を吹き飛ばさない範囲で。
しかしこれ以上は何をするということもなく、風見幽香は少し話すと帰っていてしまい、八雲紫もそのままスキマの中に入ってしまった。
あやや……面白くない。これじゃ新聞のトップを飾るにはインパクトが弱すぎる。
今日は『紅霧異変』の真相をインタビューしに行く予定だったから別にいいんだけど……ネタが多いことに越したことはない。
残念である。
しかし今日たまたま見かけて、さらにたまたま観察していただけで特ダネ……もといとんでもない大惨事になりかけた。
彼女は、もしやネタの宝庫では?
それに、もしも彼女の思わぬ情報を掴むことができれば今度の新聞大会は間違いなく我が『文々。新聞』が優勝できるはずだ。
しかし彼女本人から情報を引き出すのは難しいように思える。どんなに頑張って周りのガードを躱して本人に聞いたところで上手くはぐらかされてしまうのがオチだろう。
よってこれからは気が向いた時に隠密尾行を行うことにした。私の能力を使えば幻想郷一帯の風を支配下に置くことなど朝飯前。八雲紫が現れた場所を風の動きで瞬時に把握することができる。
どこへ行こうと報道の目は逃がさない!いつの日かありのままを大衆に曝け出してもらうわ!
清く正しい最速の伝統マスメディア、『文々。』と射命丸の名にかけて!
〜〜たわいもない話が書き綴られている〜〜
卯月 中旬
現在発生中の『春雪異変』の取材後、気が向いたので八雲紫の観察を開始したいと思う。彼女ならばすでにこの異変の真相に辿り着いているかもしれない。
幻想郷中の風を読んでみたが彼女の気配はない。つまりどこかの閉鎖空間に閉じ籠っているのだろう。恐らく自宅だと思われる。
彼女の自宅は特別な空間の狭間に隠されているが、私には筒抜けである。チョチョイと軽く妖力を乗せた風の刃で空間を切り裂き突入。
侵入に成功した私はすぐさま風を身に纏う。これによって光の屈折を操り姿を見えなくするのだ。河童たちの使っている光化学迷彩をヒントに編み出した技である。
そういえば紅魔館の主人へのインタビューの条件、『何か面白いことをする!』を達成するために彼女へとこの技を披露した時、「ワムウだわ!影に入ったら蹴られるわよ!」とか「仰け反って仰け反って!」なんて言われましたが……どういう意味なんだろうか。外の世界からやって来た妖怪の言うことはよく意味が分からない。
さて、これで視覚的には大丈夫だろう。しかしこれでも安心とは言えない。ここに住まう八雲紫には式神がいる。
最強の妖獣である九尾の狐、八雲藍は嗅覚とともにその気配察知能力もずば抜けて高い。さらには当の本人である八雲紫も要注意だ。いくら私といえど、一瞬の隙も見せるわけにはいかないだろう。
家の中を恐る恐る覗いてみる。
そこの部屋は八雲紫の寝室だったようで、いそいそと布団を敷いている彼女の姿があった。これはなんともレアな光景だ。勿論、写真に収めておく。
しかし八雲紫の寝顔を撮ったところで新聞の一面を飾る記事にはなりえない。せいぜい人里や妖怪の山のモノ好きたちに売り捌くぐらいしか……。
布団を敷き終わった直後に隣の部屋より八雲藍が顔を覗かせる。すると何やらプンプンと怒り出した。なになに? ふむふむ……どうやら八雲紫が自分に相談せず勝手に布団を出して寝る準備をしていたことに腹を立てているようだ。
確かに主人がちゃんと怠けてくれないと式神の仕事がなくなってしまう。よしよし、『主人に仕事を押し付ける式神』と。
どうやら八雲藍は朝ごはんで八雲紫を呼んだらしい。なるほど、確かに美味しそうな味噌汁の匂いがしてくる。私も何か食べてくればよかったわねぇ。
完食後、布団へと向かおうとした八雲紫を八雲藍が呼び止め、何やらボソボソと言っている。うむむ……風で声を拾ったが内容がよく分からない。誰かが春を拾い集めてるとかなんとか。
あやや?八雲紫と八雲藍がスキマを開いて何処かへ行ってしまった。こうしちゃいられない!今すぐ追いかけ@*¥#mj〆────
〜〜字の乱れ〜〜
ふう、大変な目にあった。まさか
それに流石は九尾の狐というべきか、あそこまでのスピードを持続して出してくるなんて。そこんじょそこらの烏天狗が亀に見えてしまうくらいね。まあ私にしてみればそれでも速さが足りない。
これだけ知れれば大収穫、さっさと退散させてもらった。私のこのスピードには誰もついてこれない。八雲藍とて同じことだ。
さて、次に八雲紫が向かったのは……博麗神社。年がら年中通して頭が春一色な巫女が怠惰を貪っている場所だ。
一応巫女に関しては一週間おきに様子を見ているが、今の所行動を起こすつもりはないらしい。異変解決はまだまだ先になりそうというのが私の見解である。
八雲紫が博麗の巫女の元へ訪れるのは別段珍しいことではない。
巫女の監督権は全て彼女が牛耳っているし、その立場上の関係もかなり深い。少し考えれば八雲紫が博麗神社に来た理由の仮説がいくらでも浮かび上がってくる。
その中でも一番有力なのは──今回の異常気象が異変であることを先月に賢者様たちによって発表されたにも関わらず、それでもなお動こうとしない巫女にとうとう八雲紫が業を煮やした……といったところかしらね。
まあ、あくまで仮説は仮説でしかないんだし、素直に彼女たちの言葉の風を聞いてみよう。今度は八雲藍にバレないよう警戒しながらね。
〜〜メモの擲り書き〜〜
二人は少しだけよく分からないことを話した後、予想通り異変のことについて話し始めた。その内容については色々と思うところがあるが、一度置いておくことにする。
……意外だったのは八雲紫がそれとなく皮肉めいたことを胡散臭げに言っただけに止まり、あまり巫女を急かさなかったことだ。
いや、見方を変えれば急かしているようにも見える……のかしら? 逆に謎を残していったような奇妙な言動だった。やはり何を考えているのか分からない。
するとここで八雲紫が唐突に話を断ち切ってスキマへと潜った。それに八雲藍が即座に追随し、跡形もなく颯爽と消える。
場には釈然としない様子で立ち尽くす巫女の姿だけが残った。
あやや……一体何事でしょうか?
取り敢えず追ってみますかね。
八雲紫たちの居場所はすぐに分かった。
というもの、彼女たちは博麗神社すぐ横の何もない森にいた。こんなに近いんじゃ飛んだ気にもならなかったわ。
さて、八雲紫は見知らぬ少女と話していた。
あれは、妖怪? 幽霊かしら?いや、まずそれ以前に幻想郷では見かけない顔ね。外の世界からやってきた類いの輩だろうか?
一番に目に付いたのは携えている物騒な二本の刀とその鞘。
一本は背丈に合わないほどに長い。椛の使ってるそれとあまり長さは変わらないと思うんだけど、所有者である彼女の背の低さが刀を実物よりも長く錯覚させる。少々不格好とも言えるわね。
もう一本の刀は彼女によくフィットした、俗に言う小刀サイズだ。しかし戦闘で使うには力不足に思える。護身用だろうか?
また少女の周りには大きな人魂のようなものがふよふよと浮遊しており、薄っすらと白い靄のような光を放っている。
幽霊っぽいけど……若干の生の気配を感じる。多分普通の種族じゃないわね。
手には小ぶりの袋を大事そうに掴んでいる。その袋からほんのりと優しくて温かいものを感じるわ。まるで春風……。
なになに? ……どうやら少女の名前は”ようむ”と言うらしい。苗字であるか名前であるかは不明。語感的には名前だと思う。
ここを彷徨いていた理由は散歩らしいが、その余裕のない素振りを見れば嘘であることは一目瞭然。嘘が苦手なタイプなのだろう。
もちろんそれを八雲紫が見逃すはずもなく、場を静寂が支配する。……そして重圧。張り詰めた空気が雪を伝播してこちらにまで伝わってきた。
発生源は……八雲藍と幽霊少女ね。その両者の間で八雲紫は涼しげな表情を浮かべている。したり顔……には見えない。
目的を知る者と目的を知られた者、両者がどういう行動に出るのか非常に興味深い。
それにどうにも、あの謎の少女はキナ臭い感じがするのだ。私の勘がそう訴えかけてくる。……というよりほぼ確信ね。
今までの八雲紫と八雲藍の発言を思い返せば、自ずと事態が呑み込めてくる。
幻想郷であまり見慣れない奴が、よりによってこんなタイミングで春を集めるなんて疑わない方がおかしい。
やはり八雲紫は異変の真相をすでに暴いていたのね。そして巫女が動かないことを確認し、ついに自ら異変の鎮圧に乗り出したと。
まさかこんなところでこの異変の黒幕を拝むことになるなんて……彼女を尾行して正解だったわ! 特ダネ入手よ!
さて異変の黒幕は分かったし、あとはその黒幕の無様なやられっぷりをカメラに収めてやれば……うん?中々始まらないわね。
黒幕だって分かってるならさっさと叩きのめせばいいのに。ホント、年老いた妖怪というのは回りくどくて、まどろっこしいものだ。
あやや? 八雲紫が何か話して────
〜〜メモの擲り書き〜〜
現在、私は冥界にいる。
幻想郷から姿を消した八雲紫を追うために、椛やら引き篭もりやらの力を借りてこの場所を特定したのだが……今はそんなことどうでもいい。
下手すれば今回の『春雪異変』は、先の『紅霧異変』とは比較にならないレベルの異変に発展するかもしれない。
とんでもないことだ。これはとんでもないことだ。
思わぬ情報に顔のにやけが止まらないわ。しかもしかも、この情報は我が『文々。新聞』が独占している!
こりゃ新聞大会どころか、永世殿堂入りものの新聞が作れるわ!
……今回は流石に真面目な感じで固めた方が良さそうね。事が大きすぎる。
本当はもっとあることないことを記事に盛って、もっと凄い新聞を作りたいんだけど……下手すれば今回の『春雪異変』は、先の『紅霧異変』とは比較にならないレベルの異変に発展するかもしれない。しっかりと真実を幻想郷の皆に届けなければ!
それに盛る必要もないくらいにネタが充実してるし!八雲紫サマサマね!笑いが止まらないわ!
さあ、早速帰って記事を刷りましょう!
〜〜空白〜〜
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霊夢は鼻頭の冷たさで目を覚ました。
障子越しから外を見てみるが、溢れる陽光は白雪に反射して輝きを増す一方で、幽かな温もりを感じないほどに弱々しい。
今日もまだ、異変は続いている。
だが、霊夢は大して気にした様子もなくゆっくりと起き上がった。今日は参道の雪掻きをするつもりだ。巫女として最低限の仕事はせねば。
しかし布団の包み込むような温もりの恋しさに負けてしまい、霊夢は身を震わせて布団に潜り込んだ。
冬場の寝起きは辛いものだが、同時に心安らぐ至福の時とも言えよう。
あと数分だけ……このまま────
「うぉぉい、霊夢ゥーッ!!」
──ドンッ、とミサイルが着弾したような騒音とともに、騒がしい声が閑寂な空間を切り裂く。そして勢いよく障子が開け放たれた。
流石の霊夢もこれには飛び起きた。
「な、何よ魔理沙……って寒い寒い!障子を閉めてちょうだい!早くっ!」
「それどころじゃないぜ。お前、ブン屋の新聞をまだ見てないのか!?」
魔理沙はぽいっ、と手に持っていた新聞を霊夢へ投げ渡した。
新聞の右上欄には『文々。新聞』の文字。霊夢は身を震わせながら魔理沙を罵倒した。
「ふざけんじゃないわよ!あんなマスゴミのくだらない嘘っぱち記事を見せるために私を叩き起こしたの?あんた……覚悟はできてるんでしょうね?」
「待てって!取り敢えず中身を見ろ。文をとっちめたが、どうにもマジみたいなんだ。こーりんも写真は本物だって……」
霊夢はため息を吐きながら文々。新聞へと目を落とす。そして一番でかでかと載せられている記事を読んでみた。
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【激震!八雲紫 春雪異変に加担】
射命丸の筆速は幻想郷最速。
次回はゆかりん視点