幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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あと4話くらい


アウトサイダーの呉越同舟

 

 

 

「あーもう、ダメだってば! それ以上進むんじゃないよ!」

「断る。その様子だと紫も相当焦っているようね?」

「ぐぬぬ……生意気な巫女め」

 

 紫の傀儡は諏訪子を除き全員排された。

 一時的には7人まで膨れ上がっていたあの恐るべき陣容は、紡がれた絆に導かれし者達による捨て身紛いの足止めで機能不全を起こしている。

 この機を逃すわけにはいかない。

 

 一方で最後の壁となる諏訪子は手加減無しの全力で霊夢と相対し、幻想郷の想いと自身の激情に後押しされた破竹の勢いを何とか留めんと奮戦していた。

 

 流石は日本最恐の土着神と言うべきか、夢想天生を使わない場合での最強形態の霊夢から一歩ずつ後退しつつも、簡単には抜かせない。

 比較的後方での戦闘を心掛けていたのが功を奏したのだろう。着実に溜め込んだ呪をふんだんに解放するだけでなく、土着神としての坤を創造する力をもフルに使い霊夢の行先を阻み続ける。

 

 しかし、その悉くを霊夢は乗り越えていく。

 その目には既に紫を捉えている。

 

「どれだけ足掻こうと私は紫を逃さない。地獄の底までも追いかけて連れ戻す!」

「嫌だ、そんなことは許さない。私は……今度こそ家族と一緒に暮らしていくんだ」

「そう。悪いけど、私も同じよ」

 

 並々ならぬ事情があるのは理解している。

 フランドールは傀儡達の願いを『本音ではない、心に秘められたもの』だと言った。

 家族と暮らしたいという、日本最恐の土着神としては余りにも人並みな望みは、きっと本来であれば他ならぬ本人が否定し、心の奥底にしまい込む類いのもの。

 最終的には諏訪子の命と共に葬られてしまったけれど、確かに存在していたのだ。

 

 もはや、その願いは紫と共に歩む事でしか成し遂げられない。だから邪魔者への敵意は高い水準で保たれ続けている。傀儡とて必死なのだ。

 

 だから霊夢は気持ちをいっそう熱く激らせる。

 自分の願いだって負けていないのだと示す為に。

 

 願いとは常に一方通行。己が願いの成就の先には、無碍にされた誰かの願いがある。

 それでも全員、前に進む事を目指すしか無い。それがこの世界の理である限り。

 相反する願いの両立、実現。そんな奇跡は到底起き得ないのだから。

 

 

 故に。

 その無理を塗り替える奇跡を起こし、一石を投じることができれば、理は大きな波紋を見せる。

 それは他ならぬ八雲紫が既に成し遂げた事だ。その()()()()にできぬ謂れはない。

 この世の理をコケにするのは紫だけの専売特許ではないのだ。

 

 東風谷早苗、境界突破。

 

「や、やったぁ! いけたっ!」

 

「さ、早苗ぇ!?」

 

 早苗が現れたのは、なんと幸か不幸か諏訪子と霊夢が火花を散らすホットスポットのど真ん中。

 何の前兆もなく出現した場の趨勢を書き換えかねない存在に、霊夢は思わず眉を顰め、諏訪子は口をあんぐり開けたまま硬直してしまった。

 

 補足すると、紫の支配する世界に侵入した際の着地点は一定では無い。紫擬きの残した道標を辿って進めば霊夢のスタート位置──紫擬きが死亡した場所に現れるが、それ以外はランダムである。

 つまり、早苗はあろう事か確実なルートではなく、一か八かの方を選んだ事になる。

 

「霊夢さん! お待たせしました!」

「待ってないわ。えっと……なんで来たの?」

「酷い!? そんなの決まってるじゃないですか。頼れる援軍というやつですよ」

 

 霊夢は顔を覆いたくなった。

 百歩譲って、レミリアにさとり、萃香や幽々子の参戦は頼りになるだろう。流石の霊夢もこの状況においては否定できなかった。

 一方で早苗に関しては、正直期待外れ、足手纏いな印象が否めない。コモンレアである。

 

 しかし! 早苗とて無策で駆け付けたわけではない。

 

「此方に赴く前に神奈子様からありったけの加護をいただきました。泣くだけのお荷物だったかつての東風谷早苗はもういません! 今の私は──スーパーミラクル現人神ッ」

 

 漲る神力を無闇に振り翳しながら高らかに宣言。霊夢は頭を押さえたい気持ちでいっぱいだった。

 だがその傍ら、諏訪子は明らかにたじろいでいた。

 早苗と目線を合わせようとせず、やりにくそうに後退る。

 

「……やっと会えましたね諏訪子様。この日が来るのをずっと待ち侘びていたました」

「それ以上こっちに近付くな、今すぐ現実へ帰れ。お前を、殺したくない」

 

 重厚な殺意を滲ませ凄む。

 しかし早苗には通用せず、脅しに屈する事なくどんどん前へ進んでいく。

 

「私の命は元より、諏訪子様とお師匠様のおかげで繋がっているようなもの。お二人を救う為なら……この命、喜んで捧げましょう!」

「この、おバカ……ッ!」

 

 至近距離まで近付かれた諏訪子が取った行動は、迎撃でも静観でもなかった。

 背を見せての敵前逃亡。一目散に紫のいる方向へと駆けて行く。早苗を手にかけたくない諏訪子による苦肉の選択だった。

 

 何はともあれ、チャンスだ。

 巫女袖を捲り上げ全力疾走を開始する。

 

「追いかけましょう霊夢さん! このままお師匠様の下へ一直線です!」

「……そうね」

 

 霊夢としてもそうする以外の選択肢は無かったので、素直に頷く。

 ただし内心では「本当にこのまま最終決戦に突入するんだろうか」と一抹の不安を抱いていた。

 

 

 

 

「藍、橙、もういいわ。解放された潜在能力は完全に定着した。これ以上の強化は悪影響しか出ない」

「はっ、かしこまりました」

「は、はい」

 

 声音には冷たさが含まれていた。

 踊りを止めさせるのと同時に、2人に与えていた『爾子田』と『丁礼田』を回収し、元の持ち主である隠岐奈へと返還。八雲と摩多羅のあるべき形へと戻した。

 

 空間の裂け目から腰を浮かし、眼下を眺める。

 当初の想定より遥かに多い人数での侵入を許している。恐らく、これからも増え続けるだろう。

 その原因が自身の計画の甘さによるものなのか、それを判別する時間すら惜しい。

 一つ確実に言える事は、幻想郷側は侵入手段を確立しつつあるという事。

 非常によろしくない。

 

 宿敵、同僚、親友。錚々たる顔触れではあるが、まだ紫の方が強い。

 しかし、彼女達の執念が計画を大きく狂わせたのは事実であるし、何より本命であろう霊夢と何故か早苗が、自分達の陣取るビルの真下に到達している。

 

 藍としてもこれ以上は看過できない。

 

「紫様。私が芽を摘んで参ります。御命令を」

「うーん……橙は?」

「橙は紫様の身辺警護です。こうして不測の事態が連続している以上、紫様と今回の要である摩多羅様をノーガードという訳にはいきません」

「私もその方が助かるな。仮に妨害を受ければ作業はまた一からになるぞ」

 

 菫子のバックドアーから力を抜き出しつつ、片手間に隠岐奈は言う。この一連の戦闘において、菫子と隠岐奈は紫陣営での一番の急所である。万が一の無きよう周りを固めるのは当然の判断。

 

 だが紫は首を横に振る。

 

「藍、貴女が此処を離れるのは許可しない。やるなら八雲全員で迎え撃ちましょう」

「し、しかし……」

「霊夢とAIBOの足掻きが我々の完璧な備えを打ち崩した、それだけの話よ。あれだけ見事な反抗を見せられては、私も腹を括るしかないですわ」

 

 むしろ、霊夢にとってはここからが真の難所だろうと、扇子に隠された顔はほくそ笑む。

 フラン達には悪いが、傀儡の波状攻撃はあくまで前座。アレを乗り越えない限り、八雲紫への挑戦権など存在する余地もない。

 傀儡は多種多様な矛だった。ならば藍と橙は、矛を兼ね備えた盾だ。全てを貫き通し、全てを跳ね返す八雲紫が誇る最強の障壁。

 

「橙、覚悟はできているね?」

「……藍さまから作戦を聞かされた時から、既に」

「そうか。偉いぞ」

 

 いつもならその覚悟を褒め称えて頭を撫でてあげるところだが、今の橙にそれは失礼になるだろうと、藍は寂しげに笑いながら手を引っ込める。

 今、2人の立場は対等となっているからだ。

 

 そんな式達のやり取りを流し目に見ていると、隠岐奈が口を紫の耳に寄せる。

 

「確かにお前とお前の式神がいれば博麗霊夢を斃せるだろう。しかしその他はどうなる? お前が先ほど言ったばかりじゃないか」

「ああ、更なる増援ね」

「巫女と、助けに来る面子によっては苦しい戦いとなるかもな。最悪を想定しておくといい」

「ふふ、何を馬鹿な。私が負けるとでも?」

「勝ち負けがお前の全てではなかろう」

 

 隠岐奈の言葉にほんの少しの恥ずかしさと、感心が込み上げる。

 やはり賢者と謳われる者達の頭は出来が違うようだ。もっとも、それが故の傲慢が彼女の身を滅ぼしたとも言うのだが、愚者と形容するには思慮が深過ぎる。

 

「では当然、貴女の思う最善手を提示してくれるのよね?」

「簡単な話だ。援軍の供給源を潰してしまえばいい。単純明快だろう?」

「……」

「できないとは言わせんぞ。お前がやっているのはそういう事だ」

 

 愚者を自覚する紫でも秘神の意図は容易に汲み取れた。そして自らの心に込み上げた一つの想いもまた、改めて理解するに至る。

 

 隠岐奈の言う通りだ。

 幻想郷そのものを潰してしまえば、これ以上の援軍は現れないだろう。帰る場所を失った霊夢達の戦意喪失も狙えるかもしれない。なるほど、最善手だ。

 

 他ならぬ八雲紫の手で幻想郷を破壊する。

 残酷な話だが、そもそも紫が現在進行形で行なっているのも幻想郷を破壊する行為である。直接的か、間接的か、いずれかの違いしかない。

 

「甘ったれるな。勝負は水物、最後に事を決めるのは想いの強さだ」

「幻想郷を壊す事で覚悟を示せってことよね。……分かったわ。とくとご覧にいれましょう」

「楽しみにしているよ」

「意地悪ね」

 

 快活に笑う隠岐奈と、冷たい眼差しを向ける紫。まさに対照的な2人。幻想郷を守り、育んできた賢者にあるまじき行為だった。

 心を落ち着けるべく深呼吸。

 

 スペルカードをスキマから取り出しながら考える素振りを見せるが、結論は既に決まっていた。

 災厄と混沌の坩堝たる幻想郷を滅ぼすのなら、並大抵の戦力では役者不足。紫が切る事のできる手札の中でも最強クラスの物を用意しなければ。

 ならば彼女しかありえないだろう。

 

 繰り出すは彼女を模倣した規格外のスペル──『トリニタリアンファンタジア』である。

 自身に属する幻想の存在を3体まで現世に呼び出す召喚詠唱。傀儡制御の難度に目を瞑ればデメリット皆無の反則技だ。また今回に限れば意図的に傀儡を暴走させるのが目的なので寧ろ好都合なまである。

 

 今、幻想郷に最強の刺客を解き放った。

 隠岐奈や正邪が主犯となり起こした幻想郷同時多発異変を超える敗亡の嵐になるかもしれない。援軍を寄越す暇などもはやなかろう。

 さて、どうなるか? 

 

 スペルの発動を確認し、続いて霊夢と早苗への対処に動く。切り札その二の出番である。

 

「あの子達に最後の試練を課すわ。藍、準備を」

「例の技でございますね? では、恐らく霊夢も早苗もただでは済まないでしょうね」

 

 得心したように頷き、主人と並び立つ。

 全てを出し切り、どんな手を用いてでも勝つ。

 

 八雲紫への挑戦権を賭けた熾烈な攻防は、遂に佳境を迎える事となった。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 壊乱。

 

 数刻前まで戦場を映す水晶に釘付けになっていた観客達は、秩序を失ったように慌しく動き回っていた。異様な雰囲気が博麗神社を包んでいる。

 

 但し、迷走している訳ではない。少々のパニックはあるが、それに思考を奪われてもいない。

 海千山千の強者達が一丸となり、この戦いの当事者として為すべきことを為そうとしているだけだ。

 

 中でも特に成果を挙げた3人。

 紫を裏切った挙句内部情報を続々とリークし、境界に穴を開けた青娥娘々。

 幻想郷の各地から八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)を的確に収集するナズーリン。

 そして、自分の普通ではない立場を利用し、起死回生の決断を行なったアリス・マーガトロイドである。

 その成果が伊吹萃香、西行寺幽々子、茨木華扇の参戦。そして東風谷早苗の独断に繋がった。

 

「よくやってくれましたナズーリン! 成功ですよ!」

「してくれなきゃ困るよ……」

 

 星の褒め言葉に応える元気がないほど、ナズーリンは消耗していた。ロッドを地面に突き立て、息を荒げながらも探知を続けている。

 この広い幻想郷からガラクタ同然の物体を的確に探し当てるのには、尋常ではない集中力を要する。それを三つも短時間のうちに探し当てたのだ。大活躍である。

 

 幽々子に授けたのは、紫が賢者会議の際に勢い余ってへし折った愛用の扇子。

 萃香に授けたのは、八雲邸跡地の地下に埋まっていた小さな筒状の物体。

 華扇に授けたのは、人里の空き家に放置されていた、焼き焦げたハードカバーらしき物。

 

 扇子はともかくとして、あと二つと八雲紫にどのような繋がりがあるのかは分からない。しかし、ナズーリンの能力が指し示した以上、ただならぬ物であるのは明らか。

 現にそれらは八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)としての役割を見事に果たしてくれた。

 

 なお早苗に関しては、なんと手ぶらでの境界突破を果たしている。

 並ならぬ幸運があったのもそうだが、彼女自身が紫との繋がりを持つ存在。東風谷早苗という八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)と化していたのだ。

 ただ乱入については神奈子達から強く制止されていたが、強引に振り切っている。

 

「済まないけど、ブツはまだまだ必要になる。引き続き捜索を頼むよ」

「まったく、鼠使いの荒い兎だな……。おっと、反応有りだ。んー確か、香霖堂って名前の古道具屋だったかな? そこから八雲紫との繋がりを感じるな」

「よし私に任せろ。すぐ店主から奪い取ってくる!」

 

 報告を受けるなり、魔理沙は箒に跨った。怪我人だからという理由で引っ込んでいられるほど、現在の状況は楽なものではないから。

 魔理沙だけではない。満身創痍だった文に椛も精力的に活動している。

 

「──見つけました。髪色が異なりますが、間違いなく稀神正邪ですッ!」

「よしナイス千里眼よ椛。さあ、動ける奴ら全員で捕まえに行きましょう」

 

「針妙丸様! リーダーに会いに行こう!」

「うん! 今度こそ絶対に逃がさないんだから!」

 

 文の号令と共に元草の根の妖怪達が駆け出した。捕縛しに行く、というよりも、針妙丸達にとっては迎えに行くという感覚に近い。

 

 正邪に拘る理由は単純明快であり、彼女の持つ八雲紫の私物を狙ってのものだ。

 反幻想郷連合の頭目として活動していた際、今は無き八雲邸の空き巣を行い、幾つかの呪具を回収しているらしいので、それを譲り受けるためだ。

 

 その情報源である()()()は善良な笑みを浮かべ、下手に出ながら胡麻を擦る。

 紫から正邪、そして紫。極め付けは幻想郷を守護する側への転身。

 あまりの変わり身の早さに元同僚の天狗達はドン引きしていた。節操が無さ過ぎる。

 

「正邪様であれば一つや二つの八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)を所持しているでしょう。そこまで強くもないですし、まさに狙い目でございますよ」

「そ、それはいいんだけど……」

「ふふ、私が忠誠を誓うのはこの世で飯綱丸様と天魔様の御二方のみ。全ては八雲紫の横暴を阻止せんが為の行動だったのですよ」

「いやまあ妖怪の山に戻りたいっていうなら受け入れるけどさ。飯綱丸さんが生きてたのも驚きだし」

 

 釈然としない表情ではたては呟くのだった。

 典の真の目的は、八雲紫に奪われていた飯綱丸龍の能力と存在の陰を返還してもらうこと。その為に紫の手先として暗躍し、様々な勢力に取り入って情報を横流ししていた。

 

 菫子の確保と共に契約は履行され、晴れて先ほど、主人の復活に必要な物を集め終えた。

 後はこれらの苦労を無に帰させないよう、協力関係にあった八雲紫に反旗を翻し、計画を頓挫させれば完璧だ。一から十まで龍のための行動である。

 

 なお一つ補足すると、典の忠誠は龍1人だけに向くものであって、天魔(はたて)に対する感情は皆無である。棚ぼたで成り上がった天狗の若造ぐらいの認識だ。

 利害が一致するうちは非常に使い勝手の良い駒。それが管牧典という忠臣(下賤な狐)の正体である。

 

 

 

「まったく……此処はいつの時代も性根の腐った者が多過ぎる。私の説法は効果無しですか」

「地獄や畜生界の方がマシだと思えるのは凄いですよねぇ。私もつくづく思いますよ」

「トップがあれでは仕方ないと諦めたくなる気持ちもありますがね。あの者ほど馬耳東風という言葉が似合う者も然う然ういないでしょう」

 

 立ちはだかる困難を乗り越えるべく清濁併せ呑む方針を取った幻想郷に対し、一定の理解は示しつつも、やはり納得がいかない様子で難しい顔をする者がいた。

 四季映姫・ヤマザナドゥこそ、その最たる人物である。

 

 幽々子からの要請を受け、職務を放り出し慌てて幻想郷に出てみればこの始末。

 映姫は紫の事情を知る数少ない人物であるため、驚きは比較的軽かったが、それはそれとして大いに呆れ返った。

 紫の記憶が戻ったのだとしても、現在のような凶行に走らないないようしっかり説法を行ってきたつもりだ。しかし聞く耳を持たない紫には無用の長物である。馬の耳に念仏。

 

 だがそれでも、映姫は諦めずに手を尽くすつもりだった。それが俗世との隔たりを重視する閻魔にあるまじき、今回の積極的な協力に繋がったのだ。

 

「説法以外で閻魔様に感謝したのは初めてですよ。ご助力に深く感謝します」

「嘘は吐かなくてよろしい。それよりも貴女は自分の役目に集中しなさい」

 

 戯れ合っている暇など無いと言わんばかりの態度に対し、てゐは和かに頭を下げるだけ。

 華扇が実動要員として居なくなったので、繰り上がりで全体指揮を取ることになったてゐだったが、そんな彼女が呑気に話しているのはどうにも緊張感が感じられない。

 

「嘘じゃないさ。感謝をしてるのは本当よ。閻魔様とそこの死神の能力が『境界を操る能力』に対して一方的な有利を取ってくれたおかげで、境界の突破に繋がったんだから」

「まあ、ね。そこに転がってる邪仙の代わりにしかならないけど、そう言ってくれると飛んで来た甲斐があったってもんだ。ね、映姫様」

「むぅ……」

 

 満身創痍な状態で境内に転がる青娥を全員が一瞥する。レミリアとさとりを境界の先に送り出した際に力を使い過ぎてしまったのである。

 同じく、華扇達を転送した映姫と小町もそれなりに疲れていた。3人は次の更なる人員を送り込むために、力の回復に努めているのだ。

 八雲紫が用意した境界は、やはり相応の対価が必要になってしまう。

 仮にアリスの『ツテ』がなければ相当苦しい事になっていただろう。

 

 生死の裁きを司る身としては、いま青娥を捕まえて地獄に突き落としてやっても良かったが、状況が状況なので半ば見ないフリをしている。

 それよりも大切な事が間近に迫っていた。

 

「話を戻しましょう。この難局、生半可な指揮では切り抜けられませんよ。分かってる?」

「勿論、全て想定済みさ。戦争において敵の後方支援から叩くのは定石だからね。寧ろ紫にしては策謀が些か王道に寄り過ぎだな。もっと凄い奇策を見せてくれると思ってたからガッカリだよ。さては本調子じゃないな」

「何と言いますか、信頼しているのですね」

「長い付き合いだしねー」

 

 竹林の賢者因幡てゐにとって、この程度の相手であれば百戦危うからず。

 敵を知り、地の利、人の利、天の利を掴む彼女に負けは存在しない。少なくとも引き分け以上には持っていける確信があった。

 

 だが、映姫と小町の難しい顔は変わらない。

 

「しかし八雲紫も遂に思い切った手段を取ってきやがりましたね。幻想郷を破壊する気満々じゃないか。自分の作った世界に対して未練が無い。こりゃ、上手く此方に連れ戻せても意味がないんじゃ?」

「いや、アイツは未練たらたらだよ」

「ん? でもこれは……」

 

 困惑気味に小町が呟く。

 

 数分前、幻想郷の北西、西端、南東に3柱──否、1人の傀儡が解き放たれた。

 この報せを聞いた時、映姫と小町は幻想郷の終焉を悟った。ついでに鈴仙も泣き叫んだ。もはや抗う手立ては存在し得ないと。

 そんな諦念の気持ちを抱いてしまう程に、あの神は──ヘカーティア・ラピスラズリとは圧倒的であり、文句無しの最強に位置する超越者なのだ。

 

 ヘカーティアというカードを切った以上、紫の幻想郷に対する温情は皆無であると判断した。

 しかしてゐは否定する。

 

「幻想郷を吹っ飛ばすつもりなら、少なくとも巫女が侵入した時点ですぐにヘカ何某とやらを投入してきたさ。いつもの紫にはない手緩さだ」

「でもあの地獄の女神だよ?」

「それに、そもそもこの世界を一からリセットするつもりなら、記憶が戻った時点でさっさと姿を眩ませてしまえば良かったんだ。でもアイツはのこのこと姿を現して、幻想郷の賢者としての職務を遂行している。何もかもが中途半端だよね」

「へぇなるほど」

 

 てゐの分析に小町は感心したように声を漏らす。確かに言われてみれば紫の行動には不自然な点が明らかに多い。ヘカーティアの存在感に圧倒され思考が先行し過ぎたかと、映姫も同じくして認識を練り直した。

 

 ただ得意げに語っているてゐだが、実際はさとりと紫擬きの会話を盗み聞きしていただけである。あの2人は早々に紫の思考分析を行っていた。

 当然、てゐ単独でもいずれはその結論に辿り着いただろうが、この短時間で結論付ける事に成功したのは、以上の要因が大きかった。

 

 まあそれはそれとして、ヘカーティアの対応には幻想郷側としても最大級のアクションを取る必要があり、煩わしい限りではあるのだが。

 だがありがたいことに、現在の幻想郷には過去最高水準で戦力が揃っている。

 自分が賢者に選ばれた頃とは凄まじい違いだ。紫が残した影響力はもはや幻想郷に留まらない。

 

「さあて、これが私達に許される幸運の最大値。後は人事を尽くして天命を待つってところかな」

 

 

 

 

 幻想郷北西部。無縁塚にほど近い再思の道、その最奥。紫色の桜舞い散るこの地は、幻想郷を構成する結界の交錯地であるということで常に境界が曖昧となっている。

 冥界とも密接な関わりのあるこの地ほど、地獄の女神再誕の場所として適切な場所は無い。

 降り立ったのは青髪と母なる地球を携えた女神。

 

 地球、異界、月。3人のヘカーティアによる幻想郷縦横断。目につく『敵』を容赦無く殲滅し、博麗神社での合流を目指す計画である。

 地球担当のヘカーティアは組み込まれた術式を面白そうに眺めた後、行動を開始、南下を始める。

 

 否、始めるところだった。

 

「ここから先に進む事は罷りなりません。どうぞ地獄へとお帰りください」

「ふむ、仏の道を往く尼僧の言う事とは到底思えないが、良い啖呵だ」

「破戒僧ですので」

 

 再思の道を塞ぐように、聖白蓮と豊聡耳神子の二大巨頭が立ちはだかる。

 その背後には門下の雲居一輪、村沙水蜜、そして再度冥界から脱出した物部布都も控える。

 全員が女神との戦力差に慄きながらも、物怖じしない態度でそれぞれの得物を構えた。

 

 さらに、無数に降り注いだ御柱がつっかえ棒となって、魔法の森へと続く退路を塞いだ。下手人は当然、蘇った戦神八坂神奈子。

 博麗神社へは決して通さないという不退転の意思の表れである。ここに居る全員から同意を得ての、背水の陣だった。

 

「さて……ここまで分の悪い戦いは初めてだが、どうなるかね?」

「お主は先ほど早苗殿に力を分け与えたばかりであろう? 問題ないのか」

「神の力はいくら分けようと減らないのです。いわば早苗は私の分社になっているようなもの。全開で戦えるから安心して欲しい」

「なんとなんと! それを聞いて安心しましたぞ」

 

 布都はわざとらしく仰天する。

 初めて聞いたような物言いだが、古代神道の祭事を司っていた彼女が知らない筈がない。敢えて神奈子が全開で戦える事を自然な流れで周知させ、知識がないであろう仏門勢に情報伝達を行ったのだ。

 事実、一輪と水蜜は「ほぉ〜」と感心したように頷くばかりだった。

 

 相変わらずな腹心の様子に笑みを溢しながら、神子はヘカーティアを伺う。

 欲は確かに感じるものの、酷く歪だ。自然な状態でないことは明らか。そもそも、興味深げに此方を見遣るだけで、ヘカーティアは一言も言葉を発さない。

 

「どうやら雁字搦めの制約を受けているようだな。これでは西洋魔術の詠唱も儘ならないだろうに……叛逆を恐れた措置? 案外小物か」

「やはり八雲紫は噂に違わぬ悪辣な妖怪。……正さねばなりませんね」

 

 好き勝手言う2人に神奈子は曖昧な笑みを向ける。ノーコメントである。

 

 こうして、幻想郷では比較的新参、これからを牽引していく三大新興宗教のトップが並び立ち、最強の女神へと挑む構図が出来上がった。

 ここらで存在感を見せつけて、今後の幻想郷での活動を円滑に進めていこうという打算は当然存在した。それ込みでも、大変頼りになる。

 

 ある意味ではこれも宗教戦争。

 神道&道教&仏教VSギリシャ神話である。

 

 

 

 

 無縁塚では三竦みの宗教が手を取るという打算と善意による奇跡が起きた。

 そして他二ヶ所でも同等の、若しくはそれ以上の目を疑うようなタッグが誕生していた。

 

 此処、幻想郷の西端は、かつて太陽の畑と呼ばれる肥沃な大地が広がっていた。

 しかし現在は霧雨魔理沙と風見幽香の激闘による影響で荒廃してしまっており、不毛の荒野が延々と続く魔境と化している。

 穿った見方をするなら、そこそこ大袈裟に暴れても壊れる物は何も無いのである。

 

 両者共に展開される暴力の嵐は、互いの間に存在するあらゆる物を完全消滅させるに至る。

 

 思いがけず現れた未知の強敵に、赤髪──異界担当のヘカーティアは口の端を吊り上げる。自分に対して真っ向からの火力勝負を挑み、張り合ってくる存在は初めてだ。

 何処のどいつだろうかと、目を細めた。

 

 対してその相手──暴虐の化身、幽香は逆に目を見開いて凄絶な笑みを浮かべる。愛用の傘が拉げてしまう程の莫大な魔力が彼女の周りを渦巻いていた。

 

 隠岐奈との戦いで死亡した風見幽香とはまた違う存在であり、例えるなら『夢の世界の風見幽香』とも言うべき夢幻館に巣食う恐るべき怪物である。

 髪型はロングで、服装もスカートではなくチェック柄の長ズボンとなり異なっている。

 

 そしてその横に並び立つは、ヘカーティアと同じく異界の神。六対黒色の翼を浮かせ、赤いローブと白髪のサイドテールが特徴的な女神だった。

 

 その正体は、己が手で一つの絶対的な神域を生み出した魔界創造神、神綺。

 微細な所作の一つ一つから繰り出される幾多の魔砲には世界を崩壊させるに足る魔力と緻密な術式が編み込まれている。その隔絶された魔法技術は、魔導の祖であるヘカーティアをして激しく心を踊らせる程の領域だった。

 

「腕は全く衰えていないようね。流石は魔界神サマ、勉強になるわぁ」

「節操ないラーニングは相変わらずか。下賤な妖怪に相応しい立ち振る舞いね」

「いきなり呼び出されたと思えばこんな面白い殺し合いをやってるんだもの。余す事なく吸収しないと勿体無いわ。こっちの『私』を殺した秘神とやらも気になるしね」

「もう……」

 

 狂ったバトルジャンキーめ、と内心毒吐く。

 なお、そんな幽香を現世に召喚したのは他ならぬ愛娘のアリスであった為、帰れとまでは言わなかった。一応足手纏いにはならない程度の強さもある。

 

 また神綺が幻想郷の為に力を振るっているのも、アリスからの頼み故だ。

 ある日、魔界の至宝を持ち出して姿を眩ませてからというもの消息不明だった娘からの急な連絡に、神綺は思わずその場のノリで了解を出してしまったのだ。

 その結果、世界最強の地獄の女神と戦わされる羽目になったのだった。しかも怨敵と共に、かつて魔界を破壊した化物どもを輩出した忌むべき化外の地、幻想郷を守る為に。

 

(本当なら私も紫ちゃんと一緒にこの魔境を滅ぼしちゃいたいんだけど、アリスちゃんからの頼みだしな〜。困っちゃうわ〜)

 

 なお、緊迫した状況に対して、内心はかなり呑気していた。今回の騒動を無事乗り切ればアリスが魔界に帰省してくれる約束なのである。

 その為に先ほども、世界と世界を隔てる境界に穴を開けてあげたのだ。一つの世界を管理する者としての権能が役に立った。ただ個人的な感情として、ママ友繋がりの紫に助太刀したい気持ちが多少あったり。

 

 そんな私情に塗れた不純な戦いではあるが、相見える全員が最凶クラスの猛者。

 その様相はまさしく、魔術と暴力の頂上決戦であった。

 

 

 

 

 

 そして、最後の戦場。幻想郷南東部のほぼ全域を占める広大な迷いの竹林でも、地獄の女神と歪なタッグの相対が行われていた。

 有り得ない組み合わせという観点では、恐らく此処が一番だろうか。相手の姿を認めた金髪──月担当のヘカーティアですら明らかに戸惑っていた。

 

 灼熱の憎悪に身を焦がし、月の破滅を画策した金色の災厄。比類無き明晰な頭脳を持ち、月の守護に尽力した白銀の賢者。

 純狐と八意永琳が並び立っていたのだ。

 もしここに月の都の関係者が居たなら、泡を吹いて卒倒していただろう。なお鈴仙は心不全を起こした。

 

「なんという数奇な運命……我が復讐を散々邪魔してきた貴女と肩を並べて戦う日が来るなんて。しかもその相手は我が友ヘカーティア」

「私も少々驚いています。災害と肩を並べ、地上を守る事になるとは。一体どういう風の吹き回し?」

「別に不思議な話では無い」

 

 長年の確執はこの際水に流すとしても、ただ単純に気になった。あの理性を失い暴を振り翳すだけの純狐が、何故こうして幻想郷の防衛に立ち上がったのか。

 しかし純狐は、ごく当たり前のように言う。

 

「私の生涯唯一の友を救いたい気持ちに理由はいらないわ。それに、他ならぬうどんちゃんの頼みですもの。ね、うどんちゃん♡」

「……そうなの? うどんげ」

「ゑ!? そ、そうですけど、これはその……! てゐに言われてやむを得ず……!」

「今回の一件が片付いたら話があるわ」

 

 足手纏いだということで、やや後方に控えていた鈴仙は絶望に打ちひしがれた。

 ヘカーティアが殺し合いの相手という事もそうだし、純狐に付き纏われているのもそうだし、永琳からのお仕置きが確定したのもそうだ。

 

 ただ実のところ永琳は鈴仙を褒めてあげるつもりだった。月の民なら誰しもが震え上がる大災害を手懐けたのだから、その功績は計り知れない。自分の弟子として申し分のない働きであると。

 しかし当の鈴仙からは怯えられてしまい、永琳はちょっとだけ傷付いた。

 

「でも意外と言うなら貴女もそうでしょう。かつては自分の手で八雲紫を殺そうとしてたのに、今となっては他の者に任せて、自分はヘカーティアを抑える役目なんて」

「……姫様の判断です」

「蓬莱山? でも彼女は弱かった筈」

「確かに姫様はか弱いお方。しかしその聡明さは私を遥かに凌駕します。現に今も八雲紫を引き摺り下ろすために策動されています。その邪魔はさせない」

 

 心中を明かしてみれば、案外どちらも納得できる理由だった。永劫に近い時間で積み上げてきた怨みを踏み越えて、今を守る為に力を振るうのだ。

 その心に偽りは無い。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「やった、着いた! 後はこのバカ高いビルを登っていくだけですね!」

「律儀に階段を使う必要はないわ。行くわよ」

 

 ビル内部に侵入しようとしていた早苗を制止し、宙へと舞い上がる。このあたりの意識の違いは空を飛ぶ事への慣れの違いだろう。

 

 いつの間にか諏訪子は姿を消しており、妨害は何もない。迎撃を諦めてしまったのかと思ってしまうほど、素通りで到達できた。

 だが突き刺すような殺気は相変わらず充満している。むしろ、紫に近付くほど増していくばかりだ。

 

 遥か遠方から聞こえる不気味な爆発音は、助っ人と傀儡達の戦闘から発せられるものだろう。それ以外には何も、物音すらしない。

 あまりの不自然さに、早苗は肌の泡立ちを抑えられなかった。

 

「どうしたんでしょう。お師匠様は諦めてしまったんでしょうか? 諏訪子様の姿も見えませんし」

「いや、あの諦めの悪い馬鹿がこの程度で投げ出すとは思えない。何が来てもすぐに対応できるよう、全神経を集中させなさい」

「は、はい!」

 

 とは言うものの、霊夢も困惑していた。

 傀儡7人と繰り広げた激闘が嘘のようだ。もうビルの中間に到達してしまう。

 

 そして──。

 

「ッ!」

「あっ!? お師匠様と藍さん!」

 

 屋上の手摺りを越え、縁に立つ2人の姿が見えた。

 自分達の足掻きを楽しんでいるように、笑みを浮かべて見下ろしている。

 

 と、徐に紫がスキマを開く。

 ようやく迎撃開始かと霊夢は構えを取るが、空間を跳躍し現れたのは、紫色をした球状の物体。

 それを手に乗せた途端、側面からコードのような紐が伸び出て紫の頭と胸に接着する。

 

 まず『瞳』が開かれた。

 

「れ、霊夢さん! アレは!?」

「……見覚えがあるわ。確か、古明地さとりに付いてるやつよね」

 

 通称サードアイ。心を読み取る覚妖怪限定の器官である。だが知っての通り、八雲紫は覚妖怪ではない。なのに何故あんな物を? 

 いや、そうか。霊夢は答えに行き着いた。

 

 アレは、古明地こいしの物か。

 こいしを殺害した旧天魔は、サードアイを奪った。ならばその旧天魔を殺した八雲紫の手にサードアイが転がり込んでいてもおかしくはない。

 さらに、こいしを己の一部とした紫であれば、サードアイを十全に操作する資格を持つ。

 

 ならば繰り出すのは、まさか。

 

 

「想起『蟲姫さまの輝かしく落ちつかない毎日』」

 

「想起『剛欲な獣神トウテツの夕餉』」

 

 

「やられたッ逃げなさい早苗!」

「ひっ……なにあれ!?」

 

 紫が想起したのは、かつての紫の記憶に埋もれていた妖怪の姿。天狗にとっての悪夢であり、恐怖そのものともいえる大蜈蚣(姫虫百々世)の力。

 移動するだけで山脈を突き崩し、大陸を割ったとも伝えられる規格外の妖怪。

 

 そして、紫の想起の術式を式複写でコピーした藍が、自分なりの改良を加え完全再現。畜生の理に身を委ね、欲と破壊に忠実だった頃の親友(饕餮尤魔)の力を形作る。

 大陸の有機物を喰らい尽くし、藍と共に数え切れない程の命を吸い上げた最悪の獣。

 

 それらが少女の姿だったのも束の間で、真の姿とも取れる異形へと成り果てた途端、ビルそのものを遥かに超える巨躯が摩天楼を薙ぎ払いながら、唸り、のたうち、迫り来る。

 全てを喰らう暴食の前には、如何なる手段を駆使しようが無意味だ。

 あんなものはマトモに相手できない。

 

「早苗、私の後ろに!」

「あ、あんなのと真っ向から戦うのは無理ですよ! それよりも、ここは敵の攻撃を敢えて利用して切り抜けましょう!」

「あん!? ……いや、そういう事」

 

 現代社会で暮らしてきた早苗には、幻想郷育ちの霊夢にはない『気付き』があった。漫画やゲームで得られた着想が役に立ったのだ。

 霊夢は早苗を脇に抱えると、『夢想封印 瞬』で高速移動を開始。大蜈蚣の前に躍り出ると、自らを囮として誘導しもう一方の怪物へと進路を変更させる。

 饕餮もまた巫女の姿に反応し、大口を開ける。その瞬間、亜空穴を開き回避。スペル同士を衝突させる事に成功した。

 

 紫と藍の繰り出した想起のクオリティは高かった。故に幻影の怪物は自らの欲に正直過ぎたのだ。

 饕餮と大蜈蚣が互いの肉を貪り、徐々に消滅していく。所詮は奪う事しかできない畜生の末路。実物には及ばない『想起』であったのも好材料だった。

 

「こうも上手くいくとは」

「わ、私もびっくりしました。鳥○先生はやはり偉大なんですね……」

「誰よそれ」

「言っても分からないでしょうから気にしないでください。さっ、今度こそお師匠様の下へ向かいましょう」

 

 危険な賭けだった。

 スペルの性質を見誤っていれば、今頃あの地獄のような空間で延々とすり潰されていただろう。

 いや、それ以前に霊夢の動きから早苗が策を提示するタイミングまで、何か一つがズレていれば成し得なかった成果である。霊夢と早苗の長所が見事合致したのだ。

 

 あれが紫の用意していた最後の切り札であろう事を考えると、それに見合うだけの恐ろしい技だった。

 しかし無事に切り抜けた。それはきっと、とても幸運なことであり──。

 

 

「貴女達が生ける者に刻み付けた恐怖はこんなものではなかった筈。想起せよ、自壊せよ。喰らい尽くせ」

 

 

 ──どんな奇跡も想定内だ。

 

 八雲紫の秘策を1人の犠牲もなく突破するなど許されない。このスペルの真髄はブレイク直後に発生する幻想と幻想のぶつかり合いにある。

 饕餮が喰らい、大蜈蚣が喰らい、互いの肉により満たされた妖力は、スペルカードという名の外殻から解き放たれた時、衝撃波となり駆け巡る。

 

 鮮血のように赤い波動。波状に広がるそれは、眼下の尽くを消滅させていく。

 音速以上の速さで空を翔ける霊夢ですら軽く飲み込んでしまえる程の規模だった。

 

 アレに飲み込まれてしまえば命は無い。博麗の勘に頼るまでもなく明らかだった。

 振り返る暇もなく霊夢は早苗の手を取ると、自身に許される最高速度での飛行に入る。アレだけの規模であれば間違いなく紫の位置も危ない筈。ならばあの周辺だけ安置となるよう調節していると見た。

 

 それしか助かる道はない。夢想天生を使用したところで早苗が死んでしまう。

 

「霊夢さんダメ! 追い付かれる!」

「舌噛むから黙ってなさい!」

「ッ……ごめんなさい」

 

 途端に霊夢の身体が軽くなる。

 繋がれていた手が解かれたから。そして、身体を下から押し上げる突風に吹き飛ばされたから。

 

「大奇跡『八坂の神風』!!!」

 

 吹き抜ける風は虚しかった。

 咄嗟に手を伸ばしたけれど、早苗はもう届かない場所にいた。背後の鮮血が身体を巻き込み始めていた。

 

「行って、ください霊夢さん! 役立たずな私の分まで、どうか……! お師匠様を──」

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……クソ、ちくしょう。どうして」

 

 風に後押しされた勢いそのままに屋上へと不時着し、転がってうつ伏せになる。

 立ち上がろうと手を付き膝を立てるが、震えて上手く動かない。疲労もそうだが、霊夢にとって初めてとなる感覚がチグハグな反応を起こしていた。

 

 自分を送り出した直後、眼前で砕け散った早苗の顔が何度も脳裏を過ぎる。

 守られた。この博麗霊夢ともあろう者が、屈辱だ。

 でももう、怒鳴る相手が居ない。居なくなってしまった。

 

 

「あらら、本当に辿り着いちゃった」

 

 打ちひしがれている暇などないと、追い求め続けた相手が楽しげに笑う。霊夢は震える膝に握り拳をぶつけて、ふらつきながら立ち上がる。

 大丈夫だ、闘志は折れていない。

 

 紫がいて、その両脇を藍と橙が固めている。また、その背後には息も絶え絶えな状態で寝かされている宇佐見菫子と、その力を貪る摩多羅隠岐奈の姿がある。

 無言でお祓い棒を構える。

 

「はぁい霊夢、お久しぶり。前に会った時よりも随分とボロボロになったわね。紅白、というよりは紅煤の巫女ってところかしらね。うふふ」

「黙、れ……」

 

 手に乗せていたサードアイが崩れていく様を眺めながら、ふと首を傾げた。

 

「もう1人巫女がいた筈だけど見当たらないわね。もしかして避けられなかった?」

「……早苗はアンタのことを最期まで慕ってたわよ」

「知っています。しかし、如何なる想いを抱いていても私の下に辿り着けなかったのなら何の意味も無い。この世界に遥々やって来た勇気ある者も、幻想郷で足掻き知恵を絞る者も、結局はただの犬死にですわ」

 

 違う。

 

「そうさせない為に、私がここに居る!」

 

「ならば貴女も無意味に死ぬしかないわね」

 

 

 

 




ヘカーティア(弱体化)(式縛り)(無詠唱)(33%)(変なTシャツ)
デバフだらけ!しかも台詞無し!

なお他従者枠の星、夢子、エリー、クラピですが、みんな博麗神社にそれとなく待機してます。最後の壁となる役割ですね。ただクラピだけはヘカちゃんと戦うのを怖がってます。

早苗とゆかりんの繋がりですが、幻想郷に来る前の一幕で、念話の開通の為に結んだ契約が原因です。
またその時にゆかりんが自分の血を早苗の頬に付けていましたが、それが影響して神奈子等の霊的な存在が見えるようになっています。
ゆかりんの身体は殆どメリーの据え置きとなるので、ゆかりんには『摩訶不思議な物が見える程度の能力』が備わっているんですね。それが早苗にも感染した形です。

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