幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
酸いも甘いも知る老練な幼き吸血鬼は、己の矜持と屈辱を一度捨て置く事にした。
当人にとっては非常に釈然としない事ではあるのだが、レミリアの真価とは他者へのサポートに回った時、遺憾無く発揮されるものである。
最も顕著であったのが永琳との戦い。あの化け物を形振り構わない反則技のオンパレードに追い込んだのは、藍や幽々子の驚異的な戦闘力もあっただろうが、レミリアの運命支配に依る所が大きい。
他にも吸血鬼異変では、仮に魅魔の妨害がなければ、結果は紅魔勢の優位に進んだ可能性すらある。
今回もまた同じだった。
レミリアの支配は遂に神懸かりな領域に到達しつつあり、圧倒的な戦力差を何度も跳ね返す原動力となっている。霊夢の援護へいの一番に駆け付けたのがレミリアであったのは最善手の一つであったし、その後のさとり投入は、レミリアに合わせての人選だったところが大きい。
差し詰めサポートのサポートと言ったところか。
三度目の『想起』を終えると同時に、僅かな立ち眩みと共にさとりの呼吸が荒くなった。しかし連携の乱れに発展するよりも早くレミリアが穴を補填し、霊夢がスピードを緩めて群がる壁を引き付ける。
1人の遅れは即座に全体の詰みへと繋がりかねない。それだけギリギリなのだ。
「どうした古明地。まだやれる?」
「……愚問ですね。こんなところでへばってられますか」
「ならいいけど、死相が見えるわよ」
「元からです」
終わってたまるものかと気炎を吐く。
まだやれる事を確認したレミリアは満足げに発破をかけると、運命の歯車をあるべき形で回すべく戦闘を再開する。
攻防一体。互いの不利を強力な能力で互いに補い、足し合わせ以上の相乗効果を生み出す。
それは、単純な殴り合いでは決して敵わない狭間の存在達に抗う為、必須となる最低条件だが、その点でレミリアとさとりは極まっていたといえよう。
但し、八面六臂の活躍をしているように見える中で、その実情は限りなく窮していた。
霊夢含め3人、特にさとりの消耗が激しい。レミリアの軽口も、さとりの状態を確かめる上での必要なやり取りだった。
本来、サードアイを失ったさとりに継戦能力などある筈がない。今この場に立てているのは、現実と幻想の境目が限りなく薄く、死者すらも存在できるほどに特殊な世界だからこそ誤魔化しが利いているだけだ。
存在しない筈の能力を駆使すればするほど、さとりは狭間に蝕まれ、限界に近付いていく。
しかしこの状況下において、さとりを下がらせる選択肢は取れない。彼女の『想起』の応用による下支えと、『読心』による先読みの共有が無ければ瓦解は必至だ。それに、リスクの高さは既に本人が承知済みである。
だからレミリアも発破に留めた。
生き残る事などハナから微塵も望んでいない。
世界を覆いつくさんとしていた呪の大海は、さとりに利用されるのを嫌った諏訪子の手により消失し、塵芥に塗れたアスファルトが再び表出している。
戦況は陸上戦に切り替わりつつあった。
倒壊したビルの残骸を突っ切り、左右から挟撃の構えを見せるぬえとフランをさとりが予防的に対応。
背後から猛追する妹紅をレミリアがスペルで足止めしながら、こいしを好きにさせまいと注意を配る。
その遥か前方を疾駆する霊夢は、地中を泳ぐように移動し追い縋る諏訪子と激戦を繰り広げつつも、着実に紫との距離を縮めている。
優勢とは程遠い苦難の連続だが、レミリアとさとりが役目を十分に果たせている現状は、あまりにも上出来だ。
レミリアとさとりの主目的は紫と戦う事ではなかった。勿論その望み自体はあるが、それが叶わない事をよく知っていた。
十中八九、紫の下に辿り着くまでに殺されてしまうからだ。悔しいが、強化されたフランとこいしの2人にすら単純な戦力では及ばない姉達に運命は微笑まなかった。
可能性があるのは霊夢ただ1人であり、自分達の想いを含めた全てを託す他ない。
か細い勝利への道を繋ぎ止めるのだ。その為なら自らが捨て石になる事も厭わない。屈辱に囚われる暇など微塵も存在しなかった。
2人の役目。それは、時間稼ぎである。
(本人はああ言っていたけど、古明地の状態が良くないのは明白。アイツが崩れれば私と霊夢の受ける圧力は今の比じゃなくなって、私もそう長くは保たなくなる。それまでに間に合うか?
余裕のある涼しげな表情を変えずに、苦々しい内心と焦りを封じ込める。
戦術面での対応や、局所的な優位はレミリアの差配によって為されている。しかし、戦略面や大局を見越した指示には至らない。運命が不規則過ぎるのだ。
その原因は明白。
八雲紫だ。
運命の輪から外れたイレギュラーの塊が断続的に戦闘への介入を行っているのだから、根本から乱されるのは当たり前か。
ならば更なる不確定要素を呼び込み、全ての前提条件を根底から覆すしかあるまい。
その時が来るまで兎に角耐え忍んで、霊夢をなるべく紫へと近付けておく。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
「チッ、やっぱり不死人に碌な奴は居ないわね。──
「言われず、とも……!」
2人の規格外の大妖怪による乱撃を、読心による先読みと予知を駆使して回避し続ける。一撃でもマトモに喰らえば命がないだろう事は、彼女らから放たれた攻撃の余波だけで明確なビジョンとして叩き付けられている。
倒そうにも自身への危害となる要素を悉く破壊したフランと、不定形かつ不明瞭なぬえに致命傷を与えるのは難しく、仮に苦労して倒せても、少しの時間さえあれば全快で復活してしまう。
であれば、回避盾と妨害に徹する事で攻撃対象を自分に絞らせるのが、最も貢献できる方法だ。
幻想郷の強豪達の中からさとりが2人目の乱入者として抜擢されたのには、確かな理由があった。
「運命『ミゼラブルフェイト』ッ!!!」
レミリアの手元が紅く照らされ、紅蓮の鎖が射出される。凄まじいスピードで飛来した鎖は猛進する妹紅の脇腹を貫き、そのまま巻き付いて身体を囲う。
紅い鎖は対象の運命を縛り付け、停滞と硬直を齎す。その効力の強大さはグングニルに並ぶ、レミリアが誇る反則技の一つであった。
これで妹紅の運命は閉じられた。殺せはしないが、暫くの間は身動ぎもできない。
反転し、次へと意識を向ける。
想定としては、さとりに気を取られているフランを背後から彼方へ吹っ飛ばし、2人でぬえを押さえ込む。その後、霊夢の下に改めて駆け付ける手順だ。
これでさらに戦える。
ここまでは確定していた。
運命をレミリアは掴み取っていたのだから。
あまりにも上手く運び過ぎていた故の弊害。
油断はしていなかった。だが思考に染み付いていた往年の慣れが、レミリアの行動を半ばマニュアル化させていたのが拙かった。
紫の介入により潜在能力の扉が開かれる。
運命は暴力により掻き消された。
「……は?」
「爪符『デスパレードクロー』」
視界の端で飛び散る紅鎖の残骸と、己が肉片。脳裏で崩壊する運命の道筋。
背後から受けたのは妖力を帯びた爪による一閃。それはレミリアの強靭な肉体を何分割にも容易く切り裂き、遥か先のビル群すら粉々に切断する。
妹紅の力が爆発的に上昇し、運命の鎖を力尽くで破壊せしめた。もはや小手先のテクニックは通用しない領域。
永遠の属性を持つ妹紅に負わされた傷は、自然治癒を著しく阻害する。不死と不壊の象徴である吸血鬼の女王レミリアでも、その法則からは逃れられない。
自身の大計が失敗に終わった事を悟った。
「……掴めない、か」
「ッ! いま行きま──!?」
如何に窮地に陥ろうが、レミリアの能力は常に運命を示し続ける。待ち受けていたのは、残酷な結果。
レミリアを救うべくスペルの発動準備に入ったさとりだったが、途端、下半身の自由を失い空中に身を投げ出す事になる。その理由は己の肉眼で確かめるまでもなく、運命が指し示していた。
諏訪子の仕業だ。
自身の内で蓄えていた呪の奔流を瞬間的に地面を這って拡散させ、アスファルトに接着する有機物全てを腐り殺したのだ。今までとは比べ物にならない程の規模とスピードであり、レミリアの思考を読むのが一手遅れた。
相対していた霊夢ですら、その急転に己が身を守る咄嗟の防御しか間に合わなかった。
コンマ1秒にも満たない接着だったにも関わらず、さとりの右足は腐り削げ落ちていく。這い回る激痛に脂汗が止まらない。
助かるには早急に手遅れな箇所を切断し、これ以上の侵食を防ぐしかない。しかし、そんな時間がこの場で許される筈がなかった。
「禁忌『クランベリートラップ』」
「禁弾『カタディオプトリック』」
「禁忌『フォービドゥンフルーツ』」
「喪失『アンノウンカタストロフ』」
「そんな……! 馬鹿なっ!」
禁断の二重詠唱、否、五重詠唱。
分裂した3人のフランドールが同時にスペルを発動し、膨大な量の弾幕がさとりに向け殺到する。
しかし、それですらも狙いの真意は牽制でしかなく、本命はその背後に控える
効果範囲は全域。この空間だけでなく、三界全てに効力を齎す絶対の無差別破壊だった。
(妹紅さんといい、先程までとは何もかも格が違う! 何が起きた? 紫さんは何をした?)
疑問は尽きない。しかしそれに意識を傾けるほどの余裕は、さとりに存在しななかった。
生き残る為の行動が必要だが、もはや死地に向かう以外に方法は見出せない。
眼前を埋め尽くす発光体の群れの全てに『破壊』が付与されている。肉体、精神、記憶……分け隔てなく消滅へと追い込む防御不可のスペル。
もはや先は存在しない事を突き付けられた。
ここまでか。
……いや、諦めるな。最期まで泥臭く足掻くのだ。
(お空、お燐! 私に力を……!)
「ふん、随分と後ろが気になるみたいね? さっきから注意散漫だけど、そんなんじゃ私と相対する事すら能わない! 心構えから出直して来いッ!」
「だから、アンタらに用は無いんだってば!」
「気にせずともアイツらは終わりだ。心置きなく闘争に身を投じよ!」
完全な拮抗。
菊理と矜羯羅の加護により無類の強化を受けたお祓い棒と、力任せに押し込む緋想の剣の鍔迫り合いは時空を捻じ曲げる程に苛烈さを増していく。
比那名居天子と博麗霊夢は知己だった。
月の都の独房で紫も合わせて3人で暇潰しに興じた経歴がある。当然、互いの実力も高い次元で理解していた。だからこそ天子も、霊夢を自分をぶつけるに足る存在であると判断したのだろう。
天子は藍や橙と並び、思考そのものに紫の介入が行われていない稀有な存在である。
ありのままの心で紫に協力しているのだ。
ある意味一番タチが悪い。
助けてやろうとナイフを振り翳したこいしに向かって強く威嚇する。眼力と迫力で大気が震える。
「霊夢との勝負に手出しはさせん! お前達は根暗覚妖怪と吸血鬼の所に行くといいわっ!」
「まったく、勝手な事ばかり言ってくれるなぁ。どうする? こいし」
「お姉ちゃんのトドメは私が刺したいから、向こうに行こっかな。藍ちゃんからも均等に別れろって命令が飛んできてるし」
「藍も容赦ないねぇ。じゃ、私は念の為に待機して、紫への道を塞いでおこうかな」
有り余る数の利を以って戦場を分断し、包囲撃破を狙う心算か。
どうやらいつの間にか傀儡達の操作が紫から藍に移っているようで、なるほど、このいやらしさは確かに藍だと霊夢は納得する。
こいしが消えて、残ったのは天子と諏訪子、そして周囲に能面を漂わせてぼーっとしている変な妖怪の3人。先にレミリアとさとりを潰してしまう気なのだろう。
舐めやがって。
「どうした霊夢! もっとだ、力を込めろ!」
「くっ……この馬鹿力が! アンタ、別に紫から洗脳されてる訳でも無いんでしょ? なんでこんな馬鹿な事に協力してるのよ」
「単純明快! 私と紫の理想が合致したからだ。お前を倒して時を遡ったらまず、天界を滅ぼし、地上を滅ぼし、人類を導き、地をならし、美しい四季を作り、新しい生命を造り、悲しむ事のない心を創り、貧する事のない社会を作り、この世界全てを創り直してやろう!」
揺らめく炎の等身が倍に膨れ上がる。
想いの強さだけ緋想の剣は強くなるのだ。
「私は新世界の神となるっ!!!」
「あーなるほど。アンタは元から正気じゃなかったわね」
「んー……どう思うよこころちゃん」
「解析しました。脳みそ空っぽ気持ちいいぃぃ、という感情で埋め尽くされています」
霊夢は勿論、仲間からの受けも悪かった。
完璧な統率を見せる一方で、霊夢に対して諏訪子とこころを介入させず天子を好きにさせているのは、何処ぞの狐による粛清願望が込められていたりするのやもしれない。
ただ厄介な事にどれだけ馬鹿らしくて低俗な想いであっても、天子のそれは天地を滅ぼしてしまうほどのパワーが込められている。
霊夢にとっては迷惑極まりない。
レミリアとさとりには悪いが、助けに行く暇はないし、本人達もそれを望んでいない事は理解していた。
何せ、霊夢は既に肉眼で紫を捉えている。
諏訪子の呪が障壁となって行先を塞いでいく中、その合間から一瞬見えた遥か先に聳え立つ超高層ビル。その屋上に確かに居たのだ。
式神2人を前に出し、その後方で高みの見物に興じているスキマ妖怪の姿。
更にその背後には見慣れない金髪の女と、俯く茶髪の少女の姿があった。恐らく、あの茶髪が件の宇佐見菫子なのだろう。
もう少し、もう少しで手が届く。
「魔空『夢想封印 瞬』ッ!」
「う、おぉっ!?」
僅かな質量を残す残像。天子の思考が硬直する。
エリスによる身体能力強化魔法の加護が齎したスピードは天子の視線を振り切り、顳顬を横薙ぎに打つことでアスファルトへと頭を強かにぶつけ、何度も転がる羽目になった。
だが霊夢の舞いは次に続かなかった。
勢いのリズムに割り込むように大振りの薙刀が霊夢の頬を掠める。天子がやられる時を虎視眈々と狙っていたのだろう。「こころ」と呼ばれた妖怪──付喪神が躍り出る。
「口惜しや次は私の番だな。我が名は秦こころ! さあ私と最強の称号を賭けて闘え!」
「そんなものくれてやる。どけ」
「投げやりな感情? いやごちゃごちゃ? うぅん……難しい。参考にはできないな」
妖力の質が今までの連中に比べて幾らか艶やかだ。生まれたばかりの妖怪特有のそれである。
霊夢の妨害を遂行できる程度の力はあるようだが、他の傀儡連中と比べれば些か劣るようだった。
まだ自分の存在を上手く確立できておらず、未完でありながら他要素の埋め合わせで完成形へと昇華した狭間の存在には及ばない。
急遽用意された数合わせ要員か?
だが霊夢の勘は視覚から伝わる情報とはまた違う脅威を教えてくれている。真正面からの突破は面倒な事になりかねない。
「……魔空『夢想封印 瞬』」
「『仮面喪心舞 暗黒能楽』」
出鼻を挫く刺突。戦闘を避けようとする霊夢を嘲笑うように、流麗な舞踊に操られる薙刀が的確な軌道で進行方向を阻み、大きな動作を許さない。
まるで自身が演目の一部と化してしまったのかと錯覚するほどだった。
如何なる超スピードを以ってしても振り切ることができない。それもその筈で、天狗避けの性質を含む『暗黒能楽』だからこその対応術だ。
しかも
事実上こころ1人に勢いを完封されてしまっている事は霊夢を大いに焦らせた。
その間にも手が空いた諏訪子は一足飛びで距離を取ると、悠々と紫への道を呪で押し潰していく。さらに地べたを這い蹲っていた天子が金切り声を上げながら復帰する。
と、緋想の剣はその輝きを苛烈に吹き上がらせた。今まではほんの小手調べのつもりだったと言わんばかりの力の高まり。周囲の瓦礫から蒸気と熱波が溢れ出る。
見境なしに放出されるエネルギーは徐々に集約を始め、力に指向性が生まれる。
「『全人類の緋想天』!!!」
「うおおお待て待て待て! その位置は
「知るかッ! 諸共幻想の塵となれぃ! ──ああ? 流石に止めろ? うるさいッ私に命令するな!」
「ひえー」
流石に藍からも中止の指令が入っているようだが、まさかの拒否。強力な式縛りを受けて身体に夥しい量の裂傷が走っているが、それでもなお抵抗の構えを崩さず射出準備に入る。
狭間の存在に成り果てた事で抑圧されていた欲望が膨れ上がり、結果凶暴性が増しているのだろう。どの陣営に居ても迷惑極まりない。
天子の強行姿勢に観念したのか、哀の仮面を付けたこころは「もはやこれまで」と呟き薙刀を構える。霊夢をここに留めて巻き込みを狙うのだろう。
もっとも、八雲紫の傀儡たるこころであれば粉微塵になっても復活できるだろうが。
「はっはっは! なんと素晴らしいパワー! 今なら軽く太陽系すら吹き飛ばせてしまえそうだ!」
「あながち嘘でも無さそうだけど……」
「嘘なものか。お前は確実に殺しておかなきゃならん」
天子は眩しい物を見るように目を細めた。
「お前が死んで漸く紫は柵から解き放たれる。未練が無くなるんだよ。あいつは優柔不断だからな」
「……どういう事?」
「さてね? お前が大事な娘だから、って言えばそれで満足する玉でもなかろう。兎に角! お前は私の目指す新世界の障壁! 少々名残惜しいが、消えてもらうわ!」
地響きと共に跳躍した天子は、剣の切先を霊夢とこころへと差し向ける。
瞬間、蓄積された膨大なエネルギーが緋色に弾けた。全人類どころか、積み重ねてきた世界線全ての気質を天子の霊力によって撃ち出す超高密度の閃光。
今日何度目かの詰み。思わずスペルを唱えようとして、口を噤んだ。
まだだ、夢想天生の使い所はここじゃない。
使うのは『紫と戦う時』だと決めていた。
このカードを温存するためだけに、レミリアとさとりが命懸けで万金に値する一分一秒を稼いでくれたのだ。
こんな所では──。
「さらば! 我が好敵手──ッッッ!!!」
「はい、それは駄目〜」
しゃなりと降り立つ華霊の蝶。淡い桜色の波動が世界を駆け巡る。
緋色の閃光が忽ち減衰し、消滅した。
否、
相変わらずの無茶苦茶な能力。その無法さに霊夢は呆れ返ってしまった。
その一方で、天子は困惑のあまり立ち尽くすしかなかった。何が原因であるにしろ、自慢の超必殺技が破られるとは夢にも思っていなかったのだ。
しかし、不意に肩に手を置かれ、反射的に思わず振り返る。
頬を剛拳が貫いた。
「ぐえぇっ!?」
「おー痛。相変わらずの硬さだなぁ」
再び地面を這い蹲り、土を味わった。
その傍で、二角の古豪──伊吹萃香が拳をさすりながらアルコール混じりの吐息を吹きかける。
「だらしないぞ霊夢。こんな所で足止めを喰らうようじゃ、紫には勝てないよ」
「……分かってる」
「だけど、まあ、私達が来るまでよく頑張ったな」
足りない背丈をうんと伸ばして霊夢の頭をポンポンと叩く。
萃香だけじゃない、頭を優雅に撫でるもう一つの手。
「小鬼の言う通り、ちょっと頑張り過ぎね。柄にも無く心配ではらはらしちゃったわ」
「嘘だ。こいつずっと饅頭食って笑いながら呑気に観戦してたよ」
「小鬼はいつも五月蝿いわねぇ」
幽明の蝶を漂わせながら、西行寺幽々子は言う。
奇しくも八雲紫の親友2人による同時の境界突破だった。尋常ではない頼もしさ。
と、萃香は四肢を大の字に広げ、太々しい笑みを浮かべた。よろよろと今も起き上がろうとしている天子や、揺蕩っているこころに向けてのものだ。
「この場は私達に任せな。これ以上あの餓鬼共の邪魔は入れさせないから、お前はあの
「友人の無余涅槃の願いを否定する気は毛頭ないけれど、
「私の分まであいつに言ってやってくれ。お前の願いよりも、私はお前と過ごすくだらない毎日の方が大切なんだって! 頼んだぞ」
「……分かった。任せて」
素直に頷く事にした。ここで幽々子と萃香が傀儡を引き受けてくれるなら大幅な時間短縮になる。
霊夢の狙いは最初から紫だけだ。
「さあ突っ走れ霊夢!」
「もう止まる必要は無いわ。紫の所まで、ただただ前へ」
「ぜぇ……ぜぇ……。助かり、ました」
「それは此方のセリフ。よくぞ持ち堪えてくれました、礼を言います」
膝を付いて蹲るさとりを庇うように、幻想郷の
賢者、茨木華扇。堂々の参戦である。
その右腕には深々と包丁が突き立てられているが、堪えた様子はない。下手人のこいしは首を傾げるばかりだ。
こいしが振るう凶刃の恐ろしさは、身体へのダメージ以上に、意識そのものを刈り取る精神攻撃にあるが、華扇には何故か通じなかった。
右腕の中身が空だから、ではない。
意識が華扇以外にも存在しているからだ。
「私だけではありません。これからどんどん新手がやってきます。これで数の差は逆転した」
「それがどうした! 雑魚が何匹やって来たところで無駄なのよ。私には敵わない」
「そうかもね。だけど貴女が幾ら私達に勝ったところで、
「なら話は早い。さっさとお前達をぶち殺して紫の所に向かえばいいわ!」
「よろしい、やってみせなさい」
「幻想郷の賢者は頼りない奴等ばかりだと思ってたけど、どうやらマシな奴もいるみたいね」
身体中に付着した血を拭いながら、レミリアはどこか感慨深げに呟く。幻想郷史上最も賢者という存在をコケにしてきたからこその態度か。
その一方で優美なドレスがズタズタに引き裂かれ、キャミソールが露わになり締まらなかったので、さとりが想起で元に戻してあげる。
コンビネーションは健在だった。
さて、ぬえと華扇が言い争っている間に自分達も行動を起こしてしまおう。
「霊夢の方はもう大丈夫そうだし、そろそろ私も好きにやらせてもらうわよ」
「そうですね……私もそうしましょう」
2人は妹に狙いを絞る事にした。
もはや戦局は大幅に改善し、一人一殺の構えでも十分に貢献できる段階になっている。
ならば勝手を知る者を相手するのが良い。
「へぇ、やっと私と戦ってくれるんだ? これが最期の姉妹喧嘩になりそうね」
「違うわね。これが最初の姉妹喧嘩よ、フラン」
「お姉ちゃんったら昨日からぶっ通しで頑張り過ぎじゃなーい? そろそろ休みなよ」
「そうしたいのは山々だけどね、この悪夢をもう少しだけ楽しみたい気分なのよ。こいしとお話しできる時をずっと夢見てたんですもの」
片や引き裂かれた身体を無理に接着しているせいで崩れかけていて、片や力の使い過ぎでまともに立つことすらできていない。
それでも威勢の良さと自分達を見る目は変わらない。
妹2人は呆れながらも納得した。
そうだ、確かに姉はそういう人だった。
元々のEX5人組は藍が完全に制御してますが、追加の黄昏2人組はゆかりんの手が若干加わってます。なので天子もこころも勝手な事ばかりしてるんですね(開示)
また、天子の「太陽系を吹き飛ばす程のパワー」発言ですが、これはドラゴンボール愛読者のゆかりんによる影響です。本来なら「非想非非想天を丸ごと滅せる程の力」とかそんな感じのことを言います。
単純な戦闘力は
天子≧諏訪子≧ぬえ≧妹紅≧フラン>こいし>こころ
厄介度は
こいし≧こころ>フラン≧ぬえ>諏訪子>妹紅>天子
みたいな逆転現象