幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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前話最後の5分前くらいから


亡き王女の為の輪舞曲(前)

 

「確か……そう、ここのページ。妹紅さんが竹林で拾ったという謎のメモ書きを掲載した箇所ですね。思い返せば、紫さんが初めて幻想郷縁起を検閲した時も、このメモ書きに妙な反応を示していました」

「なるほど。いやしかし、何故こんな意味不明の物を載せたのですか?」

「尺稼ぎのためです」

「どいつもこいつも……!」

 

 幻想郷縁起の杜撰な編纂作業の実態に、華扇は思わず天を仰いだ。紫を連れ戻した際には4、5発殴らせてもらわないと気が済まない。

 しかし、それが今回の突破口となったのも事実。良性の結果となった事は素直に受け止めなければなるまい。大変嫌々ではあるが。

 

 と、さとりは幻想郷縁起からメモを慎重に引き剥がし、内容を吟味する。彼女の知り得ている知識から総合するに、これの書き手として該当する可能性がある人物はほぼ1人しかいないだろう。

 当時の文化水準では考えられない紙質、近未来的なワード、迷いの竹林。そして何より『蓮子』という人物名。

 

「マエリベリー・ハーンの物で間違いありません。恐らく、かつての八雲紫が彼女を捕食した際の落とし物でしょう。これならば境界を越えるに足る八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)になるかもしれない」

「役に立てたようで光栄です」

 

 かつての八雲紫が死に、今の八雲紫が誕生した瞬間を見届け、更にはあのメリーが書き込んだメモ。十分過ぎるほどの要素が詰まっているように思える。

 よくぞ、よくぞ残っていてくれた。

 

 しかし冷静に考えてみると、ただの紙切れが800年という年月を大した経年劣化無しに存在し続けているのは不自然。何らかの細工が施されていたのか。

 

(かつての貴女(八雲紫)が何を考えてこのメモを後世に残したのか、その意図は知りませんが、せいぜい有効活用させてもらいますよ)

 

「境界の先との繋がりは手に入れました。次に道を開く手段ですが……」

「パチェ、咲夜。進展はどう?」

「偽八雲紫が道筋を遺してくれてるから、ゲートを開けばすぐにでもあの戦場に辿り着けると思う。ただ問題はやはり、如何に境界を突破するか」

「申し訳ございませんお嬢様。どうも私の能力とはロジックそのものが異なるようで、試行錯誤していますが、うんともすんとも言いやがりません」

 

 困ったように肩を竦める咲夜。その横では、メリーのメモを片手に楼観剣を振り回し空間をズタズタになます斬りする妖夢の姿があったが、見当違いの場所に開通してばかりだった。

 通常の手段では殺せない八雲紫の特性そのものと言えるなら、正攻法ではハナから不可能という事もあり得るのかもしれない。

 

 もっとも、時間を掛ければ開通は可能だろうと有識者は分析している。そのあたりは永琳や神子の太鼓判付きだ。

 しかしそれでは宇佐見菫子への干渉終了に間に合わないどころか、霊夢の限界が先に訪れてしまう。

 タイムリミットは刻一刻と近付いているのだ。

 

 水晶の先では、霊夢の姿が膨大な弾幕に押し潰されかけていた。

 

「ああ……霊夢さんがやられちゃう!」

「負けるなー! 頑張れ霊夢っ!」

「5人で同時だなんて卑怯者め。見損なったぞ紫!」

「それ、貴女(萃香)が言えた立場なの?」

 

 フランと妹紅の参戦から、戦いの趨勢が一気に紫側へと流れている。

 あの面子を相手にして戦闘が成立しているのは、流石霊夢であると言う他ないが、それでも勝利には程遠い。このまま状況に変化が無ければ確実に負ける。

 

「神奈子様。……諏訪子様やお師匠様は、望んで霊夢さんを殺そうとしているんでしょうか? 私の大切な人達が殺し合うところなんて、見てられません……!」

「大丈夫だ早苗。お前の見てきたこれまでの2人を信じなさい。お前の願いをあいつらが無碍にする事なんて無かった筈だ。奇跡を信じよう」

 

 そう言って早苗を落ち着かせるが、その神奈子も、歯痒い想いが止めどなく溢れ出していた。

 否、神奈子だけではない。

 マミゾウが、聖が、さとりが、レミリアが、慧音が。全員が戦いたくて仕方がないのだ。

 

 大切な者が一つの境界を隔てた先に居るのに、手を伸ばす事しかできない。

 自分への無力感で頭が沸騰しそうだ。

 

 

 

「──皆様、どうやらお困りの様子。ここは一つ、私にも手伝わせてもらえませんか?」

 

 その声音を知る者は背を震わせた。

 即座に臨戦態勢を取り、声の主へと破壊の矢印を向ける。この場にかの者が居るなど有り得ないという思いもあったが、反射故に行動が先行した。

 

 その揺蕩う姿を認めて、自らの目を疑う。

 彼女を知らない者も、その身から迸る邪悪な雰囲気に「まあ、敵だな」との感想を抱く。

 

 清純な水色に身を包む、この世で最も強欲で邪な仙人。

 青娥娘々が境内に現れた。

 

 彼女の仮死体を最後に見て、そして取り逃がしたさとりが対応する。読心能力が使えない事がここまでストレスになるとは思わなかった。

 

「随分とお元気そうで。──紫さんの差金ですか? それとも自分の意思でここに? どちらにしろ貴女の命は無いと思いますが……」

「あらまあ物騒ですこと。今は幻想郷が一丸となって立ち向かわなくてはならない時、そうではなくて? ここで私を殺しても何の得にもなりません♡」

「何をぬけぬけと! 貴様が紫に協力していたのは明白だ。この通り、貴様に殺された諏訪子が今ああして紫の配下として幻想郷に牙を剥いている」

 

 射殺さんばかりの視線を向けながら、神奈子が重々しく語る。

 青娥の今日に至るまでの行動は、全てが幻想郷に害を為すもの。犠牲者だって少なくない。信用できる要素など皆無に等しいのだ。

 

 しかしこのタイミングで出てくるからには、何らかの思惑と、自分が殺されない確信があるのだろう。

 あの生き汚い青娥が無用な選択をする筈がない事をよく知っていた神子は、荒れ狂う面々を制止して、いつもと変わらぬ態度で臨む。

 

「師よ、見ての通り時間が押している。早急な弁解と、此処に現れた目的、そしてその手伝いの内容とやらを言うがよい。嘘を申せばお前の首と胴は泣き別れだ」

「あら恐ろしい。では本題に入るためにさっさとお話を済ませてしまいましょう」

 

 

 

 ほんの好奇心だったのだ。

 

 隠岐奈の要請に従って諏訪の地に降り立ち、紫への情報収集と妨害工作を進めていた時のこと。

 

 守矢神社事務所の寝床に忍び込み、ドレミーが霧散させていた夢塊を紫へ試験的に戻してみることで、どのような反応が起きるのかを試した事があった。

 その思惑は単純で、さとりや隠岐奈ですら知らない八雲紫の一面を自分一人が独占できれば、心地良い優越感に浸れるだろうという身勝手なものだ。賢くて強い者達が自分の掌の上で踊る様は何よりの娯楽となる。

 

 藪をつついて何が出るか。蛇が出たなら青娥の一人勝ちとなるだろう。

 仮に狂った八雲紫が本性として現れ世界を破壊し尽くそうとしても、青娥にとってはこれまた一興。

 

 しかし結果からすると、青娥の目論見は外れたといえる。紫は紫のままだったのだ。ただし、ほんの少しだけ病んでいて、強い恨みと願望を抱いていた。

 青娥娘々が、紫を扱い易い相手だと判断したのは言うまでもない。

 さらに潜在意識が目指している『時を遡る』という行為には強く惹かれた。協力の決め手となったのはどの部分かと問われれば、ここである。

 

 だが全てが思い通りにいったわけではない。

 問題の一つはその身に宿した狭間の存在達である。危うく目覚めかけていたため慌てて再封印を施したのだが、これ以上の無理な干渉は破滅を招く。

 流石の青娥といえど、ぬえを相手に真正面から勝つのは難しかった。

 

 そして二つ目が致命傷だった。

 紫は夢現の中で青娥の干渉を全て把握していたのだ。自分の内部を覗き見た事、隠岐奈の企図する幻想郷同時多発異変の計画、その一端に至るまで、全てだ。

 それを察知し、紫の機嫌を損ねる前に諏訪子を害して自分の立場を明らかにできたのは幸運だった。青娥の長年の経験によって培われた生存本能が選択したアドリブである。

 もしこの時判断を誤っていれば、遅かれ早かれ青娥は物語の表舞台から退場していただろう。

 

 

 

「それで諏訪子を殺したのか。紫に媚びる為に」

「殺したというのは間違いですわね。死んでしまう前に紫様に食べさせた、というのが正しい」

「何の違いがある?」

「確かに結果的には死んでしまいましたが、諏訪子様の神格の情報は残り続ける。それを元にして境界を操る能力により実体を再構築したのが、今も巫女様を追い詰めている諏訪子様でございます」

 

 諏訪子の取り込みに成功した際、紫の喜びは尋常ではなかった。

 明らかに敵性の行動を取っていた青娥を許し、周囲の反対を押し切ってまで幻想郷に再び迎え入れたほどだ。その詳細な理由を青娥は知らないが、何にせよ結果オーライだ。

 

 後は時間切れで再度記憶のないポンコツに戻ってしまった紫に代わり、場を整えてあげるだけ。

 守矢神社を幻想郷に移し、神子を復活させ、隠岐奈を紫に始末させる。そして自分は情報を保持したまま仮死体として来るべき時を待つ。

 紫が全ての条件を満たし時を遡る時、青娥も一緒に付いて行くのが狙いだった。

 

 しかし最後の最後で誤算が発生した。

 

「こんなにも献身的に協力したのに私だけ置いていかれましたの。とっても悔しいですわ! 私とあの子達に違いなんてありはしないのに」

「流石の紫さんでも貴女を取り込みたくはなかったんでしょうね。貴女のこと相当嫌ってましたし」

「面と向かって言われると余計傷付きますわね。まあ、お断りが入った以上はもう協力する義理も無いですし、こうして阻止側に回ったという訳ですわ」

「それはまた、随分と勝手な……」

「私が居ないのに時を戻されては堪りません」

 

 というより、青娥の当初の目論見では紫が何と言おうが無理矢理付いて行こうとしていた。

 しかし幻想郷同時多発異変をスムーズに解決されてしまった為に一時死を装う必要が出てしまった。このロスが誤算の原因である。

 

 理由を聞いても信用できる要素が皆無に等しいのは如何なものか。さとりや神子をしてどう判断したものか困ってしまう。

 しかし迷っている暇はない。

 決断を下したのは、この場において意思決定の最高責任者となる華扇だった。

 

「自分への利害に敏感な貴女だからこそ、この場に限定するなら信用してもよいでしょう。では、紫の陣取る世界への入り口の開き方を教えなさい」

「その前に私の身柄の保障と、芳香を返してもらう事。この2つを約束して貰いますわ。であれば方法を教えるどころか、入り口を用意する事すらできます」

「……」

 

 華扇はほんの少し眉間に皺を寄せ、ゆっくりと頷いた。その僅かな間の意味を知る者は、この場には2人を除いて居なかった。

 賢者の赦しを得た事で青娥は正式に幻想郷側の存在へと鞍替えを果たした。これで心置きなく紫の邪魔をする事ができる。

 

「では、ゲートを開く必要条件は既に把握しているものと判断して話を進めさせてもらいますわ」

 

 清々しい笑みを浮かべた邪仙は辺りを見廻し、妖夢の持っていた古びたメモ(ユカリンオブジェクト)を確認。

 そして次に、鍵を握る()()へと視線を向けた。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

「なるほど、青娥の仕業ね」

 

 ぬるりと境界から顔を出す。

 できればずっと後方に引き篭もっていたかったけれど、折角の来訪者だもの。労いの言葉くらいは掛けてあげないと粗相になるでしょう? 

 妹紅を正面に配置して障壁としておく。

 

 ちなみに青娥の仕業だと断定したのは、藍がそう推測したからよ。いま幻想郷に存在するファクターの中から導き出した答えだそう。

 正直、存在を忘れてたわね! 

 

 菫子の確保と正邪の暗躍に意識を向け過ぎていたのが青娥を野放しにしてしまった主な原因だけど、ドレミーの反抗もタイミング的に効果的なカモフラージュだった。

 流石邪仙、運が良いわね。

 つまるところ私は悪くない。運命の悪戯でちょっと不都合が生じただけ。

 

「おかしいわね。幻想郷に存在していた私に連なる物は全て処分した筈。どうやって此処に?」

「幻想郷縁起、それだけ伝えておくわ。貴様との繋がりが出来てしまえば、あとは邪仙の壁抜け能力で境界を越えるだけよ」

 

 レミリアは手元の紙を私に見せびらかしながら、愉快そうに笑う。あれはまさか、忌々しきマエリベリー・ハーンの惚気落書きメモ!? 

 

「………………ああそういう事。完全に理解したわ」

「クックック、誤算だったかしら?」

 

 ど、どういう事だってばよ。

 メリーのメモはちゃんと念入りに処分した筈ですわ。どうしてそれをレミリアが持っている? 何か汚い手を使ったに違いない! 

 うーん、考えても分からないから後で藍にそれとなく聞きましょう。

 

 それにしても青娥ったら、私の予想以上に情報を仕入れているわね。小賢しい。

 レミリアが1人増えたところで、私の自慢の分身達には敵わないというのに。前にも言ったけど、もうそういう段階じゃないのよ。

 

「でも少し意外だったわね。二番手が貴女(レミリア)になるだなんて。てっきり、増援があり得るとしても萃香か魔理沙あたりだと思っていたわ」

「私が幻想郷で一番素早いからね」

「押し除けてきたの?」

 

 まあ確かに、文が負傷してる今なら幻想郷最速はレミリアになるのかもしれない。

 勇み足な気がしないでもないけど。

 

「ああ愚かなお姉様。運命が見えるのにわざわざこんな見え透いた死地に飛び込んじゃうなんて。堪え性がないレディは長生きできないよ?」

「愚妹の愚行を止めるのは姉の役目よ。ついでに馬鹿をやってる友人が2人もいるし」

「ああ?」

 

「あらそこに居るのは古明地の妹だったかしら? これからもフランと仲良くしてやって頂戴ね。そいつ友達いないからいつも独りなのよ」

「わぉ切なーい」

「黙れ!」

 

 フランと霊夢の紅白コンビに睨まれても微動だにしないレミリア。その胆力は見習っていきたいわ。

 

 しかしやはり、レミリアは持っているわね。

 あとは霊夢を押し切るだけの作業だったのに、勢いが完全に殺された。埋められない戦力差こそ健在なれど、これでは一度仕切り直す他ない。

 

 その場に居るだけで皆の目を惹きつけ、峻烈な存在感を叩き付ける。今まであまり意識してこなかったけれど、なるほどこれがカリスマというものかしら。

 生まれ持つ王の才ね。

 

 やいのやいのと罵倒している我が分身達を一旦黙らせる。愉しい団欒もいいけれど、この戦いの本質を見誤ってはならない。

 隠岐奈による超能力抽出の完了は霊夢達にとっての敗北になる訳だが、今この状況下であれば私達にとっても望ましくない事だ。因縁がやって来たんだから。

 

「レミリア・スカーレット、世界に冠たる吸血鬼の女王に問いましょう。貴女の選択してきた運命が最善でなかった事は明白。それでもなお胸を張って生きていけるの?」

「私の半生を愚弄するか」

「だって全てが手遅れなんですもの。私が今、こうして貴女達と敵対しているのも、未来永劫解消される事のないフランドールの悩みも、そしてこれから死にゆく貴女も──全て甘き幻想に依存した貴女の失態ですわ」

「……」

 

 レミリアは瞑目して思いを凝らす。

 彼女とフランの確執は記憶から読み取っている。確か、本来存在していたフランの人格を破壊してしまったんでしたっけ。その悲劇に後悔が無かった筈がないのだ。

 

 フランの望みは時を遡る事でしか達成される事はない。如何に紅魔館の住人と打ち解けて幸せな日々を送ろうと、心を蝕む罪の意識からは解放されないのだから。

 私が願いを諦めて幻想に妥協するとはそういう事なのよ。失われてしまった者達を永劫に虚無へと追いやり、忘れてしまうという選択。

 それ即ち、己が手で殺すも同義ですわ。

 

 私はそれが堪えられない。

 レミリア、貴女はどう捉える? 

 

「……紫。私はね、幻想郷に来て良かったと、心から思っているよ」

「……そう」

 

 感想はない。

 

「お前がフランを救い、血塗られた運命を破壊してくれたから、今の私達がある。それはきっとこの世の理に縛られない枠外のお前だからこそ成し得た結果。胸を張るのは私じゃない、お前よ。紫」

「でも完全ではなかった」

「完全で最良の運命、そんなものはない。全てを等しく掴み取る事なんてできやしない。私でさえそうなのに、お前は思い上がりが過ぎるのよ」

「望むことの何が悪い。貴女は自らの失態で失わせた妹の命を諦めるの?」

「目を覚ませ! お前の一存でやり直すほど私達の歩みはチープな物じゃない」

 

 挑発的な笑みだ。私の決意をせせら笑うように、霊夢の隣に歩みを進める。

 やはり同じ道を往くことはできないか。まあ分かってはいたけどね。

 フランと顔を見合わせ、肩を竦める。妹の心、姉知らずか。逆もまた然りなんでしょうけど。

 

 

「貴女の気持ちは理解できますよ、紫さん。でも私達は、その為にみすみす家族や貴女を苦しみの道に進ませる事を良しとできるほど強くはない」

「げぇっ」

 

 

 思わず声に出してしまった。

 レミリアのように派手な登場ではなく、頗る地味に現れたのは我が不倶戴天の敵。最初からそこにいたように、奴がビルの陰に佇んでいた。

 味方である筈の霊夢からもイマイチ歓迎を受けていないような表情を向けられている。

 

 出たわね鬼畜ロリ2号、古明地さとり。その胸元には失われた筈のサードアイが爛々と私を睨み付ける。

 現と幻想の狭間に位置するこの世界であれば、確かに再起不能に陥った器官の回復くらい実現できるけども、上手いこと利用してくれたわね。

 

「レミリアに続いて貴女まで……。そう易々と侵入できるような空間ではないんですけど」

「ええ、実際外では未だに苦戦しています。非常に癪ですが、貴女にしてはよくできた境界だと思いますよ。まあ貴女の無能に助けられて今ここにいる訳ですけども」

「……参考までに聞きたいのだけど、何を経由して侵入したの?」

 

 私のミスでは無いと思うけど、念のための確認ね。

 

「早苗さんと貴女の繋がりですよ。お忘れですか? 守矢神社が幻想郷にやってくるまでの一幕を」

「あ」

 

 さとりの人差し指に嵌められている紐状の安っぽい指輪。見覚えがあった。

 

「……完全に忘れてましたわ」

「やっぱり穴だらけの計画だったようですね。恥ずかしくないんですか?」

 

 これは、アレよアレ。俗に言うケアレスミスというやつですわ! 

 

 早苗との繋がりとは恐らく、いつでも念話ができるようにと用意した指輪の事を指している。

 私からの妖力波の受信機にする為に、私の血をそこそこ染み込ませてあるから、図らずも八雲紫物質(ユカリンオブジェクト)と化してしまったのか。

 

 な、なるほどね。それは盲点だった。

 他にはもう無いと思うけど……いや無いよね? 

 

 あと何だか周りの我が分身達から白けた視線を向けられてる気がする。じ、事故だからノーカンですわ! もうこれ以上は無いと思うから許して欲しい。

 まさかAIBOを取り逃した事がここまでの事態を招くとは。考え無しに最善を目指すというのも考えものね。

 目標達成後の教訓とさせて貰おう。

 

貴女(さとり)にもレミリアと同じく考えを聞かせてもらいたいけれど、私の心を読んでその態度であれば、どうやら共感はできなかったみたいね」

「その通りですよ紫さん。貴女は足る事を知らなければならない。闇雲に全てを掬おうとしても、指の間から溢れていく命を無くす事なんてできないんだから」

「嘆かわしいわね、他ならぬ貴女にそれを言わせてしまうなんて。在りし日のこいしの幻影に追いすがり、自慰のように決して満たされない心に水を注ぎ続ける日々を選択したのは貴女(さとり)じゃないの」

 

「それを救ってくれたのが紫さん、貴女なんです。私に妹の温もりの懐かしさと、進まなきゃいけない道を教えてくれた。私たち姉妹に意味を与えてくれた」

 

 さとりは宙を抱くように両手を伸ばす。

 抱擁に応じての和解を求めているのかしら。

 

「安心して帰ってきてください。生前のこいしも、かつてのフランも、決して貴女を責めたりしない。それは他ならぬ私たちが一番良く知っている」

「この世界は残酷よ。貴女がどれだけの想いを受け入れようが、満たされず消えていく物は存在する。それでも──前に進んで行くしかないわ」

 

 同時にレミリアの相貌が訴えかけてくる。

 言葉は尽くされた。

 

 私が昔から苦手にしていた2人からの、嘘偽り無い本心の発露。私が一方的に嫌っていただけで、レミリアもさとりも、私のことを友だと思ってくれている。

 道を違えてしまった私に精一杯の未来を示してくれている。

 

 その事実は、私の心を確かに揺り動かした。

 だから、応えなきゃならない。

 

 

「貴女達は何か勘違いをしているようですね」

 

 

 私の願いはもっと醜悪だから。

 その辺を履き違えてもらっちゃ困るのよねぇ。

 

 

「貴女達の想い? 我が分身達の想い? 違う違う違う違う違う──そんな物は私を縛る要素足り得ない。私にあるのは自分の欲求を叶えたいという身勝手な欲だけ。即ち偽りの抹消」

「紫さん!」

「幻想の戯言に耳を貸すほど私は狂ってないの。紛い物の幻想郷を正すのに悪夢(貴女達)は邪魔ですわ。私を救いたいというなら、今ここから消えていただけるかしら?」

 

 博麗霊夢。

 レミリア・スカーレット。

 古明地さとり。

 

 我が門出を祝すには相応しい顔触れだ。

 きっと私もみんなも、満足してくれる。狭間になるしかなかった存在の悲しみをくれてやろう。

 

「総員、一人一殺の構えで参りましょう。もはや手加減は無用である」

 

 スキマを閉じて、遥か後方へと陣取った。

 

 式のギアを更に引き上げる。出力の増加は私の支配の安定に反比例するので、ここまで至ってしまえばもう以前のようには戻れない。

 フランドールが狂気の咆哮を上げ、こいしがゲラゲラと虚ろに笑う。ぬえは猛る戦闘欲を瞳に宿し、諏訪子の神格が意思を超越し、妹紅の呪詛が爆炎となって立ち昇る。

 

 己が願いに身を任せ、破壊を叩きつけよ。

 ここで果てる幸せを知れ。

 

 

「紫さん! 話はまだ……!」

「もういいわ。言葉を尽くしても頷かないのなら、無理やり連れて帰るしかない」

「同感ね。言って聞かない馬鹿は、ぶん殴って言うことを聞かせるのが幻想郷の流儀だもの」

「はぁ……やっぱりこうなるんですね。私はその幻想郷の流儀とやらが苦手なんですけども」

 

 そんな事をぼやきながらも、第二ラウンドの口火を切ったのはさとりだった。

 戦闘が避けられない事を悟るや否や、スペルの詠唱と共にサードアイの発光が妖しく歪む。

 来るか。

 

「想起『河童のポロロッカ』ッ!」

 

「霊夢、私の後ろに続きなさい」

 

 凄まじい海鳴り。

 街を水没させていた呪の海が、唸りを上げて爆散していく。恐らくにとりのスペルを再現したものなんだろうけど、模倣にしては強力すぎる。

 呪いごと全員押し流すつもりね。

 

 月まで届いてしまいそうなほどに迫り上がった呪海が、絶壁そのままに降り注ぐ。回避と反射神経に優れるフランとこいし、ぬえは空へと飛び上がる事で回避したが、諏訪子と妹紅は捕まり、引き摺り込まれてしまった。

 と、状況を把握する間も無く横撃を受けたぬえが世界の果てへと吹っ飛ぶ。レミリアの超高速戦闘は片手間に対処できるものではない。仕方なく、彼女への相手にこいしを割り振って、霊夢の対処をフランに任せる。

 

 ……いや駄目ね。これは悪手だ。

 1人だけでは霊夢を止める事は難しく、数瞬の攻防の後に横薙ぎの一撃で弾き飛ばされてしまい、片手間に放った弾幕がこいしを撃墜する。

 レミリアは最初からこいしなど見てなかった。氾濫する呪の坩堝から這い出た諏訪子へと起き攻めのように踵落とし。再度海底へと叩きつけ、続けて妹紅の対処へ向かう。

 怒り心頭の高速飛来で戦場に復帰したぬえは、またもや不意の横撃によりビル群へと突き刺さった。これではただの焼き直しだわ。

 さとりの奴、いま滅茶苦茶気持ち悪い動きから蹴りを繰り出してたわね……。

 ぬえでも捉えきれない程の速度。文あたりのスペルを模倣したんでしょう。柄にも無いことを。

 

「後ろは向かなくていい霊夢っ! ただ翔って紫を目指しなさい!」

「解ってる!」

 

 流石の私でも気付く違和感。

 あの3人が弱いわけがないのは分かるわ。霊夢は説明不要だけど、さとレミも幻想郷に根を張る勢力の長。上澄みの中の上澄みだ。

 それでも本能のままに戦う我が分身5人を一度に相手して、ここまで優位に立ち回れるものか? 

 

 否否否──仮に素直な戦力のぶつけ合いであれば、今頃私達の圧勝でこの戦いは終わっている。戦闘力の総計は此方が依然上回っているのだから。

 それでも押し切れない理由。

 秘密はレミリアとさとりの連携に隠されていると見た。

 

 怒涛の飽和攻撃を掻い潜り、反撃に至る道筋をレミリアが能力により瞬時に把握。

 同時にさとりが読心で運命と戦場全員の動きを先読みし、無限とも言える手数で各均衡を差配。そして緩和した包囲を霊夢とレミリアが突き崩す。

 

 あとは運命を無視する霊夢の動きにより霧散した未来をレミリアが切り拓き、新たな運命を掴み取る。そしてさとりが瞬時に把握し、対応する。

 唯一阿吽のシンクロから外れている霊夢だけども、そこは彼女の天才的な感性が無意識的に適応させている。

 

 まるで各々が明確な役割を持った歯車のようですわ。互いの動きが他者の動きを更に加速させ、自らの突破力を高める一助としている。その勢いが狭間の力を大きく後退させ、私へと近付く原動力となるのか。

 

 初めての共闘でここまでやれるのも流石だ。出自も種族も、ましてや思想も異なるあべこべな3人の中に芽生えた共有意識の賜物ね。

 それほどまでに私を止めたいか。

 

 

 さて、ここまで戦況を分析してみて明らかになった事がある。

 

 仮に一時的な優勢であっても、このままの調子で推移すれば、恐らく霊夢は私の下へ到達するだろう。まだまだ距離はあるが慰めにはならない。

 レミリアとさとりは流石に無事では済まない……というより済まさないけど、霊夢に肉薄されるのは非常に厄介だ。

 で、当然それを避けるために対策を施したいところなんだけど……思考のキャパが足りない! 

 

 つまるところ、私の指揮じゃどうにもならない! 

 らーん! 助けてェ!!! 

 

「参上いたしました。私が居る限り紫様には指一本触れさせませんが、一厘に満たない可能性でも排除するのが私の務め。お任せくださいませ」

「ふぅ……助かるわ。ありがとう藍」

 

 心の叫びを聞いてか、藍が再び出張ってきてくれた。一応彼女には菫子とオッキーナの様子を見に行ってもらってたのよね。

 あちらは何事もなく順調そうで何よりだ。

 

 吊り目の相貌が細くなる。この一瞬で何が起きているのかを把握したのだろう。

 

「見れば奴ら、随分と調子に乗っている様子。紫様を敵にして希望を抱くなど愚かの極み、許しておけません。──手心は必要ないのですよね?」

「我が持ち手を離れる幻想に用はないわ」

「ふふ、それを聞いて安心いたしました。私は紫様のように上手に手加減できるほど器用ではございませんので」

 

 何がおかしいのかはよく分からないけど、取り敢えず藍と笑い合っておきましょう。

 さて、それでは手筈通りに始めましょうか。

 2人で息を合わせ、唱える。

 

 

「「憑依『ユーニラタルコンタクト』」」

 

 

 擬似式神の支配権を8割ほど藍に移譲。

 それに伴い私と藍の立場がそれぞれバックアップとメインに切り替わった事で、スパコン以上の情報処理能力が私達全体に浸透する。

 これで共有される情報が一気に円滑化し、各自の思考能力が極限まで引き上がった。脳を破壊された妹紅ですら、ここからは全盛期と何ら変わらない力を振るう様になる。

 

 狂気と暴走を伴う完全な支配。

 藍の明晰な頭脳で曲者達を完璧に統制し、霊夢達の勢いを塗り潰してやるのだ。

 

 勿論、私とて手持ち無沙汰ではない。更なる境界を放出する事で陣容に厚みを持たせるのが私の役割だ。生産を私が行い、ブラッシュアップと運用を藍が請け負う体制。

 

 さあ、ここからはこれまでの様な生易しさは一切ない、お遊び無しの殲滅戦。冷酷なまでに合理を突き詰めた、敵を嬲るだけの戦い。

 私の手足だけで苦戦していた貴女達に、八雲家総出の大捕物を躱せるかしら? 

 

 

「擬似式神『比那名居天子』」

 

「擬似式神『秦こころ』」

 

「式神『橙』」

 

 もう中途半端な出し惜しみはしないわ。

 頼りになる最高の盟友に、恩人の忘れ形見、それに我が八雲の至宝まで動員してしまおう。

 橙はまだ役割があるから前に出さないけど、これで場は7vs3。

 

 で、さらにダメ押し。

 

「暗黒能楽『八雲パワフルチアーズ』」

 

 オッキーナを取り込んだ今、摩多羅神の権能は我が身に宿っている。当然、腹心たる二童子の任命権も私の物。

 精神力を引き出す『爾子田』を藍に、生命力を引き出す『丁礼田』を橙に任せる事で、八雲に連なる者の潜在能力を引き出し、全能力を最高値にできるのだ。

 

 仮に月の都を正面から陥落させようとするならば、あの中から誰か2人を連れて来さえすれば、あの恐ろしかった軍勢も軽く潰せてしまうだろう。

 それほどまでに私の愛しき狭間の存在達は極まっているのだ。

 

 

 もしも万が一、そんな彼女らをも乗り越えて私の前に立つ者が現れるとするならば──。

 

 その奇跡と愚かさに大いなる敬意を表し、(藍が)直々に受けて立ちましょう。実力行使というのも私、嫌いじゃありませんことよ? 

 

 





娘々と華扇、芳香の過去については別作品『芳香の忘れモノ』の内容と似たような出来事が起きた感じです。(どっかで開示しようと思ってたけど尺が足りなかった)
ゆかりんが一切出てこないので見ても見なくてもいい感じの話です。


あとさとりがゆかりんに指輪を見せつけるシーンですが、最初は薬指に付けている予定でした。
しかしそうなるとお姉ちゃんルートが確定してしまうのと、早苗さんが「人の指輪で何やってるんですか!?」と激おこするルートに入る為無しになりました。
でももしかするとそういうルートもあったかもしれないのでお好きな解釈で。何せ幻想郷は全てを(ry

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