幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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貴女と私の幻想郷
少女幻葬綺想曲


 

 

「ああ可哀想な藍……。たった1人で大丈夫かしら、心配で心配で昼も眠れないわ。今頃私を恋しがって泣いてたらどうしましょう」

【──】

 

 

「力なら誰にも負けないだろうけど、まだまだ幼いし、変なもの食べてお腹壊したりしないかしら……」

【──】

 

 

「口先だけの反社妖怪に誑かされてヤクザの手下にでもなっちゃったらどうしましょう! 純粋なあの子だもの。とんでもないアウトローになる可能性だって……」

【──あのねぇ】

 

 遂に聞くに堪えなくなった。

 

【これで8901回目ですわ。いい加減踏ん切りを付けてちょうだい】

「でも心配なの。あの藍よ!? 私の事をふぇぇ〜ゆかりしゃまぁ〜とか舌足らずに呼んでた最可愛狐の藍! ああ心配だわ……ていうか寂しいっ!」

【その声真似は二度としないでくださる?】

 

 幻想郷どころか、日の本に統一国家が存在していないほど昔。八雲紫は中華内陸部、未開の荒野を漂っていた。

 時期としてはちょうど、藍を置いてけぼりにして数日後くらいの事だった。私の中の記録媒体が鮮明に当時を保存している。

 普段は力の節約のために裏に引っ込んでいるのだけれど、あまりにも表が騒がしいものだから我慢ならず苦言を呈したのだ。

 

 あの八雲紫も本当に五月蝿かった。

 

【そんなにソワソワして落ち着かないなら、こんな回りくどい事なんてしなきゃよかったのよ。正直なところ、あの別れ方は私も少々不安が残りますわ。今からでも迎えに行って式神にすればいい】

「いや、これは必要な事なのよ相棒! 藍には片時の空白もなく私の事を想ってくれる式神になってもらわなきゃならない。その為には有り得た可能性を全て断たなくちゃ」

【私には、寧ろ他の可能性を提示しているように見えるのだけど】

「その無限の中から私を選んでくれるならサイコーよ! まあ最悪、私と共に歩む道を選んでくれなくてもいいけどね。まだ見ぬ幻想郷を脅かす存在にならなければ、それで」

 

 同じ妖怪と話しているとは思えないほど、紫の緩急は凄まじかった。涙を流して唸ったかと思えば腹が捩れるほど面白そうに笑って、挙句にあの無機質な冷たい目。

 今だって、その身から漂う妖力に釣られ襲い掛かってくる妖達を一瞥する事なく、圧だけで粉微塵に吹き飛ばしている。

 

【まあ藍がどう転ぼうと、大元の問題さえ解決できるのなら私から言う事はないわ】

「ループを止めろって話でしょう? まあ気が向いたらやりますわ」

【ずっとそればかり。いつ動くのです?】

「分からないわ。明日かもしれないし、何万年先の話かもしれない。でもどうにかしようとは思ってるから安心しててちょうだいね!」

【安心できる材料が一切ない】

 

 それどころか懸念事項ばかりだった。なにせ力の差があり過ぎて私の制御を全く受け付けないのだから、心の中からの呼び掛けしかできない。

 そして当の八雲紫は私の願いを意に介す事なく訳の分からない遊びで時間を費やすばかり。今のところ私の言う事を聞いてくれたのは、藍になる九尾の狐との接触だけ。

 

 もし私に完全な心があったなら、憤懣で頭がおかしくなっていたかもしれない。

 

「まったく、相棒も素直じゃないわねぇ」

【何がです?】

「自分が本来存在する筈の無い不純物だからって理由で全ての関わりに一線を引いてるようだけど、フツーに勿体無いわ。蓮子にメリー、そして八雲紫。みんなが欲して止まなかっただろう経験をしてるのよ? 貴女は」

【私はそのどれでもないですわ。そしてただただ機械的に目的を達成するだけ】

「あー頑固頑固。じゃあさせめて藍には優しくしてあげない? 相棒もあの子には思うところがあるでしょうし。うんうんそれがいいわハイ決定!」

 

 横暴過ぎる。

 

【よりにもよって貴女が言うか】

「私は次また会えるか分からないもの。だけど相棒はきっと再び巡り会うから。その時こそ優しくしてあげてね。私の分まで」

 

 勝手な事ばかり。だけど確かに、藍の運命を狂わせたのは私に大元の原因がある。見透かしたような態度が私の中に不快として現れる。

 

 藍に早いうちにから接触して楔を打ち込んでおく。これは保険として必須だった。藍はこの後、数奇な運命を辿って再び八雲紫に出会うだろう。

 でもその時、藍が私の知る藍でなければ非常に厄介だ。憎悪と力に溺れて数多の国を滅ぼし、幻想郷に牙を剥く可能性だってある。畜生界に堕ちてそのまま戻らない、なんて事もあるかもしれない。

 

 だからあの子の中での八雲紫の存在を何よりも大きくする必要があった。

 

 頭の回路を過ぎるは、前の世界の藍。彼女を殺したのは()()()()()()()()()()()()()()だったけど、その争いの発生は私が生まれる上で必然だった。

 結局、藍は最後まで八雲紫の運命において、使い捨ての道具でしかない。

 

 それをどうにかしたいと紫が望んだのだとしても、頼む相手が私では本末転倒というもの。

 

【まあ、善処します】

 

 そうとしか答えられなかった。でも紫は満足げに頷いていたので、それで良かったのだろう。

 何を考えているか分からない、気味の悪い妖怪だ。

 

 

 だけどそんな紫も、今はもういない。

 この世界でもやはり親友になった幽々子が、徐々に弱って死に至るまで、しっかり看取ってから彼女は深く考え込むようになった。死を意識していたように思う。

 それからの紫は知らない。私を西行妖に縛り付けて、何処かへ消えてしまったから。亡霊となった幽々子が異変を起こした際、私に対応させる為だろう。

 

 そして次に目を覚ました時、彼女は既に別人になっていた。あの馬鹿で間抜けで浅ましくて考え無しの愚か者が新しい八雲紫だった。

 藍は相変わらず雁字搦めで、霊夢にもそれなりの危うさがある。当然ながら幻想郷そのものや、そこに住まう者達も酷い有様。

 

 私が負うべき役目は明白だった。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 八雲紫、乱心。

 

 その報は各勢力の長へと瞬く間に広がり、大きな動揺が生まれた。幻想郷を象徴する妖怪と言っても過言ではなかったあのスキマ妖怪が、まさかこうも突然に幻想郷へと牙を剥くなど誰が想像できただろうか。

 

 否、予見できた者は居た。

 だがそれらは全て排された。もはや八雲紫を止める事ができた者など、あの瞬間あの場所には存在しなかった。

 

 

「結論から申し上げると、八雲紫を欠いた幻想郷運営は不可能です。断言します」

 

 華扇の第一声が全てを要約していた。

 非常に不本意ながら概ねその通りである事は明白であったため、阿求は沈黙を貫いた。

 紫にこっぴどく叩きに叩かれた残る2人。はたてとてゐも首肯する。

 

 幻想郷を代表する賢者。顔触れと人数は変われど、意見が初めて総意で合致した瞬間だった。

 あまりの緊急事態に対立する暇が無いとも言える。

 

 紫が何を想い、何をしたくてこんな騒動を起こしたのか。そんなものは関係ない。

 奴無しでは幻想郷が回らないのなら、問答無用で連れ帰るしかないのだ。というより此処に居る全員が紫をブン殴りたくて仕方がない。

 

 なお、はたては全身をギブスと包帯で覆われた状態での参加である。

 同じ死地に居た筈なのに無傷なてゐとは大違い。どちらが正しいかは別として、上に立つ者としてのスタンスが対照的である様を如実に表していた。

 

 またそんなはたてに考慮し、臨時賢者会議の会場は永遠亭となっている。永琳は兎も角として、家主である輝夜は快く場所を提供してくれた。

 

「結界管理の点においては(華扇)や霊夢でも代わりは務まりますが、直ちに全権を掌握するのは難しい。ノウハウは全て八雲にありますからね」

「万が一の後継に橙を育てていたのは良いけど、それが幻想郷に仇なす側に行っちゃったんじゃ世話ないよ。……しかし生け捕りかぁ」

「どう考えても難しいよねぇ」

 

 直に八雲紫の勢力と相対したてゐとはたては、幻想郷ひいては八雲紫が生き残る為の道筋を思い浮かべ、その難しさに渋い顔を作る。

 なにせ手も足も出なかった。

 

 本人は一切手を下さず、その配下だけで完全壊滅に追い込まれた。

 這う這うの体で八雲紫の追跡から逃げ切った上白沢慧音からの情報では、あれでちっとも手札を見せていないのだというから驚きだ。

 

 妖怪の山でまだ戦えそうなメンバーといえば守矢神社くらいだろうが、どうやら片割れの神が紫に加担しているらしく、動揺が収まらないようだ。ついでにはたての切り札だった天子は、騒乱の最中に姿を消している。

 というより、生半可な戦力では相手にならない。無駄に数を積み上げたところで、犠牲が多くなるだけ。

 

「何とかして紫さん側の陣容を暴くことはできませんか。この先、推測で動くにはあまりにも危険過ぎる。紫さんとの対決に至る前に少しでも実態が掴めれば……」

「うーん、私の念写も空振ってばかりなんだよねぇ。紫の現視点を撮っても──ほらこの通り」

 

 手元のガラケーを無事な人差し指で操作しつつ、画面を一同に見えるよう掲げる。

 乱雑に塗り潰された闇の中、幾つかの妖しい光が浮かんでいる。幻想郷には無いタイプの明かりだ。しかしそれらも激しく歪んでしまっていた。

 見ていて気分の良いものではない。

 

 これが今、紫の見ている風景なのならば相当不安定な場所にいるのか、若しくは紫の精神状況が危ういのか。この二択である。

 

 何はともあれ、賢者達の知りたい情報はそこに無い。

 

「……やはり、手探りでいく他なさそうですね。何度跳ね返されようが、少しずつ全貌を解明していきましょう。幸いな事に、突入方法は確立されつつあるようですし」

「異議はないよ。で、誰が先陣を切る?」

「無論、私が出ます。というより私しか居ない」

 

 華扇の淡々とした、しかし揺るぎない決意混じりの言葉に一同は深く項垂れる。

 有力者の大多数が死亡、負傷、離反しているこの状況下において、最も適当な強さと立場を持っているのが、この茨木華扇だからだ。

 

 西行寺幽々子や伊吹萃香は紫と関係が深い分、手の内が割れている。レミリアは妹を人質に取られているらしいので全力を出せない可能性があった。

 強さだけなら八意永琳や、その監視対象である純狐がいるが、アレらを投入する勇気はない。

 

 と、阿求は思わず身を寄せる。

 

「我らが博麗の巫女はやる気ですよ」

「霊夢はトリよ。正直なところ、紫と真正面から戦える可能性があるのはあの子くらいしかいない。だから本番の前に捨て石になる役目が必要になる」

「しかし……!」

「幻想郷の賢者としての役目を全うするならば、私が一番効果的に死ねるのはこのタイミングです。八雲紫と事を構える以上、我々も相応の決意を示さなければなりません」

 

 紫に立ち向かえる程度の戦力、死んでもギリギリ許される立ち位置。

 これらを満たすのが華扇だ。それに彼女には紫にも知られていない奥の手が存在する。

 簡単にやられはしないという自負があった。

 

 

 

「てゐっ! ちょっと入るわよ!」

 

 ぼちぼち解散して、いざ華扇突入の準備を始めようかと各々腰を上げた瞬間だった。

 板間を踏み抜かんばかりの足音を立てて、扉を開け放つ兎が一匹。

 月の英雄こと鈴仙が慌しく現れる。そこそこ急いで来たのか、ブレザーの着こなしが崩れていた。

 

「うるさいなぁ。どうしたのよそんな慌てて」

「いやそれが、師匠から急いで伝えて来いって指示されたのよ。火急の用ってやつ?」

「天下のお師匠様が言うならその通りなんだろうねぇ。で、どういう用件よ」

「そ、それが……」

 

 ちらりと場の全員を一瞥する。

 

「霊夢がもう出発しちゃったらしいのよ。今から八雲紫と1人で戦うんだって。いや、偽八雲紫って奴もいるんだっけ? よく知らないけど」

「は?」

 

 目を丸くした一同に内心ギョッとしつつ、鈴仙は更に言葉を紡ぐ。

 

「八雲紫が待ち構える世界へのゲートが開けたからって、みんなの制止も聞かずに飛び込んじゃった。で、肝心のゲートは1人用だから役目を終えて消滅……」

「それを早よ言えバカ!」

「ちょ、痛いわね!」

「あんの馬鹿者……!」

「ぎゃんっ!」

 

 てゐに尻を蹴っ飛ばされた挙句、慌ただしく駆け出した華扇に突き飛ばされて廊下を何度も転がる羽目になった。理不尽。

 自分よりも重傷なはたてに「大丈夫?」と手を差し伸べて貰えたことだけが救いである。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 膨大に積み上がる境界の残骸を、躊躇なく踏み付け更に先へと進んでいく。

 赤紫に発光する不気味な空間が延々と続いている。

 

 目的地までは途方もない距離のように思えるけれど、紫へと辿り着くために肝心となる部分はそこではない。大切なのは見失わない事だ。

 擬きが導きになる限り、迷う事はない。

 

「挨拶はしなくて良かったの? 今生の別れになるかもしれないのに」

「いいのよ。誰に言ったところで止められるだけだもん。時間の無駄よ」

「実際、魔理沙には止められていたものね。無理やり押し通っていたけども」

「怪我人に止められるようじゃ紫には勝てない」

 

 あらそう、と。

 擬きはくすくすと笑みを溢した。

 

 自分の巫女袖を掴んで、必死に留めようとしていた親友の姿が思い起こされる。魔理沙だけではない、早苗やあうんにも遠回しに諌められた。

 彼女らの言う事は間違いなく合理的だった。

 

 現在、紫の待つ世界と幻想郷を繋ぐゲートは一つだけしか開通していない。

 複数用意できるのなら選りすぐりで突入しても良かったけれど、そうはならなかった。故に単身乗り込む事にしたのだ。

 

 特別な境界の上に立つ空間を目指すにあたり、必要となるものは大きく二つある。

 

 一つが、紫と強い因縁を持つオブジェクト。

 現世との交わりを強固な境界で閉ざしているため、八雲紫に連なるモノ以外では通行が不可能となっている。故に繋がりが必要なのだ。

 当然ながら紫は既に対策を施していたようで、幻想郷からは紫に関連する物がほぼ消え失せていた。八雲邸を消滅させてしまったのもそれが狙いだろう。

 

 更にもう一つが、境界に風穴を開ける能力を持った強大な存在。

 隔絶された別個の世界を目指すのだから、生半可な空間操作能力では辿り着けない。

 それこそ、世界の概念を改変してしまえるほどの技量力量が求められる。

 さとりとドレミーが潰されてしまった結果、それに該当する人物はもう殆どいない。

 

 これらが揃ってようやく1人だけ、八雲紫への挑戦権が与えられるのだ。面倒な話である。

 今回、その二つは擬きが該当する。

 

「アンタは私を止めなくてよかったの?」

「何故? 貴女が望んだ事でしょう」

「……それなりに無謀な事をしている自覚があるわ。魔理沙達のが正しい。犬死になんてアンタが一番唾棄してそうな事だと思うんだけど」

「意外と私を見てくれてたのね。嬉しいわ」

「いつまた殺し合うか分からないもの」

 

 そうぶっきらぼうに言い放つとそっぽを向いてしまったけれど、物騒な繋がりでさえ今は貴重だ。

 擬きは微笑むと、ゆっくり頷く。

 

「博麗霊夢の選択は全てが正解なのです。これ以上私から口を挟む事はありません」

「そう」

「思えば私の選択は間違いばかり。目的に囚われるあまり色々なものを蔑ろにしてきました。今の状況はその報いなのでしょう」

「巻き込まれる身としては堪ったもんじゃないわ。全部終わったら各方面に謝っときなさい」

「ダメよ。心が篭ってないもの」

 

 霊夢は何も言わなかった。

 心の有無なんて興味はないけれど、そんな状態であれほどの強い執着を全面に出せるものなのかと少し不思議に思っただけだ。

 

 いや、自分自身分かっていないだけか。

 

「そうだ。蔑ろといえば、幽々子が異変を起こした時! 私達に喧嘩を吹っかけてきたでしょ? あれはどういう魂胆だったのよ」

「訓練以外の何物でもないわ。……本当はね、あの時の僅かな時間を使って菫子を消そうと思ってたの。でもできなかった。力が足りなかったから」

「で、暇になったと」

「笑止。大忙しよ。貴女達3人と藍に楔を打たなきゃならなかったし、幽々子やアリスに攻撃されないよう説明に時間を費やす必要があったもの。私は寧ろ被害者ですわ」

「アンタねぇ……」

「結局藍は上手くいかずに八雲紫の因果に絡め取られてしまったわね。でも貴女達3人については、役に立ったでしょ? 特に霊夢」

「不本意だけど」

 

 あのクソッタレな時間が無ければ、きっと夢想封印の真価を発揮する事はできなかっただろう。できたにしても相当な期間を要した筈。

 あの奇妙な覚醒と、萃香に敗北したほろ苦い経験が博麗霊夢を何倍も強くした。

 それら全てが擬きの計画による産物ならば大したものだ。まるで霊夢が強くなる道筋を予め知っていたかのような動きだった。

 

 幼い姿も相まってどこかしたり顔に見えるのが癪に障るが、世話になったのは事実。

 お祓い棒の一撃で勘弁してあげた。

 

 擬きと話す時は大抵ペースを崩されてしまうので若干苦手意識があるのかもしれない。ポンコツ妖怪メリーの姿をしてるのも本調子になれない理由の一つか。

 

 

 と、徐に擬きが立ち止まる。

 境界の質が一気に変化したのは霊夢も知るところであり、ここが例の目的地かと得心する。なるほど、あの馬鹿が根城にするにはお似合いだろう。

 

 擬きの手振りと共に空間が砕け、景色が塗り変わっていく。墨汁が和紙に垂らされて拡がっていくように、ジクジクと夜が降りてくる。

 此処が終着点か。

 

 霊夢には見覚えがあった。

 

「何処かと思えば、アンタと戦り合った場所じゃない。確か外の世界を模したっていう」

「そうね。私の時のものは、この世界をそのままコピーした模造品よ」

 

 漆黒の大地からはいくつもの長方形の建物が生え出ており、切り取られた穴から溢れるネオンの光が闇を切り裂き、擬似的な昼を演出していた。

 連なる山々のような摩天楼が2人を威圧するように堂々と聳え立つ。

 

 紫色の夜空に欠けた爛々の月が浮んでいる。

 

「八雲紫が生み出した境界と境界の狭間。夢幻にも満たない、空想のなり損ない。このアスファルトも、ビルも、全て虚構が見せる醜い幻ですわ」

「アンタも紫も、外の世界に憧れでもあったの?」

「いいえ。憧れではなく喪失感が生んだものでしょうね。八雲紫そのものと言ってもいいこの世界は、取り戻したかった物で溢れている」

「……」

 

 霊夢にとっては面白くない話だったらしい。

 顰めっ面なまま、袖から取り出した札を四方へばら撒き結界解除の準備に入る。

 此処が紫を幻想郷から引き離す理由の一つならば、破壊してやろうという荒療治。擬きは決して良い顔をしなかったけれども、それはそれで有りだと判断した。

 

 どんな結界も軽い動作で破壊してしまう霊夢の得意とする技術。

 博麗の巫女相伝のインチキ技である。

 

「確かに境界に風穴を開けてしまえば幾らか楽になりそうね。手伝いますわ」

「別にいいわ。いつ紫が出てくるか分かんないから見張りでもしててちょうだい」

「感知網を広げているから大丈夫よ。境界の揺らぎを感じればすぐに備える」

 

 霊夢の結界を即座に補強し、幻想を繋ぐ楔へと昇華させる。手慣れたような早技だった。

 なるほど、これは体験済みらしい。

 

 あとはこのまま霊力を注ぎ込み続けて、力任せに貫通させてしまえば完了だ。

 

「……アンタ、未来の世界から来たんだっけ」

「過去とも言えるかもしれないわね」

「細かい事はいいわ。まさかとは思うけど、そっちの私と仲が良かったりしたの?」

「それは無いわね。寧ろ憎まれていたと思うわ」

「どうせ余計な事をしたんでしょ」

「そうねぇ。余計では無かったと信じたいけれど」

 

 正直なところ、未来の話になんて興味はない。何を知ったところで博麗霊夢を縛る鎖とはなり得ないから。

 気になったのは別の部分。

 

 擬きの結界技術は紫のものと瓜二つだった。

 永夜異変の際、協力して発動した夢符『二重結界』と同じ感覚だ。技量や力、癖は全く異なっていても、術式構築に至る合わせ方がほぼ同質。

 

 きっと擬きは擬きで、違う博麗霊夢と同じような経験をしたに違いあるまい。

 憎しみ合っている者達では実現不可能な連携。だから気になったのだ。

 

「これまでアンタが何をしてきたのか、全ては知らないけど、今回の一件が終わったら素直になればいいと思うわ。そうすれば少しは生きやすくなるわよ」

「貴女に言われちゃお終いね」

「うるさい」

「所詮、私は縛りに雁字搦めにされた出来損ないの式神。力無き今、八雲紫に寸分も満たない無象。それでも貴女達の世界で生きていけると思う?」

「幻想郷は全てを受け入れるのよ」

 

 その言葉はほんの意趣返し。

 だけども全ての問題を悉く解決してきた紫直伝の魔法の言葉である。

 

 霊夢からそんな事を言われるとは流石に予想していなかったのか、擬きは嬉しそうに笑みを溢した。

 

「……その言葉はね、他ならぬ八雲紫が最も欲してやまなかったものなのよ」

「そうなの?」

「私達はいつも大物そうに偉ぶってるけど、本当は酷く小心者で内心はいつも穏やかではない。不穏分子を放って置くことも出来ないし、自らが動くのも怖くて出来ない、って奴なの。貴女の知る紫が最も顕著ね」

 

 自らを卑下して敢えて厳しい言葉を並べているのだろうか。いまいち点と点が結び付かない。

 

「全ては不安を誤魔化すための逃避行動だったのかもしれないわね。幻想郷を作ろうとしたのも不安の裏返しで、本当は自分を受け入れてくれて、好き放題できる場所が欲しかっただけ。どこまでも自分勝手な妖怪だからねぇ」

「まあ、それで救われてる連中がいるなら悪いことではないんじゃない? 妙な事を始めたらこうしてぶっ飛ばせばいいだけだし!」

「ええその通り」

 

 霊夢の脳裏に浮かんだのは、全員が種族も思想も異なる身勝手な連中。

 紫の事を好いてる奴もいれば嫌ってる奴もいるけれど、幻想郷が極上の止まり木として作用しているのはやはり紫の性根が独特な居心地を作り出しているからだろう。

 

 それが意図せずして得られた奇貨だとしても、紫の頑張りを否定する理由にはならない。

 全てを受け入れるとは頗る難しく、並大抵の決意では実現し得ない奇跡である。

 

 次はその奇跡を自分に使って欲しかった。

 

「アンタも紫も、隠れて自分だけで物事を完結させるんじゃなくて、もっと幻想郷を信じて縋ってみればいい。そうすればきっと──」

 

「ありがとう霊夢」

 

 これはきっと本心からの言葉。

 赦しを得て、自覚に至る。

 

「それだけ聞ければ、もう十分よ」

「……」

 

 

 

 境界が揺らいだ。予兆はなかった。

 

 先手を取られた完璧な奇襲。しかし霊夢と擬きに抜かりはなく、完成間近であった結界を破棄し頭上から降り注ぐ光弾の群れを回避する。

 付随する異能は自我消失。掠りでもすれば心を失い、世界に取り込まれていただろう。

 

 容赦無しの一撃だったわけだが、惨めったらしく生半可な反撃をされるよりは幾分マシか。

 遥か頭上のヒビ割れ、その先を睥睨する。亀裂が空いっぱいに広がり、八雲紫が降りてくる。霊夢達の正面、ビルの屋上へと降り立ち、転落防止用の柵に腰掛ける。

 

 続いて世界が歪み、アスファルトを砕いて像を為す。虚無から出でし八雲紫の一部達。封獣ぬえと洩矢諏訪子が、それぞれの得物と殺気を侵入者へと差し向けた。

 幻想郷の外を見たことがない霊夢でも知っている。遥か太古から語り継がれてきた正体不明の妖怪と、日の本最大にして最強の土着神。

 やはり自分の勘は良く当たる、と。一筋縄ではいかない事を再確認した。

 

 だがそれでも、霊夢は紫から目を離さない。

 

「他所様の思い出の街に穴を開けようだなんて、随分と無粋な真似だと思わない?」

「ご生憎、親の教育が悪かったからね」

「ふふ、それを言われると返す言葉もないわねぇ」

 

 扇子で口元を隠しつつ、鈴を転がすように笑う。

 だが目が笑っていない。

 

「で、橙からの忠告を振り切ってまで此処に来たという事は──貴女達もこの醜い悪夢と共に虚無へと還りたい、って事でいいのよね?」

「違うわね。アンタにはその悪夢とやらで、これからもとことん踠き苦しんでもらうわ」

「なら消えるしかないわね悪夢、もとい霊夢。残念よ……手塩にかけて育てた巫女を私達の手で葬らなきゃならないなんて。悲しい、本当に悲しいわ」

 

 心にも無い事だ。

 流す涙は偽りに満ちている。滑稽だ。

 

「欺瞞」

 

 何の意味も持たない拙い三文芝居に笑いを抑えられなくなったのは、擬き。さも面白いものを見たかのように口端を吊り上げている。

 

「これが最後だと決めているなら、最後くらい心のまま素で話してみたらどうです? こんな時まで自分を守りたいが為にかつての自分を真似なくてもいいでしょうに」

「あら言ってくれますわね」

「当然ですわ。私は最初から貴女の破綻した内面を知っているんですもの。今だってそう、貴女の願いは多くの矛盾を孕み収拾がつかなくなっている」

「ふむ……」

 

「あの時、貴女が『八雲霊夢』を認めなかった理由。それは自分との繋がりをこれ以上密接にしたくなかった、その無意識の表れですわ」

「擬き、どういう事?」

「ただの答え合わせですわ」

 

 これが霊夢に対する自分からの手向けになる。

 どう活用し、未来を掴み取っていくかは霊夢次第。無責任でも、自分にできるのはそれだけだ。

 

「親子の契りなんて結んでしまえば紫と霊夢の境界は限りなく薄くなってしまう。そうなれば──貴女は八雲紫に抗う資格を失う事になったでしょう」

「……」

「藍や、そこの2人のように、八雲紫の一部となっていたと言えば分かりやすいかしら? それを避けたくて、霊夢を敢えて突き放す必要があった。違って?」

「憶測でモノを言うのは勝手ですわ」

 

 紫は否定も肯定もしない。ただ突き放しただけ。

 話の流れが読めず、霊夢どころか召喚されたぬえと諏訪子まで、真意を探るように2人の八雲紫を見る。

 

(擬き)貴女(抜け殻)は正反対ではあるけれど、紛い物同士という点で理解できる面もあるわ。もはや自身の意思に依るものか、それとも器が望んだ事なのか。酷く曖昧であっても、貴女が霊夢に求めるのは些細な願い」

「……」

「それは──」

 

 

「藍」

 

 

 紫の声が宙に溶ける。その時点で、既に事は完遂されていた。一手遅れの致命傷。

 霊夢ですら微塵も反応できなかった。紫同士の対談に見入っていたのは確かだが、それでも警戒は緩めず、僅かな揺らぎにも注意を割いていた。

 だがあの式神は、意識の空白すら必要とせずに割って入ってきたのだ。

 

 胸へ手刀による抜き手、一突き。

 もはや力など微塵も残していない擬きの術式を、完全消滅させるに足る一撃だった。

 やはり擬きも反応できていなかったようで、表情は驚きに満ちていた。しかし状況を把握するにつれ、強張りが緩み、目尻が下がる。

 

「──因果応報とは、まさにこの事かしら。他でもない貴女が私を殺してくれるなんて」

「事情は聞き及んでおります」

「ふふ、その優しさ、やっぱり貴女は式神失格よ。八雲紫に近付くのは、もうこれで最後になさい」

「それは……難しゅうございます」

 

 霊夢の放つ弾幕が到達するより早く藍は跳躍し、変わらない態度で場を見下ろす紫の傍らへと降り立つ。それが藍の答えだった。

 主従共に八雲紫を騙った者の末路を見届けていた。藍は涙を湛えた目を伏せて、逆に紫は嬉々として食い入るように。

 

「擬き! ……あんた、死ぬの?」

「元々存在しなかった式神が、改めて無に帰すだけの話。大した損失ではないわ」

「違うそんな事聞いてない」

 

 ただでさえ不安定だった身体が遂に形を保てなくなっている。かつて戦った時の、何をしても効いていないような不気味さは無い。滅びゆくただの式神。

 擬き自体が、そもそも存在できているだけでも奇跡のような産物なのだ。当の本人も、ようやく来るべくして終わりが来た、という感想しかない。

 

 陰りの無い温和な笑顔を浮かべる。

 

「あっちが畜生の理に身を委ねた以上、この問答はひとまず私の勝ちよ。後は他ならぬ貴女(霊夢)が、その手で八雲紫を討滅できれば……全て解決する」

「なんで、私なの?」

「前の幻想郷で──私の元となった八雲紫の死因を作ったのが博麗霊夢だったから。貴女にも紫同様、強固な因果が纏わりついているわ。どんな終わりも受け付けない難儀な体質も、貴女なら打破できる可能性がある」

 

「殺さない」

「それが彼女の望みでも?」

「いやよ、絶対に嫌」

 

 ようやく示された明確なビジョンを霊夢は切って捨てた。因縁だとか、八雲紫の想いだとか、そんな重圧を受け取るのは真っ平御免である。

 霊夢の望みはもっと軽くて俗なものだ。

 

 霊夢は膝をつくと、崩れゆく擬きの手を掴む。

 

「誰があんたらの言う通りに動いてやるもんか。私は楽園の巫女、博麗霊夢。どうあっても幻想郷は守る! そして人間も妖怪も、(アイツ)も。軽々しく死なせやしない」

「……」

「だからアンタも、死ぬな紫」

 

 擬きは首を横に振った。

 それは違う。一言一句間違っている。そもそも自分は生命体ではないのだから、この身に訪れるのは死ではなく、況してや八雲紫でもなし。贅沢過ぎる。

 

 だが博麗霊夢がそう言ってくれるのなら、間違えているのは此方の方なのかもしれない。

 

 死への憧れ、幻想。

 それらを抱いた事が無いかと言えばきっと嘘になる。だがその意味を最後まで理解しきれなかった自分に資格はないのだろう。

 ただそれでも、憧れるだけでも許してくれるなら、それは何よりの安らぎになる。

 

 擬きには十分過ぎる手向けだった。

 

「霊夢。だから貴女じゃないとダメなのよ」

 

 溶ける視界はもはや像すら結ばず、闇の中に紅白を残すのみ。だがそれもやがては消え去った。

 

 自分に死後というものは無い。虚無に消えゆくだけの存在しない者。

 だけどもし、何かの間違いで、同じく虚無に消えた『みんな』がその先に居るのだとしたら。

 記録の中だけでなく実際に一度くらいは会ってみたいものだ。

 

 その限りなく薄い微かな希望が、自分の過ぎたる想いを肯定してくれるのだから。

 

 

 

 

「やっぱり、AIBOには敵わないわね。最後までしてやられたわ。けどこれが式神の限界」

 

 どこか感慨深げに呟く。

 

「幽々子が暴走した時やヘカーティアとの戦いに余計な力を使ってさえいなければ、こんなところで消える事はなかったでしょうに」

「そしたら私ももっと早く目覚められたのに、とことん邪魔してくれた! そのくせしてヤケに大人しく消えちゃうし、拍子抜けだわ」

「そう言わないの。自らに書き込まれた使命に妄執するしかなかった彼女にはそれしか道が無かったの。生き残ってさえいれば違うビジョンも得られたかもしれないけど」

「あはは、しかしそうはならなかった。それでこの話は終いだがな!」

 

 結局話の流れをいまいち掴めなかったのだろう、ぬえが飽き飽きしながら言い放ち、それをやんわりと、しかし明るい口調で紫が諌める。

 一方で残された者達の反応は様々だ。

 

 藍は振袖を顔に当て、さめざめと泣いていた。溢れ出る涙は止め時を失っている。

 諏訪子は自分なりに大体の事情を察した上で、先程まで其処に居た筈の存在に思いを馳せた。感じ入るものがあったのだろう。

 そして、霊夢は──。

 

「さて……あっという間に1人になってしまったわね。貴女は昔から単独行動を好んでいたけれど、果たしてこの状況に至っても同じ事を言えるかしら?」

 

 弛緩した空気が一気に張り詰める。

 紫の意思と共にぬえと諏訪子が臨戦態勢を整え、藍が本丸を守るように一歩前に進み出る。

 世界の頂点に立つ者が同時に3人、半包囲の状態から霊夢へと混じり気無しの純然たる殺意を向ける。戦う前から死を確定させんばかりの容赦無い威嚇行為。

 

「頼もしい『私』はもういない。お友達はみんな蚊帳の外。──だから日々忠告していたのよ? 独りでは何事にも限界がある、だから仲間を頼りなさいって」

「昨日も言ってたわね」

「あらそうだったかしら。でもそういう事。最後まで私の言う事を聞いてくれなくて悲しいわ」

 

 決別には十分な言葉だった。

 諏訪子が鉄の輪を投擲せんと身を捩り、ぬえが三叉槍を振り翳す。だがそれらが放たれるよりも僅かに早く、霊夢の顔が綻ぶ。

 絶望はカケラも存在しなかった。

 

「独りじゃないわよ」

「ふふ、強がりは何の意味も持たないわ」

「違う。独りじゃないのはアンタよ、紫」

 

 

 純白の巫女袖が空を薙いだ。

 流麗な舞が如く、靡く。

 

「幻想郷にはね、アンタを独りにさせるのが我慢ならない奴らが沢山いるの。理解できないけど」

「……」

「その中の1人が私ってだけ、よっ!」

 

 何の前触れなく身体を揺らし、空を切る不自然な音が響く。存在しない者による存在しなかった筈の一閃。それが空振って本来の形を取り戻しただけだ。

 

 そして霊夢は間髪を容れず自分が居た虚空へと手を伸ばし、無を掴み、倒れるまま力任せに地面へと叩き付けた。

 

「ぎゃんっ!」

 

 可愛らしい叫び声とアスファルトの破砕音が入り混じる。道路が陥没したことで両サイドの建造物がみるみる傾き、そのまま倒壊した。

 粉塵噴き上がり、爆心地の中心には背中を強か打ちつけ悶える少女の姿がある。

 

 古明地こいし。その手には数多の大妖怪、そして姉を重篤に追いやった包丁が握られていた。

 一突きでも成功していれば意識が霧散し、霊夢は戦闘不能に陥っていただろう。

 

「ぐえー! いったぁーい!」

「あっはははは! 惨めだなこいし!」

「っと、笑ってる場合じゃないよ」

 

 霊夢の行動は早かった。

 振り向きざまに反対方向の諏訪子に向けて封魔針を投擲して横槍を阻害。その間にぬえへと迫り、横薙ぎにお祓い棒を振るう。

 ぬえとて大妖怪としての驕りと余裕はあれど、油断は一切ない。霊夢の機動力に若干驚きはしつつも動きは見切った。三叉槍で棒を絡め取り痛烈なカウンターを仕掛けてやろうと、万全に待ち構える。

 

 噴き上がる鮮血とともに、ぬえの視線が真上を向いた。天地がひっくり返った。

 これには然しものぬえも自らの身に起きている事態を把握するのに数瞬の時を要した。

 灼けつくような痛み。どこを斬られた? 

 首だ。切先が首を掠めたのだ。あと拳一個分でも深く斬られていれば完全に切断されていたかもしれない。

 莫大な霊力を纏う一撃がぬえの三叉槍を破壊し、肉を抉っていた。

 

 当然、追撃を座して見守る手心は必要ない。これ以上の勝手を阻止すべく、諏訪子の練り上げた呪がミシャグジの成れの果てとなる触手を象り、倒れ伏すこいしとぬえを諸共吹き飛ばす規模の攻撃で圧殺せんと迫る。

 彼女らに互いを思い遣る博愛精神など無く、あるのは統一された機械的な意思だけだ。

 

「祟り神『赤口さま』」

 

 同輩2人の居た場所が粉微塵に吹き飛び骨肉の砕け散る音がしたのとほぼ同時、途端に眼前を埋め尽くした御札群が妖しく発光する。死角から放たれたゼロ距離の奇襲。

 即座に紫から送られてきた情報で亜空穴による回避が状況に該当したが、もはや手遅れだった。

 

「夢符『封魔陣』」

 

 祝詞を詠む必要すらない。

 荒れ狂う霊力に晒された諏訪子は充填していた呪を霧散させ、衝撃そのままに成す術なくビル壁へと突っ込んだ。都合良く紫の陣取るビルの真下である。

 

 その場所も既に射程範囲である事を示すアクションとしては十分過ぎる。包囲は壊滅。頼りになる自分の一部達を歯牙にかけず、霊夢はただ歩みを進める。

 

 蛮勇と同じく、天性の勘、そして戦闘センス、全てがここに極まれり。霊夢の頭は過去最高に冴え渡っていた。

 これが八雲紫が信じた最強の姿。生半可な対応では止めることすら能わない。

 

 

「私にはアンタの苦しみの正体が分からない。何に絶望してるのかすらね」

 

 答えはなかった。顔から笑みが消えている。

 

「本当ならそれを取っ払って楽にしてあげたいけど……ごめんね。紫に手が届くのなら、どうしても諦めきれないの。だからこれからも苦しんでもらわなきゃならない」

 

「酷な話ですこと。望んでもいない幻想へと誘い、私に覚めない悪夢を永遠と彷徨い続けろと?」

 

 愚問だ。

 

 

「それがアンタの帰る場所(幻想郷)よ! 八雲紫ッ!」

 

 

 

 




AIBOへの鎮魂歌

最新作にて藍様が畜で生な時代があった事が判明しましたが、幻マジでも同じような出来事は起きています。しかし予め紫が介入してるので式神化は確定路線です。同盟長涙目。
藍様の過去や飯綱丸様の件もそうですが、後の世に影響を齎しそうな事は全部「八雲紫が手を打っていた」で強引に排除してしまう荒業。最新作で今後新しく幻想郷の賢者が判明しても多分消されてます。

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