幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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蓮メリちゅっちゅ
作中経過期間はかなり曖昧です。


【リユニオン秘封倶楽部】

 

 

「お早う御座います。ご機嫌は如何でしょうか? ……お休みのところ失礼致しますね」

 

 私の一日はまず、眠る貴女様の顔を、身体を、濡れた布で拭いてあげる事から始まる。

 呼吸以外の生命活動を一切行っていないため汚れは何も無いけれど、少しでも不快感なく過ごしてほしいから。お召し物も新しく取り替えて、清潔に保ち続ける。

 

 一通り行って満足したら、障子を開けて外の空気を取り込む。暴力的な日差しは幾分収まり、今は陽気な暖かさと言える程度になってきた。

 

 からりとした風が心地良い。もう夏が完全に過ぎ去る頃か。

 ──そういえば、貴女様は秋が好きで御座いましたね。ならば今日は良い日だ。

 

「今日もいつも通りお日柄が良くて、過ごし易い日が続きそうです。庭の木々もそろそろ紅く染まる頃やもしれませんね」

 

 布団の側に跪いて一緒に開放された風景を眺める。

 枯れ果てた木が葉を付ける事は二度と無いだろう。でもそれじゃ味気ないから、しばらくの間は紅葉を楽しめるようにしておこう。数週間程度あれば私でも再現できる。

 何も無いよりも、彩りがあった方が喜んでくれるに違いない。

 

 ああそうだ、食事をお待ちしなければ。

 私が昨晩置いていた手付かずの夕食を回収し、代わりに朝食を枕元に置いておく。

 こんなに長く眠られているのだから、きっとお目覚めになった際は相当お腹を空かせている事だろう。ちゃんと用意しておかなきゃ。

 

 次に、部屋奥の襖を開けて鎮座する仏壇を丁寧に拭き上げる。写真立ても念入りに、かつての美しさが少しでも損なわれないようにしっかりと。

 そして油揚げを供えた後、仏壇に手を合わせる。

 

 ここまでがルーティンだ。

 昨日までの出来事と、今日の予定を2人に報告して、私の早朝の日課は終わる。

 

 

 藍様。私は今日も元気です。

 外の世界で少々問題が起きました。すぐに歪みを修正いたしますが、結果として『来るべき日』がかなり早まったように感じます。

 不安は日々高まるばかりですが、私は決して挫けません。藍様の分までしっかりお役目を果たします。どうか最期まで私達を見守っていてください。

 

 

 深く、深く。項垂れるように拝む。

 こうして報告ができるのも、きっとあと僅かだろう。それはとても良い事なのだけれど、私にとって拭いきれない切なさが、寂しさがある。お門違いだと分かっていても。

 

 感傷に浸り過ぎると業務に障る。私は自らに課せられた役目を今一度思いおこし、心を保たせた。

 さあ、行こう。外の世界へ。

 

「少しばかり幻想郷を離れます。来客は無かろうかと思いますが……何かあればすぐに戻りますので、どうかご容赦くださいませ」

 

 足を擦らせ真後ろを向いて、眠る貴女様へ頭を下げる。

 次は紅葉なんかよりもっと良い事が話せそうです。きっと大いに喜んでくれる。

 だから──その時まで、どうか安らかに。

 

 お休みなさい。紫様。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 錆びついているのか、やけに重く感じる窓を力尽くでスライドさせる。入ってくるのは排ガス混じりのなんて事のない風だけど、篭りっぱなしよりかは全然良い。

 一息ついて備え付けの丸椅子に腰掛ける。

 

「どう? メリー。寒く無い?」

「ええ大丈夫。とても涼しくて心地が良いわ」

「そっか。林檎剥くけど食べる?」

「貰おうかしら」

「おっけー」

 

 持参したバスケットから林檎を一つ、包丁を一本取り出す。どうにかして綺麗に皮を剥きたいんだけど、何分初めてのことだからちっとも上手くいかない。

 教授達みたく苺を見舞品にすれば良かったなぁ、なんて後悔するがもう遅い。果肉のたっぷり付いた皮をゴミ箱にボトボト落としていく。

 

「なんか凄い音してるけど大丈夫? 無理しなくてもいいわよ」

無問題(モーマンタイ)! ほら召し上がれ」

「ありがとう。……美味しい」

「誰が剥いても味なんてそうそう変わらないからね。故に無問題」

「ゴツゴツしてるけどね」

「次はきっと上手く剥いてみせるわ。──はい、あーん」

 

 メリーの口元に奇妙な形となった林檎の欠片を運んでいく。まるで雛に餌付けする親鳥の気分だわ。

 

 目が見えなくなって不便の極みだろうに、メリーはそれを感じさせないほど溌剌としていた。いや──正確には、私の前だけでは。

 頭を何周もする分厚い包帯。身体の至る所に浮かぶ痛々しい青痣。無事なわけがない。

 

 泣きそうになってるのは私だけか。

 

「ごめんメリー。ちょっと席外すね」

 

 室外に出て涙を拭う。

 見えなくてもメリーの前で泣くのは嫌だった。嗚咽なんて聞かれたら言い訳ができない。

 しっかりしなきゃ。私がメリーを支えるんだ。

 

「随分と参ってるみたいね」

 

「……教授。それにちゆり」

「久しぶり蓮子くん。あの海と惨劇の日以来かしら。元気にしてた?」

「無神経過ぎるぜ夢美様。ごめんな蓮子」

 

 通路の奥からやってきたのは岡崎夢美と北白河ちゆり。相変わらず派手な身なりだ。慌てて瞼を擦る。赤くなってないだろうか。

 教授の言う通り、みんなで海に行ってから1ヶ月半は経つが、その間一度も会っていなかった。メールで話したりはしてたけど。

 軽い会釈をして、要件を目線で尋ねる。

 

「きみと同じだよ、我々もメリーくんの見舞いに来たの。奇遇だね」

「私は毎日居ますので」

「そうなの。相方想いね」

「……メリーがお礼を言ってましたよ。苺と、通報について」

「やはり聡いわね貴女達は」

 

 教授はわざとらしく肩を竦めた。

 メリーを間一髪で救った匿名の通報は十中八九、教授達によるものだろう。あの晩に私の下に届いたメールもかなり不可解だったしね。

 

 故に、私は彼女達を怪しんでいた。

 

「メリーを襲った人について何か知っているんですか? まさか関係者なんて事は」

「それは勘繰り過ぎだぜ蓮子。まあ疑われる理由は十分だから仕方ないけどな。教授なんか見るからに怪しい風貌してるし」

「喧しい」

 

 暫定不審者だしね。そんな人達と海水浴に出かける私達もアレだけども。

 疑いの理由は、彼女達のメリーへの認識にある。2人は間違いなく、メリーの能力を危険視していて、なおかつ興味を持っていたんだ。

 

 それが意味する事とは。

 

「蓮子くん、一つだけハッキリさせておこう。確かに私は貴女達秘封倶楽部を危険視している。万が一に備えて監視すらしているわ。ハーンくんが襲われている事に気付けたのはそのおかげ」

「やっぱり私を利用して……!」

「貴女の優しさと好奇心に付け込んだのは事実よ。ごめんね。……だけど同時に、私は貴女達の素敵な活動を応援したいとも思っているの」

「はい?」

「ハーンくんが眼を潰されたあの一件、アレは私に言わせてみれば反則技だ。全く道理に合わない甚だ愚かな選択。腹が煮え繰り返る思いよ」

 

 苛立たしげにそう呟いた。

 目にはハッキリとした怒りが宿っている。

 

「あの夜、ハーンくんを襲ったのは物怪とは違う怪異の一種。貴女達の観測している境界より更に上の世界が弄した策よ」

「何を、言って……」

「そいつらは世間一般的に神と呼ぶに近い存在なのかもね。そして蓮子くん、きみも同じように狙われていた可能性がある。あの夜、あの瞬間に」

 

 私は堪らず駆け寄って教授の肩を掴む。弱々しいそれは、私の僅かな力で簡単に揺れた。

 

「訳が分かりません。何故私とメリーがそんなものに狙われなければならないんですか!? 心当たりなんて……いや無いわけじゃないですけど」

 

 墓を回したり、禁足地を踏み荒らしたりはした。それのしっぺ返しというなら後悔が募る話だ。

 でも教授は静かに首を振る。

 

「アレらはね、貴女達の存在が邪魔で邪魔で仕方がないの。秘封倶楽部の活動云々のせいではなく、生まれながらの性質が自分達に不都合だから。実にくだらないわ」

「……」

「私は貴女達を害しての決着はフェアじゃないし、何の解決にもならないと判断している。つまらない、本当につまらない連中よ」

 

 

 

 メリーの能力は、境界を観測するだけのものから、夢と現を地続きにするものへと変貌しつつあった。その果てが意味する事は、私にはまだ分からない。眼を失った結果、どのように作用するのかすらも予想できない。

 でもメリーの経過を観察していると、それが少なくとも良い方向の話ではない事は分かった。

 

 私と共に居る時、メリーは至って普通だ。失明以前と変わらない態度で私に接してくれている。私が気を病まないよう無理をしてくれてるのかとも思ったけど、それを踏まえてもメリーは普通だった。

 だが担当医や岡崎教授の話を聞くに、私が見る以外のメリーは……。

 

 まず、睡眠が増えた。いくら呼び掛けても反応しない事が多々あって、その時間は日々増えていく一方だ。私が来た時は起きてる事が多いけどね。

 メリーの眼には暗闇しかないのだから、睡眠時間が増えるのは当然だろう。痛みを抑えるために鎮静剤を投与されてるようだし。だがそれでも異常だった。寝たきりで目を覚まさなくなる可能性すらあるそうだ。

 

 それに伴って、どうもメリーは夢と現の境が把握できずに居るようだった。

 自分の意識が覚醒しているのかすら判別がつかないそうだ。私と話している時だって、何度も此処が夢でないことを確かめるように問い掛けてくる。その度に私は彼女の手を取って、確かに存在しているのだと伝えてあげることしかできない。

 

 時間は私達の味方にならなかった。

 日を重ねるごとにメリーは疲弊して、壊れていく。

 

 

「ねえメリー」

「……どうしたの?」

「ごめん、呼んだだけ。起きてるかなって」

「……どうかな。蓮子と話せてるなら、多分そうだと思う。私ちゃんと話せてるかな」

「大丈夫、大丈夫だよ」

「……こっちきて」

「うんいいよ」

 

 私が顔を寄せると、メリーの手が頬や髪に触れる。形を確かめるように撫で回す。ちょっとくすぐったい。

 満足したのか、メリーは枕に頭を落とした。

 

「貴女の顔を忘れそうになるの。だから触ったの。ごめんね薄情者で」

「特徴のない顔だからね。気にしなくて良いよ。まっ、私は一生メリーの顔を忘れないと思うけどねー」

「私だって貴女のこと、忘れたくないわ。でも暗闇ばかり見てると沢山の物事が頭に浮かんできて、かつての鮮やかだった光景が色褪せていく」

「……」

「私、怖いよ。蓮子のこと忘れてしまいそうで」

 

 メリーの弱音も日々増えていく。

 限界なんだ。全部が。

 

「暗闇ってさ、なんで怖いんだと思う?」

「……人の子はみな、闇から生まれるから」

「母親の心が分かって恐ろしいのかな? ──きっとね、みんな闇自体は怖くないんだよ。その中と外の隙間に潜む住人が恐ろしいから」

 

 人間の根源的な恐怖とはなんだろうか。

 飢え、病、寒冷、闇、死……。ここらをよく聞くけど、私は『私でない誰か』だと思っている。

 

 メリーの暗闇。その外側には私がいる。

 彼女が二度と害されぬよう、私は恐怖を取り除く存在となろう。闇を喰らい、光に溶かす。

 2人でずっと歩んでいくって、とうの昔に心に誓っているから。なんて事のない話だ。

 

「また一緒に旅に出られるよ。だからそう弱気な事言わないで、次に行くところを考えよう。日本中の不思議を集めるまで私達の活動は終わらないんだから」

「以前のようにはできないわ」

「秘封倶楽部は永劫不滅よ。何人たりとも私達を妨げる事はできない!」

「……私のこと、忘れてくれてもいいよ?」

「絶対嫌だ。ずっと一緒」

 

 2人でなら何だってできる。何も変わらない。

 そう自分に言い聞かせるように叫んだ。

 

 メリーは唇を震わせながら、弱々しく頷いた。

 

 

 

 *◆*

 *◆*

 *◆*

 

 

 

「危ないところでしたね。大丈夫ですか? 意識はハッキリしていますか?」

「──あ、れ?」

 

 1秒前と今に至るまでの情報が一致しない。

 現実との偏差。乖離。

 

 私はいつの間にかアスファルトの上に転がっていた。病院の側だ。

 秋の暮れだというのに、とても熱く感じる。いや、私が冷たくなっているのか? ダメだ、何も完結しない。何も分からない。

 

 ふと、呼び掛けてくれた人に視線を向ける。

 私と同い年くらいの、少し幼さの残る顔をした女性。橙色のミディアムヘア。相方愛用の物に似ている緑のナイトキャップ。白いワンピースの上に、中華風の導師服を着込んでいた。倒れる私に手を伸ばしている。

 

 姿形は一般人そのものだけど、もういい加減、私にだって分かる。人間じゃない。

 いつまで経っても手を握らない私に飽き飽きしたのか、脇の下から持ち上げられて無理やり立たされた。まるで猫のような扱いだ。

 

「よいしょ。立ち眩みとかがあったら言ってくださいね。治しますから」

「い、いえ大丈夫ですけど……ここは?」

「ああ貴女は上から落ちてきたんですよ」

 

 人差し指を一本立てる。

 見上げてみると、窓が開け放たれた一室がある。あそこから落下したのか? 

 でもそんな記憶は……。

 

 待て、違う。そうじゃない。

 思い出せ。私は何をしていた? 私はさっきまで、誰と何を話していた? 

 

 決まってる。私は……! 

 

「っ、メリー!」

「一度先程の病室に戻りましょうか。さっ、口を閉じていてくださいね」

 

 急いで駆け出そうとした私を制止して、今度は人差し指を私に向ける。すると視界がみるみる歪み、気付けば病室の丸椅子に腰掛けていた。

 そして間髪を容れず、開け放たれている窓から先ほどの女性が飛び込んでくる。

 

 何だこれは? 

 もしや化かされているのか? 

 

 いや、それよりもメリーは何処!? 

 パイプベッドに横たわっていた彼女の姿はなく、最初からそんな者など居なかったかのように、掛け布団が丁寧に折り畳まれていた。

 私や教授が見舞いに持参していた物だけが備え付けの棚に置かれている。

 

 動ける筈がないのだ。

 あんな怪我していて、目も見えないのに。

 

 急いで携帯端末を確認するも、メリーの名前はなかった。まるでこの世から1人だけ煙のように消えてしまったみたいに。

 記憶も酷く曖昧だ。話した内容、メリーの表情、全てが断片的にしか思い出せない。

 

 私はこの1ヶ月、本当にメリーと会えていたのか? 

 

「あのバカどうして……!? さ、探さなきゃ!」

「無駄でしょうね。先程までの貴女様方は()()()()()()()。実在しない痕跡から失せ物を探すのは不可能に近い。残念ですけど」

「アイツ、大怪我してるんです。しかもまた変なのに襲われでもしたら……!」

「ああその点に関してはご心配無く。貴女様の相方を傷付けた者、そしてそれを裏から操っていた者、全て私が殺しておきました。もっとも、今のマエリベリー様を害す事のできる者などもう居ないとは思いますが」

「殺したって……何なんですか貴女は」

「同類です。ほらこの通り」

 

 訝しげな視線を払うように彼女は手を翻す。

 不快な破裂音を響かせながら、眼前の空間が裂けた。あまりに突然のことに驚いて腰を抜かしてしまった。その裂け目は、間違いなくメリーが使っていたものと同じ物だ。こっちの方が若干禍々しく感じない事もないが。

 

 メリーの能力が成長した、その成れの果てが目の前の怪異のような存在なのか? 

 分からない。分からないけど、そんなとんでもないのが向こうから接触しに来てくれたのは渡りに船だ。

 

 私の眼が告げている。

 この怪異こそ、メリーに繋がる唯一の道筋なのだと。

 

「……相方を探せるんですか?」

「できます。但し今ではない」

 

 もう怪異でもなんでもいい。

 藁にもすがる思いでの問い掛けは、あっさり肯定された。ニッコリと、笑みを絶やさずに頷く。

 

「蓮子様も薄々気付いているのでしょう? マエリベリー様の能力が誤作動を起こしたのです。今、彼女の周りの境界は非常に不安定だ。見境がなく、何が起きているのか本人ですら把握できていない。歪みは拡大する一方」

「ならその歪みの中心に向かえば!」

「その通り、辿り着けるやもしれません」

 

 しかし、と付け加える。

 

「理を破壊する境界の坩堝に飛び込んで無事なままなんてありえない。次、マエリベリー様に巡り合う事があれば、その時は貴女様が死ぬ時です。しかし恐らく、貴女様でなければあの方を呼び戻す事はできない。……さて、どうしたものやら」

「メリーの居場所を教えてください。私が迎えに行きます」

「何度も言いますが、死にますよ? 骨すら残らない。記録にも残らない。初めから無かったことにされるかもしれない」

「死んでもいい。メリーを独りにさせない」

「ならば意味のある死にしていただきましょう。その為に私が参ったのです」

 

 しゃなりと窓の縁から私の目の前に降り立つと、宥めるように、敬うように私へと言葉を紡ぐ。

 一眼見た時から分かっていた。これは諏訪の地で出会った『サナエさん』と同類だ。アレから悍ましさを引いて胡散臭さを足したのがこの怪異。

 

「貴女の勇気と想いに敬意を」

 

 彼女はきっと、私を破滅へと導く死神。

 でもそんな彼女の手招きが、私には差し伸べられた救いの手にしか思えなかった。

 

「悪魔の契約気取りで対価を寄越せってわけ?」

「そんなまさか。ただのお願い事で御座いますよ。正確には私の御主人様から、ですけども。内容は御主人様から直接お伝えさせていただきます。蓮子様にとっても決して悪い話ではない」

「分かったわ。その人に会わせて」

「……本当に大切な方なのですね。自身の命を即決で投げ打ってでも救おうとするとは」

「……」

 

 愚問である旨を視線で投げ掛ける。

 すると彼女は目を細めて、私の頭に何かを乗せてくれた。帽子だ。転落した時に離れていたのだろうか。

 

「明け方に再度お迎えに上がります。それまでは何が起きても未練が無いよう、好きにお過ごしください。……もし明日までに決心が鈍ったところで誰も責めません」

「待って! 私は今からでもっ」

「此方の準備が整っていない。先程述べた通り、マエリベリー様に近付ける者はもう居ません。その点については御安心ください」

「けど……」

「大丈夫です。手が届くところまで絶対に蓮子様を連れて行きますから」

 

 はやる気持ちを抑えて不承不承に頷く。

 

 私が思いつく限りの『やり残し』を一つずつ列挙してみたけれど、その殆どがメリーと一緒にやろうと思っていたものだった。

 極一部、私的な未練もあるけど、なるほど半日あれば全部果たせそうだ。

 私は驚くほど薄っぺらかった。

 

 メリーごめん。

 あともうちょっとだけ待ってて。

 

「私の大切な人なんです。どうしても、どうしても救ってあげたい。どうかお願いします」

「任せてください。それではまた明日」

「えぇと、せめて名前だけでも教えてくれません? なんて呼べばいいか」

「あら言ってませんでしたっけ?」

「そもそも何者なのかすら知らないんですけど」

「アハハ……申し訳ございません。どうやら私も焦っているようでして」

 

 帰還する為に開いたのであろう空間の亀裂をそのままに、陽気な笑い声を上げる。うっかりしていたとばかりの言い様だ。というか実際そうなのだろう。

 なるほど、これが素か。

 

 と、ついさっきと同じように視界が馴染む。

 

 

「私の正体は化け猫。名は八雲橙」

 

 

 ナイトキャップの外から覗く可愛らしいふさふさの耳。スカートから伸びる細長い二尾。

 もう驚かない。驚かないわ……! 

 

「お二人が欲してやまなかった幻想に引導を渡す者。かつての理想郷を管理する賢者です」

 

 玉のような愛嬌ある二つの瞳を細めて、彼女はあどけなさの残る笑みを浮かべていた。




幻想郷最後の賢者です。
この話に出てきたキャラ全員かなりギリギリな状態で頑張っているそうです。ぐっすり眠ってるだけの人もいましたけど。

また妖怪の藍様に仏壇はこれ如何にとも思いましたが、アルティメットブディストなので……。

評価、感想いただけると完結に向けて非常に励みになります。なります。

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