幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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新作楽しみですね♡


藤原妹紅と宇佐見菫子の奇妙な冒険③

 

 幻想郷で今ホットな場所といえば、やはり人里が一番に挙がるでしょう。

 これまで重要な出来事が起きた時、何かと蚊帳の外となるのが多かった人里だが、良くも悪くもようやく脚光を浴びたのだ。

 

 緩衝地帯、妖怪勢力の空白地としての立ち回りでクセのある大妖怪達と渡り合い、平穏を実現してきたのは見事。人間を護ってきた歴代の知恵者達の統治手腕には感服するばかりだ。

 

 しかし、幻想郷そのものを大きく揺らがせた大異変の前についに安寧は崩れ去った。

 さらには異変後も復興を名目として様々な勢力から莫大な資本が流れ込み、他所の影響力が遥かに増している。今や陣取り合戦、草刈場と化しているのが現状だ。

 

 幻想郷成立からはや百と数十年。人里は大きな転換を迫られているのかもしれない。

 

 とまあね、なんで急に改まってこんな話をしたのかというと、その余波を真正面から浴びまくっている可哀想な少女が目の前にいるからだ。

 

「久方ぶりね阿求。えっと……ちょっと窶れた?」

「8徹目です。まだまだいけます」

「お大事に……」

 

 ドス黒く濁った瞼でこちらを睨み付けてくる阿求の擦れ切った姿に、私は涙を禁じ得なかった。ただでさえ短命な阿求の寿命が壊れてしまうッ! 

 里長、賢者としての業務にただでさえ忙殺されているというのに、それに加え人里が妖怪の(懐の)食い物にされている現状が合わさった結果、阿求の労働環境が著しく悪化してしまったのだ。

 

 今日はそんな彼女を見かねて助っ人に来たって運びですわ。

 まあ、阿求の仕事がオーバーフローした理由の何割かは私のせいかもしれないしね。具体的に言うとマミさんとか慧音失踪とか。

 

 ついでに私1人じゃ助力の内容などたかが知れているので、データ整理担当として橙を呼んでいる。こういう単純作業を任せて式神の右に出る者は居ないわ。

 今も黙々と稗田の使用人達が運んでくる資料や報告を順繰り捌いてくれている。

 ……マジでもう『八雲』くらい名乗らせていいよね? よね? 

 

「本当に助かります……ありがとうございます」

「気にしないで頂戴。人里の安定は巡り巡って幻想郷の安定に繋がります。妖怪の影響力が人里内で増すのは確かに憂うべき事態ですが、上手くいけば貴女達の地位をさらに盤石なものに整える事にもなりましょう」

「なんと、妖怪達の熾烈な経済戦争を止める手立てを既に考え付いていると?」

「幻想郷のメカニズムを把握すればなんて事はありません。経済を操るのは常に『神の見えざる手』によるものですもの」

「あー、市場の神というやつですか」

「その通りですわ」

 

 髪をかき上げながらドヤ顔でそんな事を宣ってみる。昨晩のうちに霖之助さんから蘊蓄本を借りて上手い事リハーサルしてた甲斐があったわ! 

 なお意味はよく分からない。

 

 しかし人里の問題を解決する方法は既に考案していますわ。あとは阿求がこの策に乗るか乗らないか、だけですわね。

 

「そもそも連中が急に金儲けに意欲を見せ始めたのは、異変において暴力による抗争を堪能し尽くしたのが原因でしょう。故に、今度は頭脳戦がムーブメントと化したと」

「傍迷惑な話ですね……」

「あとは兎と河童(と狸)が力を付けた事が発端ですわ。彼女達は異変での貢献度が高く、出過ぎた行為をあまり咎められないのでやりたい放題よ」

「兎鍋食べたい」

 

 阿求が壊れ始めた。

 

「まあ要するにね? この経済戦争をひたすら盛り上げまくって、最終的に私達が客観的な立場から一区切り付けてあげればいいのよ。祭りが終われば自然と沈静化していくのが幻想郷の常ですわ」

「荒療治、という訳ですか。確かに試してみるのはアリですが、これでブームが収まらず更に加熱し始めた時は……?」

「うーん……もう一度大規模な異変を誰かに起こしてもらうとか?」

「勘弁してくださいよ」

 

 ああ、阿求の顔が土色に染まっていく! 

 慌てて冗談である旨を伝えるも、阿求の動悸が止まらない。後で永遠亭に行きましょうね。

 

 取り敢えずスキマ越しに阿求の肩を揉んであげながら、ゆっくり段取りについて話し合う。

 

「人里の復興が完了したら、まず一番に幻想郷中を巻き込んだお祭りを開催しましょう。苦難の異変を全員で乗り越えた事を祝う大々的な宴会ですわ」

「なるほど萃香さんの手を借りると」

「喜んで力を貸してくれるに違いありません。あと主催は霊夢にしましょう。博麗神社例大祭と併せて開催することで祭りの格を高め、説得力を持たせる」

 

 要するに「健全な競争なら大歓迎だけど、やり過ぎるようだったら霊夢が潰しに行くわよ♡」という事を暗に示す訳だ。

 博麗の巫女は全てに優先されるからね、超法規的な決定にも必ず従わなくてはならないのが掟であり、幻想郷で幸せに暮らすための数少ないコツですわ。

 

「霊夢さんを噛ませるなら問題ありませんね。それではその方向で進めていこうかと」

「あの子の説得と各勢力への根回しは八雲の方でやっておきますので、貴女はきたる時まで里内の安定に努めてくださいな。慧音がいない分、そちらの方が重要ですわ」

「本当に助かります……。防衛戦力はこれまでになく充実してるんですけど、慧音さんの役割を担える人はいませんからね。首の皮一枚繋がった気分です」

 

 慧音は人里の中核に名を連ねる高級人材。代わりなどいるはずもない。

 それだけ立派な人物だったのにどうして誘拐なんかしちゃったんだろう……。

 人は皆、心の内に鬼を飼っているのかもしれないわね……。

 

 あっ、そうだ。

 阿求の下を訪ねたのは仕事の話をするためだけじゃなかったんだった。むしろこっちの方が私にとっては重要だったわ! てへぺろ。

 

「それでね、実は用がもう一件ありまして」

「はあ。なんでしょう?」

 

 露骨に警戒されたことに若干傷付きつつ、軽く用件を伝える。

 

「前回見せてくれた幻想郷縁起の原本を渡して欲しいのよ。少々修正が必要となる箇所がありますので」

「……どこの箇所でしょう。貴女の項目ですか?」

「いえいえそれ以外ですわ。なんて事のない項なので安心して頂戴」

「どこの箇所ですか?」

 

 なんとかはぐらかして幻想郷縁起を手に入れようとしたのだが、阿求は出し渋って中々頷いてくれない。

 よって仕方なくスキマでブツを無理やり取り寄せる仕草を見せたところ、観念したのか奥の部屋から使用人に原本を持ってくるように指示してくれた。

 ちょっと横暴な気がしないこともないけど、幻想郷縁起の検閲は私の仕事なので問題ナッシングですわ! 

 恨めしそうな阿求からの視線を無視しつつ幻想郷縁起を受け取り、ページを捲っていく。

 

 確かこのあたりに……あったあった。

 古びたメモが添付された尺稼ぎのためだけに存在するページ。これが問題なのよ。

 相変わらず『ホーキングの時間矢』とやらが何を意味するのかはよく分からないけども、この一枚の紙切れが持つ意味は私にとって非常に都合が悪い。

 

 

【目が覚めたら()()に言おうっと。さて、そろそろまた彷徨い始めようかな】

 

 

 この一文がどうしても目に付く。

 何も知らずにのうのうと。……異物は排除しなければなりませんわ。

 

 該当のページを乱雑に切り離し、スキマの中に放り込む。ホントはこの場で燃やしてしまいたかったんだけど、宇佐見宅での失敗があるからね。ちゃんと然るべき廃棄方法で処分しておきましょう。

 こんな物、幻想郷に残しておく意味はありません。

 

「紫さん。弁償ですよ」

「今は手持ちが無いので後日でもいいかしら?」

 

 ほら、マミさんの差押解除のために結構無理したから……。よくよく考えるとバカンスに行って遊んでる暇なんてなかったのでは? 

 ま、まあ経済戦争のどさくさに紛れて資金調達の目処は立ってるし、なんとかなる筈ですわ! いざとなれば物乞いも辞さない覚悟もありますし! 

 

 何度目になるか分からない「ごめんなさい」を伝えた後、阿求からの疑わしそうな目を振り切るようにスキマへと逃げ込む賢者の図であった。

 橙が居れば私はもう用無しですわ。

 

 

 

 じゃ、阿求の方は終わったし、次はこっちね。

 

 ほんの少しの力と願いを込めてスキマを縦に引き裂く。そうするといつもとは一風変わった景色が私を出迎えてくれる。

 最近になって気付いたスキマの応用法だ。

 

 漆黒の大地からはいくつもの長方形の建物が生え出ており、切り取られた穴から溢れるネオンの光が闇を切り裂き、擬似的な昼を演出していた。

 連なる山々のような摩天楼が私を威圧するように堂々と聳え立つ。

 

 紫色の夜空に欠けた爛々の月が浮んでいる。

 星は地上の灯りによって見えなくなったのか、いや最初からそんなものは無かったのか。

 どちらにしろ私には得難き物だ。

 

 

 此処はどの異界にも属さない無に浮かぶ空間。

 このアスファルトも、ビルも、全て虚構が見せる醜い幻ですわ。

 

 幻想郷とも、八雲邸がある空間とも、況してや外界とも違う隔離された世界。私が生み出した境界と境界の狭間。夢幻にも満たない、空想のなり損ない。

 

 全ての物事の境界線上に立つという事は、即ち誰にも観測し得ない領域に存在する事を許された事を意味する。夢、死、無意識の境界か。

 私は"存在"の実態を、この厚さ0の認識の境であると考えています。それがこの世界を形作り、生み出す一因となったのでしょうね。

 

 この世界を感知し足を踏み入れられるのは、境界の住人たる私と、私が招いた客人だけ。

 故に私は、物を隠すなら此処しか無いと思った。思ってしまったのだ。

 

 相変わらず飾り気のない不細工な夜空にうんざりしつつ、人っ子一人として居ない寂しい世界を闊歩する。

 降り立った場所から少し歩いた先にある一棟のビル、その中の一室へと足を踏み入れる。

 

 家具一つ無い殺風景な長方形の一室。

 そこに居たのは、椅子に座ったまま私を敵意マックスで睨み付ける慧音と、目を瞑って此方に何も反応を示さないメリーちゃんボディのAIBOだった。

 AIBOの方は色々とお久しぶりなのでニッコリ笑顔で手を振ってみる。

 

 私が此処に来た目的は簡単で、絶賛拘束中の2人に今日の夕飯を持ってきてあげたのだ。ウチの残り物だけどね。多分放っておいても餓死はしないだろうけど、流石に気が引けるもの。

 

 これね、正直やっちまった感。

 AIBOは兎も角として慧音がここに居るのは完全に事故である。私が望んだことでは無いのだ。誰が悪いかと言えば……まあ、ぬえでしょうね。

 本物に近すぎるのも考えものですわ。

 

「2人ともご機嫌如何かしら?」

「我々を慮る気が微塵でもあるならさっさと解放しろ。それだけだ」

「それはできない相談ですわ。だって貴女達、知り過ぎちゃってるんですもの」

「知られて困るような過去があるなら尚更堂々とするべきだ。仮にも幻想郷の皆を率いる立場ともあろう者がこんな姑息な手で隠蔽を図るとは……見損なったぞ八雲紫」

「……そ、それに? 貴女には女児誘拐の容疑が依然ありますので」

 

 凄まじい速度でレスバに敗北したので話を切り替えた。く、悔しい……! 

 けど私の手の内を知られた以上、何の対策も無しに幻想郷に帰す訳にはいかないのよね。そうなると記憶を改竄したりとか、真実を言えなくする身体に作り変えるとか、何らかの対処が必要になってしまう。

 

 まあどんな対策を施してもさとりに見つかったらそれまでなんだけどね。

 

「だから私は菫子の行方なんて知らないと言っている! 確かに知らない子では無いが……」

「ならどういう経緯で知り合ったのか答えていただけるので?」

「……」

 

 はい黙秘。私に知られると困る事があるようで、ずっとダンマリだ。

 この態度……やはり彼女が犯人と見て間違いないわ! 私の名探偵としての勘がそう囁いている! 

 

 このまま黙秘を続けていても無駄なのにね。

 

「近いうちに『心を読む力』が我が身に戻ってくるわ。覚妖怪には及ばなくとも、貴女の隠したい事実を看破する程度なら問題ない」

「……」

「抵抗の意志は尊重しますが、全くもって賢い判断でないことは明言しておきます。誰も幸せにはならない愚かな選択ですわ」

 

 私の必死の説得にも応じる様子はない。

 ええい頑固者! 

 

 まあいいですわ。先にも述べた通り、慧音の意地もあと少しで無駄になる。時間の問題。

 私は悠々と構えていればいい。

 AIBOリスペクトな感じでクールっぽくね。

 

 

「で、貴女(AIBO)の方は? そろそろ観念してもらえたかしら」

「……」

「前みたいに仲良くしましょうよ。私、正直貴女のこと嫌いだけど死んで欲しいとは思ってないんだから。為すべき事を為せずに消えちゃうのは辛いでしょう? どれだけの犠牲を払って此処に居るのか、忘れた訳じゃあるまいし」

「……」

 

 聡いAIBOの事だ、まだ勝負を諦めていないのだろう。逆転の糸口を今も探っている。

 可哀想に、彼女は自らに書き込まれた使命に妄執しているだけなのだ。

 考えられる限りで最悪の道を辿ってしまった幻想郷を体験した私や隠岐奈に造られたから、この世界を極楽浄土か何かと勘違いしている。

 

 まあ何があったかは私も途切れ途切れにしか知らないけど、正直鬱になりかけたわ。

 できれば彼女も救ってあげたい。

 

「夢はまだまだ続くのよ」

「……目を覚ましなさい。悪夢は終わりました」

 

 駄目よ。終わらせない。

 

「いいえ。地獄のような悪夢はまさにこれから始まるの。貴女も一緒に見届けなきゃ」

「此処まで辿り着くのにどれだけの犠牲があったかなんて言われるまでもない。貴女が今やっているのは大切な者達が紡いできた想いを無碍にし、唾を吐きかけるが如き行為。侮辱でしかないわ」

 

「黙りなさい」

 

 彼女の細い首へと指を絡ませる。殺意は全くないけどね。どうせ私の力じゃメリーちゃんボディのAIBOでさえ殺せやしない。

 でも苦しめるくらいならできる。

 貴女の苦しみは私の苦しみだ。

 貴女の罪は私の罪だ。

 なら一緒に償っていくのが筋じゃないかしらね。

 

「己の正当化なんて許さないわ。決して忘れるな、勝手なエゴで私の大切な人を殺したのは、貴女とかつての私なのだから」

 

「……っ」

「おいやめないか紫!」

 

 慧音に言われて首から手を離す。慣れない事はするもんじゃないわね。

 まあ正直、止め時を見失ってたので制止してくれて助かったわ! サンキュー慧音! 

 

 AIBO相手に憎悪を抱いても仕方あるまい。彼女を殺しても私には殆どメリットがない。それに放っておいても妖力切れで消えちゃうだろうし。

 けど彼女の物言いが面白くなかったのは確かだ。ちょっとだけ苛立たしく思った。

 

 

 っと、藍から連絡が来てた。

 この空間に居ると念話までシャットアウトされてしまうのが難点だわ。利点でもあるけど。

 

 なになに──【迷いの竹林で大規模な衝突、破壊活動あり】ですって? 今更あの土地で問題を起こすような蛮族なんて居たかしら? 

 ……そういえば永遠亭に純狐さんが居候してたわ。また発作でも起こったのかな? ヘカちゃん亡き今、純狐さんを止められるのはウドンだけだからねぇ。

 

 しょうがない。少し様子を見に行きましょうか。

 此方を睨んでくる2人に向けて、笑い掛ける。

 

「それじゃあね。次に会う時が貴女達の年貢の納め時ですわ。あっ、食べた後の食器は勝手に回収しておくからそのままで大丈夫よ」

「ああ。そうしよう」

 

 ホント、次が最後になるといいわねぇ。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「アンタ、やるな。ここまでの妖怪とやり合ったのは本当に久しぶりだよ」

「それはこっちのセリフ! 不死人とはいえ、このぬえ様に食らい付いてくるとは尋常じゃない! 面白いわもっとやろう!」

 

 文字通り"死"闘と呼ぶに相応しい激戦だった。

 雷炎入り混じる天変地異。

 

 ここまで実力伯仲な殺し合いというのは、幻想郷においても然う然うないだろう。

 故に優劣がハッキリとせず、互いに泥沼へと沈みかかっているとも言えるのだが、生半可な奇策で盤面をひっくり返せるほど、ぬえも妹紅も甘くはない。

 なにせ奇策の本家大元と、不変の蓬莱人である。

 

 視認できる限りの竹林は爆熱と怪光があらかた薙ぎ払っており、これ以上は幻想郷の土壌そのものが保たなくなる。タイムリミットは近い。

 

 

「何故アンタほど強力な妖怪が八雲紫なんかに味方する。自称『天下のぬえ様』とやらはプライドも肝も無いのかな?」

「紫に恐れを為し、逃げ回る事しかできない元人間に肝の有無を問われるとは滑稽の極みだ! お前は只管に運が悪かった、同情してやる」

 

 薙いだ三叉槍が妹紅の右腕を奪い去ると同時に、血飛沫と共に放たれた熱線がぬえの頭部を消し飛ばす。何かを奪い奪われ、奪い返す。そして振り出しに。

 延々と繰り返される生き死にの逆転は、互いの価値観を逸脱した狂気の域に至ろうとしていた。

 

 だがしかし、彼女達の間には決定的な違いがあった。

 唐突に放たれたテレキネシスが、妹紅を背後から狙っていた怪異の群を叩き潰す。ほんの僅かに攻撃の手数が減るだけでも妹紅の戦い易さは相当なものだ。

 

「菫子! 攻撃はいいから自分を守ってろ」

「私は大丈夫! 一緒に戦おう!」

 

 前に躍り出る菫子に思わず眉を顰める。それはぬえも同じだった。

 

 菫子捕縛が目的である以上、彼女を傷付ける事は許されない。何処ぞのスキマ妖怪から「菫子は死なない」とは聞いているものの、同時に過度な干渉も禁じられているのがネックだ。

 

 そもそも超能力がかなり強力で、ぬえの四肢を捩じ切るなど随所で的確なアシストを成功させている。故に手を焼いていた。

 しかも時間の経過とともに精度と規模が加速度的に進化してきている。

 

 いずれにしろ、やり難い事この上ない。

 ふと、ぬえは距離を取ると、妖しい笑みを菫子へと投げ掛ける。安心させようとしているようだったが、逆効果なのは言うまでもない。

 

「お前、紫に会いたいんでしょ? それなら今すぐにでも会わせてやるよ。ほらこっちにおいで」

「……ゆかりんにはすっごく会いたいよ。だって初めてのお友達なんだもん。でも、私は自分の足で会いにいくから! もこたんと一緒にね!」

「そうか、私の慈悲に応じないか。生意気なガキめ、それなら私も容赦はいらないな。いっぺん死にな! 妖雲『平安のダーククラウ──』!」

 

 

「『死にな』じゃないよスカタン」

 

 

 いよいよ我慢ができなくなったぬえは、菫子への被害を度外視した攻撃を仕掛けるべく、スペルカードを手元に召喚する。

 しかし詠唱よりも制止の声が僅かに早かった。

 

 新手。

 心胆寒からしめる異常な威圧感。

 

 ぬえの向かい側、つまり妹紅達の背後に現れた存在が味方でない事は一瞬で分かった。

 

 その身から溢れ出る気質はあまりにも禍々しく、それでいて、ぬえのものに酷似していた。八雲紫の一派である事は明白だ。

 思わず舌打ちしてしまうほどに状況は悪化した。挟み撃ちの形はまずい。

 

 ぬえへの警戒をそのままにゆっくり振り返る。

 

(あれだけ派手に暴れちまったんだ、当然追加を差し向けてくるよな……)

 

「アンタも八雲紫の手下なんだろ。名は?」

「お見通しって感じの顔だねぇ。いいよ勿体ぶらずに教えたげよう。私の名は、洩矢諏訪子。とっくの昔に落ちぶれちゃった神様さ」

「あの妖怪の手下に成り下がってるなら、落ちぶれたって言うのも納得だな」

「手下って訳じゃないよ。古い知り合い」

 

 荒廃した土壌が歩みとともに朽ちていく。

 妹紅をして冷や汗が止まらない。落ちぶれた神という自称にしては、あまりにも『呪』が強過ぎる。

 

 奇妙な帽子と袖丈の合わない古風な服がその幼き姿をより引き立てるが、可愛らしい外見では中和しきれないほど、その神が身に纏う"終わり"は濃密だ。

 

 雰囲気で分かる。最低でも封獣ぬえと同格。

 

 一方で、ぬえは不機嫌な様子で手に持つ三叉槍を諏訪子へと差し向ける。妹紅や菫子に向けるよりも強い敵意と不満。

 

「私が一人でやるって言ったよねぇ諏訪子サマ? まさか邪魔するっての?」

「なんでそんな喧嘩腰なんだ。……まあさっきまで大人しく見てたけど、このままじゃ取り逃しそうだったからね。悪いけど助太刀してあげるよ」

「余計なお世話だ! 手を出すならアイツらより先にお前からコロス!」

「そんな物騒なこと言わないの。ぬえったら上白沢慧音の時も暴走して事態をややこしくさせてたじゃん。そんなんじゃ紫に嫌われるよ?」

 

 やや痛いところを突かれてしまったようで、ぬえは口を尖らせた。

 

「久しぶりに暴れられるチャンスで血が滾っちゃったんだよ。でも元はといえば紫が!」

「そう、紫が悪い。なら見返してやらないと」

「……分かった。一緒にやってやろう」

「よしよし。良い子だね」

 

 ぬえが折れる事で挟撃が現実のものになってしまった。

 

 三つ巴だったならまだ勝機はあったかもしれない。だが団結されてしまっては無理だ。

 幻想郷において最強クラスに食い込んでくるだろう傑物を一度に2人相手しながら菫子を守り抜くのは不可能に近い。

 しかも戦いが長引けば更なる増援が来る事だって考えられる。

 

「……菫子、一か八かだ。瞬間移動で逃げろ」

「でも!」

「頼む、お前を渡したくない。アイツらを片付けたらすぐに後を追うから、早く」

 

 天狗部隊と邂逅した時と同じく、焼身爆発の準備に入る。しかし今、妹紅の身体を巡る妖力の高まりは前回の比ではない。

 その規模は迷いの竹林全域、幻想郷の3割を熱波の嵐に包み込む域に達している。

 

 余裕綽々な様子だった諏訪子とぬえは、妹紅の狙いを看破して表情を険しくする。

 こんなものを至近距離でまともに受ければ身が保たない。如何に2人が特別であったのだとしても、木っ端微塵になってしまえば不都合が生じる。

 

「あれは許しちゃいけないやつだね。一気に無力化しちゃうとしようか」

「私に向かってエラソーに命令するんじゃない! 鵺符『鵺的スネークショー』」

「ごめんねー。源符『諏訪清水』」

 

 諏訪子の口から吐き出された呪の濁流が妹紅と菫子を為すすべなく飲み込み、さらに流れに乗って身体に付着する細長い発光体が妖力の膜を食い破り体内へと侵入してくる。まるで意思を持った弾幕。

 呪とともに血流に逆らい上へ登ってきている。

 

(くそっ……頭を目指してやがる……!)

 

 寄生虫のように自分の脳みそを弄って何か細工をするつもりなのだろうか。

 だとすれば妹紅にとって由々しき事態だ。変化を拒絶する永遠の属性でも、自らの認識の変遷は止められない。術中にハマってしまえば最悪操り人形だ。

 死ねればリセットできるだろうが、菫子の捕食が完了するまでは絶対に許してくれないだろう。

 

 なんとか死んで場を仕切り直そうと自爆を敢行するが、諏訪子のスペルが妖力の動きを阻害し上手くいかない。あまりの不快感に手足をよく見てみると、ぬらぬらした触手のようなものが巻きついている。

 また、ぬえの能力により思考スピードも格段に落ちていた。

 あまりにも鮮やかな連携だ。

 

 菫子の方はバリアを張る事でなんとか難を逃れているが、呼吸ができずに悶え苦しんでいる。迷わずテレポートで逃げていればと後悔しても、もう遅い。

 

 咄嗟に舌を噛み切って絶命を試みる。しかしこれでは死ぬよりもぬえの弾幕が先に脳へと到達するだろう。間に合う見込みはなかった。

 

(諦めて堪るか……! メリーみたいに見殺しなんて、絶対に……!)

 

 

 

「逆転『チェンジエアスレイブ』」

 

 途端に支配から解放され、妹紅と菫子は地面に叩きつけられた。少しして妹紅の自決が完了し、健康体で復活すると同時に周囲の状況を確認する。

 竹林を水没させる勢いだった濁流は一瞬のうちに消え失せており、ぬえの放った奇妙な発光弾幕も消失していた。まるで幻と戦っていたかのように。

 

 目の前にはスペルカードを構えたままの諏訪子とぬえの姿があり、直後の状態のまま凍り付いたように硬直している。

 溢れんばかりに迸っていた生命力はなく、まるで土人形が突っ立っているような違和感。

 

 やがては頭から崩れていき、散乱する土塊になってしまった。

 あまりの急転に惚けるしかない。

 

「も、もこたん……何があったんだろ?」

「さてな。どうやら助けられたみたいだけど……アンタ、何者だ?」

 

「お礼は無しかよ。助け甲斐のある連中だ」

 

 人里を徘徊する時の妹紅のように、隠れ蓑を深く被った人物が僅かに残った竹藪から此方を覗いていた。声音からして女性であるようだが、妹紅は聞いた事がない。

 人か妖怪かも分からない謎の存在。

 

「すまんな。さっきからロクでもない連中ばかりと出会すもんだから警戒しているんだよ。助けてくれてありがとう、私の名は藤原妹紅、こっちは宇佐見菫子だ。アンタの名前は?」

「おっと待ちな。私の名前を出せるかどうかはテメェらから望む答えを引き出せた時だけだ。それまでは私の事は──そうだな『幻想の叛逆者S』とでも呼べ」

「そうか分かった。Sだな」

「不審者! もこたん不審者だよ!」

「しっ」

 

 どういう術を使ったのかは分からないが、あの2人を無力化したという事はつまり、Sは八雲紫とは敵対する立場にある可能性が高い。

 話を聞く価値はあるだろう。

 

 と、Sが身を屈める。

 

「取り敢えず場所を移すぞ。八雲紫の傀儡が来るだろうし、現地住民に見つかっても厄介だ」

「しかし何処へ? 多分幻想郷の何処に居ても追手は振り切れないぞ」

「なら話は簡単だろ。幻想郷の外に出ちまえばいい。上にも下にも道はあるからな」

 

 

 

 

 

 のこのこと幻想郷に戻ってくるなり、事の顛末を聞かされた紫はストレスのあまり吐いた。それはもう盛大にぶちまけた。

 だが賢者は眠れない。一頻り休んだ後、凄まじい数のクレーム(殆どが迷いの竹林発)を捌きながら、次なる明確な手立てを考えた。

 

 そして事態を重く見た結果、菫子と共にボマー妹紅の手配書も幻想郷中に交付される運びとなる。

 

 罪状は無差別テロ容疑と誘拐補助容疑。

 自爆テロを幻想郷の至る所で見境なく繰り返し、人妖問わず目に付いた者に襲いかかるというのだ。しかも不死で手のつけようが無い。

 

 幻想郷は恐怖のドン底に叩き落とされるのであった。

 

 また、その手配書を見た蓬莱山輝夜は畳の上で転がりまくるほど存分にバカ笑いし、ノリノリで部下のイナバを追手として放ったそうな。




※ゆかりんははたての能力を(略

??「全てを無に返そう!」

卍幻想の反逆者卍Sか……一体何者なんだ……?
ちなみに『ぬえすわ』ですが、多分このコンビに囲まれて勝てるキャラは今の幻想郷には殆ど居ないと思います。永琳でも普通に不利。
つまりゆかりん最強ってことで諏訪。

妹紅の相手の悪さは魔理沙に通じるものがある。

例大祭前にもう何話か投稿できると嬉しい!
評価、感想いただけると頑張れます♡

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