幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
久しぶりのバカンスを家族の式達と存分に満喫して、さあ帰ってまいりました幻想郷!
色々と楽し過ぎて予定より何日か遅れちゃったわー。
それで今日の流れなんだけど。
結界の管理点検に向かう藍と、はたての下に遊びに出かける天子さんを朝早くからお見送り。その後夕飯用のおかずを何品か作って、ほんのちょっとお昼寝して、いい具合に体が回復したのが夕方。
何の変哲もない日常ってやつですわ。
そして締めに私が向かったのは博麗神社だった。
というのも霊夢と華扇に色々と丸投げしての休暇、もとい菫子捜索だったからね。2人には色々迷惑かけちゃったし、取り敢えず謝っておかないと。
で、現在鬼の形相と化した霊夢に胸ぐらを掴まれてるってわけ。その隣の華扇も眉間に深く皺が寄っている。
ごめんなさいて。
「アンタ……マジでいい加減にしなさいよ?」
「だから本当に悪かったって言ってるじゃないの。ほらお土産あげるから許して?」
「よこせ」
平謝りしながらスキマから手提袋を取り出す。霊夢がキレているであろう事は想定していた、故にご機嫌取りの為に用意しておいたのだ!
外の世界のお菓子は幻想郷では非常に入手困難かつ、珍味として重宝されている。
手提袋を受け取った霊夢は早速中身を物色し、満足するとチラチラ横目で土産を見ている華扇へと渡す。そして徐に袖下からスペルカードを取り出し──。
「くたばれ。霊符『夢想封印』」
「あっぶえ!」
当然のように制裁が飛んできたのでスキマでガード! もはや慣れたもんですわ! まあ、対応できてるのは霊夢が手加減してくれてるからなんですけど。
ちなみにこの霊弾をそのまま放置しておくとスキマ空間がボロボロになっちゃうので、適当なところに捨てておきましょう。そうねぇ……月面でいいや。
「次またふざけた事したら今度こそ消し飛ばすから」
「とは言ってもねぇ、今回はどうしても幻想郷を空けなきゃいけなかったのよ。それにちゃんと居なくなる旨は伝えておいたでしょう?」
「野良妖怪に伝言させるな!」
霊夢に面と向かって言えばキレられるのは目に見えていたわ。なのでルーミアに言い逃げしておいたのだ。この様子だと私の判断は正しかったようね!
華扇? 美味しいお土産渡せば大抵許してくれるから……。
取り敢えず言いたい事を全部言い切ったらしい霊夢は、一息つくと縁側へと腰掛ける。どうやら持ってきたお土産をそのまま食べてしまうようだ。
既に包みを開けて半分ほど食している華扇から箱ごと引ったくっている。
「ふぅ……それにしても今回の外出は迂闊過ぎますよ、紫。賢者としての自覚が希薄過ぎる。よりにもよってこんな時期に……」
「説教は霊夢で足りてるけど?」
「隠岐奈亡き今、新体制の在り方が問われている。そんな時にトップである貴女が姿を消して幻想郷を不安定にさせてどうするのですか」
「貴女もトップでしょうに」
「殺されたいの……?」
マジの殺気に思わず身が竦んだ。隣では霊夢が「他所でやれ」と言わんばかりに嫌そうな目を向けている。
なんだろう、華扇とはそこそこ付き合いが長いので思わず萃香を相手するような対応をしちゃうのよね。もしや私が一方的に友達だと思っているだけ……?
と、取り敢えず幽々子用に買っておいたお土産を追加で渡しておこう。そうしましょう。
「私は貴女や隠岐奈のように、幻想郷そのものを左右するような影響力を必要としていないと常々言っているでしょう。この地位にいるのは完全に成り行きよ」
「そうでしたわね。しかし今や古株の賢者は私と貴女、そして天魔だけ。他は皆、消えてしまいました。……この状況で貴女を失う事は受け入れられないわ」
「ならば私が賢者を続けたくなるよう、最低限の責務は果たしてもらおう」
半ば脅しのような言葉に私は頷くしかなかったのだった。
あれだけ居た賢者も設立当初からのメンバーはもはや3人だけ。途中離脱してたてゐを含めると4人だけど、それでもとんでもない話だ。
他の皆はね……異変のゴタゴタで殉職したか、幻想郷に見切りを付けて雲隠れしちゃった……。気持ちは痛いほど分かるので強くは責めまい。
今の賢者は先ほど述べた4人に阿求を加えて全員である。応接間……まこと広うなり申した。
「賢者の枠を拡充すれば済む話だと思うんだけどねぇ。なにせ今の幻想郷には人材が溢れかえっていますので」
「故に慎重に見極める必要がある。能力だけなら申し分無くとも、正邪と隠岐奈の二の舞は是が非でも避けねばならない。それに貴女から目を離せば最悪萃香みたいなゴロツキを賢者に選びかねない」
ギクゥ!
「……」
「……冗談のつもりだったんだけど」
「コイツ、こう見えて人を見る目は無いから気を付けといた方がいいわよ」
霊夢うっさい!
でも実際のところ私より萃香や天子さんの方が良い政治してくれそうじゃない? あと単純に周りが友達だらけだと心情的に楽。
まあ、そのあたりは今の幻想郷で各々がどういう役割を担っていくかをじっくり観察して結論付ければいいわ。
そう。色々とちょうどいい。
「
「……アレら全て貴女が用意した、というオチであれば話が変わってきますが」
「まさか、殆どが
「ああ、宇佐見菫子という少女の捜索ね。権力の濫用は感心しませんよ」
結局、慧音を問い詰めてみても菫子の行方は判明しなかった。おかしい……私の推理では100%慧音が犯人の筈なのに……! トリックを見破られたならちゃんと潔くなってくれないと困るわ!
ただやはり何かを隠している様子だったので、逃亡阻止を兼ねてちょっとした処置を取らせてもらってるけどね。
正直なところ慧音の無力化は本意ではないのだけれど、やっちまってたものはしょうがないの精神ですわ! 私は悪くない!
そんな捜査の難航もあって、現在、幻想郷のあらゆる勢力に菫子の捜索願いを出しているのだ。マジで何処に行っちゃったんでしょうね……。心配で寝不足になっちゃう。
というわけで、菫子を取り戻してくれた者には! なんと! なんとですね! 私に叶えられる範囲での要望を実現しますわ!
金品現物なんでもござれ。幻想郷の政策にも許容範囲であれば口出しオーケー。
大盤振る舞いですわ!
大捕物感覚の幻想郷住民には概ね好評ではあったけれど、事なかれ第一の皆様からは猛バッシングを受けているのは言うまでもない。
まあ菫子保護を優先するんですけど。
「遭難者の保護も大切だけど、他を手薄にしないようにお願いします。異変の火種は何処から噴き出してもおかしくないのですから」
「肝に銘じますわ。はいこれ」
「ん……。霊夢、私はもう帰るけど鍛錬を怠ってはなりませんよ。いいですね?」
説教よりも土産倍プッシュの魅力が勝った。華扇はニッコリ笑顔でブツを受け取ると、ご機嫌な様子で仙界に帰っていった。
アレでも実際頼りになる人なのよ。
……仙人? 鬼?
さて、2人への謝罪も済んだ事だし、私もそろそろ家に帰りましょうかね。少し休んだらまた菫子を探しに行かなきゃいけないし、幽々子を始めとして各勢力の皆さんにもお土産を渡しておかないと。
ご近所付き合いは大切ですもの。
ちなみにさとりはスルー。理由? あんまり顔を合わせたく無いから、以上。
「それじゃあね霊夢。仕事がひと段落ついてまた暇になったら遊びに来るわ」
「アンタが暇にならない事を祈るわ」
私は泣いた。
「貴女の方こそ、魔理沙がリハビリ中で暇なんでしょう? 華扇も言っていたけど、常に精進するようにね。平和だからって気を抜いちゃダメよ」
「……」
お前が言うか? って感じの目で見られた。
そりゃそうですわ!
「ヘカーティアは強かったでしょう? 流石にあの神は例外中の例外だけど、あのような存在と再度相見えてもおかしくはない。博麗の巫女とはそういう立場よ」
「あのまま戦っていても負けなかった」
「いいえ負けていたわ。断言します。なんなら幻想郷に居たとしても摩多羅隠岐奈に敵わなかったかもしれない。怠惰で負けず嫌いなのはいいけど、それが原因で死んじゃったら困りますわ」
「私が殺されるもんか。それよりもアンタは自分の身の心配をしたらいいんじゃない? 前回だって死にかけてたんだし、人のこと──」
「本当に? 本当に死なないと約束できる?」
こんなに念押しされるとは思っていなかったのだろう、霊夢が怪訝な表情で私を見据える。
何の意味のない問答であるのは百も承知。だけど肯定の言葉だけどうしても聴きたくなってしまった。そうすればまた一つ安心できるんですもの。
霊夢は私からの挑戦状と受け取ったのだろう。目つきを鋭くすると、傍に置いてあったお祓い棒を私へと差し向ける。
「アンタに"間違い"を認めさせてやるまでは死なないわよ。絶対に」
「そ、そう」
「都合のいい道具のまま死んで堪るもんか。妖怪だろうが神だろうが、どんな相手でも負けない。アンタを引っ叩きに帰ってきてやる」
「ふふ、今度は私に良いところ見せてね♡」
「チッ」
盛大に舌打ちされたけど、やっぱりそういうところも可愛いのよね。
ところで"間違い"とは何の事でしょう? うぅむ、霊夢に対する認識云々のことかしら。別に道具とは思ってないつもりなんだけどねぇ。
霊夢と私。それだけですわ。
*◆*
嵐のような騒乱が過ぎ去り、日々の生活に戻ったことで、人間たちは安堵していた。
やはり平穏な日常こそが幻想郷では最も得難きものであると再確認したのだ。
しかしそこは幻想郷クオリティ。異変とまではいかないものの、世間を騒がせる事件が既に何件か起きていた。生活に直結せずとも、人々に不安を抱かせるには十分な内容だった。
幻想郷の平和など砂上の楼閣も同然。
大人から子供まで、その世知辛い現実を詳細に把握していた。
妹紅もまたその1人だ。
麻の隠れ蓑に身を包み、胸に広がる強烈な焦燥感を抑え込みながら、今日も人里を彷徨いていた。
覚束ない足取りで歩いているのは表通りから一つ外れた場所。ここが人里における専らの活動場所だった。
「すまない、味噌をあるだけ貰おう」
「あいよ……!?」
蓑から僅かに覗く焼け爛れた皮膚に味噌屋の店主がギョッとなる。日常生活に支障が出ていると容易に想像できるほどのあまりに酷い火傷だった。
身体を動かすだけで相当な激痛が走っているだろう。顔を覗き見ても、やはり元が分からないほどに爛れている。
「ああこれかい? 前回の異変の時にちょっとね」
「そ、そうか……ねえちゃん若ェのに大変だな」
「なぁに命あっての物種ってやつさ」
ドン引きする店主の様子に手応えを感じた妹紅は、若干の軽い足取りで人里を後にする。
自分を藤原妹紅だと判別できる者はほぼいないだろうという自信があった。それほどまでに酷い火傷を自前の炎で用意したのだから。
また時には隻腕の傷病者、またある時は髪を全て剃って尼僧に扮したりと、様々なレパートリーの変装を駆使して幻想郷を飛び回っていた。
八雲紫の追跡を躱すのに『やり過ぎ』という事はないだろう。あの妖怪の脅威は幻想郷の至る所にあらゆる形で潜んでいる。
曰く『実態を伴わない奇妙な怪異が幻想郷中を跋扈している』と。
曰く『外の世界からやってきた謎の少女に八雲紫が破格の懸賞金をかけた』と。
曰く『上白沢慧音が忽然と姿を消してしまった』と。
幻想郷で起きている問題の中で、妹紅の行動に大きく影響を与えているのが上記の三つである。
(すまない……すまない慧音……!)
悔やみきれない判断ミス。
軽率な行動が大事な人を失う結果になってしまった。慧音失踪の原因が自分にあることは明白だった。
不用意に菫子と関わらせてしまったせいで、その痕跡を辿った紫に目を付けられてしまったのだろう。
最悪、消されたか。
慧音を失った事で、幻想郷において妹紅の味方をする者は一人もいなくなった。
しかも謎の怪異が多発している事で幻想郷中のあらゆる勢力が警戒を続けており、善意の巡回パトロールが妹紅と菫子の潜伏を阻害する。
戦闘に発展したのも一度や二度ではない。
雑魚妖怪や妖精なら消し炭にしてやればいいのだが、もし一定のレベル以上となれば流石の妹紅でも戦闘の痕跡を残さずに勝利するのは難しい。
仮に影狼ほどの妖怪が相手となれば、確実に多少は手間取るので、その時点で居場所がバレる。アウトだ。
魔法の森の奥深く。瘴気立ち込める木々の間に菫子は居た。色とりどりの毒々しいキノコを楽しそうに眺めている。
最近の女児は瘴気をシャットアウトする手段を持ち合わせているらしい。妹紅は感心するばかりだ。
「すまん菫子。待たせた」
「ううん全然大丈夫! でもちょっとお腹空いちゃったな……」
「よし早速ご飯にしようか。菫子に摘んでもらったキノコをふんだんに使うぞー」
「わ、わぁい」
調理は非常に簡単だ。
取り敢えずキノコを一つずつ毒味して、無事だった物を水を張った鍋にブチ込む。ついでに持参したタケノコもブチ込む。身体に良さそうなその辺の野草もブチ込む。
そして味噌を適量入れて、自前の強火でグツグツと煮込んでいく。これぞ妹紅考案の『サバイバル汁』である。健康志向の人間には堪らない一品だろう。
なお食わせた相手は次回から悉く妹紅の手料理を拒み、輝夜に関しては残機を一つ減らすに至るほどの衝撃を受けていたとか何とか。
勿論菫子も例外ではなく、結局最後には妹紅にキノコを焼いてもらい、それをそのまま食していた。
「本当にそれだけで腹が膨れるのか? 育ち盛りなんだならもっと食べなよ」
「ま、またの機会にね」
菫子は気の利く小学生だった。
「また移動するの?」
「ああ、今度は西に行こうか。あそこら辺は確か花がいっぱい咲いててな、物騒な妖怪もそんなにいない静かな所だ。少しは休めるだろうよ」
「別に襲われてもいいけどねー。やっつけちゃうから!」
「まあまあ、お前は最終兵器だからな。来るべき時までは私に任せてくれ」
こう言っておけば子供は簡単に納得してくれるのだ。愛いものだと思った。
菫子は謎の能力を有しているが、それを防御に行使してくれれば妹紅が全力で戦える。それだけで幻想郷の殆どの脅威を跳ね除ける事ができる。
実に理に適った役割分担だと言えよう。
明朝、2人は太陽の畑に向けて発った。
「いたぞ、あの2人組だ! 犬走隊長こちらです!」
「天魔様の見立て通りですね。畳み掛けましょう」
「総員厳重に囲いなさい! 彼女らを逃がしてはなりません!」
「鬱陶しい連中だな……」
「攻撃も手伝おうか? もこたん」
「必要ないよ。しっかり掴まってな!」
何の前触れもなく現れた天狗の捕物部隊を蹴散らしながら、妹紅と背負われた菫子は荒野を疾駆する。記憶ではこのあたり一面は花畑で、楽園のような場所だった筈だが……どうやらそれは過去のものだったらしい。
遮蔽物が一つもない為に隠れる事ができず、いくら振り切ろうが天狗部隊は何度だって追撃してくる。まるで行動の全てが筒抜けであるようだった。
雨霰のように降り注ぐ弓矢に弾幕、斬撃を菫子の障壁が弾き飛ばし、立ち塞がる肉壁を妹紅が自慢の機動力で蹴り飛ばす。即席の連携にしては上々だ。
いくら高位の妖怪である天狗、その中でも戦闘を生業とする白狼部隊といえど、妹紅を止めるにはあまりに心許ない。
一人を除いては。
「どきなワンコロ。アンタらじゃ命をかけても私を止められないよ」
「だが貴女を逃せば我々の矜持に傷が付く。ならば命を賭して戦うしかあるまい!」
「話の分からん奴だな」
「それは貴女の方だ。大人しく我々と共に天魔様の下に参れば手荒な真似をしなくて済む。一切の狼藉は禁ずると約束しましょう」
「信用ならないね」
命だの誇りだのと、妹紅からは最も縁遠い言葉だ。
しかし目の前の白狼天狗に他の連中とは一線を画した力が有るのは明白だった。妹紅の目をしてかなり手練であると判断させるほどの力量。
「天魔といえば過去に妖怪の山で滅茶苦茶しまくった奴だろ? そんな連中の言う事なんか信じられるもんか」
「……天魔様は昔とは違う」
「何が言いたい?」
「詳しくは言えないが違うったら違うのだ! いいから付いてこい!」
「だとさ。どうする菫子」
「いいじゃん行ってあげようよ。ワンちゃんがいっぱいいて楽しそう!」
「……まあそのうち行く事にはなるかもな。だがそれは、今じゃない。という訳でくたばれッ」
不意打ち気味に放たれたのは、激しく発光する熱線。攻撃と妨害を兼ねた一撃だった。
白狼天狗──犬走椛の特異性がその目にある事は既に見破っていた。でなければ妹紅の動きが末端の天狗達にすら筒抜けになっている説明がつかない。それに通常とは異なる視線の動きも不可解だ。
故に目潰しが有効だと判断した。
しかし椛は妖怪の山を代表する戦巧者。自身の能力を即座に看破した妹紅に驚きを示しつつも、その対抗策へと流れるように移行する。
熱線を盾で受けるのは不可能と悟り、妹紅に向けて投げ捨てる。当然、不死の炎は盾を忽ち融解してしまうが、僅かな猶予さえ確保できれば良かった。
妖力と妖力の継ぎ目に自らの妖力を纏わせた太刀を叩き込み、術式を破壊。勢いそのままに妹紅の右腕が斜めに切り落とされた。
「っ……! 菫子!」
「逃がさないと言ってるでしょうがッ!」
背後へとなんとか後退るも追撃は止まらず、獣を彷彿とさせる超低姿勢の突進から繰り出された斬撃が妹紅の両脚を捉える。
勝負あった。
刃は確実に腱を切り裂いた。これでは戦うどころか、簡単な歩行でさえ不可能だろう。
バランスを崩した妹紅は咄嗟に菫子を投げ飛ばすが、直後に椛から組み伏せられ首へと全体重を乗せた刀身が押し当てられる。
(我々に必要なのは幼子のみ……! この女からは危険な匂いがする、それに捕縛は不可能、不要ッ。今ここで排除するのが望ましい!)
「ぐ……ぉぇっ……」
「総員! 宇佐見菫子を確保せよ!」
首の中ほどまで刃を食い込ませ致命傷を負わせたのを確認、即座に菫子捕縛の指示を出す。
しかし、腕に走った激痛に思わず顔を顰め、続く命令を出せなかった。
妹紅の残った左腕が椛のそれを掴んでいた。死にかけのくせにここまでの握力を残しているのかと驚愕するが、それよりも危惧すべきは妹紅の体温が急激に高まっている事だ。妖力の流れが加速している。
「全員距離を──ッ!」
身体中の生命力を妖力に変換し、自らの細胞を焼き尽くすことも厭わない焼身爆発。
企みの看破が僅かに遅かった。
「諸共死のうや」
「こっぴどくやられたねー。被害は?」
「半数が戦闘不能。後は見ての通りの惨状ですが」
増援が駆け付けた頃には既に手遅れだった。
何処までも広がる荒野にまた一つクレーターが追加され、その爆心地の近くで天狗達がひっくり返っている。爆風を比較的至近距離で受けた椛も同様で、黒焦げになりながらも淡々と状況を説明する。
にとりは部下の河童達に怪我人を運び出すよう指示しつつ、被害とは別の方向に頭を悩ませる。
「自爆されちゃったんじゃ動機も正体も不明かぁ。例の宇佐見菫子って人間も一緒に吹き飛んで終いなんて天魔様にどう報告したもんか」
「肉片一つ残らない程の爆発でしたので真相解明は難しいかと。面目ない……」
「まあ仕方ないよ。末端は最善を尽くしたさ、あとは上が考えることだ」
最高戦力である文の復帰が長引くことが予想される今、山の盾たる白狼天狗の武威と、他種族との融和を示す必要があった。故に治安維持を目的とした大隊を河童と共同で展開していたのだ。
わざわざはたてに念写してもらって居場所を特定し、接敵に成功したにも関わらずこの結果は非常に残念だ。
だが最低限の成果は確保できただろう。
何より犬走椛の復活を内外に喧伝できたのは良い収穫だった。黒焦げだが。
それにしても、と。にとりは怪訝な様子を隠そうともせず呟く。
「なんだって八雲紫はこんな書き入れ時に人間の子供を追わせたのかね? はたてもはたてで妙にやる気なのも変だし」
「関係ありません。どういう思惑があろうが、私は天魔様の命に従うのみ」
「ほーん……まあ後は任せるわ」
いくら八雲紫から破格の報酬が出るのだとしても、復興商戦中に捕物に付き合わされるのは間尺に合わない。ただでさえ狸だの兎だの、競合相手が増えているというのに、妖怪の山の発展機会をみすみす見逃すとは我らがリーダーは一体何を考えているのやら。
「なーんか臭いんだよなぁ」
「し、失礼な! これは私じゃなくて炭の臭いです!」
「違うわアホ」
*◆*
「死んだフリ作戦大っ成功! やったねもこたん!」
「おう。案外なんとかなるもんだな」
互いの無事を確認し歓喜のハイタッチ。
妹紅と菫子は共に傷一つなく、無傷であの窮地を切り抜ける事に成功していたのだ。
現在は戦闘場所からは遠く離れた迷いの竹林、つまりスタート地点に戻っている。
カラクリは非常に単純なもので、追手とそれなりに戦った後、妹紅の自爆と同時に菫子が予め決めていた地点にテレポート。そして魂だけとなった妹紅は悠々と菫子の下に向かう。たったそれだけの作戦である。
しかしその効果は絶大で、ほぼ確実に追跡から逃れる事ができるし、2人を死で偽装する事による撹乱効果も見込める。
新参の菫子と、引き篭もりの妹紅。
2人の能力が幻想郷に知れ渡っていないからこそ成せる技であった。
「だがあんな連中にこれからも絡まれ続けるのは面倒だな……。これからどうするか」
「へーきへーき! 何度来たって私ともこたんで返り討ちにしてやろ!」
「それもいいけど、あんまり騒ぎ過ぎて厄介なのを呼び寄せちまったらもっと面倒になるぞ」
「厄介なの? 誰それ」
「そりゃお前、やく──……あー、あれだ。とにかくこうなったら安心できる潜伏先を探さないといけない。空き家でも探してみるか……?」
各地を根無草のように放浪しても、あの目の良い天狗に見つかるのがオチだろう。
現状、妹紅に打てる手立ては殆ど無い。
菫子を取り巻く環境は時間の経過とともに厳しさを増していくばかりだ。
だがまだ最悪ではない。
そうだ、自分が挫けない限り、菫子には指一本触れさせやしない。その確固たる負けん気と不死身の身体が妹紅をさらに強く突き動かすのだ。
弱気な考えを頭の奥へと押しやり、決意を新たに周囲への警戒を強める。
だから──本当にギリギリで気付けた。
ただの偶然だったのだ。それが幸運にも菫子の命脈を繋いだ。
この存在を前にして、何故のうのうと楽観的に構える事ができたのか不思議でならない。
天狗達に見つかるずっと前から、自分達に向けられていた無色で、底無しの狂気に。既に喉元まで迫っていた不可視、不認識の"終わり"に。
「──ッッッ菫子ぉ!!!」
「え?」
妹紅の行動もまた、ほぼ無意識に近かった。微塵の警戒もなく突っ立っていた菫子を自分の側に引き寄せ、一足飛びに距離を取る。
逃げるのはダメだ。追い付かれるのは当然だし、何より背を向けるのは死に直結する。
「気味の悪い妖力撒き散らしやがって。何処のどいつだ、姿を見せな」
「……よく気が付いたな人間。私の術をほんの僅かでも看破するとは。長く生きているだけの事はある」
無から出し無明の存在。仄かな発光と共に像が定まり、靄から形が固定される。
忘れるはずがない。前と何も変わらぬ姿。
金の長髪、紫色の瞳。妖しい微笑み。
憎々しげに呟く。
「八雲、紫……っ」
「おっ、この私が八雲紫に見えるのか? それはそれは……重畳ですわね」
オホホ、と。化け物の形をしたナニカがわざとらしく声を上げて笑う。醜悪な事この上ない。
ふと背後で縮こまる菫子へと目を向ける。
「どうした?」
「分からないけど、なんか……怖い」
「ふふ、同じ八雲紫でも見え方、在り方は異なるものですわ。それが
異常な怖がり方だった。あれほどまでに会いたがっていた紫を前にした反応ではない。
そんな菫子の様子も目の前の八雲紫にとっては極上の娯楽であるようで、愉悦の笑みを浮かべている。
「しかし残念、私は本物の紫ではない。その正体は古より生きとし生ける者に等しく恐れられた伝説の怪異──」
ラグが走り世界からの認識を書き換える。
紫の持っていた傘が三叉槍となり、髪は露に消えて黒となり、存在そのものが変質した。
一番に目に付くのは、やはり異形の翼。
「平安の大妖怪、封獣ぬえ様よぉ!!!」
現れたのは紫よりも幾らか小柄な少女。あの悍ましい姿に比べればとても可愛らしいものだ。
しかし、全く別物であるはずなのに、その身から立ち込める重厚な圧力は紫とあまりに酷似していた。
眩暈を覚えるほどの混乱はあったものの、今は燃え上がるような戦意が勝った。
「八雲紫の手下だな。狙いはやっぱり菫子か?」
「半分だけ正解。このぬえ様が紫の子分だなんて冗談キツいわ。私は誰の下にもつかない! ……ていうかぬえ様だぞ? もっと驚きなよ」
「そんな妖怪知らん」
それだけ分かれば十分だ。菫子狙いといえど、先ほどの天狗達とは立場が全く異なるのは明白だろう。いわば親玉から直々放たれた刺客。
やはり面倒なのを呼び込んでしまった。
妙な軌道で浮遊しながら、ぬえは愉しげに話しかけてくる。ほんの少しの挑発を添えて。
「ガキを匿っていたのはてっきり上白沢慧音だと思ってたけど……お前だったのか。まあ当たらずも遠からずってやつかな?」
「何だと? まさか、慧音はお前が」
「せいかーい。何やっても吐かないし抵抗してくるもんだから大人しくしてもらってるわ」
「生きているんだな?」
「さあね。決めるのは私じゃないから。まあ生きてるんじゃない? 元気ではないだろうけど」
挑発は効果覿面だった。
心の奥底から湧き上がる抗い難き久々の激情に、身を委ねる準備を始める。
年の功。
妹紅は憎悪を力に変える事のできる人間だ。
「戦う理由が増えたな。やはりこの逃走劇は八雲紫をブチ殺すまで終わらないらしい」
「は? クク、お前本気でそんなことできると思っているのか? 正体も居場所も筒抜けで、この私と相対しておいて、この期に及んでまだ戦えると?」
「それでも
「あはは、紫への仕返しって理由だけで修羅の道を歩むのね。さぞ憎かろう憎かろう」
「半分正解だな。理由はそれだけじゃないよ」
震える菫子の手を握る。
それだけで八雲紫への恐怖が幾らか和らぐのだ。
「もう嫌なんだよ。これ以上心を壊されるのは」
「いいわね、その意気や良し。流石は紫に3回も逆らっただけの事はある。やはり昔の人間は良いねぇ気骨があって。お前の素晴らしき勇気を賞賛しよう」
古豪の妖怪にありがちな反応だ。人間の勇猛果敢な無鉄砲さを惜しみなく賞賛するそれは、一世を風靡した妖怪が好む姿そのものである。
しかし、だからといって手心を加えてあげるような優しさを持ち合わせるほど、封獣ぬえという大妖怪は出来ていなかった。
「お前達の旅はここで終わりだがな!!!」
爆発的な拡散。妹紅をしてこれまでに感じた事がないほどの莫大な妖力が、破滅を呼び込む霧となり迷いの竹林を丸ごと包んでいく。
一匹の妖怪が有しているとは到底思えないほどの力。尋常じゃない。息が詰まりそうだ。
出し惜しみ無しで、ハナから全開で行くしかない。
(こんな妖怪を一番に寄越してきやがるなんて。八雲紫はそれほどまでに菫子を……!)
「正体不明の恐怖を忘れた人形よ! 自らの身も心も見失い、夜に怯えて死ねッ!」
※ゆかりんははたての能力を知らない
幻想郷では他にも軽めの宗教戦争とか、重めの経済戦争が起きてるけどまあ……平和ですよね……(今までの異変を振り返りつつ)
そして全国8556398人のぬえちゃんファンの皆様お待たせいたしました。ぬえちゃん【made in yukarin】【クーリングオフ不可】【マルチ商法】【違法カスタマイズ】です!
遠慮するな今までの分食え……
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