幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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異変終了です


私が愛した幻想郷*

「なんでアンタともあろう者がそんな事になってるのよ……! 目を覚ましてよ文っ!」

「起きろッ! このくらいで死ぬな死に損ないッ!」

「「「起きろー! 起きろー射命丸ー!」」」

 

 はたての哀叫が、同じく死に損ないな椛からの激励が、河童製蘇生マシーンの発する物々しい駆動音と混ざり合い、妖怪の山に木霊する。

 その周りを各々珍妙な機械を携えた河童達が取り囲み、次々に自身の発明品での蘇生を試みていた。さらに厄神の鍵山雛が文から次々発生する厄を回収していく。

 

 あまりに奇抜な風景は、一般の妖怪からすれば一風変わった処刑にしか見えなかったが、実は幻想郷では歴としたメジャーな蘇生方法なのである。*1

 

 またその外周では命蓮寺一派が妙な念仏を唱え、何かの足しになるかと早苗が祝詞を詠む。妖怪相手にどういう効能が出るかはよく分からなかったが取り敢えず何かしたいと思ったから。

 

 少々間抜けな絵面だが、当の本人達は真面目かつ必死だった。

 射命丸文といえば、幻想郷最速の天狗であり、古来から妖怪の山内外に対しての抑止力として君臨し続けてきた紛う事なき強者。

 独特な思想と立場故に白狼天狗を始めとする集団からは疎まれもしたが、強さに関してだけは彼等も口を噤むしかない。それだけ圧倒的だったのだ。

『妖怪の山』というコミュニティの中で彼女が果たした役割の大きさは、失われる寸前に追い込まれる事で漸く認められる運びとなった。

 

 容態はあまりに悪い。全身を隈なく痛め付けられており、裂傷が至る所に走っている。四肢は砕け、無事な箇所は一つとしてなかった。極め付けに妖力が枯渇寸前まで減衰してしまっていて、治癒力が著しく落ちている。

 何故生きているのか不思議でならない。

 

「射命丸をこんなにしてしまうなんて……摩多羅神とはどれほどの……」

「天魔様も取り乱してるし、月は落ちてくるしで収拾がつかないよ」

「まあ取り敢えず鍋でも囲めばいくらか落ち着くべ。とっ捕まえた兎共を捌くべさ。暇な奴は手を貸してくんろ」

「兎美味しいかの山なのです!」

 

 月が突然消滅した挙句、山姥が解体の準備に入ったのを見て玉兎達は心の底から泣き叫び、震え上がった。それはもう盛大に。

 未開の地に骨を埋める覚悟すら無いのに、穢れだらけの原住民に肉を食われ、骨の髄までしゃぶられる最期なんて許容できる筈がないのだ。

 

 対して声を張り上げるは我らが清蘭大将。

 

「ええい地上に話の分かる奴は居ないの!? 人道的な待遇を求めるッ!!!」

「ほらウチも無茶苦茶やったけどさー、一応勝負が付いてもそっちの首魁を殺さなかったしさー。なんとかなんないかな?」

 

「侵略者の分際でなんか言ってる」

被検体(モルモット)が生意気言うんじゃ無いよ!」

「射命丸の蘇生が終わったらお前らの番だぞ」

 

 幻想郷に慈悲は無かった。

 いつもの博麗霊夢の調伏が妖怪に置き換わっただけの話ではあるが、陰湿さと過激さが増した代わりに、品性が失われたのは問題か。

 ちなみに兎は鳥扱いになるので命蓮寺一派はスルーしていた。

 

 

 そんな妖怪の山に満ち満ちたお祭り気分は、一人の妖怪の登場により冷や水を浴びせられる事となる。

 

「この山は相変わらずですね。地底以下の治安なんて恥ずかしくないんですか?」

「うわっ覚妖怪」

 

 ぬるりと現れたのは、山の元住民であり現在は地底の管理人を務める古明地さとり。経歴上その顔を知る面子は多く、さらに彼女に対しての印象も明暗が分かれた。

 嫌悪、罪悪感、懐古、歓迎。色々あった。

 

 天狗がそそくさと空けた道を練り歩く。

 

「あらーさとりさんお久しぶり。元気だった?」

「こりゃまた懐かしい顔だべ」

「雛さん、ネムノさん、お久しぶりです。兎鍋はまた別の機会にお願いします」

 

 さとりに言葉は不要だった。亡命時代の顔馴染みと軽い挨拶を交わすと、一直線に文の下へと向かう。

 積極的な動きを嫌うさとりが登山を敢行した目的は、一重に摩多羅隠岐奈の動向を探りたかったからだ。でなければこんな忌々しい地に足を踏み入れる筈もない。

 

 はたてもその事情を承知した上で、しかし熱烈な歓迎の意を示した。

 

「ごめんねわざわざ来てもらって」

「いえ構いません。むしろ地底の動乱を抑える為に助けが遅くなってすみませんでした。……にとりさん、麓に魔理沙さんを運んでますので。あとはお任せします」

「ああ、りょーかい」

「……魔理沙がどうかしたの?」

「アリスさん、貴女も是非行ってあげてください。多分、いま魔理沙さんが一番会いたいのは貴女だと思いますので」

 

 顔を顰めながらもにとりはしっかりと頷き、アリスを連れて山を駆け降りた。パチュリーが動けない以上、その役目は自分が負うべきだろうと判断したのだ。

 また、不穏な雰囲気を感じたアリスにその申し出を断る理由はなかった。

 

 二人を見送ったさとりは、改めてはたてと向き合う。

 

「何が起きたかは聞いてるよ。嫌な役目を任せてしまってごめんね」

「身内の問題でしたので、私にも責任があります。しかし、大元の元凶は摩多羅隠岐奈です。奴にはそれ相応の報いを与えなければ気が済まない」

「それは私達だって一緒! 文の仇を取らなくちゃ!」

 

「しかし、奴の住まう世界への突破口すら未だ見つけられていない状況でして……」

「だから私が来ました。これより文さんの記憶を探り、戦いの顛末と摩多羅隠岐奈の居場所を割り出します」

 

 オドオドした様子の白狼天狗からの報告を切って捨てると、電気椅子に乗せられた文へと歩み寄る。そして頭に取り付けられた珍妙な器具を取り外すとサードアイで意識の底を探る。

 意識を失っていようが、さとりの読心術の前には障害にすらならなかった。

 

 時間にして十数秒。

 全てを知ったさとりは。神妙な面持ちで見守っている山の面々へと視線を向ける。その表情は意外にも驚愕に彩られていた。

 さとりにとって予想外の顛末だったようだ。

 

「どうしたのさとり? 文は……」

「……まず一番に結果だけお伝えします。文さんは、しっかりと貴女からの任務を全うしています。摩多羅隠岐奈は()()()()()()()()可能性が高い」

 

 はたてを含め、情報を咀嚼できない者達が一斉に顔を見合わせる。悪い報せが齎されるとばかり思っていたのに、まさか吉報が舞い込むとは思わなかった。

 摩多羅隠岐奈が敗れているのなら、既に戦いは全て終結した事になる。

 文は一方的にやられた訳ではなかったのか。

 

 当然、次に求められるのは詳しい経緯だ。しかし委細の報告を嫌ったさとりは手抜きする事にした。引き篭もりには些か辛い環境だ。

 

 

「想起『射命丸文の緊急特報』」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 私には絶対の自信があった。

 どんな危機だろうが、いざとなればこの身から発せられる暴力で全て解決できると思い込んでいた。

 私に追い付ける奴なんてこの世に居ないと思っていた。

 眼下に広がる白い景色は私だけのモノなのだと。

 

 だが私は、どうやら酷い思い違いをしていたようだ。

 凄まじい勢いで過熱していく思考の中で、ようやく気付くことができた。

 この戦場において、私は最低限だ。死なないギリギリの力を持っているに過ぎない。

 

 破壊力では幽香さんに到底敵わない。大したスパンもなく放たれる魔砲の一発一発が幻想郷を消し飛ばしかねない程の威力を有しており、普段彼女がどれだけ力をセーブして弱者を甚振っていたのかが分かった。

 また、それに負けないどころか、更に広範囲へ絶え間なく能力を行使し続けているレティさんの影響力にも及ばない。瞬間瞬間では寒気を利用して私以上のスピードで移動する事も可能。

 やはりあの二人は原初の恐怖を糧にする妖怪なだけあって別格だ。強過ぎる。

 

 だが、そんな二人をも完全に凌駕しているのが摩多羅隠岐奈。幻想郷の賢者にして、過去に唯一八雲紫と渡り合う事ができたと語り継がれる存在。

 奴の無数に犇く神格のうち、幾つかは欠損している筈なのに。それでここまでの力を発揮するとは。私達の想像を大きく超えている。

 

 初撃での蹴り以外で、彼女の身に触れることすらできていないのが現状だ。

 

「どうした。まだ半分も力を出していないんだが、攻撃が弱くなってきてないか? お前達が選んだ道だ、もう少し抗ってくれないと困るが」

「はぁっ……はぁっ……くそ!」

「そこの天狗はもう限界近いな。いま降りると言うなら五体満足で幻想郷に帰してやってもいいぞ? 異変の邪魔はできないよう、暫く動けなくなるまで痛め付けはするがな」

「どこまでも舐め腐って……!」

 

 そんな提案に乗るほど私は腐っちゃいない。

 でもこのままじゃ何も成せないまま殺されてしまうのは目に見えている。私のスピードが全然通用しない以上、勝ちの目はあまりに薄いからだ。

 秘神の恐ろしさに身が竦み、おめおめと逃げ帰ってしまいましたなんて格好悪い終わりはなんとしても避けたいところではあるのだが……。

 

「おい尊大椅子女! アタイにもなんか言え!」

「あー? ……まあ妖精にしてはよくやってる方だな。私に鬱陶しさを感じさせるのは並大抵の事じゃない。誇っていいぞ」

「なんだそれ褒めてるのか?」

「舐められてるんですよ」

 

 あともう一つ私の自尊心を傷付けているのが、チルノさんの予想外の活躍だ。

 たかが妖精と侮っているつもりはない。彼女は紛れもなく妖精の中では最強に位置する存在であるし、能力の汎用性は驚嘆に値する。

 

 だけどこの戦場で通用するレベルではない。そう断言できた。

 もはや小手先での技術など意味を為さないのだ。明暗を分けるのは、如何に自らの存在の格を高め、より強い暴力で殴れるか。それほどの次元。

 

 でもチルノさんは立派に活躍していた。

 秘神の圧倒的な力に跳ね返され、叩きのめされても、何度だって再起して挑み続けている。そして必然と彼女が秘神を相手取る時間が増えていき、時には彼女を主軸にして私達が動く事だってある。

 友人関係にある私やレティさんは兎も角、あの幽香さんまで。

 

 自然とチルノさんに任せたくなってしまう、そんな非合理的な雰囲気があった。

 

「お前達如きに期待している私が言うのもなんだが、らしくないな。いくら不死身に近いといえど妖精を(けしか)けたところでどうにもならんぞ?」

「お前程度、このバカで十分よ」

「賑やかしには事欠かないものね〜」

「なんか馬鹿にされてる気がする!」

 

 強がっているものの、元々の不調も合わさってスタミナを著しく損ねている幽香さんにとっては嬉しい誤算だろう。「仲間なんて居ない」とか言ってるが、連携しなければ勝てないのは重々承知しているはずだ。

 

 そう、腹を括らねばなるまい。

 種族の矜持を捨てなければ秘神に対抗することすら叶わないのだから。

 

「幽香さん。私達の中で一番火力のある攻撃を繰り出せるのは貴女です。どうでしょう? 仮に全ての前提条件を考えないものとして、最高の攻撃を秘神に浴びせる事ができれば……この勝負、勝てると考えても?」

「……」

「幽香さんっ! 幻想郷を破壊されるのは貴女にとっても本意では……!」

 

 孤高の花妖怪は応えなかった。

 いつまで意地を張ってるのかと呆れる気持ちが強くなる。いつだってそうだ、この妖怪は力があるくせに周りと関わろうとしないのだ。

 

 ここは暖めてきた秘蔵の特ダネで脅してでも動いてもらおう。そう決意し胸元から写真を取り出そうとした、その矢先だった。

 冷たく響き渡るか細い笑い声。レティさんのものだ。

 秘神へと再度突撃したチルノさんのバックアップを行いつつ、片手間で口を挟んできた。

 

「まあまあそう言ってあげないで。自分の口からじゃ恥ずかしくて言えないだけなのよ」

「と、言いますと?」

「もう自分がどれだけの力を出せるのか分かってないの。だから不用意に大それた事を言えない。もう枯れちゃったのよきっと」

「黙れ」

 

 随分な言われようだが、なるほど合点がいった。

 寡黙を貫くことで見栄を張りたかったのか。そう考えると急に親近感が湧いてきたわ。

 

 しかし幽香さんがダメとなると、もはや手立てが思い付かない。無限とも形容できる神格群を突破するにはどうすれば……。

 

 っと、追い散らされて吹っ飛んできたチルノさんをキャッチする。

 

「ち、ちくしょう。アタイの拳が届かねぇ! なんでだ! アイツ踊ってるだけなのに」

「能楽の神だからな。楽しければ踊りながら戦うさ。……さて、もう手立ては全部使い果たしたか? であれば、最終暗黒テストを打ち切るが」

「まだまだぁ!」

 

 絶対零度を下回る冷気を身に纏い突撃するチルノさん。しかしやはり秘神に届くことはなく、最小限の動きでいなされ足元に叩き付けられてしまう。

 一か八か、やるしかないのか。

 

「お前達は気付いていないだろうが、外では凄いことになってるぞ。もはや単純な戦力として生き残っているのは私だけだ。ふふ、こんな面白い情勢下で引き篭もっていても良いことはない」

 

 秘神の力が更に膨れ上がる。

 試練──もとい遊びはここまでということね。

 

「では取り敢えず適当に攻撃を仕掛けるとしよう。生き残った2名を二童子とする」

「好き勝手言うな椅子女! ……いや、もう椅子には座ってないから椅子女ではない?」

「まずはお前からだな氷精」

 

 掌から放たれた弾幕がチルノさんの左腕を肩から吹き飛ばす。大丈夫、チルノさんに欠損はあってないようなものだ。

 その筈だった。

 

 秘神はいつだって私の想像を容易に超えてくる。

 

「い、いっだあ!!!」

「……治らない!?」

 

 普段なら身体がバラバラになろうが冷気から復活を果たすチルノさんが、今この時ばかりは痛みに悶え、欠損部分を押さえながら蹲っている。

 

 私は最も重要な事を見落としていたのだ。秘神の純粋なパワーだけに意識が向いていた。

 摩多羅隠岐奈は、未だに能力を使用していなかった。

 

「私は生命力を有機物、無機物問わず増減させる事ができる。つまりだ、生命力の塊である妖精を死に至らしめるのも可能というわけだ。こんな風にな」

「チルノさん!」

「ッそれは許せないわね」

 

 私が動くよりも早く、チルノさんの冷気をポータルにしてレティさんが秘神の前に立ちはだかった。結果、チルノさんの消滅を防ぐ事に成功したが、代わりにレティさんの半身が吹き飛び、生命力の大半を奪われた。

 間髪容れず私の蹴りが秘神を後方へと押しやり、更に追い討ちのマスタースパークが叩き込まれる。だけど、クソッ、やはり効いていない! 

 

「天狗さん、チルノを」

「分かりました。貴女も」

「私は大丈夫よ。もう少し隠岐奈を足止めするから、その間にアイツへの有効打を考えて」

「……死にますよ」

 

 レティ・ホワイトロックは強い。組織に属さない妖怪の中では、恐らく幻想郷でも五指に入るほどの大妖怪。歴史に名を残してきた古豪の一人。

 そんな彼女でも、これ以上の戦闘は間違いなくその命を死へと誘うだろう。一応、消し飛ばされた半身を冷気で修復したように見せかけているが、実態は失われたままだ。

 

 しかし、レティさんは既に覚悟を決めていたみたいで。

 

「随分昔に死に場所を逃してしまったの。私も、幽香も。だからね、ずっと探していたのよ? こうやって死んでいける時を。だから隠岐奈を裏切った」

「理解に、苦しみますね」

「だって天狗さんはこれからだもの。……チルノは寒気から生まれた存在。即ち、私の子も同然。花道を作るのは私の仕事よ」

「レ、レティ!?」

「さよならチルノ。大ちゃん達によろしくね」

 

「大妖怪レティ・ホワイトロックの最期がこれか。思ったよりもチープだな」

「道連れに隠岐奈様を添えるなら少しはマシになるかしらね〜?」

 

 チルノさんを連れて離脱すると同時に、二人は衝突した。

 敢えて正面から秘神とぶつかり合う事で、その力を最大限削ぐつもりのようだ。全存在を賭けたブリザードが爆発的に拡散し、後戸の国そのものを凍て付かせた。至る所で局地的な時空の歪みが生じている。

 凄まじい力だが、やはり押されている。秘神の神格が原初の畏れを呑み込もうとしているのだ。消滅は時間の問題。

 

「ちくしょうレティのやつ! アタイのこと子供扱いしやがって!」

「落ち着いてください。いま闇雲に突っ込んでも邪魔になるだけです」

 

 適当に宥めながら、命懸けの時間稼ぎで生まれた暇の活用法を考える。場合によっては撤退も視野に入れなければならないが、幻想郷の力を結集しても秘神を相手にしてはタダでは済まないだろう。

 最適解を求めなければ。

 

 どれだけの犠牲を払えば奴を倒せる? 

 

 

「悔しい?」

 

 思考を中断させたのは幽香さんの声。膝をついて茫然とレティさんの消滅を見守るチルノさんへ向けたものである。

 膝を折ってチルノさんへと目線を合わせている。

 

「あたりまえでしょ……!」

「あの尊大女を倒せるならなんだって出来る?」

「できる! 倒す!」

 

 短い問答だった。あまりに単純なやり取りで知性もクソもなかったけど、二人にはそれで十分だったようだ。

 幽香さんは目を閉じると、傘を畳んで床へと突き刺す。その不可解な行動を眺めていると、不意に声を掛けられた。今日初めて話をするような気がするわね。

 

「ブン屋。今から最期の攻撃の準備をするから、あの雪女が消えた後の足止めをしなさい。役立たずに相応しい役目よ」

「あやや……手厳しい。まあそれで勝てるなら勿論やらせてもらいますけど、大丈夫なんですか? 昔のような力は出せないのでしょう?」

「そうね、だからチルノにやらせるの。私の妖力能力歴史、全てそのまま譲渡してね」

 

 無茶苦茶な作戦に思わず耳を疑った。

 しかし聞き返す間も無く、幽香さんは攻撃のロジックを淡々と語っている。

 

 風見幽香の能力は『花を操る程度の能力』と仮称されているが、その実態とは生命の流転を意のままに操る能力である。

 即ち、彼女は死を糧にして生きる妖怪なのだ。

 

 延々と繰り返される生と死の移り変わりで生じるエネルギーは、次なる命の栄養となり、死の土台となる。それはやがて虚無から出でし命に無限大の罪を背負わせる事になるのだ。

 この流転を超高速で生物の体内で循環させれば、無限に近い力を得る事ができるだろう。

 

 しかし、枯れる寸前の幽香さんでは、死に近すぎる彼女では、満足な流転を引き起こす事ができない。もはやその身に残された可能性は皆無。

 だが可能性と生命力の塊ならば? 

 未成熟と発展途上を永遠に保ち続ける妖精が素体となるならば? 

 そしてそんな妖精の中でも規格外。さらにその中でも最強に君臨するチルノならば? 

 

「なんとまあ、恐ろしい作戦を。しかし聞く限りでは幽香さんにチルノさん、両名の負担が大き過ぎる気がします。命はあるのですか?」

「ない。私は朽ち果てるし、全生命力を使い果たせばコイツも多分消える」

「……」

「良かったじゃないの。お前の一人勝ちよ」

 

 あまりにも惨めな立ち回り、私に生き恥を晒せというのか。嗜虐的な笑みを見れば確信犯であることは明白だ。

 しかし、心のどこかでホッとした気持ちがあったのは否めない。私は彼女達のような死にたがりではないからだ。死に場所は畳の上がいいわ。

 頼りないアイツらを残して逝けないしね。

 

「チルノさんも、それで良いんですか?」

「幽香の言ってたこと全くわかんないけど、それでアイツを倒せるんでしょ? ならやらなきゃ!」

「死ぬんですけど」

「それって痛いの? アタイよくわかんねーや」

 

 そんな事だろうと思った。

 妖精の死生観は妖怪以上に滅茶苦茶だ。終わりの恐ろしさを想像する事ができていない。

 

「辛いと思いますよ。とても」

「そっか。でもどんなにつらくても舐められっぱなしはイヤだ。幻想郷の偉いやつ強いやつ、みんな見返してやるって妖精のみんなと決めたんだ!」

 

 

 

「最後の休憩時間は終わりでいいか? あと1人は確実に死んでもらう事になるが」

 

 どこまでも平坦な秘神の声。

 視線を向けると、扉の枠に腰掛け面白そうに此方を見下ろす奴の姿があった。荒れ狂っていた寒気は消滅し、踏み躙られた。

 一つの時代を作った大妖怪にあるまじき最期だ。

 

 次は私の番か。

 

「後は頼みましたよ、2人とも。もし私が生きて帰る事ができればレティさん含めて貴女達の活躍を目一杯盛って報道してあげます。"幻想郷の英雄"だと」

「悪くないわね! 頼んだ!」

「ブン屋はいつも余計な事ばかり……」

 

 この時見た2人の姿が、きっと最後のものになるのだろう。死にゆくだけの姿が私にはどうしようもなく眩しく見えて、思わずカメラのシャッターを切った。

 楽しげなチルノさんとは対照的に幽香さんは顰めっ面だったけど、良いものが撮れたと思う。明日の見出しに使うにはピッタリである。

 

 身を翻し、秘神と相対する。

 ここからが私の正念場だ。

 

「天狗改め、天愚の記者よ。そろそろ認めてはどうだ? 私には遠く及ばぬと」

「……どうですかね」

「障碍の神とは天狗除けの神という意味でもある。つまり私は天狗をこの世から消す神だ。そんな私にどう抗おうというのだ? お前が此処に乗り込んで来た時はつい笑ってしまったよ。天狗が、後戸(天狗除け)の国に入ってきたんだから。まさに烏滸(おこ)の沙汰!」

「確かに、天狗ではどうひっくり返っても貴女には勝てないのかもしれません」

「その通りだ。ただ一部訂正するなら『天狗だから』ではないな。勝ちたいなら紫を連れて来いと言っているだろう」

 

 八雲紫への憧憬がよほど強いと見える。ただ逆算的に考えるなら、紫さんなら勝てるという事。つまり、秘神を倒す方法は確実に存在するのだ。

 ならば賭けるしかないでしょう。八雲紫に一度勝利した、氷精の力に。

 

 その舐め腐った態度をぶち壊せるのなら、プライドなんか簡単に捨ててやる! 

 

「幻想郷の賢者ともあろう御方が、笑わせる。貴女はこの地の何たるかをまるで解っちゃいないようだ」

「ほう言ってくれる。ならば御教授願おうか」

「嫌です。自分で考えてください」

 

 会話の合間に何度か仕掛けたが、駄目だ。全部見切られている。

 天狗への特効属性の厄介さは二童子とやらとの戦いで嫌と言うほど思い知ったけど、アレでもまだマシな方だったのは言うまでもない。

 あの時は地力で勝っていた。でも秘神はスピード以外全てが私を大きく上回っているのだ。それに加えて属性不利となれば……。

 

 

 それがどうした。

 

「『幻想風靡』ッ」

 

 

 私の速さに限界なんて無いのだ。この領域は間違いなく、私だけの世界。でもそれじゃ足りない。もっともっと! さらに疾くせよ! 

 まだだ、まだ奴は私を目で追っている。

 加速なんて概念は捨て去ってしまえ。私が求めるのは最高速の更に先を、初速から常時維持し続ける事。光速なんて目じゃない。時間の概念をぶっちぎる! 

 

 全てが、滲んで、溶けていく。

 

「おおぉおおおぉぉぉッ!!!」

 

「……それ以上は流石に鬱陶しくなるな。早めに潰して──うん?」

 

 幽香さんとチルノさんの姿が目に入ったのだろう、ほんの一瞬だけ秘神の意識から私が外れた。この刹那にも満たない時間は、私にとっての那由多に値する。

 

 手数では無く、技術でも無く、ただひたすらに純然な暴力を脚に込めて、秘神の腹部へと叩き付ける。一撃に集約した私の全て。

 

 瞬間、身体の至る箇所が負荷に耐えられず自壊し弾け飛んだ。白い世界が朱に染まり、やがて真っ暗になった。

 だが五感が消え去る直前の、確かな手応えと、秘神の命を幾つか奪い去る感触。それは私の意地が幻想郷の賢者に届いたという何よりの証左。

 

 でもヤバい、張り切りすぎた。

 これは流石に、死ぬかもしれないわ。

 

 風の流れが私に時間の経過と、チルノさんの攻撃が始まった事を知らせてくれている。一応、最低限は達成できた……のかな? あの子を信じるしかない。

 

 これで少しは、はたてや椛に追い付けてれば……いいんだけど……。

 

 私じゃ難しいかな。やっぱ。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 博麗神社近くの雑木林に秘神は居た。

 

 そっと空を見上げる。暗黒の海に沈んでいた月はいつの間にか再浮上し、変わらぬ輝きを地上に向けている。少しクレーターが増えているような気がしなくもない。

 これが意味するのはつまり、異変は完全に解決された、という事なのだろう。

 

 かつて共に策を出し合った油断ならない盟友達は、青娥を除いてその全てが降るか、夢に溺れて儚く散ってしまった。

 残ったのは正真正銘、自分のみ。

 

 主謀者、摩多羅隠岐奈は満足げに頷いた。

 

「やはり幻想郷は素晴らしい場所だ。可能性に満ちている。……なあ紫」

 

 崩れ落ちていく神格を拾い集めながら、なんとなしに呟く。隠岐奈がこの魔境の創造に参画したのは、今は亡き紫の願いがあったからだ。

 結局、遺言に振り回され続けた人生だった。こうして酷い目にも遭った。

 でも悪くはなかった。

 

 この瑕が隠岐奈はどうしようもなく嬉しかったのだ。

 

『幻想郷の賢者ともあろう御方が、笑わせる。貴女はこの地の何たるかをまるで解っちゃいないようだ』

 

「解っているさ。重々と」

 

 射命丸の言わんとしたい事は隠岐奈の理想そのものだった。存外、天狗もよく解っているじゃないかと感心したものだ。

 その最たる例が氷精のチルノだろう。幽香の手助け有りとはいえ、まさか妖精如きに殺されかけるとは思いもしなかった。

 

 自壊した射命丸へのトドメよりも早くチルノは突っ込んできた。小細工無し、考え無しの全力突撃。禍々しく見えるほど濃密な魔力をその身に蓄えて、仕掛けてきたのだ。この行為は自爆に他ならない。

 

 あの氷精に高尚な理念なんてものはない。況してや、レティや射命丸の弔い合戦ですらなかった。

 バカにされたから見返したい、たったそれだけ。

 幼稚でちっぽけな想い。

 

 そう、それでいいのだ。難しく考える必要なんてない。

 この世界はとても単純であるべきなのだから、頭を空っぽにして楽しめば良い。

 

 しかし、だからと言って秘神の命をくれてやる訳にはいかない。隠岐奈は紫以外には負けどころか苦戦すらしたくなかったのだ。

 

 咄嗟に幻想郷への脱出を図った。

 隠岐奈は自身の命と矜持を天秤に掛ける事のできる神。死にたがりに付き合ってやる義理はなく、当然ながら生き残る方を選んだ。

 

 だがそれは、出涸らしとなり燃え尽きる寸前の幽香と、塵芥も同然と化したレティの残滓に阻まれた。無生命の世界に花を生み出し隠岐奈へと絡みつかせ、それを凍らせる事により移動を阻害する。

 何が何でも秘神を逃さないという執念だけで存在の限界を超えてきたのだ。

 

 そして、ほんの一瞬動作の遅れた隠岐奈とチルノが激突。無限の可能性と尽きる事のない激情が、一つの宇宙ともいえる後戸の国そのものを木っ端微塵に追い込むほどの威力を以って、戦闘を強制終了させた。

 

「本当に面白い妖精だった。讃えよう、あの瞬間だけは奴こそが紛れもなく"最強"だった」

 

 

 思えば、この一連の流れは誘導されていたのかもしれない。

 幻想郷に被害の及ばない後戸の国で戦っているのもそうだし、的確に私の命を奪い得る手段を持つ者、時間稼ぎに優れた者。あの4人には的確に役割があった。

 

 これが仕組まれたものだと仮定するなら、黒幕はやはりレティだろうか。

 結果として隠岐奈は神格と本拠地(後戸の国)を失い、射命丸を除く全員が消滅した。長年かけて集めていた季節の力も当人達が消滅してしまったのでは回収は不可能。レティの言っていた『道連れ』には十分過ぎるだろう。

 

「おかげで立つ事すらままならん。暫くは隠遁生活だな」

 

 愛用の椅子も射命丸に壊されてしまったので、そこら辺に落ちていた木の棒を杖代わりにして歩みを進める。再起のアテが無いわけではなかったが、これ以上は不要と判断した。

 

 もう十分だろう。幻想郷の不穏分子は全て消えた。

 紫やさとりも、これで幾らかやり易くなったに違いない。上々の結果だ。

 

「二童子も回収しておくか。彼奴らには悪いが、もう少し頑張ってもらう事にしよう」

 

 

 

「駄目よ。隠岐奈はもう休まなきゃ」

 

 

 

 詰み。

 

 

 この妖しい声が聞こえたという事は、つまり隠岐奈の命運が尽きた事を意味する。

 

 振り返るとそこには闇が広がっていた。

 雑木林の影と、月の光の境界が開かれ、世界の主が現れる。スキマ妖怪の帰還である。

 瑕一つ無いかつての姿のまま、この世のものとは思えない妖しき美貌。導師服を夜風に靡かせ、陰のある桔梗色の瞳が隠岐奈を見据える。

 

 隠岐奈は落ち着いた様子で杖を投げ捨てた。

 

「おかえり紫。月はどうだった?」

「とても酷い目に遭いましたわ。ここに至るまでの事件は全部、貴女と正邪の差し金だったって聞いたけど、それ本当なの? 私あんまり実感がないのよね」

「月関連はほぼ正邪が考えたものだよ」

「……」

「どうした?」

「それなりに記憶が戻りはしたんだけど、正直彼女から恨まれている理由に関しては全く心当たりがない……!」

「くく、あっはっは!」

 

 やはりコイツとの会話は楽しいな、と。馬鹿笑いしながら思ってしまう。

 

「ならなんだ、私のは心当たりがあるのか」

「隠岐奈は自分の快楽を優先してるように見えるけど、実は巡り巡って皆の為になるよう動いてるんでしょ? お見通しですわ」

「ほぉ。まあそういう事にしておこう」

「あと隠岐奈って私のこと好きでしょ」

 

 硬直。

 

「待て待てどうした急に」

「だから私のことずっと助けてくれたのよね。ありがとう、貴女が居なければ私は幸せになれなかったと思うわ」

「そ、そうか」

「でも私、一途な人が好きなの。ごめんなさい」

 

 急に見透かされた挙句振られた。これがいつの時代も八雲紫を恐ろしく思える最たる理由だ。こんな風に突拍子もなく引っ掻き回していくのだから。本気なのか冗談なのかの見極めすら容易では無い。

 それにしても全て的外れというわけでも無いのが余計に厄介だ。

 

 隠岐奈に対して「一途ではない」というなら、まあその通りなんだろう。

 何かしら言い返してみようかと考えてみたけれども、急に面倒臭くなってきた。自分の末路が決定している以上、何をしても摩多羅隠岐奈の晩節を汚すだけだ。

 なら一言だけ。

 

「同じだよ。私も同じ気持ち」

「そう。じゃあ両想いね」

「ああ、それだけで満足だ」

 

 さあいよいよ悔いは尽きた。

 隠岐奈の満足げな笑みに合わせて紫は頷き、閉じた扇子を差し向ける。

 

 喜ぶがいい4人の愚者共よ。お前達の勝ちだ。

 

「何か言い残す事は?」

「残していく相手が居ないからな、仕方あるまいよ。……いや一つだけあるな」

 

 相手とは目の前の紫。

 その姿を見るのはこれが最後だと思うと急に物寂しくなった。泣き落としでもやってみるかと、目尻に涙を溜めながら、らしくもなく懇願してみる。

 

 これが私の最期の足掻きだ。

 

 

 

「此処は私と、私の愛した妖怪が作った理想郷だ。お前の気持ちは分かるが、その上でお願いしたい。どうか、どうか見捨ててくれるな」

 

 

 

*1
なお賢者八雲紫はこの処置の有効性に対しての明確なコメントを差し控えている。




レティ「くろまく〜」

という事で、異変は無事解決されましたとさ。一人だけ回収されていない清楚仙人が居ますが、次回そのあたりの話があるかもしれない。事後処理回です
結局最初から最後まで本気だったのは正邪とお空だけでした。全員がガチで来てたら自機組が死んじゃうからね……(金髪の子から目を逸らしつつ

これにて幾つかの話を挟んで今章は終わりとなりますが、その次の章は恐らく色々とあれこれな話になります。ゆかりんのハッピーエンドは近い……?

評価、感想いただけると頑張れます♡

遂に異変終結!MVPは?

  • 魔理沙&パチュにと
  • 早苗&アリス&小傘
  • 妖夢&華扇
  • 咲夜&天子
  • うどんちゃん&霊夢&(ゆかりん)
  • 文&チルノ&幽香&レティ

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