幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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奴の正体がさらっと明らかになります


古臭くてつまらない話

 出立ち、種族、思想……何もかもが違えど、奴とは妙な親近感があった。

 その正体に気付くまでには相応の時間を要したが、判ってしまえばその程度のものだ。

 

 数えるのも億劫になるほどの神格と習合を重ねに重ねた私には、明確な標が存在しない。主たる主人格はあれど、確固たる"自分"を持っていないのだ。

 八雲紫もまた、私と同じだった。

 

 八雲紫は個である。

 この世に一人しか存在し得ない隙間妖怪であり、それでいて、その身に幾多もの群を抱えている。

 中にいる者も全て紫なのだろう。だが奴等には違う名前が付いていた。きっと元は紫ではなく、もっと別の存在だったのだと思う。アレらの抱く想いはあらゆる方向を向いている。

 そんな群を個として成立させたのが、かの化け物。

 

 親近感の正体とは、同類への関心。化け物同士の馴れ合いを欲した故の想いなのか。

 

 紫との出会いを振り返れば昨日の事のように様々な情景が思い浮かんでくる。

 あらゆる姿で奴に立ち向かい、敗れた時には足りぬ要素を付け加え、新たな自分へと変質する事で対抗し続けた。紫に近付くたびに私の心から『個』は消え失せ、代わりに『摩多羅隠岐奈』を感じるようになった。

 

 摩多羅隠岐奈とは幻想郷の賢者であり、後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神である。

 そして尚且つ、秦河勝であり、八雲紫なのだ。

 

『目を細めながら笑顔を決して絶やさない。そして言い回しは大物っぽく尊大に』

 

 全て紫との争いの中で手に入れたモノだ。

 

 思えば本当に、本当に永く殺し合ってきた。私の中にある神格の殆どが一度は奴と矛を交え、苦い敗北を喫している。鬱憤は溜まるばかりだったが、それもまた良し。

 神故の責務だとか矜持だとか、つまらぬものを建前にしてきたが、やはり私の中にあったのは悦びを求めるどうしようもない心だった。

 

 また同時に、奴とは数え切れない回数酒を酌み交わしてきた。多分、伊吹萃香ほどではないだろうが、私もそれなりの頻度で月見酒に興じていた。

 最後に紫を見たのも、その時だ。

 

 

「月を獲る……だと?」

「ね、面白そうでしょう? 最近知り合った友人と近々行動を始めようと思っているの」

「まあお前であれば不可能ではなかろう。付き合わされる奴らの身からしてみれば堪ったものじゃないだろうがな。どこまでやるつもりだ?」

「さてね? 思い出作りで終わったのだとしても、それもまた一興ですもの」

「酔狂なものだ」

 

 崩した格好で古酒を口に運ぶ様はいつ見ても美しかった。この妖香に果たしてどれだけの者どもが狂わされてきたのか。それこそ星の数ほどか。

 紫は一度気になった相手に対してはしつこく纏わり付いてくるが、ある日突然、パッタリと興味を失う事が多々ある。勘違いさせられた者達に関しては気の毒だったと言う他あるまい。気まぐれと言うにはあまりに邪悪だ。

 それに関連して良くない噂も聞く。

 

 私とは、どうなのだろうな? 

 適度に険悪になる期間を設けている分、色々と長続きしてる面もあるのだろうが。

 

「どうせ隠岐奈は来ないんでしょ? 何かお土産でも用意してあげようか」

「いらんいらん。月の連中に目を付けられるのも今となっては面倒臭いだけだ」

「いつだって暇してるんだから、少しは恨みを買って刺激ある生活を送ってみるのもいいんじゃない? 変な世界に閉じこもってないで」

「はっはっは。実りある妖生を送れているようで羨ましい限りだな」

「一度きりの妖生だもの。楽しまなきゃ損よ」

「そこそこ楽しんでいるとも。この終わりなき乱世も我が手によりようやく終息しつつあるからな。じき、真の強者が明らかになる。その後は暫く忙しくなるだろう」

「みんな頑張ってるわねぇ」

 

 戦争や命の奪い合いに対する紫の態度は一貫している。興味なさげな様子で結果だけを聞いて、適当に茶化して終わりだ。

 奴にとっては子供の戯れのようなものなんだろう。

 

 だが紫にとっては取るに足らない出来事でも、妖怪達、取り分け今も幻想郷に巣食っているような妖怪には非常に重要な意味があった。

 

 私が殺したのは、名の無い闇の太陽。人間達の間では『四煌』と恐れられる存在。太陽神としての側面をも持つ私には目障りな障害物だった。だから潰した。

 しかしどういうわけか如何なる手段を用いても力の全てを殺し切る事はできなかった為、私は奇策を用いた。

 その日人里で生を受けた人間の赤児に残滓を食わせてやったところ、目論見通りに生成り化して私に逆らうことは無くなった。赤児は成長と共に完全に妖怪へと変質して、今も幻想郷の野山をほっつき歩いている。確かルーミアと名乗っているんだったか? どうでもいいが。

 

 あの闇妖怪は一つの時代を作り上げた妖怪の一人だった。それらが瓦解を始め、その行き着く先が幻想郷の成立だったと言えよう。

 かつて人類の4割を死に追いやった病魔を司る土蜘蛛、黒谷ヤマメは全盛期の茨木華扇に敗れ、蟲の王に恭順する道を選んだ。

 そしてその蟲の王、リグル・ナイトバグは天魔率いる天狗との全面戦争の末、力と記憶の殆どを失い、今では妖精とつるんでいるような弱小妖怪へと身を落とした。

 

 結局、『四煌』の中で無傷のまま次の時代を迎えたのはレティ・ホワイトロックただ一人だった。前時代の支配者を下した英傑が次なる時代の賢者(担い手)として頭角を表してきた、そんな激動の時代。

 一方で紫はやはり呑気していた。

 

「月の民と遊ぶのは構わんが、地上は地上でまだまだ火種に事欠かない。お前が居ない間に勢力図は一変するぞ。天魔はまだまだ止まる気配を見せ無いし、因幡てゐの動きも活発化してきている」

「やりたければどうぞご自由に、としか思わないわねぇ。ああ、だけど天魔にはちょっと釘を刺しておいた方がいいかも。気が向いたら顔を見せに行きましょうか」

「奴らだけじゃないぞ。最近日の本に上陸した外来の妖獣も各地で暴れ回っている。棄てた元飼い犬の処分くらいはしていったらどうだ?」

 

 私の嫌味に紫はわざとらしく首を傾げる。そしてほんの少し考えた後、手を叩く。

 

「あっ、藍ね〜。あの子可愛いでしょう?」

「人間達からはえらく恐れられているがな。随分とヤンチャしているようだ」

「うーん……でもあの子にはまだ会えないのよね。時期が悪い」

 

 この時、私は九尾の狐を曲がりなりにも気の毒に思った。きっと八雲紫という名の宝石に狂わされてしまったのだろう。奴の放つ光は危険だ。

 

 そもそも紫が幼少の九尾と接触を持ったのは打算ありきだと本人から聞いている。将来的な潜在能力や危険度を見越し、いつでも自らの手駒にできるよう影響下に収め、更に成長を阻害するよう理性と楔を打ち込む。

 結果、紫を探して大陸の国々を滅ぼす災害の誕生という訳だ。驚くべきはついにその悲願が達成されつつある事だろう。

 

「藍とは月から帰ってきた後に逢おうと思ってるの。でもその間に日本を滅茶苦茶にされるのはちょっと困るわね。知人に接待をお願いしておきましょう」

「伊吹か?」

「いえ星熊の方。あとは……狸と私を」

「熱烈な歓迎だな。本当に会う気があるのか疑わしくなるぞ」

「本音を言うとね、あまり会いたくないの。もしかしたら失望されちゃうかもしれない。私はいつだって美しくありたいから」

「失望も何も、お前は昔から何一つ変わっていないが?」

 

 大した意味のない、適当な世辞を伝えたところ、思いの外喜んでくれたのを覚えている。変わらない事がそんなに嬉しいのか? 

 

「私ね、そろそろ死ぬと思うの」

「急だな。笑うところか?」

「真面目よ! ……近々ね、その刻が来るかもしれない。いつ頃になるかは私にも分からないけれど、そう遠い未来じゃないわ。貴女と話すのも今日が最期」

「本気か」

「うん。お世話してた蝶の死を看取ったくらいからかしら、自分の最期について考えるようになったの。で、自分と向き合った結果、死ぬには良い日が来そうな予感がね」

「鬱だな」

「躁よ」

 

 居住まいを正し、神妙な面持ちで告げられたのは、これまでと全く毛色の違う可笑しな話。この時の私は、どうにも奴の思惑が掴めなかった。八雲紫と『死』は最も縁遠い関係だと断言してもいい。

 自殺でもするつもりか、と問うたが奴は曖昧に笑うだけだった。手元の杯を弄びながら告白の余韻に浸っている。

 自分の死期すら見通していたのか。

 

「これから先も、八雲紫はきっと現れるでしょう。でもそれは私ではない。そう──貴女の敵ではない。だから……」

 

 その言葉には二つの意味が込められていた。

 どういう魂胆にしろ、紫は私との爛れた関係を終わりにしてしまうらしい。満ち足りた日々を送っていただけに、非常に残念だと思った。

 私でさえ、奴とは対等になれなかったか。

 

 紫は孤独だ。いつだって。

 

「そうか……すまないな紫。私にしてやれるのはその程度になりそうだ」

 

 愛した女への僅かな手向けだ。

 その為なら次の千年くらいくれてやる。

 

「さようなら隠岐奈。次の夢で逢いましょう?」

 

 

 

 

 結局、その言葉通り八雲紫は死んだ。

 

 気が狂ってしまったのか、迷いの竹林で訳の分からない事を喚きながら己を壊したらしい。境界の力で自らの身体を別ち、奴の全てが粉々に四散した。

 その一連の事件にメリーなる少女が関わっていると覚妖怪は言っていたが、私にはどうでも良い事だ。私が重視しているのはそこではない。

 

 古明地さとりは紫の奇行を自殺と称したが、私に言わせれば老衰のようなものだ。奴はその末路を自ら望み、その未来を掴んだのだから。

 

 かねてからの願望を叶えて、そのついでに世界を救ったのだ。そのあたりは誰であっても評価せざるを得ない功績だろう。

 実に鮮やかな、奴らしいイカサマだ。

 

 

 

 そして私は紫の言い遺した通りの行動を開始した。新しく誕生した、それこそ『私の敵ではない』八雲紫に接触し、幻想郷成立の道へと誘導した。

 

 見る影もなく寂滅した覇気と妖力。そして奴の存在そのもの。なおも特別な力を感じるものの、従来に比べれば微々たるものだ。

 右も左もわからない、自分の式神にさえ怯えるような、ガワだけの存在を甲斐甲斐しく世話してやったものだ。まあ、いつまでも私が付いている訳にもいかないので、自衛を兼ねた適当な世渡り術を教えてやったら、勝手に学習して自分の立ち位置を確立させたのには少し驚いたが。

 

『目を細めながら笑顔を決して絶やさない。そして言い回しは大物っぽく尊大に』

 

 それさえ守らせておけば、奴が止まることはない。身体に施されている仕掛けは負の感情だけで容易に発動するようになっているようだった。

 ガワだけの紫にも随分と楽しませてもらったものだ。アレは言うまでもなく元の紫に及ぶまでもないが、予測を優に超えていく底知れなさは寧ろ増しているように見えた。腐っても八雲紫、という事なのだろう。

 

 アレはアレで中々愛いものだしな。

 

 

 それに奴の置き土産はそれだけではなかった。その存在を認知したのはほんの少し前。永夜異変が終わり、紫の今後を話し合う為に地霊殿へ出向いた時の事だ。

 さとりとの口論の後、霊烏路空に神格の一部を植え付けたのを確認して後戸へ帰ろうとした、そんな私を呼び止めたのが『奴』だった。

 

「初めまして。お母様とお呼びした方がよろしくて?」

「お前の方が遥かに年上だろう。勘弁してくれ」

「私が貴女に作られたのはもっと遥か未来の話ですわ」

「一巡した奴の言う事はややこしいな」

 

 八雲紫を騙る『それ』の生誕は、どうやら私が深く関わっていたようだ。『擬き』とは言い得て妙だろう。

 当然、奴は八雲紫そのものではなく、当時(別世界)の紫の心を精巧に模倣して、擬似的な意思を再現したデータの存在。式神とほぼ同類だ。

 

 確かに、あれほどのクオリティで心を再現し、更には()()()へ送り付けるのには相当の技術と労力が必要だろう。それこそ私や紫レベルでなければ実現不可能な領域。我ながら惚れ惚れとしたね。

 だが残念な事に、本来なら擬きのクオリティはさらに高かったらしいのだが、様々な事故が重なり不安定に存在する事を余儀なくされたそうだ。

 

 ドレミーとやらが作った幼い姿でなければ現世に留まる事すらできない様はあまりに脆弱だ。

 

「身体は用意できなかったのか」

「順調とは言い難い世界でしたので。しかし頼れる式達が『名前』と『能力』はしっかり文字通り"死"守してくれました」

「ほう、余程の地獄だったと見える」

「やはり生き残りが少ない以上はどうにも。当然お母様も死にました」

「皮肉なものだな。滅びを回避するための行動が惨劇を引き起こすとは。覚悟の上とはいえ残酷な話だ。あとお母様はやめろ」

 

 擬きの居た世界については聞き齧る程度にしか把握していないが、相当殺伐としていた。それこそ今の幻想郷が可愛く思えるような、詰んでしまった世界。

 そしてその惨劇の発端は紫と博麗の巫女にあったようだ。しかしその惨劇も、それ以上の破滅を防ぐための前準備のようなものだった。擬きを我々の世界に送り込む為の必要経費らしい。

 外の世界で言うところのターミネーターとかいうのに似てるのか? 知らんが。

 

「私の目的は先の話し合いで申し上げた通り、破滅のさらに先の時間──幻想郷の半恒久的な存続を掴む為です。お母様の理念にも合致しているものかと思いますが」

「何故古明地さとりに合力しないのか、と問いたいのだろう?」

「……」

「答えは単純、甘ったれているからだよ」

 

 あの覚妖怪は自身の半生を過酷な環境に置いておきながら、妙に物事を都合の良い方向に考えようとする節がある。アレは優しさというより甘えだ。

 紫のやる事なす事は全て正の方へと転がるようだが、それが生み出す弊害の一例と言っていい。さとりに紫関連での非情な判断は苦しかろう。

 

「確かに私の願いの行き着く先はさとりと同じだ。誰だって死にたくはないさ。だから私はもう一つだけ別の道筋を残しておく事にした」

「物騒ですわね」

「策とは常に最悪を想定して練るものだ。さとりの案自体は私もアリだとは考えているが、もう少し現実味を持たせてやろうと思ってな」

 

 擬きに私の構想を伝えた。

 守護者という地位を完全に無視し、幻想郷を危機に陥れる情け無用の一撃。一歩間違えれば滅亡待ったなしなギリギリの作戦。

 

 それを聞いて擬きは、呆れたように白けた視線を向けてきたのを覚えている。

 

「お母様は盤面をひっくり返すような奇策を遠回しに進めていく事こそが、万事正しい道であると勘違いされているのでは?」

「まあ善い道ではないだろうが……」

「私にそれを止める力と暇はございませんので言う事は何もないですが……お母様が犠牲になるのを八雲紫は望んでいないと思いますわ」

「はっはっは。どの紫だ?」

「全員ですわ。私の元になった者、貴女が求めた者、今を生きている者、その全てが」

「優しいなお前達は。それに娘擬きも、最悪私のことを消しにかかるとばかり思っていたんだがな」

「お母様を潰しても益がある訳ではないので。また正直に申し上げると、貴女が勝とうがさとりが勝とうが、大した誤差にはならないと考えています」

「奇遇だな私もそう思うよ」

 

 異変の成否は重要ではない。問題となるのはどれだけ環境を整え、万全な状態で万が一に臨めるか、である。紫の生死の如何はその時決まる。

 だがまあ、私は幻想郷に住まう者達を信じているからな。どう転ぼうがきっとやり遂げてくれることだろう。

 

 それにもし私の計画通りに事が進んでしまうのなら、所詮その程度。遅かれ早かれ幻想郷は滅びる運命にあったという事だ。ならば引導を渡してやるのも悪くはなかろうよ。

 紫が滅ぼしてしまうくらいなら私がやるさ。アイツにやらせるのは少々忍びない。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 隠岐奈は猛烈に感動していた。己の中にある神格達が色めき立ち、心の底から震えているのが分かる、感じ取れる。

 計画通り──否、想定を遥かに超える力を幻想郷の住民達は見せつけてくれた。

 

 絶対的な指導者を失っても、彼女らはめげずに指揮を続けた。圧倒的な遥か格上と化した集団を相手に一歩も引かず戦い抜いた。

 生まれた時から己の身と共に在った力の殆どを奪われようと、彼女らは誇りをカケラも捨てる事はなかった。各々が殺意の歴史の中紡いだ絆に勝る物はない。

 数年に一度の大異変が幾つ起きようが、人間達が屈する事はなかった。何度窮地に追い込まれようと、想いと爆発力で悉く覆した。まさに命の輝き。

 

 実に隠岐奈の用意した障害の約半数が取り除かれている。

 残るは徹底した遅延戦術により幻想郷崩壊の判定勝ちを狙う正邪と、ゾンビ人海戦術で混乱の加熱を担う青娥。そして隠岐奈が人里に施したとある仕掛け。

 

 素晴らしい。よくぞここまで実ったものだ。

 ならば影の主催である自分達もそれに応えるのが道義であろう。そうであろう。

 

 だがそんな隠岐奈の想いに反して、事態は徐々に硬質化していく。

 

 各々の立ち回りは非常に賢いといえるのは確かだろう。それは認めた。

 正邪が生き残っていれば幻想郷の半身不随は延々と続くので、体制側の攻勢を封殺できる。青娥は豊聡耳神子が敵に付いた事を察知した途端、切り札の一つを披露し、霊廟を埋め尽くすゾンビ軍団で一団の足止めに徹している。

 

 集団規模で見た殺し合いの観点であれば、二人の動きは100点満点中70点くらいあげてもいい。だが隠岐奈にとってそれは二の次である。

 勝ちに拘り過ぎれば物事は大抵の場合、停滞する。それは非常に美しさを損なう行為だ。隠岐奈に言わせれば見苦しく、醜いだけ。

 

 幻想郷の輝きが自分達の醜さを露呈させているのは明白。だからこそ余計に眩しく感じるのだろう。それもまた良き事だ。

 

 

 

「お前達、よく来てくれたなぁ。これほどの大人数を後戸の世界に入れたのは今宵が初めてだ! 裏切り者に愉快犯、そして英雄! 分け隔てなく歓迎しよう」

 

 険呑な四つの視線が一柱の神に注がれる。全てにおいてアンバランスな四人組は、たった一つの目的において合致した即席の集団であった。

 打倒摩多羅隠岐奈。これに尽きる。

 

 

 あまりに唐突な始まりだった。

 レティと幽香の殺し合いを高みの見物で観戦していた矢先だ、隠岐奈から見て斜め右にある後戸の一つを暴風が破壊し、一羽の烏が華麗に舞い降りた。

 それに意識を取られた、その数瞬後に向かいの後戸が木っ端微塵に粉砕、一匹の氷精が迷い込む。ほぼ同時の乱入であった。

 

 氷精は勢い余って顔面から倒れ込んだ。しかし烏天狗の方はその他の状況などまるで意にも介さず、体勢を立て直すと地面が陥没するほど強く踏み締め、一直線に隠岐奈の喉元へと蹴りを放つ。

 幻想郷最速による本気の蹴りは、まともに喰らえばどれほどの強者であろうと身体の損壊を免れない。結果、モロに受けた隠岐奈は腰掛けていた椅子を粉砕しながら後方へと吹っ飛ぶ事になる。

 

 だがこれでは終わらない。つい数瞬前まで殺し合いで膠着していた筈の幽香が更に後方へと回り込み、なおかつレティが隠岐奈の飛来速度に追随しながら手を前に構えている。互いに能力の発動準備に入っていた。

 刹那、隠岐奈はレティと幽香どちらの攻撃を防ぐべきかを天秤に掛ける。

 

 受け入れたのは前方からの攻撃。後頭部に後戸を展開して幽香の殴打をいなす。しかしその攻防の間、隠岐奈はフリーになったレティに自身の力を二つ奪われた。

 それは丹念に集めていた季節の力。『春』と『秋』を司る力だった。

 

 秘神はついに土をその足で踏み締めた。

 

「漸く本性を見せてくれたな」

「それは見当違いね〜。こっちの方が摩多羅様も楽しくなると思って」

「ふふ、違いない」

 

 レティと協力体制を築くなど初めから不自然な話だったのだ。この妖怪が勝ち馬に乗るような打算的な行動を取る筈もない。独特の価値観だけがレティの導。隠岐奈とてそれは承知していた。

 

 それよりも驚愕すべきは、裏切りに舵を切ったのは、恐らく烏天狗──射命丸文と、氷精──チルノが後戸の国に乱入した、その瞬間だった。

 その刹那に満たない時間で幽香と僅かに意思を疎通し、完璧に近い連携を実現したのだ。互いの殺意は紛れもなく本物であったのに。

 

「風見幽香は孤高の存在。群れるような選択はしないと買い被っていたんだがな?」

「別に群れてないわ。お前とそいつの頭を一緒に叩き割ってやろうと思っただけ」

 

 一方、状況を全く掴めていないのが急転の要因となった文である。思惑としては後戸の国に侵入すると同時に隠岐奈へ奇襲攻撃を仕掛け、一撃による決着を狙っていたのだ。

 しかし目論見は甘く、蹴りを正面から受けても隠岐奈に堪えた様子は全くない。そして何故か居る幽香とレティである。突っ伏してるチルノは知らない。

 

(幻想郷の情勢はいつだって私の想像の更に上をいく……! これだから新聞記者は辞められないのよねぇ)

 

 取り敢えず思考の安定を図る為、開き直る事にした。文にとって重要なのは、当初想定していた隠岐奈とのタイマンはなく、彼女の敵である糞強妖怪が居る事である。遥かにマシな状況だ。

 もっとも、あの両者は自分のことを味方だとは思ってないだろうから、連携などは不可能だろうと考えている。利用できる障害物といったところか。チルノは知らん。

 

「あのポンコツ共は殺したか?」

「二人組の事なら今頃幻想郷で秋神様と楽しく遊んでいるんじゃないかしら」

「ふむ……まあよい。元よりお前は私が潰す予定だった。それよりも不可解なのはそこに居る妖精よ。選ばれし強者と私の手の者しかこの世界には入場できないようになっているんだが、どうやって迷い込んだ?」

 

 全員の視線がヨロヨロと立ち上がるチルノに集中する。幻想郷においても上澄みの中の上澄みが集う中、この妖精の存在はあまり場違い。強いことには強いが、一定以上の実力者には到底敵わない程度の雑魚だ。

 今は若干肌黒くなっているように見えるが、大した違いではない。

 

「ちくしょうラルバのやつ! 今度会ったらボコボコにしてやるんだから。……おっ、なんの集まりだこれ? てかお前らめっちゃ久しぶりー!」

「おひさ〜」

「どうもー」

「……」

 

 友達二人と手下(幽香)を見つけて歓喜の声を上げる。最近、妖精とつるんでばかりで若干疎遠になっていただけに、まさかの再会にチルノは顔を綻ばせた。

 知らん奴も居るが誤差である。

 

「お前の力はこの前の大会で大体把握している。残念だが幻想郷の命運を賭けた戦いに妖精は不要だ。見栄えが悪くなるからな。さあ出ていってもらおうか」

「ラルバから聞いた通りだ! ここが幻想郷最強を決める場所ってわけか! ならば雑魚は不要だな! お前が一番弱そうだからでてけ!」

 

 話にならない。やはり馬鹿(妖精)馬鹿(妖精)か。

 バックドアの力で有無を言わさず強制退室させようとした隠岐奈だったが、それは幽香の嘲笑に遮られる事になる。

 

「実績ならこの馬鹿が一番じゃないかしら。なんといっても一度八雲紫を倒してるしねぇ。それに、追い出して一番困るのはお前なのよ」

「なんだと?」

「この世界にはお前の手下──要するにお前から力を分け与えられている者しか入場できない。それが答え」

 

 ここまで明言されれば嫌でも気付く。

 この妖精を手引きしたのは別に居るようだが、その要因を作り出したのは幽香である。

 

「お前の持っていた『夏』の力を氷精に移していたのか? 何の為に?」

「上でふんぞり返ってる馬鹿共に一泡吹かせてやろうと思ってね。実際コイツは良くやってくれた。此処まで来るとは思ってなかったけど」

「???」

 

 隠岐奈は思考を巡らせる。

 幽香の監視はそれなりの頻度で行なっていた。その中でチルノと接触していた時間はあまり多くない。譲渡が実行されたタイミングとして有力なのは、チルノが紫を氷漬けにして火焔猫燐に救出されたあの事件。

 あの時、幽香はチルノに幾らか力を貸し与えていた。あの時に混ぜ込んでいたのか。

 

 事態がどう転ぼうが、幽香は隠岐奈に力を渡すつもりなどハナからなかったのだろう。

 

 結果として隠岐奈は四季を司る神格を再度全て失った。そして抜け目のないレティは当然のように奪った『春』と『秋』を完全に掌握し、それぞれ幽香と文へと半ば強引に譲渡する。

 これで隠岐奈が神格を取り戻すには、この場にいる4人を斃さなければならなくなった。

 

 この瞬間、幻想郷で猛威を奮っていた『四季ごちゃ混ぜ異変』*1は終結した。

 数多の偶然が生み出した鮮やかな逆転劇だった。

 

 

 故に隠岐奈は賛辞を吐き出すのだ。

 如何なる美辞麗句を以ってしても表現しきれないほどの想いが胸の中で蠢いている。

 漸く、漸くなのだ。

 

 久方ぶりに我が身へと一撃を加えた射命丸文。

 単身敵の本拠へ乗り込み渾身の策を破壊した風見幽香。

 我が望み通りに裏切ってくれたレティ。

 賢者の思惑を根本から覆した矮小なチルノ。

 

 適度な変化すら拒む古豪共でさえ、摩多羅隠岐奈という名の幻想郷の巨魁に対抗する為に柔軟かつ素晴らしい判断力を見せてくれた。

 

 惜しみない拍手を送りながらも尊大な態度は崩さない。

 

「私を数年ぶりに椅子から立たせた褒美だ。お前達のうち二人を我が側近である二童子に迎えてやろう。みな知っての通り、非常に名誉ある役職よ」

「なんだそれ知らん!」

「要するにね〜アイツの操り人形になって一生変な踊りを踊り続けろってことよ」

「バカじゃないのかお前! ことわぁる!」

「お前達の意思が介在する余地はない。慎ましく受け入れるように。天狗だろうが妖精だろうが種族は問わん。私と幻想郷に尽くせ」

 

 神とは古来から身勝手で理不尽なものだ。特に摩多羅神とは、それらが顕著に現れる神であった。

 だが隠岐奈は本気だった。それが褒美になると考えている。何故なら、それ以外の道は未来を閉ざす選択にしかならない。

 

「だがちと人数が多いな。残念だがあぶれた二名には消えてもらうことになる。さて、誰が消える? そっちで決めるか、それとも私が手を下そうか?」

 

 チルノを除く三人が顔を見合わせた。

 答えは既に決まっている。

 

 

「「「「まずお前が消えろ」」」」

 

 

「残念だ」

 

 見下し嘲笑うような視線を遮る黒い影。

 初っ端からトップスピードでの、真正面からの奇襲攻撃。どれだけ相手が警戒していようが肉眼で捉えられないのなら悉く無力であり、盤面は一撃で粉砕される。神速の終撃を齎すのだ。

 文はその圧倒的な速さ(殲滅力)で数多の敵対者を葬ってきた。如何なる強者であろうと彼女に触れる事すら叶わず、叩き潰された。

 

 故に、これが初めての接触。

 

「相変わらず天狗という連中は芸がないな。今も昔も全く進歩しない愚かな種族だ」

「んなッ──ぁああが!?」

 

 耳元で飛び回る羽虫を払うが如く、文はあっさりと叩き落とされた。後戸の地に減り込んだまま、自らの質量を制御できずのたうち回ることになった。

 肉体が叫ぶほどの痛みを感じたのは、文にとってこれが生まれて初めての事だった。

 

 その一部始終を目視出来たのは隠岐奈の他にいない。時間を凍らせる事でレティのみ後から顛末の理由を知ることはできたが、直接は彼女を以ってしても不可能。

 文のスピードはそれほどの別次元である。

 だが秘神には通用しない。手を払うだけで、幻想郷最速は地に沈められた。

 

「うわブン屋ァ!? お前めっちゃカッコ悪い転び方してるぞ!?」

「……」

「……」

 

 機先を制する文の先制攻撃を好戦的な幽香達が見逃したのに、お手並み拝見以外の意味はない。隠岐奈を殺すのに後か先の違いしかないからだ。

 しかしその余裕は数瞬と保たなかった。

 

 絶対的な暴君達をして、生きて摩多羅隠岐奈と敵対する限り安全圏など存在しない事を改めて認識させたから。

 

 

 確かに皆の輝きは凄まじい。予想以上だ。

 感服に値する。

 

 漸く──これで最低限。

 

 素晴らしい。惜しみない賞賛を贈ろう。

 しかしまだそれ止まりだ。

 

 四人の力を結集させてなお、かつて隠岐奈をして渇望させた八雲紫の輝きには未だ及ばない。漸く──奴の爪先に辿り着いた程度。

 その程度で最終暗黒テストを乗り越えられるなどと思ってくれるな。

 

「私に勝ちたいなら紫を連れて来い。お前達如きでは、どうにもならんぞ?」

*1
命名:八雲紫




(1vs1vs1vs⑨)vs1


一ボスは昔凄かった系妖怪(再三)

ヤマメのキルスコアは幻マジ世界線の中でナンバーワン。なので地底でもかなり恐れられています。実力も殆ど落ちてません。しかし当の本人はアイドル気取りで毎日楽しく暮らしてます。

リグルは一時期の覇権を握ってた化け物どもの女王。勢力としての瞬間風速は多分ゆかりんよりも凄かった。しかし飯綱丸様の決死攻撃を遠因として天魔に敗北、今はバカルテットの一角として楽しくやってます。

ルーミアの正体は闇そのものを司るナニカ。現世では『空亡』とか言われてたりするかもしれない。オッキーに敗北した挙句にそこら辺の女児にぶち込まれる不憫系帝王。女の子は短い生涯をかなり苦しみ抜きましたが、ルーミアになってからは楽しくやってます。

レティさんは氷雪系最強を冠する化け物。ヒソカリスペクトな世渡り上手なので現代まで力を殆ど落とさずに生きてます。幽香りんとは姉妹のようなそうじゃないような微妙な関係。後進の育成を楽しんでます。

秋姉妹は秋姉妹。


あと5、6話くらいで決着するかもしれない。

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