幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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ヘカちゃんの月面お遊戯大会

 

 幻想郷の皆様にはあまり馴染みがないかもしれないが、外の世界では宇宙への関心が非常に高まった時期があった。科学の力で遥か彼方の月を手に入れようとしたのだ。世はまさに宇宙大航海時代ってわけね。

 政治的な思惑も絡んだそれは、莫大な金と労力が注ぎ込まれ、人間達の中で軍事力に代わる新たな競争種目と化したのだ。

 

 でもって月に一番乗りを果たしたアメリカが星条旗を月面にブッ刺して終了。世界に対して「対戦ありがとうございました」って流れだったわね確か。

 私も河童から貰ったカラーテレビでその瞬間をちょうど見てたわ。まあ私はその何百年も前に月面着陸してるんですけどね!(謎マウント)

 

 とまあ、何でいまアポロ計画の話をしたのかっていうと、現在その現場に居るからなの。

 荒々しい岩肌、永久の闇、有機物の生存を許さない過酷な環境。まさしく異界と呼ぶに相応しい魔境である。幻想郷の次にね。

 そういえば何で空気があるんだろ? 

 

「つまらない世界ね。こんな所に長居してると気が狂いそうになる」

「本当にね。だけど月の石は地上だと高く売れるのよ。持てる分だけ持って帰れば博麗神社が三つは建つんじゃないかしら?」

「……っ!」

「気持ちは分かるけど事が終わってからにしてちょうだいね」

 

 一心不乱に足元を砕いて巫女服の裾に詰め込んでいく霊夢を諌めつつも、何だか妙な安心感を覚えた。守銭奴霊夢も可愛いわよね♡

 気付かれないようスキマ越しに写真を撮っておきましょ! 保存用観賞用布教用!

 

「やっとる場合ですかっ!? 周りの状況が見えてないの? ねえ!?」

 

 玉兎の金切り声にもすっかり慣れたものだ。最初は煩わしくて仕方なかったのにね。

 ただ確かに彼女の言う事が正しい。落ち着いて霊夢を愛でている場合では無いのだ。霊夢の存在と天子さんの激励が無ければ私もパニクってただろう。

 

 此処にくるまでに月人や玉兎だった物と思しき骸を何体も見た。ミンチよりひでえや状態なので性別すら識別できない有様だった。その都度綿月姉妹の要望で弔っているのだが、相応に時間がかかっているので、これでは日が暮れてしまうペースだ。

 月だから暮れる日なんかないけどね。

 

 私? グロ耐性あるから別に。月人嫌いだし。

 でもまあ可哀想ではあるわ。

 

「……あの者達は月が誇る精兵達。それが大した抵抗もできずに一方的に蹂躙されているのが、我々の現状だ。とんでもない連中と手を組んでくれたものです。愚かな」

「あら協定を結んでおきながら今更恨み言? 女々しいわね綿月依姫」

「貴様ッッッ」

 

 勘違いしないで欲しいんだけど、いま依姫を挑発したのはAIBOね。罵倒する為だけに表に出てきやがったのだ。マジやめろ!!! 

 幸いエスカレートする前にAIBOが退散したので事なきを得たが、これじゃ命が幾つあっても足りないわ! いい加減AIBOをリリースする方法を探さないとね……。

 

 取り敢えず良い感じの返答だけしておこう。

 

「この惨状を生み出す一因となってしまった事に関しては申し訳なく思うわ。しかし貴女達からの攻撃で血を流しているのは我々とて同じ事。その辺りも考慮していただけると非常に助かります」

「いえいえ、依姫は貴女の愚かさを糾弾しただけであって、死合いそのものに対して意図を含んでいる訳ではないのよ。屈辱を味わったのも今回が初めてという訳でもないので」

「私は別にそういうわけでは……」

「そういう事にしておきなさい」

「まあ、はい」

 

 豊姫に諌められた時だけ素直になるのよね、この妹。

 ていうか、それとなくフォローしてあげたのにこの言いようである。綿月姉妹とは一生仲良くできそうにないわ。する必要もないし。

 取り敢えず陰で中指立てとこ。

 

 私と綿月姉妹が言い争いを始めるたびに情緒不安定になる玉兎のウドンがいい加減可哀想になってきたし、そろそろ真面目モードに入らないとね。

 

「先に決めた段取り通り、まずは無血講和に向けて話し合います。しかし彼方がどのようなリアクションを取るかは完全に未知数。最悪、その場で殺し合いが始まります。その時は月面に齧り付く哀れな死体が一つ増えることになるでしょう」

 

 勿論私の事である。

 

「なるべくそうならないよう努力しますけれども、もしもの時は貴女達二人が鍵になる。各々の役目を全うできるよう最善を尽くしてもらう」

 

 霊夢とウドンに語りかける。綿月姉妹が督戦隊だの何だの言って前に出てこない以上、実質的に戦闘要員はこの二人だけ。戦いが始まった途端、私は役立たずの応援団になってしまうからね、仕方ないわね。

 

 まあ万が一猶予のないマズイ展開になったら霊夢と一緒に逃げるんだけどね! いざとなったら例の『奥の手(スキマバキューム)』を使ってでも生き延びる! 

 もっともこれはホントに最終手段であって、私としても避けたい事ではある。純狐さんと綿月姉妹を同時に相手なんてタチの悪い罰ゲームよ! 

 

 霊夢は月の石を仕舞いつつ「当然」と言わんばかりに、色々と後のないウドンは滅茶苦茶嫌そうな顔をしながら頷く。

 ウドンは玉兎の例に漏れず情緒不安定なんだけど、どこか傲慢さというか、とんでもない自信を覗かせる事が多々ある。つまりそれだけの実力者って事なんでしょう。それかただのお馬鹿さんか。

 あの八意永琳や綿月姉妹が推してるほどの兎だから弱くはないと思うんだけど、愛は人の目を狂わせるからね。例えば藍とか藍とか藍とか。

 

 

 

 そんな感じで前提条件から不安だらけなんだけども、恐らくこの状況が最悪の中での最善手だと思う。AIBOからストップも入ってないし。

 これでいいって事なんでしょ? 

 

【概ね問題ないですわ。ただ一つ言わせてもらうなら、霊夢は幻想郷に送るべきだったわね。あの腐れ天人は宇宙にでも放逐しちゃって】

 

 だから天子さんに対して当たりが強いってば! 

 ったく……でも何で霊夢を幻想郷に? 私が死んじゃったらAIBOも困るんじゃないの? それに霊夢は目の届く所に置いておきたいし……。

 

【貴女が死んだところで何も影響はありません。むしろ貴女に死んで貰った方が私も役目を終えられるので助かりますわ。死んでくださるの?】

 

 やっぱり霊夢に一緒に居てもらえて良かったわー! ちくしょう最近AIBOに優しさを見出しつつあった私が馬鹿だった! マジファッキンですわー! 

 ほら一心同体のバディ物ってさ、互いに支え合う普通でしょ。もしやAIBOって共生タイプじゃなくて寄生タイプの生命体なんじゃ……!? 

 

【正解♡ では話を戻しますけども】

 

 釈然としない……! 

 

【霊夢を戦力としてアテにしてない訳ではないのです。ただ『八雲紫』とはあの子にとって猛毒にも劇薬にもなる難儀な存在。あの子の育成は春雪異変の時に大体終わらせておきましたので今は無理に賭けに出るべきではない、そう判断したまで】

 

 そ、そう。またよく分からない情報を小出ししやがったわね。

 でも確かに、ちょっと前に霊夢に気持ちをぶつけられた時に私もちょっと思ったのよね。霊夢との付き合い方を誤れば決定的な破綻が待ってるんじゃないかって。

 なるほどAIBOもなんだかんだ言いつつ霊夢に嫌われたくなかったのね! 

 

 でもさ、霊夢が居なくなったら純狐さんに勝てなくないかしら。私とウドンの二人で止められるとは到底思えないんだけども。

 

【その時は交渉が決裂した瞬間に連中の求める『嫦娥』を潔く差し出せばいいの。第一次月面戦争の際にマーキングは済ませておきましたので拉致は容易い。月とは再び殺し合う仲に戻るけど、その時は仙霊側に付けばいい。幻想郷に展開する月軍は霊夢と隠岐奈が蹴散らしてくれるでしょう】

 

 表裏比興ムーブってやつか。悲しいけどこれ、戦争なのよね。

 そうそう、そういえばHEKAさんが嫦娥に対してボロクソ言ってたわね。ていうか、今からでもその作戦でいきません? 綿月姉妹との戦闘はAIBOに頑張ってもらうってことで。

 

【霊夢が月に残ったのならば話は別。きっちり月との因縁を精算しておいた方が今後楽になるわよ。貴女の平穏な幻想郷ライフの為ですわ】

 

 なるほどぉ! それなら仕方ない! 

 いざ戦端が開かれたらAIBOが何とかしてくれるんだろうし、私は安全圏で見守っていればいいのね。勝ったわ! (確信)

 

【勝手に盛り上がっているところ申し訳ないんだけど、今のまま私が出ていっても妖力不足で恐らく何もできず消えてしまいますわ。全開で活動できる時間は多く見積もって1分12秒ね】

 

 駄目じゃん! (絶望)

 さっきまであんなに自信満々なこと言ってたくせに無責任ですわ! AIBOのペテン師! 

 

【再三申し上げている通り、貴女の生死は私の役目と直結しないものでして。ああ、あと数時間くらい真剣にチャージすれば3分程度まで増やせるけども】

 

 頼りないウルトラマン!? 

 ぐぬぬ……! いまさら綿月姉妹に「ちょっと調子が悪いから決行は明日にしない?」とか言っても絶対受け入れてくれないわよね。心が狭いし。

 分かった、分かったわ! 

 取り敢えずAIBOは死ぬ気でそのチャージとやらをしててちょうだい。なるべく貴女に頼らないよう頑張るから。

 

【了解ですわ。……ごめんなさいね、永琳や妹紅との戦いの時点で結構カツカツなの。まあ9割貴女が無謀な戦いを挑んだせいだけども】

 

 その節はどうもお世話になりました。

 

 しっかしAIBOもなかなか謎な生態してるわよねぇ。そもそもなんで私に寄生してて、八雲紫ヅラしてるのかも不明。まるで有象無象の悪霊みたいな性質なんだけど、その癖して戦う時はめっちゃ強い。改めて考えると怖くない? 

 あと妖力のチャージって言っても私の中にあるモノなんかたかが知れてるだろうから、別のところから引っ張ってきてるんでしょ? その技覚えたら私もAIBOみたく強くなれないかしら。

 

【──そうねえ。今回の騒動を無事に切り抜ける事ができれば、私の正体と一緒に件の方法を教えてあげてもよろしくてよ? ただし、強くなりたいちゃんとした理由を考えておく事。巫山戯たら失格ですわ】

 

 えっ嘘。ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、私でもしっかり強くなれるの!? 

 

【少なくとも藍くらいには】

 

 なんか大した事ないように言ってるけど間違いなく幻想郷最強クラス確定じゃないの! フゥゥゥッやったーッッッ!!! 

 今まで暴力反対とか平和第一なスタンスで頑張ってきたけども、本音を言うと暴力で解決できるに越した事はないわ。フッフッフ、私の中に眠る闇が呼び起こされる日もそう遠く無いようね……。

 ていうか底辺な私クラスから藍クラスまでって、強化幅がヤバすぎるでしょ。何万倍……いや下手したら何億倍? 

 

 そんな裏技があるならさっさと教えろよって思わなくもないけど、AIBOが情報開示に応じてくれたのは嬉しいわね。ついでになんか謎に秘密だった正体も教えてくれるらしいし。

 裏技に比べたら重要度はめちゃんこ低いけどね。まあ喉につっかえた小骨が取れるようなものかしら。

 前に「未来から来た」なんて聞いた時はビックリしたけど、今は「まあこんなもんか」って感じだし。予言と違って諏訪子死んじゃったし。

 

【貴女如きにそのような物言いをされるのは正直癪に触るわね。……兎に角、私はチャージの間少し引っ込むから、せいぜい死なないように】

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「やっほーゆかりんお久しぶりー!」

「こんにちはヘカーティア。相変わらず壮健なようでなによりです」

「ゆかりんゆかりん、約束」

「……ヘカちゃんおひさ」

 

 互いにニヒヒと(引き攣った)笑みを浮かべ、握手を交わす。

 約束その一『月面での握手』と、約束そのニ『ヘカちゃん呼び』はこれにて達成という訳だ。本当ならここからオフ会と洒落込みたいところだが、周囲の状況はそれを許してくれそうにない。

 

 一際大きなクレーターの中心で3対3の睨み合いが発生しており、その外周前左右をぐるりと相手の手勢と思われる妖精達が取り囲んでいる。

 たかが妖精と侮るなかれ、霊夢の分析では恐らくその一匹一匹がルーミアとかチルノレベルのやばい個体らしい。つまり一匹を外の世界に放流すれば文明が滅びちゃうレベルって事だ。インフレ極まってますわね!? 

 

 そして後方に控えて私達を督戦する綿月姉妹。桃なんか食っていい気なものである。それと一応本部からサグメさんが見守っているらしい。

 

 和やかなのはHEKA、もといヘカちゃんだけだった。

 他四人の抱く感情は敵意混じりの興味、底無しの怨嗟、恐怖を抑え込む勇気と様々だ。

 私? クッソ逃げたいですわ! 

 

 一番に目に付くのはやはり純狐さんと思わしき空間の歪み。ウドンはあまりの異質さに小さな悲鳴を上げていた。あの霊夢でさえ思わず二度見していた程だ。

 その次が奇抜な衣装に身を包む妖精。不気味に揺らめく松明を掲げ、星条旗を模った道化服とタイツを着こなす様はなんというか、凄くアメリカンですわ。きっと周りを取り囲んでる妖精達の親玉なんでしょうね。

 ヘカちゃんは……まあ服装のインパクトが一番だった。この場で唯一、一切の敵意を感じさせない立ち振る舞いに思わず気が抜けてしまいそうになる。

 

「紫、アンタこんな巫山戯た服装の連中と組んでたの? 目がチカチカするんだけど」

「あらあら言ってくれるじゃないの。まあ幻想郷は田舎だし都会のセンスについて来れないのは仕方ないわ。無礼な物言いも一回だけなら許そう」

「何処の文化でも受け入れられないわよ、そんなクソダサい──」

 

 あらかさまにイラついた様子で言い返そうとする霊夢を慌てて諌める。ここでヘカちゃんの機嫌を損ねたところで何の得にもならないのだ。

 

 なにせ純狐さんはあんな調子だもん。アメリカ妖精はどうも従者ポジションっぽいし、ヘカちゃんとしか交渉は進められない。

 霊夢に服を貶された瞬間、僅かに眉間に皺が寄ったのを私は見逃さなかった! この手の話はNGワードであると判断! 霊夢の気持ちはマジで分かるけども! 

 

「さて改めて、会えて嬉しいわ。月の連中に捕まったって聞いてたけど、何とかなったようね。そろそろ都に乗り込んで助けに行こうと思ってた頃合いだったんだけど」

「心遣い深く感謝します。此方の不手際により効果的な連携が取れなかった件に関しては大変申し訳ございませんでした」

「まあまあ、不慮の事態が起きた時は互いに助け合うのが同盟者、そして友達ってもんでしょ! いずれにしろ無事で本当に良かったわん!」

 

 くっ……好意が胸に突き刺さる! 

 

「ところでそこの兎ちゃんは玉兎じゃないの? 生け捕った捕虜?」

「いえこちらのウドンインゲは幻想郷に住まう玉兎。謂わば月と地上の中間の存在ですわ」

ウ、ウドンゲイン……

「ほうほう見せしめで連れてきたって事ね。ゆかりんも中々やるねぇ! 後ろの月人どもの悔しそうな顔が全てを物語ってる」

 

 悔しそうっていうか、どちらかと言うと殺意と無関心じゃないかしら。

 まあヘカちゃんがそう思っているのなら別にいいわ。兎に角、穏便に話を進めて上手いこと講和を纏めないと……! 

 

 不服そうなウドンを前に押し出して、少しの間バトンタッチ。

 

「此方、評議会による決定と提案が載った書簡です。確認をお願いします」

「中間の存在だからこそ使者にうってつけだと判断された訳か。なるほどなるほど」

 

 

「でもいらない」

「ほえっ?」

 

 うんうんと感心したように頷きながら、ヘカちゃんは書簡を破り捨てた。

 一気に場の雰囲気が重くなり、圧力が高まる。

 

 穏健だったヘカちゃんの突破な行動に面食らいながら、私は再び前に進み出る。

 動揺を隠さないと……! 

 

「中を確認しなくても?」

「うん、興味ないね」

「貴女達に頗る有利な内容が載っていたかもしれないのに、それでも?」

「ゆかりん、もしかして勘違いしてるのかな」

 

 ヘカちゃんは困ったように笑いながら淡々と告げる。

 

「私達は月に住まう者を皆殺しにするまで進み続けるの。どんな内容の講和条件が用意されていようと、私達──取り分け純狐が我慢する必要なんてないでしょ? だって連中に私達を止める手段は一つもなくて、滅びを待つだけなんだから」

「し、しかし……」

「まあ、講和条件が『嫦娥の侵した罪を贖う為、月人一同腹を切ってお詫びします』って事なら話は別かしら。でもそれならわざわざ私達に書簡を届ける必要なんてないと言ったらそれまでだけどね」

 

 駄目だわ、話の流れを断ち切れない! 

 ヘカちゃんの温和な語り仕草は変わらず、それでも身に纏うナニカが変質してきているのは最早明白だ。瞳はあまりに冷たく、超然的だった。

 

「歯向かってくる奴は殺す。降伏した奴も殺す。自決した奴は地獄で殺し抜く! 勿論、幻想郷に逃げ込んだ月人も同様。月に関連する者は一人として生かしておかない」

「関連、する者……?」

 

「例えばそこの玉兎」

「あえ!?」

 

「月の神をその身に宿す巫女」

「は?」

 

「そして、月に対し2回も無様に敗戦し、更には思惑に与した愚かな友人」

「……!」

「ごめんねゆかりん。裏切り者は粛清するってさっき純狐と決めちゃったの」

 

 あれちょっと待って。

 という事は、交渉以前の問題だったの? 

 

「私が今から嫦娥を連れてきても?」

「別にゆかりんの手を借りなくても嫦娥は殺せるしねぇ。ていうか嫦娥を差し出せるなら月面戦争前に用意して欲しかったかな。過ぎた事だけど」

 

 あー、これは駄目ね。お手上げだわ。

 パワープレイで盤面をぶっ壊してくるような人達と交渉なんて不可能だ。それにあの三人はあまりにも狂気に染まり過ぎている。当然思考回路も、常人の『それ』ではない。そもそも言葉が通じていたのさえ疑わしくなる。

 

「以上が建前で、実は月の連中があんまりにも弱っちいから飽き飽きしてたところなのよ。だからゆかりん達が来てくれたのは渡りに船ってワケ」

「別に私達は月に降った訳ではないのだけど。味方してるんでもないし」

「あらそうなの? まあなんにせよ楽しければいいじゃない。ゆかりん達が楽しめるよう、私達も幻想郷の流儀で相手しちゃうわ」

「流儀とは?」

「弱肉強食の殺し合い」

 

 ダメだこりゃ。

 AIBOの計算違い……というよりは、認識のズレなのか。彼女の知る未来が寧ろ思考の枷になったように感じる。

 考え得る限り最悪の終着点だ。

 

「なんとかならないかしら?」

「うーん……純狐どうしましょ?」

嫦娥殺

「そっちじゃなくて、ゆかりん達の処遇」

 

 純狐さんの歪みが揺らぎ、僅かな硬直が生じる。

 そして結論に導かれた。

 

粛清

 

 袂は分たれた。

 

 

 

 

「という訳で講和は駄目でしたわ。派手に嫌われてるのね貴女達」

「やはり不可能でしたか。化け物と化け物の予期せぬ化学反応を期待したのですが……」

「無理なものは仕方ないわ。切り替えていきましょー」

 

 ここまで無責任に物を申せるのは紛う事なき才能である。おかげ様で私も堂々と中指を立てることができるわ。霊夢と一緒にダブルファッキンよ! 

 

 ちなみにウドンは私が嫦娥を売る話を始めたあたりから、懐疑的な様子で私を見ている。もっとも綿月姉妹にタレ込む訳では無さそうなのでセーフ。

 状況が此処に至っては下手に掻き乱すのを嫌ったのかもしれない。

 

「で、殺し合いですか?」

「そうに違いないのだけど、私達が相手だという事で少し手心を加えてくれたみたいですわ。彼方の遊び心ですけど」

「ゲームでも提案してきましたか」

 

 ビンゴである。

「このまま安直に蹂躙しても面白くない」というヘカちゃんの一言で考案された戯れ。

 私達にとっては一筋の光明。

 

 殺し合いには変わらないけどね。

 私はちょっと色々考えなきゃいけないので、ウドンが代わりに話を引き継いだ。

 

「人数がちょうど良いとのことで、互いの代表を選出しての団体戦が提案されました。彼方の主要メンバーは恐らく三人、そして此方は豊姫様と依姫様を除いて三人。これで先鋒中堅大将での試合風の殺し合いを……」

「くだらない。──しかし統計通りではある」

「統計?」

「八意様が月に健在だった時代、仙霊と何度か知恵比べ等のゲームを行い、それに勝利する事で追い返していたと聞いている。八意様が月を去ってからというもの、実力行使しかしてこなくなったが、今回は気分が乗ったのもしれません」

 

 要するに私から永琳と同じ賢者の波動を感じた……ってコト!? なるほど納得したわ。つまり私のおかげで(主に私の)詰みを回避できたってわけね。

 大混戦バトルよりもこっちの方が些か穏便だ。

 八雲紫渾身の有能ムーブ! 

 

 ちなみに私達が勝てば月への侵攻を取りやめて、数十年の停戦協定を結ぶらしい。幻想郷にも手を出さないと明言している。

 ただ敗北した場合は何も変わらない。

 

 という訳で、いま私が必死に考えている事とは、試合のオーダーである。

 私、霊夢、ウドンをどういう順番で配置したものか検討に検討を重ねているのだ。

 

 まあ私が大将(最後)なのは決定してるけどね。

 理由は大きく二つ! 

 

 まず一つに、AIBOのチャージ時間。これをなるべく稼ぐ為ね。私が戦ったところで万に一つにも勝ち目はないだろうから、やはりAIBOに頼るしかない。

 

 そしてなによりも大切なのがこの試合、先に2連勝した方の勝ちなのである。つまるところ運が良ければ私まで出番が回ってこない可能性があるのだ。

 ウドンと霊夢が勝ってくれるのが一番最高な勝ち筋! 私は不戦勝! 

 

 だからこそ組み合わせをよく吟味しなければならない。ウドンが先か、霊夢が先か。この選択で私の命運は大きく変動するだろう。

 

 一応二人には私が大将になる旨をすでに伝えている。「勝手に大将ヅラしてんじゃねえよ」と反発を買ったりしたけど「大将には多分あの中で一番強い人が出てくるから私が(不戦勝で)処理します」と言ったら何とか納得してもらえたわ。霊夢はあんまり、だけど。

 

 さてさて作戦会議という事で霊夢、ウドン、私で円陣を組む。監督枠らしい綿月姉妹も蚊帳の外ながらも聞き耳を立てている。

 

「私の見立てでは、大将戦に出てくるのは(主謀者である)純狐の可能性が高い。つまり貴女達二人にはクラウンピースなる妖精と、ヘカーティアを相手にして必ず勝ってもらわねばなりません」

「まあ私はどっちがこようが勝てますけど。そっちは大丈夫?」

「愚問ね」

 

 両者共に自信満々! この状況でまだ大口を叩けるって事は、やはりウドンもかなりの強者なのだろう。そういえばやっと思い出したんだけど、この玉兎って幽々子の所に居た奴よね。永夜異変で妖夢と戦ってた。

 なら大体妖夢と同格……なのかな? 

 

 希望が見えてきた。

 

「じゃ、私が先鋒(一番手)でいかせてちょうだい。ここらでお遊びは良い加減にしろってところを見せてやりたい」

「大層な自信ですわね」

「地獄だろうがなんだろうが、あんな奇抜な服を着た連中に負ける筈がないわ。そして奴等を打ち負かしてきた師匠の弟子である私が先陣を務めるのは縁起がいいでしょ? これぞ勝利への方程式!」

「なら私が中堅(二番手)ね」

 

 どっかで見た事あるような台詞をかましてくれたウドンを尻目に、霊夢はあっさりと了承を告げる。多分こんな事で揉めるのが面倒臭かったんでしょうね。

 ところで綿月姉妹が「あちゃー」って感じで頭を抱えてるのは何なんだろう? 

 

「鈴仙の悪い癖が出たわねー」

「八意様の下でも治っていなかったのか……」

 

 あーなるほどね完全に理解したわ。

 やっぱり色んな意味で妖夢と同格らしい。

 

 

 

 クレーターを挟んで向かい側に陣取る三人組に目を向ける。どうやらあちらは結構前に順番が決まっていたようで、待ちくたびれたと言わんばかり大きく○のジェスチャーを送ってきた。張り切ってるわねぇ。

 

 だが張り切ってるのはヘカちゃん達だけではなくて、突如駆け出したウドンが大きく跳躍し、華麗なアクロバットを決めて着地。揺れるスカートとウサ耳がなんか良い感じの雰囲気を醸し出してるわ。

 当の本人も余裕綽々な様子で綺麗な長髪を掻き上げる。

 

「我が名は鈴仙・優曇華院・イナバ。月の賢者八意永琳の弟子にして地上最強のソルジャーだ! クラスは勿論ファースト!」

 

 久々に月に帰って来れてテンションが上がっている(豊姫談)らしいけど、これはちょっと行き過ぎじゃない? メルランの音楽を聴いた後みたくなってる。

 

 あと本当に言葉通り地上(幻想郷)最強なのだろうか? ゆかりんは訝しんだ。

 

「月と幻想郷は私が守るッ! さあまず一番に無様を晒したいのは誰かしら!?」

 

「おおっ威勢が良くて可愛いねぇ。こりゃ喜んでくれそうだ」

「ご主人様ご主人様! アイツなんか強そうだから私にやらせてくださいな!」

「さっき順番決めたでしょー? だからダメー」

 

 ヘカちゃんはケラケラ笑い、アメリカン妖精のクラウンピースとやらと一緒にはしゃいでいる。二人が前に出てくる様子はない。

 つまり──。

 

 

嫦娥殺……嫦娥殺……

 

 

 こういう事よね。

 

 霊夢や綿月姉妹、そしてウドンから向けられたなんとも言えない視線を無視して、私は漆黒の宙を見上げた。

 地球は丸くて青いのねぇ(ユカーリン)

 あくまで可能性の話しかしてないから私のせいじゃないわ。これ大事。

 

 いやーまさか初っ端から最強の人が出てくるとは思わないじゃない? あんまり私達に対して関心を向けてこないのでゲームにもあまり乗り気じゃないものだとばかり……。

 ああ見えて実は楽しんでたりするのかしら。

 

 音もなく躙り寄る破滅、歪み、絶望。

 これほどまでの圧は永琳や諏訪子以来──若しくはそれ以上。証拠に純狐さんから放たれる殺意だけで私の心と身体中の骨が折れかけてる。しかもアレが私に向けられているものではないというのが驚きだ。

 もしもアレを一身に受ける事になるのなら、果たしてそれは生物としての原形を留めていられるのだろうか? 私は無理です。

 

 あっ、ウドンもちょっとビビり始めてるのが遠目からでも分かるわ。

 うーん不安になってきた。彼女が負けてしまえば私の出陣が確実になってしまう! 

 

「霊夢。貴女はこの戦い、どう見る?」

「……」

 

 取り敢えず何とか平静を保ちつつ、識者を装って霊夢に問い掛ける。勝敗予想における博麗の勘の信頼度は頗る高いのだ。

 今はAIBOが居ないしね。

 

「まあ、いつもの有象無象ではないわね。私があの二人のどちらかと殺り合う事になるのなら、躊躇なく夢想天生を使うわ。そのくらい」

「上澄み同士の戦いという訳ね」

「だけど勝負はあんまり長引かないと思う」

「何故?」

「勘」

 

 これ以上ない説得力ね。

 それにしても、この対決がそんなに高次元なレベルだとは思わなかったわ。幻想郷の外にも探せば色々居るものなのねぇ(白目)

 

 

 今宵行われるは、ほぼルール無用のデスマッチ! 最低限タイマンさえ守られていれば何をやっても大体許される幻想郷も真っ青な穢れた聖戦! 

 一応その『最低限』が破られた瞬間に綿月姉妹が問答無用で仕掛ける手筈になっているが、あまり期待はできない。共倒れ上等だろうし。

 

 何にせよ、私は祈るしかないのだ。

 幻想郷・月連合には一度の負けも許されない! 

 

嫦娥殺

「お、お前みたいな敵が居たなんて初めて知ったけど、むしろ好都合! ここらでお師匠様に私の強さを分かってもらえるチャンスだ!」

我理解不可。汝問、何故我挑戦?

「愚問だ! かつての仲間達への贖罪が少々、そしてなにより、勝てるからっ!」

汝問、何故無謀挑戦?

「いやだから勝てるから──」

汝愛玩可憐兎。可愛

「あっども……」

 

 側から聞いてるとなんで会話できてるか全然分からないわね。なんでだろ、純狐さんの言葉って意味を成してない筈なのに、面と向かうと意味を理解できてしまうのだ。

 つまり純狐さんの能力は『ほんやくコンニャク』的な感じなのかしら。でもそれじゃあんなに禍々しくならないわよね。結局謎だ。

 

 不完全な前口上に釈然としないままウドンが構える。右腕を前に突き出しながら他の部位を弛緩させるそれは、変幻自在に形を変える軍隊格闘術の型だ。

 対して純狐さん、歪みで姿は殆ど見えないが、棒立ちで相手を眺めているだけのように見える。もしや戦闘に関しては素人なのかしら? 

 

 この勝負……いけるのでは!? 

 

 

「さあいくわよッ! 月と地上で培った私の超絶必殺技を受けてみ──」

 

 

「ろ」は出なかった。

 

 瞬きの間も無く、況してや何の前触れもなく、ウドンの身体が粉々に細かく弾け飛び、灰になって月面に降り注いだ。

 首に掛けていた人参を模したネックレスが、虚しく僅かな重力に従い落下する。

 

 月の超戦士はスペースデプリと化した。

 あまりに──呆気ない幕切れ。

 

「「は?」」

 

 愕然として空いた口が塞がらない……! あの霊夢ですら、その顛末に面食らっている。

 だが更なる混乱はこの後だった。

 

 控えから差し込んだ禍々しく昏い光がウドンの居た周辺を包み込み、ドーム上に凝り固まり拡大する。

 そしてそれらが凝縮され、濃い闇の中から這い出てきたのは、なんと消し飛んだ筈のウドン。外傷は何処にも見当たらない。

 私達はおろか、当人でさえ何が起きたのか分かっていないようだった。

 

「んもうダメじゃない純狐ったら。一回目が一番盛り上がるんだから、ちゃんとスタートの合図をしてから、じっくり派手に殺し合わないと」

「という訳で仕切り直しね。はいレリゴー!」

 

 ヘカちゃんの宣言とともに、今度は目に見える形で純狐さんの力が噴き上がる。霊力、妖力、況してや神力でもない。何にも属さない無名の力。

 こうして純狐さんの力を死せず目の当たりにできる事は、つまり彼女の手心以外の意味を持たないのだろう。

 

 ほんの僅かな間を置いて、顔面蒼白なウドンは背を向けダッシュ。つまり、敵前逃亡した。彼女に戦意は微塵も残っていなかったのだ。

 体験した『死』が心を粉微塵にしてしまった。

 

 

 時間稼ぎにもなりゃしねぇッ!? 

 AIBOOOOOOOOOOOOOOOォォッ!!! 早く来てェェーーーーーッ!!! 

 




ヘカ純「貴様ら許さんぞ……殺してやる……」
ウドン「ヤバイですよ!」
綿月姉妹「くっ……!」
ゆかりん「大変だねあんたら」

ヘカ純「殺してやるぞ八雲紫……!」
ゆかりん「!?」


ヤムチャだったりクリリンだったりガガーリンだったりで忙しいゆかりんの回。というかインフレの仕方がDB並みなのよ……。
ゆかりんに喋らせるといくらでもネタが湧いてくるからフシギダネ(ダネフシャッ)


AIBOの知るヘカちゃんなら色々と冷めてゆかりんの思惑通り動いてくれた。本気を出すまでもないから
ただ幻マジのヘカちゃんは幻想郷やゆかりんに対してのスタンスが大きく異なるので今回のような動きになります
ゆかりんと行動を共にし始めた瞬間やらかしまくるAIBO可愛いね♡ 何も悪くないけど

ちなみにうどんちゃんはゆかりんに嵌められたって思ってるよ

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