幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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おかあさんといっしょ

 

「親のことをどう思うかって?」

「うん」

「……なんというか、その質問をした意図は分かるんだけどさ、多分私はそれを回答するに適した相手じゃないぞ?」

「まあね。でも私よりかはマシだから」

「ホント辛気臭い奴だなぁ」

「んなことないわよ」

 

 甘ったるい香ばしさと珍妙な風味のブランド茶を喉に流し込みながら、さてどう答えたものかと考える。

 

 露骨に面倒臭そうな顔をしつつも、頼まれごとを余程の事がない限りは断らないのが、比那名居天子という天人の懐の深さなのだろう。霊夢は月面戦争を通じて目の前の天人を構成する性質を概ね正確に読み解いていた。

 

 最初の印象は破壊を楽しむだけの愚者でしかなかったが、幻想郷との親和に腰を落ち着けてからは退治する理由を見失ってしまい、今となっては何の因果か遠い月の地で共同生活を送るまでになっている。

 そもそも紫と頗る仲が良いので成り行きで霊夢も若干好意的に接さざるを得ないのだ。それなりの頻度で傲慢な態度を見せているものの月人に比べればまだマシだろう。

 

 というより、天子は心に影を落とした者との交流が頗る上手いのだ。霊夢は勿論として、はたてもそうだ。紫も該当するのかもしれない。天界ではついぞ発揮される事のなかった才能の一つである。

 

 先の質問は霊夢なりに天子に対して心を打ち明けた形になる。故に、天子もそれを無碍にしづらかった面があるのだろう。

 渋い顔をしながら首を捻った。

 

「私の親がどんな人かは前に話してるだろ? 融通が利かないわ、私の力を認めないわ……本当につまらない人達よ。でも親と子の関係は絶対に切れないからね、今のところは言うことを聞いてあげてるの。一応天人になるきっかけは両親が作ってくれたしね。そこそこ感謝してるわ」

「うーん」

「ほら見ろ言った通りだ。こういう事を聞きたいなら紫か魔理沙に当たって欲しいな」

「魔理沙はダメよ、親について話し始めると露骨に不機嫌になるから。紫は……アイツ親なんているのかしら?」

「あー私も想像できない。どっちにしろアイツも適当じゃなかったな。なら狐か猫にでも聞くといいよ。本人に聞いてみるよりかはマシだろう」

 

 ふと、別室を映すドア窓を見遣る。紫は相変わらず月人達と不毛な会話を続けているようで、解放にはまだまだ時間がかかりそうだった。

 我ながら奇妙な領域にまで首を突っ込んでしまったものだと、冷めた頭で歪な二人に思いを馳せる。

 

「傍から見ると相当不思議な関係よね。上手く言語化できない。──紫は妖怪の賢者で、霊夢は人間の巫女。相容れないのが当然だと思うけど、実際はそうでもなさげだし。手下って言われればそれまでかもしれないけど」

「手下とか道具とか、やっぱりそういう感じなのかしらねぇ。私と居た期間だって紫の生きてきた年数に比べれば瞬きみたいな……」

「それは違うぞ」

 

 はっきりとした否定。

 

「私が言ったのは傍から見た関係だ。実際は全然違うよ。自分の式神すら道具と見れてないアイツだぞ? そんなの無理に決まってる」

「じゃあ親と子?」

「私は最初にお前達を見た時『それ』だと思った。だけど霊夢が違うと思うのなら、多分違うんだろう。でもきっと悪いものではない」

「どうしてそう言い切れるの?」

「お前が『それ』を望んでいるからだよ」

 

 天子の言葉を受けて霊夢はうんざりしたように頬杖を突いた。誤答だったからではなく、むしろ図星だった。

 天子の持つ緋想の剣は個々人の気質を捉えるというが、それは博麗の巫女に対しても変わらず効力を発揮しているのかもしれない。

 だが逆の見方もできる。緋想の剣を以ってしても霊夢の私情は紫関連しか覗けなかった。かつて萃香との戦いで苦戦した通り、紫の存在が霊夢の弱点になってしまっている。

 

 自分の気持ちに正直になれないから戸惑っているのだろう。天子はそう推測した。

 

「紫の真意は正直分からんが、今の関係より先に進みたいならちゃんと気持ちを伝えないとね」

「気が進まないわね……」

「やるなら日和らずやらなきゃだな。アイツ結構押しに弱いからアピールしまくれば色々変わってくるよ。多分」

「何処の情報よそれ」

「むむ……と、とにかく! 子供として認識して欲しいならとことん甘えまくれ!」

 

 ふんぞり返って上から目線の助言を繰り返すのが天子の趣味。しかし今回のそれはヤケに大雑把で信憑性に乏しいものだった。普段の助言に信憑性やら正当性があるかどうかは別として。

 話半分に聞いておこうと思う霊夢だった。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 私は今、胸の内から込み上げる感情に酷く困惑していた。もしかしたら生まれて初めての感覚なのかもしれない。でもその正体はなんとなく掴めた。

 これが正真正銘、本物の悔しさなのだと。

 

 私だって腐っても妖怪だ。この世に生を受けてそれなりの年月を過ごした。当然、沢山の経験を積んできたし、数多の不条理に晒されてきたのは言うまでもない。生き恥だって何度も晒してきた。振り返れば軽く死にたくなる程度にはね! 

 だけどここまで怒り混じりのモノを抱いた事はなかったと思う。煮えたぎるように頭が熱くなって、冷静に状況を俯瞰できない。あまりの焦燥感に吐き気すら催した。

 

「その言葉、決して嘘ではないのね?」

「は、はい……ホント、です」

 

 念押しの言葉に、幻想郷から来たと宣う玉兎は肯定する。酷く怯えた様子を見せながら、首を何度も上下に揺らした。荒れ狂う心に身を任せて台パンしようと腕を振り上げたが、それは寸前で制止された。

 天子さんだ。腕を掴んで止めてくれた。

 

「お前の気持ちは分からんでもない。だからここから先の話は私が引き受ける。霊夢もその方がいいでしょ?」

「……助かるわ」

 

 霊夢もまた酷く憂鬱な様子でそう告げた。それを見て私も少し落ち着く事ができた。席を立ってなんとなしに部屋の隅へと歩みを進め、白い壁を眺める。

 玉兎が齎した情報は、少なくとも私と霊夢にとってはあまりにショッキングな内容だったのだ。

 

 幻想郷の情勢は綿月一派からの又聞きで大体把握しているつもりになっていた。杜撰と言えばそれまでだが、私からの幻想郷への歪な信頼がそうさせたのだ。

 だから詳しい現況を聞いて錯乱してしまった。

 

 天子さんが話を引き受けてくれてるうちに冷静さを取り戻しましょう。

 クールダウンクールダウン。ひっひっふー。

 

「一旦話を整理するぞ。幻想郷では今、五つの異変が同時発生していて、更に反乱と月軍との戦闘が同時に勃発。オマケに紫に味方する妖怪は著しく力を下げていると。それはまた随分な話だな」

「信じられないかもしれないけど、全部間違いない情報よ。まあ私の言葉を信じろっていうのも難しい話かもしれないけど……」

「いや私は信じるよ。なんたって貴様とは死闘を繰り広げた仲だからな!」

「そ、その話はもう勘弁。思い出したくない」

 

 無理やり玉兎と肩を組んで眩しい笑顔を浮かべる天子さん。一方の玉兎の嫌そうな顔とは実に対照的だ。

 まあ、何故か玉兎と仲の良い天子さんはさておき、私と霊夢が何処の馬の骨とも知らない玉兎の言葉に信憑性を感じているのには理由がある。

 幻想郷で奔走しているのだろうみんなの行動を聞いていると、全て私達の知っているあの子達の姿と完全に合致するからだ。何も知らない者がそれら全てを事細かく捏造するのは難しいだろう。

 以上の事から玉兎の言葉を本物だと判断した。霊夢の持つ博麗の勘も、一つを除いて異存はないようだった。

 

 霊夢は頑として魔理沙の死を認めなかった。

 

 色々と情報を交わしている天子さんの後ろから、玉兎へとそれとなく問い掛ける。

 

「魔理沙の遺体は見つかってないんでしょう? 死亡と判断するのは早計では?」

「……遺体も残らなかったと聞いています。てゐ曰く相手が悪かったって」

「なら間違いなく生きているわ。てゐは嘘しか言いませんもの」

 

 霊夢を安心させるようにわざと笑い飛ばした。私が一番危惧していた事態が起きてしまわないように丁寧に彼女のメンタルケアに努めた。

 魔理沙がもし仮に死んでしまったのなら、恐らく霊夢は今までのようにはいられないと思う。博麗の巫女の責務は今まで通り全うするだろう。だけどそれ以外の道の殆どは閉ざされてしまう。

 だから私は一度魔理沙に引退を勧めたのだ。

 あと魔理沙って人里に住まう者達からとっても大切にされてるから、異変解決の最中に死んでしまったとなるととんでもない騒ぎになると思う。ついでに私へのヘイトが増大すること間違いなし! 

 

 地底でしょ? ならさとりの管轄じゃない! 

 アイツ性格は悪いけど仕事は完璧にこなしてくれるからね! きっと魔理沙の事や異変の事、全部まるっとどうにかしてくれてるに違いないわ。

 

【随分な信頼ですわね?】

 

 訳もなく地底を放置してきた訳じゃないからね。決してさとりが嫌いだからとか、地帯に住んでる連中が面倒臭いからとかそんな理由ではないのだ。

 AIBOはその辺勘違いしないように。

 

 あとショックを受けているのは霊夢だけじゃない。私もまた同様である。

 魔理沙の件もそうだし、早苗が異変解決に出かけて行方不明なのも気掛かりなのよ。安否を確かめるべく念話を送信しても届いた手応えがない。

 あの世で諏訪子に祟り殺される前になんとかしなきゃ……! ちなみに妖夢は多分大丈夫だから全然心配ないわ。今頃どっかで剣を振り回してるんでしょう。

 

 そして何より、オッキーナと正邪ちゃんの裏切りは完全に寝耳に水だ。特にオッキーナ。

 あの人の言動が色々危ういのは確かだが、それ以上に幻想郷への想いは強い。きっと賢者の中でもトップクラスに情を持っていた筈だ。私はまあ、愛してはいるけど完全に私の手から離れちゃってるからね。育児に疲れたお母さんポジってところかしら。

 

 兎に角、あの二人の裏切りはあまりにショックだった。信用してた、信頼してたのよ! なのに裏切られた! 完膚なきまでに! 

 同じ夢を願う同志だと信じていただけにその衝撃は凄まじく、キーッって泣き叫びながらハンカチを食いちぎりたい気分である。

 

「さて紫、これで私達のやるべき事は決まったな」

 

 天子さんの言葉に頷く。

 幻想郷の危機を把握した以上、座して成り行きを見守るつもりは毛頭ない。私が帰っても正直どうにもならないけど、天子さんと霊夢が参戦すれば恐らくあっという間に黒幕達を叩きのめしてくれるに違いない! 多分! 

 あのオッキーナに勝てるかどうかはかなり未知数だけど、それでも何もやらないよりは全然マシだ。説得の余地もあると思うしね! 

 

「となると障害は……コイツらか」

「わ、私!?」

「誰が立ちはだかろうが関係ない。それより、月から幻想郷までどのくらい距離あるの?」

「えーっと、確か約38万kmだったかしら」

「よく分からないけど1分くらいでいけそうね」

 

 なんか初めて霊夢から頭脳面で頼られたような気がする。賢者の姿か? これが……。

 あと霊夢の飛行速度なら星間飛行も60秒くらいでいけちゃうのかしら? ゆかりん算数苦手だから分からないわね(目逸らし)

 ていうか霊夢と天子さんに飛行速度でまったく付いていけない私は月に居残る形になってしまうのではないか? 私は訝しんだ。スキマが使えれば良かったんだけど、当然のように連中が対策しているようで、座標が狂わされちゃってるのよね。

 

「ちょっと、ちょっと待って! ひとまず私に話をさせて! お願いだから!」

「敵なのに?」

「味方っ味方ですぅ! ほら幻想郷で会ったことあるでしょ? 鈴仙・優曇華院・イナバ!」

「紫知ってる?」

「いいえ。天子さんは?」

「名前は今初めて知った」

 

 玉兎は愕然として机に項垂れた。この痛々しいノリは妖夢に通ずるものがあるわね。

 正直なところ、妖怪兎って全員同じ姿にしか見えないのよ。唯一差別化出来てるのはてゐだけ。多分恐怖補正とか入ってる。

 オマケに名前も長ったらしいし。覚えられないわ。

 

「と、兎に角! 私はお前達の敵ではない。八意永琳様の命を受けて幻想郷からお前達を遥々解放しにきてやったの!」

「ますます信用できないわ」

「間に合ってるしな!」

 

 あまりにもボロクソに言われて過ぎてて流石に可哀想になってくるんだけど、まあ霊夢の言う事も一理ある。あの『化け物』の名前が出てきただけで心証駄々下がりなんですもの。

 それに永琳は罪人の筈なのに、その使者であるウドンが顔パスできてるのも不可解だ。月側に何らかの思惑があるのは想定して然るべきでしょう。

 

 さてどうするべきか。

 

【ちょっと失礼】

 

 久しぶりの感覚に動揺する間も無く、AIBOに無理やり身体を奪われた。身体の中枢から末端へと支配が失われ、視界が何故か後ろに退がる。まるでテレビ画面越しに目の前の光景を見ているかのような気持ち悪さ。

 ホント強引な人なんだから! 

 

「概要は把握しました。八意永琳を始め、貴女方の決断を評価します」

「あっ、ども……」

「それでは『対話の準備が整った』と、別室でやきもきしているであろう方々に伝えてきてください。あと霊夢にそこの腐れ天人、それに貴女にも同席してもらいます」

「私も!?」

「勿論」

「その腐れ天人って私のことか?」

「当然」

「ンだとテメェ……」

 

 全方位に喧嘩を売るのはやめましょう! AIBOのこういう喧嘩っ早いところ、ダメだと思うの私! そんなんだから霊夢に嫌われるのよ。ほら今にも殴りかかりそうな目でこっち見てるじゃん。

 ただ幸運な事に、天子さんは身体中に纏わりつくスキマの異形さで普段の私と差別化してくれてるようだ。やっぱり雰囲気とかが別物なんでしょうね。助かった。

 

【好かれる相手はしっかり選んだ方がいいわよ?】

 

 憎まれる相手は自分じゃ選べないのよ? 

 

 

 

 という訳で、なんか好き勝手やり始めたAIBO主導でいつもの面談が開始された。しかしながら今回はこっちもあっちもオールスター。

 険しい表情の依姫、無表情のサグメさん、注意散漫な豊姫。対するは圧を飛ばしまくる霊夢に月側と私を交互に見遣る天子さん、何を考えているのかさっぱり分からないAIBO。その中間で怯えるウドン。

 この狭い一室に世界最高戦力が集中し過ぎてない? 

 

 机を挟んで火花と罵倒が迸る。罵詈雑言に脅し、恐喝のオンパレード。

 身体を奪われてる状態だからお腹とかは痛くならないんだけど、心労は普通に感じるのよね。いきなり殺し合いとかマジでやめてほしいんだけども。

 

 本日何度目かの口火を切ったのはAIBOだった。

 

「もう既に八意永琳からの書簡には目を通したのでしょう? ならば得るべき情報は得た筈。それを踏まえて貴女方の今後の方針を明示しなさい」

「まるで内容など全て筒抜けだと言いたげね」

「そうなるように仕向けておきましたので。もう少し時を見る予定ではありましたが、其方が強硬手段に出るのなら私も手札を切らざるを得ない」

「仕向けておいたって……てゐと姫様が師匠を説得した後に書いた手紙よ!?」

「その二人が説得に動く為の材料を用意したのは私です。永琳も当然、その事は分かっているでしょう。それでも私の思惑通りに動かなければならなかった」

 

 AIBO曰く、永琳からの情報というのは、私に対しての風評被害を弁明するものらしい。なんでも月の民が何百年に渡ってしつこく私を狙ってたのは、情報の齟齬とか行き違いがあったからなんだって。

 ふざけんなボケナス!!! 

 

 ていうかいつの間にてゐと接触してたんだろう? まさかあのメリーちゃんボディで良からぬ暗躍をしてたんじゃないでしょうね?

 幻想郷に私の黒歴史を拡散するのはヤメロォ! 

 

 そんな私の声も(聞こえてる筈なのに)意に介さず、扇子を机に叩き付けながら相手からの回答を挑発的に催促している。それに対抗するように姉月は手元のMAP兵器を見せびらかしてるし、妹月は剣を抜く寸前だ。

 あのさ……これもし目の前の三人が逆上して襲い掛かって来てもちゃんと勝てるのね……? 

 

【いえ無理よ。霊夢が味方してくれれば少なくとも負ける事はないけど、今回は戦う為に前に出て来た訳じゃありませんし。先に私の体力が尽きてしまう。その時は貴女とバトンタッチするわ。取り敢えず交渉が上手くいくことを祈っててちょうだい】

 

 このっ……おバカぁ!!! 

 AIBOってもしかして一周回ってアホの子だったりしない? これ大丈夫!? あと露骨に天子さんを場から除外するのやめてあげて。

 

 

 さて話も漸く山場だという事なのか、無言を貫いていたサグメさんが遂に口を開いた。手には件の『八意永琳からの書簡』と思われる物がある。

 

「八雲紫。貴女には約三百万年前に死刑が宣告されている。当然時効はないので、今現在もその効力は続いている。それはご存知だろう」

「ああ確かそんな事もあったような」

 

 いえ全く知りませんでした。

 っと、霊夢が私の脇を小突いて、耳に口を寄せる。

 

「アンタそんな年増だったの?」

「さあどうだったかしら。もう少し長く生きてたような気がするわねぇ」

「痴呆に納得いったわ」

 

 AIBOやめて。それ以上、いけない。

 ていうか私が一番ビックリよ! えっ、そんな長生きしたっけ? コワー! 

 その辺りをあんまり深く考えると恐ろしくなってくるので、ちゃんとサグメさんの言葉に耳を傾けて意識を戻そう。さっきまでの話題は忘れる。いいわね? 

 

「だが八意様からの情報により死刑は失効となるでしょう。よって私達が貴女の命を狙う理由は無くなった。この都に居る間の生命の保証を約束しよう」

「でしょうね。それで?」

「しかし諸々の問題はそのままです」

 

 続きを豊姫が引き継ぐ。

 

「確かに、無理にでも殺す必要性と緊急性は無くなった、しかし貴女が危険な存在である事に変わりはない。何かの拍子でかつての悪逆非道な行為を繰り返される懸念はそのままです。また本当に八意様の考えが正しいのか否か、早急に研究を進めなければなりません。まあ十中八九正しいのでしょうけど。しかし裏付けされたデータは必須。その間、不確定要素の多い地上での保全は不十分と考えます。……そして我々も血を流し過ぎた。記録で知る『八雲紫』が既に死んでいても、その要素を受け継いだ貴女に対する嫌悪と憎悪は我々が滅び去るまで残り続ける。よって身柄は引き続きこの地で確保させてもらいます。幾つかの利用案も浮上していますので。また地上の浄化作戦もこのまま継続されるでしょう。これに関しては、抜本的な問題が何も解決されてないですからね。貴女にも多少関係のある事柄ではありますが」

「要約すると?」

「司法取引を提案します」

「つまらない答えじゃなくて安心したわ」

 

 話が半分くらいしか頭に入ってこなかったんだけど、AIBOが満足してるなら良かったわ。霊夢も天子さんも「何言ってんだコイツら」って感じの顔で見てるから私だけが話についていけてない訳じゃない。

 それにしても司法取引ってアレでしょ? 罪人が公的機関と取り決めを交わして、何らかの協力を行う事で罪を減刑するってやつ。

 そもそも私は無罪だって主張するのはダメなの? 

 

【まあまあいいじゃない。貰えるものは何でも貰っておきましょう】

 

 そうやって何でもかんでも貰い続けた結果が今の私だと思うんですけどね! しかも月の連中が言ってるの全部冤罪だしぃ! マイナスしかないんだけどぉ! 

 そしてAIBOまさかの真スルー。

 

「今、月の都は存亡の危機に直面している。仙霊と地獄の女神の手によってね。貴女達が彼女らと同盟を結んでいたのは我々も把握している」

「講和の仲介、若しくは敵勢力の打倒をお望みというわけね?」

「手段は任せる。どんな結果であれ、連中の月侵攻を頓挫させて欲しい。そうすれば幻想郷への遷都は必要なくなるので浄化部隊は引き上げさせるし、大罪人の身柄を月から地上へ移すことを約束しよう」

「悪くないわね」

「勿論、奴らと一戦交えるのであれば私達もできる限り助太刀しよう」

 

 えっとつまり……HEKAさんと純狐さんを宥めればいいってこと? なるほど、まあ確かに目の前の三人を相手するよりはマシ、なのかしら。

 うーんでもなぁ、二人ともリアルじゃかなりおっかない人だったし、穏便には終わりそうにないわよね。特に純狐さん。HEKAさんはファッションセンスの方がおっかない人だし。

 

「幻想郷と紫を人質にして、私をいいように使おうとしてるのは気に食わないわね」

「確かにその通りだ。その腐り切った性根が実に気に食わないな。これが天界の連中が憧れていた月の民の姿だというのなら、甚だ滑稽だ」

 

 そしてやっぱり霊夢と天子さんは噛み付くわよね。正直分かりきってたので、ここは『見』に回るべきだと思うわ。

 

「殺り合うなら前みたいにはいかないわ。遊び無しに最初から本気で戦う。それに今回は紫がいるしね。今の雑魚形態でも十分に戦えるようだ」

「……よろしい。まだ懲りていなかったというなら相手になりましょう」

「紫擬きは怖気付いてるみたいだけど、月を侵略してる連中を相手するより、このままアンタら全員相手してさっさと幻想郷に帰った方が早く解決するような気がするのよね。正直」

「私一人にあれだけ圧倒されて尚、実力の差に気付かなかったのですか?」

 

 あらーこれぞ一触即発ってやつね(←のんき)

 綿月姉妹こそやる気満々な感じだけど、サグメさんはこの展開を望んでいないようで、チラチラ薄目でこっちを見ている。「早く止めろ!」って訴えかけているのかもしれない。知らんけど。

 まあAIBOに身体の操作権取られてるから私じゃ何もできないんですけどね。蚊帳の外に置かれているお陰で変な安心感があるわ。

 みんながんばえー。

 

【あ、時間切れ。後はお願いね】

 

 ハイ。

 という訳で無責任な声とともに戻って参りました現世。私の中でAIBOが萃香と同類の鬼畜系アホの子として認定された瞬間だった。糞強いくせに変なところで虚弱設定押し出してくるのやめてもらって良いですか? 

 とまあ文字通り全方位に喧嘩を売るだけ売って心奥に帰っちゃった訳だけども……幻想郷最高の調停者こと私でもこの状況かなりキツいんですけど。

 

 身体に纏わりついていたスキマが無くなった事で、月勢の警戒が高まっているのを感じるわ! AIBO曰くこの三人と戦うのはやめておいた方がいいのよね。

 ならヘカ純をどうにかする方向で考えるしかないのだが、それでは霊夢と天子さんが納得しない。幻想郷に帰還するまでに時間がかかるしね。

 もしかして詰みでは? 

 

 いや諦めちゃダメよ。大賢者八雲紫はへこたれない。

 AIBOが喧嘩を売りまくったおかげで、この場にいる全員が警戒レベルを引き上げている。へっぽこな私でもAIBOの威を借ることで彼女らと渡り合えるかもしれない。っていうかやるしかねえですわ! 

 

 息を整えて全員を一瞥。そしてなるべく抑揚を乗せずに淡々と声を発する。

 

「悪くない条件だと思いますわ。永琳から齎された情報により即座に数万年の方針を転換させ、幻想郷をとことん利用しようとするその手腕は流石としか言いようがない。好敵手はそうでなくては」

「……」

「しかし、これから私達が相手しなければならない純狐とヘカーティアは非常に強力です。講和にしろ、殺し合いにしろ、成すのは困難な道のり。それこそ、この場にいる貴女達三人を同時に相手する事に匹敵するほどに。月が何も対応できず押されるばかりだというのは純粋な理由がある」

「……」

「それらを吟味した結果──ほんの僅かだけども、貴女達を相手した方が楽なんじゃないかと考えているわ。散々殺し合った仲ですし」

 

 生と死の境界線上に立ってるわねこれは。

 私の言葉によしきたと言わんばかりに天子さんが熱り立つ。霊夢の相貌も鋭いまま。

 この場で戦いの準備を整えていないのは中立? のウドンだけ。

 

 依姫なんか今にも斬りかかって来そうな程の殺気を纏っているが、ここで引いてはいけない。この極限状態にこそ活路はあるのだ。

 険しい顔つきから一転、穏和に語り掛ける。

 

「ただまあ、何度も申し上げた通り殺し合った仲故に貴女達の厄介さも当然よく知り得ている。脅威の比重は本当にごく僅かの差ですわ。だからこそ更なる交渉の余地もあるというもの」

「交渉?」

「私達に有利な条件を二つほどオマケに追加してもらう。それを飲んでさえもらえば交渉は成立、今すぐにでも彼女らの下に向かいましょう」

 

 某宰相リスペクトの交渉術! 

 実際のところ、なんか連中に一方的に言われてるけど現状が厳しいのはお互い様だ。なのに私達にだけ苦労を強いるのはおかしな話である。

 

「まず一つですが、金輪際私や幻想郷に住まう者たちの命を狙うことは許しません。諍いが発生した場合は双方まず話し合いの場を設ける事」

「どの口が言うかっ!」

 

 月面戦争についてはまあ、先制攻撃を仕掛けた幻想郷側に非があるのかもしれない。紫ちゃんは何も知らないけど! 

 でもやっぱり平和に向けた意思の疎通って大切だと思うの。ラブ&ピース! 

 

「もう一つ。この交渉が成立したその瞬間、私を除く一名の拘束を解き、幻想郷に帰してもらう。以上が条件になります」

「……大層な言い方した割にこれだけ? もっと吹っかけていいんじゃないの?」

「これ以上月から得られる物はないわよ霊夢」

 

 悪徳商人タイプの霊夢は交渉内容に若干不満があるようだけど、これでいいのだ。霊夢と天子さん、この二人は幻想郷において一級の戦力。うち一人が帰還するだけでも異変の推移に大きな影響を及ぼすだろう。

 つまり、幻想郷への救援と月の守護、これら二つを同時に行うのである。

 この程度の条件であれば傲慢な月の民とはいえ飲まざるを得ないだろう。そして交渉を若干優位なものに譲歩させた事で二人には溜飲を下げてもらう。幻想郷を守るスタンスを改めて堅持したことで霊夢もニッコリ。

 ゆかりんマジ賢将! 

 

「これらを断るのなら、是非も無し。此処で月面戦争に決着をつけましょう。私は(霊夢と天子さんの後ろから)逃げも隠れもしない」

 

 私の狙い通り、妥協は容易だと考えたのだろう豊姫は柔和に頷いた。

 

「交渉は成立ね。では──誰を幻想郷に?」

「あの、私帰りたいんですけど」

 

 一番に手を挙げたのは終始日和見に徹していたウドンだった。当然の如く却下であるが、私よりも先に依姫に止められていた。

 

「レイセンには八雲紫とともに災厄への対応に当たってもらいます。幻想郷に帰るのは問題ないけど、その前に脱走の罰は受けてもらう」

「いやいやいや!? 私、減刑になるって聞いたんですけど!?」

「なら本来の刑罰を受けてみる? ああ、あとこの決定は八意様からの指示でもある事をあらかじめ伝えておくわ。どのみちお仕置きね」

「やりまぁす! やらせていただきますぅぅ!」

 

 半泣きで縋り付くウドンの姿に私は涙を禁じ得なかった。不憫ですわ。

 マジでてゐとは真反対な兎なのね……幸薄すぎる。幻想郷の幸薄ランキングトップ10を狙える逸材かもしれないわ。ちなみに一位は私ね。*1

 ていうかヘカ純に私達をぶつける策は永琳考案っぽいわね、話しぶりを見る限り。あの化け物はどこまで想定してるのかしら。考えただけで頭が痛くなるわ。

 

 さて、残る選択肢は自ずと二つ。

 

「道は貴女達に委ねるわ。幻想郷の守護者として悔いのない選択を」

「……」

「難儀な二択だな」

 

 霊夢と天子さん、どちらを幻想郷に帰還させるか。これが幻想郷と私の命運の別れ道になるような気がするわ。私としても、どの決断が最善になるのか計りかねている。それほどまでに難しい択。

 再三申している通り、二人は最高級の戦力だ。どちらが残り、どちらが幻想郷を守ってくれても私の信頼は揺らがない。二人に委ねてどうにもならないのなら、それはそれで諦めもつくわ。

 

 だけど当人達の想いは別だ。

 特に霊夢にとっては。

 

「私は……」

 

 淡い瞳が私の姿を映している。

 

「私は──幻想郷に」

「幻想郷に戻るのは私だ。霊夢、お前は紫と一緒に居てやってくれ」

 

 決意を込めた言葉を遮ったのは、さらに力強い言葉。天子さんは霊夢の肩に手をやると、笑顔で自分の胸を叩いた。鋼鉄がひしゃげたような爆音が轟き、鼓膜のぶち破れる音がした。

 天子さんのアイアンウォールは健在ね(二敗)

 

「私はこれでも賢者候補の端くれ、幻想郷を守護する役目というなら博麗の巫女と同じだ。ここは一つ私の顔を立ててもらおう」

「天子さん……!」

「それに今回の件は矢鱈と心配しなくても大丈夫だろう、どんな有事だろうが霊夢に縋らなきゃいけないほど幻想郷の連中はヤワじゃない。殺しても死なないような奴ばっかだ。この半年で存分に思い知ったよ」

「だから逆に困るんだけどね」

「互いに本懐を果たしましょう」

 

 天子さんマジ天使! どうやら私の目に狂いはなかったようね。彼女ほど幻想郷の賢者を担うに適切な人物は居ないでしょう! 私も安心して隠居できるってもんよ。

 普段なら確定でキレ散らかす筈の霊夢が何故か静かなのも印象深い。

 

「……本当に任せていいの?」

「私に言わせれば寧ろ残留(そっち)のが重要だ。まあ任せといてよ! 私の判断に一度だって誤りはない。だからお前の方も色々頑張れ! 紫が殺されたら何もかもおじゃんだし」

 

 キャーテンシサンステキー! 

 なんか心の中でAIBOが水を差すような悪口を垂れ流してるけど無視無視! AIBOは間違いなく私より優れてるけど、鑑識眼については私だって負けてないわ! そうね、例えるなら劉備と諸葛亮ね。反骨の相が見えるだけで重用しないなんて愚行は犯さないわ! ……正邪ちゃん? ちょっと何言ってるか分からないわね。

 

 取り敢えず人を見る目のないAIBOの言葉はしばらく流しておきましょう。

 今は天子さんの勇姿を目に焼き付ける方が大事だ。

 

「それじゃあね! 幻想郷でまた会おう!」

 

 手元に巨大な要石を召喚、それに跨った途端に弾丸の如く射出され天井を消し飛ばしながら飛んでいってしまう。残された場の全員が呆然とし、私はハンカチを振って天子さんの旅路を見送るのだった。

 次に会う時は英雄の凱旋ね! 

 

「あらら、幻想郷まで能力で送ってあげようと思ったのに……せっかちな天人ね」

「修繕費と接待費は下界の名居一族に付けておきます」

 

 今の豪快な旅立ちも含めて結構やりたい放題やってたものね。天人達の悲鳴が聞こえてくるようだが、まあ知ったことじゃないわね。

 そういえば竜宮の使いのイクさんが「鬼と総領娘様のおかげで天界はもう破産寸前」とか言ってたけど、それでも取り立てるつもりなんだろうか。まあ月が滅んじゃったらそんな負債もチャラなんだろうけど。

 

 

 

 取り敢えずこれでパーティメンバーは決定した。張り切り霊夢とお付きの私! そして成り行きで同行する羽目になったウドン! 一同揃って海原の先へと突き進む。完璧な布陣ね(賢者並の感想)

 というのは冗談で、雑魚一人に噛ませ玉兎が一匹、そして天下無敵の霊夢様。意思の疎通どころの話ではなく、戦力の釣り合っていないこの三人での連携は不可能! よって役割は完全に分担させることにした。

 

 私は引き続き非戦闘員な交渉役。腐っても私とHEKAはチャットを通じた長年のお友達、私が間に入っての月との仲介に運べる可能性はあると思う。純狐さんの説得はHEKAに任せる! 

 霊夢は実働役。交渉が決裂して殺し合いで雌雄を決する事になるのなら、全ては霊夢に委ねられる。夢想転生を駆使して無双してもらうわ! レミリアに萃香、永琳を屠ってきたかの奥義であればワールドデストロイヤー級の純狐さんにも通用する筈。

 ウドンは……マジで誰なんだろうこの兎。特技とか能力とかが一切不明なので作戦に組み込むことすらできやしない! ひとまず殿(しんがり)役って事にしてますわ。一応人数が多くて困るもんでもないし。

 

 そしてこの急造パーティに加え、私達の利敵行為だったり敵前逃亡だったりを見張るために督戦隊として綿月姉妹が同行している。戦闘や交渉には加わらず後方で私達を見張るだけらしい。マジクソですわ。

 

 道中も中々厳しいものがあった。『豊かの海』から『静かの海』へ、無生物の墓標をただひたすらに進み続けた。月の都も同じようなものだけどね。

 晴れを越え、雨を越え、嵐を越え、体力の限界に達した私は霊夢に肩を貸してもらいながらなんとか目的地を目指せている。飛ぶのホント苦手ですわ。

 

「紫……まだ調子戻ってなかったの?」

「私はいつだって変わらないわよ」

 

 そう、いつだって絶不調! 身体の調子が良い時なんてかれこれ数十年体験してないわ。

 健康的な生活は未だ遠く。

 ただ霊夢に合法的に支えてもらえるのはラッキーだったわね! これだけでお釣りが出る。ゆかりんもご満悦! 

 

 疎外感を抱いているのか、ひたすら無言で先導してくれるウドンには悪いけどもうしばらくイチャラブさせてもらいますわ! えへへ。

 

【──さっきはごめんなさいね。妖力の再チャージが完了したからそれなりの時間動けますけども、交代いたしましょうか?】

 

 間の抜けたAIBOからの合図に胸の奥から噴出したのは安心──否、怒りと焦り。

 ええい都合のいい時だけ出てくるんじゃあないッ! いま霊夢の脇を堪能してるところなんだから邪魔しないでくれるっ!? 

 

【あらそう? 重ね重ねごめんなさいね。もう少し引っ込んでることにするわ】

 

 AIBOを退け霊夢とのスウィートタイムを死守した。愛があればなんでもできるのよ! 

 さあ、勝利の美酒に酔った勢いで霊夢への頬擦りを敢行するわ! 

 

「……邪魔だからあとは自分で飛んで」

 

 そして海に投げ落とされる私。波に揉まれながら慌ててAIBO召喚の儀を行うも、安定の真スルー。まさか根に持ってらっしゃる!? 

 

 結局、ヘカ純+妖精軍団の下に辿り着くまでに満身創痍になってしまう私なのであった。

*1
藍、早苗、秋姉妹が上位に食い込んでくるらしい




うどんちゃん「八雲紫めっちゃニヤニヤ笑ってるやんコワ〜……」
豊姫「気持ち悪ぅ〜」
依姫「キッショ死ねや!」

えーりん「化け物には化け物ぶつけんだよ!」

紺珠伝五面道中は地獄でしたね♡
ゆかりんがうどんちゃんの事を覚えていないのは「そもそも会った回数が2回と少ない」事と「永夜抄での記憶が死亡前後でガバガバ」なのが主な理由ですね。
ちなみに綺羅星の如く現れたアフリカ出身の超新星、レーセ・ンドゲイ・ンイナバさんの事はしっかり覚えてる。


という訳で役者は出揃いました。
輝、紺、天の異変を解決できれば幻想郷の完全勝利です。勝ったなガハハ! なお娘々。


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