幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
「一体何がどうなってんの?」
「そんなこと私が聞きたいよ……」
「鈴瑚が参謀でしょ!? 分からないって、そんなの無責任過ぎるでしょうが!」
「総司令官がそれを言っちゃいかんでしょ」
甲高いだけの迫力のない怒号に側仕えの玉兎達は眉を顰め、鈴瑚は目と耳を塞いだ。
簡素な陣幕には似つかわしくない派手派手しい軍服が忙しなく震えている。優雅なランチタイムを穏やかな胸中で迎えようとしていた清蘭にとって、その報告はあまりにショッキングな内容だった。
何の為に掛けているのか分からない伊達メガネを机に勢いよく叩きつける。
「山中の妙な建物に立て篭ってる連中はみんな虫の息なのに、何で殲滅できないどころかこっちの被害が大きくなってきてるのさ!?」
「抵抗の激化もそうだし、何人か腕利きの傭兵が入城したみたい。あくまで延命程度の微々たる効果しかないだろうけど、私らにとっては厄介だ。なんたって此処で終わりじゃないからね」
「そうだよー!」
妖怪の山はあくまで通過点でしかない。橋頭堡を築いたらすぐにでも幻想郷の制圧を開始しなければならないのだ。
こんな所で足止めを食らうなど以ての外。
「優しい豊姫様や無口なサグメ様はともかく、依姫様に知られたら地獄だよ地獄! まあ私は昇進したから多分大丈夫だけど」
「降格したらみんな同じだよ」
「ハッ、言われてみれば!?」
清蘭と鈴瑚は元々綿月隊所属の玉兎だった。少ししてサグメ直属の精鋭部隊『イーグルラヴィ』に転属され、栄進を重ねて今がある。
つまり、依姫の折檻とシゴキを体験しているのである。これが綿月姉妹より上の地位に就いたのに未だに敬称が抜けない原因だ。
よって尚更負ける訳にはいかなくなった。
清蘭は後方でふんぞり返っている場合ではないと判断し、展開済みの予備戦力の全てを集結させた。
玉兎の士気は著しく低い。殆どが自分の足元を見ており、掛け声に活気など微塵もない。しかも予備戦力だというのに、既に1割強の兎が何らかの怪我を負っている有様である。
前線がさらに酷い事になっているのは言うまでもない。
なおそんな窮状にいつも通り気が付かない清蘭大将。同じくいつも通り白けている鈴瑚参謀の背中をバシバシ叩く。
「これだけの数で突撃すれば流石に勝てるでしょ! 本部に【我勝確也】って報告しよう!」
「それより清蘭が前に出なよ。一気に突出して敵大将の首を取って勝ちで」
「鈴瑚が一緒に出てくれるならいいよ」
「もう少しふんぞり返ってようか」
「うんうん、それがいい」
一度甘い汁を啜ってしまった玉兎は、二度と地獄へは戻れない。それを体現したかのような二人だった。
そんな侵略側よりも酷いのが防衛側である。
もはや傷付いていない者は誰一人としておらず、種族を問わず全員が死戦へと身を投じている。天狗達に人気の娯楽スポットとなっていたモリヤーランドは鉛の匂いが充満する地獄と化していた。
是非曲直庁からの使者である小野塚小町はこの惨状にドン引きしていた。死神を以て、あの世より此処の方が断然死に近いと思わせたのはよっぽどだろう。
臨時病棟(元事務所)に行けば恐らく、そのまま三途の川を渡らせても問題ないようなのがゴロゴロ転がっているに違いない。なお仕事が増えるので小町は見て見ぬふりをした。
「それにしても、もうちょっと人選を考えてくれても良かったんじゃないかなぁ」
小町の存在は生命線の一つとなっているのだが、それに対する妖怪達の反応はあまり芳しいものではなかった。死地に死神が彷徨いているだけでいらぬ誤解を招くのは当然であろう。
ただ防衛戦において小町の能力は無類の強さを発揮する。距離の消失とは即ち、鉄壁の防御陣を最小限のコストで常時展開させられる強みとなるのだ。
映姫からの指令で防衛以外は助力できない小町だが、それでも余りある貢献といえよう。故に待遇はどうにかならないかと不満を垂れ流しているのだ。呑気しながら。
技術、人員ともに大きく劣るモリヤーランドが陥落せずに今なお抵抗を継続できているのには、根性論以外にも幾つか理由がある。
一つに地の利があるのは言うまでもないが、それをさらに効果的に活かせる者達が複数人控えていたのは何にも代え難い強みであろう。
各要所を抑えるは小槌の影響下においても猛威を振るう鍵山雛、坂田ネムノ、里香、そして八坂神奈子の四人。否、ニ柱と二人。
彼女らが防衛の要となった理由は至極単純で、能力と地力がこの状況においても有効だったからだ。雛の纏う厄は小槌で減少するものではなかったため穢れの大盤振る舞い、そしてネムノの『聖域を作る程度の能力』は問題なく作用している。里香に至っては、秘蔵の戦車軍団を放出しているだけである。特に『イビルアイΣ』と名付けられた飛行型戦車は月の科学をも上回るオーバーテクノロジーであった。
さらに物資、士気を問わず後方からの支援を拡充させ、防衛線の盤石性を支える小野塚小町、山城たかね、駒草山如。
各々の能力がサポートに特化しており、こと集団戦において無類の強さを発揮している。にとりが異変解決のサポートに回っている間、科学班の指揮を取れるたかねの存在は貴重であったし、山如の出す煙によるリラックス効果で恐慌での士気崩壊は完全に防がれている。
実際、妖怪の山に住まう人材の層の厚さは幻想郷屈指。
かつて天魔が「妖怪の山を手中に収めれば向こう千年の覇権は確実である」と判断した大きな理由がこれだ。
小槌の影響は絶大だが、それでも一筋縄ではいかないのが彼女達であり、蹂躙されるだけだった妖怪の山が最後の一線で踏みとどまっているのは、一度として手を取り合うことのなかった曲者達の合力が生み出した奇跡だろう。
この奇跡は姫海棠はたての想い無くしては実現しなかった。
未曾有の脅威、共通の大敵──そして、和をなによりも尊い物と考える天魔の新しい思想。これらが妖怪の山に渦巻いていた数千年の怨恨を隅に追いやった。
憎しみの対象だった天狗が率先して血を流し、それは天魔でさえ例外ではない。山を、幻想郷を守る為に死力を尽くす姿に異を唱える者などいるはずも無く。
「みんな頑張れえぇ!!! 私もっ椛の分まで頑張るからああぁぁ!!!」
「ちょっ天魔様!? 前に出過ぎです! 御身に何かあったら犬走隊長に顔向けできません! どうか下がられてください!」
「こっちは大丈夫だから、鼓舞のつもりなら別のところに行ってあげな」
担ぎ込まれる死傷者を見るたびに錯乱して前線に出ようとする等の奇行が玉に瑕だが、それで天狗達が奮起するのだから悪い事ばかりではない。
白狼天狗に支給される太刀と盾を構えて飛び出したはたてを、引き摺ってでも制止する側近達。その様を見送った神奈子は、神通力の突風による横撃で四足戦車と玉兎の一団を正面ゲートから押し戻すのみならず斜面に突き落とし、僅かな休息時間を作る。
月軍の攻撃が最も集中する激戦区の筈が、神奈子の獅子奮迅の働きによりむしろ余裕すらあるようだった。これがかつて戦神と謳われた神の力かと、共に防衛にあたる妖怪達は非常に頼もしく思った。
「此処は見ての通り問題ないが、他の場所の戦況はどうだろうか?」
「ハ、ハイ! 何処も苦戦しているようでして、園内に踏み込まれている場所もあるとか」
「正面ゲートは私と他数名で事足りる。残りは西と東の助力に向かわせた方がいいだろう。消耗している者は後方に下がり、順次戦員を入れ替えるように」
情報伝達役の鴉天狗から逐一報告を受けながら、戦力の運用を適切に差配していく。陥落寸前のモリヤーランドは神奈子による戦況に応じた指揮により、絶妙なバランスの下で保たれている。
久々の空気、懐かしい力。そして今も異界で戦っているのだろう愛娘の奮起は、数千年ぶりに神奈子の戦神としての顔を復活させたのだ。
小槌の影響が良い方向に作用した一例である。
(これでも全盛期には遠く及ばないが……それでも有難い。漸く私でも幻想郷の役に立てそうだ、紫)
諏訪子の消滅により守矢神社の価値は紫の中で著しく下がったであろう事は言うまでもない。それでも彼女の立ち振る舞いは外の世界にいた頃と何も変わらなかった。早苗の笑顔がその証拠だ。
故に、大した貢献もできず庇護されるだけの自分を密かに気にしていた。今回だって早苗からの檄が無ければここまでの働きはできなかった。
士気が崩壊し右往左往する敵の一団に御柱を投げ込みつつ、更なる情報収集に務める。
「天魔殿の策はどうなった?」
「ハッ! 功を奏しているようで、先ほど河城にとり氏より三つの異変が解決されたとの報告が! お味方大戦果です!」
「そうか、やってくれたか」
妖怪の山の貴重な戦力を幻想郷そのものを脅かす要素にぶつけるはたての一大決心は、一つ歯車が違えば連鎖的に破滅を齎す苦肉の策だった。現ににとり、早苗、華扇、文を欠いてこの有様だ。
それが上手くいったというなら、何も言うことはない。天晴れだ。
しかしまだ肝心な報告を聞いていない。
「それで被害はどうだろうか。みな無事か?」
「……魂魄妖夢氏、東風谷早苗様は異変解決直後、敵方からの反撃により音信不通、安否不明。──そして霧雨魔理沙氏は敵と相討ち、死亡されたと」
沈痛な面持ちで天狗は報告を終えた。神奈子の胸中を推し測ったのだろう。
事実、穏やかなものではなかった。
魔理沙の人物像並びに実力はよく分かっていた。異変解決屋の肩書きに相応しい、幻想郷の猛者であったのは間違いない。そんな彼女でも命を落としてしまうほど、今回の群発する異変は危険だということだ。
諏訪子に続き早苗まで喪ってしまえば……。
どうかこれ以上あの子から何も奪ってやるなと、やるせない想いが湧き上がる。太古の昔からそうだ、神奈子ほどの神は何に対しても願うことができない。
ふと、神のくせして神頼みを乱発している秋姉妹がこの時ばかりは若干羨ましくなった。
「……そういえばあの二柱は何処に?」
守矢神社も危険だということで、神奈子とともにモリヤーランドに避難していた筈だが、ふと気が付くと姿が見えなくなっていた。彼女らも小槌の効力によって戦えるだけの力を取り戻していたので、一端の戦力なのだが。
もしや力尽きて玉兎の大群に踏み潰されてしまったのかと眼下を満遍なく探してみるが、見当たらない。鴉天狗や白狼天狗に聞いても「いつの間にか居なくなっていた」との回答ばかり。
悩みがまた一つ増えてしまった。
*◆*
「天魔ってのは馬鹿ねー。せっかくの戦力をこんなところで使い潰しちゃうんだから! 大人しく月の連中と遊んでればお師匠様に目をつけられる事もなかっただろうに!」
「しょうがないよ。天狗には馬鹿しかいないんだから。今も昔も進歩のない連中さ」
「生憎、貴女方に何と言われようが全く心に響かないんですよね。何故ですかね? 言葉と行動に心が篭ってないからですかね?」
軽口の間に幻想郷を何万周巡っただろうか。幻想郷屈指の情報処理能力を持つ文でも、正確なカウントは不可能だ。少なくとも戦闘の合間では。
既に死闘の舞台は音速から亜光速上限近くの域まで達している。これでも文にとってはほんの軽いジョギング程度のスピードだが、これに付いてこられるのは恐らく十分に加速を付けたはたての全力か、十六夜咲夜くらいのものだろう。
ではそんな文に軽く追随してくる二童子は一体何なのかと問われれば、精巧な人形としか答えられない。まるで合わせ鏡のような気味悪さがあった。
(障碍の秘神が従える者ならば、それは即ち天狗の天敵だという事。つまらない歴史の授業だと思って聞き流してたけど、いざ目の当たりにすると厄介極まりない)
文の洞察力は人形のカラクリを既に見抜いている。それでも対策のしようがないので対応に窮している。
丁礼田と爾子田──舞と里乃。あれらは天狗と同じ動きを繰り返す事で天狗除けの性質を自身に付与しているのだ。まさに天狗の天敵。
同等の速度で技を繰り出し、同等の力で反撃してくる。しかもそれが二人。
文が秘匿した実力を解放すればそれに応じて奴等のスペックが跳ね上がるのだ。どう足掻いても文が二人を上回ることはない。
当然、無茶な動きをすればその分二童子への負担は生じるのだろうが、所詮は人間だ。どれだけ傷付こうが秘神は痛くも痒くもないだろう。それに、文には二童子に割く為の時間も負担も持ち合わせていないのだ。
手負いで幻想郷の賢者に勝てるなどと、そんな驕りはとうの昔に捨て去った。
(せっかく奴等側から仕掛けてきたんだ、これをきっかけにして秘神の根城に飛び込まなければ。しかし──!)
文はギアを一段階引き上げ更に上空へと飛翔する事で、ほんの僅かに二童子を引き離す。そして急速反転、勢いを殺さぬまま渾身の踵落としを放つ。
少しだけ先行していた舞は笹を前面に押し出し構えるが、勢いを止める事など到底できず衝撃そのままに幻想郷へと凄まじい速度で墜落する。
同等のスペックで襲ってくるとはいえ、その領域での戦いは初めての筈。ならば相手がそれに適応する前に、本気を出さずに勝利する。それしか手はないと判断。
だがやはりネックとなるのは、相手が二人だということ。
「よくもやってくれたなぁ! 舞の仇ぃ!」
「ぐッあ!」
先程とまったく同じモーションで繰り出された里乃の踵落としが文の肩を打ち据えた。速度は重さ、並びに破壊力である。自身の勢いも利用された形となり、黒き弾丸となって墜落、九天の滝へと突き刺さる。
普段は妖怪の山が瑕疵なき要塞であることの象徴となる要衝だが、今は放棄されており完全な無人となっていたのが幸運だった。天辺から崩れ去った事で、瀑布と岩壁の残骸が文とともに滝壺へと流れ込んでいく。
(参ったなぁ。全力でいっても解決しないよねぇ)
ダメージとは裏腹に文の思考は至極冷静だ。むしろ身体を引っ掻き回す激流が心地よい。
(せめてはたてか椛が居てくれれば……って、今は力が出せないんだっけ。私以外、全員)
自分が起死回生の一手としての役割を期待されているのは分かる。それに納得しているかどうかはまた別の話だが、親友からの頼みだ。断る余地などなかった。
嬉しいのやら悲しいのやら、若しくは情けないのやら。自分自身の心がよく分からなくなってきていた。これもまた組織を一度見捨てた事のツケなのだろう。
はたてや椛は勘違いしているようだが、自分は高尚な天狗ではない。何の目的もなく、ただ感情的に山を飛び出して、流浪に後付けの理由を加えただけ。
嫌気が差したのだ。何もかも。
こんな大役を任された今も、この性根は変わらないらしい。高尚な理念を持つことは、もう諦めた。腐った天狗は飄々と雰囲気だけ出してればいい。
「悪いわね。やっぱりアンタ達みたいにはやれないわ」
「いたいた。烏の行水やってるわ」
「今の凄く効いたよ! ほら僕の左腕、どっかいっちゃった。まあ丁礼田は右腕があればいいから問題ないんだけどね〜。残念無念また来世〜」
飲み込んだ水を吐き出しながら岩場に手を掛けると同時に、二童子がその上に降り立つ。上手いこと言ったとばかりに里乃と舞はドヤ顔を浮かべている。その様を見てもやはり腹は立たない。ただただ哀れに思うだけだ。
「ちゃんと血は通ってるんですね。意外でした」
「おっと今のはカチンときたよ。僕達を天狗みたいな化け物と一緒にしないで欲しいな」
「お師匠様からは時間稼ぎって言われてたけど、なんかやれちゃいそうだね。どうする? 処しちゃう? 死なない程度に殺しちゃう?」
「ちょっと待ってねー。連絡入れてみるから」
さて、ここからが正念場か。
文はトップギアの準備態勢に入った。多少の出血はやむなし、二童子の意識が自分から外れた瞬間に仕留める。身体と羽根は水を含んでいるが、文の全速力の前には障害にすらならない。
だがほんの僅かに、乱入の方が早かった。
「ええいそこの二人組! 弱い者虐めは許さないわ!」
「食らいなさいオータムキィィィック!!!」
威勢の良い掛け声と共に繰り出された蹴りは、二童子にたたらを踏ませた。まさかの顔面クリーンヒットに困惑を隠し切れていない。
文としても嬉しい誤算だった。
「貴女方は……確か守矢神社預かりの」
呟きに応じるかのように姉妹はポージングからの自己紹介。もはや慣れたものだ。
「秋の実りは私の力、豊かな秋は私の力──人呼んで豊穣の秋穣子!!」
「秋の色彩は私の力、秋の終わりも私の力──人呼んで紅葉の秋静葉!!」
「「秋の恵みを世界に届ける、幻想郷の人気者! みんなご存知秋姉妹!」」
秋風靡く妖怪の山。暖かな木漏れ日があたりを照らす中、若干の冬を感じた。
突然の乱入に状況を計りかねていたが、少なくとも好転の余地があるものだと判断した。この姉妹は確か味方だった筈だ。
「秋姉妹だってぇ? 確かお師匠様が言ってたわね」
「お師匠様? それって紫さんのこと?」
「いやいやそっちじゃなくて、摩多羅隠岐奈様の方! 同じ幻想郷の賢者だけども」
「へえ、そんなやんごとなき方に一目置かれるほど私達の名は轟いているというわけか。やったねお姉ちゃん!」
「ええ活動の甲斐があったわ」
「いや別に褒めてはなかったよ。確かレティ・ホワイトロックに惨敗して秋の力を奪われて、外の世界に追放されたんだよね。もうとっくの昔に野垂れ死んでるものかと思ってたよ」
「「……」」
このやりとりだけで秋姉妹の立ち位置を大体理解した。こんな面白い神様を見逃していたのかとジャーナリスト魂を揺さぶられつつ、滴る水を払い飛ばす。
秋姉妹は意気消沈しているものの、戦意は十分なようで構え自体は崩さない。
「ありがとうございます。助かりましたが……何故ここに? 既に全員モリヤーランドの方に避難しているものかと思っていましたけど……」
「そうなんだけどね。なんかここら辺から私達の持ってた力の気配を感じたのよ」
「レティ・ホワイトロックに奪い取られた力ね。奴自身の気配も感じます」
謎多き妖怪の名前をここで聞くことになるとは思っていなかった。
幻想郷において無条件で恐れられる大妖怪の一人。天狗の覇権より前の、更に前の時代に活動していたと耳に挟んだ事はあるが、それだけだ。
群発している異変の一つ、季節が滅茶苦茶になる異変……冬を司る雪女との関連性は疑って然るべし、か。
「秋さん。突然で申し訳ありませんが折り入って頼みがありまして」
「あいつらの相手でしょ? いいよ任せて」
「元からそのつもり。いつもの私達なら到底相手にならないでしょうが、今日は何故だか頗る調子が良い。相手も何とか務まるでしょう」
秋姉妹とて幻想郷に帰ってきてから遊んでいた訳ではない。早苗達との付き合いの合間に現在の幻想郷について調べ上げていた。
だから知っているのだ。射命丸文がどのような天狗で、今この異変でどのような役割を担うべきなのか、全て把握している。だから助けに入ったのだ。
二柱の胸中は神奈子とほぼ同じだ。紫への恩返しと、早苗への心配。
異変が早く解決されればそれだけ早苗の身に及ぶ危険は軽減されるだろう。是非とも解決してもらわなくては。自分達ではどうひっくり返っても勝てないから。
「げー天狗以外が相手かー。そんなのに時間を使ってたらお師匠様に叱られちゃうよ」
「まさかあれだけ好き放題やられて逃亡なんて、そんな情けない真似する訳ないよねー? まだ本気を出してなかったんでしょ? ほら私達に見せてよ」
「残念ですがその挑発には乗りませんよ。私は白狼天狗のように高潔な誇りなんて持ち合わせていませんからね」
文は舌を出して逃げ出した。二童子のテングオドシは天狗を撃退した時点で完遂される。つまり逃げる文相手では先程までのような超スペックは発揮できない。後を追って無理やり戦闘に持ち込もうにも、秋姉妹が行手をしっかり遮っている。
二童子にできるのは文の後ろ姿を見送ることだけだ。
「フッ……奇しくも賢者の師弟対決となったわね」
「師弟対決? どういうこと?」
「何を隠そう、私達は外の世界で紫さんに稽古を付けてもらってたのよ! いわば二番弟子と三番弟子!」
「条件ならイーブンよね」
「それは……普通に驚いた」
「ね、びっくり」
最強の名を欲しいままにする八雲紫が、自らの手で鍛え上げた二柱。
つまり(前提条件だけなら)秋姉妹は博麗の巫女や九尾の狐と同格だということ。それが小槌の影響により更に強化されているなんて。
下手すれば文以上の強敵。里乃と舞の警戒を引き上げるには十分な情報だった。
オータムシスターズvsクレイジーバックダンサーズ。狂気の一戦が幕を開けた。
と、秋姉妹に厄介な敵を押し付けた事でようやく異変解決に本腰を入れられると文は内心ほくそ笑んだ。天狗は基本畜生な種族である。
だが感謝しているのは本当だ。
二童子との戦いの最中に文は幻想郷の状態を具に確認していた。何処もかしこも反乱側が圧倒しており、守護側は攻勢に転じる事ができていない。
故に文は、異変解決への最短ルートを導き出した。
この異変は摩多羅隠岐奈、稀神正邪のどちらか一方を斃せば瓦解するのだ。
正邪が先に斃れたのなら、小槌の呪縛から逃れた大妖怪達が一斉に暴れ出すだろう。如何に強大な秘神であろうと、幻想郷そのものの相手は不可能に決まっている。
隠岐奈が先に斃れたのなら、正邪単独での扇動となる。彼女は恐らくそこまで強い妖怪ではない。いずれジリ貧になって、討ち取られるに違いない。
単純に考えて、片方が消えればそのまま戦力は半分になると考えていいだろう。敵が保険で用意していたのだろう代用戦力は頼もしい人間達が屠ってくれた。
そして導き出した自分の進む道。
「首を洗って待っていなさい。摩多羅隠岐奈ッ!」
*◆*
「そうだ! アタイの敵はオタラマキナだ!」
「タマラオキナだよチルノちゃん」
「そうだっけ?」
巨星、動く。
その宣言に妖精界隈に激震が走った。
元来、妖精とは異変時にこそ真価を発揮する種族と言っていいだろう。子供なら誰だって異常事態に心を躍らせるものだ。お祭りに便乗するのが大好きなのだ。
いつもなら隠れて暮らしている大人しい部類の妖精でも、異変時はアゲアゲのテンションに従い巫女や魔法使いに特攻をかますのである。
そして今回の異変は特別だった。四季が荒れ狂うことで妖精の力は際限なく上がり続け、更には弱者へのギフトにより向かうところ敵無し。
幻想郷にとって幸運だったのは、そんな妖精達の攻撃性が幻想郷ではなく、身内揉めに費やされた事。妖精の王の関心が弱者に向かなかった事。
最強の存在と化した妖精達は、今度は自分達の中での最強を決めようと大会を開き、存分に争った。紅魔杯の熱が抜けきっていなかったのも奇行の原因の一つか。荒廃した西部で行われた最強の大会は多少のアクシデントはあったものの恙無く行われた。
その結果、最強を自称していたチルノは、ついに妖精の王たる称号を手に入れたのだ。
妖精達は沸いた。
「チルノちゃん最強! チルノちゃん最強! お前達もチルノちゃん最強と言いなさい」
「チルノ鬼つええ! このまま逆らうやつら全員ブッ殺していこうぜ!!!」
特に
各々が溜め込んでいた木の実を一斉放出して、それはもう盛大に祝った。時々どこから鳴り響く爆発音がクラッカー代わりとなりバイブスは絶頂へ。
しかし当のチルノは浮かない顔で、遥か遠くを見つめていた。らしくない様子に、勝手に楽しんでいた妖精達も不可解な雰囲気を感じ取り近寄ってくる。
数日前に肌が急に黒くなり病気を疑われたりもしたが、その影響が今出たのかと取り巻き一号の大妖精が心配そうに問い掛けた。
「どうしたの? チルノちゃん。せっかく最強の妖精だってみんなに認められたのに。あのサニーちゃんだってチルノちゃんを褒めてたよ?」
「悔しながらね!」
「いや……アタイはふと思ったんだ。これより上なんてあるのかなって」
「チルノちゃんは最強だからね」
「いざ最強を実感してアタイは……がっかりした。なんつーか、もう二度とチャレンジャーにはなれないんだなって……」
まさかの燃え尽き症候群であった。無気力なチルノの姿に大妖精は心を痛め、他の妖精達は何言ってんだと呆れ返っていた。
だがチルノは真剣に悩んでいる。まさか喜びよりも先に寂しさを感じるとは夢にも思わなかったのだろう。
見かねたスターの助言が入る。
「なら妖精以外も含めて最強になっちゃえばいいじゃない。幻想郷には妖怪や人間が腐るほどいるんだから。それに霊夢さんには負け越してたでしょ?」
「でもさ、アタイとっくの昔に八雲紫を倒しちゃったんだ。アイツ、最強の妖怪なんだってね。つまるところ、アタイは既に幻想郷最強の座を手にしてたんだ」
あわよくばチルノを葬り去ろうと無謀な挑戦を持ち掛けてみるが、心に響かなかったようだ。
経緯はどうであれ紫を倒したのは事実である。つまりその手下の霊夢など雑魚同然なのだ。名実ともに最強の生物と化してしまった……!
取り敢えず妖精達が片っ端から強くて怖い妖怪の名を挙げていくが、チルノの興味を惹くようなビッグネームはなかった。全て格下だ。幽香は雑魚。萃香も雑魚。
「なら摩多羅隠岐奈は? アイツ強いよ」
聞き慣れない名前にチルノは眉を顰める。他の妖精達も「誰だそりゃ」と一同首を傾げていた。
声の主、エタニティ・ラルバは指をクルクル回しながら、したり顔で語る。
「昔の事だけどね、アイツと戦ってコテンパンにやられちゃったんだ。アイツの強さはチルノと同等か、もしかするとそれ以上かもしれない!」
「ラルバに勝ったところで……」
「ねえ?」
「強くなさそー」
酷い言われようだがラルバは所詮その程度の妖精だった。強いことには強いが、チルノには遠く及ばないし、ちょっと前には人里に忍び込んで人間に懲らしめられてたし、何より言動が小物っぽいのだ。
しかし彼女にも特別秀でているものがあった。
相手をその気にさせる『扇動力』である。
「いま起きてる季節が無茶苦茶になってる異変、これ多分アイツの仕業なんだよね。主役みたいなもんでしょ? だからさ……乗っ取っちゃおうよ。誰が真の幻想郷の主人公なのか知らしめてやろう」
「ラルバ! それ採用っ!」
そして冒頭に戻る、という訳だ。
ラルバから後戸の情報を聞き出した妖精達は、王の命令を受けて一斉に捜索を開始する。突破口の発見は時間の問題だった。
これはとんでもない事になった。間違いなく幻想郷成立以来の激変だ。
王の手により、満を持して妖精の世が爆誕しようとしている。妖怪だの神だの知ったことか。最強を証明したチルノならきっとやってくれるだろう!
──そんなふうに考えていた時期が私にもありました。(大妖精談)
妖精大戦争も裏でしっかり起きてるよの回
チルノパートに入った瞬間IQが溶ける溶ける
妖怪の山に住んでいる(いた)ネームドキャラ
橙、射命丸文、姫海棠はたて、犬走椛、河城にとり、里香、秋静葉、秋穣子、鍵山雛、八坂神奈子、東風谷早苗、坂田ネムノ、茨木華扇、(天魔)、山城たかね、駒草山如、(管牧典)、(飯綱丸龍)、(姫虫百々世)、(古明地さとり)、(古明地こいし)、(黒谷ヤマメ)、(リグル・ナイトバグ)、(伊吹萃香)、(星熊勇儀)
これにプラスして河童の科学力と乱世特有のガバガバ価値観が加わる模様。
小槌で弱体化してなかったら月軍は一瞬で蹴散らされていた疑惑ありますね。これを曲がりなりにも統一しかけてた旧天魔は一体……。
ただあんまり月の先遣隊を追い詰め過ぎると綿月姉妹とか門番さんが出張ってくるので、今のような拮抗状態が最善策なのかもしれませんね(すっとぼけ
遅ればせながらではありますが、一言評価誠に感謝でございます! 返信機能がないのでお礼のメッセージを送ることができず、この場をお借りして感謝を述べさせていただいた次第! 貰うたびに歓喜でのたうち回っております。ありがてゐ……ありがてゐ……。