幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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戦闘続きだったのでほのぼの回。
ゆかりん最大の謎が今、明らかに──!


八雲紫の秘め事

 

「姫様、あまり無理をなさらないでくださいね。この辺りだって他地域より安定しているとはいえ、まだ安全じゃ無さそうです」

「イナバが帰ってきてくれて助かったわ。付き合わせてしまってごめんなさいね」

 

 騒乱吹き荒れる幻想郷の中で唯一、大規模な異変や暴動の起きていない迷いの竹林は、深く静まり返っていた。朽ちた笹葉を踏み締める音ばかりが反響し、逆に耳が痛く感じる気がした。

 虫や鳥の声ひとつしない閑静な空間を切り裂くように、二人は早足で歩き続ける。

 

 従者として復活した鈴仙は、慣れない様子で歩みを進める輝夜へと憂慮の視線を向ける。主人は身体が弱いのだ、あまり激しい運動をさせるべきではない。

 永夜異変の爪痕も未だ残っており、土壌の凹凸は大きな負担になっているだろう。

 

 定期的に玉兎の無線を傍受する事で幻想郷での戦局を伝えつつも、頭の中では輝夜と自分にとって最も安全な立ち回りを模索する。輝夜には何やら企みがあるようだが、鈴仙にとってはいい迷惑だ。

 

「幾つかの異変はどうも解決されたみたいです。しかし依然幻想郷にとって厳しい現状のようで、妖怪の山と人里は陥落寸前、未だ主犯グループは健在と」

「好転の兆しがあるだけでも大したものよねぇ。月も結構本腰入れて攻めてきてるんでしょ?」

「元同僚の殆どが駆り出されてますね。やっぱり結構死んでるみたいですけど」

「可哀想に。これ以上無駄に殺させない為にも頑張らなきゃいけないわね」

 

 鈴仙の予想通り、輝夜は異変に介入する気満々のようだ。露骨に嫌な顔をした。

 玉兎隊の悲劇だって幻想郷で起きている出来事の一部でしかないのだ。解決された異変だって事態が安定に向かっているわけではなく、派生して新たな異変が引き起こされようとしている始末。正直、とてもじゃないが収拾がつくようには思えない。

 その中で唯一平和なのといえば妖精界隈くらいか。異変時には凶暴化して見境無しに襲いかかってくる連中だが、今回は何故か大人しい……というか、姿すら見かけない。死滅してくれたのなら面倒がなくて良い事だ。

 

「あの……今のうちに師匠達と合流して幻想郷から逃げちゃいませんか? 厄介な賢者どもは互いに殺し合うので忙しいみたいだし、チャンスかも」

「それは名案ね。だけどその前にちょっとやらなきゃいけない事があるの」

「最後のチャンスかもしれないのに!?」

「でもこのまま蚊帳の外では居られないわ。放っておいたら多分月の都が滅んじゃうでしょうし、救済の道は多ければ多いほど良い」

「……やはり姫様は月人の味方なのですか?」

「いいえ? 私の味方は永琳とイナバ達だけよ」

 

 そもそも月人からして、輝夜の存在は禁忌の部類だろう。犯した罪と、保有する情報が月にとってあまりに不都合過ぎる。故に、天地がひっくり返ろうと輝夜が再び月の側に立てる道理は無い。

 それに輝夜は地上を愛している。潔癖主義者達の意見に合わせてなどいられるか。

 

「逆にイナバはどう? 貴女の心は未だ月に在るのかしら」

「それは、まあ。故郷ですから心を完全に切り離す事は一生できないと思います。でも地上に骨を埋める覚悟は……多分、できてます」

「住めば都ですものね。大切な人が沢山できて、自分の為すべき役割を見出せたなら、きっと"終わり"は怖くない」

「姫様に終わりなんてないじゃないですか」

「それは貴女も一緒よ」

「へ……? は、はぁそうですか」

 

 輝夜との会話はいつも楽しくて仕方が無い筈なのに、今日は何故だか身が竦むような恐ろしさを感じた。永琳に叱られている時よりも心が苦しくなるような、そんな感覚。「今日は暑いですねぇ」なんて言って誤魔化しながら冷や汗を拭う。

 

「冥界暮らしは楽しかった?」

「……新鮮ではありました」

「そう。ならイナバはもう寂しくないわね」

「あの、姫様。もしかして……」

「うん?」

「なんでもないです!」

 

 鈴仙は慌てて目を逸らした。

 久々に会えたと思えば一風変わった問答ばかりで、近況やら心境やらを何かと気にしているように思える。これはつまり、みんなと離れている間、とても寂しかったのだろうと勝手に解釈した。

 鈴仙の知る輝夜は永琳から片時も離れない箱入り姫様。急な環境の変化が御身に堪えたのだろう。鈴仙は涙ちょちょ切れた。

 

 と、輝夜は足を止めて折り重なった竹林の先を見遣る。相も変わらず汚らしい掘っ立て小屋(輝夜比)を前にして思わず嘲笑が込み上げた。

 だが今日は此処に住む蓬莱原人を嘲笑いにきたのではない。

 

 耳を澄ませると、何やら幽かな、それでいて楽しげな話し声が聞こえてくる。孤独を好む(コミュ障インキャ)妹紅にしては珍しく来客があるようだ。

 輝夜と鈴仙は顔を見合わせる。

 

「どうやら留守ではないみたいね。イナバ、妹紅を呼んできて。私が行っても多分無視されちゃうだろうから」

「分かりました。……喧嘩は絶対に駄目ですよ? 今は師匠が居ないですし」

 

 

 

「はぁい久しぶり。少し見ない間に随分と陰気臭くなったねぇ。いや元からだったかしら」

「黙れ。なんか用があって来たんだろ? 話したらとっとと帰れよ。私はテメェみたく暇じゃないんでね」

「あら今日は随分と優しいのね、いつもなら問答無用で仕掛けてくるのに」

「お前に構ってる時間が惜しいだけだ」

 

 いつもの舌戦に呆れ返りつつも、鈴仙は密かに眉を顰めた。八雲紫に心を壊されてしまった事で不安定だった妹紅の波長が、非常に安定しているのだ。それどころか、不倶戴天の敵である輝夜を目の前にしても穏やかなままで、逆に不自然なまであった。

 当然、数百年来の付き合いである輝夜も同様の違和感には気付いているだろう。

 

「あの、妹紅。なんか最近良い事あった?」

「いや特にないが……? そう言う鈴仙ちゃんの方こそ、良い事があったように見えるけどな。それに引き換え、輝夜のしみったれたツラは相変わらずだが」

「スキマ妖怪に敗北して心だけじゃなく目まで腐っちゃったみたいね」

「……冷やかしに来たならもう十分だろ。帰ってくれ」

 

 煮え切らない様子でそんな事を言う妹紅。輝夜と対峙してもなおこの調子なのは、彼女を知る人間からすれば信じられない事態だった。

 藤原妹紅という存在の精神性は、人間を超越していると断言できる。人の身で蓬莱の薬を口にしたのだ、並大抵の精神攻撃など簡単に跳ね除けてしまうだろう。

 それだけ、八雲紫に植え付けられた『呪い』──若しくは『記憶』とは、根深いものだろう。その正体を輝夜はよく知り得ていた。

 だがこれでもまだマシなのだ。

 

「ええそうね。互いに永遠を生きる身ではあるけれど、今日この日ばかりは一刻すらも愛おしく思える。そうでしょう?」

「……」

「安心して、大事な客人との時間は取らないわ。聞きたいのはたった一つのことだけ」

 

 鈴仙は波長を介して緊張の高まりを感じ、冷や汗を拭う。肌が泡立つ。静寂が耳を引っ掻き回すように喧しい。

 此処から先の話題は妹紅の地雷であり、輝夜が害される確率が大幅に上がる。その時は再度、妹紅の心を折るために動かなければならない。

 

 やがて輝夜はポツリと呟いた。

 

「今から800年ほど前、貴女はこの竹林で一人の人間、そして一人の妖怪と邂逅した。片方は『メリー』と名乗り、もう片方は『八雲紫』と名乗った」

「……」

「その時なにが起きたのか、それが知りたいの。詳細を思い出す必要はないわ。簡単に教えてくれるだけで十分」

「輝夜、お前どこでそれを」

 

「ッ、姫様!」

 

 胸へ手刀による抜き手、一突き。

 輝夜の心臓へと向けられたそれは鈴仙の咄嗟のホールドによって阻まれ、すんでのところで命を拾うことになる。だが明確な殺意を纏ったそれを留め続けるのは困難であり、鈴仙の顔が苦悶に歪む。

 永遠の性質を持つ焔に巻かれてしまえば、如何にタフな妖怪といえど重傷は避けられない。

 

「ここから先の言葉は慎重に選べ。……それを知ってどうする?」

「さあ、内容によるわね。答えを聞かないと行動に移せないもの」

「なら八雲紫本人に聞けばいいだろ」

「世間知らずね。あの妖怪はいま幻想郷に居ないわ。それに大した回答があるとも思えない。実際、貴女もそうだったんでしょう?」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を顰めると、鈴仙の腕を何度か叩く。そして拘束から解かれた妹紅は数歩後退して、ガシガシと頭を掻いた。

 輝夜の言う通りだ。あの女に見透かされていたのが悔しい。

 

 永夜異変の際、妹紅は紫へと問い掛けた。『あんなに悦びながらメリーを殺したのに、忘れてしまったのか』と。そうだ、確かに明確な答えは得られなかった。急に苦しみ出して逃げられたのだ。

 自分(妹紅)とは初対面であると言い放ち、さもすっとぼけたように人間の巫女と仲良さげにしていた様を思い出す。あの姿に燃え上がるような怒りとともに、えも言えぬ嫌悪感を覚えたものだ。

 

 漸く記憶に蓋をできたと思えばこれだ。よくよく考えれば八雲紫と思わぬ邂逅を果たしてしまった時もそうだった。忘れた頃に忍び寄ってくる忌々しい影。

 

「聞く価値もないつまらない話なんだけどな」

「それが重要なのよ。あまりに突拍子もなく起きた些細な事だからこそ、今の今まで誰も気が付けなかった」

 

 唯一の生き証人は藤原妹紅ただ一人。

 

「私の知る流れが大きく狂い始めたのは妹紅の目撃した出来事の後から。貴女の見届けた『死』が恐らく転換点になっている。教えて頂戴、退屈でつまらない話を」

「……馬鹿馬鹿しいな。聞いたらさっさと帰れよ」

 

 これで3回目の「帰れ」である。

 妹紅は青竹にもたれ掛かると、さも平静を装い、しかしやはり落ち着かない様子で語り始める。

 

「なんて事のない話だ。竹林をほっつき歩いてたら偶然メリーに出会って、なんでか意気投合して、そしたらいきなりあのスキマ野郎が現れて、私を消し飛ばした後メリーを喰っちまった。再生(リザレクション)した頃にはどっちの姿もなくて、残されてたのは血塗れの毛髪と衣服、そして変なメモだけだったかな。それが全てだ」

「心を砕かれたにしては嫌に曖昧ね?」

「そりゃ、顔面をぐちゃぐちゃにされてたからな。奴がメリーをどうやって喰ったのかは知らんが、断末魔と咀嚼音、そして八雲紫の狂ったような笑い声だけで何が起きたのかは……っ、すまんちょっと待ってくれ」

 

 話を進めるごとに妹紅の顔が真っ青に染まっていき、最後には口元を抑えて蹲ってしまった。慌てて鈴仙が介助に入るものの、それは当の妹紅によって制された。

 歯を食いしばり、痛む頭を掻きむしる。

 

「メリーが残したメモはどうしたの?」

「慧音に無理やり取り上げられた。確か聞いた話じゃ、そのあと稗田家の手に渡って幻想郷縁起の原本と一緒に仕舞われてるらしいな。この世の物ではない材質とインク、ついでに書かれてた内容が……」

「時代錯誤だったから、でしょ?」

「既に見てたのか」

「幻想郷縁起に載ってたわ。あのメモの内容は少なくとも800年前の地上には存在してはならないものだった。しかし月の文明と比較するなら遅れ過ぎている。──いずれにしろ、その時その場に居ていい人間ではなかった」

 

 幽霊とはまた違う、この世ならざる者。

 故に八雲紫に目を付けられたのかと考えるのが普通だろうか? 事実、今の()()はともかくとして、800年以前の八雲紫は地上の秩序を重んじる傾向にあったようだ。

 だが古明地さとりの想起でメリーの姿を確認し、とある可能性に行き着いた。

 八雲紫の思惑が予想通りであるのなら、彼女ほど自己犠牲と自己愛に塗れた妖怪は居ないだろう。

 

 ともあれ得るべきピースは揃った。

 

「忙しいところ邪魔したわね。珍しく建設的な話が出来て満足よ」

「暫くテメェの顔は腹一杯だよ」

「イナバ、行きましょ」

「あっはい!」

 

 もう妹紅は不要だ。聞きたかったのは八雲紫がメリーをどのように扱ったのか、その点のみ。妹紅から得られるそれ以上の情報はないだろう。

 そもそも今回の一連の異変に関わるつもりは毛頭ないようだし、無理に参加させても足手纏いになるだけだろう。慧音のツテで人里の防衛に力を貸すことがあってもその程度だ。

 今の妹紅では大した影響力は持てない。だからこそ稀神正邪も彼女をほったらかしにしているのだと、容易に想像がつく。故に用無しだ。

 

 と、鈴仙を伴い永遠亭に戻ろうとしたところ、ある点が脳裏を過ぎり踵を返す。そしてちょうど掘建小屋の戸に手を掛けた妹紅を呼び止めた。

 

「そういえば、一つ不自然に思ったのだけれど」

「……なんだよしつこいな」

「貴女、トラウマになるくらいその時の光景を鮮明に覚えている癖して、八雲紫とメリーの姿形を見比べて何も思わなかったの? 普通、何か思うところが出てくる筈じゃない? ()()()とか」

 

「お前……何を言ってるんだ? ある筈ないだろそんなもん。得体の知れない化け物と、普通の人間だぞ?」

 

 

 

「いやぁ妹紅が少しだけ元気になってて良かったですね姫様! 私は酷い目に遭いましたけど!」

「うーん……別にぃ」

「そんなこと言って姫様喜んでるじゃないですか」

「今日は善い日だからねぇ。幻想郷には悪いけど、退屈な日々が漸く終わりそうでちょっと心が躍っているわ。収穫も沢山ありそうだし」

「私には姫様が何を成されようとしているのかチンプンカンプンですけどね。確かに八雲紫の一件は私も興味深かったんですけど、果たしてこれが本当に月を救う事に繋がるんですか?」

「大いにね。……まあ判らない事も掘り返しちゃったけど」

 

 気になる点は幾つかあるが気にかける程のものではあるまい。それよりも今は目先の異変をどうにかしなければ。

 段取りは既についている。

 

「確かにここは一つ、貴方の言う通り幻想郷から出るべきかもしれないわね。流石はイナバ、先見の明があるわ」

「へ?」

「永琳と合流したら直ぐ出立できるよう、準備をお願いしてもいいかしら?」

 

 まさか自分の意見が通るとは思わず呆けた鈴仙だったが、あの姫様が自分を認めてくれたような気がして自尊心が高まっていく。

 案を出すたび永琳に論破され詰られまくっていた事で枯渇しかけていた自信が湧き出てくるようだ。ウサ耳が挙動不審に揺れる。

 

「ま、まあ姫様達の事を想っての考えでしたので先見の明というほどには……」

「本当にありがとうね。久しぶりの故郷だからって道草食っちゃ駄目よ?」

「はいッお任せください! ──…………ん?」

 

「永琳は同胞殺しの第一級犯罪者だし、私は都から永久追放されてるから里帰りできないのよね。本当に助かるわ」

「え?」

「逃亡罪程度なら多分即死刑にはならないだろうし上手く立ち回って頂戴ね。一応減刑してもらえるよう永琳に一筆書いて貰うから。きっと効果があるわ」

「え?」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 同時刻、紅魔館の接待バルコニーでは幻想郷の命運を左右する説得が行われていた。

 

 眼下では水没した一階部分にて、押し寄せる草の根妖怪達と純粋な技による防衛戦を繰り広げる美鈴の姿が確認できる。騒がしい事この上ないが、それよりも眼前での口論の方がある意味で危機的だった。

 丸テーブルを三人が囲んで各々意見を交わす。咲夜の代わりに小悪魔が随時紅茶を継ぎ足しているが、そのペースは早まるばかりだ。

 

 うち一人、紅魔館の預かりとなっている八意永琳は眉間に皺を寄せ、首を振る。

 

「……それは真実なの?」

「本当さ。残念ながら、私達の数千年に渡る心労は杞憂に終わっていたって事。さとりにドレミー、姫様も認めてる」

「その件については私も保証するわ。少なくとも今の段階ではね」

 

 てゐが即答し、レミリアが根拠を補強する。

 永琳は間違いなく世界一の知恵者ではあるが、それでも見聞きしていない事象を把握するほど情報力には優れていない。その点では目の前の二人に軍配が上がる。

 しかしそれでも、俄には信じ難い。

 

「アンタの気持ちは分かるよ永琳。数万年来の悲願が既に達成されていたなんて、そんなの簡単には受け入れられないよね。ゆっくり飲み込んでおくれ」

「……」

 

 紅茶を一気に飲み干して、椅子にもたれ掛かる。

 騒がしい戦闘音も何処か遠い世界での出来事のように思える。

 

 

「八雲紫は、()()()()()()()……?」

 

 

 無言は肯定を示す。てゐも、レミリアも、当然のこととして一言も発さない。唯一側仕えの小悪魔だけ「うそぉぉ!?」と喚いている。五月蝿い。

 

「さとりから詳しくは自殺じゃないかと聞いてるけどね。まあ死因は今はどうだっていい。一番の疑問は、あの紫……お前が一度殺した筈の存在がなんなのか、でしょ?」

「……確かに、天地開闢前に見た頃とは外見以外がかなり違っているのは明らかだし、力は見る影も無くなっていた。ほぼ別人だと考えていたけれども」

「そう別人だ。アレは八雲紫であっても『八雲紫』ではない。世界を破滅へと導く存在は、とうの昔に滅んでいた。今いるのはその抜け殻さ」

 

 僅かな静寂。この答えが指し示す未来を、永琳は万が一にも間違えのないよう、ゆっくりと吟味していた。

 あり得るのか? そんな事が。しかし賛同している面子を鑑みれば冗談や嘘、短慮な考察で済むとは到底思えない。

 答えは得られた。未来が拓けた。

 

「それで貴女(レミリア)の出番ってこと」

「私も不思議に思っていたものでね。滅びを辿る筈だった運命の残骸が、私には生まれた時から見えていた。その分岐は私が生まれるずっと前に終わってしまっていたけど、紫が今と変わらないうちは問題ない」

 

 そう、今と同じでないといけない。

 抜け殻は残骸だ。力を持たない脆弱な存在。だが八雲紫であることに変わりはない。それにレミリアの観測した運命を書き換えてしまったり、しぶとさは健在のままであったりと、今なお謎な部分が多い。

 何がきっかけで元の『八雲紫』が顔を出すのか、想定すらできない。アレが死ぬたび、紫擬き(AIBO)がフォローに回っているのは、つまりそういうことだ。

 

「八意永琳、これは警告よ。紫が今のままであるうちは、手を出すべきでない。どうせ殺せないのは同じだし、それなら存分に利用するべきよ」

「そしてこの異変を引き起こした首謀者の一人である摩多羅隠岐奈は、その方針を良しとせず『八雲紫』の殺害に拘っている。奴はあくまで万全の紫と雌雄を決するつもりなんだと思う。一歩間違えれば世界を巻き込む自殺になりかねない」

 

 レミリア、てゐ。両名に情報を与えたのは古明地さとりであり、孤立するさとりに情報の確証を与えたのはドレミーと輝夜。見解の一致による補強を行ったのが摩多羅隠岐奈と紫擬き。

 錚々たる者達の紡いだ歴史が解き明かした。

 

 しかしそれでも永琳の心に燃え上がるのは屈辱、空虚、そして焦りであった。

 八雲紫に踊らされたのはこれで三度目だ。ハナから因縁が存在しなかったのだとしても、この憎しみの向かう先は変わりそうにない。

 そして同時に、月に居る者達を案じた。

 かつての弟子達の性分は良く心得ている。八雲紫を手中に収めた彼女らが何を為そうとするかは火を見るより明らか。

 

 生かすべきか、殺すべきか。

 選択を誤れば繋がった未来が潰える可能性は十分にある。輝夜の意思を尊重すべきだろうが、やはり確証が得られないことには……。

 

「行っていいわよ永琳、紫には私から言っておくから。そもそも監視役の幽香もどっかに行っちゃったしね。貴女がどう動こうが私から咎める事は何もない」

「一応私もさとりから外出の許可は貰ってるよ。鈴仙は知らんけど」

 

 永琳の胸中を察したレミリアは逐電を勧めた。彼女の辿る運命を尊重したのだ。

 いま思えばよく尽くしてくれたものだ。咲夜との関わりを見直させる為に館に置いていたが、副産物としてフランドールの精神状態は著しく改善したし、パチュリーの喘息も完治した。上々だ。

 

「……貴女の決断に深く感謝する。娘の件も含めて、いつか借りは返すわ」

「そういうのはいらんいらん。そこの兎も連れてさっさと行きなさい」

「行きましょうてゐ。貴女と一緒なら変に足止めを食らうこともないでしょう?」

「運が良ければ、ね。姫様の所に行くの?」

「当然」

 

 厄介払いできて清々したと言わんばかりに手を翻す。永琳は一瞥して、てゐと共にバルコニーから飛び降りた。向かう先は迷いの竹林、その中にある永遠亭。

 残されたレミリアは、小悪魔へおかわりの合図を送りながら、やり切ったように息を吐いた。今回の異変、持て余している連中を送り出してあげる以外に自分が為すべき役割は殆ど無い。

 

 と、永琳達と入れ替わるようにバルコニーへの来訪があった。視線を向けるとそこには、ずぶ濡れで息を切らすパチュリーの姿。水没した図書館で色々奮闘していたのだろう。

 定位置であるレミリアの対面に腰掛ける。

 

「あらら。新しいお召し物を用意しますねー」

「あとベッドも。ちょっと休むわ」

 

 事情を察した小悪魔はそそくさとその場を後にし、パチュリーはぐったりと項垂れた。そこそこ消耗しているようだった。

 いつもなら疲れない程度で手を引いてしまう筈の彼女のらしからぬ姿に、レミリアはほんの少し言葉を選びながら笑いかけた。

 

「随分と頑張ってたみたいね。無事、地底での異変は解決できたかしら?」

「ええ……解決はしたわ」

「お疲れ様。力の出せない状態なのに無理言って悪かったわ。ゆっくり休んで頂戴」

 

 滴る水を見かねてハンカチを渡した。

 そしてほんの一呼吸置いて、素気なく言う。

 

「魔理沙の件は、残念だったわね」

「別に」

 

 濡れた顔を何度も拭う。

 レミリアはそれ以上何も言わず、居心地の悪さを押し流すように紅茶を煽る。

 

 案じずとも結果は分かっている。

 咲夜はまだまだ時間が掛かるだろうが、今この瞬間にも異変のターニングポイントとなるべき出来事がどんどん起きている。わざわざ月で奮戦してまで魔理沙と妖夢にきっかけを作ってあげたのだ、やるべき事はやってもらわねば困る。

 

 問題はその後だ。

 異変がどう転ぼうが、()()()()()()()()。いかなる選択肢からでもこの未来に直結しているのだ。

 避けようが無い未来。それこそ月の都が紫に対して抱いていた恐怖とは別ベクトルではあるが、同じようなものだろう。

 

 だからこそ、今の状況は非常に出来すぎているとレミリアは考えている。

 運命を打破せしめた二人+αが力を温存した状態で月に待機しているのだ。レミリアに出来ることは何もない。今はただ、次に備えるだけ。

 

「……やるせないわね」

 

 納得できない鬱憤が込み上げる。

 

 咲夜は浮遊する城に控える賢者を討つ為、死闘を演じるのだろう。パチュリーは虚弱な身体を酷使して、友の夢の果てを見届けた。

 永琳は自らの思惑を捨て去って表舞台へと駆け上り、幽香は後戸を見つけるや否や賢者の罠へと身を投じた。

 紅魔館に属した者達が戦っているというのに、当主である自分は何もできない。かつて突き付けられた敗北とはまた一風変わった屈辱。あまりに耐え難い。

 

 くはりと、鬱憤を吐き散らす。

 やはり大局を見据えて構えているのは性に合わない。損な役回りばかりを強いられる自らの運命に辟易とするレミリアだった。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 敢えて言おう。

 運命だの定めだの、そんなものはクソであると。

 いくら占いめいた事を宣おうと、私の心にはほんの少しだけしか響かない! だって目に見える形で出されてないもんね! 

 あっ、ちなみに言うと別にそういう予言だとかオカルティックな事を信じてないわけじゃないのよ? ただこれらの単語を吐いてる連中に碌な奴が居ないだけで。レミリア然り、いつかの易者然り、目の前の敵然り。

 

 とまあ、なんで私ことメルヘン大好き紫ちゃんがやさぐれているのかと言うと、目の前に座る不倶戴天の敵さんが「運命やら未来がどうのこうの」と怒鳴り散らかしているからだ。月の連中って科学が発展してる割には、幻想的な概念が根付いている思考スタイルみたいなのよね。タチが悪過ぎる。

 

 殺気が充満する部屋に閉じ込められて早3時間くらいかしら。ほぼ日課になりつつある月人三人衆との尋問であるが、そろそろ本格的に嫌気が差してきた。

 基本、尋問官は綿月姉、綿月妹、サグメさんの三パターンだが、その中でのぶっちぎり一番のハズレが常時怒り心頭な綿月依姫である。

 とにかく面倒臭いのよね。しかも威圧してくるし、脅してくるし、何より怖いし。

 あと言ってる事も全く訳分からん! 私たち地上人とはまるっきり思考回路も価値観も異なっているのが実感できるわ! 

 

「いいか八雲紫、これは私からの最大限の譲歩です。私と決闘しなさい。貴女が勝とうが負けようが、幻想郷で暴れている部隊には停戦命令を出すし、霊夢含め貴女以外の者達は地上に帰そう。──さあ剣を持て」

「お断りいたしますわ」

「ぐっ……! この卑怯者め……!」

 

 隙あらば私を断頭台へ送り出そうとする提案に即ノーを突き付けてやった。

 見え見えの挑発に乗るような真似はしないわ。それこそ月人の思う壺だろう。きっと私からの同意がないと手出しできないんでしょうね。霊夢や天子さんが睨んでくれてるおかげだ。

 ていうか、まず前提のルールからして私が勝とうが月からは出してくれないのよね。そんなふざけた話があるもんですか! ていうかそもそも勝てるか! 

 

 とまあこんな感じで、依姫との対話は色々と最悪なのである。次に嫌なのは姉の豊姫ね。高圧的ではないんだけど兎に角話が長いのよ。ホントマジで。あと幻想郷で襲撃された時に太腿を撃たれた恨みは忘れてないわ。

 つまり消去法で一番マシなのはサグメさん。定期的に私に自殺を勧めてくるけどそれ以上は求めてこないからね。月人らしからぬ優しさにゆかりんほっこりよ。ここ最近は見ないけど。

 

 この地獄の尋問の救いはタイムリミットが設けられている事である。というのも、どうやら外ではHEKA一派が大暴れしているらしいのよね。よって私一人に構っている暇はないんだそうで、玉兎からの連絡が入り次第バタバタ中断して出ていっちゃうのだ。

 そんなに忙しいなら無力な私なんかさっさと解放して、他の脅威に立ち向かえばいいじゃんって思うでしょ? 私もそう思う。

 

 今回も途中で呼び出しが入った事で、依姫は苛立たしいといった様子で部屋を出て行ってしまった。当然、捨て台詞の殺害予告も忘れない。「おとといこいや!」の意を込めて中指を立てておいたわ。ふぁっきゅー! 

 

 

「いま戻りましたわ……って、珍しいわね二人がお茶会なんて」

「部屋でやれる事はあらかたやり尽くしたからな。次にやりたい事が見つかるまで大人しく談笑に耽るのも手だろう。偶にはね」

「別に大した事は話してないけど」

 

 這う這うの体で監禁部屋に戻ったところ、霊夢と天子さんが向かい合って何やら楽しそうに話していた。机上には玉兎に持って来させたのであろう飲み物と、テーブルゲームの残骸が散らばっている。

 退屈ここに極まれりってやつね。

 

 ちなみに霊夢と天子さん、幻想郷で顔合わせした時とかはかなり険悪な仲だったんだけど、恐らく月面戦争や監禁を通じてかなり改善しているみたい。二人が仲良くしてくれるのは私としても嬉しいわ! 

 いくら苦楽を共にしても一向に仲が拗れたままの関係なんて沢山あるものね。天子さんと藍とかさ! あっ、胃痛の音。

 

 しかしそれにしてもよ、うら若き乙女のガールズトークですって? ふふふ……実は私、そういうのに憧れてたりして。

 それとなく椅子に座って自然な合流を試みてみる。

 

「どんな話をしていたのかしら?」

「んー……霊夢の言う通り大した事じゃないよ。今までにぶっ倒してきた妖怪の話が主だな。あとはあの馬鹿狐の事とか、幻想郷最強決定戦についてとか」

「そ、そうなの」

 

 ガールズトークか? これが……。

 藍に対しての陰口とかって話なら確かに女子が話してそうな事ではあるかもしれないけど、それは私の理想とは少し違うわ……! 

 

 うら若き乙女が話す事といえば──そう! 

 恋バナである。

 

「そんな物騒な事よりもっと楽しいことを話しましょう。そうねぇ……ところで二人はどんなタイプの人が好みなの?」

「なんだいきなり。急だな」

 

 キョトンとする天子さん、あからさまに嫌そうな顔をする霊夢。大体予想通りの反応だ。

 色恋沙汰っていうのは乙女たるもの幾つになっても燃え上がるものなのよ。知らんけど。それに霊夢くらいの年頃の女の子は特にそういう話には敏感な筈なのだ。私と天子さんは知らんけど! 

 

 一回やってみたかったのよね、こういう話! 幽々子は全く興味なさげだったし、萃香と藍はね、なんか話が生々しいのよね……。傾国怖い……。

 

「うーん別にこれといって、そういうのはないなぁ。婚姻関係を結ぶにあたる最低条件みたいなものはあるけど」

「どんなの?」

「私より強くて偉くて、ついでに面白い奴!」

「……」

「……」

「ちょっと、お前らなんだその目は! そっちが聞いてきたんでしょ!?」

 

 返答に困る私達に顔を真っ赤にしながら抗議する天子さん。申し訳なく思うけども、コメントしようがないのよ……! 

 ていうか天子さんってめたくそ強くて唯我独尊タイプなんだから、その基準だと一生独身なのではなかろうか。

 あとなんだかんだ話に乗り気な霊夢可愛い。

 

「私は話したぞ! ほらお前らも話せ話せ!」

 

 霊夢と顔を見合わせる。

 顎を遣って先を促してくるが、私は首を振った。霊夢をトリにしちゃうと絶対はぐらかされちゃって話が有耶無耶になるに違いない。逃さないわよ! 

 私と天子さんでがっちり囲んでいれば霊夢もきっと根負けする筈。密室で逃げ場がないしね。

 

 やがて霊夢は呆れたように息を吐く。

 

「いい年した連中が何やってんのよ……。まあ別にいいけどね、減るもんじゃないし。好みのタイプでしょ? それなら……美形なのが良いわね。あと金持ち」

「そういえば貴女って面食いだったわね」

「私より俗っぽくないか?」

「黙れ」

 

 睨む霊夢にカラカラ笑う天子さん。若干空気がピリついてきたわね……。

 ちなみに霊夢が面食いであるのは結構前から知ってた事だ。霊夢の髪が紫色で、色々と危うかった頃とか特に顕著だったわね。イケメン女剣士さんを地中に埋めて、顔だけ出しての鑑賞会とかやってたし。

 

 まあどんな金持ちのイケメンを連れてこようが結婚なんて私が絶対に許しませんけどね! 

 あんまり親面しすぎると前みたいに怒られちゃうから心の中に留めておくけど。

 

 さて曲がりなりにも二人の好むタイプが判明したところで、視線が私へと集中する。まあ私から言い出した事だし、私だけ秘密って訳にはいかないわよね。

 うーん……いざ考え直してみると中々思い浮かばないわね。そう、私は恋に恋する乙女なのである! 恋愛経験無し! プライベートで話した異性は妖忌と霖之助さんのみ! しかも妖忌は既婚者だし、霖之助さんは霖之助さんだから……。

 姿形にも拘りなんかないから、強いて言うなら内面かしらね。

 

 取り敢えず良い感じに思える要素を適当に挙げていきましょうか。

 

「理知的で聡明。それでいて明るく活発的で私の手を引いてくれるような人、かしら」

 

 ほら私って大賢者でしょ? ならグイグイ引っ張ってくれる優秀な参謀的な存在が居てくれるととっても頼もしいなって。要するに私を楽させてくれる人ね。

 まあ藍が居てくれてるけど、あの子は何故か受け身なところがあるから。

 

「他にも少々ズボラなところがあってくれると、愛嬌があっていいかもね」

 

 ギャップ萌えってやつね! それに相手が変に完璧過ぎると私が死にたくなっちゃうから、時には二人でダラダラできればそれでヨシ。趣味も合うなら尚更ヨシ! 

 

 あとは……強いて言うなら──。

 

「何よりも、私に最期まで一途でいてくれる人。最悪これだけ満たしてくれれば私は満足ですわ」

 

 にっこり微笑みながらそう告げる。

 これはホントに切実な想い。要するに裏切らないでね♡ってこと! 裏切りは嫌だ裏切りは嫌だ裏切りは嫌だ裏切りは嫌だ……。(トラウマ想起)

 

 とまあ、本邦未公開な私の秘密を赤裸々に打ち明けた訳だが、対して霊夢と天子さんの反応は微妙そのものだった。固く結ばれた口から反応が出てくる事はなく、痛いほどの静寂が私の耳を引っ掻き回す。

 おかしい……かなりスタンダードな内容しか語っていないのに何故こんな事になってしまったのか。ゆかりん泣いちゃう。

 

 結局、この静けさは次の尋問が開始されるまで継続される事になる。豊姫の長ったらしい話がまるで福音に聞こえるような、そんな気がしたとかしないとか。

 

 死のうかな。






ゆかりん「具体的に好きなタイプと言われても私、霖之助さん以外の男を知らないのよねぇ……」
霊夢「!?!!?!?!?!!!!?!??!?」

幻想郷でみんなが死に物狂いで戦ってる中、ぬくぬくと恋バナを楽しむ乙女三人の図。やけに乙女押しするゆかりんにドン引きしながら書いてました。

もこたんと姫様の殺し合いは定期的に行われてるけど、実力差がありすぎるので大抵一方的な虐殺になってしまうそうな。当然永琳がそれを良しとする筈もありませんが、輝夜のガス抜きになってるそうなのであまり強くも制止できず……。

あとゆかりんに勝つ為に何百年も血の滲むような鍛錬し続けたのに全く相手にしてもらえないよっちゃん可哀想……。(現状)幻マジ史上最強の宿敵なのに……。


輝夜、さとり:ゆかりん=紫=メリー
もこたん  :ゆかりん=紫≠メリー
こんな認識みたいです。実はこれ、幻マジの勘違いタグに結構深く関わってくるギミックだったりします。クソ雑魚ゆかりんが大物ムーブで生き残れたのにはちゃんとした理由があったんだよ!!!
ΩΩΩ<な、なんだってー!?

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