幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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幻想郷のアポトーシス*

 

 蓬莱山輝夜の一言が全ての始まりだった。

 

 交わりを絶たれた遠い世界の出来事。ほぼ永劫の時を生きる彼等にとっても及びもつかないほど昔で、気の遠くなるような未来の出来事。

 

 八雲紫の誕生と破滅は数珠繋ぎのように、或いは螺旋階段のように絶え間無く流転し続けるものだ。それこそが、輝夜に観測できた範囲での数多の世界において、共通して起こる決定的な『出来事』であり、月の危惧するシナリオは『絶対の誕生』により確定する。

 

 何度繰り返されたのか、永劫の時を生きる輝夜ですらその回数を完全に観測することは能わない。一寸先はあまりに膨大な悲劇の塊だ。

 当然、如何なる手段を用いてでもその未来を取り除かんと奔走したが、駄目だった。あまりにも強固な『因果』が全てを跳ね除けてしまう。

 

 八雲紫との抗争は月人の歴史だ。地上に都を構えていた頃から、熾烈な絶滅戦争を繰り広げてきた。地上の生物が殆ど死滅するような戦いを何度も行い、不利を覆すことなく、穢れにより住めなくなった地上を捨てて月へと逃れた。それでも戦いは熾烈さを増すばかり。

 神々が何柱斃れようが八雲紫と戦い続けた。全てはいずれ訪れる破滅を回避する為、世界を救う為という大義名分に守られた利己的な生存本能。

 

 生きる事と、八雲紫の存在はイコールではない。

 あの化け物を除かぬ限り、死んでいるようなものだ。

 

 永きに渡る戦いの中、何度か八雲紫に致命傷を与えた事がある。一度目は何食わぬ顔で再生し、その何倍にもなる苛烈な『仕返し』を受けた。これにより神々は地上を捨てる事を余儀なくされた。

 二度目は第一次月面戦争の際、綿月依姫が喉を刺し貫いた。だが奴は死なず、行き掛けの駄賃と言わんばかりに月の機密を奪い去っていった。

 三度目は永夜異変の際、八意永琳の策謀により命は愚か、輪廻、因果の全てを抹消した。だがそれでも駄目だった。月の頭脳でも八雲紫の壁を乗り越える事はできなかったのだ。

 

 かの永琳が失敗した時点で、月の都に存在していたプランの殆どが破棄されたのは言うまでもない。最早不可能だと、過半の者は覚悟したろう。

 

 そして、これから四度目。

 月の都に残されたのは、舌禍による運命改変での殺害。稀神サグメの能力が最後の有力な希望となっていた。

 

 

 

「貴女の犯した罪は、地上のいかなる生命の業をも凌駕する。その自覚は?」

「ないわね。考えたことも無い。ああ、閻魔様から似たような御言葉を戴いた事はありますけれども、もしやそれと同じ事を言ってます?」

「……」

「思えば私も随分と長い時を生きてきた。仰る通り、その中で無自覚に起こした一度や二度の間違いは否定できない。そもそも天国に行ける身だとは思わないですし。罪の大小が貴女方の価値観に合致しているかは存じませんが」

 

 飽き飽きした様子で紫が答える。恐らく、これまでに何度も同じ質問を投げかけられたのだろう。依姫から、豊姫から、永琳から。

 フェムトファイバーを巻かれ、拘束された両腕を机の上に置いて、サグメは深く項垂れた。解決の糸口が全く見えない。

 

 八雲紫との面談は留置室に隣接する小部屋で行われている。無闇な情報の流出を嫌った月側と、霊夢への配慮の結果である。

 紫へ危害を加えない証明として月側は両腕両脚を自ら拘束し、なおかつ霊夢の定めたラインを越えないよう、机を挟んで話さなければならない。さらに小部屋と留置室を繋ぐドアからは霊夢と天子が様子を窺っており、有事があればすぐに戦闘を開始できるよう常時臨戦態勢を維持している。

 これでも互いに譲歩した結果だ。

 

 霊夢は分かっているのだろう。今この間にも、月が何とかして紫の殺害を企てている事を。

 実際その通りだ。この面談中でも、様子を見てサグメが仕掛ける手筈となっている。今の月の都にこの三人と災厄三人を同時に相手する余力はない。つまり、サグメがしくじれば八雲紫の破滅を待たずして月人は終わってしまう。

 

 そんな内情をおくびにも出さず、サグメはしっかりと紫を見据える。殺せると判断できる確信を探っている。

 

「──質問を変えましょう。貴女は幻想郷と自身の命、どちらを優先する?」

「今ここで天秤にかけろと」

「我々の狙いは混沌の元凶たる貴女のみ。その命を絶てれば幻想郷への侵攻など即座に停止していい。何でしたら、内乱の鎮圧を手伝いましょう。そして今後一切の関与を断ちます。悪い話では……」

「お断りいたしますわ」

「……嘘を疑っているのであれば、私の舌禍を使ってもいい。私の能力は」

 

 言葉は遮られた。突き出された手がそれ以上の呪いを許さなかったのだ。

 

「存じています。でもそういう事ではない。──先ほどの質問についてですけども、私は自分の命を優先させてもらうわ。幻想郷はどうぞご自由に」

「そうですか」

 

 深い失望の溜め息。

 正直、目の前の妖怪を自分の舌禍でどうにかできるようには思えなかった。この結論はドレミーと共謀して八雲紫を陥れた時には薄々勘づいていたが、今回現世で直接相見えて確信を得た。

 どんなに強大な力を持っていようが、この妖怪を討つことはできまい。

 もういい。諦めた。

 

 だから自死を促し、他ならぬ紫自身の手によって終わらせようとした。

 しかし彼女はかけがえの無い宝よりも、自分の命を優先した。保身を選んだのだ。こうなってしまえばもうサグメにできる事は何もない。

 

 上への言い訳を考えつつ、サグメは淡々と問答を繰り返す。意味が無いと自覚していても、やるしかないから。

 

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 

 地上が憎い。憎くて憎くて堪らない。

 身体から迸る核熱は正義の焔が生み出したもの。この世の不純物を悉く焼き尽くす神の力。

 この知恵は空の願いを叶えるものだ。大切な人達を照らす陽光となり得る。

 自分が為すべき役目を『理解』した。

 

 空は道理も、世界も知らぬ。ましてや力とは無縁の烏。遥か地下で有象無象に紛れて漫然とした生活を送っていた。

 翼を折られ死に瀕していたところをさとりに救われてからは、同輩の火焔猫燐と共に地底世界を羽ばたいた。昔の記憶なんてこのくらいしか思い出せないが、残っているということは大切な記憶なんだろう。

 

 空は賢い烏だ。物覚えが非常に良かった。

 その代わり、古い記憶、どうでもいい知識から廃棄してしまう。だから何かが定着することなど殆ど無い。その時その時で胸にあった感情も忘却の彼方に追いやってしまうが故に、自らの心に無頓着だった。

 

 激情とは決して拭えぬものだ。忘れることなんてできやしない、病魔の如く心に巣食う起爆剤となる。

 空の鬱憤は溜まる一方だった。理由は思い出せない。

 それを見出したのは神だ。

 神が力の使い方を諭してくれた。

 

 空に与えられた(役目)は、幻想郷を焼き尽くし、主人の無念を晴らす事だ。昔に死んでしまったらしい妹様を生物だった灰塵で弔う事だ。

 合点がいった。目から鱗とはこの事だ。

 

 

 

 立ち塞がる不純物は全て溶かしてしまえばいい。死ねばみんな灰になって地面の一部になる。末路は何も変わらないんだから。

 

 だけど、溶けない。燃えない。

 あんなに強かったお燐だって簡単に消し飛んでしまったのに、邪魔立てする黒い烏は、神の焔に巻かれながらも食らいついてくる。

 まるで鬱陶しい蠅のようだ。

 

 空が纏うは地上を焼き尽くす最強の能力。なのに何故、あの人間は斃せない? 

 段々と空の感情が困惑に傾いていく。

 

 その一方で魔理沙も、弱音を吐きたい気持ちでいっぱいになっていた。この地獄はいつまで続くのかと、噛み殺した奥歯の下から溢れ出してくる。

 そんなの決まっているじゃないか。分かりきった答えを自問するな。左頬を殴り付けて本音を飲み込む。勝つまでやるのだ。

 

 焼き付いた喉から声を絞り出す。

 

「突破口、見えたか?」

【いやー無理だよこれは。アンタの攻撃で擦り傷一つ付かないんじゃ即興で用意できる河童科学で対応できる範疇を逸脱してる。悪いがお前の命運もここまでだ盟友。せいぜい有意義なデータを残して死んでくれ】

「励ましの言葉ひとつ無しかよ……」

【慰めたところで一文の得にもなりゃしないだろ!】

「やっぱ人選間違えてるぜこれ」

【ゴポゴポゴポ】

 

 愉快な仲間達からの言葉に泣き言が決壊した。にとりはあくまで自分の利益優先、パチュリーは何故か大図書館が水没してしまっているとのことで、言葉すら聞き取れない。

 何故かアリスが懐かしくなった。

 

 ただ、お手上げなのは本当だ。

 空の火力、防御力はパチュリーとにとりの助力が加わってもなお、魔理沙のそれを大きく上回っていた。優っているのは機動力と手数くらいだが、それらも全て魔理沙に迫る勢いで進化を続けている。

 正真正銘の化け物である。

 

「核熱『核反応完全制御ダイブ』」

 

【くるぞ魔理沙ぁぁ! 機動力全開ィ!】

「分かってらぁッ! 彗星『ブレイジングスター』」

 

 莫大な熱量を纏い突進してくるだけでも凄まじい脅威。一手一手に最大級の対応が求められる。スタミナがもたない。

 魔理沙は親指の腹を噛み潰し、魔力を含んだ血液をぶち撒けた。さらに、にとりの操作により『まじかるしぐま〜ちゃん1号』が推進力の補助となる。

 

 核熱と魔法科学の鎬を削る攻防。互いにぶつかり、弾き合い、三度四度と岩壁へ身体を打ち付ける。

 距離が空くたびにすかさずパチュリーの賢者の石が出せるだけの火力で空を狙い撃ちにするが、足止めにすらなっていなかった。

 

 スペルの効力が切れると同時に、再び凄絶な撃ち合いが始まる。無限のエネルギーを保持する空相手では闇雲に疲弊するばかりだ。

 時は依然として魔理沙の味方をしてくれない。

 

 だが、絶望的ではない。あの時(八雲紫)や、あの時(風見幽香)に比べれば……。

 まだ自分の役割を見失っていないのだから。

 パチュリーへと念話を飛ばしながら、魔理沙は空を見遣る。そしてふてぶてしく笑いかけた。

 

「メチャクチャ強いな、お前。地上でもこのレベルはそうそう居ない。核融合、だっけか? 凄いな、本当に」

「……?」

「これだけの力を手に入れるには相応の努力と決意が必要だっただろうな。大変だったろう?」

「当たり前だ。この力を手に入れるまでどれだけ惨めな日々を送っていたことか。力が物を言う地底世界では、弱者はただの餌。さとり様やお燐がいなければ、今の私は無かった」

「で、いざ強者の側に立ってまずやる事が破壊か? 本当にそれが弱者の頃のお前が望んでいた姿なのか?」

「休憩時間はもういいでしょ。ほら、これで終わり」

 

 時間稼ぎできれば御の字であったが、目論見が外れたのなら仕方がない。再び火球を此方へと差し向ける空を見据え、静かに八卦炉を構える。

 時間経過とともに火球の質量が加速度的に増している。弾ける頃には魔理沙のスピードでも回避しきれない規模の爆発が起こるのは容易に想像できた。

 

「すまんパチュリー。一発頼む」

【時間稼ぎすら満足にできないなんて、やっぱり貴女はいつまで経っても三流ね】

「私なら2秒で撃てたぜ」

【本調子ならコンマ1秒もかからない。──土金符『エメラルドメガロポリス』】

 

 火球と魔理沙の間を遮り、さらには空を囲い込む巨大な緑柱石。俗に言うエメラルドであるが、精霊の手によって相生されたそれは普通の鉱石にない硬度を誇る。魔理沙の魔力により発動している為、十全に力を発揮できない状態でも問題ない。

 パチュリーが愛用する瑕疵無き最高級精霊防御魔法。だがその用途は攻撃を兼ねる。

 

 動かない大図書館の真髄は五行の特性を用いた多属性魔法と、それを順繰り強化の輪として利用していく計算高さにある。

 

 五行に存在しない属性を介在させる事で流れを固定する。

 

 月金符『サンシャインリフレクター』。

 魔理沙とパチュリーが編み出した即興合体スペル。太陽の属性を持つ空に対して、最高の効力を発揮する秘技である。

 月は太陽の光によって輝き、鏡もまた然り。火球は自らの輝きを反射させ、更に威力の増した状態で支配者へと牙を剥く。

 

 最強の矛に炙られては、さしもの空も苦悶の表情を浮かべ、即座に脱出を試みるしかない。だがエメラルドメガロポリスに囲まれている関係上、脱出経路は上しかなく、それを見過ごす魔理沙ではない。

 幽香にしてやられた戦法をそのままの形で応用したのだ。過去の屈辱も余す事なく自らの力に変える節操の無さこそ、霧雨魔理沙の生き様だ。

 

【大チャンスだ魔理沙! とっておきの一発喰らわしてやれ!】

「調子の良いこと言いやがって。天儀『オーレリーズソーラーシステム』」

【河童の科学は太陽すら飲み込むぞ!】

 

 普段は自前の魔力で太陽を模した魔方陣を生み出し運用しているスペルだが、今は目の前に特上の擬似太陽があるので、それを利用すればこれまでにない威力を発揮できるだろう。さらににとりに魔方陣の操作権を移譲する事で遠隔から最も効率的なエネルギーの流れを構築、これで勝負を決めにいく。

 

「い、ぎ……ぐっ……!」

 

「まだ耐えてやがる。それどころか……」

【エネルギーは増すばかりだ。増幅した自身の核熱に加え何百発もレーザーを受けてるのに……どんな身体の構造してるんだ? 幻想郷でも居ないよこんな奴!】

【いずれにしろもう一息なのには変わりない。魔理沙、トドメの準備を】

「あ、ああ」

 

 言われるがまま魔砲の準備に入る。締めはいつだってマスタースパークだ。

 だが魔理沙は、急遽考えを改めざるを得なかった。何もかもが()()()()()()()()ことに気付いてしまったから。

 

 強大な者を搦手で追い込んだ時、一か八かで仕掛けてくる行動はいつだって同じだ。空もまた、脱出を諦めたからこそ、血路を開かんと奮い立つ。

 切り札はいつだって悪手である。

 

「『アビスノウ"ァ』」

 

 使用したのは前哨戦で魔理沙を破り、一度は死を覚悟させたスペルカード。空の体内で核エネルギーを循環増幅させ、自らの身体もろとも周囲を焼き尽くす大技。

 だが、その威力は先の比にならない。前回はあくまで咄嗟に防御目的で使用した為、溜めが不十分過ぎた。それであの破壊力。

 今回は正真正銘、空の持てる全てを吐き出す心算なのだろう。当然、身体への負荷は想像を絶する。我が身諸共、焦土灰燼と化す神の火。

 

【魔理沙、絶対止めろっ! アレは旧地獄はおろか、私達の所まで確実に届くぞ! ていうか、星そのものがドカンだ!!!】

「……」

【アレは流石に私も死ぬわね。フランぐらいかしらね、生き残るのは。……魔理沙?】

「……はぁ」

 

 魔理沙は天を仰いだ。あるのは崩れかけの岩天井だけだが、見ているのはその先にある幻想郷。そこに住まうみんなだった。

 人間も妖怪も関係ない。魔理沙にとって当たり前で、絶対に失ってはならない世界がある。

 

 覚悟はとうの昔にできている。

 

「もしこの後お前達に命があったなら、伝言頼まれてくれ」

【遺言、ってことかな?】

「まあな。相手は……霊夢と森近霖之助って奴と、あとアリスに里香に成美に──」

【多過ぎ】

「そう言うなよ一言だけでいいんだ。『色々すまんかった』の一言だけで」

【もう生きて帰ってくるつもりは無さそうね】

「楽観的な観測はしない主義なんでな。ああ、あとついでに紫の奴にも伝えておいてくれ。『これが霧雨魔理沙の答えだ』ってな」

【……任されたわ】

【手分けして伝えとくよ】

 

 これで十分だ。

 父親と魅魔に残す言葉はない。そういう段階にあるような人達ではないから。

 遠い地の底で野垂れ死ぬのをせいぜい鼻で笑ってくれればいい。その方が色々と楽だ。

 

 眼下の太陽を睥睨する。

 既に『サンシャインリフレクター』は白色の核熱により半壊し、今にも破壊を解き放たんとしている。空も異形の手足や翼が千切れ飛び自壊寸前だが、解放には間に合わせてくるだろう。

 勝負は一瞬だ。それで全てが終わる。

 

「始まりはなんてことない夢だった」

 

 星を掴みたい、なんて願いがよくここまで来たものだとしみじみ思う。最期は太陽に飛び込んで終わりとは、昔香霖堂で読んだ外来の童話がふと頭をよぎる。

 (お前)もそうなんだろう? と、笑い掛けた。

 

「いくぜ、私のラストスペル」

 

 障壁の崩壊を合図として、魔理沙は箒星となり太陽へと突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 聖白蓮は暗雲から差し込む一筋の光だった。

 彼女に救われた妖怪は何人いるだろうか? きっと数えるのも億劫になるほど膨大な数なんだろう。もちろん、救われた人間だって同じくらい居た筈だ。

 神仏の力が通じず、希望など微塵もなかったあの時代において、導となってくれる者の存在はどれだけ心強かったことか。

 

 故に嘆かわしい。時代が彼女の価値観に全く追いついていなかった。地獄を牽引する大妖怪は聖の崇高な願いに見向きもしなかったし、弱者である人間の中にすら聖を疎ましく思っている連中が相当数いた。

 星に聖の討伐を依頼した人間達も同じような類の連中だった。救世の誓いが揺らいでしまうほどに、星は俗世が醜く思えた。

 

 だが聖の想いはやはり、どこまでも優しく、残酷なものだった。

 彼女の選択は──『自らを封印する事』であり、その下手人を星として救済の光を後世に残すことだった。

 

『私では少し、早過ぎたのかもしれません』

 

 寂しそうな表情で寺の妖怪達に前で弱音を吐いた姿は、彼女の復活を願う者全員の心に刻まれている。星だってそうだ。

 聖を魔界に封印した張本人だからこそ、ケジメは自分の手で付けなければ。

 

 もはや正義は失われた。いや、ハナからそんなものはこの世に存在しちゃいなかった。

 だが"正しさ"は聖白蓮の名の下に必ず執行される。未だ効力を失わない宝塔が何よりの証拠だ。この輝きがある限り、心が折れる事は決してない。

 

 

 相対するは異なる"正しさ"を持った巫女。

 奇妙な雰囲気を纏い、刺突からなる苛烈な攻撃を捌き続けている。宝塔は彼女に敵意を示さず、見当違いな方向──罪を背負うアリスにのみレーザーを差し向けている。

 早苗と星の互いに決定打はなく、アリスとナズーリンの戦闘は終始妨害を繰り返す泥沼に陥っている。魔界の空気と点滅する赤黒い光が時間感覚を失わせ、聖輦船の甲板は一種の狂気が満ちる空間と化す。

 

(何故、当たらない……?)

(なんで躱せてるんだろう……!?)

 

 両者ともに延々と続く戦闘に困惑を隠しきれなくなっていた。早苗の妙な回避能力が主な要因だったが、いざ被弾しそうになるとギリギリでアリスの援護が間に合ったり、早苗が攻撃に転じるとナズーリンのペンデュラムが妨害に入ったりと、決着が見えない。

 

 ただ変化は確実に生じている。

 早苗の動きが時間経過とともに着実に洗練されていき、逆に星の迷いは深くなり動作の一つ一つに隙が見え隠れするようになっている。

 ナズーリンが危惧した通りだった。星は折れこそしないものの、戦闘に対する忌避感がどんどん強くなってきている。元々からメンタルが限界に近かったのだ。

 

「ご主人もういい、下がれ! その巫女は私が相手するから、あの人形使いを宝塔で狙い撃つんだ! これ以上留まっていては水蜜の操縦が保たん!」

「しかし……」

「船をこのまま留めておけないのは私達も同じよ。魔界神に気付かれたら厄介ですもの。サモン、ゴリアテ人形ッ!」

 

 一瞬の隙を見抜いたアリスは大規模な召喚魔法陣を展開、対決戦用超弩級人形『ゴリアテ』を呼び寄せる。ただいつも両手に装着されていた河童製の回転ブレードは取り外されており、素手となっている。

 容易に160尺を越す巨躯にナズーリン、星だけでなく早苗まで釘付けになる。巨大ロボット好きの早苗には少々刺激が強かった。

 

「まずはエソテリアにこの船を叩き落とす。死にたくない奴は衝撃に備えなさい」

「くっ、水蜜!」

 

 ナズーリンの叫びに呼応して、甲板をぶち抜き錨が飛来する。しかしアリスに抜かりはなく、もう一人の存在は既に感知済みだ。対応も易い。

 これ幸いとばかりに受け止めるとメインマストに錨鎖をくくりつけ、力いっぱい引き倒す。そのままヨットを操作する要領で聖輦船を強引に旋回、傾かせていく。

 当然、ナズーリンがゴリアテの妨害に動くが、それは本体のアリスが許さない。半自律で動く人形である故に必要とするリソースは限りなく少なく、アリスは最大限のスペックを発揮できる。

 

「うわ、ったぁ!? アリスさん力技過ぎませんか!?」

「時間がないわ。魔界と幻想郷を繋ぐゲートもそんなに長い時間保たない。……今からこの船は真っ逆様に落下するけども、勝負を決めるならその時よ」

「そう、なんですか?」

「多分ね」

 

「聖輦船はみんなの希望を乗せた最後の方舟、それは許しません、絶対に!」

 

 宝塔から法力が迸り、縦横無尽に巡る一筋のレーザーがゴリアテ人形の右腕、肩から腰までを切断する。間髪容れず切断部分を魔法糸で縫い付けるが、崩れたバランスを修正するのは最早不可能。聖輦船が大きく傾きほぼ水平に寝そべって船頭が下を向き始める。

 聖輦船を離れるわけにはいかない星は、槍を甲板に突き立てて踏ん張っているが、アリスからの助言で具に観察していた早苗は隙を見逃さなかった。

 槍が使えないのであれば早苗に対する迎撃力は著しく低下する。接近できれば、懐に潜り込むことができれば、僅かな光明を掴み取る事も能うだろう。

 

「早苗っ!」

「分かってます! ありがとうございました、アリスさん!」

 

 早苗は空中に身を投げ出し、落下速度そのままに星へと詰め寄る。右手にはスペルカードを握り締めていた。

 だが星とてそれを簡単に許すわけにはいかない。至近距離まで近づいたしまえば、宝塔がどれだけ出鱈目な方向にレーザーを放ったとしても命中するだろう。いわば星にとっても決め手となる一撃。

 

 互いの思惑が交錯する。

 

「宝塔よ、どうか──!」

「お師匠様! 神奈子様、諏訪子様! 見守っててください!」

 

 スペルカードの効力が発揮──する直前、宝塔の輝きが先手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 人より優れている自覚が乳飲み児の頃からあった。能力はさることながら、人心掌握にも長けていた神子には常に味方がたくさんいた。

 人の和とは宝である。築くは難く、崩すは易い。その重要性を政に浸透させ、国を導いたからこそ、今なお聖徳王と称される程の名声を得たのだ。

 

 故に神子は手を汚し過ぎた。敵対勢力を悉く滅ぼし、人の利にならぬ神々を討ち、永遠の和を実現する為に邪仙に耳を貸し、臣下を犠牲にして今がある。

 

『どれだけ高尚な理念を掲げ、先の世を照らす道筋を作ろうと、短剣で胸を一突きされればそれで終いよ。為政者とは孤独なものですなぁ、太子様』

『お主、挨拶のひとつもできんのか。わざわざ太子様自ら労いにいらしたというのに』

『いいよ布都。この者はそういう奴だ』

 

 常世神を討伐した折、腹心であった秦河勝の下を訪ねた際、開口一番にそんな事を言われたのを覚えている。邪教の祖を討ち果たし国中が彼奴を褒め称えたというのに、当の河勝は白けていた。

 ちょうど道教を学び出した時期だというのもあって、河勝の言葉は深く考えさせられるものだった。

 

 刀で斬られれば私は死ぬだろう。

 和とは決別を前提に構築されるものであり、その破綻が私の命日と結び付くのだと。故事にある通り、人を導く為政者である以上は避けられぬ運命である。

 だから彼等は人を信用できないのだ。真の意味で和を紡ぐことなど不可能である為に。

 

 先人は憐れで孤独だと、しみじみ思った。自分は少なくとも、和を孤独と結び付けることは決してない。危うく思うのは己が死による産物だ。

 死ねば繋がりは立ち消え、いつかの約束も夜の幻に。あなたさえ、欠けて消えゆく。

 

 

 そして神子は死を超越した今、孤独を感じていた。

 不老不死になったとて何かが変わることなどなく、未来に辿り着けたのは自分だけ。不可思議な魔境で独り政を行うのだろう。

 臣下を失った事がここまで自分の心に影を落とすとは、神子自身思ってもみなかった。想像以上に神子は布都と屠自古を心の拠り所にしていたようだった。

 迫り来る死を掻い潜りながら、ぼんやりとそんな事を考える。

 

 妖夢の剣戟を幾度となく弾き返し、時に痛烈な一撃を与える。常に一歩先をいく立ち回りでいなしてはいるものの、危うさは一向に消え失せることなく、神子に付き纏っている。

 ほぼ全てにおいて優っているのは間違いないだろう。剣の腕も、霊力も、思考も、理念も、妖夢が神子に対して優位を取れるものは殆どない。

 しかしそれでも妖夢は脅威であり続けた。

 

「強いな君は。それだけの腕を持ちながら今の立場に甘んじるのか?」

「幻想郷は広いですからね! 私がたとえ最強の剣士であったとしても、それで終わりです。それ以上を望む余地などありません!」

「そうか……恐ろしい場所だな、此処は」

「貴女が人の上に立つことを望むのであれば好きにするといい。我が主人やその御友人様が認めるならば、私から言う事は何もありませんから、ねッ!」

 

 横薙ぎの一閃を受けるでもなく紙一重で回避し、距離を取る。如何に宝剣といえど、まともに切り結べば駄目になると判断したのだ。

 

 妖夢の力の一端とは、無欲である事。

 自己顕示欲や承認欲求は半人のくせして人一倍あるようだが、死欲と生欲、そして権力欲が一切ない。即ち、権威を斬り捨てる事に全く抵抗感を持たないのだ。

 雑に言ってしまえば鉄砲玉マインド。

 

「なるほど、やりにくい相手な訳だ」と、神子は一人納得した。

 

「もう問答は十分でしょう。そろそろ本気を出されてはどうですか?」

「君がその気ならやぶさかでもない」

 

 神子の言葉に満足げに頷くと、鞘に収めていた白楼剣を抜き放ち、二刀流──否、一刀流上段の構えを取る。

 半霊が実体化し半人と同じ形、構えを背中合わせに型取っていた。

 まさに一心同体。立ち昇る鬼気は二刀を携えた修羅を彷彿とさせる。

 

(仕掛けても、受けても……恐らく斬られる)

 

 反撃は可能だ。しかし妖夢は間違いなく捨て身の覚悟で刀を振り下ろしてくるだろう。本体を仕留めてもその後、手痛い一撃を受ける事になる。

 死にはしないだろうが、傷魂に至るのは確実か。

 この身体を傷物にするのは是が非でも避けたい。なにしろ、これはもはや自分だけの身体ではなく、今を生きる全ての者達の希望だ。

 

 まさか自分ともあろう者が数において劣勢となる戦いを強いられようとは。

 

 

 ……()()()()()()()

 

 

「これで終いです! ──いざッッッ」

 

 聖徳王たる自分に、そんな稚拙な戦をさせる者は居ない。あの忠臣達が許してくれる筈がないだろう。

 笑みが溢れた。

 

「たわむれはおわりじゃ!」

 

 霊廟を震わせる一喝に思わず足が竦んだ。

 斬る気満々の妖夢を立ち止まらせるのは並大抵のことではない。しかしそうせざるを得なかった。今、神子に接近していれば命は無かっただろう。

 

 妖夢の常人ならざる五感は違和感の正体を正確に把握していた。故に混乱した。

 

「二人……いる? 幽霊か!?」

「幽霊ではない、想いだよ。身体と命を失っても、こうして思念になってなお理に逆らい、留まろうという強い心。──あの二人なら来てくれると信じていた」

 

 神子の両隣、何もない場所から霊力が溢れ出している。そしてそれらは各々の性質を纏い、雷と炎の矢弾となった。

 主君を護るように囲うそれは、まさに攻防一体。

 

 ここにきて飽和攻撃を仕掛けられるとは思っていなかった妖夢は、驚愕しながらもそれでいて、この一太刀での勝負を諦めてはいなかった。

 半人と半霊、共に納刀し居合の構えを取る。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 やはり八雲紫は悪だ。

 自分の存在が世界にとってどれだけ害あるものだと把握していてなお、破滅を選び続けるなんて、尋常な精神の持ち主ではあり得ない。

 

「貴女の利己的な判断でこれまでどれほどの命が喪われたのか、これから何が起きるのか、分からない訳ではないでしょう。何も想わないのですか?」

「貴女達にかけられた迷惑を思えば別に」

「我々もほとほと迷惑している」

「平行線ですわね。やはり貴女方月人とは建設的な会話ができる気がしません。……今日はもう疲れたので、また何か話したいことがあれば明日お願いしますわ。部屋の外に出てもいいと言うならその限りではありませんが」

 

 紫が呆れたように投げやりに言い放ち、席を立つ。もうこれ以上話すことなどあるまいと、拒絶を形にして示した。

 同じくしてサグメもまた息を吐いた。これで己が役目も終わりだろう。

 

 そして気が付いた。かの隙間妖怪が扉を前にして微動だにせず、不気味に此方を眺めていた。その意図が読めず、訝しげに睨む。

 

 紫は去り際に一言添えるつもりだった。

 これだけは伝えておかなければ気が済まない。

 

「貴女は大きな思い違いをしているようね」

「……?」

 

 

 ──決して侮ることなかれ。幻想郷の底力を。

 

 

「幻想郷を無礼(なめ)ないで貰いたい。決して貴女達にどうこうできるような易い場所ではないわ、彼処は」

「……ッ」

 

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 

 まず最初に燃え尽きたのは箒だった。

 次に三角帽子、エプロン、スカートと、魔理沙を象徴する物が核融合の波に消えていく。

 

 せめてほんの気休めにでもなればと、パチュリーとにとりによる水魔法のスペルが彼女の身体を覆っていたが、太陽との接触から数秒で蒸発してしまった。

 もはや魔理沙を守るモノは自前の魔力以外になく、その魔力も尽き掛けている。

 ただ、これら全て魔理沙の想定通りではある。

 

【頑張れ魔理沙! あと少しだ!】

【……】

 

 自分の身を守る為のリソースは最初から度外視しており、全ての魔力を太陽の中枢に近付く為の速度と、至近距離から撃ち込むラストスペルに割り振っていた。

 この戦いが終わった後、間違いなくただでは済まない。9割がた即死だろうし、命があったとしても地上に生還するまでに息絶えるだろう。

 それでも魔理沙は怖気付く事はなく、痛みと爆熱に悶えながらも一歩たりとて退かない。突破口は既に見えている。

 

(魅魔様が私を破門にした理由、もう少し早く気付けてれば何か違ったのかな?)

 

 フレアの嵐を突破。焼き焦げた腕で八卦炉を構えて、(中枢)へと向ける。

 もう少し、もう少しだけ近付ければ。

 

(私に見失ってほしくなかったんでしょう? 普通の魔法使いを志した理由を)

 

 魔理沙と空の距離は喪失し、拳一個の僅かな空間が占めるのみ。互いに意識は朦朧とし、身体の状態はもう機能していない箇所が大部分だった。

 だが戦意は失われていないかった。

 

 喉が焼き切れて声が出ない。

 それでも八卦炉は魔理沙の意思を汲んで最後のスペルの準備を整えてくれている。

 

(星を掴みたかった。それだけなんだよな)

 

 ──魔砲『ファイナルマスタースパーク』

 

 

 太陽を彗星が撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 星の戦闘センスは命蓮寺の妖怪達の中でも頭ひとつ抜けている。頭が切れるのもそうだし、窮地に陥っても獣の本能として備わった危機察知能力、毘沙門天の性質が他の妖怪達との明確な一線となる。

 そんな星に真っ向から勝負を挑んだ早苗の決断は、甚だ無謀という他ない。

 現にスペルの発動は間に合わず、眼前に突き出された宝塔から放たれるであろうレーザーは、今にも早苗の眉間を貫かんと瞬いている。

 

 星は勿論、ナズーリンも勝利を予見した。アリスでさえも苦虫を噛み潰したように顔を顰め、阻止に回るが遅すぎる。回避はもはや不可能だった。

 そして宝塔は発光し──血が滴る。

 

 宝塔が選んだのは早苗だった。故にその輝きは最後まで早苗を貫く事はなく、行き場を失ったレーザーは反対方向に撃ち出され、星の左肩を穿つ。

 星の中にあったのは絶望と納得。正義を見失った自分に対する仕打ちとしては妥当も良いところだろう。──だが、それでも負けを認める訳にはいかない。

 

 自らを貫いたレーザーをその手で掴み、肉の焼き焦げる感触をものともせず、早苗へと軌道を曲げていく。星の執念は毘沙門天の代理としての定めすら覆したのだ。

 刹那の早業故に早苗には何が起きているのかさっぱり分からない。彼女の中にあるのはたった一つ、渾身の一撃をぶつけることだけ。

 

「秘術『一子相伝の弾幕』ッ!!!」

「う、ぐぅ……! が……っ」

 

 スペルの効力が発生すると同時に星を象った無数の弾幕が展開され、至近距離であった為に余す事なく星へと殺到した。怒涛の攻撃は聖輦船を貫通し、星もろとも魔界の地へと叩き込まれた。

 と、同時にレーザーが早苗の額に到達。何かが焼き切れる嫌な音が響いた後、はらりと緑髪が舞い散り、血が噴き出す。白の巫女服が真っ赤に染まっていく。

 

 荒い息遣いのまま早苗は、墜落し、帆柱と船尾のへし折れた聖輦船を見下ろした。

 

「お師匠、さま……私、やりま……し……」

 

 意識を失い崩れ落ちた早苗もまた真っ逆さまに墜落を始めたが、すんでのところでアリスの魔法糸により地面との激突を免れる。すぐに容態をチェックするが、出血は少なく、命に別状はないだろう。

 安堵に胸を撫で下ろす。

 

「皮一枚傷が深ければ致命傷だったわね。なんて運の良さ……いや、幸運で片付けるには余りにも……」

 

 少なくとも、アリスには最後のレーザーの軌道は早苗の命を奪うに十分な威力と正確性があったように見えた。でも、そうはならなかった。

 被弾までの僅かな間に生じたズレは、まるで誰かが直前に割って入ったような。

 

「……いいものね。親の愛って」

 

 

 

 

 

 

 

 長期戦となれば敗北は必至だろう。妖夢は至極冷静に、そう判断した。

 

 元々から神子の情報処理能力には特筆すべきものがあり、自身と比べても恐らく10倍か、それ以上はあると見た。並列思考など朝飯前だろう。

 そして今、それとは別にさらに二つ、別個の意思を持つ弾幕の群れが展開されている。攻防一体の囲いは妖夢を封殺するには十分過ぎる手数になる。

 

 先ほどまでのような剣の腕に頼った戦闘を繰り返せば、瞬く間に袋小路となり詰むのは目に見えていた。しかし妖夢はそれ以外の方法を知らない。

 剣を振る事でしか窮地を打開する方法が見出せないのだ。

 変に策を弄するのは性に合わないし、逃げ腰になるなど以って他。深い事は考えず、奴に──奴等三人に刃を届かせればいい! 

 

「人鬼『未来永劫斬』──いざ」

 

 駆け出しの瞬発力は幻想郷においても比類なく、あの射命丸文を超えるスピードを誇る妖夢だが、矢弾の群れの対応は既に完了しており、神子には決して近付かせまいと言わんばかりに、眼前を覆い尽した。

 

 障害は全て叩き斬る。それだけだ。

 刃を抜き放ち、一太刀が雷ごと鏃を悉く両断する。間髪容れずして、残る炎矢が妖夢へと飛来するが、それらもまた全て両断された。本体ではなく背後に控えていた半霊によって。

 これで半人、半霊ともに居合は解かれた。

 

 居合の性質は既に見抜かれている。アレがトップスピードを維持できるのは刃を抜き放った直後の数瞬のみ、返す刀で同じように対応するのは不可能だ。布都と屠自古が作り出した道を、神子はただ征くだけである。

 

 ただし、妖夢が三太刀目の射程内に見込んでいなければ、の話だ。

 宝剣を掲げんとしていた神子の眼前に現れたのは、返す刀で斬り掛かってくる妖夢の姿。思わず冷徹な思考が乱れる。

 

 奥義『未来永劫斬』は超神速の抜刀術。

 そして魂魄二刀流の抜刀術は全て隙を生じぬ二段構え。

 

 初撃はそれ以降へと繋げるの為の、いわばカンフル剤としての役割を持つ異色の技だった。

 半霊の斬撃を踏み台にトップスピードそのままに接近されてしまえば、如何に神子といえど取れる手段は宝剣による受けしかない。

 

「な──!」

 

 フツ……と。

 泡が弾けたような、軽い音が霊廟に響いた。それが切断音であったとは斬られた本人である神子ですら、一瞬のうちでは気づけなかった。

 それほどまでに、その音は幻想的だったのだ。

 

 続いて乾いた金属音が二つ。

 その正体は楼観剣と、七星剣の刀身が床に落ちる音だった。互いの身を削り合い、ついには限界を迎えたのだろう。

 刀を振り抜いた体勢で立ち尽くす両者だったが、少し遅れて神子の首にもう一本の刀──白楼剣が添えられる。半霊が追い付いたのだ。

 

 神子はゆっくりと目を瞑り、荒れ狂う霊力を制止した後、投了の意を示した。

 

「刀一振り分、私の勝ちです」

「……参ったものだ。部下の手前、こんなところで負ける訳にはいかないのだが」

 

 言葉とは裏腹に清々しい様子でそう告げる。

 

「恐ろしい場所だな、此処(幻想郷)は。つくづくそう思うよ」

「そうでしょう。なので頑張ってくださいね」

 

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 

「おっ今日はもう終わりか。早かったな!」

「先日の二人に比べればまだ話ができる人でしたので。一応顔見知りだし」

「前は何時間も拘束されてたなそういえば。まったく、高貴な者の住まう場所と聞いていたが連中は常識も分からんらしい」

 

 随分と鬱憤が溜まっているのだろう、ソファーに座ったり立ったりを繰り返して落ち着かない様子を見せる天子さん。私と霊夢が留置室に押し込められてから数日遅れで追加投入された彼女だったが、やはりかの傑物にこの部屋は狭すぎるのだろう。

 まあ、私は特に不便していないので何とも思っていませんけどね! むしろディストピア感溢れるキューブ型の固形物が晩御飯で出てきた時なんかは心が躍ったものだ。味も悪くない。

 

 取り敢えず向かいのソファーに腰掛け、机の上の将棋盤に向き合い中断されていた対局を再開する。暇潰しに耐えかねて始めた遊びだが、今のところ天子さんの8連勝中である。強くなーい? 

 唯一時を持て余している霊夢は、ソファーに寝そべりながら何度目か分からない詰みへと向かっている盤面をジッと見ている。集中できないわ!(言い訳)

 

「幻想郷について何か言ってた?」

「異変やら月軍との戦闘でまだまだ大混乱中みたい。助けが来るのはもう少し先になりそうね。まあ気長に待ちましょう」

「随分と楽観的ね。仮に此処から脱出しても帰る場所がなけりゃ意味ないわよ」

「その時は天界に来るといいわ。ごちゃごちゃ言う奴はみんなぶっ飛ばしてやればいい!」

「天界に博麗神社は無いわ」

「無いから作ればいい。な、紫」

「うーん」

 

 霊夢と天子さんが何やら話し込んでいるが、私の耳には殆ど届かない。今はそんなことより目先にある劣勢の盤面をどう覆すかの方が大切なのだ。

 私達の待遇云々に関しては必死にもなるけど、幻想郷の話は基本無視でいいわ。

 

「幻想郷は問題ないわよ。唯一心配だった大結界の管理は滞りないみたいだし、世界そのものが壊れてしまわない程度に藍が調整してくれてるんでしょう。幻想郷を武力で制圧しようなんて無理な話ね」

「うーん、色々と厳しい気もするけどなぁ。ほたて頼りにならないし。あ、王手ね」

「天子さんは幻想郷に来て日が浅いし、霊夢は調伏する側だから分かりにくいかしら。幻想郷のことを想ってくれる人妖は結構居るのよ」

 

 脳裏に浮かぶのは頼りなる我が式達、なんだかんだで助けてくれる友人達、苦楽を共にした同僚達……彼女らが健在であれば幻想郷の危機などなんのその!ってAIBOが言ってた。

 そもそも私の存在の有無なんて幻想郷には何の関係もないのだ。この身では到底手の届かない次元での話なので気にするだけ無駄である。ってAIBOが言ってた!

 きっと余裕よ! 余裕余裕。

 オッキーナや正邪ちゃんも居るしね。何が起きてるかよく分からんけど死角はないわ! 

 

 それに、月に捕まった時はどうなる事かと思ったが、混乱とは無縁な場所でのそこそこ優雅な生活も案外悪くないものだ。霊夢は可愛いし、天子さんは面白いしね! 頭のおかしい月人達と毎日面談してるだけで三食出てくるなら安いもんよ! 

 生憎、狂人の相手は幻想郷での生活で慣れたものですし……(目逸らし)

 

 さて完全に詰んでしまった将棋の盤面から目を逸らし、今度はオセロの準備を始める。なお霊夢に対して12連敗継続中である。

 幻想郷に帰るまでに1勝くらいできるかしら? 

 




天子「このキューブ飯堅いしクッソ不味いな!!!将棋の駒にして遊ぼうぜ!!!」
霊夢「接待勝負ばっかでツマンネ」
ゆかりん「ルールなんも分からん」

AIBO(下手に脱獄計画とか立てられても絶対面倒になるから大人しくさせておきましょう)(幻想郷から飛んでくるSOSをシャットアウト)



地:おっきーに操られた者繋がり、劣等感を持っている者繋がり、ちっぽけな夢から始まった者繋がり→魔理沙と空

星:神仏関係で迫害されてきた繋がり、救いを求める・求めた者繋がり、救いを与える者繋がり→早苗と星

(いい具合に因縁ができてるな)

神:妖夢→?????????
神霊廟側はどっちかといえば華扇と娘々、芳香の因縁が先行してる部分あるから……。妖夢は別に悩みとか何にもないし、太子様は孤独じゃないからね。


1話で原作異変を三つ解決する二次創作は幻マジくらいだろうと、ギネス記録挑戦への伏線を張っておく。

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