幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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外伝四話目


【ディムドリーム秘封倶楽部】

 罪を自覚した時、私はふと思うのだ。

 

 この目で見てきた不思議な世界の数々。

 私の居る世界と全く同じようで細部が違ってる世界。幸せと不幸の両極端な世界。介入する間も無く滅びていった世界。理想とした力が蔓延る世界。

 

 いくら懐古しようが、アレらの悉くは既に消え去っている。そうなると聞いていたし、そうなった確証も得た。跡形もなく、住人の存在そのものが消失した。記憶もなく、実体もなく。紐解かれた虚無へと溶けた。

 やるせなくなる。憐れだと思う。

 

 でも、アレらが消えた後、在ったモノは完全に消え去ってしまったのだろうか? 

 全てが喪われても感知し得ない『力』は何処かに漂っているのではないか? 本当に、遺るモノは何一つとして存在し得ないのか? 

 断定に足る材料を何度見つけようが、私の心は結果を受け入れなかった。探求に終わりはない。

 

 まやかしの『統一理論』を引っ提げていたくだらない連中は、終ぞ『魔力』に至る事はできなかった。『非統一魔法世界論』を知る事なくその生涯を終えたのだろう。分からなければ永遠にそのままだ。存在できない。

 そんなチープな生き方は御免だ。

 

 

 思えば随分と長い旅をしてきた。

 喪ったモノは多い。今なお健在なのは小生意気でポンコツな助手と、私の頭脳と自慢の船くらいだ。ありとあらゆるモノを犠牲に世界を見てきた。

 

 はてさて、我々の旅を終わらせるに足る財産を持った世界はあるのだろうか? 見つければいつか、我々も終わる事が出来るのだろうか? 

 

 その日はきっと訪れないだろう。

 夢幻の如き時空は、いつだって私達を歓迎してくれるのだから。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 なんとなしに車窓越しに空を眺める。

 

 小気味良い振動と一緒に瞳が揺れて、景色も揺れる。薄い色で浮かぶ月は私の現在地を教えてくれるが、そんなのは別にどうだっていい。つくづく役に立たない能力だと私を苛つかせてくれるわ。

 

 今日も相方がいない。いつもなら私の向かい席に座って、興味なさげに携帯端末でも扱っているのだろうメリーが嫌に貴重に思える。人は失ってようやく大切な物に気付くと言うが、絶賛その気分を味わっているところだ。

 いやまあ、別に失った訳じゃないけど。

 ただ彼女の数週間の離脱は、私に孤独を感じさせるには十分過ぎるほど長い。

 

 電車を降りて、バスに乗り、大学へ。至極当たり前の日常も最初は新鮮に思えた。メリーが居ないだけでこんなに変わるのかと逆にワクワクしたりもした。でも、気付いちゃう。全然楽しくない。

 

「ハーンさん、まだ治ってないの?」

「うん。まだ暫くかかるんだってさ」

「あんまりにも長引くと心配になっちゃうよねー」

「まっ、もうすぐ帰ってくるでしょ。変に心配するだけムダムダ」

「そっか」

 

 席に座るなり共通の顔見知りからメリーの安否を気遣う言葉が溢れる。学部が違うのに妙に顔が利くものだ。目立つのも仕方ない風貌だからか? 今時欧米人を日本で見るのも珍しいしねぇ。

 というか、メリーへの心配半分、私への心配半分なのが少しムカつく。メリーが居ないから暇で暇で死にそうなのを見透かしている気なのだろう。

 

 

 メリーは入院中だ。何時ぞやのサナトリウムの件とはまた別らしいが、あの特別な目が関係しているのは間違いない。通院前から時折様子がおかしかったし、診療を勧めたのは他ならぬ私だ。そりゃ外出中にいきなりぶっ倒れたり、変な電波を受信してるんだもの。流石に見過ごせなかった。

 この暇を持て余す現状は私が望み招いたもの。不満などあろう筈がない。ただただ元気になったメリーと一緒にまた旅をしたい。秘封倶楽部の活動再開を待ち焦がれているだけだ。

 

 一人は嫌だ。自分がただの凡百に過ぎないことをすぐに思い出してしまうから。

 結局、私一人では活動もままならないのだ。情報を仕入れる事ができても裏付けを取る能力が無ければただの徒労に過ぎないわ。二人での秘封倶楽部が恵まれた環境過ぎて、一人でやってた頃にはもう戻れそうにない。

 

 そんな事をぼんやり考えていた。

 流れる雲は私に何も教えちゃくれないが、上の空で眺めるならこっちの方が断然マシだ。時間も一緒に流してくれるのだから儲けものよね。

 

 こんな暇な世界なんて、いっそのこと吹き飛んでしまえばいいのに。

 

 

 

 

「じゃーねー宇佐見さん。お先ー」

「ん、おつかれー」

 

 中庭のベンチに座って缶ジュースを呷りつつ、帰宅途中の学友に手を振る。姿が見えなくなったのを確認した後、そこそこの溜息を吐き出す。そして妙な気怠さを感じながら携帯端末に目を落とした。

 メリーからの返信だ。『経過は順調』『もうすぐ退院』『とんでもなく暇』と、あたかも日記帳代わりのように扱われている会話ログを数秒眺めた。

 

 まあ、私でこのザマなんだから、メリーの方は余程暇で暇で仕方がないのだろう。近頃怪異に対する興味がさらに膨れ上がったのか、慎重派の彼女には珍しく積極的な活動が多かった。諏訪で起きたあの一件もそう。あれだけエキサイティングな毎日を過ごしていたのだから、ギャップで風邪をひいてしまいそうだ。

 ただそのせいでメリーの目を酷使し過ぎて今がある。メリーが自ら望んでくれた事とはいえ、それを無闇に推奨してしまったのは私の落ち度。

 

 そんなチクリとした罪悪感を胸に抱きながら、当たり障りのない返信を送った。今は彼女が元気になってくれるのを願うばかりだ。

 

「さて、と。私も帰るかねぇ」

 

 自分の心に一区切り付けるように声を出し、ベンチを立つ。物騒な出来事が躍る新聞の張り付いたゴミ箱に空き缶を投げ捨てた。とうの昔に死語になってしまった『ゴミの分別』というワードが頭をチラつく。

 エコだの持続可能だの、そういった段階はとうの昔に通過してしまった。手遅れなのが解ってからはもうやりたい放題である。物悲しいものよね。

 

 柄にも無くそんな事を思いながら帰路に就く直前、金属物の叩きつけられる音が構内に響き渡る。あまりに激しいその音にビックリして携帯端末を落としそうになった。

 見ると、ゴミ箱がひっくり返っていて中身が無残に散乱している。さらにその近くにはパイプ椅子を乗せたカーゴが置いてあり、その幾つかが地べたに落ちていた。

 

「やっちゃったー……ちくしょう」

 

 カーゴを押していたのだろう、金髪ツインテールの女性が震えながら項垂れている。ウチの大学じゃ催しの時にはコスプレしてる連中も居るには居るが、平時は流石に珍しい。彼女もその類だろうか? ポパイの水兵服とはたまげたものである。

 

 そんな私からの奇異の視線などものともせず、散らばったパイプ椅子を一つずつカーゴに戻そうとしているが、とても辛そうだ。懸命に椅子を引き摺っては苦悶の表情を浮かべながら持ち上げようとしている。

 

「手伝うわ。任せてちょうだい」

 

 若干の居心地悪さを感じたので、ゴミ箱を片した後それとなく手伝ってあげた。少女からパイプ椅子を取り上げて次から次にカーゴへと運んでいく。

 私、こう見えても力仕事は自信があるのよね。

 

「サンキュー助かったぜ! 私一人だと何時間かかったことか。恩人だよアンタ」

「それは流石に大袈裟じゃないかな? まあ、助けになったなら良かったわ。それじゃ」

「まあちょっと待ってくれ。ちゃんとお礼をしたいからさ、ウチの研究室まで来てくれよ。ついでにこのカーゴも一緒に運んでくれると更に助かるぜ」

「最後のが本命でしょそれ」

 

 あまりの太々しい態度に呆れ果ててしまった。格好だけでは無く中身まで奇人だったようだ。善意で関わってしまった事を後悔し始めたがもう遅い。それに彼女はどう見ても私より年下で、中学生ほどに見えなくもない背格好。見捨てるのが些か心苦しいのも事実だ。

 もしかすると大学の何らかのイベント準備で来校してる子かもしれないわ。変に悪印象を与えるのも少々気が引ける。

 

 結局、私は彼女に言われるがままカーゴをそれなりの距離押すことになってしまった。ここだけの話、私って押しに弱いのよね……。

 

 

 

「いやー本当にありがとう! まさかこんなに重いとは思わなくてさ、途方に暮れてたんだよ。蓮子が居てくれなかったらどうしようもなかったぜ」

「そうでしょうね。……力抜いてなかった?」

「まさか! 正真正銘全身全霊であれだよ!」

 

 彼女──北白河ちゆりは余りにも貧弱だった。二人でカーゴを押して離れの棟まで運んだのだが、まるで小学校低学年の女児が隣に居るのかと錯覚するほどの貧弱さだ。手を抜いているのかと何度も疑った。

 だが、どうやらそうではないらしい。現に彼女の額には玉のような汗が浮かんでおり、表情にも若干の疲れが見える。

 

「前まではあんなカーゴの100個や200個どうにも思わなかったんだけどさ、年々寄る年波には勝てなくてな。いやぁまいったまいった」

「老人みたいなこと言っちゃって……。取り敢えず此処で良いの? 此処らへんの部屋は誰も使ってなかったと思うけど。物置はまた別の所だし」

「研究室って言ったろ? 此処が私らの根城さ!」

「許可取らないと後でどやされるよ」

「だから黙っててくれると助かるぜ!」

 

 大学の空き部屋を秘密基地がわりに使っているのだろうか。可愛らしいわね。

 

 この格好と年齢で大学生は無いだろう。変に関わり過ぎるのも面倒だし、さっさとカーゴを部屋に入れて退散しよう。で、その後それとなく警備員さんに巡回をお願いすればいい。

 

 頭の中でそんな段取りを描きながら扉に手を掛ける。

 ふと、何やら疼くモノを感じた。

 日常から非日常に移り変わるあの瞬間。メリーと一緒じゃないと味わえなかったアレが、いま目の前に佇んでいるような気がしたのだ。

 

 ついに私にも第六感と呼べるものが生えてきたのかしら。超能力でも使えればメリーと対等になれるかもしれないわね。

 

 馬鹿な思考を振り払うように、私は無言で引き戸を開く。

 鍵は掛かっておらず、構内特有のなんとも言えない匂いがする。埃っぽさは微塵も感じなかった。使われてない筈の部屋なのに、妙に手入れされているようだ。

 そして講義机の上に腰掛け、此方を見遣る人が居た。真っ赤だ。途轍もなく真っ赤。白色埋め尽くす空間に血をぶち撒けたような、兎に角目を引く人だ。傍らの椅子には赤い布が掛けられている。

 

「ど、どうも」

「ちゆり〜? これどういうこと〜?」

「世話になったから連れて来た。存分にお礼してやってくださいな」

「おバカ!」

「で、でもぉ一人じゃ色々キツくて……イテッ」

 

「ま、まあそのくらいで。私は別に気にしてませんので」

「ウチの馬鹿助手がごめんなさいね」

 

 笑顔でそんなことを言いながら、赤い女性は今もちゆりの頭へと何度も拳を振り下ろしている。スキンシップの域なのか、パワハラの類なのか……判断がつきにくいところだ。

 ただこの一幕で二人の愉快な関係性を窺い知ることができた。あんまり強く言うのも野暮だろう。

 

 取り敢えず『お礼』とのことで、ドリップコーヒーを淹れてもらった。大したお礼は期待していなかったのだが、思わぬ香りと美味に巡り合ってしまったわ。これはプロの仕事ね。こう見えて私は通なのだ。

 

 カップを啜りながら、それとなく二人の様子を伺う。落ち着き具合からしてやはり大学関係者なのだろうか。ちゆりは兎も角、赤い人は私と同じくらいに見える。まさか秘密基地ごっこに付き合っている訳ではあるまい。

 もし不法侵入の不審者だとしてもここまで落ち着けるのは立派なものよ。

 

「えー、宇佐見蓮子くんね。私の名は岡崎。こんななりでも一応物理学の教授を務めているわ。別にこの大学の教員じゃないけどね。長居する予定もないし、今回は雇われでもないし」

「道理で。私は超統一物理学を専攻してるんですけど、貴女もちゆりも見た事がなかったから。なんというか、二人ともとても目立つ格好ですので」

「ああ、確かにこっちでは珍しいと思うわ。派手でしょ? でもね、私が元々いた場所ではこれでも結構普通な方だったのよ。ホント」

「ちゆりのも?」

「あれはただの変人」

「ちょっ、夢美様!?」

 

 和やかな雰囲気での談笑に僅かな安心を覚えた。なにしろ外見だけ見れば変人も変人。校外であったなら絶対に近寄らないタイプの人間だ。いまこの状況だって、ちゆりの導きあってこそだ。

 故に、どうしても現実との偏差を感じざるを得ない。

 僅かな逡巡。しかし意を決して問い掛ける。

 

「苦労しませんか? 他とかけ離れた行動や外見は強い排斥を招くのがこの国の常ですから。友人もそれで色々苦労してて」

「不便に思った事はないわね。私じゃない誰かが選んだ常識や世界に染まりたくなんてないし、自分の信じた真実を追い求めてた方が素敵でしょ?」

「……その通りだと思います」

 

 素直に吃驚してしまった。

 私やメリー以外にそんな考えを持てる人が居るなんて、しかも悪びれた様子もなくあっけらかんと言ってのけるなんて。

 

 

 未知とは、劇薬である。

 人を人足らしめる"好奇心"の源泉であり、ありとあらゆる滅びに通じる劇薬。その危険性を人間は永い歴史の中で学んできた。

 

 未知に触れることはやがてなくなり、それらしい取ってつけた理屈で全てを解明した気になる。自己完結こそが最高の安寧だった。

 遺されたのは毒にも薬にもならない"未知"と、燻り続ける出来損ないの"好奇心"だけ。豊かさと絶対的安寧と引き換えに、人々の中から様々なものが消失してしまった。

 この時人間は、一つの進化の形を喪ったのだ。

 

 だが彼女らはそんな歪んだ世界から切り離されているかのように、純粋に思えた。

 

 

 何の変哲も無い談笑を交わしつつ、注意深く相手を探る。長く境界に身を置き続けた影響だろう、目の前の女性がただの人間であるようには思えなかった。秘封倶楽部で培った勘が私にそう囁くのだ。

 まず一番に独特なニュアンスを織り交ぜて話す人だなぁと思った。敢えて自分の情報を小出しにして、私の中──というより、世間一般の常識を計ろうとしている印象だ。あとちゆりから聞いた情報と食い違いが生じている。

 また超統一物理学の名を出してから彼女の言葉に熱が篭り始めてる気がするわ。何かが琴線に触れてしまったのだろうか。

 

 というか生徒でも教師でもないのにこんな堂々と大学の一室を好き勝手に扱っている時点で……ねぇ? 怪異2割、変人8割ってところかしら。

 

 

 さて、どう彼女らの情報を得ていこうかと、笑顔の裏で段取りを考えていた時だった。徐に岡崎さんは私の瞳を見つめると、口の端を持ち上げる。

 

「貴女の目、素敵よ」

「うぇ?」

「それ勘違いされる言い方ー!」

 

 君の瞳に乾杯みたいな展開かと思っちゃったわ! 

 

「蓮子くんはどうやら普通じゃない力を持っているみたいね。特別な光を見出す力。自分の立ち位置を見失わない程度の能力。とっても素敵よ」

「えっと、仰っている意味がよく判りません」

「あら違った? でも人には無い素敵な能力は持っている筈よ。トリガーは瞳と知識、そして血に由来する。羨ましいわ」

 

 疑心が確信に変わった。岡崎さんはやはり普通の人ではない。私の自慢でも無い能力に気付いている。それも能力を使用する場面ですらなかったこの状況で。

 緊張で顔が引き攣る。

 ひとまずすっとぼけてみたものの、海千山千の風格を持ち合わせる彼女には通じなかったようで、ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべながら私を見つめている。き、気まずい……。

 

「急でごめんな。教授ったらまだこっちのノリに慣れてないんだ。色々説明しようにも突拍子のない内容だから、夢美様も手探りなんだろうぜ」

「あっ、まだ言ってなかったっけ。私たち違う世界から移動して来たのよ。貴女のような能力を持った人なんて珍しくもない世界」

「えぇ……」

「えぇ……」

 

 いやまあ、そういう系の人達なんだろうなっていうのは薄々気付いていたんだけど、こんなあっさりカミングアウトされるとは思わなかったわ。内容ではなく岡崎さんの対応への困惑だ。

 ちなみに、仮にその言葉が真実だとしても、彼女らはメリーの言う『境界の住人』とはまた別の存在だろうと思う。比較対象が早苗さんなのが悪いというか……ポ◯モンとUBの違いみたいな? 上手く言語化できないが、違いは感じる。

 

 岡崎さんは椅子にかけていた真紅のケープを翻しカッコよく纏うと、ホワイトボードを叩いた。情けない音が室内に木霊する。

 なんかスイッチが入ったわね。

 

「パラレルワールドってご存知かしら。多次元的に存在してる異なる世界──可能性空間。蓮子くんから見て私たちは其処の人間って事。素敵でしょ?」

「平行世界ですか。何故、その事を私に?」

「まずちゆりの言うお礼。それと、この非常につまらない世界で唯一、面白そうに思えた人材に唾をつけておくのは理に適ってるでしょう?」

 

 最近人との巡り合わせが妙に狂ってるのは気のせいだろうか? 幸運か悪運かはまだ一考の余地があるけども。ふと、この出会い自体仕組まれたものだったのかと思い、ちゆりを見遣る。彼女は困った顔で首を横に振っていた。

 

 まあいいわ。ここまで情報(設定)を引き出したのならこっちのもの。ここからは私のターンよ! メリーへの土産話にしてくれる! 

 一問一答の時間だ。

 

「どうやって平行世界を渡り歩いて? やっぱり尋常ならざる手段が必要になってくると思うけど」

「可能性空間移動船っていうのがあるの。大学の裏手に光化学迷彩で隠してあるわ」

「タイムマシンみたいな?」

「そう思ってもらって相違ないわ。四次元ポジトロン爆弾にも耐えられる自慢の一品よ」

 

「元の世界ってどんな所?」

「この世界とちょっと似てるね。魔法なんて出鱈目だと思って、未知の可能性を頭ごなしに否定するお馬鹿さんが跋扈する世の中よ。そこが嫌になったのと、魔法の存在を証明するために旅に出たの」

「魔法はあった?」

「嫌になるくらいあった」

 

「何故この大学に? 折角パラレルワールドにやって来た割には……」

「違う世界線では此処で働いてたわ。もしかしたら蓮子くんやお友達の先生をやってた時もあるかもしれないわね。今回は別に就労目的じゃないわ」

「ちなみに私は助教授なんだぜ」

 

「なんで水兵服なんか着てるの?」

「原子記号を覚えるためだぜ。すいへーりーべーぼくのふねって言うだろ?」

 

 与太話でも聞かされてるのかと思ってしまうほどに、彼女らの話はぶっ飛んでた。圧倒され過ぎてメリーがどうしようもなく恋しいわ。

 そして次の質問に移行したのだが、このあたりから二人の顔に若干影がかかる。

 

「平行世界から来たってことは、同一の世界線に同じ人間が二人存在することになりますよね。これって……大丈夫なんですか?」

「うん、結論から言うと大問題よ。物事にはやはり禁忌が付き物でね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。エネルギーの不均衡が起こって当人達はおろか、周りも全部滅茶苦茶になってしまう」

「滅茶苦茶っていうと、ボカーンッと?」

「それで済めばまだ良いんだけどね、最悪の場合何億、何兆の命が一瞬で消し飛んでしまうわ。個人差とか時と場合にも依るでしょうけど」

「こわっ」

 

 ただ、と付け加える。

 

「どの世界線の私たちも私たちと同じく平行世界の旅を始めるから、邂逅しちゃうことは滅多にないのよ。それこそ天文学的なミクロの可能性ね」

「まあ出会っちゃったことはあったけどな!」

「誰のせいよ誰の! ……ま、まあその時はさっさともう一人の私を殺して統合しちゃったから見逃してもらえたわ。ちゃんと代償は払わされたけど」

 

 またもや拳がちゆりの脳天に振り下ろされた。

 恐ろしい話だと思う。ただ同時に疑問に思う事もあった。私とメリーは境界の世界を何度も覗き込んできた。それはメリーの夢を経由したものだが、意識とは別に身体は現実と別個にある。

 これは二人同時の原則には当たらないのだろうか? 

 

 思考が逸れてしまったが、岡崎教授の講義はまだ続いていたようだ。

 

「それで、その禁忌なんだけど、実は別世界を観測するだけでも適用される事があるの。私はこれを『世界からのペナルティー』って呼んでるわ」

「ペナルティー……まるでシステムか、誰かしらの意思が介在してそうな話ですね。岡崎さんもそれが適用されるんじゃないですか?」

「うんその通り。私たちは禁忌を踏み越え過ぎた。よってそれ相応のペナルティーを受けてきたのよ。先述したちゆりのミスの時もね」

 

 岡崎さんは肩を竦めると、さも悲観的に目尻を下げる。

 ちゆりが話を引き継ぐ。

 

「カーゴを押してる時なんかにさ、蓮子は私をとても非力だと思ったんじゃないか? パイプ椅子の一つも持ち上げられないひ弱な小娘って」

「あー……正直言うと」

「それは正しい。私たちは平行世界を移動するたびに力を失ってきてるんだ。昔はそこんじょそこらの人なんか目にならないくらい力が強かったんだぜ」

「力とは筋力だけを指すわけじゃなくてね、我が身から発生する全てのエネルギーが前の時間軸と比べて遥かに減衰するの。今となってはコーヒーポットを持ち上げるだけで一苦労よ」

 

 緩慢な動きで追加のコーヒーを継ぎ足しながら岡崎さんは言う。

 

「先程蓮子くんは『システム、若しくは誰かの意思が介在している』と言ったわね。実は私もその線があるんじゃないかと疑っているの。力学的な法則に当てはめるには、あまりに人為的過ぎる」

「神様とか上位存在とかの話になってくると私じゃもう手に負えませんよ。今の今でもいっぱいいっぱいなのに」

「……話し過ぎちゃった。こんなにいっぱい身の上を語っても嫌がらない人は久し振りだったから調子に乗ってしまったわ。ごめんね」

「あ、いえ。私としても気になる話でしたので」

 

 流石の私もここまで畳み掛けられると疲れてしまう。その旨を遠回しに伝えると、それを察した岡崎さんはすぐに引き下がった。

 彼女のことを海千山千と評したものの、本質は純粋な研究者なのだろう。だから熱に浮かされると止め処なく情報を垂れ流してしまう。俗に言う早口オタクというやつか。ちゆりも「言わんこっちゃねーや」とケラケラ笑っていた。後に折檻を受けていたのは言うまでもない。

 

 と、ポケットの振動で我に帰る。

 気付けばもうそれなりに時間が経っていて、外が真っ赤に染まっている。振動の正体はメリーからの定時連絡だろう。すぐに返信しないと面倒くさいことになるのは確実だ。

 二人に断って席を立つ。そろそろお開きの雰囲気だったしちょうどいい。

 

「蓮子くん。夜道はお気を付けて」

「ありがとうございます。また機会があれば宜しくお願いしますね」

 

 一礼して退室する。ちゆりの言う通り突拍子のない話の連続だったけど中々楽しめたわね。真偽は兎も角、骨のある秘封だった。いや、SFかな? 

 メリーに要相談ね。

 

 

 

「で、良かったんです? 蓮子がいくら特別な力を持ってて、私らの境遇をすんなり受け入れる下地があったとはいえ、一切合切を話しちゃうなんて」

「いいのいいの。何時この世界から引き払うか分からない身なんだもの。少しくらいは、私たちが居た痕跡は残しておきたいじゃない。それに……」

「それに?」

 

「あの子からはペナルティーの匂いがしたのよ。咽せ返るほど濃厚な。……きっと彼女がこの世界にとっての宝、なんでしょうね」

 

 

 

 

『なーんて不思議な話を聞いてたわ。面白い人達だったわよ』

『ねえ蓮子、最近怪異に魅入られること多くない? ホントに大丈夫?』

 

 我らが秘封倶楽部日記帳に今日の出来事を書き込むと、案の定メリーから心配のお言葉をいただいた。早苗さんの一件からそんなに時間も経ってないし心配されるのもしょうがないと思う。

 だけど常日頃から怪異と立ち会ってるメリーに言われるのはなんか……ねぇ? 

 

 と、メリーから更なる返信。

 

『で、どうするの? あんまり内容とか分からないんだけど、まだその人達と話してみるの?』

『うん。まだまだ聞きたいことがあるし、メリー復帰まで暇だしね』

『文面からしか判断できないけどかなり胡散臭いわよ。新手の宗教勧誘に引っ掛かってる可能性は無いのよね?』

『まあ正直なところ半信半疑よ。でもハナから全否定するのは私達の活動方針に合わないでしょ? どんな滑稽な話にも一考の余地を残しておくのは大切よ』

『うーん……専攻じゃないから物理学がどうとか知らないけど、危ないことに首を突っ込むのは私と一緒の時でお願いね?』

 

 メリーは容赦なく怪異呼ばわりしているが、あの二人はそこまで恐ろしい存在ではないだろう。早苗さんの時のような悍ましさを微塵も感じないし。

 そりゃ用心するに越した事はないけどね。

 

 

 

 で、翌日。早速昨日の話の続きを聞こうと、閑散とした空き棟一室を訪ねたのだが、お約束というべきか彼女らの居た痕跡の一切は消えてしまっていた。

 白昼夢でもメリーの夢でもないのは確かだが、ここまで綺麗に消えられると流石に自分を疑ってしまうわね。ただ、部屋に充満する埃混じりの匂いに、あの美味しいドリップコーヒーを思い浮かべたのは、気のせいじゃない筈だ。

 

 ちゆりと出会ったベンチに腰掛けて缶ジュースを呷りながら、岡崎さんの言ってた『平行世界』に思いを馳せる。マルチバース理論は夢があって嫌いじゃないわ。自分の理想とする世界が遥か遠くに存在するのなら、それを生涯かけて追い求めるのも悪くはないかもしれない。

 まあ目先の秘封すら手に余る私にその未来は絶対に無いと言えるけどね。そう考えると岡崎さんのちゆりは並ならぬ覚悟を持って時空旅行を敢行したのだろう。素直に凄いとしか思えないわ。

 

 

 もっとも、話が本当ならね。

 

 

「おっ、蓮子おつかれー。帰りか?」

「うわビックリした!?」

 

 不意に掛けられた声に思わず肩を揺らす。居たのは行方を眩ませた筈のちゆりだった。なんか後味悪いまま終わるんだろうなーって無意識に思ってたから、いざ現れると吃驚しちゃうわ。

 

「例の部屋に行っても何も無かったから、もう違う世界に旅立ったのかと思ったわ」

「大学での用事っていっても調べ物があっただけだぜ。別に寝る場所に困ってる訳でもないし、研究室に寝泊まりするのも性に合わないしな。この世界線じゃ所詮部外者だし」

「そういえば長居の予定は無いって言ってたわね」

「まあね、夢美様の気分で出航は決まるから実際は何とも言えないけど」

 

 ケラケラ笑いながら私の隣に腰掛ける。

 近くで見るとやはりちゆりは幼く感じた。彼女曰く、元の世界では大学を11歳で卒業するそうで、自身は永遠の15歳だと語っていた。とんでもない世界である。

 

 ふと、疑問を口にする。

 

「貴女達って元の世界には帰らないの? 旅ばかりだと望郷の想いが強くなったりしそうなものだけど」

 

 数多の世界を練り歩いてるちゆりには無用な質問かもしれないわね。かく言う私も実家にそこまで思い入れがあるわけじゃないし。

 だが意外にもちゆりは淋しそうな表情を浮かべながら、言いにくそうに話す。

 

「私や夢美様が産まれた世界な、もうないんだよ」

「……へ?」

「何処を探しても私の帰る場所なんて無いんだ。探求の旅に閉じ込められちまったんだろうな」

 

 真に迫るものがあった。冗談にしてはあまりに深刻で、荒唐無稽な話と切り捨てるには無理があると、私の脳に直接訴えかけてくるような衝撃だった。

『禁忌』が頭をよぎる。

 

 掛ける言葉が見つからず、口を開いたまま固まる私を見て、ちゆりはゲラゲラと腹を抱え笑い転げた。これが悪戯成功のニュアンスを含んだものならまだ良かったんだけどね……。

 

「冗談だっての! そんなショックな顔しないでくれ笑いが止まらなくなる!」

「……う、うん」

「ハハ、昨日夢美様や私が言ったことも全部嘘だぜ。期待させちまったならごめんな。なかなか凝った設定だっただろ?」

「嘘かぁ。それは一本取られたわ。ってことは、貴女達はただの不法侵入者ね」

「そゆこと。だから見逃してくれな」

「ならもう少し気狂いのフリをお願いね」

 

 二人一緒に大袈裟に肩を竦めた。

 解っている。互いの瞳に映ったモノは密やかにしまっておいた方が利口なのだ。

 嘘、作り話、SF……大いに結構。

 

「気狂いのフリか! そりゃいい。ちょいとノストラダムス以来の終末論でも考えてやろうかな。月刊ムーもビックリなやつをね」

「信じる信じないは二の次でね」

「どんなのが良いかな?」

「世界情勢を鑑みるに、終末戦争とか」

 

 滅びは抽象的なほど笑いと話題性に富むようになる。変に現実的になり過ぎるとただただ不安になるだけだもの。あと政府の怖い人達にチェックリストに追加されるのはリスキーよね。

 

 もっとも、明日世界が終わるって決まってても私のやることは変わらないわ。若しくはメリーと一緒に夢の世界に逃げちゃうのもいいかもね。

 

 僅かな沈黙。

 アスファルトと向き合っていたちゆりが、ベンチにもたれかかって空を見上げた。ちらほら現れ始めた星々が午後6時を教えてくれる。

 

「──けどきっと、滅びってある日突然やってくると思うんだよな。時の激流に飲まれるだけの大多数の人間は何が何だか分からないまま消えちゃうんだ」

「貴女達のいた世界はそういう設定?」

「まあね。隕石衝突にしろ、宇宙人が攻めてくるにしろ、知らないうちに消えちゃうってのはある意味幸運なのかもしれないよ」

「まあ……目の前に死が迫っているって判るなら平静じゃいられなくなるだろうし。諦めたり、悲観したり、抵抗したりね」

「実際、選べなかったんだよなぁ」

 

 ポツリと、最後に言葉を溢す。

 

「滅びの原因を知ってた奴は、結局誰一人として幸せになってないもんな」

 

 




まとめ
メリーが不調
岡崎教授(弱体化)が色々教えてくれた
岡崎教授はマッシブーン

平行世界の存在は幻マジ一話の時点で明言されてますね。それにまつわるお話でした。この教授とちゆりがゆかりん時空の幻想郷と関わりがあるのかは不明ですが、魔理沙は一応ミミちゃんを持っており、小兎姫は良い感じの檻を持ってます。

・同じ存在が一つの世界線に存在するのはアウト
・別世界の観測、侵入は禁忌。ペナルティーとして力を奪われてしまうらしい
・なんか別世界はしょっちゅう滅びてるらしい
・蓮子は(ペナルティー)臭い

実は半分くらいパチュリーが既に言ってますね(幻マジ94話:八雲紫は考えない)しつこく盛られる話題は大抵テストに出るってけーねが言ってた。
ただ注意として、あくまで平行世界の仕組み云々は岡崎教授が独自に組み上げ考察したモノであって、本人もそれが(というより学究そのものが)まだ発展途上であると明言してます。つまりなんらかの追加パッチが入る可能性は十二分にあるし、全部ゆかりんの夢オチという可能性もあるということ……!


次回からは新章突入! ゆかりんと愉快な仲間たちに最大の危機が訪れたり訪れなかったりするらしいです

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