幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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Evel Trinity

 レミリアの目論見は概ね達成されたといえよう。

 

 幻想郷の活性化とスペルカードルールの普及に寄与することで紫に恩を売る事ができた。さらには古明地さとりの言う『敵』とやらの器を確認できたし、何より自身が愉しむ事ができた。

 月侵攻の為の準備が本命であったのは間違いないが、大会が終わる頃には二の次になっていたのだろう。それほどまでに収穫ある結果だった。

 

 こうして誰もが得する形で紅魔杯は終了──すれば良かったのだが。最後の最後、誰も予想しない形で思わぬ歪みが生じてしまった。

 その危機たるや、急遽八雲の式主導での緊急会合が提言されるほどである。

 

 博麗霊夢と八雲紫の不和。

 それは幻想郷の支配体制を熟知する者であれば誰もが耳を疑い、今後の展望に深い憂いを感じざるを得ない出来事である。非常に珍しい事に、紫が感情を露わにしていたのも大きな懸念材料だ。

 

 というのも、二人の関係は明確な表現を持たぬほど複雑なものだった。

 表向きには幻想郷の最高権力者と、治安・調停を司る権力から隔絶された巫女という真っ向から対立する役職を持つが、その一方で霊夢は紫の子飼いである。

 紫の絶対な発言力の裏に博麗の存在があるのは周知の事実であり、この二人の繋がりがある限り少なくとも幻想郷内で彼女らに逆らえる者は片手で数えるほどになってしまう。故に、紫による博麗の支配に陰りが生じる事は、即ち幻想郷の不安定化に直結する。

 

 霊夢と紫の関係断裂は是が非でも避けなければならない、というのが常道。少なくとも紫側の陣営にとっては覆しようのない共通認識である。

 

 

 結果的に藍の呼び掛けは半ば達成され、マヨヒガにて限られたメンバーによる連日の協議が重ねられた。変わり映えのない面々だったが、それでもいざ有事が起きれば団結せねばならない一種の同盟相手達だ。

 

 相変わらずの顰めっ面で藍が紫の現況を語り、はたては困ったように宙を仰ぎ、阿求は深刻な面持ちで前のめりとなり、華扇は呆れるように先を促す。

 全員ずっとこの調子だ。

 

「かれこれもう3週間は経つが未だに変化が見られません。むしろ水面化で悪化していると判断すべきかと」

「困るよねぇ。折角幻想郷が平和になったのに」

「……どうにか二人の間を取り持つ事はできないものでしょうか。この状態が長引けば長引くほど後に禍根を残す事になります」

「どうでしょう……紫様は兎も角、霊夢は気難しいので対応を誤れば今後の舵取りに大きな影響が出る。魔理沙を経由して宥めてみるのも手だとは思いますが」

「そもそも何故霊夢さんは月に行く事に拘っているのでしょう? いつもの彼女なら紫さんの言葉を振り切ってまでレミリアさん側に付くなんてあり得ないと思うんですけど」

 

 全員の視線が華扇に集中する。

 というのも、巫女の監督を紫が放棄してしまっている為、ここ最近ずっと神社に通い詰めているのだ。その前からも霊夢とは何かと関わりがあったので何か通常では知り得ない情報を持っているのではないかとの期待だった。

 

 実際、心当たり自体はあった。

 

「紫が幻想郷を出ている間──確か風見幽香の乱と妖怪の山崩落までの期間、ずっとあの子を指導していたが、熱意はやはり感じられなかった。しかし紫の情報に対する関心は高かったように思える。特に経歴」

「紫様の経歴? 何故いまさら」

「まあ気になる気持ちは分かりますけどね。本人が幻想郷成立以前の事をあまり語りたがらないので、歴史を編纂する立場にある私ですら分からない事は多い。彼女が歴史の中心に居たにも関わらず」

「あー確かに! 私も全然知らないや」

 

 八雲紫の歩みは常に妖怪史の根幹として存在していた。だが記録は虫食い状に独立しており、現存する歴史に至るまでの理由や意志が記録からは全く感じられないのが特徴だ。

 唯一、その手の情報においてリードしているのが藍であるのだが、それは彼女の協力者に古明地さとりが居たからである。自前のモノではない。

 

 軽く咳払い。

 

「それも気になるけど、今は霊夢について話させてください。各々述べられた通り紫の経歴は謎だけども、ハッキリしてる箇所もそれなりにある。その中でも特に霊夢が関心を持っていたのが『月面戦争』についてでした」

「偶然ではないでしょうね」

 

 ここまで材料が出揃えば霊夢の突拍子のない行動にも多少の理解が生まれる。

 何に惹かれたのかは定かでないが、博麗の勘が紫と結び付ける因果を感じ取ったのだろう。実際、その『出来事』が紫にとってのターニングポイントであったのは間違いない。

 

 紫を知りたい。

 これが今回の霊夢の動機か。

 

「霊夢は色々抜けてはいるが、巫女の職務には基本忠実だ。だからこそ、紫様との関係が歪みと矛盾を伴うものであるのを案外気にしていたのか」

「そんな可愛い一面もあったのね。今まで妖怪を屠ってるとこしか見たことなかったから知らなかったわ。──でも困ったね、どう説得しようか?」

「無理やりやめさせる訳にもいかないしねぇ」

 

 此処に居る者達の考えの前提として、今回の騒動はあくまで紫の言い分が正しいのだ。やはり月面戦争に巫女を駆り出すのは懸念材料が多過ぎる。

 

 しかし霊夢の説得は困難を極める。なにしろ彼女は他者からの影響を悉く跳ね除けてしまう、所謂頑固者なのである。そんな彼女に強烈な影響を与えることのできる二人のうち一人(八雲紫)はそれを放棄してしまった。また、もう一人(魔理沙)は霊夢の行動を制限しようとするスタンスではないし、むしろ自身が参加して積極的に推進する側の人間だ。

 

 であれば、やるべき事は一つ。

 

「紫様が機嫌を直されるまでの間、ロケットの発射を妨害し続けましょう。紫様が動いてくれさえすれば全て円満に解決する筈です」

「では私は万が一の時の為に霊夢の教練を加速させます。今のままでも十分ではあるでしょうが、月相手なら備えるに越した事はない」

「私はレミリア嬢に話を通してみるわ。大会の時に色々話し合って分かり合えたから、もしかしたらロケット発射の延期を受け入れてくれるかも。あと友達のさとりにも協力してもらおう」

「その間の皆さんの庶務は私が受け持ちます。他にできる事がございませんので」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 ここ最近、何をやるにも熱を感じない。

 政務は藍に任せきりだし、細々とした事も橙がやってくれる。やってる事といったら、日々惰眠を貪ってパソコンを扱ってるか、天子さんと囲碁や将棋を打ってるか、幻想郷を散歩するくらいね。時々真モリヤーランド(河童が再建した)のコーヒーカップに揺られるのが妙なアクセントになってる程だ。

 

 あまりに爛れてると自覚してはいるものの、自らを叱咤する程の罪悪感にはならなかった。

 

 今日もそうだ。

 守矢神社に行って早苗から霊夢の近況を聞きつつ、香霖堂で仕入れた昭和ロボットアニメを河童贈呈のテレビで見て一日が終わった。

 流石の早苗からも「こんな事してていいんですか?」と苦言を呈されたが、暇だからしょうがない。曖昧に笑いながらさっさと退散したわ。

 

 今の生活は私が理想とした隠居後の世界に近いのだけれど、全く楽しくないのは何故だろう。何のイベントもないからかしら。

 考えてみればレミリアの大会が終わってもう半年ほど経つけど、不気味なほどに幻想郷は平穏そのものだ。

 異変は起こってない。大妖怪の衝突もない。真新しい情報も一切ない。AIBOだって、月面戦争に行かない旨を確認したらすぐ引っ込んじゃってそのままだし。

 

 激流のように全てを押し流さんとしていた怒涛の悪意はすっかり雲消霧散してしまったかのように、世界は平和になった。まるで必死になって賢者を辞めようとしてた私を嘲笑っているようだ。

 

 イベントといえば、まだレミリア達のロケットは出発してないのよね。よく分からないけど、技術的な問題が発生したから延期になっていると天子さんが愚痴ってたのを覚えてる。まあ行かないに越した事はないわね。

 それで何故か苦情の手紙がウチに届くのはどういう事なんでしょうね? 八つ当たりかな? 

 

 

 

「今日は迷いの竹林とやらに行ってきたぞ。あんまり気持ちの良い場所ではなかったがそれもまたよし。屋敷の主人から筍をいっぱい貰えたしね」

「それで夕飯がこんなにも筍尽くしなのね」

「迷いの竹林の筍は成長が早い故、余らせる訳にもいきませんから。放置してると明日には台所が竹藪になります」

 

 藍の言葉の節々から舌打ちが聞こえたような気がするけど、まあ気のせいではないんだろうなぁと思いつつ煮付けを口に運ぶ。美味しければ何の問題もないわ。

 夕食の時はずっとこんな調子だ。

 幻想郷を探索している天子さんが嬉々としながら報告して、それに対し藍から変な嫌味が飛んで喧嘩に発展するまでがいつもの流れ。そしてそんな惨状に目もくれず一心不乱に飯を貪るルーミアにも感心する毎日だ。

 

 なんでルーミアが居るのかって? ほら、永夜異変の時に三食全て私が面倒を見るって報酬があったでしょ。あれのせいね。最初は時々上がり込んできては冷蔵庫から勝手に食材を持って行くぐらいだったんだけど、ここ最近は毎日のように食卓を囲んでいる。恐らく藍のストレスの原因その1である。

 

 ルーミアに理由を聞いても「妙な詮索は契約違反に該当するよ」って言われて躱されてしまう。ご飯が絡むとやけに強かな妖怪よ。

 まあそんな感じの毎日なので藍の機嫌は毎日悪化の一途を辿っている。橙にはなんとか頑張ってほしいところだが、あの子もあの子で結界管理の勉強で忙しそうだからなかなかウチにまで来れてないのよね。

 暇なのは私だけか? 

 

 

 なんか悲しくなってきたので食器を洗ってすぐ布団に潜り込んだ。眠りは良いものだ、嫌な事全てを一時的に頭から追い出してくれる。ドレミーの力がなくても夢見は良いままだしね。

 もはや冬眠春眠待ったなしである。

 

 と、半ば日課となったチャットルームでの就寝宣言を送信し、そのままパソコンを閉じようとした、そんな時だった。

 一件のメッセージが飛んできた。

 

 なんとHEKAさんからだった。この時間帯はあまり出てこない方だから、ほんの少しの物珍しさでメッセージに目を通してみる。

 

『やっほーゆかりん! ちょっと時間いいかしらん?』

『こんばんわHEKA。どうしたの?』

『お休み前にゴメンネ(>人<;) 実は近々日本に行く予定があってね、その道すがら幻想郷に寄ろうと思ってるの。だから事前に言っておかなきゃって』

『えー! いいなー! 私も行きたい!』

『ウサちゃんはまた今度(^_−)−☆』

 

 幻想郷行きをせがむ菫子と軽快なノリでそれを宥めるHEKAさんのやりとりをほのぼのとした気持ちで眺めながら、早くも『その日』の計画を練っていた。

 これは俗に言うオフ会というやつよね。厳密には菫子やマミさんとは会ったことあるけど、あれはSNSで知り合う以前からの仲だし。

 つまり顔も声も素性も知らないお友達と初めて顔を合わせる事になる。ワクワクと同時にとんでもない不安が込み上げる。

 おめかししなきゃ! 

 

 HEKAさんに了解の意を伝え日時を合わせる。明後日には幻想郷地下の新地獄に着くとのことだったので、逆算して色々準備しよう。

 いやぁとっても楽しみね! ようやく発生した私的なイベントに胸が高鳴るわ! 

 

 久方ぶりに上向いた心に温かい思いを感じながら今度こそ布団に潜る。今日は大変夢見心地ですわ。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「どうかしら? ちょっと張り切り過ぎかと思ったんだけど、似合ってる?」

「……普段とはまた違った魅力を感じます。大変お似合いだと思いますよ」

 

 久々のおめかしだったからね、世俗から浮いてないか念のため藍に聞いたみたら、まさかの太鼓判! 彼女自身もなんだか嬉しそうな様子でそんな事を言ってくれた。褒め言葉がお上手ですわね! 

 といっても軽くお化粧しただけでここまで褒められても少しこそばゆいですわ。服装はいつもの導師服とかドレスじゃなくて、外行き用を霖之助さんに用意してもらったけども。

 

 あと仕上げとして、藍に髪を結ってもらう。

 

「今日はとても機嫌がよろしいようで」

「あら、そう見える?」

「ええとても。久々に紫様の笑う姿が見られて藍は嬉しゅうございます」

「人との出会いは宝ですもの。友人が増えるに越した事はないわ」

「仰る通りです。しかし出会いも千差万別、どのような輩であるかは十分に吟味すべきかと存じます。誰に対しても分け隔てなく接するお姿は間違いなく紫様の数多き美点の一つでございますが、ゆめゆめお忘れなきよう」

「大袈裟ねぇ」

「紫様には不要な心配だとは思いますが、今日は些か警戒が薄いご様子。何卒ご注意を」

 

 顔に出ちゃってたかしら。弛緩してしまってる頬を掌で吊り上げる。

 危なかったわ。あまり羽目を外さないよう気を付けないといけないわね。SNS上でのノリをリアルでも振る舞ったらドン引きされるなんてケースは枚挙にいとまがないとよく聞くものね! 

 

 鏡の前でムニムニと顔を弄ってると、藍がそわそわしながら近付いてくる。

 

「……そういえば、霊夢の事ですが」

「ああうん。何か?」

「……いえ。お戻りになられてから報告させて頂こうかと」

 

 ほんの数瞬だけ、変な緊張感が生じた。

 どうも我が八雲内で『霊夢』がデリケートなワードと化してるような気がする。藍や橙には変に気を使わせちゃって悪いわね……。

 この数ヶ月間、意図的に霊夢を無視し続けてる訳だけど、このままでいい筈がないのは私だって分かってるのよ。どうすればいいか分からないだけで。私だってあの子と和解したいって思ってるのは嘘偽りのない本当の思いだ。

 変に突っ込んで修復不可能なまでに泥沼に陥るのが嫌だから踏ん切りが付かないんだけどね! 

 

 はぁ……やめやめ。今日はHEKAさんとのオフ会なのよ! 今日一日だけでも日頃の憂慮を捨て去ろう! 気分転換すれば良い案が浮かぶかもしれないし! 何よりHEKAさんから暗い奴って思われたくないもんね。

 

「行ってくるわね」と藍に一言告げてスキマを開く。待ち合わせ場所は人里の外れに建つ老舗の茶屋である。妖怪の出入りが多いのが特徴だが、それでいて人間にもそこそこ人気な評判店。

 萃香みたいなならず者と楽しむなら鯢呑亭とかが良いんだろうけど、HEKAさんは地獄のファッションリーダー! 今をときめくイケイケな人! 場所は丁寧に選ばなきゃ失礼になっちゃうわ。

 まずはザ・日本文化を堪能して頂こうって寸法よ! 

 

 さてさて店先の縁台を予約席で指定してたんだけど、何故か先客が座ってるわね。何かの手違いかしら? まあ、私はちょっとしたミスでクレームを入れるような心の狭い妖怪ではない。それとなく店員に視線を向けて声掛けしてもらおう。

 しかしながら配膳役どころか受付の人すら居ない、もぬけのから。私の予約をスルーしやがってますわねこれは。これは、そう、腫れ物を扱うかのような対応だわ! 

 ゆ、許せない……! クレーム入れてやるんだから! 

 

 いやまあ、私から先客の方に話を通せば良いじゃないかって思うかもしれないけど、その先客もちょっと……声を掛けづらいっていうか、関わりたくないっていうか。店員さんが声を掛けられないのも仕方ないと納得してしまうほどのナニカがあった。

 なんか捻じ曲がってるのよね。色々。

 伊達に数百年幻想郷で生きてきた訳ではない。本能的にヤバい奴と安全な奴から発せられる波動の違いが分かるように私は進化したのだ。

 

 まあ、直視できないレベルの奴は久し振りだけどね。

 逃げよっか。

 

 ただの通りすがりを装いつつ茶屋からの避難を試みる。先客さんの意識に入らぬよう細心の注意を払い、それとなく距離を取る────。

 

 

「あら、もしかしてゆかりんじゃない?」

「……は?」

 

 茶屋とは反対側、つまり私の避難経路のちょうど真正面からやって来た人と目が合ってしまった。こんなタイミングで私の名前を呼ぶのは、やはりHEKAさんしかいないだろう。

 

 しかし私は信じたくなかったのだ。脳味噌が理解を拒み、私は自らの光を塞いだ。

 

 HEKAさんは地獄のファッションリーダー。今をときめくナウでヤングなカリスマスターなのだ。断じてあんな『変なの』ではない。

 私の憧れがあんなのであってはならない。

 

「やっぱりゆかりんでしょ? ゆかりーん?」

 

 やめろ! 私の名を呼ぶんじゃあないッ! 

 ちくしょうダメだわ。目を閉じながらじゃ相手とコミュニケーションを取れない! しかも私の背後には例のヤバい先客が居るのだ。留まり続けるのはマジヤヴァイ! 

 私は苦肉の策として俯きつつ相手の足を見ながら話す事にした。基本的には写輪眼と同じ対処法である。ガイ先生ありがとう。

 

 ……裸足かぁ。

 まあ浮いてれば関係ないしね。私も時々靴下だけで出かけたりする事あるし。

 

「HEKA……でいいのかしら?」

「ご名答! んもう、ゆかりんったら無視するなんて酷いじゃない」

「……逆によく私だと分かりましたね」

「幻想郷の人達に予め聞いておいたのよん。それに一目見れば分かったわ」

「そ、そう」

 

 逃げ道は初めからなかったか。

 誠に遺憾ではあるのだが、どうやら目の前の人物がHEKAさんであるのは間違いないようだ。いやホント認めたくない。

 目が痛くなるほど真っ赤な髪。チョーカー? から伸びる鎖に繋がれた月、地球、木星擬きを模したオブジェを両手と頭上(帽子の上)に乗せている。極め付けにクッソダサい猟奇的なTシャツ、どぎつい配色のスカート。

 

 くっ(心が砕け散る音)。

 

「それじゃあ合流できた事だし予定通りジャパニーズカフェに行きましょ。其処でいいのよね」

「そうなんだけど、問題が……」

「あっ純狐おまたせー」

 

 躊躇なく歪みに飛び込むHEKAさん。気さくな呼び掛け、親しげな様子。つまるところ、二人は友人関係にあるわけだ。オフ会にリア友を呼ぶなんて禁じ手中の禁じ手……! (ネット調べ)

 考え得る限りで最悪の展開である。これからこの二人とオフ会するの? 心が木っ端微塵と化したこんな状態で? 帰りたいですわっ! 

 

 そんな冷や汗を滝のように流してる私など気にした様子もなく、HEKAさんは縁台に腰掛けると店内を伺っている。お友達さんは相変わらず歪んでて見えない。ていうより見れない。

 HEKAさんは兎に角、あの澱んでる人は危険だ。ロックオンされてる現状、逃げようものなら背後から狙い撃ちされかねない。

 

「店員が居ないわね、シエスタかしらん。あっ、ゆかりんも座ってちょうだいよ。そんな所で突っ立ってないで」

 

 ポンポンっと、縁台を叩いて私を手招く。なんで貴女と御友人の間に座らなきゃいけないの? いやまあ座りますけれども……! 

 うぅ……圧力が凄い。

 

「居ないんじゃ仕方ないし、店員が戻るまで適当に駄弁ってましょ。さて、ようやく会えたわねゆかりん。私の名はヘカーティア・ラピスラズリ、地獄のファッショニスタとついでに女神をやらせてもらってるわ」

 

 うん、プロフィール通りね。現実が追いついてないけども。

 ていうか地獄の神って何? 四季映姫より偉いのかしら。今度説教の話題を逸らすのも兼ねて聞いてみよう。

 

「私は八雲紫と申します。貴女と会える日をずっと心待ちにしていましたわ(過去形)」

「うんうん。そしてこっちが純狐、私一番の友人よん。仲良くしてあげてね」

「よ、よろしくお願いしますわ」

嫦娥殺

 

 え、なんて? 

 

「それにしても良い所ね幻想郷。私の地獄とどっこいって感じね」

「身に余る光栄です。ヘカーティアさんの地獄、といえばギリシャの? ハーデスさんとかペルセポネさんとかが居る地獄だったかしら?」

「そうそうそこら辺。まあ今は出払ってて管理に戻るのも稀なんだけどね」

「管理方法も人それぞれですものね。……御友人の純狐さんも地獄の方かしら」

「いやいやこの子は神でもなければ罪人でもない。復讐に取り憑かれたちょっとだけ可哀想な子なのよん。仲良くしてあげてね」

嫦娥殺

「どうも」

「いつもはもうちょっと話ができるんだけど、今は絶賛嫦娥ぶっ殺す期だから荒れてるのよ。普段はとっても良い子よん」

 

 そ、そうですか……。

 依然として視認はできないが、嫦娥って人を殺したい気持ちは嫌というほど伝わってきましたわ。なんというか、大変ね(白目)

 

 あと嫦娥といえば聞いたことがあるわ。確か夫を取っ替え引っ替えして不死の薬を飲んだ挙句、月の都に逃亡してカエルになったとんでもない奴だったかしら。

 うーん、悪女。

 

「そうそう、今日幻想郷を訪れたのも純狐の復讐に関係があるのよん。ほらいつか言った約束覚えてる? 月で一緒に写真撮ろうって」

「ええ覚えています」*1

「そろそろ私達も本腰入れて連中をぶち殺してやろうと考えててね。ただ奴等、最も醜悪な種族らしく嫌らしい手を好んで使うわ。だから一気に圧殺しちゃうのよん。ゆかりんと幻想郷も加わって一緒に潰しましょう」

「嫦娥を?」

「月の都も一緒にね。ジャパニーズ族滅! ジャパニーズ根切り!」

「杀死所有」

 

 オフ会が外交会議にクラスチェンジした件について。HEKAさんの澄んだ笑顔と共に隣からの圧がより一層強くなる。空間が捻じ曲がって私の左腕がグニャグニャになってるのは目の錯覚だと思いたい。

 空を仰ぎ見る。

 深く熟考するフリをして藍に救難信号を送るが、うんともすんとも言いやしねぇ! ジャミングされてやがりますわね……! こんな化け物が近くに居るのに誰も救援に来ない時点で嫌な予感はしたんだけども。

 

「……決行はいつ?」

「一月以内よん。ちなみに私の部下にクラウンピースって優秀なのが居るんだけど、その子が既に月の都攻略を開始してるわよん。連中は何もできずに敗走を重ねるばかりなんですって。雑魚よね」

「素晴らしい戦力ですわね。もはや我々の助力など必要ないのでは?」

「何言ってるのゆかりん! 私達『お友達』でしょう? 月を滅ぼす時は純狐も合わせて三人一緒よん! 事が落ち着いたら月にウサちゃんやマミちゃんも招待してあげましょう」

大歓迎

「菫子を巻き込むのはやめてちょうだいね」

 

 心なしかお隣からの圧が和らいだような気がする。もしここで断ればどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないわね。恐ろしや。

 いや、それでも聞かねばなるまい。

 

「もし此方側の予定に都合が付かなければ?」

()()()()()()()()してあげる。新天地を求めるのに急も何もないわよね」

「気持ちはよく分かりました」

 

 あっけらかんと言ってくれるものだ。

 正直、純狐なら『それ』も不可能ではないだろう。この人は恐らく、八意永琳レベルかそれ以上の危険度を持つ特級化け物。それも力の指向性が滅茶苦茶だから悪戯に被害が積み重なっていくタイプの奴よ。

 

 私は理解してしまった。いま目の前に居る連中はハナから話の通じるような相手ではなかった。ただの災害。破滅を呼び込む悪魔が如き邪神であると。

 まさか災厄に自ら突っ込んでしまうとは、賢者として不甲斐無し。スキマがあったら帰りたい。今度鍵山雛に除厄をお願いしましょう。今度があれば。

 オフ会がしたかっただけなのにどうしてこうなった。

 

 ……悔やんでも仕方がない。幻想郷の危機とならば話は別、賢者モードでいかせてもらう! 

 私は軽く微笑んだ。

 

「ちょうど良かったわね。我々も月侵攻への準備を着々と進めていたのよ。この奇跡的なタイミングでの意志の一致は最早天運としか言いようがない」

「流石ゆかりん! 冴えてるわ!」

「ただ大規模なものではなく、少数精鋭による電撃的な決着を予定していたわ。手抜きかと思われるかもしれないけど、幻想郷でも指折りの実力者達が選ばれています。戦力については申し分ないかと」

 

 くっ……まさかレミリアの奇行に感謝する日が来てしまうとは……! 

 

「ああ思い出したわ。チャットでも言ってたわよね、娘の巫女が色々と乗り気で困ってるって。つまりそういうこと?」

「……できれば、あの子の参加はご容赦いただきたいものですが」

「それは違うわよゆかりん。子供の羽ばたきを親が制限しちゃダメよん。過保護なのは良いけど、それが子供の薬になるとは限らない」

かわいい子供……愛しき我が子

 

 ヤンママみたいな事言われちゃった。あと『子供』ってワードを聞いてからお隣さんの雰囲気やらテンションやらがおかしくなってきたのはどゆこと? 

 

「しかし……」

「まあまあ、大丈夫。ゆかりんが前回の戦争で使った逃げ道を利用すれば簡単に離脱できるわ。万が一があっても私がどうにかするわよん」

 

 なおも渋る私を発破する為か、安心させるように優しく語り掛けてくる。

 頼りになるんだか恐ろしいんだか、もうよく分からないわね。まあ私の脱出経路だけど、実のところ不明なのだ。気が付いたら地上に帰ってたから。

 ただまあ、スキマがあれば地上に逃げ帰るのは容易だし、レミリアや天子さんがいれば月人にも対抗できるかも*2だし……うーん。

 でもなぁ……。

 

 

『介入してこないでよ。私はちゃんとやれるわ』

 

『結局、私はアンタから見て使い勝手の悪い道具でしかないんでしょう?』

 

 

 ──……ダメね、私は。

 

 HEKAさんを流し見る。彼女の言い分を肯定するように、強い眼差しを向けた。

 

「その判断、嬉しく思うわ。──好きな時に出発してちょうだい。それに合わせて私達も動く。楽しみにしてるわ、八雲紫」

「ええよろしくね、ヘカーティアさん」

「あっ、それなんか余所余所しいからもっと軽く呼んでちょうだいね。ヘカちゃんとかでも良いわよん?」

「次に会う時はそうしましょうか」

「是非そうして」

 

 人懐っこい笑みを浮かべると、HEKAさんは忽然と消えてしまった。何の前触れもなく、突然、ふわっとぱぱっと、まるで幻だったかのように。

 そしてそれに呼応して純狐さんが立ち上がる。急に動き出してビクッてなった! 

 

「今日はありがとう。共に頑張りましょうね」

 

 そう言い残し、純狐さんは歩いて何処かへ行ってしまった。最後まで謎な人だったけど、最後は何故か、悲しげに見えた気がする。可哀想な子、か。

 ていうか本当に普通に喋れるのね。吃驚したわ。

 

 って、これでオフ会終わりなの!? いやまあ、あの後も幻想郷中を連れ回されても困るけども! なんかさ……なんかさぁ!

 

 

 

 

 

 

 

 全てが終わった後に気付いたのだが、多分最初から仕組まれていたんでしょうね。ヘカーティアは気付いてたのかもしれないが、引き返せる段階になかったのだろう。そもそも彼女には関係のない話だ。

 

 誰が、いつから、何故計画していたのかすら思い返すだけでも億劫になる程の恐ろしい謀略。それ程までに私が憎らしいかと薄ら寒くなった。

 その執念が私にとっては致命的だった。ほんの僅かな綻びが全てを覆し得る一撃となり、私を陥れた。

 

 最初から詰んでいたのだ。きっと。

 

*1
東方穢嫌焦 2話『欲無き者の野望(前)』より

*2
妖夢と魔理沙は添えるだけ




ヘカちゃんを構成する要素の中で一番変なのはファッションじゃなくて顔とかポージングだよって古事記にも書かれてる。
それにしてもヘカ純の二人が出てくるともう終盤って気がしますね!(伏線

ゆかりんセンサーはまあまあ優秀だけど、ゆかりんからの好感度が高くなるとどんどんポンコツと化します。フランこいし天子あたりにはもう作用してないと思われる。あとぶっちぎりでヤバすぎても作用しないらしい。具体例は今話のヘカちゃん

ちなみにAIBOですが、ファンブルが起きてなければヘカちゃんとのオフ会を止めるか代わりに出席してくれてました。さとりとゆかりんの共同やらかしです。(天子戦から目を背けつつ)
AIBOの力も無限ではないのだ。

ここ最近の高速投稿(当社比)は読者様からのご声援あってのものでございます。ありがたやでございます……! 次話で間話は終わりの予定。
感想、評価お待ちしております♡

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