幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
「私だって一応天狗の端くれだし、ましてや今は仮にでも棟梁を名乗る身だもの。椛やみんなの気持ちは良く分かってるつもり。だけど実際のところ、難しい問題だよねぇ」
日はとうに暮れてしまい、朧げな蝋燭の灯火が頼りなく室内を照らす。
勤務時間は過ぎているため慌ただしく駆けずり回るいつもの天狗達の姿は無く、執務室は難しい顔でペンを回すはたてと、静かに鎮座する椛の2名のみが残されていた。
大体のケースで意見の一致を見る二人だが、時にはこうして真っ二つになる事だってある。そしてそれは大抵面倒臭い案件によるものだ。
こんな時、何処からともなく力押しの対案を引っ提げて話に割り込んで来る何処ぞの鴉天狗も今日に限っては所用により不在。自分達だけで結論へと辿り着かなくてはならないのだ。
全てははたて宛てに送り付けられた紅魔館からの書状から始まった。中身は只の招待状。問題となっているのは内容ではなく、送り付けてきた相手によるものだ。
「椛を始めとして天狗みんなの恨み不満は賢者会議の時にしっかり聞かせてもらったからね。私は絶対無碍にはしないよ」
「……アレは気の迷いでした。どうぞお気になさらず、天狗に益となる最善の対応を心掛けるよう務めてください」
「椛のそういう所、凄いと思うし尊敬する。だけど我慢は良くないと思うな」
困ったように苦笑を浮かべる。
幻想郷において紅魔館と妖怪の山ほど拗れた関係は然う然うないだろう。もっとも、山側が一方的に気にしているだけなのだろうが。
吸血鬼異変の際に尖兵小悪魔によって行われた大虐殺の禍根は根深い。特に事態の収拾にあたり死闘を繰り広げた椛ならば尚更な話である。
一応、その後の報復として八雲紫が紅魔館にカチコミを仕掛けた際、河童を派遣する(という体裁)によって山の面目を保った形にはなっているものの、結局天狗が殴られっぱなしなのには変わりない。
陣営が固まりつつあるこの情勢下で紅魔館を敵視しつづけるのは得策でない。なにしろ両者(とついでに河童)の間には『八雲紫』という共通の盟友が存在しているからだ。
しかしそうなると天狗の中に不満を持つ者が現れる。彼等に考える脳が無いわけではない。誇りと憎悪が合理的な思考を邪魔してしまうのだ。
天狗頭領の天魔として、配下の慰撫に務めるのは当然の事である。故にはたてを深く悩ませている。
せめて模擬戦でも親善試合でもいいから、
前天魔なら狂う前であれ、後であれ、そうした筈だ。だがそれははたての求める政治スタンスとかけ離れている。あと単純に自信が無い。
見本としてる紫ならこの窮状をどう打開するだろうかと、さらに思案を深めていた、そんな時だった。
「あやや、二人とも残業おつかれさーん。相変わらずしっけたツラしてるわねぇ」
天窓を蹴破り射命丸文が颯爽と参上、もとい惨状。
酒の匂いを染み付かせ、千鳥飛行で椛の真横に墜落した。どうやら紅魔館のパーティーで相当良い思いをしてきたようで、頗る上機嫌な様子である。敵性勢力の歓待にうつつを抜かした挙句にこれだ。
愛想はとうの昔に尽かしたと言わんばかりに椛は澄まし顔でガン無視を決め込み、代わりに頬を引き攣らせながらはたては笑い掛ける。
「随分と楽しい催しだったみたいね。多忙な私たちの分まで楽しんできてくれたみたいで何よりよ。で、こうやっていの一番に私の下に来てくれたって事は……何か急ぎの用があるんじゃないの?」
若干恨み混じりの言葉を吐きつつ話を促した。酔っ払いの相手など素面で務まるはずがないだろう。
「そうそう、レミリアさんから面白そうな依頼が来てるわよ。はたてと、ついでに椛に」
「あーそりゃ急な用だ」
「はたて様は兎に角、私にも?」
仮にも幻想郷の盟主を気取っている者が
面の皮が厚いとはまさにこの事だ。
「この度、レミリアさんの発案により紫さん全面バックアップの下、大規模な催しが開かれるのよ。その運営委員会に貴女達二人が推薦されたってわけ」
「はぁ……そうですか」
「へーなんだか面白そうね。何やるのか知らないけど私にできる事なら協力するわ」
むしろこのタイミングで紫の仲介を通し紅魔館と関わりを構築できるのは渡りに船というやつだろう。
いや、紫のことだ。自分達が抱いていた懸念の大部分を理解し、敢えて気を利かせて話を振ってくれたのだろう。やはり幻想郷のカリスマ的大賢者、とても頼りになる。はたてはまたもや感謝する事になるのだった。
ノリ気なはたてに嫌々な椛。予想通りな両者のリアクションを見届けて、文は意気揚々と内容を説明し始めた。
*◆*
・決闘(弾幕)の美しさに意味を持たせる。攻撃より人に見せることが重要。
・意味の無い攻撃はしてはいけない。
・体力が尽きるか、すべての技が相手に攻略されると負けになる。
・このルールで戦い、負けた場合は負けを認める。余力があっても戦うことはできない。*1
以上が八雲紫の提言したスペルカードルールの基本条項である。なおその草案の作成は九尾の狐が行ったとか行ってないとか。
真偽は兎も角として、紫主導の幻想郷運営において重きを成す一手であったのは間違いない。だからこそ紫は非常に焦っていたし、賛同を示した勢力も大したアクションを取る事ができなかった。
永夜異変、風見幽香の乱などスペルカードルール制定後でもその枠組みに従わず戦闘が起きてしまったからだ。結局暴力には更なる暴力が有効的であるのが残念ながら証明されてしまった。
しかしそこで立ち上がったのが、我らがレミリア・スカーレット。予定していた催しを突如として変更し、スペルカードルールによる勝敗を主とした弾幕勝負を決闘の基準としたのだ。
これにより改めて各勢力や野良妖怪、妖精にスペルカードルールの周知を行うとともに、平和的な紛争解決方法としての普及が加速する事になる。
「とまあ、ここまで御膳立てしてあげたんですもの。これで貸し借りは無しでいいわよね?」
「ええそうですね。断る理由はございません」
紅魔館のバルコニーにて向かい合う
率直な感想として、落ち着かない。今の紫の心情を読み上げるならその一言である。
何せ紫色&紫色&紫色である。しかも紅茶まで紫色。何かの嫌がらせだろうかと警戒するのは仕方がないだろう。
「しかしよく集めてくれたわね紫。人手がなければウチの門番や妖精メイド共に審査員をやらせるところだったわ」
「少々不安ではあったけど、無事応じてくれて一安心ですわ。全員信用のおける者達よ」
「……まあそういう事にしておくわ」
紅霧異変以来となるレミリア主体のビッグイベントがチープな物であって良い筈がない。故に方針の転換と共にその規模も大幅に拡大された。
まず三段ロケットの搭乗員は3名とされた。勿論、レミリアやメイド、操行に必要な人員を除いた人数である。
本来ならトーナメント形式なりバトルロワイアルなりで参加者に殺し合ってもらい上位3名を搭乗員に決定するのだが、そこに一工夫加えたのが『幻想郷弾幕コンテスト 紅魔杯』なのだ。
【決闘部門】【芸術部門】【総合部門】と、弾幕勝負において競う能力を各部門ごとに分けて、それぞれの最優秀者を搭乗員に決定することとした。
例えば【決闘部門】
美鈴や萃香のように自らの体術をスペルカードの適用内にまで昇華させた者たちは、ステゴロや刃物などを弾幕と織り交ぜた地上戦主体(能力一部制限)タイマントーナメント、といった具合に各参加者に自らの最も得意な部門を選ばせるのだ。
ちなみに【芸術部門】は弾幕の美しさを評点により競う為、レミリア曰く「意識高い系の根暗な連中」が集中したそうな。
逆に【総合部門】はスペルカードルールによるコンテスト対戦形式である為「目立ちたがり屋な泥臭い連中」と、上手く棲み分けできているようだ。紫は詳しい事を知らないので右から左に聞き流していた。
このように3部門での覇を競う訳だが、当然審判や採点者はそれだけの人数を要する。紅魔館の人員だけではとてもカバーしきれなかったのだ。
よって紫の出番である。
参加する面々の水準からして生半可な人選では不満が出るのは必至。後に変に揉めて結果への反発が起こる事を予見した紫は自重無しで各方面へ頭を下げる事になる。
なお審美眼を持つ知り合いが少ないかつ選手として出場していたため見つからず、テンパった紫は暴挙に走らざるを得なかった。
【決闘部門】
茨木華扇 犬走椛
【美術部門】
八雲紫 摩多羅隠岐奈 稀神正邪
【総合部門】
レミリア・スカーレット 四季映姫 姫海棠はたて
五賢者&ヤマザナドゥ招集という余りにも馬鹿げた選択に幻想郷は沸いた。ここまで面子が揃えば祭りにも箔がつくというものだ。なお椛は吐いた。
レミリア当人も「コイツら数日前まで色々睨み合ってた癖にいいんだろうか?」とらしくもなく困惑したが、まあ面白けりゃ良いやの精神である。
当然、紫に大した思惑は無い。それなりに教養のありそうな連中に丸投げしただけ。
ちなみに椛を指名したのも「やたら目が良くて武芸に通じてる天狗居たよね? 呼んで?」と文に伝えただけの話。適当だ、適当なのだ。
幸いにして此処に藍は居らず、周りを固めているのがレミリア一派の者達であるため平穏そのものだが、もし仮に幻想郷情勢に詳しい者がこの場に居たなら非難轟々は免れなかっただろう。
「パチェ、準備はいいかしら?」
「滞りなく」
少しして空中に何枚かの水晶が生成される。そして少量の魔力が流し込まれると、外の世界で俗に言うテレビのように、映像が映し出された。
吸血鬼異変の際にも使用していた魔道具であるが、これがあれば幻想郷中全ての箇所をリアルタイムで確認できるので、審査員長を務める多忙の身でも他二つを同時に楽しめる訳だ。
また同じものが幻想郷の各地に設置されており、下市民の皆々まで鑑賞を楽しめる粋な計らいもなされている。
ちなみに紅魔館の住人は美鈴とフランドールが選手として出場しており、咲夜、パチュリー、小悪魔の3名は裏方スタッフとして動いている。また虜囚の身の永琳は観客、居候の幽香はやはり選手であった。
「さてあと少しで開始できそうね。景気付けにもう一回スピーチでもしてこようかしら」
「レミリア。念のため断っておくけど、少しでも荒れそうな雰囲気になったらすぐに催しを中止して事態の沈静に努める事。いいわね?」
「相変わらずの心配性ねぇ、運命は我が手中にあるわ。予言しようか。お前が余計な事をしなければ荒れないわよ」
「ならいいんですけども」
結果の分かっているコンテストなんて退屈そのものではなかろうかと疑問が湧くが口にはしない。どうせまた変な事を言って煙に巻かれるだけだ。
もしかしたら意図的に能力を制限して結果が分からないようにしているのかもしれないが、何にせよ金持ちの道楽である。深くは突っ込むまい。
深いため息を吐きながらスキマを開く。
するとレミリアが片手でブラッドワインを弄びながら、流し目を向けてくる。
「そろそろ所定の位置に着いてもらうけど、その前に一つ私と賭けをしてみない?」
「それが賭けとして成立するなら吝かではないわ」
金持ちの道楽そのニである。
*◆*
スキマが閉じるのを確認すると同時に、思いっきり中指を立てた。悪魔に「地獄に堕ちろ」と宣ってもそれは罵倒となり得ない。陰湿悪辣な言葉は全て彼女らにとって戯言であり、褒め言葉である。
だがまあ、世には『化け物には化け物をぶつけンだよ!』的な名言もあるので、そういう意味での「地獄に堕ちろ」なのだ。
四季映姫VSレミリア……こりゃ世紀の一戦となるわね。弾幕コンテストよりも面白そうに思えるのは私だけじゃないと思いたい。
と、こんな感じで私かなり機嫌が悪いです。理由は大きく二つ!
まずレミリアのパリピイベントに巻き込まれた事と、そのせいで四季映姫に説教を食らったって事! 私は何も悪くねえですわ!
スキマを開いて霧の湖特設スタジオに到着するなり、荒々しく席に座る。両隣に座ってた二人からなんとも言えない視線が投げつけられた。ひんやりとした空気がいつもより湿っぽい気がする。
勘のいい方はお気付きかもしれない。今回の審査メンバーを選んだのは私、当然各部門ごとへの振分けを考えたのも私である。正直レミリアや四季映姫と一緒に審査員なんて恐怖心やらなんやらでやってらんないので、穏健な方々で周りを固めているのよね。
この審査員席はいわば『親ゆかりん派』の寄合所のようなものである。
「急な申し出ごめんなさいね。呼び掛けに応じてくれた事、深く感謝します」
「なに構わんよ。むしろ私だけ除け者にされないかと危惧していたくらいだ。運営の身とはいえ一枚噛めて安心した。なあ正邪殿」
「……実に」
「このように正邪殿も喜んでおられる。今宵もまた恩ができてしまったな!」
ヤケに上機嫌な様子で馬鹿笑いしてるオッキーナと、完全に無の正邪。嫌味の一つでも言われるかと思いきや寧ろ感謝を述べられてゆかりん吃驚である。
しかし気の置けない同僚とはいいものだ。私にはまさしく得難い存在よ。
まあ正邪はまだ心を完全に開いているわけではないようだけど、今回を機に距離を縮められるといいわね! よし、まずは物理的な距離を縮めよう! それとなく席を寄せる。
「今日はよろしくお願い致しますわ」
「……此度の話には驚かされました。新参である私に対する多大なるご厚意、心より御礼申し上げます」
軽く会釈して席を離す正邪。私は泣いた。
ま、まあ正邪はなんというか天邪鬼みたいな所があるから、あまり積極的なコミュニケーションを好まないのかもしれない。せめて何の妖怪か判ればまだやりようはあるんだけどねぇ。
あ、そうだ。
スキマを開いて中から河童印の最新PCを取り出し、カメラをオンにする。天狗との仲介のお礼にと、河城にとりから贈呈された物である。外の世界で手持ちの物を質に入れてからそのままになっていたのだが、これでようやく私も文明人に復帰できたわ。
「お、弾幕を撮るのか。誰向けのものだ?」
「ネットお友達ですわ。幻想郷の文化にとても関心を示している方々だったので素晴らしい弾幕(の予定)を見せてあげようかと」
「宇佐見菫子か」
「そうそう……ん?」
オッキーナに菫子のこと紹介した事あるっけ? 藍にはそれとなく教えたことがあるような気がするけど……うーん。まあいいやオッキーナだし。
僅かな疑問を放り投げてセッティングを進める。
「お前の知り合いというくらいだ、他にも色々と面白いのが居るんじゃないか?」
「そうねぇ。二ッ岩ファイナンスのマミさんとか、地獄のファッショニスタHEKAさんとか。みんな良い人ばかりよ」
「地獄、ヘカーティア……なるほどなぁ」
興味深そうに頷くオッキーナ。どうやら私愛好のチャットルームが気になるようだ。暇な時にでも紹介してあげようかしら。PCをプレゼントするついでにね。
ほら彼女には毎度お世話になってるし。
ふと横を見ると、食い入るような形相で正邪がこちらを見ていた。あらやだ! もしかして貴女も興味があるの? ふふふ仕方ないわねぇ!
あと一歩を踏み出せない奥手な正邪を後押ししてあげよう。いつものゆかりん営業スマイルでにっこり笑い掛ける。
「貴女の参加を皆待ち侘びているわよ」
「……なんですって?」
「怖くて恐ろしいのでしょう? だから安心させてあげようと思ったのです。貴女の為のドアはいつでも開かれていますわ」
「くたばれッ」
私は泣いた。*2
と、そんなやりとりをしている間も手元の資料に目を通していたオッキーナが思案するように指を口元に当てている。仕事人ね。
「『時間は60秒、発動スペルは一枚のみ』『審査員の持ち点は一人につき100点。合計して300点満点での審査』か。仮に一位が複数人出た時はどうする?」
「我々三人で改めて話し合って、改めて優勝者を決めればよろしいかと」
「急場凌ぎのルールだなぁ。そもそも審査基準すら決まってないだろう?」
「今日開催が決まったイベントですもの。各々の美的感覚に任せる、という事でしょう」
指名式で決定しちゃったら変な恨みを買うかもしれないからね。故にこうして三人でヘイトを分散させる作戦である。まあもしもの時はオッキーナが居るし何とかなるでしょ!
あと念のため選手側に藍と橙を配置してるしね! 不慮の備えはバッチリよ!
それに【美術部門】を希望した面々はどちらかと言うと思慮深いインテリジェンス系の方々が多い。故に荒れにくいだろうと想定してここの審査員に私を無理やりぶち込んだわけだ。
代わりに他二つは地獄と化しているだろう。
「さて、ルールは把握できた。では早速審査を始めていこうじゃないか。映えある一番槍だ、相当素晴らしいスペルを魅せてくれるのだと期待しているぞ」
にっこり笑顔でハードルを遥か天までぶち上げていくオッキーナは流石である。天魔との煽り合戦の時もそうだけど、彼女が敵じゃなくて本当に良かったと心の底から思えるわ。
そんな感じの非常に雰囲気の悪い宣誓に迎えられ『幻想郷弾幕コンテスト 紅魔杯』【美術部門】がスタート。出場者は勿論、野次馬たちも大盛り上がりである。
さーて、気合を入れましょう。しっかり採点するわよ。
映えあるエントリーNo.1は、この人!
「古明地さとりです。よろしくお願いします」
……。
私は審査を放棄した。
隠岐奈「どうしてコンテストに出場したんだ?」
さとり「私は全然興味なかったんですけど妹が勝手に応募してまして」
ゆかりん(昭和のアイドルかよ)
【決闘部門】→天下一武闘会
【美術部門】→ The Grimoire of Usami
【総合部門】→ポケモンコンテスト(アニメ)
一演技一試合ずつ描写すると、とんでもない話数になってしまうのでダイジェストかつピックアップでお送りしていきます。
さあみんなで各部門の優勝者を予想しよう!
ちなみに正邪がずっと不機嫌なのは『月面戦争』が地雷ワードなのと、ヘカちゃんとの繋がりを知ってしまったから。全部ゆかりんのせい。