ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか 作:ザイグ
「まだまだ行けたのに〜。暴れ足んないよ〜」
「しつこいわよ、あんた。いい加減にしなさい」
ダンジョン17階層。遠征を断念したロキ・ファミリアは深層から地上に近い中層まで来ていた。
「………」
ティオナの騒ぐ声にも反応せずカルナは黙って歩いていた。いや、それどころか深層からここまで戦闘にも消極的で、自分に襲い掛かるモンスターの迎撃しかしていない。
「カルナ。どうかしたの?」
「………何がだ。アイズ」
黙り込んでいるカルナに疑問を抱いたのかアイズが声を掛ける。
「全然、戦ってない」
「その言い方は俺が戦闘狂のようだ。戦うのは嫌いではないが、残念ながらお前ほどではない」
「私、そんな戦闘狂じゃない」
アイズが頬を膨らませて抗議する。だが、アイズが戦闘狂でないなら【戦姫】なんて渾名は付けられなかっただろう。
「止めろっての、アイズ。そんな口を開けば悪口しか言わない奴に構うな」
「人を見下す言い方しか言わない奴には言われたくないな」
アイズと話してるのが気に食わないのか、ベートがちょっかいを出す。
「アイズと話したいならば直接声を掛ければいいだろう。なぜ、こんな回りくどいことをする? お前が初心だということは理解しているが、他人を巻き込むべきではない」
「そうだそうだ! だからアイズに相手にされないって気付かないの?」
「誰が初心だ、出鱈目言うな! それから糞女! 勝手に首突っ込むじゃねぇっ!」
「ベートだってアイズ達に首突っ込んだじゃん!」
ベートとティオナの口喧嘩が始まり、これ幸いとカルナは前の方に逃げる。
実は平然と話しているように見えるがカルナは話すのも苦痛なほど消耗していた。
戦闘不能になるほどの損傷からの即時回復に加え、精神力(マインド)を大きく削った後のブラフマーストラ・グンダーラ。精神疲弊(マインドダウン)で倒れているはずの消耗をしながらカルナは強靭な意志のみで意識を保っていた。
「カルナ」
「……今度はリヴェか」
喋るもの辛いが返事をする。
「魔法を酷使したな? 辛いなら私達を頼れと言ってるだろ」
「……よく分かったな」
「手持ちの精神回復薬(マジック・ポーション)を使い果たしいれば気付く。ーーーなぁ、カルナ。そんなに私達は頼りないか?」
リヴェリアが悲しそうに問う。顔を見ればいまにも泣きそうな、普段では考えられない顔をしていた。
「お前は強い。ロキ・ファミリアどころかオラリオでもトップクラスの強者だ。強者故に仲間に心配をさせたくないという気持ちも分かる。だが、それでも一人の人間だ。少しぐらい私達を、私を頼ってくれないか」
「………」
リヴェリアがカルナの手を握る。それにカルナは何も言えなかった。
「………そうだな。そこまで心配されているなら、頼らせてくれ」
カルナはリヴェリアの手を握り返す。
「時折意識が朦朧とするからリヴェがホームまで誘導してくれるか?」
「! ああ、任せろ!」
リヴェリアが嬉しそうに笑う。女神でさえ嫉妬する美貌の笑みは、美の女神の魅了のようだった。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
直後、ミノタウルスの大群が現れた。
「流石に何事もなくとはいないか」
「ダンジョンだからな。都市を歩くのとは訳が違う」
溜息を吐きながら、両者は手を話した。相手はミノタウルス。ロキ・ファミリアにとっては敵ではないが、だからと言って手を繋いで戦う訳にはいかない。
「リヴェリア。これだけいるし、私達もやっちゃっていい?」
「やるぞーっ!」
「獲物ナシ(ステゴロ)だ。ハンデくらいはやらねーとな」
「空気読んでくださいよ〜。ーーーあれ、カルナさんはやらないんですか?」
「第一級冒険者三人で戦力過剰だ。あと、ラウル。お前まで俺のことを戦闘狂と思っているのか?」
カルナの言う通り、ミノタウルスの大群はあっという間にその数を半数に減らした。そして予期せぬ行動に出る。
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ⁉︎』
ミノタウルスは集団逃走を開始した。
その光景に誰もが動揺する。否、一人だけ駆け出した者がいた。
「っ、カルナ!」
「何をしている動け! 他の冒険者に被害が出るぞ!」
カルナの言葉にアイズ達は弾かれたようにミノタウルスの群れを追い出した。
「ちょっとあれ、上層への階段じゃ⁉︎」
「ウソだろ⁉︎ 上は低レベルの冒険者だらけだぞ‼︎」
だが、追撃虚しくミノタウルスの群れは上層への階段を駆け上がっていった。
そこからミノタウルスの群れは階層を幾つも駆け上がり、ついには5階層まで進出。
バラバラに逃げたミノタウルスを追うためにロキ・ファミリアも分散し、ここにいるのはアイズ、ベート、カルナの三人だけだった。
そして新米冒険者に襲いかかろうとした最後のミノタウルスをアイズが撫で斬りにする。
「……大丈夫ですか?」
アイズが追い詰められていた白髪の少年に尋ねる。
「だぁあああああああああああああああああああああああああああああああ⁉︎」
しかし、少年は奇声を上げて走り去った。
「辛いのを我慢して来た甲斐があったな」
その走り去っていく姿を見ながらカルナが呟く。
精神疲弊(マインドダウン)しかけでありながら、無理をしてミノタウルスを追走したのは、ここに来れば弟に会えると分かっていたからだ。
三年ぶりに無事なベルを見れてカルナは安堵した。だが、兄さんの存在に気付いてくれないのはちょっとショックなカルナだった。
この後、合流したリヴェリアに疲労困憊でありながら先行したカルナが説教されたのは言うまでもない。