ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか 作:ザイグ
「ああ、次で終わりだ」
『⁉︎』
返答のないはずの呟きに言葉を返され、女性型が頭上を見上げる。
58階層の天蓋付近。仕留めたはずの獲物がブラフマーストラを大きく振りかぶり、投擲の構えをしていた。
槍先には尋常ならざる炎が集約されいく。
【アグニ】の最大火力。
リヴェリアの【レア・ラーヴァテイン】と同規模、威力だけなら上回るカルナの必殺技が繰り出されようとしていた。
『ーーーッ!』
ここに来てヴォルガング・クイーンは悟った。精神力(マインド)消費量を度外視して攻撃してきたのも、魔法発動を必死に阻止していたように見えたもの、全てはこの状況を作り出すため。
わざと大規模魔法を使わせされたことヴォルガング・クイーンは次の行動までほんの僅かなインターバルがある。
その僅かインターバルを狙ってカルナは最大攻撃を放つための溜めを完了したのだ。
カルナは最初から激しい連撃で攻め切るのではなく、最強の一撃で仕留める気でいたのだ。
【業火ヨ駆ケ抜ケヨ闇ヲ焼キ尽クシ代行者タル我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)ーーー】』
ヴォルガング・クイーンも迎撃を試みる。
短文詠唱。されど上級魔導士の大砲撃に匹敵する魔法を発動する。
「ブラフマーストラ・グンダーラ‼︎」
主神に必殺技の名前を唱えれば威力が上がると騙されている少女に同じように唱えるように強要されされている技名を唱え、極大の炎を纏った全力投擲が放たれた。
因みに、カルナは少女が直向きに強くなろうとしてるのを知ってるので真実を告げられずにいる。
『【ファイヤーバースト】‼︎』
ヴォルガング・クイーンも注ぎ込めるだけの魔力を魔法に装填し、砲撃を放った。
必殺の炎槍と火炎の砲撃が激突した。
拮抗は一瞬。
火炎の砲撃を引き裂き、ブラフマーストラ・グンダーラがヴォルガング・クイーンに直撃した。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
槍先から解き放たれた極大の炎がヴォルガング・クイーンを焼き尽くそうと吞み込む。
高い火耐性が意味が無いとばかりに全身が燃やし、遂にはモンスターの心臓である『魔石』を焼き尽くした。
『魔石』を破壊され、焼け残っていたヴォルガング・クイーンの残骸は一瞬で灰となった。
「はぁ、はぁ、膨大な精神力(マインド)消費した後のブラフマーストラ・グンダーラは流石に疲れたな」
精神疲弊(マインドダウン)寸前。ブラフマーストラ・グンダーラを後一回使えるかどうかというほどにカルナは消耗していた。
「この状態で残敵の掃討か。冒険をするのは嫌いではないが限度がある」
シャクティ・スピアを拾い、目の前のヴォルガング・ドラゴン達を見据える。
【ファイヤースウォーム】で58階層にいたモンスターは全滅した。しかし、すぐに新たなヴォルガング・ドラゴンが壁を破り、何体も産まれ始めていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
ヴォルガング・ドラゴンが吠える。攻撃が来ると身構えた瞬間、竜達は予想外の行動に出た。
翼を広げ、我先にと全てのヴォルガング・ドラゴンが縦穴へと逃走を開始したのだ。
「っ、しまった!」
そこでカルナはミスに気付く。モンスター達は怒りの咆哮を上げたのではない。自分達のボスを殺られて恐怖の悲鳴を上げたのだと。
カルナを恐れたヴォルガング・ドラゴンは上昇していき、上の階層を目指す。
「くそっ、こちらが飛べないときに!」
【アグニ】による飛行が不可能な状況では階層を一つづつ駆け上るしかない。
カルナは疲弊した体に鞭打ち上の階層へ続く道を疾走した。
◆◆◆
50階層。【ロキ・ファミリア】拠点。
こちらも決着がつこうとしていた。
「リル・ラファーガ」
神風が女性型ヴィルガを貫通し、爆散する。
大型モンスターを倒したアイズは一息付く。
「カルナ。遅いな」
未だに下の階層から戻らない仲間の事を考える。フィン達から新種のモンスターを引き付けるために別行動をしたと聞いているけど。これだけ立ってまだ戻らないのはおかしい。
だが、カルナが危険な状況だとは欠片も思えなかった。アイズは彼の強さを知っている。
オラリオでも数えるほどしかいないLv.6の一人。自分では勝てないフィン、リヴェリア、ガレスの三人にも引けを取らない実力を持ち、あの【猛者】に最も近いと目される人物。
そんな人が危険になるなど考えられなかった。………でも、帰りが遅いから、ちょっと心配。
カルナが聞けば、お前は俺の母か、と言われるような事をアイズは考えていた。
『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー』
アイズの思考は轟音によって中断された。
大爆発が階層を突き破り、大穴ができる。
そこから飛び出してきたのは、
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』
「ヴォルガング・ドラゴン! なんで⁉︎」
現れたの58階層に君臨するヴォルガング・ドラゴン。それも数体が一斉に飛び出してきた。
まずい、とアイズは思った。魔法の酷使で体は悲鳴を上げている。
フィン達と協力すれば倒せる数だが、新種の女性型から逃れる為に遥か後方だ。
合流する前にヴォルガング・ドラゴンの一斉砲撃を食らうの火を見るよりも明らか。かといってアイズだけでは抑え込まめる数ではない。
アイズが悩んでいる間にも、ヴォルガング・ドラゴンは口を広げ、大火球を放とうとしていた。しかし、
「ブラフマーストラ・グンダーラ」
下方より放れた炎滅の槍がヴォルガング・ドラゴンの群れを呑み込んだ。
業火に焼かれる竜達は断末魔を響かせ、炎の津波がアイズの元まで迫る。
突然の事に反応が遅れたアイズは炎の津波に呑まれそうになる。
だが、飛び出した影に抱き抱えられその場を離脱した。
「すまない、アイズ。お前が近くにいるのに気付かず大技を使ってしまった」
「あ……カルナ」
すぐ側から聞こえる声に自分がお姫様抱っこされているのに気付くアイズ。途端に恥ずかしくなり、顔を赤くする。
「お、降ろして。恥ずかしい………」
「ーーーふっ、はははっ。アイズにも羞恥心はあったか。てっきり強くなる以外は無頓着だと思っていた」
「カルナ、酷い」
「怒らせたなら謝罪しよう。それにこれ以上抱えていては何処ぞの狼に噛み付かれる」
カルナの見る方に視線を向けるとロキ・ファミリアの面々。その中で唸り声を上げている狼人がいた。
カルナは皆の前に着地し、アイズを下ろした。
「遅かったね、カルナ。58階層に行くなんて何があったんだんだい?」
聡いフィンはヴォルガング・ドラゴンを見ただけでカルナが58階層にいたと把握した。
「異常事態(イレギュラー)にあってな。詳しくは地上に帰ってからでいいか?」
「ああ、君が無事で良かった」
50階層で大損害を出したロキ・ファミリアは未到達階層進出を諦めて地上への帰還を選択した。
ブラフマーストラ・グンダーラ
この世界では宝具ではなく魔法【アグニ】による個人技。
アイズの【リル・ラファーガ】と似ているが一点突破で貫く風に対して拡散する爆炎であるため攻撃範囲が桁違い。
因みに、【リル・ラファーガ】と撃ち合った場合は【ブラフマーストラ・グンダーラ】に軍配が上がる。
これは威力だけでなく相性の問題で、風では炎をより強力にしてしまうため。