ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか 作:ザイグ
【ステイタス】を更新した夜。カルナはダンジョンに来ていた。
言っておくがクー・フーリンと直ぐに再戦するためや新しい魔法を試したい、とかではない。
現在、カルナがいるのはダンジョン上層。それも地上に近い5階層である。
何故、こんな初心者がいるような階層にカルナがいるかというと、
「【ファイアボルト】!」
魔法を試したくて真夜中にダンジョンに来た弟が心配だったからである。
【英霊カルナ】を失ったことで寝付けずにいたカルナは、街の夜景を眺めていたのだが、彼の超視力がダンジョンに向かうベルを見つけたのでこうして追いかけてきたのだ。
ベルは嬉々として魔法を乱射し、ダンジョンに入る前から尾行していたカルナに気づく様子もない。
「完全に調子に乗ってるなベル。後先考えずに魔法を使っている」
1階層から5階層までベルは向かってくるモンスターを全て魔法で倒していた。
魔法は代償もなしに行使できない。行使すれば精神力(マインド)を消費し、精神力(マインド)が底を尽きれば使えなくなる。
現在のベルはLv.1。それも魔法を発現させたばかりで『魔力』の熟練度も0。そんな状態で魔法を連射すれば、
「やはり、精神疲弊(マインドダウン)を起こしたか………」
精神力(マインド)が底を尽き、気絶したベルを見てカルナは呆れたように呟いた。
戦い方を教えてくれる先人がいないとはいえ、あまりにも滑稽な有様だ。
だが、流石に放っておく訳にはいかない。倒れたベルの元にゴブリンなどが集まってきた。
助けようと、踏み出したその時、
ーーー金色の風がゴブリンの群れを斬り裂いた。
「アイズか………ウダイオスを倒せたようだな」
傷はリヴェリアに回復して貰ったようだが、装備はボロボロで凄まじい死闘だった事を物語っている。
その後、アイズはミノタウルスから救い出した時に怖がされ、『豊饒の女主人』でベルを傷付けたことに償いをしたいと申し出る。
それに対してリヴェリアはベルに起きるまで膝枕をしてやればいいと言った。………いや、本当に何故、そこで膝枕なんだ?
ベルをアイズに任せ、一人で帰ろうとしたリヴェリアにカルナは声をかけた。
「膝枕が何故、償いになるんだ。リヴェ?」
「⁉︎ カルナ………いたのか」
「ああ、ちょっと用事があったからな。………アイズはウダイオスを倒したようだな」
カルナはリヴェリアの隣に並んで歩き始めた。
「………やはり、知っていたんだな。単身階層主に挑むほど駆り立てられていたことに」
「『強さ』への渇望は、ある意味でアイズの原点だ。そうなることは理解していた」
「そうだ。ウダイオスを倒して尚、アイズの心は未だ不安定。それをアイズが反応を示したあの少年がいい影響を与えてくれればいいが」
「確かに強くなること以外でアイズが関心を持ったのはベルが始めてかもしれないな」
「ベル………? あの少年を知っているのか?」
「知っているも何も身内だ。ベル・クラネル。血の繋がった俺の弟だ」
「なっ……!」
カルナの言葉にリヴェリアは珍しく呆気にとらわれた顔をし、しばらくすると笑う出した。
「くっ……くくく………」
「いきなりどうした?」
突然、笑い出したリヴェリアにカルナは困惑した。
「くくっ………いやスマン………ただ、カルナが酒場で何故あんな事をしたのか、謎が解けた」
「謎? それほど不可解な行動をしたか?」
「ベートを叩きつけただろう。普段は注意する、というより毒を吐いてベートを怒らせるお前が、いきなり実力行使に出たのを不思議に思っていたが………何のことはない、溺愛する弟を罵声されて許せなかったんだな?」
「……………………まぁ、そうかも知れないな」
図星を突かれ、カルナはリヴェリアから顔を逸らした。
「照れなくいい。むしろ、私はカルナに人間らしい所があってホッとしている」
「つまり、普段の俺は人間性に欠けていると?」
「拗ねるな。ただお前の意外な一面を知れて私は嬉しいんだ。カルナは自分の事を話してくれないから」
「語るほど大した人生なんてしていないだけだ。祖父、弟の三人で畑を耕し、作物を収穫する。それを毎年繰り返すだけの在り来たりな人生だ。冒険者としての三年間の方がよほど濃い」
「そうか。それにしてもベル・クラネル。カルナの弟でアイズが興味を持った少年か。ならば、悪い方向には転ぶまい」
まさか逃げられたりはしないだろう、とリヴェリアは呟いた。
「…………どうだろうか」
ベルは祖父の影響で異性に並々ならぬ関心がある。だが、夢は見るが現実を知らない極度の初心だ。
アイズほどの美少女、それも惚れた相手が目覚めた時に膝枕をしていたら、
「恥ずかしさで逃げなければいいが………」
まぁ、なるようになれと考える事を止めたカルナはリヴェリアと共にホームに帰還した。
◆◆◆
カルナの予想は的中した。
帰ってきたアイズ派手に項垂れてを見て、ああ、これは逃げられたなとカルナは確信した。
カルナはリヴェリアと顔を見合わせ、二人で誰も声を掛けられないアイズの元に向かった。
「どうしたのだ?」
「何があった?」
「………ちゃった」
「「何?」」
「また、逃げられちゃった………」
「………くッ」
「………ぷっ」
「⁉︎」
我慢できずにカルナとリヴェリアは笑う。笑われたのを怒ったアイズに二人共突き飛ばされた。
「ふは、ふははははっ」
「すまない、アイズ。だが………はははっ」
とうとう二人は声を上げて笑い出した。高貴な王族(ハイエルフ)と作り物のように無表情だった男が高笑いする光景に誰もが動揺した。
その後、笑う二人を怒ったアイズがポカポカ叩く、まるで両親と子供の戯れのような光景はアイズの怒りが収まるまで続いた。