ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか   作:ザイグ

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第二十一話

30階層の最奥、食料庫(パントリー)。ダンジョンがモンスターに栄養を提供する全ての階層にある休養の間。大空洞の天井にまで届く巨大な石英、発光する水晶からは透明な液体が滴り落ち、大きな泉を作っていた。ダンジョンの中でも屈指の美しい光景を誇る食料庫(パントリー)だが、この30階層は異常だった。

 

『ーーーーーーーーーーーーッッ‼︎』

 

ヴィオラスより遥かに巨大な花型モンスター『ヴィスクム』が吠える。

大空洞を包むはずの岩盤は緑の肉壁に侵食され、無数の蕾が至る場所から垂れ下がっている。中央の大主柱には数匹のヴィスクムが絡み付いき、美しい食料庫(パントリー)が不気味な光景になっていた。

そしてそこで戦う者達もまた異常だ。

 

『ァアアッ‼︎』

『ーーーーーーーーーーーーッッ⁉︎』

 

リザードマンが振るうロングソードがヴィスクムを斬り裂く。

新種モンスター『ヴィスクム』と戦うのは同じモンスター達。

それもハーピィ、ガーゴイル、グリフォン、ラミア、アルミラージ、フォモール、ウォーシャドウ、アラクネ、ユニコーン……『上層』『中層』『下層』『深層』の多種族のモンスター。30階層に出現しないモンスターばかりで、明らかに食事の為に食料庫(パントリー)に来たモンスターではない。

 

「まずいでス、リド! 通路かラ『ブラッドサウルス』ガ多数来まス!」

「ちぃっ、こんな時に!」

 

更には空を舞うセイレーンとリザードマンが凶暴な鳴き声ではなく流暢な人語でコミニケーションを取っている。これはどう見ても普通のモンスターではない。

それもそのはず、彼らは異端児(ゼノス)。輪廻転生ーーー死後、人類の魂が天界に還り、再び下界で生を受けるようにモンスターも死後、魂は母なる迷宮に還り、再び迷宮で産まれる。その幾千もの生まれ変わりを経て、モンスターの中には知性と感情を持つ者達が現れた。それこそが人語を話すモンスター『異端児(ゼノス)』である。

彼等は協力者であるフィルズの要請より、食料庫(パントリー)を封鎖し、栄養を独占するヴィスクムの群れの殲滅を行っていた。

しかし、30階層モンスターとの連戦の疲労と、ヴィスクムの強さに苦戦していた。そこに紅色の肉食恐竜『ブラッドサウルス』の群れが押し寄せてきた。

 

「このデカ花はオレっち達が食い止める。レイは半数を率いてブラッドサウルスをやれ!」

「わかったワ!」

 

セイレーンの異端児(ゼノス)、レイが半数を率いて迎撃に出る。しかし、異端児(ゼノス)側は二十に届かない人数に対してブラッドサウルスは三十を超えていた。

数の暴力と大型級の体躯の突進は防げるものではなかった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

『キュッ⁉︎』

「ッ、アルル!」

 

異端児の中でも小柄なアルミラージのアルルが耐え切れずに吹き飛ばされる。一匹のブラッドサウルスが捕食しようと巨大な顎を開く。他の異端児(ゼノス)達は手一杯で助けにいけず、食われそうになったその時、

 

『ーーーーーーーーーーーーーーーーッッ⁉︎』

 

ブラッドサウルスが絶叫した。飛来した大槍が体を貫かれ、致命傷を受けたのだ。

 

「あれハッ!」

「ははっ、間違いねェ、あいつの槍だ!」

 

異端児(ゼノス)達は飛来した槍に驚愕し、次にその槍を見て歓喜した。あの大槍の持ち主が誰かは異端児なら皆が知っていた。時に共に戦い、時に宴で笑い合い、時に同胞の死を悲しんでくれる初めての冒険者。彼の名は、

 

「カルナ!」

「呼ばれたから……ではないが、参上した」

 

苦戦する異端児(ゼノス)の元に都市最強の冒険者が参戦した。

 

 

◆◆◆

 

 

「なんとか間に合ったか」

 

フェルズとか会話から、一時間足らず。Lv.7の『敏捷』を遺憾なく発揮したカルナは通常ならあり得ない時間でダンジョン30階層に到達した。

一般的なLv.2のパーティーが安全階層である18階層に到達するのに半日以上掛かるのを考えればその異常さが分かる。

 

「死者は……出ていないな」

 

食料庫(パントリー)を見渡したカルナは異端児(ゼノス)のメンバーが全員いる事に安堵した。

カルナは投擲した槍を回収し、近くにいたアルルに歩み寄る。

 

「立てるか、アルル」

『キュ……』

 

痛そうにしながらもアルルは問題なく立ち上がった。強く打ち付けられたが骨折などはないようだ。

 

「良かった。下がっていろ、後は俺がやろう」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ‼︎』

 

いきなり割り込んできてふざけるなと言わんばかりに数匹のブラッドサウルスがカルナに襲い掛かった。しかし、

 

「ーーーふぅっ!」

 

カルナはシャクティ・スピアを横にフルスイングした。それだけで数匹のブラッドサウルスが真っ二つにされ、絶命した。

 

「悪いが30階層のモンスターは俺の敵ではない。それにリド達も休ませてやりたいので、時間を掛けるつもりもない。ーーー【我を呪え】」

 

早急に終わらせるために、後は己の魔法がどれだけ強くなったか確かめるために、カルナは詠唱した。

 

「【アグニ】」

 

瞬間、大空洞を満たすほどの熱波が放たれ、そして極大の炎が暴れた。

 

「なんですカ、この熱サ⁉︎」

「前ヨリ火力ガ上ガッテイル!」

「なるほど、【ランクアップ】したのですね、ミスター・カルナ!」

「すげーな、カルっちはドンドン強くなるな!」

「……そのあだ名はやめてくれ、リド」

 

リザードマンの異端児(ゼノス)、リドは気に入った相手に『っち』を付けるが、『カルナっち』では長いとからと『カルっち』に呼ぶようになった。しかし、カルナはあまり好きではなかった。なんか軽い奴に聞こえるから。

嘆息しながらカルナは自分の状態を確認する。

武器や体に纏っている炎が以前より苛烈に、より高温になっている。それに、

 

「炎の翼が……」

 

大量の精神力(マインド)を注ぎ込まなければ形成されなかった炎の翼が通常の時も背中から噴き出していた。にも拘らず、精神力(マインド)消費の燃費はLv.6の時より遥かに負担がない。

実際に試さなければ分からないが感覚的に以前なら万全の状態で一時間が限界だったが、いまは半日は使用し続けて問題ないほど消費効率が向上している。

 

「なるほどLv.6になっても燃費が悪いままだったので諦めていたが、これからは多用できそうだ」

 

カルナは笑い、一瞬で視界から消えた。

 

「消えーーーモンスターが⁉︎」

 

カルナが消えた事に驚愕しかけたリドが、更なる驚愕に塗り潰された。

大型のブラッドサウルスが、ブラッドサウルスを上回る超大型のヴィスクムが、

 

 

 

ーーー全てのモンスターが爆砕した。

 

 

 

炎による爆発的な加速を得たカルナは第一級冒険者に匹敵する実力を持つリドさえ知覚できないスピードでモンスターを瞬殺したのだ。

 

「ふむ。あのスピードの中でも動体視力・反応速度などは問題なし。フェルズの頼みも果たした」

 

着地したカルナの手には胎児を内包した『宝玉』が握られていた。あの一瞬でモンスターを全滅させただけでなく大主柱から『宝玉』をもぎ取っていたのだ。

 

「よう、早かったなカルっち。フェルズの話じゃ早くても二、三日は掛かるって話だが」

「……ああ、急いだからな」

 

呼び方はもう諦める事にした。カルナか諦めていると異端児(ゼノス)達が集まってきた。

 

「ミスター・カルナ。凄かったです!」

「まタ強くなりましたネ」

「来テクレテ、嬉シイ」

『……』

「ーーーフン、来ナクテモ良カッタガナ」

 

それぞれが声を掛けてくるが、それをカルナは静止して一言、

 

「まずは逃げるぞ」

「なんでだ、カルっち?」

 

リドが疑問に思い、カルナに尋ねる。カルナは黙って指差した。その先には大主柱がある。

 

「火力が予想より強すぎて、力加減を間違えた」

 

カルナの予想を超えて火力は上がっていた。燃費が良くなっていたこともあり、思った以上の火力を発揮してしまったのだ。つまり、何が言いたいかというと、

 

 

大主柱に亀裂が入り、破砕音を響かせ、倒壊した。

 

 

「『宝玉』を取る時に力が入り過ぎて壊してしまった」

 

大主柱は食料庫(パントリー)の中枢。家を支える大黒柱のような物だ。それが倒れればーーー食料庫(パントリー)は崩壊する。

 

「それを早く言え馬鹿! 退却しろ!」

「すまない。怪我人は運ぼう」

 

リドの叫びに誰もが全力で食料庫(パントリー)から逃げ出した。

 


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