ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか 作:ザイグ
「ーーーという訳だ」
「なんだ。オッタルと睨み合っていたというから、何事からと心配したぞ」
【ヘファイストス・ファミリア】にある応接室でカルナは椿にオッタルと会った経緯を説明した。
何故、説明したかというとカルナとオッタルが大通りで睨み合っており、49階層の悲劇を街中で起きるのではと大騒ぎになっていたのだ。
ーーーなんだ悲劇って、初耳だぞ。あと睨み合ってない。いや、確かに仏頂面と無表情が見つめ合えば睨み合っているようにも見えるが。
「何にしろ、安心したわ。貴方とオッタルが暴れたらどれだけ被害が出るか」
一緒に聞いていたヘファイストスが安堵したように呟く。………俺達は天災か何かか?
「その話はもういいだろう。それで俺の武器の整備は終わったのか?」
「ああ、ほれ」
椿は布に包まれていた《シャクティ・スピア》を取り出し、カルナに渡した。
「ああ、確かに受け取った」
カルナは布を外して中身を確認することもなく《シャクティ・スピア》を受け取る。
「むっ、仕上がり具合は確認せんのか?」
「必要ない。椿が整備したんだ」
椿が仕上げた武器が手に馴染まないはずがない。彼女だからこそカルナは見ずともこの武器に命を預けられると確信していた
「ーーーっ」
その迷いもなく全幅の信頼を寄せる眼差しに椿は顔を耳まで真っ赤にした。それに気付かないカルナはヘファイストスに話し掛ける。
「神ヘファイストス、貴女に代金は渡しておこう」
椿は金銭管理がずさんだから、と心の中で付け加えておく。
「分かったわ。ーーーん? カルナ、これは多過ぎよ」
袋には整備代金の倍近いヴァリスが入っていた。
「ああ、整備代金だけじゃないからな。残りは店で働いてる堕女神の借金から引いてくれ」
「………なんでヘスティアの借金を貴方が?」
「自分で言っておいてなんだが、神友に対して酷くないか?」
堕女神=ヘスティアと理解できる辺り、信用のなさがよく分かる。
「ただ堕落した生活をして出来た借金なら肩代わりしようと思わない。だが、それが弟の武器を作る為に身を粉にする覚悟でした借金なら兄として礼くらいしようと思っただけだ」
「ふーん。その言い分なら分からなくもーーーちょっと待って」
「どうした?」
「弟? 兄? 誰と誰が?」
「俺とベルだ。神ヘスティアの眷属、ベル・クラネルは俺の弟だ」
「………」
「………」
「ええええええええええええええええええ⁉︎」
ヘファイストスから驚愕の叫びが上がった。
◆◆◆
「それほど、驚くことだったか?」
【ヘファイストス・ファミリア】からの帰り道。カルナは先程の会話を思い出しながら、呟く。
カルナとベルが兄弟という事がヘファイストスや椿にはよほど衝撃的だったらしい。
本当なのか、嘘はついてないか、など散々質問されてしまった。
「似てない自覚はあったが、あそこまで疑われると悲しくなるな。ーーー!」
溜息を漏らしているとカルナは何かに気付いた。そして目立たないように自然な動作で脇道にそれる。
「この辺りでいいか」
人通りの少ない裏路地に入り、周囲に人がいない事を確認したカルナは先程から付いてくる気配に呼び掛ける。
「出てきていいぞ。いるんだろ」
「ああ。相変わらず鋭いようだな、カルナ」
カルナの言葉に応じるようにどこからともなく黒ずくめのローブに身を包んだ人物が現れた。
「見つけてくれとばかりに存在感を、それも俺のみに放っていれば嫌でも気付く。それにしても今日は珍しい客の多い日だ」
そんな怪しい人物が現れながら、カルナは警戒心の欠片もなく話す。
何故なら、カルナと謎の人物は共有の目的を持つファミリアとは異なる仲間なのだ。
この人物の名はフェルズ。カルナと共にウラノスに協力し、目的の為に暗躍するかつて『賢者』と呼ばれた魔術師(メイガス)である。
「それで用件は? リド達に何かあったのか?」
「リド達とは別件ーーいや、関わっていると言えば関わっているが君には冒険者依頼(クエスト)を頼みに来た」
「依頼?」
フェルズの含みのある言い方に疑問を抱きながらもカルナは続きを促した。
「30階層の最奥、食料庫(パントリー)。そこである物を入手してほしい」
その言葉でカルナは依頼の全容を悟った。これは原作で【ガネーシャ・ファミリア】所属の第二級冒険者、ハシャーナ・ドルリアが『宝玉』を回収する冒険者依頼だ。
本来の原作にいなかったカルナが、それも事情を知る協力者であるので、無関係な冒険者でなく彼に頼むに来たようだ。ということはーーー。
「30階層のモンスター大量発生。それに関係する物だな」
「驚いた、いまの言葉だけでそこまで辿り着くとは……そうだ、正確には大量発生ではなく行ってもらいたい食料庫(パントリー)に入れなかったモンスターが別の食料庫(パントリー)を目指した大移動だ」
「そしてリド達が大移動したモンスター達の制圧及び原因の解決をしているんだな?」
先程、フェルズの含みのある言い方はカルナの依頼が、リド達が制圧した後の食料庫(パントリー)にある『宝玉』を回収して欲しかったからだ。
「よく理解している。食料庫(パントリー)で入手して欲しいのは不気味な『宝玉』だ。あまりに異質だから一目でこれと分かるだろう。依頼である以上、相応の報酬も用意しよう」
「……フェルズ。リド達は30階層の制圧を終えたのか?」
「? いや、まだの筈だが、君が30階層に行く頃には片が付いているだろう」
「そうか、ならば急げばまだ間に合うな」
「先程から何を言ってるんだカルナ?」
フェルズの疑問に答えずカルナは背を向け、バベルを見据えた。
「フェルズ、その冒険者依頼は断らせてもらう」
「っ、な、何故だ?」
「決まっている。他にしなければならない事が出来たからだ」
カルナはスキルを発動させ、黄金の鎧を纏った。
「戦友達が戦っている。ならば俺も一緒に戦おう」
リド達、知性があるモンスターは爪や牙で襲うだけのモンスターと違い武器を十全に扱う技術と経験を持ち、魔石を捕食して強くなる強化種であるため通常の同種より遥かに強い。だが30階層のモンスターの大群が相手では苦戦は免れない。最悪の場合、死人が出ているかもしれない。だったらカルナはそれを見捨てる事はできない。
「ああ、30階層に行くついだ。その『宝玉』も持って帰ろう。依頼は断ったから、報酬も不要だ」
それだけ言い残し、カルナはバベル目掛けて疾走した。
「戦友………『友』か。異端児(ゼノス)を簡単にそうか呼べる事がどれだけ凄く、嬉しいことか、君は理解しているかい? 施しの英雄よ」
一人残されたフェルズはそう呟いた。