ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか 作:ザイグ
モンスター討伐後、アイズ達に一声もかける事なくカルナは屋根を飛び跳ねながらダイダロス通りを目指していた。
「あの異常なヴィオラスのせいで時間がかかってしまったな。ベルの方は終わってしまったか?」
カルナが全力疾走しているのはベルが負ける心配をしているからではない。ただ、兄として弟の勇姿を見たいという小さい願望の為である。
「ーーー此処か」
Lv.7、それも『敏捷』が高い熟練度を誇るカルナは瞬く間に激しい戦闘音が響く場所に到達した。
屋根の上から下を覗き込むと、今まさに決着がつこうとしていた。
ヘスティアから貰ったナイフを数日前とは見違える速度で疾走したベルがシルバーバックの胸に突き立てた。
胸にある魔石を砕かれたシルバーバックは灰となった。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
モンスターを倒したベルに住民達が歓声を上げた。
「見事だったぞ、ベル」
その光景を見ながらカルナはベルを褒めた。もう問題ないと判断したカルナはその場を離れーーーる前に、ある女神の元に向かった。
「満足したか? 神フレイヤ」
「ええ、まだ少し情けなかったけど、格好良かったわ」
「……黙認した俺が言うのもおかしいが、なるべく住民が危険になることは止めろ」
「ふふ、ごめんなさい。あの子を見つけたら我慢できなくなっちゃった」
「ベルが強くなるのに文句はないが、次はダンジョンなどにしておけ」
「そうするわ。ねぇ、これから一緒にお茶でもーーー」
言いたい事は言ったとカルナは即座にその場を離れた。
「ーーー釣れないわね。でも、こんな無下にされるのも新鮮ね。ふふふ」
◆◆◆
怪物祭から翌日。
『豊穣の女主人』。母と慕われるミヤを店主が、極上の料理を振舞い、見目麗しい店員達が揃うこの店は人気が高く連日、客の足が途絶える事がない。ーーーが、この日は賑わっている店内は静まり返り、客が殆どいない。
Lv.2の上級冒険者パーティーさえ力で捻じ伏せる店員達さえ奥から店内を不安そうに見ており、平然としているのは不機嫌そうにしているミアくらいだった。
そんな重苦しい空気を作っていたのは、
「それで話とはなんだ? オッタル」
「渡す物があると言ったはずだ、カルナ」
【ロキ・ファミリア】最強の冒険者、カルナ。
【フレイヤ・ファミリア】最強の冒険者、オッタル。
このオラリオに二人しかいない最高峰のLv.7。それが並んでカウンターに座っていた。
これは異常な光景だ。カルナが『豊穣の女主人』に居るのはまだわかる。彼の主神、ロキは美女、美少女が大好きだからこの店でよく宴をやる。
だが、オッタルが一緒にいるのはおかしい。彼らは互いに仇敵と呼んでよい派閥同士、それもこの二人には浅はからぬ因縁がある。
特に有名なのはダンジョン49階層『大荒野(モイトラ)』で起こった死闘だろう。
この二人はフォモールの大群はおろか階層主(バロール)さえ歯牙にも掛けず階層一つが崩壊しかねない激戦をし、痛み分けで終わったという逸話がある。
こんな逸話があるのでカルナとオッタルは顔を合わせれば殺し合いをするほど互いを毛嫌いしていると思われている。
店員が不安そうなのも階層が崩壊するような激戦をこの場で始めるのではないかと危惧しているためだ。
「ふん、話す前に何か注文しな。あんた等のせいで店がガラガラなんだからね」
そんな二人にミアは臆す事なく注文を促す。不機嫌なのは客が逃げただけでなく、彼女が半ば脱退しているファミリアの団長がいることも原因だろう。
「そうだな、一番高い料理と酒を二人分頼む。代金は先払いしよう」
「待て、カルナ。俺の分は俺が払う」
「いや、俺が払おう。誘ったのは俺だ」
そもそもなぜ二人がこの場にいるかというとカルナが愛槍を取りに【ヘファイストス・ファミリア】に向かっていた所でオッタルが接触してきたのだ。だが、有名過ぎる二人が大通りのど真ん中で顔を合わせるのは色々とマズイと判断したカルナが『豊穣の女主人』に誘ったからだ。
世間では仲が悪いと言われているカルナとオッタルだが本人達は特に思う事はなく、寧ろ互いに実力を認め合う戦友のように思っていた。
「で、わざわざ俺に声を掛けた理由はなんだ? 互いの立場を考えればあまり関わらない方が良いはずだが」
料理を待つ間、カルナが話を切り出す。カルナの言う通り、彼らは影響力が最も大きい最大派閥、それも派閥最強を名乗る冒険者同士。一緒いるだけでも騒動が起きかねないビックネームだ。
それを理解しながら接触したオッタルは無言で一冊の書物をカルナの前に置いた。
「これは……魔導書(グリモア)か?」
「一目で見抜いたか流石だな。それをお前の弟に渡してほしいとフレイヤ様の御達しだ」
「なるほど……」
オッタルのような大男がいきなり現れてはベルも驚くし、見ず知らずから貰った物を使いたがらない。だから、兄からのプレゼントなら簡単に受けとってくれると思ったのか。ーーーそれなら、もっと適任がいるな。
「ーーーシル。ちょっといいか?」
「えっ、あ、はい!」
奥から様子を伺っていたシルは突然、呼ばれた事にビックリしながら早足にカルナに近付く。
隣に来たシルにカルナは魔導書(グリモア)を差し出す。
「これをベルに渡してくれないか。毎朝弁当を渡している時に一緒に渡してくれればいい」
「え……いいですけど、ご自身で渡さないんですか? それに私がベルさんに弁当を作ってることも知ってるんですか?」
そこでカルナは失言に気付いた。原作を読んでいれば誰でも知っていることだが、ここではベルと『豊穣の女主人』の面々くらいしか知らないことだった。
「ああ、俺達みたいな男に渡されるよりシルに渡された方がベルも喜ぶだろう。弁当の事を知っているのはベルから聞いたからだ。“可愛い女の子が毎日弁当を作ってくれる”とな」
嘘である。自分の失言を誤魔化すために咄嗟に考えた言い訳だ。
「やだー、ベルさんったらー。もう恥ずかしい」
少なくともシルを誤魔化すには十分だったらしい。それにしてもベルが可愛いと言われてただけで顔を赤くするとは、昔からの女たらしは健在らしい。
「はい、お待ち。食ったらさっさと帰りな」
「……客に言う言葉じゃないな」
「客足を遠退ける奴は客じゃないよ。叩き出さないだけ感謝しゃな」
「そうだな。なら、感謝を噛み締めながら頂くとしよう」
「頂こう。それから、カルナ」
「なんだ?」
「Lv.7になったこと先人として称賛しよう。よく達した頂天に」
「ありがとう。オッタル」
それから二人は会話もなく食事を済ませた。