ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか   作:ザイグ

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第十七話

「カ、ルナ……」

「無理に喋らなくていい。すまない、遅くなった」

 

実はカルナはティオナ達より先にこの場所に到着していた。しかし、原作で迷子になっている獣人の子供がいたことを知っていたカルナは子供が巻き込まれることを放置できず、避難を優先したのだ。

そのままギルド職員に預ければ良かったのだが、泣いている子供を早く親に会わせてやりたいと思ったカルナは子供に似た特徴を持つ女性を探し出し、直接送り届けた。

お人好しと呆れるべきか、瞬時に親を見つけ出したことを驚くべきかは人それぞれだろう。

結果的にカルナは未然に防げたかもしれない怪我をレフィーヤにさせてしまった。

カルナは内心、自己嫌悪に陥りながらもレフィーヤを抱き起こす。

 

「ポーションだ。飲めるか?」

「う、ん……」

 

弱々しくも頷いたレフィーヤにゆっくりとポーションを飲ませる。カルナ自身は不死身といってよい再生力があるのでポーションを必要としないが仲間が怪我をした時のために常時持ち歩いているのだ。それも効力が高いハイ・ポーションである。

ハイ・ポーションを飲んだことでレフィーヤの顔色に生気が戻る。

 

「カルナー、後ろ!」

 

ティオナが叫ぶ。傷付けられたことで怒り狂った食人花ーーー『ヴィオラス』が背後から襲い掛かってくる。

しかし、カルナは振り返ろうとしない。対処する必要もないと言わんばかりに何の反応も示さない。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』

 

ヴィオラスの首が斬り飛ばされた。

 

「俺が言えたことではないが、遅かったな。アイズ」

 

猛スピードで飛んできた金髪の少女が全力で剣を振り抜いたのた。

 

「……ごめん」

「いや、すまない。責めている訳ではないんだ。一番遠くにいたアイズがここまで来るのに時間が掛かるのは仕方のないことだ。ーーーそれより、次が来るぞ」

「!」

 

カルナの言葉に呼応するように地面から多数のヴィオラスが突き出した。

 

「………九匹?」

 

原作では三匹だったのに対して三倍の数が出できたことにカルナは首を傾げるが、この程度なら問題ないと討伐を優先する。

 

「アイズは退がれ」

「……どうして?」

 

出現したヴィオラスに真っ先に突っ込もうとしたアイズをカルナは制した。

 

「その剣。代用品だな? 酷使し過ぎでもう持たない」

 

カルナはアイズが握る剣を見ながらそう告げる。一見するとヒビ一つないが、『鍛治』のアビリティを持つカルナは一時期【ヘファイストス・ファミリア】で武器作成の基礎を学んだ事がある。そのため武器に対する鑑定眼はアイズより遥かに高い。

そのカルナが砕けると断言するのなら、この代剣はもう耐久値が限界を超えてしまっているのだろう。アイズも、愛剣《デスペレート》と同じように扱っていたので『不壊属性(デュランダル)』でない代剣が耐えられるはずがないと思い至った。

 

「俺がモンスターを防ぐから、アイズはその隙に攻撃してくれ。風(エアリアル)を使わなければ数回は使えるはずだ」

「わかった。でも、大丈夫?」

 

カルナといえども武器も無しにこの数のモンスターを一度に相手にして対処出来るのかアイズは不安だった。それに対してカルナは、

 

「問題ない。無手でも戦う術はある」

 

微笑んで断言した。そして襲いくるヴィオラス達を見据える。

 

『ーーーーーーーーーーーーッ!』

 

嚙み殺してやると言わんばかりに殺到するヴィオラス達が、

 

『ーーーーーーーーーーーーッ⁉︎』

 

悲鳴を上げた。攻撃したはずのヴィオラスはいずれもカルナの鋭い打撃に貫かれていた。いつ攻撃されたのかも分からずヴィオラスは突然の痛みに悶える。

 

「痛がっていていいのか? そんな暇はーーー」

 

カルナが無造作に繰り出した打撃がヴィオラスに風穴が開く。

 

「ーーーないぞ」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』

 

一見、普通に見える打撃をヴィオラスは回避も防御もできない。いや、そもそも反応できないのだ。傍目には無造作に見えながらその動きは全く予測不能。カルナが使う特殊な体術、名はーーー

 

 

ーーー古代インド武術、カラリパヤット。

 

 

力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術。人間の心理や術理を完璧に理解しつくした動きは、ただ歩きながら傍目には無造作にしか見えない打撃を繰り出すだけで、一切の反応も抵抗も許さない。

無論、カルナはそんな境地に達した訳ではないが、人の本質を見抜く驚異的な洞察力と瀕死の状態でも鈍らない冷静な判断力がその境地に匹敵する動きを可能にしていた。

だが、そもそもこの世界に存在しないカラリパヤットをどうしてカルナは会得しているのか。

転生前にカラリパヤットを習っていた訳ではない。むしろ武術とは無縁の生活だった。

ならば答えは一つ。『マハーバーラタ』のカルナがその武術を会得していたということだ。

仏教の開祖である覚者が使う武術とインド神話のカルナは無関係に思えるが、このカラリパヤットはカルナの師パラシュラーマを始祖とする武術である。

だから、パラシュラーマの弟子であるカルナがそれを学んでいたとしても不思議ではない。

実際、この世界に産まれたカルナは知らないはずのカラリパヤットを見よう見まねで完璧に再現できた。カルナの体が武術の動きを覚えていたのだ。結果ーーー

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ⁉︎』

「そろそろ、終わらせる」

 

ーーー槍を持たずともカルナは体術のみでヴィオラスの群れを圧倒していた。

ティオナ達が三匹を相手にしている間にカルナは六匹。それもレフィーヤを庇いながら戦っている。

既にカルナが戦っていた六匹のヴィオラスはあちこちに風穴を開けられ、満身創痍。それでもヴィオラスは驚異的なしぶとさで耐えていた。

しかし、それも終わりだ。カルナは止めを刺しベく防御も回避もできない打撃を叩き込んだ。

 

「………?」

 

だが、打撃を叩き込んだカルナは手応えに訝しむ。確かめるようにもう一匹のヴィオラスに叩き込んだ。先程のヴィオラス同様、狙った弱点である魔石を砕いた。しかし、

 

『ーーーーーーーーーーーーッ!』

 

ヴィオラスは健在。全てのモンスターが持つ弱点、魔石を砕かれたにも関わらず灰になるどころか何事もなかったように暴れている。

 

「どういう事だ?」

 

いまのヴィオラスも先程のヴィオラスも魔石を砕かれたにも関わらず生きている。魔石を破壊すれば理論上どんなモンスターも倒せるという常識がいま覆された。

 

「これも原作と違う。ヴォルガング・クイーンの時と一緒だ」

 

ヴォルガング・ドラゴンの『精霊の分身(デミ・スピリット)』といい、魔石を破壊されても死なないヴィオラスといい原作との乖離が大きくなってきている。

原作知識はあまり当てにはできないかもしれない。

 

「まぁ、元より知識だけに頼って生きてはいない。いま考えるべきはこの異常なヴィオラスをどう倒すかだな」

 

魔石を破壊されても死なない。不死身のようなヴィオラスを相手にカルナは臆しもしない。

なぜなら、不死身であるカルナ自身が一番よく知っているのだから。

 

 

 

 

 

この世に本当の不死など存在しないと。

 

 

 




オリジナル設定
カラリパヤットの始祖パラシュラーマにカルナが師事していたので彼もカラリパヤットが習得しているという設定。
Fafe風表示
カラリパヤット:A+
古代インド武術。力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術の始祖。 攻撃より守りに特化している。
カルナの場合、人間の心理や術理を完璧に理解しているのではなく極限まで研ぎ澄まされた洞察力と判断力によって無双する。
そのため、人外に対しても有効な武術となっている。

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