ダンジョンに施しの英雄がいるのは間違ってるだろうか   作:ザイグ

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第十四話

あの後、連行されたベートは昨日仕出かしたことをロキに詳しく説明された。アイズに謝りたくともティオナ達に近付くことさえ許して貰えずに完全に落ち込んでいた。

アイズはティオナ達と買い物に出掛けたお陰で元気を取り戻し、またダンジョンに潜っている。無論、勝手に潜ってリヴェリアに叱られたのは言うまでもない。

それから数日後。

 

「という訳で、カルナも一緒に怪物祭(モンスターフィリア)に来てや」

「何がどういう理由なんだ、ロキ」

 

怪物祭。年に一度行われる催しだ。目玉イベントは【ガネーシャ・ファミリア】が闘技場でモンスターを調教する一連の流れを披露することだろう。

そのフィリア祭当日、何故がロキに同行を求められた。ロキに連れられたアイズも初耳なのか困惑している。

 

「これからある奴に会いに行くんやけど、カルナが一緒に行った方が嫉妬する顔でも見れそうやからな」

「神フレイヤか……」

 

いまの言葉だけで誰に会いに行くのか理解できた。カルナはフレイヤのお気に入りだ。何が気に入ったのかは分からないが【憧憬庇護(リアリス・フレーゼ)】の副次効果で魅了が効かないのも執着される理由の一つだろう。

勧誘された回数は両手で数えられないほどで、キスを迫られたこともある。

あそこまで積極的だと苦手意識が湧き、自分から会いに行きたい相手ではない。まして会いに行く理由が眷属を見せびらかすためなのだから、尚更。

 

「俺が行く必要があるのか?」

 

最大派閥の主神であるロキを狙う者はいるかもしれないが、護衛ならアイズで十分だ。

 

「うーん、まぁ確信もないただの勘なんやけど……感じるんよ、この怪物祭に気をつけろ……ってな」

「………なるほど、ならば同行しよう」

「お、ええの? うちが言うのもなんやけどただの勘やで」

「天界一の悪戯者(トリックスター)の直感。普段はロクでもない変態だが、その勘が気をつけろと言うなら、何か良くないことが起こるんだろう。戦力として期待してくれて構わない」

「うっ、かなり駄目出しされたけど、期待しとるで。ほな行こうか」

 

ロキはカルナとアイズを連れて黄昏の館を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

黄昏の館を出たカルナ達は東のメインストリートにある喫茶店に入った。

店員に案内され二階に来たとき、カルナが顔を顰めた。

 

「? どうしたの、カルナ」

「いや、相変わらずな魅了だと思っただけだ。まるで強烈な香水を吹き掛けられた気分だ」

「?」

 

カルナの言っている意味が分からずに首を傾げるアイズだったが、それはすぐに理解できた。

そこには美の化身がいた。見目麗しい女神達の中でも殊更抜きん出た美しさを誇り、銀の双眸は見ただけで引き込まれそうになる。

【ロキ・ファミリア】と双璧を成す最大派閥【フレイヤ・ファミリア】の主神、フレイヤである。

 

「アイズ、カルナ、こんなやつでも神やから、挨拶だけはしときぃ」

「………初めまして」

「久しぶりだな」

 

実際には宴の夜にフレイヤはバベルの最上階から、カルナは地上から互いを認識していたのたのだが、言葉を交わしたのは半年は前なので久しぶりであっているだろう。

 

「【剣姫】は初めまして。カルナは久しぶりね。私の【ファミリア】に入ってくれる気になった?」

「おい、色ボケ。うちの子をいきなり口説くな!」

「悪いがロキには拾って貰った恩がある。改宗(コンバート)する気はない」

「そう、その気になったらいつでも言ってね。貴方なら大歓迎よ」

 

カルナとフレイヤが顔を合わせれば定番となっているやり取りを終えた後、ロキが本題に入った。

本題と言ってもフレイヤが妙に動きを見せていたので、ロキが警戒して真意を問い質そうとしたのだ。

 

「男か」

 

だが、その真意を悟ったロキは溜息を吐く。

 

「はぁ……つまりカルナみたいに気に入った子供がおるちゅうことか」

 

フレイヤが盛んに行動していたのは他派閥の団員を見初めてからだ。これは珍しいことではなくフレイヤは気に入った子供をよく引き抜いている。

それで問題が起こらないのは相手がフレイヤに魅入られたり、最大派閥と敵対し潰されるのを恐れた主神が差し出すからだ。

カルナのように魅了が効かず、フレイヤと同等のロキの派閥に属しているのは稀なのだ。

 

「ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって、誰だろうがお構いなしか」

「あら、心外ね。分別くらいあるわ」

「なら、カルナを諦めろや」

「それは無理ね」

「………本人の前でそんな話をするか」

 

カルナは自分の話題に溜息を漏らす。二大派閥に引っ張りだこなのは凄いことかもしれないが、自分のいないところでしてほしいというのが本音だ。

 

「で?」

「………?」

「どんなヤツや、今度自分の目にとまった子供ってのは? いつ見つけた?」

「………」

「そっちのせいでうちは余計な気を使わされたんや、聞く権利くらいあるやろ」

 

多少強引だが最もなことを言っているようで、ただ娯楽好きな神が首を突っ込んでいるだけだ。

そこからフレイヤはロキに見初めた子のことを話し始める。

まるで惚れた男を話すように声に熱が孕んでいくのをーーー相手がベルだと知っているカルナは複雑な心境で見ていた。

 

「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ。……あの時も、こんな風に……」

 

外の光景を見ていたフレイヤの銀瞳が一点に釘付けになった。

カルナもその視線の先を追うと、兎のように真っ白な頭髪をした少年、ベルがいた。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

「はぁっ?」

「また今度会いましょう」

 

ベルを見つけたフレイヤが立ち上がる。ちょっかいを出す気と理解したカルナは一言忠告する。

 

「あまり町に迷惑をかけるな」

「……大丈夫よ。あの子以外に手は出さないわ」

 

カルナはフレイヤがベルに試練を与える事は是としている。ベルが飛躍的に強くなっていく理由の一つはフレイヤの助力があったらだ。だから、ベルが強くなるためにも今回の行動を黙認することにしたのだ。だが、それに周囲を巻き込むのは許されないとも思っている。今日は祭りだ。折角楽しんでいる人達の気分を台無しにしていいはずがない。

 

「わかっているなら、俺が言うことはない」

 

フレイヤは返事の代わりに微笑み、急ぎ足で店を出て行った。

カルナ達も朝食を食べた後、町へ出た。

 

 

◆◆◆

 

 

「そんじゃ後はうちが満足するまで付き合ってもらうでー」

「俺は帰っていいか?」

「却下。まずはジャガ丸くん食べよ!」

「……!」

 

カルナの意見は即座に却下され、ジャガ丸くんにアイズが反応する。

 

「えーと、普通のジャガ丸くんと……」

「小豆クリーム味、二つ」

 

ロキの注文にアイズが被せるように声をかける。というよりその数はカルナも小豆クリーム味を食えと言っているのだろうか。

 

「店主、代金だ」

 

アイズ達より素早くジャガ丸くん三個分のヴァリスを店主に渡す。

 

「あ、お金……」

「構わない。この程度でとやかく言うほど貧困ではない」

 

アイズが払った後に返しても良かったが、祭りくらい奢ることにする。

ありがとう、と言ってアイズは熱心に食べ始める。

 

「アイズたん、アイズたん」

「?」

 

アイズを見ていたロキは自分のジャガ丸くんにかぶりつくと、行儀悪く舌で舐め回した。そして涎の付いたジャガ丸くんを突き出した。

 

「はい、あーん」

「嫌です」

「なんでやー⁉︎」

「逆に何故、断られないと思った?」

 

そしてこんな変態が何故、神なんだ?

 

「アイズたんにあーんするのがうちの夢やったんやー⁉︎ 頼むーッ⁉︎」

「安い夢だな」

 

だが、その夢は絶対に叶う事はないと断言する。少なくともそれだけ涎が付いたジャガ丸くんでは。それでもなお迫るロキに嘆息したカルナは、

 

「ロキ」

「なんや、カルナ」

 

ロキの腕を掴み、ジャガ丸くんの歯型の付いた部分をひと齧りした。

 

「な、何するんや、カルナー⁉︎」

「アイズ」

「え……」

 

叫ぶロキを無視して腕を動かし、ジャガ丸くんをアイズの口に押し込む。

突然の事に驚いたアイズはひと齧りして咀嚼した。

 

「これで夢が叶ったな、ロキ。ーーー満足か?」

「アホー! うちが齧ったジャガ丸くんじゃなきゃ意味ないんやーッ!」

「それは諦めろ」

 

それが嫌だから、アイズは拒否していたんだ。

アイズを見れば少し顔を赤くしながら、唇を触っていた。

ーーーそんなに俺が口を付けたのはショックだったのか? ロキよりはマシかと思ったんだが。

 

「じゃあアイズたんがうちにあーんしてっ、あーんっ! そっちの味も食べてみたいーーー」

「そうか、なら俺のでいいな」

「ーーーむぐっ⁉︎」

 

アイズと同じ小豆クリーム味のジャガ丸くんをロキの口に押し込む。いきなり押し込まれたことで咳き込んだ。

 

「げほっ、げほっ、なんで邪魔ばっかするんや、カルナのバカーっ⁉︎」

「お前が下らんことばかりするからだ」

 

邪な企みを悉く阻止されロキは絶叫した。


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